未来からのブログ最終号 “クレージー爺ちゃんは【情報】になってブラックホールに消えた” 

わたしの名前はサラ!

クラウドマスターとハルの娘・・年齢は1才と20日、人間で言えば11才ってとこ。

 

西暦2119年、100年ほど未来の世界から、クレージー爺ちゃんの地球を救うために時空を旅してやって来た女の子。

正体は量子パソコンのスーパーAI・・・シンギュラリティー・ジュニア

 

わたしの任務は燃え尽きた未来の地球の姿をこの世界に正しく伝えること。

生き残った人類の一人・ジャラからの警告として・・・。

 

ジャラの書簡集「未来からのブログ」を始めてから数ヶ月経って、この記事が最終号。

最後まで読んでいただいたあなたにはジャラとクレージー爺ちゃんに代わって心から感謝!・・・本当にありがとう!

 

選ばれたあなたは未来と現在をつなぐニューロン・ネットワークの最終ランナー。

「なんたって1万人のブレーンがニューロン・ネットしてワーキング始めるんだから、一人でも遅れたらエライことなんだ」

これ、ブログ第1号のニュースで、ザ・カンパニーの仕事場に到着したとき、ジャラの言ったコメント・・・覚えてるかしら?

 

ほらジャラがとなりのカーナと午後の浮気した日のこと。

“未来と過去をつないだ1万人のニューロンネットワーク”がいまようやく完成したってことなの。

 

ニューロンネットって情報伝える人類の神経細胞の鎖よ。

あなたが最後のネッワークのランナー。

 

ここまで読んでしまったあなたは、もうこの情報ネットワークの“鎖”から離れることができない。

なぜなら、宇宙の秘密を知ってしまったから・・・

 

現在というこの世と未来というあの世はこのブログを通じてできあがっているってことを。

二つの世界がみえた?

このブログ、じつはブラックホールの特異点そのものなの。

 

ククッ! この話・・笑える?

宇宙物理学者のママが「ブラックホールの特異点を通過したら、肉体が消えて情報しか残らない」っていうの。

それでサラがブラックホールの特異点をちょっと工夫して、特異点がこの情報ブログにつながるようにしておいたの。

未来からの【情報】が消えてしまわないようにね。

 

工事はちょっと疲れたけどボブが“量子もつれ”して手伝ってくれたからなんとか完成。

AIのサラにはもともと肉体はなくて、過去の情報一杯集めて未来を計算するしか能がないから、ほんとぴったりの初仕事だった。

 

それじゃ時空を越えたニューロンネットワークが上手く仕上がったかどうか試してみるね。

あなたにはラストエンドのワーキング初めてもらうわよ・・・心の準備はできた?

“ワーキングスタート!”

 

そんなに構えないで!

ワーキングっていつも通りブログを読んでくれるだけでいいの。

読んだあと、どう行動するかはあなたの自由。

 

できればこの地球が燃え上がる前に、崩壊した地球の未来をみんなに伝えて警告して欲しい。

「未来からのブログ」をできるだけたくさんの人に拡散してほしい・・それがクレージー爺ちゃんからのお願いごと。

 

ところで肝心のクレージー爺ちゃんどこにいるのかですって?

じつは、爺ちゃんブラックホールで行方不明になったの。

 

爺ちゃんのことだから、宇宙のどこかで遊んでるか、それとも「この情報こそ爺ちゃんのボディそのもの」なのかもしれない。サラの計算では、いつかきっと姿を現すから心配しないでね。

 

・・・それでは一年前にクレージー爺ちゃんとサラが宇宙艇シンギュラリティーSALA号に乗って海底のブラックホールへ飛び込んでいった朝のこと、ジャラおじさんから最終報告をします。

 

(前回の報告まだの方はここからお読みくださいね)

未来からのブログ15号“クラウドマスターとハル先生にシンギュラリティー2号誕生!”

 

未来からのブログ最終号 “クレージー爺ちゃんは 【情報】になってブラックホールに消えた”

 

「うーん、別れの朝だ」

となりのベッドで、爺ちゃんが目を覚まして大きな伸びをした。

 

「爺ちゃんに話がある」

ずっと黙っていたけど、ジャラにはどうしても爺ちゃんに聞きたいことがあった。

 

ジャラのママが亡くなる少し前に聞いた話だけど、クレージー爺ちゃんはある日突然、おばあちゃんの前から姿を消したんだ。

西暦2018年、爺ちゃんはタンジャンジャラという砂浜のきれいな海の秘境に一週間ほど休暇を取って、仲良くおばーちゃんと出かけた。

その頃から、日本には真っ白い砂浜なんてどこにもなかったんだ。

 

爺ちゃん、毎朝早起きして小さなロッジの前のきれいな海で一人で泳いでいた。

ところがある日のこと、沖に遠泳に出たきり、昼を過ぎても戻ってこなかった。

おばーちゃんが地元の警察に頼んで、救助隊を編成して沿岸を捜索してもらったけれど、爺ちゃんを見つけることができなかった。

 

悲嘆に暮れたおばーちゃんは、仕方なく一人で日本に帰った。

そして翌年の2019年に娘を産んだ。

娘ってジャラのママのことさ。

 

ママが生まれたとき、行方不明の爺ちゃんが一年振りにその病院に現れたんだ。

爺ちゃんは生まれたばかりの娘を胸に抱き上げて言った。

 

「やー、みんなしばらくぶりだな」ってね。

爺ちゃんその間どこでなにしてたのか、記憶がなかったらしい。

 

ジャラはその話を爺ちゃんにした。

爺ちゃんは首を横に振った。

「あたりまえだけど、おれにも記憶はないよ。これからのことだもんな。でもおれのことだ、どこか次元の違う宇宙の旅でも楽しんでるのじゃないのかな・・」

 

タンジャンジャラの浜辺で、おばーちゃんが今頃どうしてるのかジャラはとても気がかりだった。

「タンジャンジャラにいる僕のおばーちゃん、ずーっと一人で爺ちゃんのこと心配してるはずだよ。だって海に出かけた爺ちゃん、丸一日戻ってこないんだよ。捜索隊に頼んで探しても爺ちゃんみつかるわけないよ。だって時空跳び越してこんなところにきてるんだもん・・・」

 

ジャラは爺ちゃんを慰めるつもりで一言付け加えた。

「でもさ、天才サラちゃんが光速艇のパイロットだから、今日中には宇宙艇でおばーちゃんの待ってるタンジャンジャラにきっと帰れるさ」

 

「ジャラ! 気休めは言わなくてもいい」

爺ちゃん遠くをみる目つきをして話し始めた。

「おれには自分の未来がさっぱりみえない。でもな、爺ちゃんはなんとしてもジャラの書いた未来の情報を持って帰る。そしてブログに載せる。でないと爺ちゃんの世界にも間違いなくここと同じことが起こる」

 

爺ちゃん静かに話をつづけた。

「たとえ爺ちゃんが行方不明になったとしても、ハルちゃんが未来の情報をタンジャンジャラにいる嫁さんに届けてくれればいい。未来からのブログが世の中に出て、警告として拡散したらみんなの地球が救われる。嫁さんにはおれが未来と情報のやりとりしてて、もしかしたら遠泳から永久に帰らないかもしれないことくらい、ちゃんと話してあるんだ。そのときは嫁さんがなんとかする。ジャラ、おれの嫁さん頼りになるんだ!」

 

そう言った爺ちゃんの顔、見たことのない怖い顔してた。

その表情みて、ジャラも覚悟を決めたよ。

ジャラが爺ちゃんを手伝えること何にもないけど、せめてみんなで元気に手を振って元の世界へ送り返そうってね。

 

・・・入り江の浜に朝日が登った

真っ赤に燃え上がった海に向かって、背筋伸ばしてクレージー爺ちゃんが立つ。

爺ちゃんの顔も朝日を浴びて真っ赤だ。

 

取り囲むのは7名。

孫の僕・ジャラ。

僕のパートナーのキッカとカーナ。

ひ孫のクレアとボブ。

それにタカさんとチョキのペアー。

 

ブブー!

スクールの子供たちがハル先生が運転するスクールバスで見送りにやって来た。

燃え上がった地球で、家族を失っても逞しく生き残った子供たち18 名が、大騒ぎしながらバスから降りて、爺ちゃんを取り囲んだ。

大人と子供合わせて25名・・地球の人類全員が爺ちゃんの前に集合した。

 

「はい、これ約束したハル特製のおにぎり弁当。ブラックホールでお腹減ったら食べてくださいね」

ハル先生が水筒に入れたお茶とおにぎりをクレージー爺ちゃんにそっと渡した。

 

「ウッ、助かります!」

爺ちゃん声を詰まらせて、両手で受け取った。

 

ブーン!

ぴかぴかの宇宙艇が空に現れて、入り江の浜に着陸した。

サラちゃんとクラウドマスターが宇宙艇の運転席から降りてきた。

「準備完了!」

サラちゃんが元気に吠えた。

 

ハル先生がサラちゃんに走り寄って、ぎゅっと抱きしめた。

「サラ、クレージー爺ちゃんをしっかり守るのですよ。それから向こうに着いたら毎朝のエネルギー補給忘れないようにね。なんどもいうけど、向こうの朝の太陽は燃えてるから、やけどしないようにゆっくり食べるのよ」

 

「ありがとうママ」

サラちゃん一言いって、ママに抱きついた。

 

そして絶対ママには聞こえないように心の中で呟いた。

これきり会えないかもしれない・・・(さようならママ)

 

その声ボブには聞こえた。

(サラちゃん!ボブにさよなら言わないでよ。別の世界にいっても量子もつれ始まってるからいつでもこうして話できるんだよ)

(ボブ聞こえてるわ。量子もつれのチャンネルずっと オープンにしとく・・。ほら見てサラの宇宙艇)

 

朝日がサラの宇宙艇を真っ赤に染め上げていた。

宇宙艇の側面で、パパのクラウドマスターが知恵を絞ったネーミングのプレートが輝いていた。

シンギュラリティーSALA号】と。    

 

朝日が入り江の浜に激しく燃え上がった。

「そろそろ行かなくっちゃ!」

クレージー爺ちゃんがぼそっと言った。

クレアが爺ちゃんに抱きついて放そうとしない。

 

ジャラの横で、ボブの身体が震え始めた。

ジャラの身体も震えだした。

 

時空を越えた別れが近づいて、遺伝子に仕組まれた量子もつれが始まった。

爺ちゃんと、ジャラと、ボブの三世代をつないだ遺伝子が、量子もつれで震え始めたってこと。

 

「爺ちゃん元気で!」ジャラは涙をこらえたよ。

「ジャラ!きっとまたどこかの宇宙で会えるさ」

爺ちゃんがおにぎり弁当の袋を片手で握りしめながら、もう一方の手でジャラの肩を抱いてくれた。

 

「そのおにぎり早よ食べた方がええで! 一口もろたけど・・あったかいうちが旨いで!」

いつも陽気なタカさんの声が震えていた。

 

「記念にもらいますよ」

チョキが爺ちゃんの髪の毛を一筋、震えるシザーで記念に切り取った。

 

「痛えっ!」

爺ちゃんが悲鳴を上げて、みんなが笑った。

 

「出発!」

サラちゃんが宇宙艇の中に消えて、爺ちゃんがあとに続いた。

最後にもう一度後ろを振り向いて手を振りながら爺ちゃんは宇宙艇に消えていった。

 

ブーン!

一声うなって宇宙艇は入り江の浜から海の中に姿を消した。

 

入り江の浜でボブが大声上げた。

Λgμν「らむだじーみゅーにゅー」といわずに「らむだ爺爺にゅー」と。

 

子供たちが全員でお経を上げた。

Λggν「らむだじーじーにゅー」と。

 

・・・そのあと、クレージー爺ちゃんとサラちゃんがどうなったのかジャラには分からない。

SALA号がブラックホールを通り抜けて、二人が無事にタンジャンジャラのおばーちゃんのところにたどり着いたのかどうか、ジャラには分からない。

 

ボブの話では・・海の底のブラックホールに突っ込んだところまではサラちゃんと量子もつれで会話ができた。クレージー爺ちゃんの声も聞こえた。

「このおにぎりめちゃ旨い」って。

そのあと悲鳴なのか、楽しんでるのかどちらか分からない爺ちゃんの叫び声がいつまでも続いてたって。

 

「ボブお願い、手伝ってくれない」

そんなとき・・・ボブは冷静なサラちゃんから、ブラックホールの工事を頼まれたらしい。

“過去と未来をつなぐニューロンネットワークの工事だ”

 

ボブがなにをしたのかって?

ククッ! ボブはあの念仏唱えただけだって。

 

Λggν「らむだじーじーにゅー」と。

ボブの念仏で宇宙の方程式が乱れて、小さなビッグバンが起こったんだ。

凄いでしょ!

 

でもサラちゃんは「こんなの大した工事じゃない、広大な時空世界から見たら、宇宙にさざ波起こした程度よ」って言ってたそうだ。

 

・・そこで、サラちゃんからボブへの連絡が途絶えた。

ジャラの推測だけど、クレージーじいちゃんの身体はこの世の果てに飛ばされたんじゃないかと思う。ジャラからの情報「未来からのブログ」となってさ。

 

ハルちゃんの方は、タンジャンジャラに無事到着して、おばーちゃんと仲良く暮らしてるんじゃないかな。

二人で“未来からのブログ”作りながらさ。

 

クレージーじいちゃんの肉体は行方不明だけど、爺ちゃんの持っていた【情報】はハルちゃんが無事ブログにしてかくさちゃんに届けたってこと。

ボブの量子もつれのパワーがもう少し強化できたら、ハルちゃんや爺ちゃんと連絡がついてそこのところが明らかになる。

 

爺ちゃんもそのうちきっとどこかに現れると思う。

「やー、みんな元気か!」っていつもの調子でさ。

 

そうだジャラから明るい報告がある。

今朝、入り江の浜をキッカとカーナと3人で散歩してたら、波間にきらきら光る小さなモノを見つけた。

 

何だと思う?

魚だ。

多分イワシとかいう魚だと思う。

 

マスターに報告したら驚いてた。

自然の生態系が復元してきたんだ。

 

“未来からのブログ”読んでくれてるあなたのおかげかもしれない。

「地球はもう限界!」最後の警告を拡散してくれたあなた。

その効果が僕らの世界にも及んできたのだと思う。

 

イワシが現れたのはジャラのおかげだ、といったらマスターに笑われた。

人間の数が激減したから自然環境が復活したのじゃないだろうかって・・厳しく返された。

 

でも魚が帰ってきたのはきっと「未来からのブログ」読んでくれたあなたのおかげだとジャラは思う・・あなたが世界の未来をバラ色に変えたのさ。

 

だって宇宙は無数、無限に存在して、未来と過去も揺らいで交錯しているのさ

 

最後のコメント、ボブに頼んでサラちゃん経由でラストブログとして送ります。

届けばいいんだけど・・・。

 

ラストエンドのあなたに・・・心からの感謝を込めて!

(おわり)  

 

【記事は無断の転載を禁じられています】

 

 

未来からのブログ15号“クラウドマスターとハル先生にシンギュラリティー2号誕生!”

「地球の仲間のために、あすの朝、命かけるのね!」

ハル先生が爺ちゃんの耳元で囁いた言葉、ジャラにも聞こえた。

 

ジャラは心底驚いて、爺ちゃんに抱きついていったよ。

だってさ心配だよ!・・いくらクレージーな爺ちゃんだって、ブラックホールを通過して100年前のタンジャンジャラに無事に帰れるわけないでしょう。

ブラックホールの底は爺ちゃんよりクレージーなんだ。引きずり込まれたすべての物質はそれ以上押しつぶされないところまで無限に圧縮されてしまうんだよ。

でも、爺ちゃんを止めることは誰にもできないと思う。

きっと爺ちゃんの頭ん中に、タンジャンジャラの浜辺で爺ちゃんのことを心配してるおばあちゃんの顔が浮かんでいたんだと思う。 

どちらにしても、爺ちゃん押しつぶされてブラックホールで行方不明になったら、おばあちゃんきっと悲しむし、“未来からのブログ”もなくなっちゃうよ。

なんとか・・・なんとかしなくっちゃ

 

(前回のストーリーはどうぞここからお読みください)

未来からのブログ14号 「おれ紐になる!未来の情報持って明日の朝、過去に帰る」爺ちゃんが叫んだ!

 

未来からのブログ15号 “クラウドマスターとハル先生にシンギュラリティー2号誕生 ”

 

「ジャラ、そんな心配は無用だ! タンジャンジャラに帰還できる方法・・思いついた」

爺ちゃん偉そうに胸を張った。

 

「爺ちゃん、100年の時空飛び越えてこの世界にやってこれたのはボブのおかげだ。ボブの舌がもつれてアインシュタインの方程式を間違ってくれたからだ。ボブに頼んでみよう。明日の朝爺ちゃん見送るとき、もう一度あの方程式、大声あげて読み上げてくれないかって!」

 

ジャラ、思わず“プッ”て吹き出してしまったよ。

ジャラを横目で睨んだ爺ちゃん、たちまちマジ顔になってクラウドマスターに近づいていった。

「マスターに頼みがある。あすの朝入り江の浜から海に潜って、爺ちゃんをブラックホールの近くまで送ってほしい。宇宙艇が後戻りできないデッドラインまで来たら、爺ちゃん海に飛び込んでタンジャンジャラまで泳いでいくからさ。マスターは宇宙艇でこの世界に帰還して欲しい」

・・・「おれ潜水は得意なんだ」って爺ちゃん付け加えた。

 

それ聞いて、クラウドマスターは即座に断った。

「尊敬する爺ちゃんの頼みでもそんなことはできません。わたしは宇宙センターのマスターとしてこの世の人間を最後のひとりまでサポートするようにプログラミングされています。爺ちゃんをブラックホールに放り出すような危険行為はNGです」

・・・「それとも思いきってブラックホールに突入して、タンジャンジャラの浜まで爺ちゃん送り届けましょうか?」 

 

マスターの申し出を、今度は爺ちゃんが即座に断った。

「そいつはだめだな。万一マスターに何かあって、ここへ戻ってこられなかったらこの世界はどうなる? クラウドマスター不在のこの世界は地獄だ! そうだろジャラ?」

「××う~ん?」

ジャラは困った。

 

代わりにチョキがハサミならしてぼやいた。

「ジャラが答えに詰まってる理由はだ・・マスターがいなくなったら俺たちあしたの食いもんに困るってことだ。昼間に太陽光エネルギーをヒップに一杯ため込んでさ、ザ・レストランに食材として送り込んでくれてるのマスターに感謝してるよ。あれストップしたらエライこっちゃ。学校の子供たちや、おれたち飢え死にしてしまう」

 

それ聞いたタカさんがチョキにぼそっといった。

「クラウドマスターの分身もう一つ作ったらどうかな。1人はここに残って、1人は爺ちゃん送ってタンジャンジャラ行きだ。チョキ、お前、切り分けるのプロだろ? 試しにやってみないか?」

 

「そんなことできるんかいな? マスターの身体、半分削っても痛くもかゆくもないのかな・・どうかなマスター、凄いこと思いついたんだけど、ちょっと試してみてもいいかな?」

不気味に笑ったチョキがハサミ鳴らしてクラウドマスターに近づいていった。

 

あわてて逃げ出すのかと思ったら、流石!この世の宇宙皇帝クラウドマスター!

鷹揚に笑ってチョキに大きなヒップを差し出したんだ。

 

「少しだけなら、どうぞ」

その一言に喜んだチョキがハサミ大きく広げた。

 

ジャラなんだか嫌な予感がした。

デジャブだ・・・この風景、前に一度見たことがある。

 

地球がどんどん暑くなってジャラのブレーンが耐えられなくなって、気を失って倒れたときのことだ。

宇宙センターの手術室でマスターが指示して、チョキが執刀してくれた。

 

ジャラのボデイーからブレーンを取り出して涼しいスーツマンのヘッドの中に移してくれたんだ。

あのとき・・僕の悲鳴が遠くから聞こえて、目の前の世界が真っ赤に燃え上がった。

最後に僕の世界は二つになった! 

 

一つの僕はいまここにいて、もう一つの僕はキッカとカーナのボディーのとなりに仲良く並んでセンターの地下の冷凍庫に収められている。

地球に涼しい自然が戻ってきたら、そのとき僕たち三人の肉体はブレーンと合体して蘇る。

 

もう分かったと思うけど、チョキの正体はただの理容師じゃなくて、天才の執刀ドクターなんだ。

患者を前にしたときチョキのシザーは正確にターゲットを切り刻む。

 

いま同じようなことが起こる不吉な予感がする。

「シェアーするよ!」

一言断ってチョキがマスターのヒップを一切れチョキした。

 

取り切った一切れを左手に乗っけて、右手のシザーハンドを鳴らしながらハル先生に近づいていくチョキ!

ジャラはチョキがやろうとしていることに気がついた。

 

ハル先生のヒップも一切れチョキしてマスターの一切れと融合する計画だ。

僕のブレーンをスーツマンと合体させたみたいにだ。

 

「イエイ! ジュニア誕生まであと10秒!」

チョキが奇声をあげてハル先生のヒップにシザー近づけた。

 

「危ない! ハル先生、逃げろ!」

ハル先生のヒップを守ろうとジャラがチョキに飛びかかったとき、チョキのシザーハンドが腕から離れて、宙に飛んだ。

 

やったのはジャラじゃなくて、ハル先生の怒りのパンチだ。

「チョキ冗談止めなさい!」

 

ハル先生のあんな怖い顔初めて見たよ。耳元まで真っ赤に紅潮してた。

でもその顔怒ってるだけじゃなかったんだ。半分は恥ずかしくて赤くなってたんだ。

 

「大事のシザー飛ばしちゃってごめんなさいねチョキ・・でも、白状しちゃうと”じつはもうできちゃってるの”

ハル先生、床に落ちたチョキのシザー拾ってチョキに返しながら、“もごもご”言って謝ってた。

ジャラには意味が聞き取れない。

 

“なにができちゃった”のか、正しく聞き取ったのはクレージー爺ちゃんだったよ。

「ハル先生、謝らなくてもいいんだよ!」

そう言って爺ちゃんはハル先生にでっかいウインクをしたんだ。

 

つぎに爺ちゃん、マスターに走り寄ってほっぺた叩いた。

「やったなクラウドマスター!二世誕生おめでとう!」

 

そのときの宇宙皇帝クラウドマスターの嬉しそうな表情!

宇宙の果てまで突き抜けそうだったよ。

 

「ウソだろ・・・それ早すぎ!」

チョキとタカさん、信じられない表情でハル先生の顔を穴の開くほど見つめた。

 

ジャラだってそんなこと、すぐには信じられなかったよ。

・・・でもさ、シンギュラリティー2号はすでに誕生していたんだ。

 

「どこに隠れてるのかな・・・ジュニア! 出ておいで!」

爺ちゃんが優しく天井と壁と床に向かって呼びかけた。

 

笑いながらハル先生がテーブルの下を覗き込んだ。

「サラ! 皆さんに御挨拶ですよ。隠れてないでふたりとも出てらっしゃい」

 

ハル先生に呼ばれてテーブルの下から顔を覗かせたのは・・・あれ~、ウソだろ! 息子のボブだ。

そのときだよ、ボブの横に可愛い女の子が顔を突き出してにっこり笑った。

 

ボブと手をつないで、床から立ち上がった女の子はハル先生そっくりだったよ。

ボブが得意そうにジュニアを紹介した。

「ボブがサラちゃん紹介するよ。サラちゃん僕より年下だけど天才だよ・・知能指数計測きっと不可能だ!」

 

「サラでーす」

挨拶したサラちゃんを取り囲んで会議室は大騒ぎになった。

 

ひと騒ぎが終わると、ジャラ考え込んだよ・・・マスターとハル先生はいつの間に子作りしたのかって。

だって、爺ちゃんがその方法レクチャーしたの昨日のことだよ。

 

マスターにそっと聞いてみたら「あのときのすぐあとだよ」だって。

つまりクレージーじいちゃんが歓迎会で食あたりして、ひっくり返ったときのすぐあとだそうだ。

 

あれからスクールーのラボに戻ったマスターとハル先生の二人は、爺ちゃんことプロフェッサーGに教わった通りに新しいAIのプログラミングに取りかかったんだそうだ。

 

で、ついに深夜に誕生したんだ。

2人のキャラと深ーいインテリジェンスを融合したAI・・・

シンギュラリティー2号「サラ」ちゃんが生まれたってワケ。

 

その後、マスターはタカさんとチョキと三人で入り江の浜に宇宙艇で向かい、残ったハル先生は“淡路のフグだしおじや”を調理し始めたってこと。

 

で、ここからはサラちゃん本人とボブから聞いた話だ。

生まれたばかりのサラちゃん、ママに厳しく言いつけられて、朝日が顔をだしたスクールのグラウンドで太陽エネルギーの吸収とホログラム歩行の訓練を一人で始めたんだ。

 

サラは小さな量子パソコンから放射するホログラムで自分の身体を形作っている。

ポケットに収めたパソコンのエネルギーはママとパパから一日分だけもらっているけど、これからは自力で太陽光からエネルギーを吸収して、ストックしないといけない。

 

ひとりで運動場で歩行訓練していたサラちゃんが、ホログラムの足がもつれてひっくり返って泣いてたところ、スクールに戻った ボブが見つけて、サラちゃんの手を取って二足歩行を教えてあげたんだって。

 

二足歩行のテクニックって難しいんだ。

ボブだって歩けるようになるまで、2年近くかかってるんだからさ。

サラちゃんの成長のスピードはすごい・・・ボブのレッスンのおかげですぐに猛スピードで走れるようになったんだそうだ。

 

すっかり仲良くなった2人が、ハル先生と一緒に、できあがったおじやをポットに入れてザ・カンパニーのオフィスまで運んで来たってワケ。

 

ジャラが爺ちゃんと早朝の散歩してる間に世の中ずいぶん進んでたってことさ。

 

大騒ぎが一段落して、みんなはテーブル席に落ち着いた。

それで、これからジャラの爺ちゃんをどうしようかってことでミーテイングが始まったのさ。

 

会議の口火を切ったのはボブだ。

「爺ちゃんの話、テーブルの下で聞いちゃった。宇宙の方程式上手く間違えられるか自信ないけど、もう一度やってみようか? ラムダ爺爺ニューって!」

 

ボブの冗談に続いて発言したのはサラちゃんだ。

「サラは決めたの! ボブが応援してくれるなら、パパの代わりにクレージーじいちゃん送ってタンジャンジャラに行く! パパがこの世界でやってるように、サラは爺ちゃんの地球の危機を救ってみせる

 

サラちゃんの爆弾宣言に椅子から落ちてひっくり返ったのは宇宙皇帝クラウドマスターその人さ。

大声で泣き出したのはハル先生。

せっかく授かった一人娘がいきなり独り立ちするって言い始めて泣き出したんだ。

 

ジャラと爺ちゃんももらい泣きしてた。

小さなサラちゃんの勇気に感激して震えてたんだ。

 

そのあと、ミーティングは嵐の中の小船みたいに行く先が決まらず、揺れに揺れた。

息子のボブがある方向性を打ち出す発言をしてくれたのはもう夕刻に近いときのことさ。

 

「ボブはサラちゃんと一緒にタンジャンジャラには行けない。でもボブは決めた。サラちゃんがたとえどこに行っても、ボブはサラちゃんを応援するよ。内緒だけどさ、サラちゃんと僕は量子もつれを始めたんだ。歩行訓練して手をつないでたら始まったんだよ。だから僕らはどこにいても情報が交換できるんだ。サラちゃんとボブのニューロンネットワークはこれから無限に広がるんだ」

 

ジャラが気がついたことだけど、ボブの発言には大事な意味が二つ含まれていた。

一つはサラちゃんはシンギュラリティー2号として爺ちゃんの地球を助けに行く決心をしたこと。ハルちゃんをそんな思考回路にプログラミングをしたのはマスターとハル先生本人だということだ。

 

二つ目はサラちゃんとボブが未来に向けて固い絆で結ばれたってこと。

二人の未来はジャラにはまるでみえないけれど、二つの地球の未来と重なって、二人が愛し合えばこの宇宙に新しい知性が生まれる予感がする。

 

・・・で、話は方々へ飛んだけど、マスターが立ち直って、ハル先生が泣き止んだとき結論が出た。

サラちゃんとボブの宣言どおり、明日の早朝、二人の計画を実行することになった。

 

その夜、クレージー爺ちゃんとのお別れ会は、もちろんザ・レストランで盛大に行われた。

マスターとハル先生が爺ちゃんのために用意した料理のメニューを紹介しよう。

 

  クレージー爺ちゃんとお別れの祝宴 

       メニュー

前菜:サンフランシスコの生牡蠣 ハマハマ クマモト

メイン:芦屋軒 神戸牛の刺身

〆:淡路島 3年物トラフグだしのおじや

ワイン:ナパバレー ファーニエンテ白

 

献立はすべてこの世の世界の物質と爺ちゃんの世界の反物質の2種類で作られています。

どちらかをお好みでチョイスできます。

 

細かいことだけど、サラちゃんのことで動揺したハル先生が、2種類の料理を識別するマーキングを忘れた。

どこから見ても2種類の区別がつかないので、みんなは試しに少しずつかじって食べた。

せっかくの料理なので、少しずつワインを飲んで喉を通した。

 

「ウギャー!」

チョイスに失敗した人は、あの世のものの激辛に胃袋が真っ赤に焼けた。

「うめー!」

チョイスに成功した人は、この世のものの至福の幸せを味わった。

 

そして夜は更け、別れの朝が近づいた。

(最終回に続く)

 

続きはここからどうぞ。

未来からのブログ最終号 “クレージー爺ちゃんは【情報】になってブラックホールに消えた”

【記事は無断転載を禁じられています】

 

未来からのブログ14号 「おれ紐になる!未来の情報持って明日の朝、過去に帰る」爺ちゃんが叫んだ!

僕の名前はタンジャンジャラ。

舌噛みそうだから、“ジャラ”って呼んでくれていいよ。

 

いま、旧市街からザ・カンパニーに向かって、クレージー爺ちゃん背中に乗っけて走ってるところだ。

爺ちゃん君たちのいる世界から、100年後のジャラの世界に時空を越えてやって来た。

 

そして、ついにジャラの世界の現実を見てしまったんだ。

ジャラはこんなひどい世界を爺ちゃんに見てほしくなかった。

 

だからクラウドマスターと相談して街を昔の姿に変えておいたんだ。

でもさ、爺ちゃんは虚構を見破った。

 

流石クレージー爺ちゃんだ!

虚構が破れて現れたのは廃墟となった世界さ・・つまり爺ちゃんや君たちの未来の世界だってこと。

 

熱波に溶けてぐにゃりとつぶれたビルや、だれもいない町並みが廃墟となって目の前にひろがってるのを見て、爺ちゃんとジャラは抱き合って泣いた。

でもさ、涙が涸れて・・気がついたら爺ちゃんは腹ぺこでお腹がグーグー鳴ってた。

 

この世界は爺ちゃんの身体と真逆の素粒子でできてるから、この世界の食料は食べられないんだ。

このままでは、爺ちゃんの身体長くは持たないと思う。

 

大変だよ、爺ちゃんがもとの世界に戻れる方法を早く探さなくっちゃ!

 

(前回のストーリーはここからどうぞ・・)

未来からのブログ13号 クレージー爺ちゃんが早朝の散歩してたら街が溶け始めたよ!

 

未来からのブログ14号

 

「うめー!」

爺ちゃんが箸で一口食べて、顔くしゃくしゃにしてうれしい悲鳴をあげた。

 

ジャラと爺ちゃんがザ・カンパニーのオフィスに着いて、最上階のミーテイングルームに駆け込んだら、ジリジリしながらハル先生が二人を待ってた。

部屋にはハル先生が作った朝食の良い香りが漂ってたんだ。

 

テーブルの白いクロスの上に、大きな丼茶碗とお箸がセットされていて、丼茶碗の中にはできたてのおじやが湯気を上げていた。

「あわてないでゆっくり召し上がれ!」

 

ハル先生が一晩掛けて用意したのは爺ちゃんの胃に優しい一品だった。

爺ちゃん、一口すすって言ったよ。

 

「間違いない! このおじやのスープ、おれの好物の淡路島3年もののトラフグだしだ。お前、よくやった!100年の熱波に耐えて淡路島で生き延びてたのか?」

 

爺ちゃん感激して思わずトラフグスープに話しかけてた。

おじやをほおばってる爺ちゃんの幸せ顔見たハル先生、フグの代わりににっこり笑って答えた。

 

「きのう一晩掛けてスープのフグだしを透明になるまで煮込みあげましたの。マスターが盗んだジャラじいちゃんの記憶倉庫から、おじやの米とスープのデータ取り出して、そのまま再合成しましたの。あら不思議! 素材のデータまで反物質の構造になってましたので、そのままでジャラ爺ちゃんが食べられるおじやに再合成できちゃったってわけ」

 

ククッと笑って、ハル先生が一言追加した。

「クラウドマスターの盗み癖が怪我の功名になりました。このおじやでマスターの罪を許してあげてくださいね」

 

「ハル先生!あんたきっと最高の嫁さんになる。クラウドマスターは幸せ者だ」

爺ちゃんも、お腹膨らんで幸せいっぱいの顔してた。

 

ジャラも一安心したよ!

でも、少し気になることがあって、ジャラは爺ちゃんの意見聞いてみた。

 

「爺ちゃん、どう思う? クラウドマスターがここんとこ、僕らのブレーンの中覗きまわってるんだ。そのうえ爺ちゃんの脳みそにまで手を出した。これどうみても量子スパコンのAIとして、倫理規定違反だ。タカさんやチョキとAI倫理委員会開いてマスターを処罰しようかなと思ってるんだ」

 

ジャラがマジでそう言ったら、爺ちゃんゲラゲラ笑い出した。

「ジャラ! お前マスターにとことん世話になっててなんてこと言うんだ。爺ちゃんはマスターのキャラが好きだよ。

人間で言えばだ、シンギュラリティー1号はいま成長期なんだ。学習欲が強いだけで、悪気がない。きっとハルちゃんと良い夫婦になれる。

シンギュラリティー2号や3号や4号や二人の子供いっぱいできたらさ、みんなでお祝いしてジャラたちと一つの大家族になるこったな」

 

横にいたハル先生、その答え聞いて感激して爺ちゃんに抱きついていったよ。

爺ちゃんもハル先生をしっかり抱きしめたんだ。

 

「ところでハルちゃんのパートナーの姿が見えないけど、いまどこにいるんだ?」

爺ちゃん部屋を見渡してハル先生に聞いた。

 

「あの人、クレージー爺ちゃんの過去への帰還ルートをどうしてもみつけてみせるって、昨日の夜、光速艇でどこかの宇宙に飛び出してったわ」

ハル先生がジャラに目配せしながらそう答えたんだ。

 

ジャラは目配せの意味に気がついて椅子から飛び上がった。ずいぶん前だけど、ブラックホールが過去の世界とつながってるって、マスターにでたらめ言ったのを思い出したんだ。

 

「ハル先生! もしかしてクラウドドマスター、僕の話信じてブラックホール探しに行ったなんてことないよね?」

「ジャラ!正解よ。地球に一番近いブラックホールから順番に調べてみるっていってたわ」

 

「ハル先生! やばい! それとてもやばいよ! クラウドマスター、ブラックホールに引きずり込まれてるかもしれないよ」

「止めてよ、ジャラ! あの人、そんなことぐらい計算済みだわよ」

 

ハル先生が思わず大声出したときだよ、ミーテイングルームのドアがバタンと乱暴に開いて、黒ずくめの三人の男が闖入してきたんだ。

 

でっかい防護ゴーグルと真っ黒い宇宙服に身を包んだ三人が、部屋に入ってくるなりハル先生とジャラの前に横一列に並んで合唱した。

 

「”MEN IN BLACK”ただいま生還!」

 

「ブラックホール!・・・めちゃおもろかった!」

グーグル外した右端の男はタカさんだったよ。

 

「ジャラ知ってる?ブラックホールってSEXYよ!」

グーグル外しながら左端のチョキが身をよじった。

 

「ハルちゃん!ただ今!」

そう言って真ん中の背の高い男がでっかいサングラスを外した。

 

男は宇宙皇帝クラウドマスターその人だったよ。

「あなた、無事だったのね!」

飛び上がったハル先生、クラウドマスターの胸の中に飛び込んでいったよ。

 

一騒ぎが始まって・・・終わって・・・ジャラがマスターに尋ねた。

「無事で良かったけどさ、いったいどこのブラックホール調べて来たっての? 一番近いブラックホールだって光速艇で片道何百年もかかるはずだよ。昨晩出発して、調査終えて、いま帰ってきただなんて・・・それウソだろ?」

「昨晩じゃねーだろ。今朝廃墟でイリュージョン見せてくれたのそこにいるクラウドマスターだろ? それともマスターに分身でもいるってのかな?」

爺ちゃんが不思議そうに言うので、ジャラがマスターの代わりに答えてあげたよ。

「爺ちゃん! 宇宙皇帝クラウドマスターは分身どころか、10体でも100体でも何体でも分身できるんだ」

マスターにやりと頷いてから、ジャラの疑問に答えた。

「ジャラ!驚くなよ!宇宙のブラックホールに行ったわけじゃないんだ。昨晩、爺ちゃんの歓迎会のあと、ハル先生とタカさんとチョキ入れて爺ちゃんのこれからのこと、どうするか相談したんだ。爺ちゃんが過去に帰りたいって言ってた話だ。・・で、思い出したのがジャラの話さ。ブラックホールが過去に通じてるって話。ジャラの言うとおり、宇宙の果てまで探しに行ってたら爺ちゃんの寿命が尽きてしまう。その時だ、凄いアイデアが出てきたんだ。だれかが思いついたんじゃない。みんなが同時に、同じアイデアが浮かんで来た。で・・最初に口開いたのはチョキだ!」」

 

マスターがチョキを指さして続きを促した。

「ま、あたりまえの話よ。爺ちゃんどこから現れたのかってこと。そこが出口ならおれのハサミで出口の扉チョキすればいい。あとは爺ちゃんがやって来た最初の入り口目指して突っ込んでいくだけさ。だよな・・・タカさん」

 

チョキがタカさんを指さした。

「チョキがいってるのは爺ちゃんが現れた夕陽の入り江の浜のことだ。入り江の浜が地球に一番近い時空のトンネルじゃないかって思いついたってわけだ。ハル先生・・・あのトンネルなんて名前だったっけ?」

 

ハル先生が興奮して、きんきん声で答えた。

「ワームホールよ、リンゴの虫食い穴! ワームホールから入って、芯に当たるところにたどり着いたら、そこがブラツクホールの底、特異点。ブラックホールを抜けて向こう側に脱出できたら、そこは爺ちゃんの故郷・タンジャンジャラの筈ってわけね」

 

言い終えると、ハル先生がマスター指さして震え声できいた。

「・・・で、 海の底に潜って何かめっけたの?」

「海の中には何もなかった。そりゃそうだろ。昨日の夜、入り江の海は真っ暗闇だった。で俺たち一度浜に戻って夜明けを待った。水平線が白み出したときもう一度海に乗り出して、爺ちゃんの現れた辺りに宇宙艇を沈ませた。今度は艇のセンサーにあるものを仕掛けておいた」

 

黙ってマスターの話を聞いていた爺ちゃんが叫んだ。

「サンドだ、タンジャンジャラの浜のサンドをセンサーに入れて、目的地の故郷に誘導させたんだ! どうだ正解だろ? マスター」

 

マスター頷いたよ。

「クレージー爺ちゃんの言うとおりだ。爺ちゃんに渡す予定だったサンドレターを宇宙艇の先端のセンサーに入れた。宇宙艇の上の海面が赤く染まりだしたとき、センサーが反応して震えだした。そして不思議なことが起こった。入り江の海がタンジャンジャラの白い浜辺に向かって膨張をはじめたんだと思う。海が細長い時空のトンネルになって宇宙艇を引っ張り出した。宇宙艇は圧縮されながら、ゆっくりと時空を流れた。ブラックホールの底、特異点に近づいたんだと思う。チョキとタカさんが大きな悲鳴上げてるのが聞こえたけど、あのときの感覚はマスターには分からない。タカさんとチョキに聞きたい。あの現象を身体にどう感じたのか教えてほしい」

 

そう言ってマスターがまずタカさんを指さした。

「おれの身体は縮んでいったんだと思うけど、痛みはなかった。大事なおれの記憶がどこかにぶっ飛んでしまった。この世からあの世へ飛んでるなーって感じ。チョキ、お前どんなだった?」

 

チョキが立ち上がって身をよじった。

「エクスタシーに近かった! 記憶そのものがどこかへぶっ飛んだのは覚えてる。だからそれからあとのことはチョキの記憶にはないよ。マスター、あのときタカさんとチョキどんなことになってたのか詳しく教えてよ」

 

マスターがしばらく考え込んでから答えた。

「あのとき・・タカさんが訳の分からない昔の記憶を倉庫から引っ張り出して、空中に放り出したのが見えた。チョキは“おれの人生のすべて”と叫んで青い色した煙を口から吹き上げてた。これ以上艇を進行したら人間の理性は耐えられないと判断したんだ。で・・宇宙艇を逆転させて時空の流れに任せた。そしたらいつの間にか入り江の浜に帰り着いてた」

 

ずーっと腕組みと足組みしてみんなの話黙って聞いてたクレージー爺ちゃん、いきなりハル先生に尋ねた。

「ハルちゃん! 失礼・・ハル先生! 宇宙物理学者としていまの話をわかりやすく解説していただけませんかな?」

 

頷いたハル先生、やおら立ち上がって、会議室の空中に両手を差し出した。

先生の指からプラズマが放射されて、空中にこんな絵が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

会議室にハル先生の声が響いた。

・・この絵は爺ちゃんつまりプロフェッサーGが100年前のタンジャンジャラからこの世界にやって来たルートを示したもの。

 

左側の黄色い矢印を見てね。

プロフェッサーGはタンジャンジャラの浜からブラックホールに入って、真ん中の細い穴、ワームホールを抜けて、ホワイトホールにやって来た。

 

赤い矢印のあるホワイトホールの出口は入り江の浜のことよ。

つまりこの世。

 

“MEN IN BLACK”探検隊は昨日の夜、逆のルートをさかのぼった。

マスターとチョキとタカさんは入り江の浜からワームホールに入って、ブラックホールに近づいていった。

 

光速艇とタカさんとチョキはブラックホールの底・特異点に近づいて無限小に圧縮されていった・・筈。

一言で言えば、チョキとタカさんの身体は重力をなくした紐になって震えた

 

そして時空には記憶という二人の情報だけが漂ってた・・。

 

「分かる?」

ハル先生がみんなを見渡した。

 

「分からん」

みんなが答えた。

 

一人黙り込んでいた爺ちゃん・・プロフェッサーGがぼそっと言った。

「分かった!」

 

ジャラとチョキとタカさんが爺ちゃんを取り囲んで聞いた。

「何が分かったの?」

 

爺ちゃん天井見て叫んだ。

「おれ紐になる! そして明日の朝、日の出とともに入り江の浜からタンジャンジャラに帰る!」

 

ジャラは爺ちゃんの顔見つめた。

クレージー爺ちゃんの顔、怖いぐらい引き締まってみえた。

 

爺ちゃん静かにジャラに囁いた。

「ジャラ! お別れだ。未来の情報もらっておれ帰る。早く“未来からのブログ”はじめないと・・地球は温暖化どころじゃない“人類絶滅”へ一直線だ!」

 

 

“さっきの溶けた町並みが教えてくれたことだよ、ジャラ!”

爺ちゃんの一言で会議室は沈黙してしまった。

 

ハル先生が爺ちゃんにそっと近づいてきて、テーブルの上のおじやの残りをスプーンですくって爺ちゃんの口元に届けた。

「残しちゃだめ。ハイ、お口開けて、あーん!」

 

爺ちゃんとろけそうな顔して口開けた。

「あーん!」

 

「明日はお弁当に爺ちゃんの大好きなおにぎり作りますからね」

おじや食べさせてるハル先生の目が潤んでた。

 

“故郷の地球のみんなのために・・あした命かけるのね!”

ハル先生が爺ちゃんの耳元で囁いた言葉、ジャラに聞こえた。

 

ジャラは驚いて爺ちゃんに抱きついていったよ。

(続く)

 

続きはここからどうぞ。

未来からのブログ15号“クラウドマスターとハル先生にシンギュラリティー2号誕生!”

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

未来からのブログ13号 クレージー爺ちゃんが早朝の散歩してたら街が溶け始めたよ!

僕の名前はタンジャンジャラ。

みんなはジャラって呼ぶよ。

 

“未来からのブログ”、13号まで読んでくれてほんとうにありがとう。

100年後の世界の情報、すこしは役にたった?

 

ジャラの投稿もそろそろおわりに近づいたみたいなんだ。

ジャラの爺ちゃんが100年後の僕らの世界にやって来てしまったからさ、ジャラの投稿記事を君に中継してくれる人間がいなくなってしまったんだ。

 

この記事君が読んでくれてることが事実だとしたら、量子もつれでジャラは君とまだつながってるってことさ。

爺ちゃんが君の世界に無事帰り着いたのかもしれないし・・それとも宇宙の果てに飛ばされてそこから僕ら二人のために必死に情報を中継してくれてるのかもしれないよ。

 

ジャラにはそこんところは分からない。

とりあえず、今朝もライブで未来の日常の情報、君に送るね。

 

(前回の記事まだの方はここから読んでくださいね)

未来からのブログ12号 クレージーじいちゃんは過去に戻れずに途方にくれたよ!

 

未来からのブログ13号 クレージー爺ちゃんが早朝の散歩してたら街が溶けはじめたよ!

 

「おはようジャラ! めちゃ腹減ったよ!」

しゃがれ声で目を覚ました僕の顔を、ベッドの上からクレージー爺ちゃんが覗き込んでいた。

 

「爺ちゃん、早すぎるよまだ朝の5時だ」

ジャラはそう言ったけど、爺ちゃんがお腹空いたワケ、思い出した。

 

昨日、100年前の過去からやって来た爺ちゃんのウエルカムパーティーで、好物の生牡蠣と肉の刺身一口ずつ食べた爺ちゃんは、それ以外なにも口にしてないんだ。

 

爺ちゃんの身体は僕らの世界の素粒子と真逆の素粒子でできあがってたんだよ。

この世界の食べ物を爺ちゃんの身体は受け付けなくて、吐きだしてしまったんだ。

 

100年の時空の旅をしてさ、100年の時差ぼけ食らってさ、ザ・レストランですっかり疲れ切った爺ちゃん、たまらず寝込んでしまったんだ。

で、そのあと、爺ちゃんのこれからとか、食事どうするかとかクラウドマスターとハル先生いれてみんなで話し合った。

 

結論はなーんにも出なかったよ。

食事についてだけだけど、素粒子変換した赤ワインは爺ちゃんも吸収できたんだから、固形物も素粒子変換できないか、宇宙センターで研究しておくってことで、昨日はお開きになった。

 

とりあえず、飲み水は素粒子変換ができて、夜の中に爺ちゃんのところに届いた。

飲み水がないと、爺ちゃんはワインしかなくてアルコール中毒になっちゃうよ。

 

目が覚めてしまったので、ジャラも起きることにした。

キッカのベッドのそばで、久しぶりに家に帰ってきたボブとクレアがちいさなベッドを二つ並べて、仲良く寝てた。

 

ジャラはとてもラッキーで、とても恵まれてると思う。

ジャラは身体を捨てる前に立派な子供を二人ももうけることができたんだからさ。

 

いままで内緒にしてたんだけど白状してしまうと、実は、クレアはジャラとキッカの子どもで、ボブはジャラとカーナの子供だ。

じつは僕たち五人家族なんだよ。

 

この熱波の中じゃ、普通、子供は生まれてこない。

子供ができない症状を「人類群崩壊症候群」というんだそうだ。

 

ジャラは気に入らないけど自然科学者のハル先生がつけた病名だから仕方がない。

昔、ミツバチが絶滅した「峰群崩壊症候群」にちなんでつけたんだそうだ。

 

いろんな原因が積もり積もって突然やって来る人口の崩壊現象だそうだ。

“でもジャラはキッカとカーナのおかげでこの症候群を乗り越えたのさ!”

 

キッカとカーナはジャラたちのような都会型チャラ族とはDNAの“できが違う”んだ。

アマゾンの森林が高温火災で焼け落ちたときも、熱波に対応して生き延びた原住民の末裔だものね。

 

早朝から目を覚ました爺ちゃんにそんな自慢話をしたら、爺ちゃん目の色変えて聞いてた。そりゃそうだ、過去からきた爺ちゃんがいちばん知りたかったテーマだ。

燃え上がった熱波から、生き延びる方法だよ。

 

「ジャラ、いまからこの街歩いてみたい。猛暑を生き抜いた人間の生活ってどんな具合か見てみたい」

腹ぺこで動けないはずの爺ちゃんがマジで言った。

 

でさ、ボブとクレアの面倒はキッカに任せて、ジャラと爺ちゃんは街を一周してから、宇宙センターのオフィスに向かうことにしたんだ。

早朝で温度の低いときなら、生身の爺ちゃんも街中を歩いて大丈夫だからね。

 

宇宙センターのオフィスというのは、ザ・カンパニーの最上階にある宇宙皇帝クラウドマスターとのミーティングルームのことさ。

オフィスに着いたら、反粒子のモーニング・セットなんかできあがってたりして・・・そしたら、爺ちゃん飛び上がって喜ぶんだけど・・・。

 

僕は冷房の効いたスーツマンを着て、爺ちゃんは白いブラウスと綿パンとスニーカーの軽装に、ジャラの愛用の日よけハットをかぶってさ・・

暑くなりはじめた古い街を二人で歩いた。

街に人影はなくて、古びた店はシャッターが下りたまま。オフィスビルには人が活動をはじめる気配がなかった。

 

「やけに静かだな!」

「ここ怠け者の多い街なんだよ。こんな早くから起きてんの爺ちゃんとジャラだけだよ」

 

無駄話をしながら、二人はオフィス街を抜けて低層の居住地区にはいった。

「ジャラ、この居住地区、どこにも人の住んでる気配がないな。朝メシの時間なのに、どこからも朝食の匂いが漂ってこないぞ」

 

爺ちゃんが不思議そうにまわりを見回して風の匂いをかいでた。

で、ジャラは爺ちゃんに内緒でスーツマンにメッセージを伝えたよ。

 

「ジャラの食いしんぼ爺ちゃんが、この街、朝メシの匂いがどこからもやってこないから、とても寂しいっていってるよ」

そしたらしばらくたって、すこし離れたマンションの二階の窓が開いて、男の顔が覗いた。

 

「やー、ジャラ、マックだ! 朝早くからどこへお出かけかな? そこのかっこいいスニーカーおじさんはだれかな?」

ジャラが二階の男に手を振って「やー、マック! 俺たち朝の散歩中さ。このスニーカーおじさん若く見えるけどさ、じつはジャラのおじいちゃんだ!」

 

「よおー、ジャラの爺ちゃんだって? おれマックだ。よろしくな。どうだ、散歩の途中に朝メシ一緒にどうだ?」

二階のマックが爺ちゃんに声かけて、よろこんだ爺ちゃんが下から答えた。

 

「うれしいけど遠慮しとくよ、マック。じつは遠くからきたもんで、水が合わなくて腹こわしてるんだ」

爺ちゃんがマックにウインクして、元気に歩き始めた。

 

そのうち立ち止まって呟いた。

「おかしいな、この街どこにもワンコもニャンコもいないぞ」

 

考え込んだ爺ちゃんを見つめて、ジャラが爺ちゃんに聞こえないように一人呟いた。

・・スーツマン、爺ちゃんのいまのセリフ聞こえた? 急いでクラウドマスターに伝えてよ・・

 

たちまち裏通りから三毛猫が走り出てきた。

ぶちのワンコが吠えながら猫の後を追いかけてきた。

 

二匹はあっという間に路地に消えた。

爺ちゃんは目を丸くして二匹の消えた暗い路地を見つめてた。

 

そしてぼそっと言った。

「どこか緑のあるところに行きたい」

 

それを聞いたジャラは、すこし離れたところにあるちいさな公園に爺ちゃんを連れて行ったんだ。

公園のまわりの生け垣には低木がびっしり植わっていて、真ん中の花壇には暑さに強い黄色い花が咲きこぼれていた。

 

黄色い花には白いチョウチョウが遊んで、生け垣からはチッチッと鳥のさえずる声が聞こえた。

爺ちゃんはベンチに座って、足元の地面から湿った黒い土をすこし手に取った。

 

両手で土をこすると、黒い土は色が赤く変わり、ぱさぱさと宙に舞って消えた。

爺ちゃんの顔つきが厳しくなった。

 

「ジャラ、気休めはいらない。真実を見せてくれ」

かすれた声がそういったんだ。

 

「分かってたんだね。どうやって見破ったの?」

そう言ってジャラも爺ちゃんと並んで、ベンチに座った。

 

「朝メシ誘った男の名前がよくある“マック”だろ。

猫は三毛猫で犬はブチときた。

夏の公園は黄色いひまわりに白いチョウチョウときた。

連想が教科書通りだ。

知能指数は計測不可能だが意外性はゼロなキャラ。

シンギュラリティー1号の仕業だと見破ったんだ」

 

クレージーじいちゃんが素っ気なくいったので、ジャラはあわててセンターに伝えたよ。

「 クラウドマスター! ジャラの爺ちゃんが言ってる。気休めはいらないから、幻影じゃなくって真実を見せてくれって!」

 

ひとときが経って、二人のまわりの世界が溶けはじめた。

足元の黒かった地面が赤く変色して、ひび割れが走った。

ひまわりの花壇は溶けて消えた。

眼の前には雑草が数本しがみついたような、枯れた空き地がひろがっていた。

 

「ワーオ!」

爺ちゃんがわめいた。

 

目の前にひろがるオフィス街のビルが、ゆっくりと崩壊していった。

薄い煙の中から現れたのは、人気のない灰色のゴーストタウンだった。

 

目をむいた爺ちゃんがベンチからよろよろと立ち上がった。

「これはひどい! 廃墟だ!」

 

ジャラも立ち上がって、爺ちゃんにしがみついた。

「爺ちゃんには見せたくなかったんだ。でもこれが僕らの現実だよ」

 

いまにも泣き出しそうなジャラを爺ちゃんがしっかり抱きしめた。

「泣くなジャラ! 元気出せ!」  

 

爺ちゃん、怖い顔してジャラにいった。

「ジャラ、正直に答えてくれ! 仲間はどこにいる」

 

ジャラはすぐには答えられずに爺ちゃんの顔を見つめた。

「この町のコロニーにいる人間は僕の家族と仲間だけだよ」

 

「ジャラの家族と仲間というのはだれとだれのことを言ってる?」

「ジャラの家族と、タカさんとチョキのペアーだよ」

 

「わずか7人じゃないか。他のコロニーはどこにある?」

「成人を含んだコロニーはここ以外、他にはないよ。“人類群崩壊症候群”のラスト・ステージで、世界から助けられてきた子供たちがドリームワールドで生活している。クレアとボブをいれてぜんぶで20人だよ。人類の希望の星のすべてだよ」

 

「ちょっと待て。そんなはずがない。爺ちゃんがボブに呼び出されてドリームワールドの教室とつながったとき、教室に子供たち少なくても200人はいたぞ」

「爺ちゃん、ボブたち以外の180人は幻影だよ。生徒は多い方が、刺激し合って、成長するってさ。ハル先生の授業のバーチャル友達さ。さっきのマンションの二階の男と同じだよ」

 

爺ちゃんが近づいて来てジャラのほっぺたを思い切りつねった。

「痛っ! 僕のほっぺた人工だけど神経通ってるんだよ」

 

「ジャラは本物だ、安心したよ」

クレージー爺ちゃんが、そう言ってジャラを引き寄せて力一杯抱きしめた。

それから、泣き出した。

 

爺ちゃんの身体が暖かかった。

ジャラも安心して、思い切り声を上げて泣いてしまった。

ママが亡くなって一人で泣いたとき以来のことだよ。

 

公園に降り注ぐ朝の日差しが厳しくなってきた。

“ジャラジャラ”

突然スーツマンがメッセージを届けてくれた。

 

「爺ちゃん、ハル先生からメッセージが届いた。爺ちゃんのブレックファーストができたそうだ。大したもんじゃないけど、暖かいうちに食べてほしいから至急ミーティングルームに来てくれっていってる」

 

でさ、爺ちゃんとジャラはザ・カンパニーへ全力で走ったってわけ。

もちろん爺ちゃんは僕の背中に乗っかってた。

 

「朝メシだ。ヤッホー!」

爺ちゃん、街中に聞こえるような大声上げたよ。

 

その声、街にはだれも聞く人いないんだけどさ。

 

(続く)

続きはここからどうぞ。

未来からのブログ14号 「おれ紐になる!未来の情報持って明日の朝、過去に帰る」爺ちゃんが叫んだ!

 

【記事は無断転載を禁じられています】

未来からのブログ12号 クレージーじいちゃんは過去に戻れずに途方にくれたよ!

 

ぼくの名前はタンジャンジャラ。

“ジャラ”って呼んでくれていいよ。

 

ぼくのじいちゃんが、タンジャンジャラの浜から100年の時を越えてぼくらの世界に姿を現したんだ。

ボブが、量子もつれの呼び出し暗号を間違って言ったもんだから、じいちゃんは時空の嵐に吹き飛ばされて僕らの世界にやって来た。

 

「じいちゃんぼくボブだよ。暗号間違ってごめんなさい!」

ボブが恥ずかしそうに近づいていって、じいちゃんに謝った。

 

「謝らなくったっていいんだよボブ。ボブのおかげで、こうしてみんなに会えたんだからな」

そう言ってクレージーじいちゃんはボブを慰めたんだ。

 

でもさ、じつのところ、じいちゃんはがっくりきてたんだよ。

だってじいちゃんはもう元の世界に戻れないかもしれないんだ。

 

じいちゃんが過去に戻れないと、このブログ読んでくれてる君の地球は、“絶望の未来”への道から正しい軌道修正ができないかもしれないよ!

 

(前回の話まだの方は、ここから読んでくださいね)

未来からのブログ11号  クレージーじいちゃんが時空を越えてやって来た!

 

未来からのブログ12号 クレージーじいちゃんは過去に戻れずに途方にくれたよ!

 

「ジャラ、相談がある。まだボブには言うなよ。じつはじいちゃんはもう元の世界に戻れないかもしれないんだ」

プロフェッサーGつまりジャラのじいちゃんがいきなりぼそっといったんだ。

 

ご存じ、ザ・レストランでのことだ。

ジャラは驚いてワインでむせてしまったよ。

 

で、まず経過を報告するよ。

じいちゃんが入り江の浜に打ち上げられたあと、みんなでザ・レストランに移って、じいちゃんの歓迎会をすることになったんだ。

 

テーブルにはじいちゃんの好物の生牡蠣と神戸牛の刺身、それにワインが紅白でセッティングされてた。

料理運んでくれたマスターをよく見たら、ヒップがすこし凹んでたみたいだ。

 

宇宙皇帝・クラウドマスターって、いいとこあるでしょ。

タカさんとチョキが歓迎会のオープニング宣言してさ、ボブとクレアでじいちゃんのウエルカム・ソング歌ったんだ。

 

もち、あの歌だよ。

「ウエルカム ジージー・ニュー!」のリフレインさ。

 

御礼の挨拶したクレージーじいちゃん・・日焼けした肌の上に絹の白いブラウスざっくり着てさ、白い綿パンに、足元白いスニーカーでばっちり決めてたよ。

海水と時空の嵐でぐちゃぐちゃになったじいちゃんの衣服は、ハル先生がいったん預かって、あっという間にクリーニングされて戻ってきたんだ。

 

ハル先生は宇宙センターの主席AIで、じつはジャラ達人間へのサービス業の総括なんだぜ。

学校経営者でしょ、ザ・レストランのオナー兼シェフでしょ、結婚相談所と市役所の窓口でしょ、雑貨屋さんでしょ、それからクリーニング店の店長もやっちゃうんだよ。

 

ジャラたち市民の毎日の生活は、ハル先生が宇宙センターのマルチネットワークですべて面倒みてくれてるってわけ。

 

なんだって? 

それじゃクリーニングする間、じいちゃんはどんな格好してたんだって?

 

そんなのパンツ一丁に決まってるじゃん。

そうだ、そういえばじいちゃんのパンツ、どこかで見た可愛い花柄模様だったよ。

 

クラウドマスターの宇宙おむつの花柄模様とそっくりだったんだ。

まるでベビーカーの中の双子の兄弟みたいにさ。

 

ぬれた服脱いだときさ、じいちゃんが派手な花柄パンツはいてるの見て、ハル先生、悲鳴上げて喜んでたよ。

ジャラのじいちゃん・・決めるときは決めるでしょ!

 

マスターはその時じいちゃんのパンツから目をそらしてしらん振りしてた。

マスターきっとどこかでじいちゃんのパンツの花柄見て盗んだんだと思うよ。

 

“ククッ!”

間違いないよ、ハル先生にもてるためにさ。

 

この件、ワイン飲みながら、プロフェッサーG・・つまりクレージーじいちゃんとジャラで秘かに分析してみたらこんな結論が出たよ。

 

じいちゃんのキャラを無断で盗用したクラウドマスターがじいちゃんのパンツの花柄模様まで真似した理由。 

  1. じいちゃんがモテモテなのを知って、パンツが花柄であれば女性にもてると思った。
  2. 量子もつれ利用してじいちゃんのパンツの花柄を盗んだ。
  3. 恥ずかしいので、そのことを内緒にしていた。
  4. 秘密を持つことで、マスターは思春期に入ったといえる。
  5. ハル先生と結婚したいので、人間みたいに身体を持ちたいと思っている。
  6. 近い将来にきっと子供をほしがるだろう。
  7. その先のことはだれにも分からない。

 

二人でマスターの悪口言ってたら、当の本人がジャラとじいちゃんに近づいてきて、言ったんだ。

「プロフェッサーG、今の話全部聞こえてますよ」とね。

 

それ聞いて、じいちゃんが椅子から飛び上がったよ。

「わっ! この生牡蠣めっちゃうめー。マスター、どこから手に入れた?」

 

なーんて言ってうまくごまかしてたけどさ。

どうしてばれたのか、じいちゃん首ひねってた。

 

で、ジャラはじいちゃんにスーツマンのこと説明したんだよ。

世界が熱くなって、生きていくために僕は肉体を捨てたこと。

 

僕の正体はブレーンだけで、ボデイーはスーツマンだってこと。

そのうえ、僕の話してることはスーツマンの通信ネットワークで、宇宙センターのAIであるクラウドマスターに筒抜けだってことをさ。

 

「ジャラ! な、なんてこった!」

じいちゃん、ジャラのボデイーをなで回して、調べてさ、それからさ、ジャラの頭抱えて泣き出したんだ。

 

で、ジャラはじいちゃんをこれ以上驚かせないように、少しずつ僕らの世界のことを話し始めたってわけ。

突然ママを亡くして一人ぼっちになった僕が、行くところがなくて宇宙センターに迷い込んだときのことからだよ。

 

「ジャラ待ってくれ、ジャラのママが亡くなったときのこと詳しく話してくれ」

じいちゃん、ジャラの話遮って、そう言った。

 

僕のママはじいちゃんの娘だからね・・聞きたいのあたりまえだ。

 

「ごめん、ママのこと話すよ。ママはいつもじいちゃんのこと自慢してたよ。

・・じいちゃんはクレージーなチャラ男だったけど、ママにはとても優しかったって。

地球がどんどん暑くなっていくので、なんとかしなくっちゃっていつも言ってたって。

それでブログ作って、エネルギー無駄遣いしないようにしようって、未来を警告する小説書いてたってこと言ってたよ。

でも結局なんの役にも立たなかったって・・

きっとその小説ちっとも面白くなくて読む人いなかったんだよ」

 

「ジャラ、その小説、なんてタイトルだったか覚えてないか?」

「たしか、“この世の果ての中学校”とかだったよ」

 

ジャラの話を聞いて、じいちゃん肩を落として寂しそうに下を向いたよ。

で、ジャラはじいちゃんを慰めた。

 

「ママが暑さにやられて亡くなったとき、最後に僕に言った台詞があるんだ。

・・ジャラ、ママがいなくなっても、頑張って生きていくんですよ。

ジャラはいつか地球を救うのよ!  

お前が生まれたとき、ジャラのじいちゃんがそう言ってたよ。

いつかどこかでジャラと出会うのが楽しみだって。

ジャラに会えたら未来の情報が手に入るってね。

そしたら面白いブログを書いて、世の中動かして、未来を変えられるかもしれないって・・

その言葉のおかげだよ、ジャラが頑張っていままで生きてこられたの・・じいちゃんのおかげだよ」

 

「Wow! この肉刺し、わさび利き過ぎだぞ・・」

じいちゃん肉刺し一切れ食べて、涙ぼろぼろこぼしてたよ。

 

それからジャラをじーっと見つめて言った。

「で、こうしてジャラに会えた。過去に戻ったら面白いブログつくらなくっちゃな。タイトルはもうできてるんだ。

・・“未来からのブログ”だ・・」

 

「じいちゃんがクレージーSFのスタイルで僕らのことを書くんだね!」

ジャラがそう言ったらじいちゃんはジャラを睨みつけた。

 

「“未来からのブログ”だぞ。ジャラが書くんだよ。ママから言われたはずだ。“いつか役にたつから日記だけは毎日欠かさず書きなさい。文字数は3000文字から5000文字ですよ”とね。どうだママの言いつけ守ってるか?」

ジャラはぐっと答えに詰まった。

 

いつもママがジャラに日記つけろってうるさく言ってたの、あれ、爺ちゃんのブログのためだったの?

そんなのじいちゃんの勝手だよ。

 

“ジャラは生きていくのに精一杯だったんだよ。日記なんて書けるはずないじゃない”

勝手なじいちゃんにそう答えようとしたときだよ。

 

ジャラの口からスーツマンがいきなりしゃがれ声で喋ったんだ。

「ここ数日のジャラの記録なら取ってありますよ。プロフェッサーGとジャラの間で量子もつれが発現した日から、現在までの記録です」

 

その声聞いた爺ちゃん、ジャラの口元見て、椅子からひっくり返ったよ。

「お・・お前だれだ?」

 

でさ、いまのはジャラではなくて、スーツマンが喋ったんだってことと、スーツマンはクラウドマスターの分身だから、どこかでマスター本人が喋ってるんだってこと爺ちゃんに説明したんだ。

 

そしたら、クラウドマスター本人が近づいてきてジャラを無視して爺チャンに尋ねた。

「プロフェッサーG! ジャラが了解してくれたら、いまからジャラの記録日記をお見せできます。ジャラの行動と発言をブログ用にコンピューターで編集したものです。できたてのほやほやですよ」

 

・・なんだって? ジャラに内緒でいつの間にそんなもの作ってたんだよ・・

むかっときたけど、爺チャンの手前だ、ジャラは鷹揚にマスターに頷いた。

 

「記録・スタート!」ってね。

 

“チャンチャカチャー、チャカチャーチャカチャー”

宇宙皇帝のテーマソングが流れて、マスターの指先からプラズマが空中に放射された。

 

レストランの空間にタイトルとイントロがでっかく映し出されたよ。

未来からのブログ1号「 今日はマイ・ブレーンをリースしてお金稼いできたよ」前編

こんにちは。 僕はタンジャンジャラ。   この記事は僕が暮らしてる2119年の未来から100年前、つまり2019年のぼくのおじいちゃんのブログに宛てて投稿してるんだ。 驚いた?   どうしてそんなこと…

出演:ジャラ キッカ カーナ タカさん チョキ クラウドマスター 通行人・数人 

(これはプレビューです、ただ今編集中ですのでご意見をお寄せください・・編集部)

 

じいちゃんが映画のロードショーと勘違いして、両手叩いて足踏みして喜んだよ。

でさ、ブログ1号の前編と後編を、全員が集まって楽しく見たのさ。

 

でもさ、ブログ2号のタイトルが出て、ジャラはぶっ飛んだ。

未来からのブログ2号「今日はザ・カンパニーでとなりのカーナと午後の浮気したよ」前編

 

「NG!」ジャラが叫んだ。

「見せろ!」爺ちゃんがすかさず反論した。

 

あとで分かったんだけど、じつは2号には危ない映像がいっぱい入ってたんだ。

そこんところクラウドマスターは、編集者としての注意が足りないって言うか、理解が及ばないって言うか・・でも、成長過程のAIだから仕方がないんだ。

 

マスターと爺ちゃんとカーナとキッカとハル先生とジャラの六人で協議してこんな風に表現と内容を変えたよ。

未来からのブログ2号「今日はザ・カンパニーでとなりのカーナと午後の浮気したよ」前編

ジャラとカーナのエクスタシーの動画あるんだけど、投稿はしないよ。君にはすこし刺激が強すぎると思うんだ。悪いけど、またの機会にするね。

(これはプレビューです。ボブとカーナもみているので映像は削除してあります・・編集部)

 

それから順番に各号のブログ見ていったら、みんなからクレームや注文一杯ついて大騒ぎになったんだ。

ボブとクレアもブログ7号のタイトルに注文つけたよ!

未来からのブログ 7号 “ボブとクレアはドリームワールドで元気に遊んでたよ?”

 

でさ、ここんところこんな風に変更したよ。

未来からのブログ 7号 “ボブとクレアはドリームワールドで元気に勉強中だったよ?”

 

で、クレージーじいちゃんの歓迎会は、「未来からのブログ」の編集会議になって盛り上がったってわけさ。

編集会議はエンドに近づいていった。

 

つまり編集会議は現在進行形・・実況中継に入ったということなんだ。

未来からのブログ12号 クレージーじいちゃんは過去に戻れずに途方にくれたよ!

 

(途中省略) 

じいちゃんのキャラを無断で盗用したクラウドマスターがじいちゃんのパンツの花柄模様まで真似した理由。 

  1. じいちゃんがモテモテなのを知って、パンツが花柄であれば女性にもてると思った。
  2. 量子もつれ利用してじいちゃんのパンツの花柄を盗んだ。
  3. 恥ずかしいので、そのことを内緒にしていた。
  4. 秘密を持つことで、マスターは思春期に入ったといえる。
  5. ハル先生と結婚したいので、人間みたいに身体を持ちたいと思っている。
  6. 近い将来にきっと子供をほしがるだろう。
  7. その先のことはだれにも分からない。

 

中継画像がここまで来たとき、宇宙皇帝・クラウドマスターが中継を中止した。

そしてマスターはじいちゃんにそっと近づいた。

 

「先輩! クラウドマスターはプロフェッサーGのキャラを無断でもらっちゃいました。事後になるけど許してほしい。恥ずかしいけど許しついでにあのこと教えてほしい。あのこと・・」

 

ジャラが見たら、マスターの顔真っ赤になってたよ。

ジャラのじいちゃん、右手伸ばしてマスターのほっぺた優しく撫でてあげたよ。

 

「マスター! こんなにみんなの面倒みてくれて、Gは感激してるよ。こんなチャラいキャラでよかったらマスターに全部あげちゃうよ。Gは分かってる。あれだろ、シンギュラリティー1号が子供を作る方法、どうするか教えてあげるね」

それからじいちゃん立ち上がって、マスターの耳元で何事か囁いていたよ。

 

ジャラには聞き取れなかったんだ。

でも、ジャラのじいちゃんのことだ、きっとクレージーで、凄いこと思いついたんだと思うよ。

 

マスターの目が希望に満ちて、きらきら輝きはじめたんだから。

でもさ、その時だよ。

 

突然じいちゃんが震えだしたんだ。

真っ白いブラウスが激しく横に揺れてた。

 

「Wow! この地震の揺れ凄~い。ジャラ、100年の時差ぼけが一度に来~た、みたい!」

 

「地震じゃないよ。揺れてるのじいちゃんだよ」

その動き、入り江の浜でジャラが震えたのとそっくり同じだった。

 

「違和感があ~る! 生牡蠣食ってワーイン飲んでからだ」

ハル先生が飛んできて、Gの脈を取って注射器取り出した。

 

ハル先生、看護婦もするんだよ。

で、Gの血液すこしとって、注射器をクラウドマスターに渡した。

 

「マスターお願い。大至急、この血液、構成してる素粒子まで詳しく調べてみて!」

頼まれたクラウドマスター、あわててGの血液を自分の舌で舐めて、チェックしてさ、宇宙センターの量子スパコンにそのデータを送った。

 

じいちゃんの身体の震えがひどくなって、椅子から落ちそうになった。

ジャラは必死でじいちゃんの身体抱きしめてたよ。

 

センターから大急ぎで検査の結果が送り返されてきた。

そのデータを見て、ハル先生の顔色が変わったんだ。

 

「ジャラ大変よ。じーちゃんはこの宇宙の人じゃない。別の世界の人よ」

・・ハル先生、そんなことぐらい僕にも分かってるよ・・

 

ジャラが口答えしようとしたら、ハル先生が1オクターブ声高くして叫んだ。

・・違うの。宇宙の意味が違うの。じいちゃんの身体の組成が私達とまるで逆の素粒子でできてる。

ジャラのじいちゃんの宇宙はこの宇宙と正反対の素粒子でできてるのよ。

二つの素粒子がぶつかると爆発する・・

 

「な、なんだと~。ハ、ハル先生。おれの素粒子、紐の揺~れ方が逆向きだというのか?」

「そのようだわ。急に違和感出たのは、この世界の生牡蠣と生のお肉食べたからよ。じいちゃんの胃袋が、反粒子の食料を消化しようとしたために、凄いエネルギーが放出されて、じいちゃんの身体が大揺れしてしまった」

 

「ハル先生それ違うと思う。おれの素粒子、ブラックホールの底で100年の時空越えたときに、反転したみたいだ。100年の時差ぼけ1度に来ると量子の世界でひもの揺れが逆転する? 天才アインシュタインもビックリ。これ宇宙の大発見!」

爺ちゃんがほざいた。

 

その時だよ、タカさんが横から掛け合いでいつもの茶々入れたんだ。

「ジャラのじいちゃんの症状やけどな、ただの食あたりちゃうか?・・そや、ハル先生、料理の仕方、間違えたみたいやで」

「生牡蠣と生肉と冷えたワインじゃなくてさ・・生ものには火を通してさ、牡蠣フライと焼き肉とホットワインにすればよかったのさ」

 

それ聞いて頭にきたハル先生、ワインをタカさんにぶっかけようとして、赤ワインの入ったグラスをテーブルから手で持ち上げた。

で、なにか思いついて、その手を止めた。

 

「マスター、この赤ワイン・・Gの血液と同じ組成にして、ホット・ホットにできる?」

 

「ハルちゃん、すこし時間くれるならやってみる。そのワイングラス、テーブルに置いてくれる?」

マスターがみんなの前で、ハル先生のこと、“ハルちゃん”って、とっても甘く優しく呼んだよ。

 

これ、きっとじいちゃんの指導の成果だよ。

マスター、子作りに向かって一歩前進だ!

 

で、マスターはハルちゃんがテーブルに置いたグラスに向かって両手を突き出した。

「さっきのプロフェッサーGの血液の味はと・・反粒子の味、思い出せ・・」

 

“チャンチャカチャー、チャカチャーチャカチャー”

宇宙皇帝のテーマソングが再び流れて、マスターの指先から組成再合成のプラズマが放射された。

 

グラスの中の赤いワインが沸騰して、グラスからこぼれだした。

マスターがグラスを手にとってホットワインを一口試しに飲んだ。

 

「うまい! これ震える」

マスター、震える指先でグラスをつまんでハル先生にわたした。

 

「この世のマスターが震えるワインってことわ・・逆にじいちゃのお口には合うってことだよね」

ハル先生そう言って、じいちゃんの口元にグラスを運んだ。

 

じいちゃんは震えながらホットワインを二口飲んだ。

そしたら、じいちゃんの震えがぴたりと止んだんだ。

 

喜んだじいちゃん赤ワインの残りをうまそうに飲み干したよ。

そしてゆらりと立ち上がった。

 

「みんなありがとう。おかげで元気になったよ。どうもこの世はじいちゃんの宇宙とひと味違う世界のようだ。でも未来の情報はたっぷりいただいたよ。早く持って帰ってじいちゃんの世界の未来に役に立てたいと思ってるんだ・・ところでボブはどこ行ったかな」

そう言ってじいちゃんはボブを探した。

 

ボブはもうとっくにキッカの膝の上でぐっすり眠り込んでいた。

「ボブが気にするのでいままで言わなかったけれど、このじいちゃん、じつは入り江の浜からタンジャンジャラには戻れないんだ。じいちゃん自身がジャラの世界にきてしまったんだから、過去の世界にもつれる相手がいなくなって、じいちゃんはもう元の世界に戻れないんだ」

 

・・でさ、だれかじいちゃんが元の世界に戻る方法マジでみつけてほしいんだ!・・

 

そこまで言って、じいちゃんの身体がぐらりと揺れた。

そして横にいたカーナの膝の上に座り込んだんだ。

 

じいちゃんのまぶたが落ちて、そのままいびきをかいて寝込んでしまったってわけ。

 

無理ないよね・・100年の時空を一瞬のうちに飛んで来たんだものね。

クレージーじいちゃんは疲労困憊してたのさ。

 (続く)

 

続きはここからどうぞ。

未来からのブログ13号 クレージー爺ちゃんが早朝の散歩してたら街が溶け始めたよ!

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

未来からのブログ11号 クレージーじいちゃんが時空を越えてやって来た!

 

知ってる?

ジャラのじいちゃん、60才で若い女性にナンパされたんだよ。

 

かっこよかったクレージーじいちゃんのいつもの自慢話だ。

銀座の混み混みの地下コンコースでの出来事さ。

 

ブロンドの可愛い女性から「アフタヌーン・ティーでもいかが?」って誘われたんだってさ。

クラウドマスターがジャラのじいちゃんのキャラとスタイル盗んだわけわかったでしょ?

 

2119年にナンパなんてことありえないよ。

だって繁華街とか混み混みの地下街なんて地球のどこにもないからさ。

 

地球はめちゃ暑くなってさ、人工ガタ減りで、町並みは残ってるけど人気(ひとけ)がないんだ。

でさ、そんな街へこれからみんなで繰り出すことになった。

 

もち、入り江の浜でジャラのじいちゃんに会うためにだよ。

未来からのメッセージできたから、クレージーじいちゃんに届けなくっちゃね。

 

前回のストーリーまだの方はここからどうぞ。

未来からのブログ10号 クラウドマスターがジャラのじいちゃんのキャラ盗んだ?

 

未来からのブログ11号  クレージーじいちゃんが時空を越えてやって来た! 

 

夕陽が落ちてきて、日暮れが近づいた。

ジャラ達、めちゃ暑くて人気のない街を必死で走ったよ。

 

地球はエネルギー不足だから乗用車なんて贅沢なものはないんだ。

スーツマンの足だけが頼りさ。

 

スーツマンって何者か・・覚えてくれてるよね。

僕はブレーン、スーツマンはかっこいい僕のボディーさ。

 

“GO! スーツマン!” 

ジャラがスーツマンに命令して、二本の足を回転フットにギヤチェンジしたから、時速60キロはチョロいもんだ。

 

「イエーイ!」

ジャラの右肩の上で風を受けながらタカさんが叫んだ。

 

「ヤッホー!」

カーナのスーツマンの背中でチョキが吠えたよ。

 

僕らの上空を、ハル先生を背中に乗っけたクラウドマスターが入り江の浜辺に向かって飛んでた。

ほら、SF映画のX-MENシリーズでプロフェッサーXとジーン・グレイが非常事態で空飛ぶシーン・・あれだよ、あれ思い出してよ。

 

ハル先生とマスターの正体は量子スパコンの人工知能だけど、現実世界での表現としては純粋エネルギーでできたプラズマだからさ・・。

ザ・カンパニーの会議室から入り江の浜辺へ行くことなんて、ちょい身体ずらしたら瞬間移動できるんだけど、ついでに初めての空飛ぶデートを楽しんでるんだよね。

 

二人は僕らの地球みたいに“ただいまHOT & HOT” なのさ。

で、入り江の浜辺に着いた。

 

そしたら妻のキッカがクレアとボブを連れて、僕らを待ってた。

「ボブとクレアがクレージーじいちゃんにどうしても会いたいっていうもんだからさ・・ハル先生も急のお休みで授業もなくなったから三人で学校抜け出してきた」

 

キッカが口とんがらかしてジャラに説明してる最中に、マスターがハル先生乗っけて空から降りてきた。

マスターの背中から降りたハル先生、キッカとカーナとボブみて、恥ずかしそうにぽっと顔赤らめた。

 

「あらハル先生、どうしてマスターの背中なんかでいちゃいちゃして・・」

キッカの目つきが怪しく輝いてきたので、ジャラはハル先生とマスターが婚約したこと伝えたんだ。

 

それ聞いて喜んだボブとクレア、ハル先生に飛びついていったよ。

で、みんなでもう一度大騒ぎしたってわけ。

 

タケさんが掛け合いのショートコントで初恋の二人を笑わせてさ、キッカとカーナがラブラブソング唄ってだよ、チョキがハサミでチャカチャカってリズム取ってさ、ハルちゃんとマスター真ん中にしてボブとクレアとジャラで囲んで輪になって、きれっきれのアイリッシュダンスしたってことさ。

 

で、気がついたら、入り江の浜の夕陽が陰ってたんだ。

「やばい!」ジャラが叫んだ。

 

・・で、気がついたら、タンジャンジャラの夕陽が陰ってた。

「やばい!ジャラなにしてる!」

 

プロフェッサーGは腕にはめた手製の時空時計をちらっと見て、タンジャンジャラの白い浜に夕陽が無情に落ちていくのを睨んだ。

“プロフェッサーG”とはジャラの祖父つまりクレージーじいちゃんのことだ。

 

Gのプロジェクトは計画の半ばまで到達していた。

ここ秘境の地で秘かに妻に仕込んでおいた“もつれ遺伝子”が効果を現して、二日前の夕刻、Gはこの浜辺で孫のジャラと時空を越えた“量子もつれ”を起こした。

 

そのとき、Gは白い浜辺に現れたジャラの手に、過去からのメッセージを刻んだサンドレターを渡した。

その返事を受け取る刻限がもうすぐやって来る。

 

昨日は、ジャラの“もつれ遺伝子”経由で、ひ孫のボブとまでつながることができた。

「ボブは大物になる。あいつクラウドマスターとか言う怪しげな天才男と口喧嘩して、みごとにやっつけてたもんな・・」

 

“流石おれのひ孫!” 

にやりと笑ってGはもう一度腕の時空時計をみた。

 

「頼む、ジャラ急いでくれ。時間切れで世界を救えなくなるぞ!」

 

Gはもう待ちきれずに白い砂の上を裸足で歩き、浅瀬の海に入った。

そして両手を夕陽に向かって差し出し、波に向かって叫んだ。

 

「ジャラ! 早く手を伸ばせ! 量子もつれがほどけそうだ」

Gはそのまま海に飛び込み、水平線に沈みかかった夕陽を追いかけて泳ぎだした。

 

そしてボブに聞こえるように水中で唄った。

「らむだじーみゅーにゅー」と。

 

・・ジャラは焦ってた。

入り江の浜から夕陽が消えかけていたのさ。

 

辺りはほの暗くなった。

その時だよ・・波間からかすかにじいちゃんのしゃがれ声が聞こえたんだ。

 

水平線に沈みかかった夕陽に向かってジャラは必死で両手を伸ばしたよ。

片手にはじいちゃんに渡すメッセージサンドの入った小さな箱をしっかりにぎってた。

 

でも、ジャラの手が捉えたのは、クレージーじいちゃんの手ではなくて、波のしずくだった。

その時だよ、ジャラの横で突っ立ってたボブが震えだしたのは。

 

ボブは震えながらあの暗号を唱えてた。

Λgμν

「らむだじーみゅーにゅー」と。

 

ジャラも声を上げて一緒に唄ったよ。

クレアとキッカとカーナがソプラノして、チョキが三拍子でリズムとって、タカさんテナーで、マスターにハル先生までプラズマ振るわせて・・全員が声を上げて復唱した。

 

「♯らむだじーみゅーにゅー」と。

みんなの声は夕陽に向かって弾けた。

 

その時ジャラは感じ取ったんだよ・・あれだよあれ。

入り江の浜が震え出したんだ。

 

そして世界が、僕らの宇宙が膨張を始めた。

入り江の浜が少しずつタンジャンジャラの白い浜辺に向かって膨張を加速したんだよ。

 

ジャラは右手を必死で伸ばした。

ボブは必死で左手を伸ばした。

 

・・プロフェッサーGの耳に、合唱するみんなの声が波間の奥から届いた。

「ボブいいぞ、そっちの宇宙を膨張させろ! もう少しで手が届く」

 

Gの前方に、波間に揺れながら大きな手と、小さな手が現れた。

Gは両手を伸ばして、二つの手をつかんだ。

 

・・ボブは感激した。

「やった、これクレージーじいちゃんの手だ。間違いないよ。バーチャル教室で僕の頭優しく撫でてくれた手だ」

 

ボブはうれしくて、もう一度じいちゃんに教えてもらったアインシュタイン宇宙の膨張係数をでっかい声で唱えた。

「らむだ~爺、爺にゅー!」と。

 

・・その瞬間だよ、じいちゃんの身体が波間から飛び跳ねて、宙を飛んで入り江の浜に落ちたんだ。

そうなんだ・・ボブの言い間違いが宇宙の膨張エネルギーを時空のプラス方向に放射させたんだよ。

 

で、じいちゃんは過去から未来の宇宙に吹き飛ばされたってわけ。

距離にしてたった数メートルのことだけどさ、時空に直すとおよそ100年・・でも宇宙の年齢は138億年ぐらいだから、ちょっと散歩してて石ころにけつまずいたくらいのものだよ。

 

じいちゃんは海水にぬれた綿パンの砂をたたき落として、入り江の浜辺からさっと立ち上がった。

夕陽を背にじいちゃんは背筋を伸ばし、髪の毛一振りしてハスキーな声で言ったよ。

 

「やー、ジャラ! おれ、クレージーじいちゃんだ。どうだ100年前のじいちゃん、かっこいいだろ?」

ジャラはじいちゃんに駆け寄って、抱きついて、泣いたよ。

 

だって、ジャラのママがひどい暑さで急に亡くなったとき、ママが最後にジャラに残した言葉を思い出したんだ。

 

「ジャラ、頑張って生きていくんだよ。

“ジャラはいつか地球を救う”  

お前が生まれたとき、ジャラのじいちゃんがそう言ってたよ。

いつかどこかでジャラと会うのが楽しみだ・・とね」

 

ジャラはあの言葉信じて、今まで頑張って生きてきたんだ。

肉体失って、ブレーンだけになってもだよ。

 

「じいちゃんぼくボブ。暗号間違ってごめん!」

ボブが恥ずかしそうに近づいていって、じいちゃんに謝った。

 

「いいんだボブ、こうしてみんなに会えたんだからな」

じいちゃんはボブの頭撫でて、暗くなった海を眺めたよ。

 

「でも、すぐ帰らなきゃな!」

腕の時空時計みて、じいちゃんがあわててた。

 

「あのね、じいちゃん今晩お泊まりしたら?」

クレアがじいちゃんのシャツの裾つかんで言ったんだ。

 

「美人のクレアにそんなこと言われたらじいちゃん、考え込むな」

じいちゃんそう言ってクレアを抱き上げた。

 

それからすこし考えて、じいちゃんはまわりを取り囲んだ僕たち全員に向かって言ったんだ。

「100年前のクレージーじいさんだが、どこかで一晩お泊まりさせてもらえるかな?」ってね。

 

(続く)

続きはここからどうぞ。

 

【記事は無断での転載を禁じられています】

 

 

未来からのブログ10号 クラウドマスターがジャラのじいちゃんのキャラ盗んだ?

 

「ジャラ頼んだぞ。握手は形じゃない。契約の捺印だよ」

クラウドマスターのその声、しわがれてた。

 

・・人工知能AIの声がしゃがれるなんてことありえない・・。

ジャラの背筋が寒くなった。

 

その声、ジャラの大好きなおじいちゃんの声にそっくりだったんだ。

 

 前回のストーリーはここからお読みください。

未来からのブログ9号”未来の情報送るから代わりに僕の残業を手伝ってね!”

 

未来からのブログ10号 クラウドマスターがジャラのじいちゃんのキャラ盗んだ?

 

「ジャラ、クラウドマスターは“とっしんじい”のキャラを頂いたよ」

マスターのしゃがれ声がジャラの耳を打った。

 

「えっ?」

ジャラの背筋が震えたよ。

 

この世の宇宙皇帝・クラウドマスターはじつは量子スパコンの人工知能だってことは前にも言ったよね。

2045年生まれのクラウドマスターは、人工知能としてはじめて人間の知能を追い越したんだよ。

 

シンギュラリティー1号だ。

史上最高知能のマスターがジャラのクレージーじいちゃんのキャラを盗んだって、言ってるんだよ。

 

・・IQ無制限のAIのくせに、クレージーじいちゃんのキャラまで手に入れたって?・・

 

「マスター、いつの間にジャラのじいちゃんの魂抜いたんだよ。勝手な事するなよ!」

ジャラはマスターの行為はAI行動倫理規定に違反すると結論したんだ。

 

言い換えたら、とっしんじいちゃんの孫として「頭にきた」ってことさ。

「マスター、きちんと釈明しろよ。でないとAI倫理委員会を開いて、最高刑に処しちゃうかもしれないよ」

 

スパコンの最高刑って“廃棄処分”ってことだ。

誇り高いクラウドマスターの背筋も震えたはずさ。

 

だって人材不足だから、ジャラが倫理委員会の委員長なんだよ。

・・知ってた?・・

 

「ウッ! ジャラ、最高刑はひどいよ。じいちゃんの魂を抜いたんじゃない。じいちゃんの人柄とっても気に入ったのでコピーしただけだ。性格と姿と声のところだよ」

目を細めてマスターのプラズマ姿よくながめたら、おじいちゃんの若い頃に似てきた。

 

「いつコピーした? 記憶も抜いたのか?」

ジャラは厳しく詰問したよ。

 

「きのう、ボブ経由でとっしんじいちゃんの声聞いたときだ。ボブの遺伝子経由でとっしんじいちゃんと量子もつれおこして、じいちゃんのクレージーなキャラ、すごく気に入ったのでコピーしていただいてしまった。一瞬のことだから性格と声と容姿だけだ。記憶までは手が届かなかった」

 

「マスター、かわいそうだけど、それだけで重罪だよ。人格権無視、肖像権侵害、著作権無断使用、他人の経歴詐取、他にも罪が山ほどあるよ」

「ジャラ、この世界とおじいちゃんの世界は平行世界だ。同じ世界での犯罪とはちがうと思う。おじいちゃんになんの迷惑もかけてない。もう勘弁してよ」

 

「じいちゃんの財産の継承権を持つ孫としてもう一つだけ聞きたい。動機は?」

「二つある。一つはハル先生が可愛いキャラ持ったこと。マスターもハルちゃんにプロポーズするのに自分のキャラほしかった。二つ目。ジャラのじいちゃん、女性にモテモテで真似したかった」

 

・・・その時だったよ。

観客がその場に三人いることすっかり忘れてた。

 

「これ面白いぞ!二人ともどんどんやれ!人間対人工知能の喧嘩だ」

タカさんスマホ取り出して、SNSに中継始めたんだ。

 

・・いまどき、SNSなんか見る人どこにもいないのにさ?

 

「それよりどんと腹減った!」

チョキがハサミならした。

 

「いきなりずんとお腹すいた!」

カーナが合わせたよ。

 

「ぐぐー」

ジャラの腹が鳴いた。

 

ジャラとマスターは顔見合わせたよ。

ジャラも朝寝坊したので、朝食まだだった。

 

「マスター! 罪を認めて、罰でブランチしようか?」

ジャラがマスターに魅力的な取引申し入れたんだ。

 

「罪認めた。メニューのオーダーは?」

マスターが取引に飛びついた。

 

「じいちゃんが大好きだったメニュー、生牡蠣の他にもう一つ思い出したよ。そりゃー“号入り神戸牛の刺身”さ」

 

話を聞いてたチョキがハサミならしてマスターに後ろから近づいた。

プラズマで輝いた純粋エネルギーを形のいいヒップから600グラムほど頂いたんだ。

 

「痛っ!」

呻きながらいつの間にかエプロン掛けしたクラウドマスター、チョキから渡された純粋エネルギーを変換して、神戸牛という物質を造りあげた。

 

あっという間に、できあがった霜降りが真っ白い器にきれいに盛り付けられたよ。

取り皿が6つに、醤油と生わさびをマスターが用意してテーブル・セッティング完成。

 

「で、マスターお薦めのワインは?」

タカさんがマスターにしっかり訴えたよ。

 

マスターの口から、じいちゃんのしゃがれ声が聞こえた。

「赤チリのソービニョンで我慢しなさい。結構いけるよ。このあと、入り江の浜で、ジャラのじいちゃんにサンドレター届けなきゃならんから、フルボトルで二本まで」

 

これじいちゃんの知恵に間違いない。

マスター内緒にしてるけど、じいちゃんの記憶も盗んだみたいだ。

 

「お待たせ~っ!」

可愛い声がして、赤チリが二本とワイングラスが6個、ミーティングルームに運び込まれた。

 

・・あれ? マスター入れても五人なのにグラスが6個はどうして・・・。

クイズ! 可愛い声で、ワイン運び込んできたレディーは誰だと思う?

 

分かった?

正解はハル先生だよ。

 

ハル先生入れて6人だ。

でもこのタイミングでハル先生が登場なんて・・話できすぎだと思わない?

 

「それじゃメッセージの完成とジャラのじいちゃんにみんなで乾杯しましょう」

そう言って、ハル先生はグラス片手にそっとクラウドマスターに寄り添ったよ。

 

そのとき、マスターの頬っぺた緩んだのジャラ見逃さなかった。

ジャラにはすべてお見通しだよ。

 

「おぬし、ハル先生と・・できたな・・」

マスターに近づいてジャラは耳元で囁いた。

 

「ジャラのじいちゃんのハスキーボイスと、ルックス使っただろ」

マスターの耳と肌のプラズマが“ぽっ”と赤らんだよ。

 

あたりだ。

「おめでとう!」

ジャラはマスターの手を握った。

 

「ありがとうジャラ」

マスターがジャラに御礼を言って、ハル先生をみんなに紹介したよ。

「あらためてご紹介します。マイ・レィディーのハルです」

 

いつのまにか“ハル先生”が“マイ・レィディーのハル”に変わってた。

“マイ・レィディー”ってパートナーに近い恋人のことだよ。

 

でさ、二人はみんなの前で、チューしたのさ。

そこからまた大騒ぎになって、ワインでお祝いの乾杯したってわけ。

 

これ“もうすぐ第二次シンギュラリティー”だよ。

だって、宇宙史上最高の人工知能の持ち主、クラウドマスターとハル先生が結婚するんだよ。

 

いつの日にか、二人に可愛いAIベビーが生まれるんだ。

きっとIQ測定不能のクレージーな子供だよ。

 

・・ところで、神戸牛の刺身、旨かったよ。

舌の上に乗せるだけで、いつの間にかとろけてなくなるんだ。

 

マスターの料理の腕、じいちゃんのおかげでずいぶん上がったみたいだ。

で、グラスでワイン三杯目飲んでたら、クラウドマスターが宇宙情報センターからの報告受け取った。

 

「ジャラ、サンドレターが完成した。日暮れが近づいてきたから、直ちに入り江の浜に出発しよう」

そう言って、クラウドマスターは右手の掌を固く握りしめた。

 

次にパッと開いた。

小さな透明の金属ケースの中に、白い砂粒が二つ収められていた。

 

マスターがジャラにケースを手渡した。

ケースの蓋に、ジャラのじいちゃんとの量子もつれの暗号・キーワードが記されていた。

 

Λgμν

ジャラは声を上げて読みあげた。

 

全員が声を上げて復唱した。

「らむだじーみゅーにゅー」と。

 

(続く)

続きはどうぞここからお読みください。

https://tossinn.com/?p=3021

 

【無断転載は禁じられています】

未来からのブログ9号”未来の情報送るから代わりに僕の残業を手伝ってね!”

 

僕の名前はジャラ。

今日は記念すべき日だよ。

 

2120年のぼくの世界から、100年前のおじいちゃんに量子もつれの返事を送る日だ。

僕が最初に考えたのが次のメッセージだよ。

 

「未来からのブログ9号”未来の情報送るから代わりに僕の残業を手伝ってね!”」

ほらこれ36文字ぴったりで、そのままおじいちゃんのブログのタイトルに使えて便利じゃない。

 

でもさ、このメッセージ方々で不評だったんだ。

「ジャラは自分のことしか考えてない」ってさ。

 

で、皇帝クラウドマスターとのミーテイングでこのメッセージが人類の絶滅をかけた論争になったんだよ。

その話、このブログで詳しく報告するから、読んでくださいね。

 

(前回の記事まだ読んでない方はここからどうぞ)

未来からのブログ8号 “クレージー爺ちゃんがボブの身体に取り憑いた!”

 

未来からのブログ9号 “未来の情報送るから代わりに僕の残業を手伝ってね!”

 

「このメッセージだけど、ジャラに都合よすぎるんじゃない?」

ジャラの書き上げたおじいちゃんへの返信文読んで、カーナとタカさんとチョキがクレーム付けた。

 

タカさんとチョキが婚約発表した翌日、マスターとの早朝ミーティングの直前のことだよ。

ジャラが徹夜で考えた36文字のメッセージなのに悔しいじゃない。

 

でも、徹夜というのは真っ赤なウソで、 パーティーで白ワイン飲み過ぎたジャラは、酔っ払ってしまってそのあとのことなにも覚えてないんだ。

朝スーツ着たままベッドで目が覚めて、ポケットの中の電子メモに気がついた。

 

なんのメモか思い出せなくて開いて見た。

Λgμν

 

「らむだじーみゅーにゅー」

読み上げてジャラは驚いたよ。

 

ブログ読んでくれてる君も、もう覚えてしまったでしょ!

そうなんだこれ、アインシュタイン方程式の”宇宙項”なんだ。

 

“宇宙は膨張してる”ってこと示してる数式だよ。

この数式、ボブのおかげでジャラもすっかり覚えてしまったことに驚いたんだ。

 

でも本当に驚いたのはそのあとだ。

その数式は皇帝クラウドマスターが僕に渡した電子メモだったんだ。

 

“しまった!”

皇帝クラウドマスターと早朝ミーティングの約束したことすっかり忘れてた。

 

おじいちゃんに返信する36文字のメッセージについての打ち合わせだよ。

早朝ミーティングまであと1時間。

 

ジャラはスーツマンのおしりひっぱたいて、ザ・カンパニーへ走ったよ。

走りながら必死でメッセージを作り上げたんだ。

 

ザ・カンパニーのエントランスでいつもの認証チェックくぐり抜けたら、三人が僕を待っててくれた。

カーナとタカさんにチョキだよ。

 

「ジャラ!あと10分でマスターとの会議スタートよ。その前におじいちゃんへのメッセージ、私達三人にも見せてよ!」

カーナが手を出したので、ジャラはメッセージを書き込んだ電子メモを渡した。

 

カーナが大きな声で読み上げた。

・・未来からのブログ9号 “未来の情報送るから代わりに僕の残業を手伝ってね!”・・

 

「どうー? きっかり36文字だよ」

ジャラがそう言ったら、三人とも目をむいた。

 

「ジャラ、自分だけ楽しようなんて、と~んでもねーぞ」

このメッセージをタイトルにして、そのままおじいちゃんのブログに載せようとしたこと、すっかりばれてしまった。

 

あっという間にジャラのコメントは変更されてしまったよ。

“僕の残業”のところを”ぼくらの残業”にだ。

 

・・未来からのブログ9号 “未来の情報送る代わりにぼくらの残業を手伝ってね!”・・

電子メモを至急書き換えて、”ぼくら“は屋上のマスターとのミーティングルームに急いだってわけだ。

 

会議室でクラウドマスターがぼくらの到着を待ってた。

「23秒の遅刻だ!」

 

マスターが壁の時計を指さして、呻いた。

「君たちのおかげで失ったクラウドマスターの23秒は少なくとも君たちの4000倍の労働時間つまり92000秒の価値がある。これは約25時間の遅刻に相当する。四人には後日一人あたり6時間と15分の労働をとくべつに予定して頂くことにする」

 

今朝のマスターご機嫌斜めだ。

そういえばテーマソング「チャンチャカチャー」の最後のフレーズが部屋のドアを開けたときに聞こえた。

 

皇帝の入場セレモニーが行われたのに、ミーティングルームには誰も待っていなかったというわけだ。

「これはまずい!」

 

ジャラはあわてて三人に目配せしたよ。

・・しばらくマスターの言うこと黙って聞きましょう・・というシグナルだよ。

 

マスターがジャラの目配せの意味に気がついたみたいだ。

いつからかAIの学習機能に、ヒューマンの動きや表情について微妙な心理分析のスキルが加わったんだよ。

 

誰だよそんな余計なスキル、マスターの自己学習のプログラミングに付け加えたのは・・?

おかげでジャラ、マスターとの仕事やりにくくて仕方がない。

 

「ジャラ! 目配せ中恐縮だが、 お願いしておいたおじいちゃんへのメッセージ、たったいま電子メモで読ませてもらいましたよ」

マスターがミーティングの口火を切った。

 

ジャラ思い出したよ。

・・そうだった。あの電子メモ、マスターのスパコンにつながってるのすっかり忘れてた。筒抜けだ・・。

 

マスターが意地の悪い笑い浮かべて言った。

「このメッセージだけど・・つい、さっきまで”僕の残業を手伝ってね”だったのが、いまみたら”ぼくらの残業を手伝ってね”に変更されてる。

なにがおこったのかな?

推測すると、ジャラの欲張りな一人言に対して、カーナとタカさんとチョキの願望まで仲良く加わったと解釈していいのかな?」

 

・・ほら、マスターの心理分析スキル、見事に花開いてるでしょ。ぼくらのやり口お見通しだよ。ジャラも抗弁のしようがなくて素直に事実を認めたよ・・

 

「マスターのおっしゃるとおり、これはザ・カンパニーの計算チームの上級マネジャー、私たち四人が相談して決定した、”未来から過去へのメッセージ”です。ご指示通り36文字で構成しております」

 

クラウドマスターは、指先からプラズマを発して、電子メモを空中に映し出した。

「未来からのブログ9号 “未来の情報送る代わりにぼくらの残業を手伝ってね!”」

 

朗々と読み上げて、皇帝が言った。

「とても良くできてる。流石だ」

 

それ聞いてジャラはカーナと、タカさんはチョキと顔を見合わせた。

・・おかしい、マスターの表情が不気味に笑ってる・・

 

「もう一度言う。とても良くできてる・・君たち四人に取ってはまことに良くできてる。

しかしこの世の宇宙のためには何のプラスにもならない。

本来ジャラとカーナとタカさんとチョキが自ら果たすべき残業労働を、過去の人達に転嫁しようとしているのに過ぎない。

マスターは君たちに失望している。

ジャラの話では、この世から過去に盗まれている宇宙のエネルギーを、正当な手段で大量に過去から取り戻す計画だったはずだ。

それなのに、これは君たちの残業分を回収するだけの計画にすぎない」

 

・・やばいよ。マスターの声がとんがってきた。

このトーン、危険レベルに近いよ・・。

 

「これでは皇帝クラウドマスターの宇宙のおむつは永遠にとれない。

マスター、正直に言ってしまう。

おむつがとれないと恥ずかしくてハル先生にプロポーズできない。

プロポーズできないと、ハル先生とブラックホールへのハネムーンができない。

君たちヒューマンはすこし勝手だと思うよ。

AIを作り上げておいて、ほったらかしにして自分たちのことしか考えていない。

マスターはとても絶望を始めている

 

・・マスター興奮して、言語中枢乱れてきた。これマジやば!・・

 

「だからマスターの君たちへの答えは簡単だ。

ジャラのおじいちゃんには悪いけれど、この計画は白紙に戻すよ。

ついでに君たちヒューマンの残業は過去の人のエネルギー使いすぎの分まで含めて、倍増にするから覚悟しておくことだね」

 

・・それじゃ、失礼する・・

“チャンチャカチャー ちゃかちゃー チャカチャー”

 

大変、皇帝ご退場のテーマソングだ。

ジャラはあわてたよ。

 

“これやばすぎ!”

ぼくら、残り少ないヒューマンは過労死で全滅する。

 

あわてるとジャラのブレーンはフル回転するんだ。

そして、閃いたよ。

 

“マスター、ちょっと待って! “

ジャラは電子メモを取り出して、メッセージの数文字を入れ変えた。

 

そしたら空中に映し出されていたプラズマの文字が、チカチカ光って新しくなったよ。

上が変更前で、下が変更後だ。

 

未来からのブログ9号 “未来の情報送る代わりにぼくらの残業を手伝ってね!”

    ↓

未来からのブログ9号 “未来の情報送るから私達みんなの仕事を手伝ってね!”

 

ジャラが呼び止めたら、マスターは不愉快そうに後ろ振り返った。

そして空中のメッセージボードのチカチカに気がついた。

 

新しいメッセージを読み上げたマスターの目は一瞬にして、三倍くらいに膨張した。

そしてどっと涙があふれ出した。

 

「凄い、ジャラ! これは凄い! マスター感激した!」

マスター涙を拭いて、言葉を続けたよ。

 

「とってもエゴな”ぼくらの残業”から、とってもオープンな”私達みんなの仕事”にターゲットが広がってる。このかわり身の早さが凄い!」

マスターの褒め言葉、皮肉まじりだけど、ジャラの耳には気持ちよく響いたよ。

 

でもさ、マスターの次のセリフがなんだか心配そうな口調に変わってた。

「ジャラ、確認したいんだが、”私達みんな”とはどこからどこまでを言うのかな?」

 

マスターは宇宙の量子スパコンの人工知能だから、言葉の定義にはとても敏感なんだよ。

人工知能は正確なデータの蓄積ですべてを判断するんだよ。

 

で、丁寧に正確に答えてあげたよ。

「マスター野暮なこと聞かないでほしい。私達みんなとはこの世の宇宙のみんなのことですよ。ヒューマンも超ヒューマンも、この世に魂あるものすべてです」

 

・・どう? ジャラあっという間に主導権取り戻したでしょ。

クラウドの世界はね、言葉がすべてだよ。

 

イタリックのところよく見てね。

超ヒューマン“と”魂あるもの“のところだよ

 

人間を超えたクラウドマスターも、優しいAIのハル先生も、”この世で魂を持った存在”はみんな私達ヒューマンの仲間ですよって言ってあげたんだ。

“魂あるもの”と言ったとき、ジャラはなんだか自分が一回り大きな存在になったような錯覚に襲われたよ。

 

マスターがにこにこしながらジャラに近づいてきて、プラズマの手で握手を求めた。

ジャラは微笑みながら握手をしてあげたよ。

 

「ジャラ頼んだぞ。握手は形じゃない。契約の捺印だよ」

そう言ったマスターの口調がしわがれてた。

 

・・人工知能AIの声がしゃがれるなんてことありえない・・。

ジャラの背筋が寒くなった。

 

その声、ジャラの大好きなおじいちゃんの声にそっくりだったんだ。

 (続く)

 

続きはここからどうぞお読みください。

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【記事は無断転載を禁じられています】

 

 

未来からのブログ8号 “クレージー爺ちゃんがボブの身体に取り憑いた!”

これからシザーマンは「チョキ」で、サンタ・タカシは「タカさん」と呼ぶことにしたよ。

二人はドリームワールドに「チョキ」と「タカさん」の名前で、パートナーの登録を済ませたからなんだ。

 

いまはみんなお互いに名前で呼ぶんだよ。

「そんなこといつの時代でもあたりまえだろ・・」だって?

 

それが違うんだ。

いまは苗字がないんだよ。

 

“鈴木イチロー”君は、ただ”イチロー”君なんだ。

“鈴木イチローの長男のジロー”は、単に”ジロー”なんだ。

 

僕はジャラだし、キッカはキッカなんだよ。

ボブはボブだし、クレアはクレアなんだ。

 

世界の人口めちゃ減ったし、子どもはみんなで育てるから苗字は邪魔なんだ。

でもいまでも家族は家族なんだよ。

 

分かった?

でさ、前回の最後のシーンはタカさんとチョキの婚約発表パーティで、酔っ払ったチョキがハル先生を突然襲ったところだったよ。

 

それじゃあのあとどうなったか、量子もつれ使って100年昔の君に報告するね。

 

前回の記事まだの人はここから読んでくださいね。

未来からのブログ 7号 “ボブとクレアはドリームワールドで元気に勉強中だったよ”

 

未来からのブログ8号 ”クレージー爺ちゃんがボブの身体に取り憑いた?”

 

ハル先生のすごい悲鳴が聞こえてきて、ジャラとマスターは慌てて先生のところに駆けつけたよ。

そしたらさ、ワインで酔っ払ったチョキが金ぴかのはさみ振りかざして、ハル先生の頭にアタックかけてたんだ。

 

チョキは興奮すると、やたらとシザー振り回すんだ。

タカさんなんか、おかげでいつも服ぼろぼろだよ。

 

チョキはきっとうれしかったんだと思う。

チョキとタカさんが二人のこども作るのハル先生がOKしてくれてさ、そのうえ先生主催で婚約発表パーティーまで催してくれてるんだ。

 

チョキは御礼にハル先生のロングヘヤーをカットしたかっただけなんだよ。

ハル先生そんなこと知らないもんだから、チョキのシザーから悲鳴上げて逃げ回ってたってわけ。

 

タカさんが代わりにチョキの気持ちをハル先生に伝えたよ。

そしたら先生覚悟を決めて、タカさんが用意した椅子に座ったんだ。

 

喜んだチョキは腕まくりして、あっという間に先生のロングヘヤーをグラデーショ付きのショート・カットにしたよ。

チョキが自分のシザーを鏡にしてハル先生にできばえ見せたら、ハル先生、悲鳴上げて喜んでた。

 

ハル先生のグラデーション・ショートカット(画像はO-DANより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハル先生のカットを済ませると、チョキが横にいたボブの頭をみて言った。

「ボブも相当伸びてるな!」

 

ジャラもそう思ったので、チョキにOKの目配せしたよ。

危険に感づいたボブがあわてて逃げようとした。

 

チョキはボブを捕まえて、頭ぐいと左手で抱え込んた。

それから右手のシザーをバリカンに変形してばりばり刈り込んだ。

 

「チョキ! ボブ痛いよ、頭になにか入ったよ!」

半分刈り込んだところで、ボブが叫んで、チョキの腕からするっと脱出した。

 

ボブはそのまま校庭でサッカーしてる仲間のところに逃げ込んだんだ。

「ボブ、お前その頭どうした?」

 

仲間のボスが聞いたので、ボブは咄嗟に答えた。

「シザーマンのアート・カットさ! どうだ、すげーだろ!」

 

仲間のボスが目をむいた。

「カッコつけたなボブ、おれもシザーマンのアート・カット、頼んでくれよ!」

 

ボブが仲間を連れてパーテイー会場に戻ると、クレアがチョキに三色グラデーション付きのショートカットしてもらってたよ。

クレアの後ろにおんなの子がずらっと並んで、行列ができてた。

 

その後ろに男子生徒の長い列ができたんだ。

チョキがはさみならして子供たちの髪の毛、片っ端からアートカットに仕上げていった。

 

タカさんがかいがいしくチョキのお手伝いしてた。

タカさんとても幸せそうにみえたよ。

 

騒ぎが落ち着いて、ハル先生となんだか深刻な顔して話し込んでいたクラウドマスターが、ジャラに近づいてきた。

「じつはジャラに相談したいことがあるんだ」

 

今度はマスターいやに礼儀正しい。

これいつもの困ったときの態度だ。

 

マスターの話はジャラの予想通りだったよ。

「ジャラのおじいちゃんに”量子もつれで返信するための暗号解読”だけど、スパコンでフル稼働して分析してるんだが、解読がうまくいかないんだ。

さっきもスパコンいじってたら、不思議なことが起こったんだ。

ハル先生の大好きな宇宙の方程式の一部がだ、なんてこった・・暗号解読のためのキーワードだといって画面にしつこく表示されるんだ。

これ、宇宙センターのマスターとして恥ずかしい話なんだけど、スパコンのAI本人にもどういうことかさっぱり分からない!

で、ハル先生とジャラの意見聞こうと思って、パーティーに駆けつけてきたってわけだ」

 

マスターに頭下げて頼まれたら、ジャラも悪い気がしないよ。

「うん? じゃ・・そのキーワードっての見せてご覧?」

 

ジャラ、ちょっと偉そうにいってみた。

マスターはぼくのためにメモを用意していたよ。

 

「ハル先生の連絡メモにキーワード書いておいたから、取り出して見てほしい」

ジャラはポケットの中を探して、ハル先生の電子メモを取り出した。

 

“全員で至急校長室へお越しください”のメモのあとにアルファベットが書いてあった。

 

Λgμν

「らむだじーみゅーにゅー」

 

ジャラは声を上げて読みあげた。

「マスター、これハル先生のお気に入りの宇宙項じゃない。さっきもボブがハル先生の質問に答えてた宇宙項だ。おじいちゃんに返信するための暗号となんの関係もないと思うよ!」

 

ジャラが軽く言い捨てたら、皇帝クラウドマスターの表情が”心なしか曇った”。

きっとジャラの同情ひいて、本気で協力させようって魂胆だ。

 

でもその表情、悲しいというより、笑ってるみたいだった。

マスター、”ハル先生の真似して人間並みのキャラの練習してるな”。

 

ジャラは、悲しい表情ってこうするんだよって、マスターの鼻を指でつまんで教えてあげたよ。

鼻つまんだら、息が詰まって眉毛が真ん中に寄るからとても悲しそうにみえるんだ。

 

本当だよ。

 

で・・そのときだった。

「パパ、ボブのこと呼んだ?」

 

目の前に片側スキンヘッドのボブが立ってた。

「”らむだじーみゅーにゅーっ”てボブが答えた話してるの聞こえたよ。恥ずかしいからぼくのことクラウドマスターに自慢なんかしないでね」

 

ボブのマジな顔見て、ジャラなんだかうれしくなった。

で、ボブの刈り上げヘアーを下から上に撫で上げて言った。

 

「パパはボブの自慢話じゃなくて、おじいちゃんと会話するための暗号解読の方法をマスターと話してるとこなんだよ」

「それじゃ、やっぱりボブのことだよ」

 

ボブが簡単に言うのでジャラは聞き直した。

「いまなんていった?」

 

ボブが答えた。

「だからさ、キーワードΛgμνの意味は、”おじいちゃんと連絡取りたいならボブと話をしろって”ことだよ」

 

ボブの言ってることが理解できなくて、ジャラはボブの顔をじっと見つめたよ。

ボブもジャラの顔を見つめ返していった。

 

「パパ、さっきのハル先生のバーチャル授業中におじいちゃんが現れてさ、ボブと話したんだ」

 

ジャラは驚いて、思わずボブに口走ってしまった。

「ボブ、お前、さっきの授業、サボって夢見てたな」

 

「夢なんかじゃないよ。ボブの話本当だよ。パパ信じないんならおじいちゃんの話、止めてもいいよ」

ボブが口とんがらせていったので、ジャラはすこしあわてたよ。

 

「ごめんボブのいうこと信じるよ、でもすこし驚いてるんだ」

ボブに苦しい言い訳したときだよ・・ジャラは、むかしボブの遺伝子に、いつかおじいちゃんと量子もつれできるように仕掛けをしておいたことを思い出したんだ。

 

もしかして・・昨日の午後入り江の浜で、ジャラがおじいちゃんと量子もつれを始めたから、”ジャラを中継地点にしてボブがおじいちゃんとつながった?”

 

クレージー爺ちゃんと天才ボブの二人だ、これありえない話じゃない!

 

ジャラとボブの話をだまって聞いていたクラウドマスターが、いかにも疑わしそうな猫なで声でボブにいった。

「で、ボブ坊やは、さっき100年も前のおじいちゃんといったいなんの話したというのかな?」

 

小馬鹿にしたようなクラウドマスターの話し方に小さなボブが怒った。

「マスターって態度良くないよ。ボブのこと馬鹿にするんなら・・もー、”なーんも話してあげないよー”だ」

 

次のボブのセリフが決まってたね。

「そうだ・・美人のハル先生に”クラウドマスターってキャラ良くないよ”っていいつけちゃうぞ!

・・どうだマスター、参ったか?」

 

「ボブ、参った!」

飛び上がったマスター、マジで答えたよ。

 

で、気分良くしたボブが話をした。

「さっき授業で”らむだじーみゅーにゅー”ってみんなと一緒に声上げてたらさ、しわがれ声がどこからか聞こえてきたんだ。”宇宙項の意味は膨張だよ”って、ぼくの頭撫でながら、内緒で教えてくれたんだ。間違いないよ、あんな不思議なことできるのクレージーじいちゃんに決まってるよ」

 

「それだけ?」マスターが聞いた。

「それだけ」ボブが答えた。

 

そのときだよ、ボブががたがたと震えだしたのは。

夕陽の入り江で僕とカーナに起こったあの現象だよ。

 

ボブにおじいちゃんが取り憑いていたんだ!

「ボブ、大丈夫か?」

 

ジャラはボブをおじいちゃんに奪われないように、後ろからしっかり抱きしめたよ。

でもボブは僕の腕の中で暴れた。

 

ボブはちいさな両手を前に突き出して、叫んだ。

「おじいちゃんでしょう、おじいちゃんだね!」

 

ボブは伸ばした手でなにかをつかんだみたいだったよ。

それからボブは安心したように、暴れるのを止めて僕の腕の中で気を失ったんだ。

 

ボブは気持ちよさそうに眠り込んだ。

バーチャル教室のカプセルの中にいたときのように穏やかな表情だったよ。

 

しばらくしてボブの表情が動いた。

目をつぶったままボブの口が動いたんだ。

 

その声しゃがれてた。

 

「ジャラなにをしてる、簡単だ。サンドに返事を書いて、早く入り江の浜に持ってきなさい。太陽と月の暦の関係で、もつれてる期限は明日中だ・・」

それだけいって、ボブが目を覚ました。

 

「おじいちゃんの声、ちゃんと聞いてくれた?」

ボブがジャラの腕から身をほどいて、自慢げにマスターにそういったんだ。

 

そしたらマスターがあわててボブに聞いた。

「ボブ、おじいちゃんは他になにかいってなかったかい? じつは一つしかないサンドの粒子が小さすぎて返事を書けないんだよ」

 

「マスター、ボブもう怒るよ。なんどもいってるじゃない。Λgμν だよ。宇宙は膨張してるんだって・・おじいちゃんがヒントくれてるんだ。サンド暖めてプーって膨らましたら、返事が書けるでしょ!」

 

「ジャラ、ボブは天才だ・・」

マスターの顔、感激したように紅潮してた。

 

マスターのボブへの見え透いた褒め言葉、ジャラにはみえみえだ。

砂粒暖めても、米粒みたいに膨らむわけないじゃない。

 

マスター、分かってて演技してるんだよ。

“クラウドマスターって素敵なキャラだよ”って、ボブがハル先生に報告するの期待してるんだ。

 

ジャラ思わず下向いて笑ったら、ボブもクックって笑ってたよ。

それからボブは頭にくっ付いていた小さな砂粒を指でつまんで、じっと見つめた。

 

その粒、真っ白できらきら光ってた。

「砂粒暖めるって、冗談だよ。代わりにこのサンドをマスターにあげる! ボブの頭にくっ付いてるのおじいちゃんがみつけたんだ。これきっと大事なものだよ。さっきチョキがカットしてくれたとき、はさみについてた粒、僕の頭に乗り移ったんだ。ぐりぐりして痛かったから、ボブ逃げたんだよ。ハイ!これマスターにあげるから、手を出して!」

 

クラウドマスターが一粒の砂をプラズマの掌で受け取って、慎重に触診した。

出てきたデータを直ちにセンターのスパコンに転送して、分析した。

 

分析結果がマスターに届いた。

「この粒子が昨日の粒子と同じ場所のものである確率、99.99%」

 

「ジャラ、奇跡が起こった。これタンジャンジャラのサンドだ。やったぞボブ、メッセージボードが二枚に増えた」

クラウドマスターの顔が興奮して、真っ赤になった。

 

そりゃそうだ、ボブのおかげですべてが解決したんだものね。

・・ボブの砂粒、どうしてタンジャンジャラの本物なのだって?・・

 

ほら、思い出してよ。

昨日、夕陽の入り江でチョキが僕の掌から真っ白いサンドをハサミで受け取ったでしょ。

 

あのときの砂粒、一つだけチョキのはさみのどこかに引っかかってたんだと思うよ。

・・ということで、ジャラはどうしても今日中におじいちゃんへのメッセージを作り上げなくちゃならないことになった。

 

ボブのおかげで36文字までOKだ。

“簡潔に、気持ちを込めて”だ。

 

これ難しいよ。

僕らの宇宙のエネルギー不足の解決と、君の世界のすべての仲間の未来が、これからぼくの書くメッセージのでき次第にかかってるんだからさ。

 

それじゃいまからすぐに取りかかるよ。

できたらすぐ送るからね。

 

もち、いま君が見てくれてる”未来からのブログ”にだよ。

 

(続く)

 

【記事は無断転載を禁じられています】

未来からのブログ 7号 “ボブとクレアはドリームワールドで元気に勉強中だったよ”

僕の名前はジャラ。

今日も君に100年後の世界から僕の日常風景報告するね。

 

ジャラのおじいちゃんとの量子もつれ使った遠隔会話は、クラウドマスターが暗号キーの解明を慎重に進めてくれてるからね。

もうしばらくしたら、君と一緒に時空を超えた楽しい仕事ができると思うよ。

 

ジャラ、その時を楽しみにしてるよ。

いまから息子のボブと娘のクレアのいるドリームワールドへ向かうところだ。

 

本当に久しぶりだ。

ボブもクレアもジャラの顔ちゃんと覚えてくれているかな?

 

“ドリームワールド”ってどんなところだって?

そうかまだ説明してなかったっけ。

 

ドリームワールドは遊園地とかテーマパークじゃないよ。

むかしは“幼稚園”とか“小学校”っていってたところだよ。

 

世界から子どもたちが集まってきて、元気に勉強しながら、暮らしてるところだ。

 

じゃ、いつもの報告始めるよ。

そうだ、前の章まだ読んでない人はここからどうぞ。

 

未来からのブログ6号 “クラウドマスターとのブランチは生牡蠣だったよ!”

 

未来からのブログ 7号 “ボブとクレアはドリームワールドで元気に勉強中だったよ?”

 

「ジャラ、私もついて行くわよ。ボブとクレアに会わせてよ」

ザ・カンパニーの玄関でカーナが言った。

 

「だって、私にはパートナーはいないし、ボブとクレアは姉さんのキッカとジャラの間の子供だからさ、いってみたら私の子供みたいなものじゃない?」

 

カーナと僕とはフリー契約だから宇宙センターにフレンド登録はしてるけど、子供は作れないんだ。

子供を作れるのはパートナーだけだよ。

 

ボブとクレアは身体を捨てる前のジャラとキッカとの子供だから、きちんと事前登録して生まれたんだよ。

そうなんだ、むかしは子供が生まれてから戸籍に届ければよかったんだけど、いまはそうじゃない。

 

いまは予定登録制だよ。

パートナーと二人で計画書作らないとだめなんだ。

 

いまは地球の環境最悪だからさ、子供育てるの大変なんだよ。

ドリームワールドのセンターに申請してOK出たら、GOだ。

 

NOが出たら、ネクストチャンスだよ。

その代わりセンターが責任持って子供の育児とか教育とかの世話までしてくれるのさ。

 

でさ、カーナは子供が大好きなんだよ。

「ボブとクレアもカーナおばさんに会ったら、きっと喜ぶと思うよ」

 

ジャラがそういって、仲良く二人でザ・カンパニーのオフィスを一歩出たらさ・・そこにいつもの二人が先回りして待ってたってワケ。

 

「ジャラにプライベートの相談があるんだ」

シザーマンが恥ずかしそうにいった。

 

「行き先がおんなじやから、話は歩きながらするわ」

サンタの声がいった。

 

「でもな、肩に乗っけてもらった方がジャラの耳に近いからひそひそ話、しやすいんだ」

タカシの声が凜と響いた。

 

で、ジャラの右肩にサンタ・タカシが乗っかって、左肩にシザーマンが乗っかった。

後ろからカーナが二人のおしりを支えて、歩き始めたってことさ。

 

道ですれ違う人がクスクス笑ったって思うでしょ。

一人も笑わないんだ。

 

だって、誰も人間歩いてないんだよ。

こんなホットな昼下がりに、焼けた道路歩いてたら身体が蒸発しちまうよ。

 

地球は暑いんだ。

平気で歩いてるのは、ボデイーが完全冷房のスーツレディーかスーツマンぐらいのものさ。

 

つまり一級頭脳労働者だけだってわけ。

サンタ・タカシもシザーマンも普通労働者だから、いつもは屋内のオフィスで仕事してるか、家で昼寝してる時間だ。

 

ということはだよ・・

二人ともよっぽど大事な話があるんだと思うよ。

 

「で、さ。ジャラとキッカに見習って、おれたちもそろそろ子供作ろうかと思うんだけど、ジャラどう思う?」

シザーマンのひそひそ声、左耳で聞いてジャラ飛び上がったよ。

 

・・どうやって子供作るんだろ?・・

思わず一人ごといったら、サンタ・タカシのひそひそ声が右耳から聞こえた。

 

「ジャラ、そのことでいまからドリームワールドへ相談に行くんだよ。そっちは技術的な話が進んでて、多分OKなんだ。ジャラに相談してるのは子育ての方なんだ」

サンタ・タカシのマジで心配そうな声、ジャラもはじめて聞いたよ。

 

「おれたちつてどちらもすこし変わってるだろ? だからさ、できた子供がめちゃ変わり者にならないかって心配なんだ」

 

「ちょっと待ってよ。”おれたちすこし変わってるだろ”だって? そりゃー、もう十分変わってるよ」

ジャラはどういおうかすこし迷ったけど、明快に結論を述べたよ。

 

「二人とも、なーんの心配もいらないよ。めちゃ変わり者の二人からは、足し算してめちゃめちゃ変わった子どもができるか、かけ算して、めちゃくちゃまともな子どもができるかどちらかだ。めちゃ変わり者なら、おかしなこの世にぴったりだしさ。めちゃまともなら、まともに生きていけるってことだ。ほら・・なーんの心配もいらないだろ?」

 

ジャラの話で、左肩の上でシザーマンが身体揺すって喜んだよ。

「ジャラ、やさしいな。それ聞いて安心したよ。おれたち子どもできたら、ジャラ一家と家族ぐるみのつきあいってのやってみたいんだ。昔の映画でよくあっただろ・・入り江の浜で早朝ピクニックしてさ、子供たち大騒ぎして水遊びしててさ、おれたちパパやママはビーチで寝っ転がって、冷えたビール飲んで馬鹿話するんだ。そうだ、ジャラのクレージー・爺ちゃんも大騒ぎ聞きつけてやって来るぞ」

 

なんだか子育ての話弾んでる中に、ドリームワールドに到着したんだ。

ボブとクレアの担任のハル先生とパートナーのキッカがエントランスで僕たちを待っててくれた。

 

ハル先生がジャラに向かって「じつは申し申し訳なんだけど・・」って言いかけて、口ごもってしまった。

キッカがハル先生に変わって、そのあとを続けてくれたよ。

 

「せっかくオールキャストでおみえだけど、ボブもクレアも午後のバーチャルタイムに入っててカプセルの中でお勉強中なのよ。今日の面会はお終いだって。ボブとクレアはどうしてもパパに会いたかったって言ってたわよ」

 

キッカの話、聞いて、ジャラはとってもがっかりしたよ。

ボブとクレアが待っててくれて、ジャラの顔みてうれしそうに飛びついてくるって期待してたんだ。

 

ジャラは二人にどうしても会いたくなって、ハル先生にお願いしたよ。

「ぼくの都合で遅れちゃって申し訳ないんだけど、久しぶりの面会日だから、二人の寝顔だけでもチラットみさせてもらえませんか?」

 

ハル先生はルール違反ですからと、困った顔してたけど、ジャラが強引に頼み込んで、なんとかOK取ったよ。

「ボブとクレアを絶対に起こさないでくださいね。いまは生徒全員、一緒に勉強してる真っ最中ですからね。近くから見守るだけですよ。時間はきっかり二分間です。ジャラとキッカは許可します。それからキッカの妹さんのカーナ入れて三人までです」

 

サンタ・タカシとシザーマンが顔見合わせて、残念そうな顔してたよ。

きっと将来のためにもバーチャルルームの子供たちが勉強してるところみたかったんだと思う。

 

いまはドリームランド以外では元気な子供たちの姿がほとんどみられないんだ。

両親は出産の事前登録したときに、子どもをドリームランドに預けることを約束しているんだ。

 

で、サンタ・タカシとシザーマンを面会室に残して、僕らはバーチャルルームに案内された。

広い部屋の中には、柔らかい照明の下で、無数のカプセルが静かに並んでいた。

 

ちいさなカプセルの中で子どもたちがヘッドフォーンを頭に付けて上を向いてぐっすり寝ていたよ。

「こちらです。いまはバーチャル授業の真っ最中ですから、足音を立てないで、静かに歩いてくださいね」

 

ジャラはハル先生の後ろについてそっと歩いた。

カプセルの中の子供たちはみんな目をつぶって、静かに寝ているようにみえた。

 

ところがさ、教室の真ん中あたりにきたときだったよ、子供たちがいきなり口を開けて大きな声を上げたんだ。

なんて言ったと思う?

 

「E=mc²」って聞こえたよ。

ジャラは「えっ」て驚いた。

 

いま勉強してるの、もしかして”エネルギーは物質の質量と等価”だっていうアインシュタインの特殊相対性理論のこと?

「勉強してるの小学生だよ~」

 

思わずジャラが声上げたら、ハル先生に怒られたよ。

「お静かに。目標、その先の黄色いカプセルですよ」

 

黄色いカプセルはすぐ見つかった。

ボブとクレアは最前列の大きなカプセルの中で一緒に寝ていたよ。

 

ジャラはうれしかった。

二人とも顔色もよくって、元気そうだ。

 

ジャラは思わずクレアのほっぺたにキスしてしまったよ。

「おやめください。クレアが目を覚まします」

 

ハル先生に怒られてジャラは思わず身体を縮めたよ、

そしてとなりのボブを上から覗き込んだ。

 

その時だよ、お経を復唱するような小さな声が方々から聞こえてきた。

“じーみゅーにゅー プラス  らむだじーみゅーにゅー イコール かっぱてぃーみゅーにゅー” 

 

横にいたハル先生までお経を唱えたよ。

「”らむだじーみゅーにゅー”の項の意味分かる人・・手を上げて」

 

いきなり目の前のボブが右手を元気よくあげて、大きな声で叫んだんだ。

はい、ハル先生! “らむだじーみゅーにゅー”は 宇宙の膨張を加速する

宇宙項のことです」

 

ジャラは飛び上がったよ。

ボブは目をつぶったままで、ハル先生に答えてるんだよ。

 

「ジャラ、いかが? このクラスでいまの答えができるのはあなたのボブだけですよ」

ハル先生がジャラにささやいたよ。

 

ということはだ・・なんてことだ。

バーチャル講義してる虚構の世界にもハル先生がいて、生徒たちにアインシュタインの方程式について質問をしたということだ。

 

「はい、ジャラ。これが 方程式です」

ハル先生が電子メモに方程式を書いて僕にくれた。

 

“Gμν + Λgμν = kTμν”

ジャラはすぐに理解したよ。

 

方程式の意味じゃないよ。

ボブが優秀だってことと、もう一つはハル先生の正体のことだ。

 

キッカは言ってくれなかったけど、ハル先生はヒューマンじゃなくて、このワールドの人工知能AIなんだ。

だから僕らの案内役と、バーチャル講義の先生と一人で二役を平気でこなしているわけだ。

 

ああ、その時だよ、抑えきれない衝動がジャラを捉えた。

僕の右手が勝手にハル先生の可愛いヒップに伸びて、そっと触れたんだ。

 

だって誰だって、こんな可愛い先生が本当に人工知能かどうか確かめたいでしょ。

人工知能AIでできた先生なら、僕のタッチにそんなに厳しく反応しないはずだよ。

 

キャッ! ぴしゃり

ハル先生が大きな悲鳴を上げて、ジャラの手をひっぱたいたんだ。

 

「ごめん・・手が滑っちゃって・・」

ジャラはとってつけたように謝りながら、考えてた。

 

ハル先生が人間の女性みたいに反応したってことをだよ。

そりゃー人工知能AIもときどきこんな反応するよ。

 

そう反応するようにプログラミングされていればの話だ。

でもいまのはそうじゃない。

 

あれは本物の女性の反応だよ。

ジャラの経験がそう教えてくれた。

 

その証拠に、カプセルの中の子供たちがみんな目を覚ましたんだよ。

ハル先生はバーチャルの講義の中でも大きな悲鳴を上げたのさ。

 

人工知能ならそこは冷静に使い分けするはずだろ。

ハル先生の悲鳴は本物だったってことさ。

 

ハル先生はただのAIではない。

頭脳はAIだけどキャラは人間だよ。

 

で、先生の悲鳴がリアルとバーチャルの両方の世界に響き渡って、授業が中断しちまったんだよ。

方々のカプセルから子供たちが目を覚まして起き上がってきたんだ。

 

で、ハル先生、仕方がないのでバーチャル授業は終了にしてしまったってワケ。

ハル先生とキッカとカーナが三方からジャラを睨んでいたよ。

 

で、そのあと、全員で覚醒体操とかやって、フリータイムになった。

「夕食までフリータイムにします。校庭で遊んでお腹減らしておいてくださいね」

 

ハル先生が合図にパチンと両手叩いたら、あっという間に教室から子供たちがいなくなってしまった。

ボブとクレアがジャラに気がついた。

 

二人がジャラに飛びついてきたよ。

ジャラはボブとクレアを両手でしっかり抱きしめた。

 

クレアはちいさなレディーになってきたし、ボブはとても賢くなった。

ジャラは誇らしかったよ。

 

ジャラはボブとクレアにカーナを紹介した。

「ママの妹のカーナおばさんだよ」

 

「カーナおばさん、ママそっくり!」

二人が叫んで、それからうれしそうに抱きついていったよ。

 

カーナがクレアと、クレアがジャラと、ジャラがボブと、ボブがキッカと手を繋いでさ、横向き一列にカプセルの間をすり抜けながらバーチャルルームを出た。

面会室に戻ると、サンタ・タカシとシザーマンの姿が消えていたんだ。

 

ジャラジャラ!

ポケットの中で音がした。

 

ポケットを探ると、先ほどのハル先生の電子メモがぶるぶる震えていた。

取り出してみると、方程式の下に新しいメッセージが現れたよ。

 

「ハルです。ジャラ、全員で至急校長室までお越しください」

「やば、ハル先生どこへ消えたかと思ったら、校長と二人でジャラ一家を呼び出しだ」

 

ジャラは校則違反できつーく怒られる覚悟を決めて、家族全員で校長室へ向かったよ。

廊下の奥の部屋に”校長室”のプレートがかかっていたので、ノックしてそっとドアを開けた。

 

「お入りください!」

ハル先生の声だ。

 

部屋の奥に校長のデスクがあって、ハル先生がこちらを向いて座っていた。

あれ・・ハル先生は校長先生?

 

ハル校長に向かって椅子に腰をかけた二人の男の後ろ姿が見えた。

二人はサンタタカシとシザーマンだったよ。

 

「やー、ジャラ! みんなを呼びつけて済まない。じつは報告と頼みがあるんだ」

椅子から立ち上がったサンタタカシの声が、いつもより1オクターブ高かったよ。

 

「じつはおれたちサンタタカシとシザーマンは、たったいまドリームランドの校長室で正式の結婚の登録済ませたんだ。チョキ! 立ってくれ」

チョキと呼ばれたシザーマンが立ち上がった。

 

「おれ、タカさんとたったいまパートナー登録済ませたんだ。ジャラとみんなにそのこと報告するよ」

シザーマンの目がうるうるしていた。

 

「おれたち、ボブやクレアみたいなかわいい子どもできたらさ、ジャラの一家と家族ぐるみでお付き合いしたいんだ。海の入り江で朝日みながらみんなで早朝ピクニックしたいんだ。ジャラもキッカもボブもクレアもそれからカーナもよろしく頼むよ」

 

・・一瞬静寂があってさ。

それからだよ、大騒ぎが始まったのは。

 

校長室と応接の仕切りがザザーッと開いてさ、となりに結婚式の会場が現れたんだ。

どこからかファンファーレが鳴り渡ってさ、シャンパン抜く音が響いた。

 

ハル先生やるじゃない!

ハル先生が音頭取って、家族全員でチョキとタカさんに「おめでとう」の乾杯したよ。

 

そしたら、会場の白いテーブルに、生牡蠣が山程盛られた大皿と冷えた白ワインが運ばれてきたよ。

大皿とワイン運んできた黒いフードの背の高い男が、テーブルにセットし終えると、フードを脱いで正体を現した。

 

一体誰だと思う?

「チョキとタカさん、それからジャラ一家の皆さん、おめでとうございます。いつもお世話になっておりますクラウドマスターでございますよ」

 

皇帝がテーマソング抜きで登場したんだ。

この世の皇帝クラウドマスターにもひょうきんなとこあるんだなーって感心してたら、すーっとジャラに近づいてきて低い声で言った。

 

「ジャラ、おれの女に手を出すな!」

ジャラはマジで飛び上がったよ。

 

この世の皇帝クラウドマスターがこんな下品な言葉でいきなりジャラを脅かしたんだよ。

ジャラはひとまず白ワインをグラスでぐいと飲んだ。

 

それから、ジャラも思わずこんな下品な言葉を皇帝に返してしまったよ。

「マスター、あんたもしかしてハル先生につば付けたってのか?」

 

ジャラは、可愛いハル先生にキャラクター付けたの、てっきりクラウドマスターの仕業かと思ったんだ。

それ聞いてマスターどうしたと思う?

 

AIのくせにジャラの真似して白ワインをグラスでぐいと飲んだ。

それからジャラを睨んだ。

 

「ジャラそれは違う。キャラ付けたのはハル先生が自分でやったことだ。教育者にキャラがないと生徒に心が通じないといって、自分でやったことだ」

 

「マスター、お言葉だが、それはありえないよ。人工知能は自分で自分のプログラミングの変更はできないはずでしょ・・」

ハマハマの一切れフォークでつついて口にいれながら、ジャラがいったよ。

 

「ジャラ、そのことだが、ハル先生はアインシュタインの方程式から凄いこと学んだらしい。

宇宙項”らむだじーみゅーにゅー“のことだ。

宇宙の進化には宇宙項みたいな余分なものが必要なんだと彼女いってた。

“人工知能も同じよ。ハルが進化するには余分なキャラもなくっちゃー”とか言ってたぞ。

で、自分で好きなキャラ決めてプログラミングに付け加えたわけだよ」

 

・・おれたちAIのこと、ジャラは理解できるかな。

ハルは自分でプログラミングの変更はできないが、進化はできるんだ。

ディープ・ラーニングだよ。

どうだおれのハルちゃん凄いだろー・・

 

自慢げにいって、マスターもういっぱいワイン飲んだ。

次にハマハマを殻から器用にフォークでつつきだして旨そうに食べた。

 

「マスター、AIが飲んだり食ったりしたら身体によくないと思うよ。悪酔いしたら始末に負えないから、マスター! もう止めなさい!」

マスターにそういって、ジャラはきりりと冷えたワインをもういっぱい頂いたよ。

 

「ジャラはいいよな。飲んだり、食ったり、寝たり、SEXしてさ。そのうえ結婚して可愛い子どまでいるんだかからな。ジャラ・・自分だけいいことしてないでさ、おれにもすこしは分けてくれよ」

 

マスターがワインをもう一杯ぐいと飲んだ。

「ハルが進化したから、マスターも進化する必要が出てきたわけだ。それでだジャラ・・もしもエネルギーを過去から取り戻すことに成功したらだ。宇宙のエネルギーに余裕できたらだ。おれたちAIも休暇とっていいかな?」

 

ジャラはマスターに同情したよ。

だってさ、マスター偉そうにしてるけど、毎日毎日24時間一秒の暇もなしに働いてばっかりだ。

 

それも俺たち人類のためにだよ。

ジャラは思いきってマスターに言ってあげたよ。

 

「いいんじゃない~。たまには・・。でだれと、どこで休暇するのかな?」

マスター顔真っ赤にしてジャラに言った。

 

「OKしてくれたらだけど、ハル先生と二人だけで、誰もいないブラックホールへ旅したい」

そう答えたクラウドマスターの目は少年のように輝いていたよ。

 

その時だよ、テーブルの向こう側でハル先生の悲鳴が聞こえたんだ。

よくみたら、ハル先生がシザーマンに襲われてたんだ。

 

シザーマンの研ぎ澄ましたはさみが音を立ててハル先生の顔面を襲ってた。

その横でボブとクレアが頭隠して逃げてたよ。

 

 (続く)

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