この世の果ての中学校  プロローグ「ついにあいつがやって来た」  

 

果たして、君は生き残れるか? 

 

 

 

 

 

 

21世紀の末、地球温暖化で灼熱地獄と化した地球。

絶滅した人類の中で・・・地球に生き残ったわずか六人の中学生が、幽体となって現れる両親や先生の助けのもと、逞しく成長していく物語です。

 

プロローグ「ついにあいつがやって来た」

 

 その日、カレル教授はただ一人で実験室に閉じこもった。

 部屋の中央に置かれた実験台の上に白衣の若い女性が横たえられている。

 その顔からは既に生気が失われていたが、表情には少女のようなあどけなさが残されている。

 国立科学研究所の堅い守りをくぐり抜けて、ついにあいつは実験室の内部にまでやってきたのだ。

 そして愛するハルを襲い、命を奪った。
 

 やつらの正体は病原体だ。

 食物連鎖のピラミッドの頂点に君臨してきた人類に対して、被捕食者たちが逆襲のために送り出してきた最終兵器だった。

 

 生きるために食った食料が、人間の体内で有害な病原体に変貌したのだ。

 そいつは内側から人を襲って、細胞に侵食し、繁殖する。

 病原体はカレル教授の研究仲間を襲い、ついに科学者で幼なじみの婚約者ハルの命までも奪っていった。 

「明日にはハルを病原体とともに焼き尽くさなければならない」

 

・・・でも、それまでにどうしてもやらねばならない事がある。ハルのすべてを奪われてたまるか!・・・ 
 

 教授のうなり声は、いつしか慟哭に代わった。
 

 薄い夕闇が訪れても、カレル教授はハルに寄り添い、嗚咽を繰り返した。

 夜になり、教授はハルにすがりつくような姿勢で、ベッドの側に寝込んでしまった。

 
“バタン!”

 固く閉じておいたはずの実験室のドアが、外から乱暴に開けられた。 

 焼け付くように暑い夜の風が吹き付けてきて、教授は目を覚ました。

 

「カレル教授、夜分、お邪魔いたします。どうか、突然の非礼をお許しください」

 教授の目の前に、白い法衣を身にまとって、黒いカバンを胸に抱えた男が立っていた。

「何者だ!」

 いきなり現れた見知らぬ男に驚いた教授が叫んだ。

「驚かないでください。私は牧師です。ドアをノックしたのですが、応答がなくて、ドアをこじ開けて入り込んできました。今朝、ハル先生の訃報をお聞きして、教会の総本部からお祈りをあげるために派遣されて参った者です」

 牧師を名乗る男は早口でまくし立てる。

「教会の本部かなにか知らんが、そこを動くんじゃない!」教授は近くのデスクに走り、警報ボタンに手を伸ばした。

 

「無駄です」教授の動きを押しとどめるように男は首を横に振る。

「正面ゲートに警備の人たちは一人も残っていませんでしたよ。悲しいことです。全員病原体にやられたのでしょうか」

 教授は無言でブザーを数回、押した。しかしゲートからも詰め所からもなんの応答もない。

「家族のことが心配になって、警備を離れただけならいいのですが・・・」牧師が小さな声で謝るように言う。

 

「何だと、この研究所のゲートが無人だというのか?」

 教授の詰問に牧師はゆっくりと頷く。

「AIの警護ロボットが一人で仕事をしておりました。私の顔をスキャンして国際認証を済ませてから、入場を許可してくれましたよ。きっと教会本部から緊急連絡がはいっていたのでしょう」

 牧師は首にぶら下げた入場許可証をちらりと見せた。

「教授、亡くなられた研究所のお仲間とハル先生に対して心からのお悔やみを申し上げます。私たちは、教授とハル先生が生命科学の分野で数々の素晴らしい成果を上げてこられたことを教会のネットワークを通じてよく存じ上げております。私は牧師の勤めとして、病原体と戦い犠牲となられたハル先生に、どうしても祈りを捧げなければなりません」

 牧師は教授が口を挟む暇を与えず、たたみかけるように話を続けた。

「カレル教授、これからのあなたの人生のためにも祈らなければならないのです。お二人で交わされた特別な約束を守るためにです」
 

 ハルとの約束事だと?

 この牧師はなぜそんなことまで知っている。

 この男は一体何者だ? 
 
 二人が特別な関係であることは二人だけの秘密だった。

 昔、小さな教会で、先の知れない未来につかの間の約束を交わした二人は、その後も実験に明け暮れ、月日だけが過ぎていった。
 

・・・ハルと過ごしたこの研究所も、私以外にはだれも守る者のいない裸の砦になってしまったのか。 

 
 我に返った教授が、目の前に立つ遠くからの闖入者を眺め直した。

 

 鉄灰色の髪に青い目、中背で東欧系の引き締まった顔立ち。

 30代かそこら、まだとても若い。

 聖職者というよりは、海外からの若い留学生のようだ。
 

 静かに見返す男の目は青く澄み切っていた。 

・・・東欧の深い湖のような瞳が、教授の乱れた心を誘い込むように慰めていった。

 

「それでは、失礼して、ハル先生にお祈りを上げさせていただきます!」
 

牧師と名乗る男の決然とした言葉使いに、教授は思わず頷いてしまった。

 男は、立ち上がり、ハルが横たわる手術台に向かった。

 抱えてきた黒いカバンを開けると、中から白い花の一束を取り出し、ハル先生の胸の上にそっと置く。

 そして十字を切って、祈りをあげた。

「とても美しいお方だ」 

  呟きながら、牧師は小さなパンとぶどう酒の小瓶を取り出すと、閉じられた唇に、ぶどう酒の香りとともにひとかけらのパンをそっと挟んだ。

 次に、用意した聖水を胸のあたりに一振りすると、聖書の一節を読み上げた。
 

 牧師の祈りは、教授の胸にやさしく届いた。

「カレル教授、どうぞご一緒に・・・」 

 

 声をかけられて、教授は牧師と並んで立ち、祈りを捧げた。長い儀式を終えると、牧師は十字架を鞄に収め、教授の耳元で囁いた。

「終わりました。いつの日か、ハル先生が復活されることをお祈りしておきましたよ」
 

 教授は、思わず牧師を睨みつけた。
・・・まだ胸の内にある計画なのに、この牧師はいったい・・・
 

 教授は恋人のハルをどうしても取りもどしたくて、ある計画を実行しようと心に決めていた。

 不審に思った教授は、思い切って牧師に聞いてみた。

「牧師、どうやら、私がこれからやろうとしていることをあなたはすでにご存じのようだが?」

 

 牧師が微笑んで答えた。

「カレル教授、その答えはあなたの目の中に書いてありますよ。どなたでも、かけがえのない大事な人を失った直後はいろんな思いに耽るものです」

 牧師はもう一言、付け加えた。

「ハル先生の魂は私がしばらくお預かりいたしましょう。新しい器が出来上がるまで・・・」

 その言葉に驚いたカレル教授は牧師の目を確かめるようにのぞき込んだ。

 教授の計画とは、いつかハルの魂をこの世界に復活させることだった。その計画をハルに話したとき、死を覚悟していたハル自身も、それを強く希望したのだった。

 

 教授はあらためて、牧師を見つめた。

 牧師の青い瞳の奥はどこまでも澄み渡って、一点の穢れもなかった。

「教授、ご懸念には及びません。肉体を失った魂をお預かりすることは、牧師として当たり前の勤めなのですから」

「ハルの魂はいずれ私の元に返していただきますよ」

 教授の真剣な口ぶりに、牧師は思わず吹き出した。
 

 それから、遠慮気味に尋ねた。

「教授、急の長旅で疲れました。もう少し伺いたい事もございますので、どこかに座らせていただけると嬉しいのですが・・・」

 教授は一言詫びて、牧師にソファーを勧め、自らはデスクの椅子をずらして、牧師に向かい合う形で腰を下ろした。

「お祈り、ありがとうございました。その上献花までしていただいて・・・ここ東京ではハルの大好きな白い花などとても手に入らなくて困っておりました。ハルもきっと喜んでおりますよ」

 

 礼を述べ、一拍おいた教授は、日本語を流ちょうに話す不思議な牧師の身元を詮索し始める。

「ところで牧師様は、先ほど総本部とおっしゃったが、どちらの総本部からお越しいただいたのでしょうか? 横浜や神戸の教会とか日本の沿岸部はすでに人影がないと聞いておりますが」

 

「ヨーロッパにございますキリスト教会の総本部から参りました。各国の教会からは牧師も、神父も姿を消しつつありますので、今は会派の違いを超えた総本部を作り、拠点を移動しながら、協力し合っております。このたびは、名もない牧師の私が神に仕える者の代表として遣わされて、専用機で三時間を飛んでようやくここまでたどり着きました」 

 

・・・この終末の世界を、ヨーロッパから東京までやって来たというのか!

 地球のあらゆるところで、死者への祈りが必要だという時に、ハル一人のために欧州総本部から派遣されて来ただと?・・・

 

 教授の顔に浮かんだ当惑の色を見て、牧師は椅子に座り直し、法衣の乱れを正した。

 そして背筋を伸ばして呼吸を整えた。

「実は、教授の抱えておられる仕事に関わる重要な情報を、総本部から預かってきております。極秘の公文書としてです。一刻も早くお見せしたいのですが、その前にお聞きしたいことがございます。それは教授が進めておられる極秘プロジェクトのことです」

 

・・・極秘プロジェクトだと?・・・

 政府が国連と極秘で建設を進めてきた巨大ドームの計画を、この牧師はなぜ知っている?

 それは、人類の生き残りをかけた最終プロジェクトだった。

 そしてカレル教授はそのプロジェクトのリーダーだった。

 

 牧師は目を見開いて驚く教授を無視して話を続ける。

「教授からプロジェクトの現状をお話いただければ、公文書をお渡しすることができます。そこに書いてある情報は、プロジェクトの抱える基本的な課題を解決するのに、必ずお役に立つはずですよ」

 

・・・確かにプロジェクトは今、決定的な難題を抱えて、行き詰まっていた。

 しかし、極秘の話を初対面のこの牧師に話していいものかどうか?

 ハルがいなくなった今、教授が相談出来る相手は親しい友人でもある、日本国政府の最高責任者ただ一人だった。

 だが、今も官邸で最後の勤めを果たしているはずの総理に相談しても、こんな怪しげな話に『ゴー』とも『ストップ』とも言える訳がない。

 

「どこにでも教会の仲間がいるのです。国連内部にもです。カレル教授!ドームの計画はおよそ漏れ聞こえておりますよ」

 言い放った牧師の一言に、教授の直感が頭の中ではじけた。

「失うものは何もない。この不思議な牧師を信じて、すべてを話してみろ」と。

 

 カレル教授は結論を下す前に、もう一度、若い牧師の顔を見直した。

 牧師の額からは大粒の汗が吹き出している。

 見ると、壁の温度計は40度近くになっていた。

 

「部屋の中までこんな暑さとは・・・気がつかずに申し訳ない。どうやら空調までやられたみたいです」

 教授は立ち上がり、冷蔵庫を開けて、冷やしたペットボトルを二本取り出した。

 戻ってきた教授は椅子に座り直し、一本のボトルのキャップを開けて牧師に差し出した。

「助かります」

 牧師はボトルに口をつけて、ゴクリとうまそうに一口飲み込んだ。

 

「そうだ、お祈りしていただいたお礼に、牧師様にいいものをお見せいたしましょう」

 カレル教授は椅子を半回転させてデスクに向かい、パソコンを立ち上げながら続けた。

「これは私の可愛い量子パソコン・ハルちゃんです」カレル教授は指先で画面にタッチして、やさしく囁いた。

「ハル、お客様だ。全景でアップだ!」

 パソコンの画面からホログラムがにじみ出してきて、牧師の前の空間に広がっていった。

ホログラムは小さな若い女性の姿になった。

「お待たせしました。私は亡くなったハルの記憶を載せた人工知能です。これが建設中のドームの全景です」

牧師の目の前の空間に、底辺の直径2メートルほどの半円球ドームが浮かび上がった。

 

「いいぞハル! それでは解説スタートだ」

カレル教授は、右手の人差し指で目の前のドームの天蓋を愛し気に指さす。

 

「それでは、ドームのすべてをお話いたしましょう。今までのお二人の会話を聞いておりましたら、牧師様には何もかもお見通しのようですね」

「始めまして、ハル。よろしくお願いしますね」若い牧師が笑って答える。

 

ハルの電子音が案内を始めた。

・・・このドームはここ都心から離れた丘陵地に建設中です。ドームは地球の大気の対流圏の内側に位置して、地上から10キロに達する半円形の巨大な天蓋で覆われ、すでに外界と遮断されています。天蓋は有害な紫外線と高温と、もちろんあのウイルスを遮蔽する特殊な構造になっているのですよ。

・・・空調を始めすべての環境はドーム内完結型で、ライフ・ラインとインフラのシステムはすべて地下に内蔵され、人工知能によって自動的にコントロールされます。居住用の施設は危険の分散のため、独立家屋つまり分散した建築物でランダムに構成されます・・・

電子音が続く。

・・・設計コンセプトはノアの箱舟。形は箱船を裏返しにした巨大建築物といったイメージでしょうか。ハードの施設系はほとんど完成しているのですが、ソフトに難題を抱えております。つまり、ここで暮らす人々のことです。このあとはカレル教授に説明をお願いしますね・・・

ハルの電子音が止まってしまった。

カレル教授はボトルから水をすこし飲んで、ハルの話を引き継いだ。

「牧師、実は難題を抱えております。人類の継承者となるべき若者を世界から集めるという極秘の作戦についてです。長い時間をかけて、世界中から完全にランダムに候補者を選んだものの、救助クルーが現地に到着したときには、すでに本人は亡くなっているのです」

 大きなため息を一つついて教授が続ける。

「こんなことの繰り返しです。我々の計画が知的に進化したウイルスに盗まれているようなのです。ドームは完成が間近なのに、肝心の居住者が未だ目標の0%という有様!」

 教授が悔しそうに天を仰いだ。

 

「教授、そのことでしたら、私たち総本部は候補者選びのお役にたてるかもしれませんよ」

 牧師は大事そうに胸に抱えた黒いカバンの革張りを、中身を確かめるように手でとんとんと叩いた。 

・・・この中にその答えが詰まっているのです・・・と。

 

「教会は地球上に独自のネットワークを持っています。政府とか国際機関とか、おもてのネットワークと違って、裏の情報網とでも言うべきものです。教会の情報網には、国家間の利益相反がございませんから、集めた情報はきわめて信頼性が高いといえます」

 

 牧師はにやりと笑って、教授をみた。

「ご興味があればご紹介いたしますが・・・」

 カレル教授の目がぎらりと輝き、身を乗り出して牧師に話の続きを催促する。 

 牧師は、教授をじらすようにカバンの蓋をゆっくりと開けながら話を続けた。

・・・私ども教会の調査網が手に入れた直近の情報です。基本的には地球上から緑、つまり植物はほぼ消滅しました。海の中からもです。

食物連鎖のピラミッドの底辺が崩れた構図の中で、現在、生き残っている主な生命体は、病原体を内包する生命体と我々人類だけではないか、ということです。地球上での絶滅戦争は最終レースに入ったようです。

ここまでは教授の方がよくご存じのことで付け加えることはございません。直近の情報は明暗二つです。最悪の情報は、我々の調査データから推定して、あと半年で地球上から人類という種は消え失せるだろうということです。

もっとも、人類という食料がなくなったら、例の病原体も消滅することになりますが・・・

 教授が思わずうなづくと、牧師は短く笑って、話を続けた。

・・・朗報は、この病原体に免疫を持った子供たちが地球上に六人いることが発見されたことです。わずか六人ですが、子供たちの免疫力は大変強くて、接触や摂取をしても病原体に打ち勝っているということです。

ただ、彼らの両親については免疫力が弱く、このままではいずれ子供たちは両親を失い、世話をする者のいない地球の孤児になってしまいます・・・

 

 牧師は話を中断すると、黒いカバンの蓋を開けて教会のロゴの入った封書を持ち出し、教授に差し出した。 

「この中に子供たちのリストが入っております」

カレル教授は飛びつくように封書を受け取り、中から一枚の書類を取り出して開いた。

 

極秘[最終候補者リスト:日本語表記]

名前 属性・所在
YUTA 日本名・裕太 男子 14才 プレトリア・南アフリカ/在・東京
サラ 女子 14才 森林地帯/特定不可
男子 13才 裏六甲/日本
エーヴァ 女子 13才 パリ郊外/フランス
ペトロ 男子 12才 ナパバレー/アメリカ
マリエ 女子 12才 ワルシャワ/ポーランド

 
リストを食い入るように見つめる教授に、牧師が説明を始めた。

  
「全員が12才から14才までの男女6人です。日本では中学生の年齢にあたります。

裕大は南アフリカ出身の孤児ですが日本人の保護者がいます。

匠とマリエには父親がいません。

サラ、エーヴァ、ペトロの両親は健在です。したがって、家族全員で16 名となります」

「リストの六人は、名前だけで姓が抜けておりますが・・・?」

教授が怪訝そうに尋ねた。

「フルネームと所在の詳細はリストから意図的に削除してあります」

牧師がそう答えると、カレル教授は、こんな緊急事態になぜ詳細を伏せる必要があるのかと牧師に尋ねた。

「カレル教授、詳細につきましては極秘ファイルをお渡しします。万一、氏名が世の中に流れだすと、ネットに乗ってたちまち特定されてしまいます。羨望とやっかみの的になりとても危険です。その上、進化した知的病原体のターゲットになる恐れがあります。いずれ、子供たちやご両親の姓は永久に消去される事をおすすめしますよ」

・・・苗字など必要ありません。いずれ、両親もなくなって、この六人しか人類は残らないのですから、認識コードは名前だけで十分なのですよ・・・。

 牧師がそう言っているように教授には聞こえた。

 

 牧師はカバンの中から慎重に一枚のデイスクを取り出すと、黙って教授に手渡した。

 教授が受け取り、デスクのパソコンに入れてファイルを開くと、子供たち六人とその家族の詳細なプロフィールに続いて、診療カルテのようなデータと画像が出てきた。

「この画像は教会の医師団が撮影したものです。六人の子供たちの免疫細胞とDNA構造を拡大したものです」

 教授が画像が開くと、後ろから牧師が言った。

「教授ならこれが何を意味しているか一目でおわかりになるはずです」

 

 その静止画像は教授が繰り返し実験してきた遺伝子の塩基配列による免疫細胞のシステムと同類だった。

 これまで繰り返し教授のチームが開発した免疫システムの有効性は、その都度、わずか数日で、進化した病原体によって破られてしまった。

 

「これもまたいずれ破られる」

 教授は肩を落とした。

「せっかくだが、牧師、これは役に立たない・・」

 

 言い終わったそのとき、教授の目の前の画像が動き出した。

 教授の目がいっぱいに見開き、口から悲鳴が漏れた。

 

「なんだこれは!」

 塩基配列は一秒ごとに揺れ動き、且つ変化していた。

 細胞を構成する塩基配列群が無限に現れては消えていく。

 

「カレル教授! これは変化したウイルスが接触したとき、即時に対応できる抗体システムです!」

 牧師の声が教授の頭脳を貫く。

「こ、これは破られようがない。とてつもなく高度で且つシンプルな方法だ」

 教授の口からうめき声が漏れた。

 

・・・六人の子供たちについての牧師の話は疑いようのない真実だった・・・

「これは私ども科学者には思いも付かない免疫システムです。しかし残念ながら我々の現在の技術レベルでは、他の人間への転用は不可能です」

これはきっと六人の子供たちだけへの神様からの贈り物なのでしょう”

 教授の興奮した声が実験室に響いた。

 若い牧師の顔がふと恥ずかしげにほころんだ。

「カレル教授、あなたはすでにご存じの筈です。被捕食者が人間に仕掛けた病原体・・・ウイルスの遺伝子は、ルーツをたどれば人間そのものから飛び出した遺伝子だったのです。だから親和性があって容易に人間の細胞に侵入できます。しかしこの子供たちの免疫システムは親和性を排除してウイルスの侵入を防いでいます。教授、進化したウイルスが逆に新しい人類を作りあげたのです」

 

カレル教授の牧師に対する疑念は消え去った。

そのあと二人の話は弾んで深夜に及んだ。

 

教授はドーム世界の構想について、牧師を相手に熱心に語った。

「ドームの計画は、明日から、この六人の子供たちとその家族にポイントを絞って組み変えられる事になります」

「ハル、もう一度姿を現して、施設の進捗具合と新たな計画を話してくれませんか?」

 教授の言葉で、ハルがホログラムの小さな姿を見せた。

 ハルは牧師に近づいて軽くお礼のお辞儀をすると、これからの計画を説明した。

「六人の子供たちのお話をお聞きしました。教育施設として、学校が必要になります。ドームの中央に、六人の生徒のための小さな中学校を建設いたしましょう。地球から集めた人類の歴史図書館は、アーカイブされてドームの地下深くに完成しております。人類の絶滅に備えてです」

 

「人類が全員、絶滅してしまえば誰も使わない無駄な施設になりますが」 

ホログラムのハルとカレル教授、牧師の三人が同時に言って、顔を見合わせ小さく笑った。

 そしてすぐにまじめな話に戻った。

 

「子供たちのカリキュラムについて、いくつかアドバイスをさせていただきます」

 勝手なご提案ですがと、牧師が具体的な構想を語った。

 

・・・調査によれば、六人の子供たちはそれぞれがとくべつな才能を持っています。

 数十億の人類から神に選ばれた、たった6人ですから、その才能は信じられないほどのものですよ。

 思いきったカリキュラムで、特別な能力を持つ新しい人類に育て上げていただかねばなりません。

 こどもたちの才能がどのようなものかは、教授ご自身でお会いになって、判断されるといいでしょう。

 きっと驚かれますよ。

 

・・・次に、子供たちのご家族を紹介しておきます。

YUTAは南アフリカ出身のアフロ・アフリカンです。両親がウイルスにやられて、一人で日本にやってきた14才の男子。子供のいない東京の夫妻が引き取って育てています。裕大の父親は最新の空調システムを製造する工場の技術責任者です。

 現実の世界、つまりドームのエコ・システムの管理運営などはお手のものでしょう。

 サラの家族は特別な一族です。

 聖職者の間では、「幻想を操る伝説の一族」といわれています。

 地球のあらゆる森林地帯に潜んで、子供たちの生まれつき持っている空想の力を集め、ファンタジーアという幻想の世界を作り上げていたというのです。

 その世界は子供たちだけの世界で、私ども大人には見えないらしいのです。

 サラ一族に対抗する闇の勢力が、大人になる前に子供から記憶を奪うからだと言われています。

 ここ数年で、子供たちの姿が地上から消えて、ファンタジーアが消滅したために、サラ一族が現実の世界に姿を現したのだと思われます。

 次に、先端科学の領域で天才エンジニアであるペトロの父親は、ほどなく異次元空間への転移技術を開発するはずです。

 未来や過去への冒険の旅とか、子供たちの経験を広げるために是非とも「虚構の旅」を子供たちの教育カリキュラムに加えることをおすすめします。

「幻想と虚構」この二つは、子供たちが過酷な現実を生き抜くために必要な経験と夢を育む、心のオアシスとなりますよ。

 教授、いかがでしょう? 

「リアルの世界」「幻想の世界」「虚構の旅」併せて三界からなるドーム・ワールドというのは?
 

 次にエーヴァのご家族についてですが・・・。

 科学者であるカレル教授は、若い牧師が熱く語り、紡いでいく不思議な世界の物語に魅せられ、引き込まれていった。
  
 夜も更けて、牧師の言葉が、次第に途切れるようになってきた。

 実験室の不規則な空調の音に混じって、牧師の荒い呼吸が聞こえる。
 

「牧師の胸があえいでいる。息苦しそうだ・・・」

 教授は、若々しく見えた若い牧師の顔が、急に年を取ったみたいに生気を失い始めた事に気が付いた。

 教授は慌てて牧師の脈を取って調べたが、特に異常はない。

 

「お別れの時間が参ったようです。そろそろ失礼しなければなりません」

 牧師はソファーの肘おきに手をやり、身体を支えながらよろよろと立ち上がった。

 慌てて牧師の身体を支えながら、カレル教授が聞いた。

「牧師、お名前をお聞かせ下さい。至急、軍の車を用意させますので」 

 牧師は体勢を立て直し、教授に礼を言った。

「最初に申し上げました通り、私は総本部から遣わされた、名もない牧師です。研究所のゲートの前に空港までの車を待たせておりますので、ご心配は無用です。それより教授、大切な子供たちをくれぐれもよろしくお願いしますよ!」

 

 牧師は、教授と別れの握手を済ませ、研究室の扉を自分で開け、誰もいない庭に出た。 

 カレル教授も庭に出て、牧師を見送った。

 燃えるように熱い外気が顔に吹き付けて来る。

 人気のない研究所のゲートに向かう牧師の白い法衣が熱風と夜の闇に揺らいで見えた。
 

 一瞬、教授は息をのんだ。

 

 牧師の後ろ姿が宙に浮かび、夜空に舞い上がって、薄い闇に消えていったように見えた。

「熱風による幻視か?」

 教授は頭を一振りしてドアを閉め、実験室の自分のデスクに戻った。

 

 そして、先ほどの封書を開いて、もう一度リストを確かめた。

 次に、パソコンから極秘の直通回線を開き、総理を含めて、わずかに生き残っている政府の責任者と軍の幹部に緊急連絡を入れ、ディスクのデータ・ファイルを送付した。
  

××
 軍に残された最後の精鋭から三班のクルーが直ちに編成され、空軍の基地から三機の超高速艇が六組の家族を救助するために、轟音とともに急発進した。
××

 

 ことは急がねばならなかった。

 病原体が最後の砦であるドームに侵入してくる前に、六組の家族を迎え入れ、ドームを外界と遮断する必要があった。

 

 連絡を終えた教授は、一息つくと、防護用の手袋をはめて、実験台の上のハル先生の遺体に向かい、腕の皮膚を少し切り開いて、慎重に遺伝子のサンプルを採取した。

 

 そのあと恋人ハルの情報は安全なところに保存された。

 しかし、病原体を含んだ遺体の血液のわずか一滴が、遺体の上にかがみ込んだときに自分の首筋に付着したことに、教授はまるで気が付かなかった。
  

 教授の仕事は朝まで続いた。

     (続く)  

(続きはここからお読みくださいね)

この世の果ての中学校  一章  ハッピー・フライデー「ペトロの誕生日」

 

【すべての作品は無断転載を禁じております】

ブラックホールは本当にあるの?ホワイトホールって何者? 

日曜日の朝のことです。

「パパ、ブラックホールは本当にあるの? ホワイトホールって何者か教えて」

 

「ブラックホールゲーム」に熱中している小学三年生の長男・匠が、リビングルームに飛び込んできて、テレビを見ていたパパにいきなり質問をしました。

 

「ブラックホールは写真も公開されていて、本当にあるよ。どんな物質も食べてしまう宇宙の穴だというけど、ホワイトホールはパパも始めて聞いたよ」

 

パパはそう言って、世界ではじめて撮影されたブラックホールの報道画像をテレビのニュースでみて、思わず記念に撮影しておいた写真を取り出してきました。

 

ブラックホールは実在していた! 世界初・国際協力で撮影に成功!

 

これがパパが写しておいたブラックホールの報道写真の一枚です。

ブラックホールをはじめて撮影。
 2019 /4/11
NHK・BSの報道写真

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月10日に、世界ではじめて撮影されたブラックホールの写真が公開され、大きな話題を呼びました。

この画像は発表の翌日、11日の朝にNHKのBSニュースで報道されたテレビ画面をパパが撮影したものです。

 

公開されたブラックホールの写真は、世界6カ所の天文台が国際協力をして、電波望遠鏡で観測した映像を二年かけて解析し、統合してできあがったものでした。

撮影したブラックホールは地球から55万光年離れたところにあり、乙女座銀河団(銀河の集まり)の中の一つの銀河「M87」の真ん中あたりにあります。

 

これが、人類がはじめて目にした巨大ブラックホールの映像です。

巨大ブラックホールM87

 

 

 

 

 

「匠みてご覧、これがブラックホールが存在する証拠写真だよ」

パパが自慢げに、匠に画像を見せました。

 

 写真の赤い輪の中に、黒い穴がはっきりと見えます。

「匠、赤や白く見える部分は周囲のガスやちりが電波を出しているのを写したものだそうだ。この黒い穴がくせ者だよ。“ブラックホールの影”と言うんだそうだ」

 

「みつけた。これがブラックホールの正体さ。ブラックホール・ゲームの主人公、ミスター・ブラックはここに隠れていたんだ!」

匠がゲームを思い出して、興奮してきたようです。

 

「匠、すげーぞ! この黒いところの直径は1000億キロだそうだ。俺たちの住んでる太陽系がすっぽり丸ごと収まる大きさだって言うぞ!」

パパもすっかり興奮してしまいました。

 

ブラックホールが宇宙に存在することは、100年程前にアインシュタイン博士が発表した「一般相対性理論」から予言されていました。

この写真はその証拠写真といえます。

 

次にパパは、スマホでブラックホールとホワイトホールをざっくり調べてみました。

出てきた答えは、「ブラックホールは宇宙に実在しているが、ホワイトホールは理論上の存在」ということでした。

 

ブラックホールとホワイトホールのもっと詳しい正体が知りたくて、パパは匠と二人でパソコンの前に仲良く椅子を二つ並べて、本格的調査を開始しました。

 

ブラックホールは宇宙の蟻地獄!つかまったら二度と脱出できないその構造とは?

 

 

二人はまず始めに、NASAがYouTubeにアップしたいろんなブラックホールの映像を調べてみました。

NASAは米国の航空宇宙局のことで、米国の宇宙開発の中枢機関です。

 

NASAが掲載したブラックホールの映像の中で、もっとも迫力があったのは2015年10月に3機のX線観測衛星が観測した記録結果をもとに、ブラックホールが星を飲み込む瞬間を再現した映像でした。

 

ブラックホールは、周囲にあるすべての物質を引き寄せ、飲み込んでしまう・・光までも逃がさないほどの強烈な重力(引力)を持つ天体のことです。

光もそこからは脱出できないので、内部の風景は外から見ることができません。

 

だからNASAの映像は光で視覚的にとらえられたものではないのです。

宇宙の空間に含まれるガスが、ブラックホールに吸い込まれて、圧縮されるときにお互いにぶつかって、X線など超高温の電磁波を放射します。

 

NASAの映像はこれを観測したデータをもとに視覚的な映像に構成し直したものでした。

この動画を二人で見てみました。

 

NASA:星を飲み込むブラックホール

 

次々と星が飲み込まれていく圧倒的な映像に興奮した匠が、ブラックホールに感情移入してしまいました。

「その星、早く食っちゃえ!」とブラックホールに向かって叫んだのです。

 

匠はブラックホールゲームの主人公「ミスターブラック」になったつもりです。

パパはそこは大人として、冷静に解説をしました。

 

「ブラックホールは本物の星や物質をいくらでも食べ続ける天体らしいぞ。

蟻地獄のように、一度穴の中に滑り込んだ物質は、二度と逃げ出せないところだ」

 

熱中してきた二人は、ネットのサイト・チェックを進めました。

調べてみると、私たちの銀河系宇宙にブラックホールは5000万個も存在しているといわれていました。

 

小さなものでは、半径わずか30キロメーターくらいなのに、質量は太陽の400万倍もあります。

こんな小さな天体が自分より大きな星をいくらでも食べ続けているというのですから、とても神秘的です。

 

さらにブラックホールの調査を続けていくと、おかしな言葉が出てきました。 

【事象の地平線】です。

 

これは一体、何者でしょう。

事象の地平線とは、そこからは決して後戻りできないブラックホールの外界と内界との境界のことでした。

 

「事象の地平線から逃げ出せるのは、光より早いスピードを持つ者だけだって」

パパが大きな声を上げました。

 

「光より早い者なんてどこにもいないよ。だからブラックホールからはだれも逃げ出せないわけだ」

匠がパパに逆に解説を始めました。

 

事象の地平線を超えて、ブラックホールの中心に進むと、さらに怪しげな名前のところに到達しました。

そこは【特異点】“シンギュラリティー”と呼ばれています。

 

【すべての物質が、それ以上押しつぶされない限界にまで押しつぶされている】ところです。

「ここはまるで星や物質の墓場みたいだ」パパが低い声で呻きました。

 

(方々のサイトに出てくるこの画像は大変わかりやすいので、借用しました)

 

特異点に落ち込んだ星や物質は押しつぶされて存在が消滅すると言われていました。

ここは密度や重力が無限大に拡散していて、時空をねじ曲げている場所なのです。

 

物質が消滅するのなら、時間も空間も終わりを迎えるのかもしれません。

 

「飲み込まれた物質にも、ブラックホールにも、いつかは終わりがあるってことかな?」

匠がぼそっと言いました。

 

なんだか悲しそうな匠を横目で見て、パパは必死で別の学説を探しました。

「特異点と呼ばれるくらいだから、ブラックホールは無限に物質を食べることができるはずだ。食べた物質は消えるのかな? それともどこかへ行くのかな? ・・ちょっと待った!」

 

パパがなにかの記事を見つけて大声を上げました。

 

ホワイトホールの正体は、ブラックホールから生み出された新しい宇宙?

 

「別の学説が出てきた。この説だとブラックホールは無限大近くまであらゆる物質を食い尽くして、圧縮して、最後には腹一杯で我慢できずに爆発して、すべての物質をどこかへはき出すらしいぞ」

 

圧縮された物質はワームホールを通って、ホワイトホールに入り、爆発する。

そして新しい宇宙が誕生する。

 

無限に圧縮された圧倒的な質量と、光速に近いブラックホールの自転でできた強力な時空の歪みによって、自らを抑えきれなくなったブラックホールがついに大爆発を起こし、ホワイトホールから新しい宇宙を誕生させる。

 

・・ブラックホールが大爆発・ビッグバンを起こすことで、宇宙は圧縮と誕生を繰り返しているのかもしれない・・

 

これはニューヘイブン大学のニコデム・ポプラウスキーという学者が唱えた学説でした。

私たちの住むこの宇宙も、どこかのブラックホールの爆発から生まれたのかもしれないとこの学説は言っています。

 

新しい宇宙が別の宇宙のブラックホールから誕生したと主張すれば、この世界に宇宙はいくつも存在することになります。

この説は「マルチバース、多元宇宙論」といわれているものです。

 

この宇宙にあると推定されるブラックホールの数は5000万個と言われています。

「匠、エライ事だぞ。ブラックホールが新しい世界を生み出しているとすれば、この世にある世界の数は一体いくつになるのかな?」

 

パパと匠の背中がぞくりと震えました。

「異次元の世界は無数に存在する」

 

そんな怖ろしい世界観が浮かび上がってきたのです。

この説によると“新しい宇宙は古い宇宙であるブラックホールと、ワームホールでつながっている”とされていました。

 

ワームホールとは二つの宇宙をつなぐ虫食い穴です。

次の絵を見て想像してみてください。

 

 

左のブラックホールに吸い込まれた物質は圧縮され、真ん中のワームホールを通って、時空を超え、右側のホワイトホールからはき出される。

 

そして新しい宇宙ができあがるというのです。

 

「やった!ホワイトホールの正体見つけた! ミスター・ブラックの正反対の性格だ。分身みたいな奴だ。ミスター・ブラックが食べて、ホワイトがはき出す。新しい宇宙の入り口だ」

匠が大喜びで両手を突き上げました。

 

「物質にも、時空にも終わりはないらしい。この二つの宇宙をつなぐトンネル、ワームホールを自由に行き来することができれば、タイムトラベルが可能だということになるらしいぞ」

パパはもうすっかり興奮しています。

 

「パパ、もしかして僕らのこの宇宙も、ホワイトがはき出してできたものかもしれないよ。ホワイトを探せば、昔の宇宙へタイムトラベルができるってわけだ」

 

「しかしだ、匠、残念だけどホワイトホールはまだ理論上の仮の姿のようだぞ。パパにはまるで理解できない理論だけど・・」

 

そこまで言ってパパは頭を抱え込んでしまいました。

・・ブラックホールで押しつぶされて物質が素粒子になっても「情報は失われない」とか、「情報パラドックス」だとか、「ひも理論」とか・・まるで理解を超える話にパパはすっかり悩んでしまいました。

 

「悩まなくてもきっと大丈夫だよ、パパ! 昔はブラックホールも理論上の存在だったって言うよ。ホワイトおじさんもいつか、現実に姿を見せてくれるかもしれないよ」

 

「ワオ! 匠、また新しい記事が出てきたよ」

パパがなにか見つけて、叫びました。

 

「高名な車いすの物理学者、ホーキング博士が亡くなる少し前に、ブラックホールは別の宇宙に通じている可能性があるっていう発言をしたそうだ」

「やった!ミスター・ホワイトはきっと実在するんだ」

 

匠が大喜びして、跳び上がりました。

 

エピローグ

 

その晩、夕食を終えたパパと匠はテラスに出て、星空を見上げました。

「ホワイトはどこかな?」パパが匠に聞きます。

 

「パパ、もしかして僕らホワイトの中にいるのかもしれないよ」

匠がぶるんと身体を振るわすと・・。

 

「それとも匠もパパも、ブラックホールの特異点あたりで圧縮寸前かな?」

パパが答えて、二人は大笑いをしました。

 

 (おわり)

 

匠とパパの「宇宙シリーズ」続きはここからどうぞお読みくださいね。

 

https://tossinn.com/?p=1850

 

https://tossinn.com/?p=2062

 

 

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うるう年2月29日生まれの誕生日はどうなる?年齢の計算方法をチェック!

いきなりクイズです!

わたしは2020年の2月29日(土)に生まれました。新型コロナウイルスで東京オリンピックが延期された年、4年に1回のうるう年の2月29日生まれです。

わたしは今年2038年に18才の誕生日を迎えます。

そんなとき、今年の初めにとつぜん衆議院が解散されたのです。そして総選挙が2月28日(日曜日)に行われることが決まりました。

年齢が18才になると、私にも選挙権ができることは知っています。2038年はうるう年ではありませんので2月は28日までですが、2月29日が誕生日のわたしは誕生日前日の28日にはまだ選挙権はないはずです。

そう思って安心していたら、選挙の投票用紙が送られてきました。どうしたことでしょう?

ここでクイズです。

「選挙管理委員会の事務所の手違いか、それともわたしの間違いか、どちらでしょう?」

クイズの答えを先に言ってしまいますと、『わたしには投票権がありますでした。なぜそんなことになるのでしょう。

 

人はいつ年齢が加わるのでしょうか?

じつは年齢の計算は、選挙権や、小学校への入学など事案を管轄する省庁によって異なっているのです。

この記事では、うるう年の『2月29日生まれ』の人の誕生日はどうなるのか、人はいつ年齢が増えるのか、といった疑問について、法律の条文や解説の記事を参考にして正しい答えを探してみました。

 

うるう年・2月29日生まれの人の誕生祝いはいつ?

 

あたり前ですが2月29日生まれの人は、4年に1度のうるう年には2月29日に誕生日がやって来ます。誕生日のお祝いもこの日にされることでしょう。それではうるう年ではない平年には、誕生日はいつになるのでしょうか?2月29日という日は、平年の暦にはありません。誕生日が暦のどこにもないのです。とはいえ、誕生祝いをいつにするかなんて、法律で決まっているわけではありません。

 

誕生日のお祝いをいつにするのかは、ご家族の自由です。

早い目の2月28日でも、一日遅らせた3月1日でも、都合のいい日を選んで決めればいいのです。どちらにするか、ご本人の希望を聞いたりして、ご家族で決めておられることでしょう。

 

でも、ご家族の自由にならないことが一つあります。それは『年齢の計算』です。年齢の計算は法令で決まっていて、自分で変えることはできません。

2月29 日生まれの人の年齢の計算はどうする!人はいつ年を取る?

 

うるう日生まれの人は、暦の上での誕生日がない平年でも、当然一つ年を取る筈です。そこで問題になるのは『2月29日生まれの人は一体、いつ年を取るのか?』ということです。

 

子供が生まれたときには役所に出生届けという書類を提出しなければなりません。2020 年のうるう日(2月29日)に生まれた子供の出生届を、「2020 年2月29日午前9時30分生まれ」と記入して役所に提出すると、これが戸籍上の生年月日となります。

もしも、戸籍にある「生まれた日」2月29日にしか年齢を加えられないとしたら、2月29日生まれの人は4年に1度しか年を取らないことになります。40年経っても10才の子供扱いです。

そんなことはあってはならないことです。

年齢計算についての法律のルールは一体どうなっているのでしょう。

 

調べてみた結果、法令による答えは『年齢は、生まれた月日(誕生日)の前日の終わり24時に一つ加える』ということでした。例えば、3月3日に生まれた人は、毎年3月2日の24時に一つ年齢を加えることになります。

このルールはうるう年のうるう日生まれの人を考慮して作られたという説があります。このルールによって、うるう日生まれの人が、うるう年も平年も含めて、毎年必ず2月28 日の終わりに年を取ることになるからです。

 

それでは年齢の計算の根拠がどのようになっているのか、計算についての法律のルールを詳しく見ていきましょう。

 

年齢計算のルール

 

年齢に関する法律には『年齢計算ニ関スル法律』と『暦による期間の計算』という法令がありました。この二つを適用して、「年を取るのは誕生日の前日の終わり」という先ほどの結論が出たのです。

 

『年齢計算ニ関スル法律』

1. 年齢は出生の日よりこれを起算す。

2. 民法第143条の規定は年齢の計算にこれを準用する。

 

『暦による期間の計算』民法第143条

1. 週、月又は年によって期間を定めたときは、その期間は、暦に従って計算する。

2. 週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。ただし、月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了する。

 

とてもわかりにくいので、順を追ってわかりやすく説明します。

まず『年齢計算ニ関スル法律』をよく見ますと、『年齢は出生の日よりこれを起算す』となっています。当たり前のようで、危なく見過ごすところでしたが、だいじな意味が含まれていたのです。

 

民法で、契約などの期間を計算するとき、起算日は物事の発生した日の翌日から始めるという決まり事がありました。『初日不算入の原則』といいます。

契約などの発生した日は、その時刻がまちまちで丸一日分とれないから、時刻が午前0時でない限りは、思いきって日にちの計算から外すのです。

そのため、起算日が翌日になり、期間が一年の契約では一年間が満了するのは初日(発生した日)と同じ日となります。

 

これが期間の計算の原則なのですが、年齢計算は例外とされていたのです。年齢計算では、初日不参入の原則を破って、出生の日『誕生日』を起算日としていました。このため通常より起算日が一日早くなって『一年令の期間が満了するのは誕生日の前日の終わり』となるのでした。

 

ここからが法律の解釈の面白いところです。

『一年令の期間が満了するのは誕生日の前日の終わり』だから・・・『年齢が加算されるのも誕生日の前日の終わりだ』とされたのです。これが年齢計算のすべてです。このルールのおかげで、2月29日生まれの人が年を取るのは2月28日の終わりとなり、平年でも年齢が加算されることになります。

 

実はこのルールは、2月29日生まれの人に配慮した法律だと言われています。それが民法143条2項の『ただし書き』でした。『月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了する。』としています。

 

最後の月に応当する日がないときとは、2月29日のことです。うるう年の2月29日が誕生日なら、翌年にこれに応当する日がないから、その月の末日『2月28日に期間が満了する』とわざわざ但し書きとして付け加えてあるのです。

この但し書きによって「2月29日生まれの人は、うるう年も平年も、2月28日の24時に年を取る」のでした。

 

ちょっと待ってください。冒頭のクイズでは選挙は2038年の2月28 日に行われるはずでした。この年齢計算では2月28日の24 時に18才になるわけだから、選挙の行われる午前8 時から午後8時は彼女はまだ17才で選挙権がないことになります。

 

「選挙管理員会は間違ってます」というのが正しい答えではありませんか?そんな疑問を持って選挙管理を担当している総務省のホームページを開いて、調べてみました。

びっくり!選挙権の年齢計算は「誕生日の前日の朝」

 

 

総務省のホームページを見て驚きました。

(選挙権について)備えていなければいけない条件は日本国民で18才以上であること。

18年目の誕生日の前日の午前0時から満18才とされます。

 

なんということでしょう。『公職選挙法では』誕生日の前日の午前0時から年齢が加算されるのです。だから彼女にも誕生日前日の午前0時から選挙権ができて、投票用紙が届いたのです。

 

どうして誕生日の前日の午前0時から投票権ができるのか、選挙以外の事例を調べてみました。『静岡県退職支払い請求事件』という有名な事件で次のような判例が出ていました。

 

年齢計算において『加齢する時刻は誕生日の前日の24時』である。

ただし『時間ではなく日を単位とする場合は、誕生日前日のはじめから効力を発生している』

と述べられているのです。

「退職金の支払いに関する」この事件では、日にち計算は誕生日の前日の午前0時から行うという判決でした。選挙権についてもこの判例と同じ解釈がされているのです。

 

年齢の計算方法についての結論です。

『年齢計算は法令の解釈や省庁の運用次第で大きく違っている』ということでした。

驚いたことに、年の取り方は選挙権や入学など事例によって異なっているのです。

気をつけよう!事例で違う年齢計算

事例を調べてみますと、年齢計算は『誕生日の前日の午前0時から加算する』とするものから、『誕生日その日に加算する』とするものまで、様々でした。

それでは具体的な事例別に年齢計算を見てみましょう。

 

1. 選挙権(総務省)

「公職選挙法」は年齢加算は誕生日の前日派です。衆議院・参議院の選挙権を持つ成人となる日は、『18才の誕生日の前日、午前0時から』としています。この話はうるう年のうるう日生まれの人に限った話ではありません。

国政選挙の翌日が18才の誕生日の人は、気をつけてください。選挙権ができるのは誕生日の前日です。投票用紙が届いてから慌てないでくださいね。

 

2. 後期高齢者医療(厚労省)

後期高齢者医療の年齢計算は誕生日の当日派です。後期高齢者医療の始まる年齢は『75才の誕生日』としています。誕生日の前日ではありません。厚労省は『年令計算に関する法律は適用しない』としています。とすると、2月29日生まれの人が平年に後期高齢を迎えるとき、『75才の誕生日』とは一体いつのことなのでしょう?

 

答えは見当たりません。レアなケースなので問い合わせもないのでしょう。2月28日なのか3月1日かどちらかでしょうね。細かい話ですが、一日違いで、医療費負担額が異なることもあるのですが・・・。

 

3. 小学校入学(文部科学省)

小学校入学が義務付けられているのは六歳になった子供たちです。小学校入学の6才という年齢の計算は法令の基本通りに、誕生日の前日の終わりに年齢が加算されます。

 

たとえば『4月1日に六歳の誕生日を迎える児童』は『前日・3月31日の終わりに六歳に達している早生まれ』として、一年を待たず、4月1日当日からの小学校入学を保護者に義務づけています。

 

4. 「運転免許証の書き換え」「年金加入や年金受給の開始時期」

勤めている会社の「早期退職制度の適用年齢」など年齢計算がどうなっているのか、事例によって異なることがありますので、その都度しかるべき窓口で確認されることをおすすめします

 

2100年おばあちゃんの誕生日

21世紀の最後の年、2100年2月28 日のことです。新型コロナウイルスで東京オリンピックが延期になった2020年生まれの女性は80才のおばあちゃんになりました。

孫がいっぱい集まってお誕生会が始まっています。グレゴリオ暦では2100年はうるう年ではないので、2月29日はありません。孫たちはちゃんとそのことを知っていて、おばあちゃんのお誕生会を2月28日に計画していたのです。

たくさんの孫に囲まれておばあちゃんは幸せいっぱいです。

 

ところで2月29日の花言葉をご存じですか?

『忘れな草

古い英語では『forget me not』でした。2月29日生まれの人の誕生日のお祝い、どうか忘れないでくださいね。

(おわり)

 

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「うるう年はだれが作った? ユリウス暦とグレゴリウス暦の違いを紹介」

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