筒井俊隆のSFファンタジー。
地球に残された六人の中学生は、異界の惑星テラで、不思議な森の家族と遭遇しました。
彼らはコピーのように生徒達と同じ姿をしていました。
森の家族のリーダー、ファーがハル先生の擬態をして先生に襲いかかります。
裕大と匠はハル先生を守るため、電子銃を抜いてファーとマーを狙いました。
森の巨人たちは一体どこに消えたのか・・今回は森の家族の正体に迫ります。
前回のストーリーはここからどうぞ。
新しい章が続く、連載の長編です。
お暇なときにゆっくり読んでくださいね。
7章 ハル先生が森の家族に食べられた!
「ノモラ?」
もう一人の ハルが、本物のハル先生に顔を近づけて囁いた。
「またわたしの真似して笑わせるつもりね」
ハル先生がそんなファーにやさしく微笑む。
「レディーに対して、ちょっとしつこいんじゃないの?」
エーヴァが腕組みしてファーにクレーム付けた。
『○×○×○?』
理解不能な言葉を、ファーが呪文のように先生の耳元で甘く囁いた。
「ファーは、なんて言つてる?」
ハル先生、くすぐったそうに笑いながら、エーヴァに尋ねる。
「一緒に暮らさないかって、ファーが先生誘ってるみたいですよ」
エーヴァがうつむいてククッと笑った。
「英語で訳してシンバイオシス(共生)かな? ほらあれですよ、生き物が仲良く共同生活すること・・」
エーヴァが先生に通訳した。
ハル先生はナノコンに「シンバイオシスの意味、詳しく教えて」と音声入力した。
その時、ファーの息づかいがすぐ側で聞こえた。
驚いて顔を持ち上げた先生の真上に、ファーの大きく開いた口が迫っていた。
「またふざけて!」
笑いながら逃げ出したハル先生は、足元が乱れてバランスを崩し、そのまま仰向けに地面に倒れた。
抱えていたナノコンが音を立てて地面に落ちた。
ナノコンのディスプレーには真っ赤な文字が狂ったように踊っていた。
【警告! 警告! シンバイオシス→肉体の共有→食べてもいいか?】
「ファー! 悪い冗談、止めなさい」
倒れたハル先生は両足をばたつかせ、両手を突き出してファーの攻撃をかわそうとした。
ファーがハル先生の顔に噛みついてきた。
「二人でじゃれてるの、それとも喧嘩してるの?」
冗談を言ったエーヴァの視線の先で、取っ組み合っているハル先生の顔がおかしな形にゆがんでみえた。
・・なにこれ・・もしかしてハル先生がファーに食べられてる?・・
「キャーッ!」
エーヴァのあげた悲鳴が森を揺らした。
悲鳴に驚いて振り返ったファーに、エーヴァが鬼の形相でつかみかかった。
エーヴァの磨き上げた爪がファーの目を襲い、ファーは鋭い痛みにたじろいで、ハル先生から顔を離してしまった。
ファーの集中力が一瞬にして断ち切られ、擬態が半分崩れ落ちた。
そのあとに、ファーの顔が現れた。
マーは、ファーがハル先生を襲う様子を、まるで神聖な儀式ででもあるかのように、両手を合わせ、祈るような表情で見ていた。
ファーがエーヴァに邪魔されるのを見たマーは、慌てて立ち上がった。
マーはエーヴァを乱暴に突き飛ばし、地面に倒れているハル先生の肩を両手で固く掴んだ。
先生を見つめるマーの目が潤み、身体が光りを放ち、形を変え始めた。
『○×○×○?』
マーは呪文を唱え、ハルの姿となり、先生の身体に覆い被さっていった。
・・すこし離れたところでクプシと遊んでいた裕大が、エーヴァのあげた悲鳴で異変に気がついた。
振り向いて、目をこらすと、巨木の前で四人の人影が錯綜していた。
ハル先生がナノコンを放り出して、地面に仰向けに倒れ、足をばたつかせている。
二つの白い光が、追い被さるようにハル先生を襲っていた。
その横でエーヴァが倒れていた。
「うわーっ、匠、ペトロ、あれ見ろ! ハル先生が白い奴らに食べられてる!」
裕大は何が起こっているのかまるで理解ができなかった。
混乱した裕大の頭の中で、はぐれ親父のセリフが弾けた。
・・いいかお前たち! 異変に気がついたら、ためらわずに武器を取れ!・・
裕大は直ちにベルトから電子銃を引き抜いて、ハル先生を助けに走った。
匠が素早く電子銃を抜いて裕大のあとに続く。
駆け寄った二人は、ハル先生に覆い被さっている二つの影に電子銃を向けた。
銃を持つ裕大の手が震えた。
「決めたら迷いなく撃て!」
はぐれ親父のセリフが聞こえた。
裕大が目をつぶって、ファーを撃った。
「ズン!」
鈍い音がして、ファーの身体が地面から跳ね上がった。
それを見て、匠がマーを撃った。
マーの身体は横に跳ねた。
ファーもマーも地面に落ち、そのまま動かなくなった。
はじめて人を銃で倒した裕大と匠は、突っ立ったまま固まってしまった。
裕大と匠を追いかけてきたペトロは、倒れているハル先生に駆け寄った。
ハル先生の顔の前にナノコンが転がって、ディスプレーがかすかに明滅していた。
ペトロはナノコンを慎重に拾い上げ、迷彩服の上着の中にしまい込んだ。
それからハル先生の身体を両腕で抱きかかえて、巨木の蔭まで引きずっていった。
先生は意識を失っていた。
・・ハル先生はホログラムで出来ているから、食べられても大丈夫だ。
でも先生のこんなひどい顔をみんなに見せるわけにはいかない・・
ペトロはナノコンを上着から取り出して調べてみた。
ディスプレーは完全にブラックアウトしていた。
「ハル先生、元気? ペトロだよ」
小声で囁いて、ナノコンの裏側をとんとんと叩いてみた。
五回叩くと、ナノコンがかすかに反応して、ディスプレーが明滅を始めた。
しばらくして画面にピンクのメッセージが踊り出た。
《LOVE YOU!》
「やったぜ!」
《70%》→《80% 》→《90%》→《修復完了》
ペトロの腕の中で、ハル先生の姿が自動修復されていった。
蘇ったハル先生はうれしそうにナノコンをペトロから受け取って、ジャケットのポケットに大事に収めた。
そして大地からゆらりと立ち上がり、白いロング・パンツに付いた土を優雅に払い落とし、ペトロに軽くウインクをした。
地面から立ち上がったエーヴァが、ハル先生のところに駆け寄ってきた。
「先生、お怪我は?」・・エーヴァは先生の顔を食い入るように見つめる。
「あれっ、まさか? 噛みついたのはハル先生の方じゃないでしょうね」
「先生、間一髪でファーの攻撃、躱したの。エーヴァの強烈な悲鳴のおかげよ」
リセットしたハル先生は一息ついて周囲を見渡し、事態を分析した。
ファーとマーが地面に倒れている。
その側で、裕大と匠が、電子銃を手に持ったまま突っ立っていた。
「裕大、匠、ありがとうね! その電子銃、もう終わったから早く仕舞いなさい!」
我に返った二人は、震える手で電子銃をガン・ベルトに収めた。
ハル先生の元気な姿を見て、二人は腰が抜けたように地面に座り込んでしまった。
「匠、俺たちなにか間違いしでかしたのかな?」
裕大と匠が狐につままれたように顔を見合わせた。
少し離れたところで、咲良とマリエ組がキッカ、カーナ組とにらみ合っていた。
真ん中でクプシが立ちすくんでいる。
《星間戦争・一触即発》
ナノコンのディスプレーが先生のポケットで騒いだ。
「咲良、マリエ、喧嘩はだめ。ほら、ハル先生は元気ですよ!」
ハル先生は自分の顔を指さして、無事OKのサインを二人に送った。
マリエが先生に近づいて顔を撫でた。
ハル先生、にっこり笑ってマリエにキスをして頼んだ。
「お願いマリエ、和平交渉始めるのよ」
「わかった」
「喧嘩やーめた!」
マリエの素っ頓狂な一声で、二組の間に張り詰めていた緊張が吹き飛んでいった。
キッカ、カーナとクプシが、地面に倒れているファーとマーを取り囲んだ。
話しかけても、身体を揺すぶっても、ファーもマーもなんの反応も示さなかった。
そのうち森の子供たちは、大声で泣き出してしまった。
申し訳なさそうに裕大と、匠が近寄ってきた。
「匠、お前の技でなんとかできないか」
裕大の一言に頷いた匠は、ファーの胸に右手を、マーの胸に左手を当て、同時に気合いを入れた。
「ヤッ!」
「グホッ!」
ファーとマーが、激しく咳き込み、呻き声を上げて、息を吹き返した。
意識を取りもどしたファーとマーは、電子銃で自分たちを撃った裕大と匠が目の前にいるのに気が付いて、さっと身を引いた。
ハル先生がファーとマーに静かに近寄って、エーヴァにしっかり通訳するように頼んで話し始めた。
「よく聞いてくださいね。ファーもマーも怖がらなくていいのよ。裕大と匠の電子銃は仕舞わせました。銃で撃たれた痛みも間もなく消えますから、落ち着きなさい。そんなことよりファーとマーに確かめたいことがあります」
ハル先生は、ファーが、なぜ突然、自分を襲ったのか理解できなかった。
ファーもマーも同じ人間を食べるような風習を持った種族とはとてもみえない。
どう見ても生徒達と変わりのない人間だ。
「ファー! 答えなさい。あなたは、どうして私の姿を真似して私を襲ったのか。理由を説明しなさい!」
ハル先生は、ファーに正直に説明するように、厳しく迫った。
「何を偉そうに言ってるんだ。そちらの方こそどうして僕たちを撃ったりしたんだよ! 何度もノモラ《友達》かって確かめたじゃないか」
ファーが激しい口調で言い返した。
おとなしく通訳をしていたエーヴァの顔色が変わった。
エーヴァが直接ファーに向かって怒った。
「いきなり先生に噛みついておいて、なんてこと言うのよ! 友達なら噛みつくわけないでしょ。理由を言いなさいよ!」
ファーが、エーヴァの剣幕に気圧され、一瞬たじろいだ。
「理由だって? 身体が《光ってた》からだよ。それだけだよ」
「ハル先生が《光ってた》? それ一体何のことよ」
エーヴァが思わずハル先生の顔を振り返った。
・・ハル先生はお化粧のせいか、顔が光って見えることがある。
でもそれがどうしたの?・・
「それがどうしたっていうのよ。それじゃファーは、光ってる友達は、食べてもいいっていうの?」
エーヴァが追求の手を緩めない。
「食べるんじゃないよ、分かち合うんだ。
身体が弱ってもうすぐ消滅する子は、光り出してそのことをみんなに知らせるんだ。
だから元気な子は、消滅する前にその子の魂を共有するんだ。
僕たちはたとえ肉体をなくしても、魂が残ればいい!
擬態は魂を共有するためのものなんだ。
そのぐらいのこと、どうしてわからないんだよ」
はき出すように言って、ファーが、激しく身体を震わせた。
ファーの目からは涙が噴き出していた。
エーヴァは戸惑い、しばらく考えて、みんなにファーとの会話をそのまま伝えた。
ハル先生はファーの話を頭の中で反芻してみた。
・・ファーは何て言った?
私の魂を救うために《共生》をしようとしたのですって?
異種の生命が、補い合って生きていくみたいに?・・
ハル先生のナノコンが明滅して、計算の続きを表示した。
《結論、共生の原因は過酷な環境》
ハル先生の背筋が凍り付いた。
・・ここには食料がない。
この人たちの環境はそんなに厳しいのか・・
森の家族の母親マーは、ファーがハル先生やエーヴァとやりとりする言葉に耳を傾けていた。
突然、マーの肩から力が抜け、怒りがどこかに消え失せていった。
マーは当たり前のことに気がついたのだ。
・・遠くからやってきたこの人たちにはファーの話はとても理解できないのだ・・と。
「お話しなければならないことがあります」
マーが、ハル先生と六人の生徒たちに、自分たち仲間の置かれた境遇を静かに話し始めた。
(続く)
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下條 俊隆
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