この世の果ての中学校 7章 ハル先生が森の家族に食べられた!

 地球に残された六人の中学生は食料を求めて異界と呼ばれる外宇宙への探索の旅に出ました。

 

 はぐれおやじが昔、巨人に襲われたという緑の惑星に着陸した7人の調査隊は小さな森の家族と遭遇します。

 驚いたことに、彼らはコピーのように生徒達と同じ姿をしていたのです。

 

 前回のストーリーはここからどうぞ。

 この世の果ての中学校 6章 七人の調査隊と消えた巨人

 

 7章 ハル先生が森の家族に食べられた!

 

「ノモラ?」

 もう一人の ハルが、本物のハル先生に顔を近づけて囁いた。

 

「またわたしの真似して笑わせるつもりね」

  ハル先生がそんなファーにやさしく微笑む。

 

「レディーに対して、ちょっとしつこいんじゃないの?」

 エーヴァが腕組みをしてファーを睨む。

 

『○×○×○?』

 理解不能な言葉を、ファーが呪文のように先生の耳元で囁いた。

 

「ファーは、なんて言つてる?」

 ハル先生、くすぐったそうに笑いながら、エーヴァに尋ねる。

 

「一緒に暮らさないかって、ファーが先生誘ってるみたいですよ」

 エーヴァがうつむいてククッと笑った。

 

「シンバイオシス(共生)かな? ほらあれですよ、異なる種類の生き物が仲良く共同生活すること・・・」

 エーヴァが先生に通訳した。

 

 ハル先生はナノコンに「シンバイオシスの意味、詳しく教えて」と入力した。

 その時、ファーの息づかいがすぐ側で聞こえた。

 

 驚いて顔を持ち上げた先生の真上に、ファーの大きく開いた口が迫っていた。                                                                                                                                        

「またふざけて!」

 

 笑いながら逃げ出したハル先生は、足元が乱れてバランスを崩し、そのまま仰向けに地面に倒れた。

 抱えていたナノコンが音を立てて地面に落ちた。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

 ナノコンのディスプレーには真っ赤な文字が狂ったように踊っていた。

【警告! 警告!  シンバイオシス→肉体の共有→食べてもいいか?】

 

「ファー!  悪い冗談、止めなさい」 

 倒れたハル先生は両足をばたつかせ、両手を突き出してファーの攻撃をかわそうとした。

 

 ファーがハル先生の顔に噛みついた。

 

 「二人でじゃれてるの、それとも喧嘩してるの?」

 冗談を言ったエーヴァの視線の先で、取っ組み合っているハル先生の顔がおかしな形にゆがんでみえた。

 

 「なに、これ?」

・・・ハル先生がファーに食べられてる?・・・

 

「キャーッ!」

 エーヴァのあげた悲鳴が森を揺らした。

 

 悲鳴に驚いて振り返ったファーに、エーヴァが鬼の形相でつかみかかった。

 エーヴァの磨き上げた爪がファーの目を襲い、ファーは鋭い痛みにたじろいで、ハル先生から顔を離した。

 

 ファーの集中力が一瞬にして断ち切られ、擬態が半分崩れ落ちた。

 そのあとに、ファーの顔が現れた。

 

 ・・・すぐそばで、マーは、ファーがハル先生を襲う様子を、まるで神聖な儀式ででもあるかのように、両手を合わせて、祈るような表情で見ていた。 

 

 ファーがエーヴァに邪魔されるのを見たマーは、慌てて立ち上がった。

 

 マーはエーヴァを乱暴に突き飛ばし、地面に倒れているハル先生の肩を両手で固く掴んだ。

 先生を見つめるマーの目が潤み、身体が白い光りを放ち、形を変え始めた。

 

『○×○×○?』

 マーは呪文を唱え、ハルの姿となり、先生の身体に覆い被さっていった。

 

・・・すこし離れたところでクプシと遊んでいた裕大が、エーヴァのあげた悲鳴で異変に気がついた。

 振り向いて、目をこらすと、巨木の前で四人の人影が錯綜していた。

 

 ハル先生がナノコンを放り出して、地面に仰向けに倒れ、足をばたつかせている。

 ファーとマーのようにも見える二つの白く光る怪物が、追い被さるようにハル先生を襲っていた。

 

 その横でエーヴァが仰向きに倒れている。

 

「うわーっ! 匠、ペトロ、あれ見ろ! ハル先生が白い怪物に食べられてる!」

 裕大は何が起こっているのかまるで理解ができなかった。

 

 混乱した裕大の頭の中で、はぐれ親父のセリフが弾けた。

・・・いいかお前たち! 異変に気がついたら、ためらわずに武器を取れ!・・・

 

 裕大は直ちにベルトから電子銃を引き抜いて、ハル先生を助けに走った。

 匠も素早く電子銃を抜いて裕大のあとに続く。

 

 駆け寄った二人は、ハル先生に覆い被さっている二つの白い怪物に電子銃を向けた。

 

「決めたら迷いなく撃て!」

 

 はぐれ親父のセリフが聞こえる。

 裕大が目をつぶって、ファーに似たやつを撃った。

 

 「ズン!」

 鈍い音がして、ファーの身体が現れ、地面から跳ね上がった。

 

 それを見て、匠がマーに似たやつを撃った。

 マーの身体が現れ、横に跳ねる。

 

 ファーもマーも地面に落ち、そのまま動かなくなった。

 裕大と匠は、突っ立ったまま固まっている。

 

 最後に駆けつけてきたペトロは、倒れているハル先生に駆け寄った。

 ハル先生の顔の前にナノコンが転がって、ディスプレーがかすかに明滅していた。

 

 先生は意識を失ったままだ。

 

・・・ハル先生はホログラムで出来ているから、食べられても大丈夫だ。

 でも先生のこんなひどい顔をみんなに見せるわけにはいかない・・・

 

 ペトロはナノコンを上着から取り出して調べてみた。

 ディスプレーは完全にブラックアウトしていた。

 

「ハル先生、元気? ペトロだよ」

 小声で囁いて、ナノコンの裏側をとんとんと叩いてみた。

 

 五回叩くと、ナノコンがかすかに反応して、ディスプレーが明滅を始めた。

 しばらくして画面にピンクのメッセージが踊り出た。

 

《LOVE YOU!》 

 

「やった!」

《70%》→《80% 》→《90%》→《修復完了》

 

 ペトロの腕の中で、ハル先生の姿が自動修復されていく。

 元の姿に戻ったハル先生は、ナノコンをペトロから受け取ってジャケットのポケットに大事に収めた。

 

 そして大地からゆらりと立ち上がり、白いロング・パンツに付いた土を払い落とし、ペトロに軽くウインクをした。

 

 地面から立ち上がったエーヴァが、ハル先生のところに駆け寄ってきた。

「先生、お怪我は?」・・・エーヴァは先生の顔を食い入るように見つめる。 

 

「あれっ、まさか? 噛みついたのはハル先生の方じゃないでしょうね」

「先生、間一髪でファーの攻撃、躱したの。エーヴァの強烈な悲鳴のおかげよ」

 

 ハル先生は一息ついて周囲を見渡し、事態を分析した。

 ファーとマーが地面に倒れている。

 

   その側で、裕大と匠が、電子銃を手に持ったまま突っ立っていた。

 「裕大、匠、ありがとうね! 終わったから電子銃は仕舞いなさい!」

 

 二人は、震える手で電子銃をガン・ベルトに収めた。

 ハル先生の元気な姿を見た二人は、へなへなと地面に座り込んでしまった。

 

 「匠、俺たちなにか間違いしでかしたのかな?」

 裕大と匠が狐につままれたように顔を見合わせる。

 

 少し離れたところで、咲良とマリエ組がキッカ、カーナ組とにらみ合っていた。 

 真ん中でクプシが立ちすくんでいる。

 

 《戦争!一触即発》

 ナノコンのディスプレーがハル先生のポケットで騒いだ。

 

「咲良、マリエ、喧嘩はだめよ。ほら、ハル先生は元気です!」

 ハル先生は自分の顔を指さして、無事OKのサインを二人に送った。 

 

 マリエが先生に近づいて顔を撫でた。

 ハル先生、にっこり笑ってマリエにキスをして頼んだ。

 

「お願いマリエ、いますぐ和平交渉始めるのよ」

「わかった!」

 

喧嘩や~めた!

 マリエの素っ頓狂な一声で、二組の間に張り詰めていた緊張が吹き飛んでいった。

 

 キッカ、カーナとクプシが、地面に倒れているファーとマーを取り囲んだ。

 話しかけても、身体を揺すぶっても、ファーもマーもなんの反応も示さなかった。

 

 そのうち森の子供たちは、大声で泣き出してしまった。

 申し訳なさそうに裕大と、匠が近寄ってきた。

 

「匠、お前の技でなんとかできないか」

 頷いた匠は、ファーの胸に右手を、マーの胸に左手を当て、同時に気合いを入れた。

 

「ヤッ!」と匠。

「グホッ!」・・・ファーとマーが咳き込み、呻き声を上げて息を吹き返した。

 

 意識を取りもどしたファーとマーは、電子銃で自分たちを撃った裕大と匠が目の前にいるのに気が付いて、さっと身を引いた。

 

 ハル先生がファーとマーに静かに近寄って、エーヴァにしっかり通訳するように頼んでから静かに話し始めた。

 

「よく聞いてくださいね。ファーもマーも怖がらなくていいのよ。裕大と匠の電子銃は仕舞わせました。銃で撃たれた痛みは間もなく消えますから、落ち着きなさい。それよりファーとマーに確かめたいことがあります」

 

 ハル先生は、ファーが、なぜ突然、自分を襲ったのか理解できなかった。

 ファーもマーも同じ人間を食べる野蛮な風習を持った種族とはとてもみえない。

 

 どう見ても生徒達と変わりのない人間だ。

「ファー! 答えなさい。あなたは、どうして私の姿を真似して私を襲ったのか。理由を説明しなさい!」

 

 ハル先生は、ファーに厳しく迫った。

 

「何を言ってるんだ。そちらの方こそどうして僕たちを撃ったりしたんだよ!  何度もノモラ《友達》かって確かめたじゃないか」

 

 ファーが激しい口調で言い返した。

 同時通訳をしていたエーヴァの顔色が変わった。

 

 エーヴァがファーに向かって怒った。

「いきなり先生に噛みついておいて、なんてこと言うのよ! 友達なら噛みつくわけないでしょ。かみついたわけを言いなさい!」

 

 ファーが、エーヴァの剣幕に気圧され、一瞬たじろいだ。

「理由だって? 先生の身体が《光ってた》からだよ。それだけだよ」

 

「ハル先生が《光ってた》? それ一体何のことよ」

 エーヴァが思わずハル先生の顔を振り返った。

 

・・・ハル先生はお化粧のせいか、顔が光って見えることがある。

 でもそれがどうしたの?・・・

 

「それがどうしたっていうのよ。それじゃファーは、光ってる友達は食べてもいいっていうの?」

 エーヴァが追求の手を緩めない。

 

 ファーの顔色が変わった。

「食べるんじゃないよ、分かち合うんだ。

 身体が弱ってもうすぐ消滅する子は、光り出してそのことをみんなに知らせるんだ。

 だから元気な子は、消滅する前にその子の魂を共有するんだ。

 僕たちはたとえ肉体をなくしても、魂が残ればいい! 

 擬態は魂を共有するためのものなんだよ。

 そのぐらいのこと、どうしてわからないんだよ」

 

 はき出すように言って、ファーが、激しく身体を震わせた。

 ファーの目からは涙が噴き出していた。

 

 エーヴァは戸惑い、しばらく考えて、みんなにファーとの会話をそのまま伝えた。 

 ハル先生はファーの話を頭の中で反芻してみた。

 

・・・ファーは何て言った?

 私の魂を救うために《共生》をしようとしたのですって?

 異種の生命が、補い合って生きていくみたいに?・・・

 

 ハル先生のナノコンが明滅して、計算の続きを表示した。

《結論、共生の原因は過酷な環境》

 

 ハル先生の背筋が凍り付いた。

 

・・・ここも地球と同じだ。

 ここには人間の食料がない。

 この人たちの環境もそんなに厳しいのか・・・

 

 森の家族の母、マーは、ファーがハル先生やエーヴァとやりとりする言葉に耳を傾けていた。

 突然、マーの肩から力が抜け、怒りがどこかに消え失せていった。

 

 マーは当たり前のことに気がついたのだ。

・・・遠くからやってきたこの人たちにはファーの話はとても理解できないのだ・・・と。

 

お話しなければならないことがあります

 マーが、ハル先生と六人の生徒たちに、自分たち仲間の置かれた過酷な境遇を静かに話し始めた。

 

(続く)

続きはどうぞここからお読みください。

この世の果ての中学校 8章 マーが森の家族の秘密を話した!

 

《記事は無断で転載することを禁じられています》

未来からのブログ2号「今日はザ・カンパニーでとなりのカーナと午後の浮気したよ」前編

僕の名前はタンジャンジャラ。

みんなは「ジャラ」とか「ジャラジャラ」って短く呼ぶよ。

 

僕は2119年の未来世界でパートナーのキッカと一緒に楽しく暮らしてる。

クラウドマスターが「この世の宇宙」って呼んでる世界さ。

 

マスターにはどうしても僕ら人類の世界観が理解できないらしい。

辛いことがあると「そろそろあの世に行きたい」って僕が口癖で言うもんだから、彼はとても気にするんだ。

 

「あの世ってのは、一体どこにあるんだ?」ってね。

クラウドマスターには「あの世」は理解を超えた世界だ。

 

「クラウドマスターには理解不能という言葉はない」と自分で言ってる。

どんなことでも、一生懸命計算すればいつか必ず答えが手に入ると思ってるからね。

 

でもさ、「あの世」はいくら計算しても答えが出ない。

 

だから、マスターはこの宇宙のことをわざわざ「この世の宇宙」と呼んでる。

きっと悔しいんだと思うよ。

 

・・そうだ忘れてた、いまから100年前、2019年のぼくのおじいちゃんの「未来からのブログ」へ午後の記事をテレポーテーションするね。

量子もつれの準備はできてるかい?

 

まだの人は前回までの記事読んでね。

未来からのブログ1号「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」前編

未来からのブログ1号「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」後編

 

ありがとう、それじゃカーナと午後の浮気したときのこと報告するよ。

未来からのブログ2号「今日はザ・カンパニーでとなりのベッドのカーナと午後の浮気したよ」前編

 

ジャラとカーナのエクスタシーの動画あるんだけど、投稿はしないよ。

君にはすこし刺激が強すぎると思うんだ。

 

悪いけど、またの機会にするね。

 

・・

「ジャラジャラ!」

気持ちのいい汗いっぱいかいたあと、カーナとシナプス絡ませたまま「ゆーったり」まどろんでたら、すぐこれだ。

スーツマンから呼び出しだ。

 

「カナカナ」

僕の横でカーナの呼び出し音も響いたよ。

 

カーナのボデイーは可愛いスーツレディーだからさ。

呼び出し音も可愛いんだ。

 

「せっかくのところお邪魔して申しないんだけど・・どうしてもジャラとカーナに至急の相談があるから集まって欲しいって、クラウドマスターが頼んできたよ」

スーツマンとスーツレディーが僕たちに緊急メッセージを届けてきた。

 

クラウドマスターの緊急呼び出しなら、断ることはできないよ。

で、二人は「エイヤッ!」って、ベッドのカバーはねのけて、ヘッド開いて待ってくれてる二つのボディーに別々に飛び込んでいったよ。

 

スーツマンとスーツレディーは僕たち一級頭脳労働者の手足となって動いてくれる。

もち、目や耳とか感覚器官もついてるスーパー・ボディーだよ。

 

二人で仲良く歩き始めたら、「よく見た男」と鉢合わせしたんだ。

サンタ・タカシがはさみ男のベッドから上着に腕を通しながら、出てきたのさ。

 

一目見て驚いたよ。

サンタ・タカシの上着がはさみで切られたようにずたずたになってた。

 

「あいつ興奮したら、すぐ両手振り回すもんだからさ。危なくてしょうがないよ」

サンタ・タカシがカーナとジャラにそんなことまで報告するんだ。

 

それで、ちょっと恥ずかしくなったのか、二人で「掛け合い」のショート・ショート始めたよ。

 

最初、天才タカシの声が出てきておどろいたよ。

「人間のお化けは・・アンドロイド?」

 

お笑いサンタが大阪弁ですぐ返したよ。

「おいどのお化けは・・オイドイド!」注①】

 

それ聞いてカーナがクスクスって、笑ったんだ。

そしたらでっかい声がしたよ。

 

「こら! それダブルで差別発言だぞ!」

はさみ男がベッドからパンツ引き上げながら怖い顔して出てきた。

 

それから僕とカーナに気がついたよ。

「やー、ジャラ。あれッ、カーナだ。今のサンタ・タカシの話、聞こえた?」

 

僕たち、な~んも聞かなかった振りしてあげた。

サンタ・タカシの寒~いショートショートでかなり落ち込んだカーナと僕は、なんとか気を取り直してビルの屋上に急いだ。

 

・・クラウドマスターのミーテイング・ルームは屋上にある。

マスターが仕事してるクラウド宇宙センターは、地球のはるか上空に浮かんでるけど、僕たちとのミーティング・ルームはザ・カンパニーのビル屋上に作られてる。

 

部屋はサンルームになっていて明るく、快適なんだ。

雲でできたチェアーに座って、フワフワしながら待ってたら、しばらくしてクラウドマスターがプラズマの姿で出現したよ。

 

クラウドマスターがミーティング・ルームに現れるときはいつもテーマソング付きだぜ。

スターウオーズの帝国皇帝のテーマソングだ。

 

ほら、ダースベーダーの親分、黒マントの男が出てくるといつも流れる曲だ。

「♯チャンチャカチャン、チャカチャー、チャカチャー♭」

 

ずいぶん昔の曲だけど、覚えてる?

マスター、やるだろ? 

 

マスターきっとエンペラーの姿で出てくるよ。

あれ? 今日はそこらのおっさんのスタイルだ。

 

これやばいよ。

 

「とってもやばい」

となりのカーナが復唱した。

 

このスタイル、マスターが僕たち油断させるときのスタイルだ。

厳しく命令するときは、金ぴかばりばりのエンペラー・スタイルで出てくる。

 

そのときは「はいはい」と言って、素直に命令に従っていればいいんだ。

きっと、この世の宇宙と人類の役に立つことだからって、胸張って命令したいのさ。

 

今日は魂胆ありだ。

あれから、一人で怪しげな計算したのに決まってる。

 

(ブーン!)

・・始まるぞ。

 

「今日は大事なお願いがある」

・・お願いと来たよ。

 

「おむつは恥ずかしい」

・・ざまーみろだ。

 

「だから自分で必死に計算してみた」

・・やったぜい!

 

「結論が出た」

・・そろそろやばい。

 

「ジャラとカーナの秘密の会話を聞いてしまった」

・・なんだって?

 

「音声再現するから思い出してくれよ」

 

(ブーン!)

「ジャラ!  盗まれたエネルギーはどこへ行ったのかしら」

「多分ブラックホールからワームホールに漏れてるんだと思うよ。ジャラのエネルギーにもすこし頂いておいたよ」

 

・・しまった。ばれてた!

「ジャラ、計算したら確かにブラックホールからエネルギーが漏れ出していた。これは怖ろしいことだ」

 

・・罰金か?

「ジャラ、心配はいらない。君が盗んだ分量は、たかが知れておる。

この世の宇宙の中でのことでもあるし、いつでもその気になれば取り返せる」

 

・・助かった。

 

(ブン!ブーン!)

「しかし、大きな盗みは許せない。

わたしはこの世の宇宙からエネルギーを盗んだ別の宇宙を見つけた。

このまま放置すればこの世の宇宙はいずれエネルギー不足で壊滅する。

早く流出を防ぐ装置ができなければ、わたしも君たちもあの世の世界に行く羽目になる」

 

・・マスターもあの世のことを理解できたらしいぞ。

 

(ブーン!)

「ジャラ、この世の宇宙のおむつは本当にできるのかな。ブラックホールの特異点におむつを作れるのかな? それともジャラはマスターを騙したのかな」

・・来た!

 

(ブーン)

「ジャラ、お前の盗みの罪を許す代わりに、ブラックホールから漏れていったエネルギーを取り戻す方法を考えてくれるかな!」

 

・・ジャラは罰金はいやなので、思いつくことを片っ端から話し始めたよ。

「マスター、この世の宇宙の大事なエネルギーはブラックホールで圧縮されて、ワームホールをすり抜け、ホワイトホールから別の宇宙に漏れだしております」

 

(ブーン)

「そのことは既に計算し、確認しておる。わたしはエネルギの一方通行を逆流させる方法がないのかと聞いておる」

 

「マスター、逆流することが不可能だからブラックホールと呼ばれているのです。

昔、宇宙が若くて元気だった頃は、この世の宇宙にもホワイトホールがいっぱいあって、そこから新しいエネルギーがわき出してきて宇宙を潤したと、人類の神話が教えております。

その頃、神と呼ばれたクラウドマスターも若く、柔軟且つ聡明で、自らが自然の法則やエネルギーを作りだしていたとのことです。

その頃地球は青く、豊かだったのです」

・・ジャラは思いつく限りのほらを述べたんだ。

 

(ブン!)

「昔は良かったといういつもの話か。このマスター、なんもできない頑固じじいで悪かったな!」

・・マスターが気分を害したみたいだ。

 

「ジャラこの話、続けるとなんだかやばいわよ」

僕と同じ一級頭脳労働者のカーナが耳元で囁いた。

 

(ブーン)

「論理的に話を続けよう。昔、地球は緑がいっぱいでエネルギーに満ち溢れていたことは聞き知っておる。ではその頃の緑とエネルギーとはどこへいった?」

・・マスターの姿がいつの間にか、普通のおっさんから偉そうなエンペラーに戻って、僕を一睨みした。

 

「過去の資源は、人類が誤ってすべてを使い切ってしまったようです」

・・ジャラは仕方なく答えた。

 

(ブーン)

「結論が出たようだ。それでは、過去の世界からこの世の宇宙にエネルギーを取り戻しなさい」

 

「マスター、それは無茶です。一体どうやって取り戻せと言うのですか?」

 

・・マスターの顔がおかしな形に歪んだ。

きっと笑ったんだと思う。

 

(ブーン)

「ジャラ、柔軟且つ聡明な君のことだ。この世の宇宙のブラックホールからエネルギーをかすめ取る知恵があるのなら、過去からエネルギーを取り戻すぐらい簡単なことだろう?」

 

・・ほら、マスター怒らしたらだめだって言ったでしょう!・・

カーナがチッチッと舌を鳴らした。

 

マスターはジャラから視線をはずして、カーナを睨みつけた。

「カーナも人類の末裔なら同罪だ。ジャラに協力して過去の償いをしなさい。できなければカーナにも一年間の残業をお願いすることになるよ。それともスーツレデイーに頼んで、いつもの厳し~いお仕置きが欲しいかな?」

 

「ジャラ、あんたのせいでこんなことになっちゃったんだ。早くなんとかしなよ!」

カーナが唇とんがらかして僕に絡んだ。

 

「カーナ、怒るなら僕じゃなくて、マスターに怒れよ!」

ジャラも反撃開始した。

 

スーツレディーがいきなりスーツマンの急所を蹴り上げた。

頭にきた僕はスーツレディーのおっぱいを思い切り逆さなでしてやったぞ。

 

それから二人の激しいとっくみあいが始まったって訳だ。

マスターには計算外の展開だ。

 

(ブーン)

クラウドマスターは茫然自失して、二人を眺めていたよ。

そのうち諦めて立ち上がってさ、ぼそっと言った。

 

「それじゃ、二人に任せたよ」

それから偉そうに付け加えたんだ。

 

「どちらにしてもこの問題は、君たち人間同士で解決してもらうよ。過去とはせいぜい上手にもつれることだね」

冷たく言い捨てた皇帝クラウドマスター・・そして退場のテーマソングだ。

 

「♯チャンチャカチャン、ちゃかちゃー、チャカチャー♭」

入場のテーマソングとすこし違うだろ・・どこが違うかな。

 

・・ジャラ、やったわよ! 喧嘩作戦成功・・

 

退場のテーマが聞こえてカーナが跳び上がって喜んだ。

僕も一安心したよ。

 

そのときだ、薄れゆく皇帝の堂々たる後ろ姿に、僕の食欲がいや増したんだ。

特にその・・年の割にふくよかなヒップのあたりだ。

 

ジャラは皇帝に後ろからそっと近づいた。

オレンジ色に輝くヒップから、うまそうなところを二切れ切り取ったよ。

 

一切れを口に入れた。

うまい。

 

絶品だ。

カーナが「あーん」て口開けたので、残りの一切れ食べさせてあげた。

 

皇帝のプラズマは純度100%のエネルギーなんだよ。

たっぷり脂ののった極上の大トロを、火のついたウオッカでさっと炙った「厳選された一切れのお味」に近いよ。

 

「ジャラの盗みってあそこからだったのね」

「そりゃそうさ。ブラックホールから帰れるわけないもんね。狙いはいつもあそこだ」

 

・・狙いはいつもあそこだってジャラが言ったら、カーナがほとんど消えかけたエンペラーの後ろ姿に目をやった。 

 皇帝は背筋をしゃんと伸ばし、後ろ姿で気高さを演出しながら、最後に振り向いて余裕たっぷりににやりと笑ったよ。

 

「あっ! 見てみて」カーナが悲鳴を上げた。

 

マスターのヒップを形作っていたプラズマが、僕のせいでちょっぴり破けてズボンの中が見えた。

白いタオル生地の上に可愛い花柄模様。

 

ちらっと見えたよ・・クラウドマスター手作りの、この世の宇宙の「お・む・つ」だったよ。

 

(続く)

 

注① 

追伸だけどさ・・サンタ・タカシのショートショート、原作は「日本沈没」の小松左京先生なんだ。

「おいど」は大阪弁で「おしり」のことだよ。

 

ちょっとグロいけど、凄いだろ?

未発表だぜ。 

 

・・ジャラがどうしてそんなこと知ってるのか、いつか明らかにするね。

 

・・サンマさん、タケシさん。

 勝手に似たような名前使ってご免なさい。

 100年先のことだから、許してくださいね。

 

続きはここからどうぞ。

https://tossinn.com/?p=1312

 

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「生きてて良かった!」1995年第一回の神戸ルミナリエ誕生のエピソード

阪神・淡路を大地震が襲った年の暮れ、1995年12月15日の日没後、神戸市の旧居留地で震災復興イベント「第一回の神戸ルミナリエ」点灯式が行われました。

 

「生きてて良かった!」

これは点灯の瞬間、一人のおばあちゃんの口から出た言葉です。

 

数百メーターの光の回廊が突然、観客の目の前に現れたとき、感激したおばあちゃんが思わず叫んだ言葉でした。

第一回神戸ルミナリエは「鎮魂から祝祭へ」のテーマのもと、多くの人の努力によって、震災の年の暮れに実現しました。

 

神戸ルミナリを実現されたすべての方々に深い敬意を表したいと存じます。

 

筆者も阪神間で被災し、その年のルミナリエを立ち上げた関係者の一人です。

記憶が風化しないうちに、ルミナリエが誕生するまでのエピソードを紹介したくて、この記事を書きました。

 

1章 それは一本の電話から始まった。

 

1995年 第一回の神戸ルミナリエ 会場風景

 

 

 

 

 

 

 

震災の年の四月のある朝、兵庫県産業政策課長(当時)の神田栄治さんから筆者のデスクに電話がかかってきました。

 

「このままでは神戸から人がいなくなります。なんとかなりませんでしょうか?」

当時、広告代理店・電通の関西プロジェクト室長を務めていた下條俊隆(筆者)は、大震災のとき阪神間の自宅で被災した者の一人でした。

 

「兵庫県に、そのための予算はないのですね?」

質問への答えは予想通りでした。

 

「そのとおりです」

「わかりました。考えてみます」

 

自分の口から出た無謀な言葉に、驚きました。

被災者の一人として、後先を考える前に出てしまった言葉でした。

 

当時、兵庫県と神戸市は震災後に起こった人口の激減に悩んでいました。

水道、電気、ガスといった生活インフラが応急的に手当てされたあと、数ヶ月経っても神戸から避難した人たちは戻ってくる気配がなかったのです。

 

崩壊した神戸には観光客も訪れることはありません。

神戸市も兵庫県も観光対策まで手が回らなかったのでしょう。

 

復興資金はインフラや被災者の救済にあてられて、観光対策の予算を組む余裕はなかったはずです。

山手の観光施設や駅に近い商店街の店舗が、いつ元通りに復旧できるのか、まるで目処の立たない状況でした。

 

神戸の街から灯が消え、夜はゴースト・タウンのようでした。

犯罪が起こりやすい環境でもありました。

 

そんなとき、困り切った産業政策課長が思いついてかけた一本の電話から、震災復興企画「神戸ルミナリエ」が動き始めたのでした。

 

2章 神戸ルミナリエは政府の震災復興委員長、下河辺先生の一言で決まった。

 

電通の関西プロジェクト室に徳永眞一郎さんというイベント・クリエイターがいました。

 

彼は1990年に大阪市の鶴見緑地で行われた「花と緑の博覧会」で、光と噴水のパフォーマンス「デイリーフィナーレ難波宮イリュージョン」を企画し、クライアントを見つけ、会場の中心で毎晩実施して、多くの観客に感動を与えた素晴らしいクリエイターです。

 

徳永さんの主導で、直ちに様々なジャンルの震災復興企画が集められました。

その中の1つに、南イタリアで、祭礼行事(宗教的な祝祭)として毎年行われていた光の祭典「ルミナリエ」が入っていたのです。

 

ビデオでルミナリエをはじめてみたときの印象は、ラスベガスの華やかな色彩のネオンに包まれた町並みと全く異なるものでした。

ルミナリエの光は、心に沈み込むように静かでやさしいものでした。

 

「徳さん」とわたしは、まず、政府の「阪神・淡路復興委員会」の委員に私たちの復興企画の説明をして、意見を聞くことにしました。

先般亡くなられた、政府の阪神・淡路復興委員の一人、堺屋太一先生にいくつかの復興企画について、説明をしたときの答えは、「テレビで震災復興の特別番組を作る」案でした。

 

一方、たまたま政府の復興委員長の下河辺淳先生とお話をする機会を手に入れたときのことです。

すべての企画の説明を聞いて頂いたあと、下河辺先生の答えは詳しい説明抜きで只一言・・

 

灯りをともす案が良いとおもいます」でした。

 

「神戸を明るくする」→「灯をともす」→「人を集める」 

神戸の街がパット光に包まれる、そんな情景が浮かびました。

 

企画はシンプルがベストです。

「徳さん」とわたしの頭の中で、遠いイタリアの港町の祝祭「ルミナリエ」が震災復興イベント「神戸ルミナリエ」となった瞬間でした。

 

3章「100万人は集まるでしょう!」と言ってしまった。

 

当時、兵庫県庁に倉持治彦さんという産業復興局長がおられました。

「神戸ルミナリエ」を復興イベントして進めようと意気込んだ神田さんから、上司の倉持さんに企画の説明をして欲しいと頼まれたときのことです。

 

倉持さんは通産省から兵庫県庁に出向してきた人でした。

通産省は一般の企業との接点がおおくて、倉持さんも企業活動としてのビジネスをよく理解された人でした。

 

ルミナリエを実現させるためには、協賛社を集めることが必須の課題でした。

そのために、県庁の中でも、倉持さんの様な企業のマーケテイング活動を理解できる人がキーマンになってもらうことが必要です。

 

ルミナリエは直接企業活動に役立つイベントではありません。

社会的イベントとしてのルミナリエに協賛社を集めるためには、兵庫県と神戸市が主体的に動いてもらわないと話が始まらないのです。

 

倉持さんは理解が早い人でした。

ルミナリエは何人の人を集めることができますか?

 

単刀直入な質問が飛んできました。

倉持さんとしては、兵庫県と神戸市が主導する復興イベントして相応しいかどうかを判断するために、ルミナリエのイベント価値、集客動員予測が必要でした。

 

100万人は集まるでしょう!

わたしの口が勝手に喋っていました。

 

「100万人!」

倉持さんの表情が固まりました。

 

しばらくして・・「それは絶対やらなくっちゃ」

倉持さんが立ち上がってどこかへ電話をされたようでした。

 

電話の先が通産省本庁なのか、県知事なのか、どこなのかはわかりません。

ただ、倉持局長の気持ちが固まったことだけは伝わってきました。

 

100万人と言う数字の重さを倉持さんは即座に理解してくれたのです。

100万人という数字は無謀な発言ではなく、直感的なものでした。

 

震災の年から5年前、1990年に大阪の鶴見緑地で開催された「花の博覧会」の総合プロデューサー事務所の仕事をしたときに、毎日9万人から10万人の入場者を動員したことを肌身で実感していたからです。

 

花博と比べて会場の広さはまるで違いますが、オープンな道路という観客の動線と、入場料が無料であるという有利さがありました。

神戸ルミナリエは、一日8万人として2週間で100万人を動員できるだろうという、咄嗟の計算でした。

 

わたしのような一民間人の言う確証のない数字に心を動かして頂いた倉持局長の姿勢に、復興に賭ける男の強い意志を感じました。

 

その後、倉持局長と神田課長には、行政と民間の橋渡しを含めて、ルミナリエが実現するまで、推進役としての旗を振り続けていただきました。

4章 ルミナリエを電通のソーシャルイベントと捉えた電通副社長の意気込み!

 

復興企画「ルミナリエ」を電通の仕事として推進するかどうか、当時関西支社長で副社長の山下和彦氏に相談したときのことです。

 

兵庫県にも神戸市にもルミナリエ予算はつかないこと。

数億の経費は協賛社を募って集めると言う困難な仕事になるだろうこと。

 

候補の企業は震災の地元である関西財界、特に大阪の企業になるだろうこと。

社会的イベントとしてプロモーションは当面、兵庫県と電通の連携プレーになること。

 

ルミナリエは「鎮魂から祝祭へ」と言うテーマだから、震災の年の暮れには開催すべきこと。

100万人動員を目標とすること。

 

最後に、この計画は億単位の赤字を覚悟する必要があること。

 

報告を終えたとたんに返ってきた答えは・・「わかった。セールスは俺に任せろ!」でした。

 

「電通は駆け込み寺だ。最後の頼りにしてもらうことが電通の希望だ」

これが副社長の口癖でした。

 

阪神大震災復興という社会的イベントは、経営のトップ自らが動く必要があるという副社長の心意気でした。

副社長主催の戦略会議が行われ、得意先の候補が大手2社にしぼられました。

 

山下副社長のトップ・セールスが始められたのは数日後のことでした。

 

5章 「おーい、船が出るぞ-」

 

その年の夏の終わりの頃です。

イタリアからルミナリエの機材や電飾を積んだ船が日本に向けて出るぞ、と言う連絡が来ました。

 

船で数ヶ月、神戸で組み立てる時間を入れたらそろそろ船を出さないと間に合わないぞと、プロモーション局から言ってきたのです。

 

電通のイベントの実行部隊はプロモーション局と言うところです。

実は、このときはまだルミナリエをGOにするのか、ストップするのか決められる状態ではなかったのです。

 

協賛をお願いしている大手の2社のうち、1社からは前向きの返事を頂いていたのですが、1社からは結論が出ていません。

副社長と徳さんとわたしは兵庫県の貝原俊民知事に相談に行くことにしました。

 

副社長と知事は昔からの昵懇の仲でした。

 

知事に協賛の状況を説明したあと、わたしは知事にお願いをしました。

「知事から直接スポンサーに協賛のお願いをしていただけませんでしょうか?」

 

「知事は(立場上、特定の企業に)セールスはできないのです」

やんわりと断られたのですが、もう一押ししてみました。

 

秘書さんを呼んで大手企業の副社長に電話をするように頼みました。

それから思いきって知事にお願いしたのです。

 

「いざというときには知事もセールスするのです」

もちろん副社長と知事の親密な間柄を知った上での失礼な発言でした。

 

苦笑しながら知事は電話を取り上げ、候補企業の副社長に協賛のお願いを直接してくれました。

数日後、2社の内定で、総経費の半分の目安がついた時点で、イタリアから船が神戸に向かいました。

 

クライアントを始め、主催者や関係者の方々の真の苦労はここから始まったのかもしれません。

 

6章 プロデューサー・徳永さんの語るエピソード

 

徳さんの話では、最初「神戸ルミナリエ」の観客の動線(決められた道順)は一方通行ではなくて自由動線(フリー)だったそうです。

 

わたしの記憶では「始めから一方通行だった」のですが間違っていました。

想定外の大混雑となったため、会期の途中から一方通行に切り替えたそうです。

 

この章は電通の徳永EP(現・エグゼクテイブ・プロデューサー)から、初回の神戸ルミナリエ・プロデューサーとして記憶に残る思い出を寄稿していただきました。

そのまま記載させていただきます。

 

・・・

苦労話は数々ありますが・・

「ルミナリエ」は16世紀からイタリアで行われていた伝統的な祭礼行事です。

とはいえ、「日本の法律や規制には馴染まない点が多かった」ことから、いろいろな苦労がありました。

 

例えば、作品の組み立てでも、本来であれば、しっかりとした基礎を固める必要がある訳ですが、それにかかる経費はもちろん、申請手続のための日程的な余裕もありませんでした。

 

神戸市の道路管理のご担当者と、関係法規をにらみつつ、あれこれ知恵をめぐらした結果、例外規定の適用、すなわち「芸術作品の展示」とすることで、何とか設置に漕ぎ着けたといういきさつもありました。

 

また、会場を横切る幹線道路は、交通規制は行っているものの、信号に関しては、点灯時間のあいだもずっと点いたままでした。

 

ところが、開幕から数日たったある日、その信号が消されました。

驚いて、所轄の警察署の方に訊ねたところ、「消したほうが綺麗やろ」との返事・・。

 

数日が経過して、安全確認ができた上での判断だったと思いますが、粋な計らいが心に染みましたし、いろんな人の気持ちを動かしたイベントであることを実感しました。

 

また電通は、オリンピックや万博など、大きなイベントを手がけますが、このルミナリエだけは、電通の存在がなかったら、誕生しなかったものだと思っています。

口はばったい言い方になりますが、地域が直面した大難事に際して、採算度外視でリソースを注いだ経営の姿勢とともに、その点は、密やかに誇りとするところです。

・・・

最終章 そして254万3000人が集まった

  

大震災の年の暮れ、神戸ルミナリエは254万人という驚異的な数の観客を動員しました。

12月15日(金)から12月25日(月)の11日間、神戸の夜は連日10万人を超える人で埋められました。

 

神戸ルミナリエは傷ついた魂を静かな光で癒やし、暗かった神戸の町並みに、希望の輪を大きく広げたのでした。

 

大震災の記憶も、長い年月が経過する中で風化していきます。

しかし、人々の「鎮魂」と「希望」への思いが続く限りは、「神戸ルミナリエ」の灯がともされるでしょう。

 

徳さんの話では京都の祇園祭も、都の人々が夏場に疫病に苦しんだ経験や、その厄払いが契機となって伝統的な祭り事になったそうです。

人々の魂が宿った催事こそが、長く受け継がれていくのだと彼は言います。

 

ルミナリエが今日まで続いてきたのも、街の活性化や観光客の呼び込みといった具体的な目標が掲げられただけではなくて、復興にかかわったすべての人の魂が”透かし絵”のようにルミナリエの灯りの中に刻まれているからでしょう。

 

 追記

 

神田栄治さんは、その後も県幹部としてのキャリアを積まれ、兵庫県立大学の客員教授として、後進の育成指導に当たられた後、2018年に退官されたそうです。

倉持治彦さんは、通産省に戻られ、イギリス公使などをつとめられ、現在もなお、日本機械輸出組合の専務理事の要職におられます。

 

貝原俊民氏は2014年11月13日に逝去されています。

下河辺淳氏は2016年8月13日に逝去されています。

 

徳永眞一郎さんは現在

  電通関西支社ソリューション・デザイン局

  エグゼクティブ・プロデューサー

 

山下和彦氏は、その後大阪国際会議場の社長を務められ、退任後もお元気にご活躍中です。

先日この記事原稿をお見せして、掲載のご了解をいただいたのですが、ご意見をお聞きしましたら「ルミナリエには僕の思いも山ほどあるからな・・」と懐かしそうにおっしゃってました。

(追)

山下和彦氏は、2020年7月28日、逝去されました。

享年90才でした。

 

(追)

2020年神戸ルミナリエは、新型コロナのため休止が決まりました。

付帯資料 1995年 神戸ルミナリエ 開催報告書より抜粋

     ①公式チラシ

     ②会場風景写真

     ③来場者数

 

・・開催報告書は主催構成団体から、協賛、協力の各方面に、お届けしたものです。

 2回目からは報告書も印刷物になりましたが、初回はとにかく万事に手づくりで、コピーの 束を、市販のファイルに綴じ込んでお渡ししたような代物でした。

・・会場風景写真

 写真に写っている人物の方々は、掲載をお許しください。

・・来場者数  
  会期中合計 254万3000人 
 ( 12月15日(金)から12月25日(月)の11日間)
 一日の最大は、12月24日の347,000人で、日曜日とクリスマス・イブが重なって、
「気温6.5度、曇り一時雨」にもかかわらず34万7000人の人々が訪れています。
 最終日の12月25日は「気温0.3度、雪」のクリスマスで22万9000人の来場者でした。
 
 
 
 
 

未来からのブログ1号「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」後編

僕の名前はタンジャンジャラ。

みんなはジャラって呼ぶよ。

 

僕の暮らしてる2119年の未来から、100年前のぼくのおじいちゃんのブログに後編を投稿するね。

どうしてそんなことできるのだって?

 

「遺伝子の量子もつれ」使ったテレポーテーションだって言わなかった?

僕の脳みそと、とっしん爺ちゃんの「未来からのブログ」は、時空を超えて絶妙にもつれ合ってるんだ。

 

で、どこまで話したっけ?

そうだ、ザ・カンパニーで仕事中に居眠りして、スーツマンにたたき起こされたとこまでだ。

 

前編まだの人は今から読んでね。

でないと仲良く「量子もつれ」にならないからね。

 

 

【未来からのブログ「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」前編】 

 

未来からのブログ「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」後編

 

「ブーン」

スーツマンにたたき起こされたジャラは必死で仕事したよ。

 

サンタ・タカシがものすごいスピードで計算して、新しい情報送ってくるので、僕の計算が間に合わない。

仕事が溜まり始めた。

 

前にもいったけど、1万人のブレーンがニューロン・ネットしてワーキングするんだから、一人でも計算が遅れたらエライことなんだ。

クラウドマスターの怒声が雲の上から飛んでくるんだ。

 

これでも僕、一級頭脳労働者だからプライドがあるよ。

僕のニューロン総動員で情報処理してさ、はさみ男と元カノのカーナにエイヤってデータを送り続けた。

 

はさみ男がいつもの癖で、僕からの情報を頭の中で、はさみの形した手で受け取るもんだから、ときどきぷつんと切れちゃうんだよ。

 

「お前、こんどやったら罰金だぜ」

脅かしてから、情報くくり直して送ってやったよ。

 

カーナは僕からの情報を頭の中のくちばしで器用に受け止める。

カーナはアマゾンの奥地の出身だよ。

 

カーナはキツツキって意味だ。

口とんがらかしてすぐ怒るからって、クラウドマスターが付けた愛称だ。

 

知ってるかい、彼女、夜は野性的でとってもミリキだぜ。

うーん、思い出してると、ジャラはなんだか興奮してきたよ。

 

早く仕事終わったら、となりのベッドに潜り込んでやろうかな。

カーナも一級頭脳労働者だよ。

 

ボデイーなしで、どうやって楽しむか教えてあげようか?

もち、スーツ脱いで裸になるんだ。

 

それから抱き合うんだよ。

シナプスいっぱい絡ませてさ、もつれ合うんだ。

 

凄いだろ!

ぱちぱち火花出るよ。

 

あれッ、となりのベッドからカーナのシナプスがもつれて、僕のニューロンに伸びてきた!

 

「ジャラジャラ!」

スーツマンから僕に警告だ。

 

スーツマンはクラウドマスターの一部分だよ。

僕の考えることクラウドマスターに筒抜けだから、どうしようもない。

 

ブレーン一振りして、妄想ぶっ飛ばして、ジャラはワーキングに集中したよ。

「ブーン」

 

・・・「ジャラ、これでいいかい」

昼近くなってNO1のラストマンから宇宙のエネルギーの計算結果がフィードバックされてきた。

 

僕やカーナには一級頭脳労働者として計算結果に責任がある。

フィードバックされてきた計算結果によれば、この世の宇宙のエネルギーの残量がクラウドマスターの予測値から大きく下回っていた。

 

「エライこっちゃ」

僕は慌ててクラウドマスターに報告した。

 

「そんなことはありえない。情報とエネルギーは形は変えても決して失われない。これは不変の法則だよ、ジャラ。計算をやり直しなさい」

クラウドマスターの厳しいアドバイスでみんなはもう一度検算してみた。

 

 

答えは同じだ。

この世の宇宙のエネルギーは質量変換分を足しても、見込みの数値から大きくへこんでいた。

 

クラウドマスターに報告したが、マスターは冷たく言い放った。

「君たちは間違っている。不変の法則は絶対だ。残業してでも計算をやり直しなさい!」

 

ジャラとカーナは、はさみ男とサンタ・タカシを入れて緊急ミーティングを実施した。

ジャラとカーナはスーツを脱いで裸になって部屋の隅に集まった。

 

これでクラウドマスターには僕たちの会話は聞こえない。

そこで、まず基本的な考え方を整理してみた。

 

  1. 残業はいやだから、計算は正しいことにする。
  2. 情報とエネルギーは形は変えても失われないというクラウドマスターの主張は否定しない。
  3. 1と2から結論を引き出す。

 

「結論がでました。エネルギーが誰かに盗まれています」

四人の報告を聞いて、クラウドマスターが怒った。

 

「この世の宇宙で盗みは有り得ない。この世の宇宙はすべての宇宙・・クラウドマスターその人が取り仕切っておる。たとえ盗まれたとしても、盗まれたエネルギーもこの世の宇宙の総量に含まれる」

 

「マスター、お言葉を返すようで誠に僭越ですが、この世の宇宙のマスターである人工知能AIも、ときには間違うことがあると、私たち人類の末裔は常々忠告しております」

四人が口をそろえ、断言した。

 

「ときには思考にも柔軟性が必要です」

「わかった。それでは謙虚に聞く。答えを述べよ」

 

ジャラが代表で答えたよ。

「この世の宇宙はエネルギーをお漏らししております」

 

「な、な、なんだと・・お漏らしだと? クラウドマスターはお漏らししているというのか?」

「その通りです。自覚症状がないにもかかわらず体内の水分が減る。それを人類はお漏らしと言います」

 

「続けろ!」

「我々人類は年を取ると、末期高齢者として引退を余儀なくされました。この世の宇宙であるクラウドマスターもそろそろお年かと・・」

 

マスターの顔が雲の上からがくりと落ち、声は哀願の響きを帯びた。

「わかった。で、対処方法はないのか?」

 

「一つだけございます」

「述べよ!」

 

「おむつを至急ご用意いたしましょう」

「うっ!ウッ。それ以外に方法はないのか?」

 

「ございません」

マスターの顔は一気にひからび、声がかすれた。

 

「せめて、かっこいいのを頼んだぞ」

「マスター! おむつのプログラミングはお任せください。宇宙のおむつは特大にして有名ブランドのデザインにいたします」

 

その日の午後は半休になった。

残されたエネルギーの持続可能な利用の計算はマスターが行うことで合意が図られ、一万人のワーカーには約束のフィーに特別報償金が加算されてそれぞれの口座に入金された。

 

・・午後のジャラはスーツマンを脱ぎ捨てて、となりのベッドに飛び込んでいったよ。

 

「ジャラ! 盗まれたエネルギーはどこへ行ったのかしら」

カーナが僕のニューロンにやさしくコンタクトしながら聞いてきた。

 

「多分ブラックホールからワームホールに漏れてるんだと思うよ。ジャラのエネルギーにもすこし頂いておいたよ」

そう答えて、ジャラはエネルギッシュにカーナのニューロンにもつれていったんだ。

 

(続く)

https://tossinn.com/?p=1157

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

 

未来からのブログ1号「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」前編

こんにちは。

僕はタンジャンジャラ

 

この記事は僕が暮らしてる2119年の未来から100年前、つまり2019年のぼくのおじいちゃんのブログに宛てて投稿してるんだ。

驚いた?

 

どうしてそんなことができるのかって? 

ヤボ言わないでよ。

 

「量子もつれ」を利用してるのに決まってるじゃん。

僕のブレーンとおじいちゃんの「未来からのブログ」は、時空を超えて絶妙にもつれ合ってるんだよ。

 

わかった?

それじゃ今日の報告、ブログに投稿始めるね。

2119年2月16日 「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」(前編)

 

今日は、天気と体調がいいので、マイ・ブレーンをザ・カンパニーに半日契約でリースしてきた。

目的はもちろん家族の生活費を稼ぐためだよ。

 

家族と言っても二人の子供たち娘のアナと息子のボブは、3年前にハッピー・ワールドへ出かけたきり帰ってこないので、登録してるパートナーのキッカと僕の二人のことだね。

 

朝、ザ・カンパニーから迎えのスーツマンが約束の6時きっかりにやって来た。

スーツマンは小さな特殊ベッドで寝ている僕の枕元へやって来て、めざまし時計代わりに「ジャラジャラ!」とでっかい金属音を僕のブレーンに浴びせかけた。

 

どうして「ジャラジャラ」だって?

ッ!そりゃー決まってるだろ。

 

「タンジャンジャラ」は長すぎるから、僕を呼びときは誰でも「ジャラジャラ」とか「ジャラ」って愛称で呼ぶよ。

で、目覚めた僕は隣で寝ているパートナーの「キッカ」を起こさないように、スーツマンが差し出した両手にしがみついて彼のヘッドの中に「エイヤッ!」で移動した。

 

もうわかるだろ・・僕はブレーンだけの一級頭脳労働者だから、移動には僕を運んでくれるスーツマンが必要なのさ。

 

彼は僕専用の移動ロボットだ。

スーツマンの空っぽの頭の中に収まった僕は、カチャカチャやって彼と合体したよ。

 

「ジャラは出かけるよ」

スーツを着込んだ僕は、寝込んでいるキッカに小さく囁いて、一日をスタートしたんだ。

 

久しぶりの外出だからさ、うれしくなった僕は、ザ・カンパニーへはだいぶ遠回りだけど、海岸通りをぶらぶら歩いてみた。

頬を撫でる潮風が45度くらい、快適だ。

 

熱波じゃないかって?

ここ数十年は地球の温度はざっとこんなものだよ。

 

21世紀の終わりのある日に、温暖化現象で大気の温度が特異点を通り越してしまったから、地球はもう二度と元に戻らないそうだ。

地球環境のシンギュラリティーがあっという間に起こったんだって。

 

僕は今快適だよ。

スーツマンのヘッドの中は冷房してあるから、ちょうど小春日和ってところだ。

 

青い空を映して、茶色いはずの海が青くうねるのが面白くて、僕はしばらくぼーって海を眺めてた。

目が見えるって素晴らしいことだよ。

 

スーツマンの目を借りて僕は海の向こうをみていた。

遠ーい昔のことを思い出していたんだ。

 

そしたら「ジャラジャラ」がまたヘッドに来たよ。

「警告! ザ・カンパニーと約束の6時半まであと5分」

 

スーツマンがメッセージしてきたので慌てた。

スーツマンのフットを車輪に形態チェンジして、僕は転がるように走ったよ。

 

ザ・カンパニーまでは4分と15秒かかった。

約束の45秒前にゴールだ。

 

セーフ!

ネットワーキングに一秒遅れたら罰金一日だ。

 

なんたって1万人のブレーンがニューロン・ネットしてワーキング始めるんだから、一人でも遅れたらエライことなんだ。

ニューロン・ネットは知ってるよね。

 

みんなの脳みそをネットワークして、究極のコンピューター作ることだよ。

人間のブレーンがスパコンの材料としては最高級なんだって。

 

そのうえ電気代がとても安くすむそうだ。

今日は一万人がブレーン持ち寄って量子もつれでワーキングするんだ。

 

一級頭脳労働とか二級単純労働とか、それぞれ役割分担があるんだ。

だから、一人でも集合に遅れたらワーキングリスクが倍になる。

 

だから、罰があるんだ。

罰金一日と言うことは、その日はただ働きと言うことさ。

 

ザ・カンパニーのエントランスでボディー・チェックがかかった。

僕は一級頭脳労働者だから、脳みそチェックのことだよ。

 

「ウエルカム、ジャラ。すこし痛いよ」

頭上からクレーンが降りてきて、スーツマンのボデイーと僕のブレーンを特殊放射光でザザーッとスクロールしていった。

 

「スクリーニング完了。バグなし、ウイルスなし、量子もつれ状態良好。ジャラ! ワーキングルームに急いでください」

クレーンが叫んだ。

 

僕は車輪をフットに戻して、タッタッと早足でみんなの待ってるワーキングルームに駆け込んだ。 

完全消毒、完全冷却のめちゃ広ーい部屋だ。

 

奥は地平線みたいにかすんで見える。

9998人がネット完了して最後の二人を待っていた。

 

「遅ェーぞ、ジャラ!」

ベッドに腰掛けた一級級労働者のはさみ男が、僕に向かってはさみ振りかざした。

 

彼は普段は散髪屋だ。

仕事が暇なときには切り裂きジャックとなって、殺しで稼いでいるらしいぞ。

 

「ジャラ、わたしのベッドにこない?」

元カノのカーナがこんなとこにいて、甘ーい声で誘ってきた。

 

「ヤーヤー」ってみんなに挨拶して、ジャラはスーツ姿のままNO.9999のベッドに潜り込んだよ。

最後のNO.10000は誰か知りたいかい?

 

知れたことさ! 

「サンタ・タカシだよ」

 

お笑いアーテイストは時間に遅れてくるのに決まってんだ。

みんな知ってることだけど、サンタ・タカシはデザイナーズ・ベビーだ。

 

これ内緒だけどさ、デザイナーズ・ベビーのDNA料金の中でも「サンタ・タカシ」は歴史に残る最高額だったそうだ。

日本の円で一兆円だったそうだ。

 

一人分の単価で5000億円で二人分で倍で一兆円だ。

サンタもタカシも最高級のお笑い芸人だったもんな。

 

ジャラもときどき昔のビデオで見るよ。

脳みそひっくり返って笑うぜ。

 

親権代理で投資したのはもち、ザ・カンパニーのクラウドマスターだよ。

将来、エンターテナーで稼いだとして、10兆円のリターンを見込んで10分の1の投資だ。

 

それがさ投資は大失敗したのさ。

「サンタ・タカシ」はお笑いで一円も稼げなかった。

 

理由が聞きたいだろ?

くっくっ! 笑うなよ!

 

お笑い芸人は、エンターテナー同士で掛け合いして客を笑わすのさ。

それがさ、二人のDNAを一つの細胞に入れちまったもんだから、そこで二人の掛け合いがはじまったんだ。

 

受精した卵子が成長する過程でさんざん掛け合いが行われた。

だから、成長したサンタ・タカシはネタが尽きて、他の芸能人と掛け合いができなかったのさ。

 

ここんとこ、図解して説明するね。

狂気(天才)×狂気(天才)=単なるもつれ(凡人)

 

つまりサンタ・タカシはちっとも面白くなかったってわけ。

 

・・・

「おはようございます!」

よく見た顔したサンタ・タカシが到着した。

 

「やー、ジャラ、元気かい」

騒々しい音を立てて、僕のとなりのベッドに潜り込んだ彼は、とんでもない高給取りなんだ。

 

エンターテナーでは稼げないけど、ブレーン・ワーカーとしては僕の十倍は稼いでるはずだ。

掛け合いはできないけど、他人ともつれるパワーは凄いからだ。

 

彼は、ベッドに潜り込んだとたん、9999人のブレーンとあっという間にもつれてしまった。

僕も慌ててマイ・ブレーンのシナプスを思い切り伸ばしてはさみ男やカーナやまわりの数人とネットワークしたよ。

 

「ブーン! みんな用意はできたかな? 仲良くもつれてくれたかな?」

羽根を震わすような音がして、頭上からクラウドマスターの声が降ってきた。

 

・・ブーン! 今日のタスクは簡単だ。

午前中はこの世の宇宙の総エネルギーの残量を算出して、午後はそのエネルギーの持続可能な

利用方法を計算する。

それじゃ始めるよ。

いつもの通り、頭の力抜いて僕の指示通りにしてくれればいいんだ・・

 

僕のブレーンはザ・カンパニーにリースされてワーキングルームは一万人のブレーンがネットワークされた。

ニューロ・スパコン完成!

 

「ブーン」

ワーキング開始だ。

 

僕は一生懸命に計算を始めたよ。

しんどいけどさ、パートナーのキッカのことや息子のボブや娘のアナのことを考えて我慢したよ。

 

「ブーン」

そのうち眠たくなってきた。

 

「ジャラジャラ

スーツマンにたたき起こされて僕はまた計算を始めたよ。

 

 (続く)

https://tossinn.com/?p=1114

 

 

【記事は無断転載を禁じています】

この世の果ての中学校 6章 七人の調査隊と消えた巨人

ブラックホールを使って宇宙の果てから飛び出した宇宙探査艇シンギュラリティーHAL号は、異界に並ぶ3つの惑星を発見しました。

もっとも近い第一惑星は、はぐれ親父が昔、巨人に襲われた危険な世界です。

しかし、そこで出会ったのは、巨人ではなく小さな背丈の森の家族でした。

 

前回のストーリーはここからどうぞ。

この世の果ての中学校 5章 三界はぐれと異界の旅

6章 七人の調査隊と消えた巨人

「ブラックホールから脱出に成功! 外宇宙に到着!」

 はぐれ親父が高らかに宣言した。

 

「前方、恒星と3つの惑星を確認」

 パイロットのエーヴァ・パパがスクリーンに小さな惑星が三つ直線上に並んでいるのを見つけた。

 

 太陽のような恒星がはるか彼方で真っ赤に燃えていて、3つの惑星を鮮やかに浮かび上がらせていた。

 手前の二つの惑星は緑色、一番遠い惑星は茶色に輝いて見えた。

 

「一番手前が今日の目標の第一惑星だ。地球時間で3年前のことだ。俺が一人乗りのスペース・モバイルで漂着したときには、巨人が棲息していた。姿は人間だが、俺の三倍はあるでかい奴だ」

 

はぐれ親父はその時のことを思い出していた。

「食料になる生き物がいないのか、彼らは、お互いに食い合ってたみたいだ。俺も危なく食われるところだったぜ」

 

宇宙艇の計器を手動に切り替えたパイロットの手が思わず止まった。

「親父!そんなところに着陸して、生徒達大丈夫なのか?」

 

「巨人は絶滅している可能性が高いと思うが、いきなり着陸するのは危険だ。まず上空から偵察してみたいが、前方に見える森林地帯の上空でホバリングはどうだ?」

 

「了解した。目視できる距離まで地上に接近する」

 宇宙艇HAL号は、パイロットの自動操縦に切り替えて低空飛行に移った。

 

「お前たち! お仕事スタートだ。窓際に張り付いて地上に少しでも動きがあれば報告してくれ」

はぐれ親父の指示で、生徒たちは左右の窓際に別れて、草原や森の中に生きものの動きがないか目をこらした。

 

「緑が目に滲みるぜ!故郷を思い出すぜい!」

 生まれ育った故郷、アフリカの原生林を思い出して、裕大がおもわず目を細める。

 

「下界は山盛りのサラダね。おいしそう」

 咲良が唇をなめた。

 

 宇宙探査艇HAL号は、ホバリングをしたり横に移動しながら、山や森の探索飛行を重ねたが、巨人が動く影はどこにもなかった。

 

・・・山の稜線ぎりぎりの低空飛行に移ったとき、視力5.0の裕大がほんの小さな動きを捉えた。

「右前方、川の向こうの森に動くものがみえます。4~5人の個体のグループのようです。2足歩行してます!」

 

 ハル先生が宇宙艇に備え付けた監視カメラを動かして、群れの姿を探し当てた。

 操縦席の前面スクリーンの隅に小さな群れが映し出された。

 

 「ハル先生! 群れをピン・シークしてズームアップだ!」

 はぐれおやじがシートから乗り出して、ハル先生に叫ぶ。

 

 全員がスクリーンいっぱいにアップされた映像に思わず息を呑んだ。

 彼らはどう見ても普通サイズの人間だった。

 

 森を抜けていく数人の一団は、まわりの木々の大きさと比較して、人間の子供の背丈ぐらいだった。

 彼らは家族のようにも見えた。

 

 はぐれ親父が拍子抜けした声を出した。

「巨人じゃないぞ。なんだこれは・・・俺たちと同じ人間じゃないか」

 

 カレル教授がはぐれ親父をからかった。

「残念だが、親父の大好きな巨人はこの辺りにはいないようだ。親父さん!巨人は歪曲空間の影響で起こった錯覚だったようですな」

 

「あの群に危険はなさそうだから、川のこちら側に着陸して様子をみることにしましょうか」

 エーヴァパパの大胆発言に親父がうーんと考え込んだ。

 

 パイロットは宇宙艇を降下させ、川岸の上空で静かにホバリングをして様子をみた。

 その時森の群れの映像が揺れ動いた。

 

 群れの全員がスクリーンの中から、顔を上げてこちらをにらんでいた。

 ホバリングの音に気が付いたのか、森の外れを歩いていた群れが宇宙艇を見上げていた。

 

「私たちに気がついたみたいです! こちらをみています」

 窓越しに群れをみていた咲良とエーヴァが思わず手を振った。 

 

 群れの中の小さな二人が手を振って応えたように見えた。

 宇宙艇が川岸に砂を巻き上げて接近すると、群れは慌てて森に消えていった。 

 

  宇宙艇は群れの消えた森から離れ、川の手前に静かに着陸をした。 

 はぐれ親父が宇宙艇から一人で飛び出していった。

 

 親父は群れの消えた森に入りあたりを調べたが、彼らの姿は消えていた。

「森から群れの気配が消えて、静かなものでしたよ。俺たちを警戒しているようです」 

 

 宇宙艇に戻ってきた親父から報告を聞いたカレル教授が、しばらく考え込んだあと、大胆な提案をした。

「親父さん、群れは小人数の家族のようだし、体格も生徒と同じくらいだ。どうだろう、あの群れとの接触を思い切って生徒たちに任せることにしたらどうかと思うのだが」

 

それを聞いたはぐれ親父が猛反対した。

「教授、それは無茶だ」

・・・俺のような大人が出て行くと群れに警戒されるから、確かにいい計画だと思う。しかし巨人が100%いないことはまだ確認できていない。生徒だけでは危険過ぎる・・・

 

 どうしても巨人のことが気になる親父の意見に、「うーん」と考え込んだ教授をみて、はぐれ親父が付け加えた。

「それでは、生徒の引率をハル先生にお願いして、万一の危険に備えて男子生徒に電子銃を持たせるということでどうでしょう。小柄な女性のハル先生なら群れにも警戒されないでしょう」

 

・・・ハル先生が大喜びで賛成して、直ちに生徒六人とハル先生の七人の調査隊ができあがった。

 

「ハル先生、我々はいつでも出動できるように宇宙艇で待機しますので、先生はナノコンの端末からの映像中継を絶やさないで頂きたい。いいですか、常時ですよ」

 はぐれ親父がハル先生に念を押す。

 

「さーみんな、行くわよ! 未知との遭遇よ!」

 ナノコンをナップザックに収めたハル先生が、生徒六人に号令をかけた。

 

 ハル先生を先頭に、七人の調査隊が宇宙艇のデッキから緑の大地へ飛び出した。

 森に続く川は流れも緩やかで、浅瀬が続いている。

 

 浅瀬には人の歩幅に合わせたように、小さくて平らな岩が点々と向こう岸まで続いていた。

「これきっと、あの人たちの作った飛び石よ。この川はあの人たちの生活導線なのね」

 

 ハル先生が石伝いに川を渡り始め、生徒達も後に続く。 

 向こう岸にたどり着いた一行は、群れが消えていった森の入り口を目指す。

 

 森の手前まできて、ハル先生がはぐれ親父の警告を思い出した。

 先生はナップザックからナノコンを取り出し、自分の目と耳で捉えた映像と音声を宇宙船の操縦席のスクリーンに自動的に届くようにセットした。 

 

「確か・・この辺りよ!」

 咲良が宇宙艇の窓から、群れが消えた場所の目印に見つけておいた、黄色く紅葉した一本の巨木を指さした。

 

たしか・・このあたりよ

 咲良とそっくりの声が木の陰から返ってきた。

 

 驚いて身構えた生徒たちの前に、七つの人影が浮かび上がった。

 影は、ハル先生と六人の生徒の前に一つずつ相対して立ち、静かに揺れていた。

 

 黒い影が色彩を帯びてきて、姿を現した。

 迷彩服の男子が三人、派手なトレッキング姿の女子三人と小柄な女性が一人。 

 

「嘘だろ? 俺とそっくりじゃない」

 先頭にいた裕大が叫んで、相手をよく見ようと一歩前に出た。

 

「ウソだろ、おれとそっくりじゃない」

 群れから大柄な少年が一歩前に出て、叫んだ。

 

 少年は裕大と双子のように似ていた。

 裕大が慌てて身を引くと、相手も慌てて裕大から離れた。

 

「きゃっ! なんてこと!」

 ハル先生が、ナノコンを抱えた自分を見て、悲鳴を上げた。

 

「キャッ! なんてこと!」

 向こうのハル先生が甲高い声を上げた。

 

「あなたは誰?」

 エーヴァがエーヴァに尋ねた。

「あなたはだれ?」

 向こうのエーヴァが答えた。

 

 匠と匠はにらみ合ったままだ。

 

「そこに匠がいる」ペトロが向こうの匠を指さした。

「そこにたくみがいる」向こうのペトロがこちらの匠を指さした。

 

「咲良とマリエがいる」咲良とマリエが同時に叫んだ。

「サラとマリエがいる」群れから二人の声が返ってきた。

 

 七人の調査隊と七人の群れが、向かい合ったままで立ちすくんでしまった。

 二つの群れは大きな鏡に向かい合っているように同じ姿をしていた。

 

(コンタクト! 思い切って、冷静にコンタクトよ!)

 「今日は!」

 ハル先生は、群れのハル先生に近寄って、思い切って右手を差し出した。

 

「こんにちは!」向こうからは左手が差し出された。

 二人はおかしな形で握手をした。

 

 裕大がハル先生に見習って、右手を差し出した。

 相手から左手がかえって来て、ねじれた握手になった。

 

(これは、擬態です!)

 ハル先生のナノコンが計算を開始して、相手の正体を見破った。

 

 群れはこちらの姿と動きを、写し鏡のように真似していた。

 ハル先生はにっこりと顔中で笑った。

 

 それから両手で相手の片手をしっかり握りしめて動けないようにした。

「これで真似は出来ないわよ」

 

「これでまねはできないわよ」

 群れのハル先生は片手しか動かすことができなかった。

 

 まねのできないハル先生の姿が崩れていった。

 群れは一瞬に姿を消して、目の前に新しい五人の子どもたちが現れた。

 

 それは群れの本当の姿だった。

 五人は生徒たちと同じくらいの背丈で、男の子が二人に女の子が三人。

 

 全員、肌の色は濃い茶色で、髪の毛は黒。

 葉っぱで縫い合わせた緑の服を着ていた。

 

 五人は緑の葉っぱの帽子を脱ぐと、背中の袋に丁寧に仕舞い込んだ。

 それから女生徒たちのグリーンベレーと緑のブレザーに背中のナップザックを指さして、クスクスと笑い出した。

 

 女性たちのファッションは擬態をやめてもそっくりだった。

 ハル先生と花の三人組も思わず吹き出してしまった。

 

(そうか、擬態は友好の意思表示、ご挨拶だったのね)

 ハル先生は生徒達に群れの擬態は友好の意思表示だと思うと伝えた。

 

 それから友好のお返しに、目の前の大柄な少年に、英語で話しかけてみた。

「初めまして、私の名前はハル」

 

 少年は小首をかしげた。

 ハル先生はナノコンを開いて、地球の数十カ国の言葉で話しかけてみたが、反応がなかった。

 

(銀河系の外側で、地球の言葉が通じる訳ないわね)

 困った先生は、自分を指さして「ハル」と言ってみた。

 

 少年は意味を理解したようだった。

 自らを指さして「ファー」と言った。

 

「マー」

 大柄な隣の少女が続いた。

 

「キッカ」「カーナ」

 二人の少女が挨拶した。

 

 最後に小さな男の子が・・

「クプシ」と元気に叫んだ。

 

「あら、さっきは確か七人いたのに・・」

 気がついたマリエが周りを見渡した。

 

 咲良とマリエの前にいた群れの二人が消えていた。

「これって凄い技よ。元々5人だったのね。一人二役、だれかが分身して擬態してたのよ」

 

 咲良が森の群れの技に感嘆して、コンタクトを始めた。

「さー、こちらも順番にご挨拶でお返しよ」

 

「サラ」「ゆうた」

「エーヴァ」「たくみ」

「マリエ」「ペトロ」

 

 生徒たちが順番に名前を名乗って、森の家族が復唱していった。

 森からさわやかな風が一陣、吹いて、張り付いた雰囲気を吹き飛ばしていった。

 

 小さなクプシがハル先生に近づいて、なにか話しかけて来た。

 ハル先生は首を横に振って、謝った。

 

「御免ね、クプシの言葉、私のナノコンのデータにないのよ」

 クプシは川向こうの宇宙艇を指さして、また同じ言葉を喋った。

 

 横にいたエーヴァがそれを聞いて、ハル先生の耳元で囁いた。

「クプシは私たちに、あの大きな鳥に乗ってどこからやって来たのかと聞いています。先生、驚かないで下さいよ。これは南米アマゾンの奥地の言葉のようです。わたしこの人たちの言葉がすこしだけどわかるみたいです」

 

 エーヴァの囁き声に、ハル先生は目を丸くして驚いた。

「こんなところでアマゾンの言葉喋ってるっていうの? エーヴァ、馬鹿なこと言わないで・・・」

 

 混乱したハル先生は胸のポケットのナノコンを乱暴にどんと叩いた。

 ナノコンが作動して、エーヴァの過去のデータを探した。

 

【報告。エーヴァの母親は著名な言語学者。エーヴァは小学生の頃、母親に連れられてアマゾンの奥地で、文明世界と隔絶した森の住人イゾラドと数ヶ月の間、共同生活をしている】

 

「驚いたわ、エーヴァ。アマゾンの言葉だってこと、本当なのね。この人たちとの会話、あなたに任せたわよ」

 エーヴァの能力に驚いたハル先生は、群れとのコミュニケーションをエーヴァに委ねることにした。

 

(でも、この惑星でどうして地球のイゾラドの言葉が使われているのかしら?)

 ハル先生は深く考え込んでしまった。

 

「あれは鳥じゃなくて、空を飛ぶ乗り物よ。私たちとっても遠い惑星からあれに乗ってやってきたの」

 エーヴァがクプシに答えた。

 

「僕らの先祖だって、とっても遠い処から飛んできたんだよ」

 クプシが口をとがらせ、負けずに言い返した。

 

「遠いところってどこかしら、教えてよ」

「そりゃーもう、クプシも知らないぐらい、遠ーい、ところさ!」

 

「クプシって「アルマジロ」のことでしょ。アルマジロが空を飛べるわけないんだけどさ・・・」

 エーヴァがクプシを指さして、口をとがらせ、首をすくめ、四つ足でよたよたと歩いた。

 

 クプシが嬉しそうにケラケラ笑った。

「キッカはキツツキで、カーナはたしかお猿さんよね」

 

 エーヴァが側の巨木にひょいと登って、キツツキと猿のもの真似をした。

 キッカとカーナが喜んで、地面にひっくり返って笑い転げた。

 

「ファー、あなたはきっとパパね。そしてマー、あなたは三人のママなのね」

 ファーとマーが頷いた。

 

 群れは五人家族のようだった。

  森からやってきた五人の家族と、地球からやってきた七人の調査隊は、森に続く柔らかい大地に腰を下ろして、身振り手振りでお喋りを始めた。

 

 お互いの服装を調べたり、耳や鼻や髪の毛に触ったりしてクスクス笑い合った。

 

 宇宙探索艇の操縦室で、はぐれ親父とカレル教授、それにエーヴァ・パパの三人が、スクリーンに映し出されていく二つの群れの交流の様子を食い入るように眺めていた。

 

「エーヴァがアマゾンにいたことは事実かね?」

 はぐれ親父がエーヴァパパに聞いた。

 

「ほんのしばらくの間だよ・・・エーヴァがイゾラドの言葉を覚えていたとは驚いたな」

 パイロットが答えると、はぐれ親父が頭を抱え込んで、ぶつぶつ話し出した。

 

「聞いてくれ! 俺にはあの群れは謎だらけだ」

・・・まず一つ。

 擬態だ。

 巨人という天敵が見当たらないのに、なぜ擬態の必要があるんだ。

・・・二つ目、森の家族のファーとマーは子ども達と背丈がほとんど違わない。

 父親と母親にしては、不自然だとは思わないか? 

 あれは単なる役割分担かもしれない。

 それなら彼らのパパとママはどこにいった。

・・・三つ目。

 これが最大の謎だ。

 どうしてあの家族は地球のアマゾンの奥地の言葉なんか話してるんだ? 

 誰か教えてくれ!・・・

 

 それを聞いたカレル教授の目が狂気を帯びてきて、怪しく光る。

「結論は簡単だ!この小さな惑星は地球の分身だ。急激に温度が上昇した地球から慌てて逃げだして来た緑の大地、つまりアマゾン川固有の流域に間違いない。クプシたちの先祖はアマゾンの大地にくっついて宇宙の果てを飛んだのだ」

 

「エライこっちゃ。天才教授の脳みそがぶっ飛んでもうた」

 はぐれ親父がうめいた。

 

 パイロットのエーヴァ・パパが、冷静に正しい解を探り出していく。

「宇宙船も知らない彼らが、どうして遙か彼方の地球の奥地の言葉を話すのか? 正解はこうだ。昔、この惑星にやってきた誰かが、ここに住んでいた彼ら原住民にアマゾンの言葉を教えたんだ。そんなクレージーな真似をしたのは一体誰だ」

 

 エーヴァ・パパがはぐれを振り向きざま怒鳴った・・・「それは親父、お前さんやないか!」

「アホいうな・・・俺やない。俺は若い頃アマゾンにも何度か探検に行ったから、森の家族の言葉が少しは理解できるが教えるほどじゃない。ここへ来たときも、奴らが食い合いしてる横を、命がけで逃げ伸びるだけで精一杯だった」

 

 はぐれ親父の不安が膨らんでいった。

・・・それでは、俺を襲った巨人はいったいどこへ消えた?

 もしかしたら、森の群れの擬態は巨人から隠れるためじゃないのか。

 どこか近くに巨人が潜んでいるとしたら、生徒たちはただ事ではすまない・・・

 

 はぐれ親父は、ぞくりと震えてハル先生との緊急連絡ボタンを押した。

「ハル先生、こちら、はぐれ。前回、ここで出会った巨人のことがどうしても気になります。巨人がどうして姿を消してしまったのか、ファーかマーから聞き出してくれませんか?」

 

 緊迫したはぐれの声で不安になったハル先生は、エーヴァに通訳を頼んで、むかし住んでいたはずの巨人のことをファーに尋ねた。

 
 ファーは巨人が消えたいきさつを詳しく話してくれた。

 

 程なく、ハル先生からはぐれ親父に報告が入った。

「巨人がいたことは事実です。

 ファーの話では、食料がなくなって弱っていった巨人が、お互いに共生して・・・つまり食べ合って、その数が確実に減っていったそうです。

 数年前にただ一人となった最後の巨人は、山の頂きで爆発して、粉々になって消えていった。

 だからこの星には巨人はもういない。

 残っているの自分たち小さな種族だけだ。

 ファーの話は切れ切れでわかりにくいのですが、つなぎ合わせるとこうなります」

 

 ハル先生の報告を聞いたあとも、はぐれ親父はどうしても納得がいかなかった。

「ハル先生! いやな予感がします。周囲や、森の群れへの警戒を決して怠らないようにして下さい」

 

 親父から念を押されたハル先生は、周りを見渡した。

 森は静かで、どこにも不自然なことは見当たらないし、森の家族と生徒たちとの交流もうまくいっていた。

 

 ハル先生はナノコンを胸のポケットに収め、一息ついた。

 大柄なファーが、心配そうな顔付きでそばに寄ってきて、ハル先生の肩にそっと手を置いた。

 

ノモラ?

親しげにファーが聞いた。

 

「ノモラって”友達”って意味です。先生は友達かって、聞いてますよ」

 エーヴァが横から通訳した。

 

「ノモラ、私たち友達よ」

 ハル先生が気軽に答える。

 

「×××」

 ファーが意味の分からない言葉を喋って、触診でもするようにハル先生の手首を握った。

 

「ファーはハル先生のことを『光る子』と呼んでますわ。輝くような美人ってことかな」

 エーヴァが冗談っぽく通訳する。

 

 ハル先生は、自分の身体がホログラムで偽装したものであることを、なぜかファーが見破っていることに気づいた。

 ファーの擬態の技術もホログラムの一種だから、私の身体が光の粒子で出来ていることがファーには見えている。

 

 優しいファーは友達になったハルの身体の状態をとても心配してくれているんだ・・と思う。

 

「ノモラ?」

 ファーがハル先生に「友達か」と念を押した。

 

ノモラ

 ハル先生がしっかりと答えた。

 

 ファーの黒い目が、深い哀しみを湛えて輝き始めた。

 その目から涙に似た薄い光が溢れ出して、肩に沿って胸に落ち、ファーの全身を包んだ。

 

 光は柔らかく揺れ動いて、新しい形を作り始めた。

 ファーの姿がかき消えて、そのあとに女性の輪郭が現れた。

 

 派手なトレッキングスタイル。

 それはもう一人のハル先生だった。

 

 その女性は本物のハル先生に覆い被さってきて、口を大きく開けた。

 

「ファー、冗談止めなさい!」

 ハル先生が笑って言った。

 

「危ない。逃げろ!」

 ライブで送られてくる映像を、身を乗り出して見ていたはぐれ親父の叫び声が操縦室に響いた。

 

 電子銃を引っ掴むと、親父は宇宙艇のデッキから森に向かって飛び出していった。

 

(続く)

 

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この世の果ての中学校 5章  三界はぐれと異界への旅

灼熱地獄となった地球!

人類は滅び・・・この世の果てに残されたわずか六人の中学生が、緑と食料を求めて宇宙の果てから飛び出し、異界への旅に出ます。

時空の穴、ワームホールを突破できるか、引率は怪しげな男「三界はぐれ」でした。

 

前回のお話は下記をご覧ください。

この世の果ての中学校 4章   ヒーラーおばさまと魔女よけの秘術

 

5章 三界はぐれと異界宇宙への旅

 金曜日の朝、カレル教授がホームレスみたいな薄汚い男を教室に連れてきた。 

「おはよー! 紹介しよう、この方が今日からみんなの先生だ」

 

 男は、しわだらけの絣の着物を身につけ、履き古した下駄を履いて、木綿の手ぬぐいを首に

巻いていた。

 浅黒い顔は無精ひげで黒々としている。

 

 男はカレル教授に一言断ると、下駄を鳴らして教壇に登り、じろりと生徒たちを見まわした。

「たった今から、俺様がお前たちをとんでもないところへ連れていってやる。この世でもない、あの世でもないところや。そこは異界と呼ばれとる。常識で理解でけへん領域はみな異界と呼ばれとる。異界にもいろいろあるというのにや」

 

 最前列に座っていたペトロが後ろを振り向いて、指で鼻をつまんだ。

「ククッ」マリエが下を向いて笑いをこらえる。

 

「どや! このファッション! おもろいやろ! 100年以上前の貧乏学生の正装や。俺はこれが一番気に入っとる。でもほんまのところはや、こんな身なりでは誰も相手にしよらんからな、えらい気楽で便利なんや」

 

 男は手ぬぐいを首からほどくと、額の汗を拭いて腰にぶら下げた。

 

「俺は今まで勝手気ままに生きてきた。強制されるのが大嫌いなんや! ここへ来たのも尊敬するカレル教授に頼まれたからや。俺はどこにも行き場のない身柄やから、先生とお互いわかり合えるんや。教授はこの世の姿でもあの世の姿でもない、行き場のない超自然の姿や。そんなカレル教授からお前たちの課外授業を頼まれた。光栄や、ほんまに嬉しいこっちゃ。今から俺がお前たちの先生や、まずは諦めて覚悟するこっちゃ」

 

 男は勝手な挨拶を済ませ、教授と交替した。

「この男は先生の古い友達だ。苗字も名前もない宇宙のボヘミアン。通称《三界はぐれ》と呼ばれている」

 

「出たー! 三界はぐれや。三界からのはぐれもんや!」

 匠が足を踏みならして叫んだ。

 

 匠は、はぐれ親父のことを思い出した。

 昔、地球が壊れる前・・・六甲山の山奥の田舎にいた頃、匠の家に来ては離れの道場でおじいちゃんから宇宙遊泳と武道を習っていた男だ。

 

・・・思い出した!そういえば、あいつ僕のママとやけに仲良かったぞ・・・

匠がつぶやくのを聞きつけて、男が近づくと匠の頭をゴンとどついた。

「こら匠、久しぶりや! いまはカレル先生のお話中や、静かにせんかい」

 

 花の三人組みがクスクス笑って、カレル先生が話を続ける。

 

「リアルの世界からも、虚構の世界からも、そして幻想の世界からもはぐれて、というより

は放り出されて、宇宙の孤児として一人で生き抜いてきたレジェンド、あの悪名高い”三

界はぐれ”とはこの人だ。

 異界と呼ばれる宇宙を案内できるのは、ここ三界には他に誰もいない。

 それでははぐれ親父に課外授業の課題を説明してもらおう・・・」

 

 レジェンドと紹介された男が再び壇上に上がった。

「あれ~っ!」生徒たちが息をのんだ。

 一瞬の間に、男は別人と入れ替わっていたのだ。

 

 ひげはすっきりと剃られて、浅黒く精悍な顔つき。

 引き締まった身体にゆったりとしたシルクのシャツ。

 

 濃紺のブレザーに細身のグレーのパンツ。

 足下、白いハイカットスニーカー。

 

 パイロットの制服をビシリと決め込んだはぐれ親父の早変わりの技だった。

 あっけにとられて黙り込んだ生徒達を尻目に、はぐれおやじが無言で校庭の空を指さす。

 

 生徒が見上げる中、ブーンと低いホバリングの音がして、小型の宇宙艇が太陽にきらきら輝きながら校庭に舞い降りてきた。

 

「わーを! あれ見てみろ! 新型の宇宙探査艇だ」 

 裕大が大声張り上げた。

 

「ハッピーフライデーのビッグプレゼントだ。たった今から宇宙探査の旅に出る!」

 カレル先生がハットを脱いで、校庭の空に向かって放り投げた。

 

 悲鳴と、どよめきが巻き起こり、教室は大騒ぎになった。

 はぐれ親父が言葉遣いをがらりと変える。

 

「いまから宇宙の探査旅行に出発する。

 目標はこの宇宙の果ての外側、異界にあると思われる緑の惑星群だ。

 

 これら惑星探査の全行程を地球時間の三日で済ませる。

 途中、宇宙の臨界点にあたる歪んだ空間をくぐり抜ける。

 

 お前たちの大好きなブラックホールだ。

 ここを無事くぐり抜ければ、外宇宙に到着だ。

 

 安心しろ! 

 歪みの途中で圧縮されても、細切れにはならない。

 

 また引き延ばしてやるから元に戻る。

 そのために、圧縮に耐えるニューモデルのスペース・シップを新造した。

 ハル先生とエーヴァパパの共同設計だ。

 名付けてシンギュラリティーHAL号!

 

 異界では二泊する。

 目的は惑星の自然探索と食料探しだ。

 お前たちの未来のためだ、自分の足で歩いて、目と耳と手で異界の自然を感じることだ。

 

 だがな、異界ではなにが起こるか俺にも予測がつかない。

 悪いが、その時には自分で判断して行動してもらうしかない。

 命に関わる危険が無いとはいえないが、それだけの値打ちはある。

 

 嫌なら参加しなくていい。来たい奴だけ来ればいい。

 以上だ」

 冷たく言い放ったはぐれが・・「あっ! 言い忘れてた」といって付け加えた。

 

「俺はこうしていつでも変身する。 

 その場の状況に合わせて何にでも変身する。

 子どもの頃から一人で生き抜くために身につけた技だ。

 言っておくが、俺は自分勝手な男だ。

 お前達になにかを教えるような柄でもない。

 だから俺のヤルことは真似しないで欲しい。

 でもな・・・今から行くところは面白いぞ!

 一日で世界観が変わるぞ! ついでに俺も楽しませてもらうことにする」

 

 三界はぐれが生徒たちをひと睨みして、教壇から降りた。 

 10分も経たないうちに、校長先生とヒーラーおばさまが、準備しておいた携帯食料を袋に詰めて教室に運んできた。

 

・・・口笛吹きながら、ハル先生がど派手な姿で教室に現れた。

”白のロングパンツにショッキングピンクのブラウス”

 

”グリーンの半袖ジャケットにグリーンベレー”

”細身のゴールド・ベルトに足下ピンクのスニーカー”

 

「ヤッホー、ハル先生どちらへお出かけ?」

 マリエが椅子から転がり落ちた。

 

「ヤッホー、花の三人組はわたくしが引率することに決めましたの。

 惑星トレッキングはこのスタイルでいかが?  

 みんなの分もサイズ合わせて作ってあるわよ」

 

 ハル先生がウエア一を3人に手渡すと、花の三人組は歓声を上げて着替えに出て行った。

 

「あの子達がどこに消えてもすぐ分かるように、少し・・目立つデザインにしてありますの。おついでにわたしのもね」

 美人のハル先生、ボディーターンして、カレル教授にコンセプトをプレゼンテーションする。

 

少し?・ですか」カレル教授の視線はとろけ落ちそうにハル先生に釘付け。

 

「男子には迷彩服と電子銃を用意してあります。戦う必要が出てくるかもしれませんので・・」

 迷彩服に着替えを済ませたはぐれ親父が教授に囁いた。

 

「戦う相手とはいったい誰ですか?」

 教授が質問したが、親父はにやりと笑って答えない。

 

 生徒たちが初めての宇宙旅行に出かける事を知らされて、ママやパパが子供たちの着替えをナップザックに詰め込んで駆けつけてきた。

 

 校庭の中央に小型のスペース・シップ「シンギュラリティーHAL」が駐機していた。

 エーヴァ・パパがパイロット席について、エンジンを軽く吹かしながらみんが乗り込むのを待っていた。

 

 迷彩服の男子と派手なトレッキング姿の女生徒が、パンパンにふくれあがったナップ・ザックを背中に背負って、はぐれ親父の前に整列した。

 

「出発! これより全員乗船」

 親父が号令して、全員がママやパパに手を振りながら、二列縦隊で宇宙艇に向かう。

 

「あら、あの迷彩服の男性、どなたかしら?」

 裕大ママが咲良のママの枠腹をつつく。

 

「気になる男ね!カレル先生にお願いして紹介していただこうかしら・・・」

 咲良のママがつつき返す。

 

 カレル先生が重い特殊魔法瓶を船内に持ち込もうとして、デッキの前で立ち往生していた。

 裕大が先生に代わって軽々と魔法瓶を持ち上げ、教授の小さな個室に運び込んだ。

 

 魔法瓶をどこへ置こうかと、部屋を見回した裕大が、おかしな事に気がついた。

 その部屋には何かが欠けていた。

 

「あれっ、この個室にはベッドがありませんよ」

 裕大の疑問に、先生は即座に答えた。

 

「裕大、その魔法瓶が僕のベッドだ。悪いが、揺れに備えてこの柱に縛り付けてくれるかな」

 先生は細いロープを取り出して、裕大に手渡した。

 

「また冗談を。先生、瓶の中身は特別なエネルギー飲料かなんかでしょう?」

 笑いながら裕大は魔法瓶を柱に固く縛り付けた。

 

「中身は僕だよ。驚かせて済まないが、昼寝の時間なので失礼するよ」

 一言断ると、カレル先生は服を脱ぎ捨て、魔法瓶のふたを開けてその中に飛び込んでいった。

 

「お休み」

 声の聞こえた瓶の先から、蓋が垂れ下がっている。

 

「せ、先生、瓶の蓋を閉めましょうか?」

 裕大の声が震えた。

 

「平気だ。自分で出来る」

 先生の手が出てきて、魔法瓶の蓋が中から閉められた。

 

「裕大、宇宙に出たら、ブラックホールの手前で起こしてくれるかな・・・」

 くぐもった声に頷いて、裕大は魔法瓶をもう一度ロープで柱にしっかりと縛り直した。

 

「お休み先生!」と魔法瓶に一礼して、裕大は個室のドアをそっと閉め、自分たちのベッド・ルームに急いだ。

 

 ハル先生が携帯用のナノコンを宇宙船に持ち込もうとして、ハッチの前で困っていた。

「これは体育館位の大きな量子コンピューターをノート型にまで小さく軽量化した『ナノコン』ですよ」・・とハル先生はいつもペトロに自慢している。

 

 しかし、大きなナップザックを背中に担いでいるハル先生には、ナノコンが重すぎて、身動きがとれない。

 見かねたペトロが先生に代わってナノコンを持ち上げ、キャビンに運び込んだ。

 

 エーヴァ・パパがキャビンの前方のパイロット・シートに座っている。

 ペトロはハル先生のナノコンを、副操縦席のコントロールパネルの横に置いた。

 

 ハル先生はペトロに一言お礼をいってから、パネルの前のシートに腰を下ろす。

 

「それじゃ、宇宙艇のコンピューターと私のナノコンを結合しますね」

 

 エーヴァ・パパにそう言うと、ハル先生は、ガチャガチャと騒々しい音を立てて、コントロールパネルとナノコンを接続してしまった。

「ニューロネットワークHAL号完成!」とハル先生が宣言する。

 それから二人はペトロにはとても難しい会話を始めた。

「ハル先生、演算処理のスピードを無限大に上げて、圧縮空間の飛行計算を自動的に処理できないでしょうかね。ワームホールの中での操縦は僕にはとても無理みたいですから、AIの自動操縦にして切り抜けたいのですが」

 

 エーヴァ・パパが尋ねて、ハル先生が答えた。

「ではプログラミングを新しくして、パワーアップしちゃいましょう」
 

 ハル先生はまたカチャカチャとコントロールパネルを触った。

「プログラミング完了。それではインテグレートしたコンピューターのAIはわたくしハルが務めま~す!」
 

 ハル先生が高らかに宣言した。

 会話を聞いていたペトロが大変なことに気が付いた。

 

 ・・・嘘だろ。

 なんてことだ、美人のハル先生はナノコンの人工知能らしいぞ。

 

 その上、ハル先生は宇宙船のコンピューターまで乗っ取ったみたいだ。

 人工知能AIは人間みたいに自分で考えるようにプログラミングされているということは僕も知っている。

 

 でもどうして人工知能が人間の女の人の姿で動いたり、お喋りしたりできるのだろう・・・。

 

 ペトロは美人のハル先生の顔を穴の開くほど見つめた。

「ペトロ、とうとうあなたは私の正体を見破ってしまったみたいね」

 

 ハル先生がズバリと言った。

「えっ! やっ、やっぱり・・」ペトロは絶句した。

 

「ペトロ、お願いだからこのことは他の生徒には黙っていて下さいね。人工知能AIに対しては、まだまだたくさんの偏見があって、生徒たちのご両親に私の正体が分かってしまうと、学校の授業がやりにくくなります。だって生徒を教えている先生が実はコンピューターの人工知能だったなんて、そんなことパパやママが知ったらどうなると思います?」

 

 そう言って、ハル先生はブレザーのポケットからテレビのリモコンのような物を取り出した。

 

「これはナノコンと無線で繋がっている携帯用端末です。

 ここから緩やかな光状の粒子を放射して、私の身体を空間に作り上げています。

 お喋りしたり、動いたり、見たり、聞いたり、触ったりもできるのよ。

 ナノコンを抱えれば自分で移動もできます。

 わたしの頭脳、ニューロネットワークはナノコンの中にあるのです。

 いいこと・・これは絶対二人だけの秘密よ。

 もちろん先生方やエーヴァ・パパ、それにはぐれ親父さんは別よ・・・」

 

 ハル先生がペトロに2回も約束のウインクをした。

 ペトロは3回にしてOKの返事をした。

 

 横でエーヴァのパパが唇に指を立てた。

 ペトロは、「このことは誰にも絶対漏らさないぞ」と、口を固く閉じ、割り当てられた男子生徒用のベッド・ルームに向かった。

 
 出発に備えて、カレル先生を除いた全員がキャビンに集まった。

 前方は操縦エリアでパイロット席が二つ並んでいる。

 

 後方はクルーのためのキャビンになっていて、両側の窓際に一つ、中央に二席の合計4席が横に並び、縦に五列で合計二十のシートが配置されていた。

 

 匠はパイロットのエーヴァ・パパに無理矢理頼み込んで、操縦士席の横の助手席に座らせて貰った。

 前方の三次元スクリーンに宇宙が拡がっていた。

 

 漆黒の宇宙空間に緑や青や黄色の無数の小さな星が瞬いていた。

 これから向かうドームの外側の宇宙の映像だった。

 

 隣の主席パイロット席ではエーヴァ・パパが、シートベルトを締めて、操作パネルに軽くタッチしながら、出発の準備を始めた。

「僕のおじいちゃんは広い宇宙をトップで泳ぎ抜いたんだよ!」

 

 宇宙の映像を見つめて興奮してきた匠が、隣のエーヴァ・パパに、おじいちゃんの話を始めた。

 匠が祖父の自慢話をするのは初めてだった。

 

 匠の祖父は第一回宇宙マラソンの金メダリストだった。

 その競技は宇宙服一つを身に着けただけで、寝袋や食料の入ったナップザックを担いで、地球から目的の星まで宇宙を遊泳してタイムを競うという、運動競技の歴史で最も過酷なレースだった。

 

「匠、それ本当か! 宇宙マラソンの初代チャンピオンは匠のおじいちゃんだったのか」

キャビンで宿敵ペトロが足を踏みならして騒いだ。

「匠! それって、すげーぞ」

 

 匠は、助手席のシートに座りなおし、背筋をピンと伸ばした。

 匠は・・・たちまち、時空のヒーローとなって、宇宙を軽やかに飛んでいた!

 

・・・「前方に敵機発見! 15度上昇して追跡開始!」

 匠は、前方に、宿敵ペトロが操縦する敵機を見つけた・・・つもりになった。

 

 目の前にある副操縦士用の操縦桿に匠が手を出した。

「ブイーン!」

 

 遊びのつもりで手元に引き込んだ操縦桿は本物だった。

 宇宙艇が船首を持ち上げ、15度上方に急発進した。

 

 窓枠にもたれながら、パパやママに手を振っていた咲良とマリエが、足を取られて尻餅をついた。

 ハル先生は副操縦席のシートから転げ落ちて床に頭をぶつけた。

 

 主席パイロットのエーヴァ・パパが慌てて操縦桿を握った。

 船首をゆっくり水平に直すと、船内アナウンスを開始した。

 

「ただいまシンギュラリティーHAL号は目的の惑星に向けて急発進いたしました。

 皆様どうか落ち着いて席に着いて、シートベルトをしっかりとお締め下さい」

 

 エーヴァ・パパの右手が伸びてきて、匠の頭をゴンと叩いた。

 

 発進した宇宙艇に向かって手を振っているパパやママや校長先生たちの姿が、みるみるうちに小さくなって消えていった。

 

 地球を離れ宇宙空間に達すると、はぐれ親父がキャビンの後方に生徒を集めて講義を始めた。

 

「窓から外を見ても何にもわからないが、実は宇宙の空間にはいろんな性格がある。

 人間と同じで、ストレートで素直な空間からカーブしてねじ曲がった空間までいろいろある。 

 いま向かっている歪曲空間というのは俺の心と同じだ。

 とんでもなくブラックな奴だ。

 俺たちはそこを通り抜けて別の宇宙に抜け出す。

 リンゴの虫食い穴みたいに狭ーいところだ」 

 

「俺たちリンゴよりはでけーよな。一体どうやって抜けるんだ?」

 裕大が呟いて、全員が心配そうに下を向いた。

 

「安心しろ! この宇宙艇は歪曲空間をすり抜けることができる。

昔、一人乗りのスペース・モバイルで歪んだ空間の一番狭いところをすり抜けたことがある。

あれは、苦痛と至福の時だった。お前さん達ももうすぐ味わえる。

俺がどうして歪みを抜けたか? 理由は俺にもよく分からん。

そこの処は宇宙物に理詳しいハル先生に説明して貰おう」 

 

 ハル先生はゆらりと立ち上がると、操縦室の後部に設置された電子ボードに向って

「歪曲、認知、非常識!」と言った。

 

 ボードが声を拾って、三つのキーワードを描いた。

「歪曲」「認知」「非常識」

 

「時空の歪みは普通の人間の目に見えないから困るのです。

ところが親父さんには見えているのです。

親父さんは思考の曲線が私たちと違っているから歪みが見えるのです。

非常識認知力です。

この宇宙艇は親父さんの頭脳をスキャンして、非常識認知の技術を取り入れました。

歪曲空間では時間はゆったりと流れたり、急に早くなったりします。

歪みを利用してうまく空間をすり抜けると、時間の流れを超えることができます。

時間が逆転して、時間稼ぎができるのです。

うまくいけば、わずか半日で私たちの宇宙の果てまで到着出来るという計算になりました。

まともなら光速でも130億年以上かかるところです。

今回の課外授業で生徒の皆さんの中からも、親父さんのように非常識認知の技を手に入れる生徒が出てくるかもしれませんね。

ハル先生、楽しみにしていますよ」

 

   そう言ってハル先生がじっと匠を見つめる。

 その技はきっとここにあるぞ・・・匠が自分の腹部を押さえた。

 

・・・おじいちゃんが宇宙マラソンで優勝した技もきっとこの「すり抜け技」だ。

 ハル先生、秘技はいつか僕ががんばって手に入れて上げる・・・

 

 ハル先生が匠に向かってウインクした。

「そうです。私が宇宙の第二方程式を完成させるのに時間がかかっているのも、この歪曲というやっかいな存在がその理由です。

 私の認知能力を非常識認知に切り替えるのにはとんでもない勇気が必要で、もう諦めかけてましたの。

 でもね、宇宙に出てきて、なんだか気分が乗ってきました。

 さー電子ボードを見てご覧なさい。

 先生、やりますわよ!」

 

 ハル先生はシートに座り込み、さっとナノコンを開いて、もの凄いスピードでキーボードを叩きだした。

 まるでピアノを演奏しているみたいに、先生の細い指がリズミカルに跳びはねる。

 

 電子ボードに前方に広がる宇宙の映像が飛びこんできた。

 漆黒の闇に点々と散らばる星々の間を埋め、膨大な数式と量子ビットの列が次から次に現れては飛び散って行く。

 

 スクリーンからはみ出した記号の束が天井や生徒たちの顔の上ではねて踊っていた。 

 ペトロにはハル先生がどこへ向かっているのか分かっていた。

 

 パワーアップした量子ナノコンの知能AIとなったハル先生は、ついに物理法則の限界を飛び越え、宇宙の第二方程式を創造する非常識の旅に出かけてしまったのに違いない。
 

 ・・・ハル先生はしばらくは帰ってこない。

 宇宙艇は超光速で銀河系宇宙の果て、歪曲空間を目指して飛んだ。

 

 宇宙艇のトレーニング・ルームに男子生徒を集めて、はぐれ親父が戦闘訓練を開始した。

「惑星で知的生命体を見つけた時には、まず彼らと接触してコミュニケーションを図ってみよう。

 しかしだ・・・前回、俺の旅では最初の惑星にとんでもなくでかい巨人が棲んでおった。

 そいつらに食われそうになって俺は命がけで逃げた。

 時と場合によっては、お前たちも自分自身で危険な相手から身を守ることが必要になる。

 女子生徒も守ってやらねばならない。

 今渡したのは防御用の電子銃だ。

 殺傷力は強くないが、一時的にターゲットの意識を奪う。

 いざというときのために、お前達同士で撃ち合って実践の技術を身につけておいて欲しい」

 

 練習開始だ! と言い残して、親父は部屋を出て行った。

 残された三人は電子銃を腰のホルスターに収め、三角形の頂点に立ち、睨みあった。

「時計回りで行こうぜ。一、二の三だ!」

 両脚を少し開いて、手をだらんと下げ、ペトロは匠を、匠は裕大を、裕大はペトロをター

ゲットにして狙いを定めた。

 「決めたら迷わず撃て!」

 三人は親父の最後のセリフを思い出した。

 

 部屋を離れたところで、はぐれ親父が立ち止まった。

「あっ言い忘れた。射撃の強さは一番弱いレベルから始めろだ!」

 

 親父が慌ててトレーニング・ルームへ走って戻った。

 隣の部屋で、カレル先生から、太陽エネルギーを集めて宇宙食を作り出す技術の指導を受けていた女生徒の耳に、壁を突き抜けて悲鳴が三つ飛びこんできた。

 

・・・宇宙艇「シンギュラリティーHAL号」の前方から一切の星の輝きが消え、薄闇がスクリーンを覆い始めた。

 

 重い振動音がはぐれ親父の身体の内側から湧き起こる。

「来るぞ!・・時空の狂気が」

 親父がしゃがれ声でパイロットに囁く。

 

 エーヴァ・パパの表情が一変した。

「全員、キャビンに集合!」

 

 甲高い非常呼集のサイレンが船内に響き渡った。

 裕大はカレル先生の個室に走り、魔法瓶を揺すって眠りこけている先生をたたき起こした。

 

「明るい照明は邪魔になる。エーヴァパパ、キャビンの照明をすこし落としてくれるかな!」

 親父の頼みで、キャビンは薄闇となった。

 

 薄闇の中に親父の顔が浮かび上がる。

「お待たせした。今から宇宙の歪みに入る。全員ベルトは緩く締めろ。シートが自動的に歪みに合わせて体をジャスト・フィットしてくれる。いいか、緊張するなよ。リラックスして楽しめ!」

 

 前方に流氷のような青白い光の群れが現れ、宇宙艇に襲いかかった。

 宇宙艇は反転し、上昇し、小刻みに震えながら、光の束をすり抜ける。

 

 スクリーンを突き破って、青白い光がキャビンに飛び込んできた。

 マリエの身体はボブスレーのように滑り、重力に押しつぶされた。

 

 咲良は飛び上がり、揺れてどこかに漂着した。

「始まるぞ・・いいか、決して抵抗するんじゃないぞ、力を抜いて任せてしまえ!」

 

 はぐれ親父の怒鳴り声が、低く歪んで裕大の鼓膜を打つ。

 時空の歪みがキャビンの中に忍び込んで、エーヴァの身体を浸食し始めた。

 

 魂の心地よい響きがペトロを弄び、意識が身体からさまよい出た。

「僕の時間が揺れている。もう昨日になったのかな。明日は過ぎ去ったのかな? どちらだ」

 

 ペトロが隣のシートの匠に聞いた。

「ムニャ!」匠は気持ちよさそうに眠り込んでいた。

 

・・・ハル先生は膝の上に置いたナノコンのキーボードを激しく叩いて、歪曲の構造を計算し続けていた。

 ハル先生の顔の上でちらちらと赤い光が遊んでいる。

 

「もうすぐあなたの正体を突き止めてみせるわよ!」

 ハル先生が呟く。

 

・・・ここは特異点。

 宇宙の第一方程式は通用しない。

 ここでは時間は空間の歪みから生まれている。

 それは小さな光の波形を描いて内向きに拡散していく。

 時計の針がグルグル逆に廻って、時間がエネルギーに戻る。

 ~あら、ここから無限のエネルギーが湧き出してる。

 

 近い! これが宇宙の正体?

 宇宙の第二方程式はあと一息で完成する!

 でもハルはなんだかとても熱い・・・。

 

 ハル先生の耳元で声が囁く。

《お前らの作り出す科学法則など、所詮は俺たちの創った自然の模倣に過ぎない》

 

・・・何ですって、わたしのこと、物まねですつて・・・

 馬鹿にして! あなたは誰? ここから立ち去れというの? 

 

 ハル先生の電子ボードに数人の黒い人影が話し合っている映像が映し出された。   

 

 
《また俺たちの領域に近づいて来ておる!》
 真っ赤な顔をした男が怒っていた。
 
《いかがいたしましょうか?》
 誰かが聞いた。
 
《放っておけ。そんなに簡単には解けん。
 万一、完成したらまた新しい宇宙を創ればすむことだ》

 

 

《聞こえたわよ。放っておけですって》
 
ハルは何が何でも方程式を手に入れてみせる!
あれっ、せっかくここまで進めた計算式がまっ赤に焼けて飛び散っていく。
無駄口叩いて邪魔するあなたはいったい誰? 
なにこれ、怒ったの?
熱い!
とても熱い!
《誰か、助けて!》

誰か、助けて!

 甲高い悲鳴が耳を破って、隣のシートでリラックスしていたカレル教授が跳ね起きた。

 

「なんてことだ!」
 隣のシートのハル先生の顔が真っ赤に焼けていた。

 

 操縦室の窓から差し込んだ一筋の光線が、ハル先生の顔を差し貫いて、膝の上のナノコンを直撃していた。

 

「危ない!」

 カレル教授はシートから飛び上がり、ハル先生の顔の上に自分の身体を覆い被せて光を遮った。

 

 背中のあたりが焼け焦げる匂いがした。

 突然、諦めたように赤い光が消え、痛みも同時に消えていった。 

 

 意識を取りもどしたハル先生が、カレル教授にしがみついた。

「カレル、あなたが助けてくれたのね。あれは悪夢なの? 宇宙の第二方程式はもう少しで完成するとこだったのに・・・悔しい!」

 

 カレル先生にはそれはとても夢の中での出来事とは思えなかった。

 

 教授の目には、”真っ赤に燃え上がった男の顔がハル先生を睨み付けている”のがはっきりと見えた。 

その時・・・

「宇宙からの脱出成功! 外宇宙に到着!」

 はぐれ親父が高らかに宣言した。

 

(続く)

 

続きは下記をご覧ください。

この世の果ての中学校 6章 七人の調査隊と消えた巨人

 

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