これからシザーマンは「チョキ」で、サンタ・タカシは「タカさん」と呼ぶことにしたよ。
二人はドリームワールドに「チョキ」と「タカさん」の名前で、パートナーの登録を済ませたからなんだ。
いまはみんなお互いに名前で呼ぶんだよ。
「そんなこといつの時代でもあたりまえだろ・・」だって?
それが違うんだ。
いまは苗字がないんだよ。
“鈴木イチロー”君は、ただ”イチロー”君なんだ。
“鈴木イチローの長男のジロー”は、単に”ジロー”なんだ。
僕はジャラだし、キッカはキッカなんだよ。
ボブはボブだし、クレアはクレアなんだ。
世界の人口めちゃ減ったし、子どもはみんなで育てるから苗字は邪魔なんだ。
でもいまでも家族は家族なんだよ。
分かった?
でさ、前回の最後のシーンはタカさんとチョキの婚約発表パーティで、酔っ払ったチョキがハル先生を突然襲ったところだったよ。
それじゃあのあとどうなったか、量子もつれ使って100年昔の君に報告するね。
前回の記事まだの人はここから読んでくださいね。
未来からのブログ 7号 “ボブとクレアはドリームワールドで元気に勉強中だったよ”
未来からのブログ8号 ”クレージー爺ちゃんがボブの身体に取り憑いた?”
ハル先生のすごい悲鳴が聞こえてきて、ジャラとマスターは慌てて先生のところに駆けつけたよ。
そしたらさ、ワインで酔っ払ったチョキが金ぴかのはさみ振りかざして、ハル先生の頭にアタックかけてたんだ。
チョキは興奮すると、やたらとシザー振り回すんだ。
タカさんなんか、おかげでいつも服ぼろぼろだよ。
チョキはきっとうれしかったんだと思う。
チョキとタカさんが二人のこども作るのハル先生がOKしてくれてさ、そのうえ先生主催で婚約発表パーティーまで催してくれてるんだ。
チョキは御礼にハル先生のロングヘヤーをカットしたかっただけなんだよ。
ハル先生そんなこと知らないもんだから、チョキのシザーから悲鳴上げて逃げ回ってたってわけ。
タカさんが代わりにチョキの気持ちをハル先生に伝えたよ。
そしたら先生覚悟を決めて、タカさんが用意した椅子に座ったんだ。
喜んだチョキは腕まくりして、あっという間に先生のロングヘヤーをグラデーショ付きのショート・カットにしたよ。
チョキが自分のシザーを鏡にしてハル先生にできばえ見せたら、ハル先生、悲鳴上げて喜んでた。
ハル先生のカットを済ませると、チョキが横にいたボブの頭をみて言った。
「ボブも相当伸びてるな!」
ジャラもそう思ったので、チョキにOKの目配せしたよ。
危険に感づいたボブがあわてて逃げようとした。
チョキはボブを捕まえて、頭ぐいと左手で抱え込んた。
それから右手のシザーをバリカンに変形してばりばり刈り込んだ。
「チョキ! ボブ痛いよ、頭になにか入ったよ!」
半分刈り込んだところで、ボブが叫んで、チョキの腕からするっと脱出した。
ボブはそのまま校庭でサッカーしてる仲間のところに逃げ込んだんだ。
「ボブ、お前その頭どうした?」
仲間のボスが聞いたので、ボブは咄嗟に答えた。
「シザーマンのアート・カットさ! どうだ、すげーだろ!」
仲間のボスが目をむいた。
「カッコつけたなボブ、おれもシザーマンのアート・カット、頼んでくれよ!」
ボブが仲間を連れてパーテイー会場に戻ると、クレアがチョキに三色グラデーション付きのショートカットしてもらってたよ。
クレアの後ろにおんなの子がずらっと並んで、行列ができてた。
その後ろに男子生徒の長い列ができたんだ。
チョキがはさみならして子供たちの髪の毛、片っ端からアートカットに仕上げていった。
タカさんがかいがいしくチョキのお手伝いしてた。
タカさんとても幸せそうにみえたよ。
騒ぎが落ち着いて、ハル先生となんだか深刻な顔して話し込んでいたクラウドマスターが、ジャラに近づいてきた。
「じつはジャラに相談したいことがあるんだ」
今度はマスターいやに礼儀正しい。
これいつもの困ったときの態度だ。
マスターの話はジャラの予想通りだったよ。
「ジャラのおじいちゃんに”量子もつれで返信するための暗号解読”だけど、スパコンでフル稼働して分析してるんだが、解読がうまくいかないんだ。
さっきもスパコンいじってたら、不思議なことが起こったんだ。
ハル先生の大好きな宇宙の方程式の一部がだ、なんてこった・・暗号解読のためのキーワードだといって画面にしつこく表示されるんだ。
これ、宇宙センターのマスターとして恥ずかしい話なんだけど、スパコンのAI本人にもどういうことかさっぱり分からない!
で、ハル先生とジャラの意見聞こうと思って、パーティーに駆けつけてきたってわけだ」
マスターに頭下げて頼まれたら、ジャラも悪い気がしないよ。
「うん? じゃ・・そのキーワードっての見せてご覧?」
ジャラ、ちょっと偉そうにいってみた。
マスターはぼくのためにメモを用意していたよ。
「ハル先生の連絡メモにキーワード書いておいたから、取り出して見てほしい」
ジャラはポケットの中を探して、ハル先生の電子メモを取り出した。
“全員で至急校長室へお越しください”のメモのあとにアルファベットが書いてあった。
Λgμν
「らむだじーみゅーにゅー」
ジャラは声を上げて読みあげた。
「マスター、これハル先生のお気に入りの宇宙項じゃない。さっきもボブがハル先生の質問に答えてた宇宙項だ。おじいちゃんに返信するための暗号となんの関係もないと思うよ!」
ジャラが軽く言い捨てたら、皇帝クラウドマスターの表情が”心なしか曇った”。
きっとジャラの同情ひいて、本気で協力させようって魂胆だ。
でもその表情、悲しいというより、笑ってるみたいだった。
マスター、”ハル先生の真似して人間並みのキャラの練習してるな”。
ジャラは、悲しい表情ってこうするんだよって、マスターの鼻を指でつまんで教えてあげたよ。
鼻つまんだら、息が詰まって眉毛が真ん中に寄るからとても悲しそうにみえるんだ。
本当だよ。
で・・そのときだった。
「パパ、ボブのこと呼んだ?」
目の前に片側スキンヘッドのボブが立ってた。
「”らむだじーみゅーにゅーっ”てボブが答えた話してるの聞こえたよ。恥ずかしいからぼくのことクラウドマスターに自慢なんかしないでね」
ボブのマジな顔見て、ジャラなんだかうれしくなった。
で、ボブの刈り上げヘアーを下から上に撫で上げて言った。
「パパはボブの自慢話じゃなくて、おじいちゃんと会話するための暗号解読の方法をマスターと話してるとこなんだよ」
「それじゃ、やっぱりボブのことだよ」
ボブが簡単に言うのでジャラは聞き直した。
「いまなんていった?」
ボブが答えた。
「だからさ、キーワードΛgμνの意味は、”おじいちゃんと連絡取りたいならボブと話をしろって”ことだよ」
ボブの言ってることが理解できなくて、ジャラはボブの顔をじっと見つめたよ。
ボブもジャラの顔を見つめ返していった。
「パパ、さっきのハル先生のバーチャル授業中におじいちゃんが現れてさ、ボブと話したんだ」
ジャラは驚いて、思わずボブに口走ってしまった。
「ボブ、お前、さっきの授業、サボって夢見てたな」
「夢なんかじゃないよ。ボブの話本当だよ。パパ信じないんならおじいちゃんの話、止めてもいいよ」
ボブが口とんがらせていったので、ジャラはすこしあわてたよ。
「ごめんボブのいうこと信じるよ、でもすこし驚いてるんだ」
ボブに苦しい言い訳したときだよ・・ジャラは、むかしボブの遺伝子に、いつかおじいちゃんと量子もつれできるように仕掛けをしておいたことを思い出したんだ。
もしかして・・昨日の午後入り江の浜で、ジャラがおじいちゃんと量子もつれを始めたから、”ジャラを中継地点にしてボブがおじいちゃんとつながった?”
クレージー爺ちゃんと天才ボブの二人だ、これありえない話じゃない!
ジャラとボブの話をだまって聞いていたクラウドマスターが、いかにも疑わしそうな猫なで声でボブにいった。
「で、ボブ坊やは、さっき100年も前のおじいちゃんといったいなんの話したというのかな?」
小馬鹿にしたようなクラウドマスターの話し方に小さなボブが怒った。
「マスターって態度良くないよ。ボブのこと馬鹿にするんなら・・もー、”なーんも話してあげないよー”だ」
次のボブのセリフが決まってたね。
「そうだ・・美人のハル先生に”クラウドマスターってキャラ良くないよ”っていいつけちゃうぞ!
・・どうだマスター、参ったか?」
「ボブ、参った!」
飛び上がったマスター、マジで答えたよ。
で、気分良くしたボブが話をした。
「さっき授業で”らむだじーみゅーにゅー”ってみんなと一緒に声上げてたらさ、しわがれ声がどこからか聞こえてきたんだ。”宇宙項の意味は膨張だよ”って、ぼくの頭撫でながら、内緒で教えてくれたんだ。間違いないよ、あんな不思議なことできるのクレージーじいちゃんに決まってるよ」
「それだけ?」マスターが聞いた。
「それだけ」ボブが答えた。
そのときだよ、ボブががたがたと震えだしたのは。
夕陽の入り江で僕とカーナに起こったあの現象だよ。
ボブにおじいちゃんが取り憑いていたんだ!
「ボブ、大丈夫か?」
ジャラはボブをおじいちゃんに奪われないように、後ろからしっかり抱きしめたよ。
でもボブは僕の腕の中で暴れた。
ボブはちいさな両手を前に突き出して、叫んだ。
「おじいちゃんでしょう、おじいちゃんだね!」
ボブは伸ばした手でなにかをつかんだみたいだったよ。
それからボブは安心したように、暴れるのを止めて僕の腕の中で気を失ったんだ。
ボブは気持ちよさそうに眠り込んだ。
バーチャル教室のカプセルの中にいたときのように穏やかな表情だったよ。
しばらくしてボブの表情が動いた。
目をつぶったままボブの口が動いたんだ。
その声しゃがれてた。
「ジャラなにをしてる、簡単だ。サンドに返事を書いて、早く入り江の浜に持ってきなさい。太陽と月の暦の関係で、もつれてる期限は明日中だ・・」
それだけいって、ボブが目を覚ました。
「おじいちゃんの声、ちゃんと聞いてくれた?」
ボブがジャラの腕から身をほどいて、自慢げにマスターにそういったんだ。
そしたらマスターがあわててボブに聞いた。
「ボブ、おじいちゃんは他になにかいってなかったかい? じつは一つしかないサンドの粒子が小さすぎて返事を書けないんだよ」
「マスター、ボブもう怒るよ。なんどもいってるじゃない。Λgμν だよ。宇宙は膨張してるんだって・・おじいちゃんがヒントくれてるんだ。サンド暖めてプーって膨らましたら、返事が書けるでしょ!」
「ジャラ、ボブは天才だ・・」
マスターの顔、感激したように紅潮してた。
マスターのボブへの見え透いた褒め言葉、ジャラにはみえみえだ。
砂粒暖めても、米粒みたいに膨らむわけないじゃない。
マスター、分かってて演技してるんだよ。
“クラウドマスターって素敵なキャラだよ”って、ボブがハル先生に報告するの期待してるんだ。
ジャラ思わず下向いて笑ったら、ボブもクックって笑ってたよ。
それからボブは頭にくっ付いていた小さな砂粒を指でつまんで、じっと見つめた。
その粒、真っ白できらきら光ってた。
「砂粒暖めるって、冗談だよ。代わりにこのサンドをマスターにあげる! ボブの頭にくっ付いてるのおじいちゃんがみつけたんだ。これきっと大事なものだよ。さっきチョキがカットしてくれたとき、はさみについてた粒、僕の頭に乗り移ったんだ。ぐりぐりして痛かったから、ボブ逃げたんだよ。ハイ!これマスターにあげるから、手を出して!」
クラウドマスターが一粒の砂をプラズマの掌で受け取って、慎重に触診した。
出てきたデータを直ちにセンターのスパコンに転送して、分析した。
分析結果がマスターに届いた。
「この粒子が昨日の粒子と同じ場所のものである確率、99.99%」
「ジャラ、奇跡が起こった。これタンジャンジャラのサンドだ。やったぞボブ、メッセージボードが二枚に増えた」
クラウドマスターの顔が興奮して、真っ赤になった。
そりゃそうだ、ボブのおかげですべてが解決したんだものね。
・・ボブの砂粒、どうしてタンジャンジャラの本物なのだって?・・
ほら、思い出してよ。
昨日、夕陽の入り江でチョキが僕の掌から真っ白いサンドをハサミで受け取ったでしょ。
あのときの砂粒、一つだけチョキのはさみのどこかに引っかかってたんだと思うよ。
・・ということで、ジャラはどうしても今日中におじいちゃんへのメッセージを作り上げなくちゃならないことになった。
ボブのおかげで36文字までOKだ。
“簡潔に、気持ちを込めて”だ。
これ難しいよ。
僕らの宇宙のエネルギー不足の解決と、君の世界のすべての仲間の未来が、これからぼくの書くメッセージのでき次第にかかってるんだからさ。
それじゃいまからすぐに取りかかるよ。
できたらすぐ送るからね。
もち、いま君が見てくれてる”未来からのブログ”にだよ。
(続く)
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下條 俊隆
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