ペトロとマリエのちびっ子スパイは、ママたちのあとをつけて秘密のPTAの会場に向かった。
行き着いた地下道の突き当たりは踊り場になっていて、大きくて重そうな観音開きのドアがあった。
そこには「国会議事堂」という立派な看板が掛かっていた。
右手には少し小さな自動ドアがあって、「国会電子図書館」と書いてあった。
「ヤベーよ、 ここ! マジかよ」
二人は手を繋いだまま、二つの扉の前で立ちすくんだ。
( 前回をまだの方は、ここから読んでくださいね)
この世の果ての中学校 12章 秘密のPTA “やっぱり~パパやママは幽霊だった”
この世の果ての中学校 13章 学校の地下室は”国会議事堂”だった!
「国会議事堂ってなにするとこだったっけ?」
サンフランシスコで育ったペトロは、ワシントンの国会議事堂をみたことがなくて、小さな声でマリエに確かめた。
「たしか国の未来を話し合う、とっても大事なところよ。でもどうして中学校の地下室なんかに議事堂があるの?」
「大事な国会議事堂は地下に隠して作ってさ、その上に僕らの学校を建てて、敵からカモフラージュしてたんじゃないかな? 中学校の地下にそんな大事なものあるなんて誰も思わないもんな。それよりママたち、国会議事堂と図書館のどちらにいると思う?」
ペトロが聞くと、マリエは小首をかしげて考え込んだ。
それから指をパチンとならした。
「分かった。ママたち国会議員で、今日は国会から放送中継があるのよ。それでママ、たっぷり時間かけてお化粧してたのね。間違いなく議事堂の中よ」
「それでか? そういえば僕のママも、ずいぶん塗りまくってみたいだよ!」
二人で冗談いいあって、くっ!くっ!と笑った。
笑ったけれども、ペトロはどちらのドアが正解かまだ決めかねていた。
「だれかのパパかママが次にやって来てさ、どちらに入るか確かめようよ」
ペトロが提案して、二人はドアから少し離れて、暗闇に隠れた。
しばらくして、地下の通廊から大勢の話し声が近づいてきた。
エーヴァのママとパイロットのパパ、その後ろからは裕大のママがリアルの王の使いを従え、大声でお喋りしながら踊り場の灯りの中に現れた。
エーヴァ・パパと王の使いが、二人がかりで国会議事堂の重いドアを派手な音を立てて開けると、ママたちが先頭で議事堂に入っていった。
葉隠れ帽子で姿を消したペトロとマリエは、最後尾の王の使いにぴったりくっついて議事堂に潜り込んだ。
二人の目の前に、大理石の柱と白い壁に囲まれた立派な議事堂が現れた。
丸い天井の照明灯からは柔らかい光がおりてきて、ぼんやりと部屋を浮かび上がらせている。
議場には議長席が張り出していて、その前に馬蹄型に会議テーブルが拡がっていた。
議場の後方には少し高い位置に傍聴席が設けられていた。
二人は誰もいない傍聴席に、葉隠れの技を使ったまま座り込んだ。
「国会議員」と書かれたプレートが置かれた席に、ペトロとマリエのママが隣同士で並んで、澄まし顔で座っている。
議長席には校長先生が座っていて、みんなが着席するのを腕組みしながら待っていた。
テーブルの上のプレートには「日本国・総理大臣」と書かれている。
「やば! これ本物の国会?」
ペトロが目をむいた。
「・・みたいね!」
マリエが喉を詰まらせた。
裕大ママの議員席の隣には「リアルの王」と書かれたプレートが置かれていて、そこには”リアルの王の使い”が座っていた。
「あら、王の使いが王様ご本人? 王の使いと王様、同じ人物なのね。やっぱりね!」
マリエが頷いたとき、咲良のママが悠然と姿を現した。
横には、”ファンタジーアの郵便配達”がガードマンのようにピタリと付き添っていた。
郵便配達は「ファンタジーアの女王」と書かれた席の椅子を手前に引いて、咲良のママが座るのをお手伝いしたあと、その横の「議員席」に着いた。
「あたりまえだけどさ、郵便配達のおじさん、正体は咲良のパパだろ? でもさ、ファンタジーアの郵便配達って、手紙なんてどこからも来るはずないから暇だろな。僕らのマイ・ワールドの鍵以外に一体なに運んでるのかな?」
ペトロがマリエに小さな声で聞いた。
「咲良おねーちゃんの話だと、郵便配達の仕事って、むかしはめちゃ忙しかったそうよ。ファンタジーアが北欧の森の中にあった頃は、世界に子供が一杯いて、みんな一つずつ秘密のマイワールド持つてたからなの。何十億という子供たちのマイワールドがファンタジーアと繋がってて、子供たちから女王様宛のお手紙が一杯来てたのよ。 咲良もママと一緒にお返事書くのに大変だったっていってたわよ」
・・・「あと、お一人です」
総理大臣が腕組みをしながら報告をした。
最後に、匠のママが慌ただしく議事堂に駆け込んできた。
「遅れちゃってすみません! 匠がどうしても離してくれなくて・・なんとか言い含めてやっと出て参りました」
「マリエ、匠はママっ子だもんな。きっとママのスカート引っ張って放さなかったんだぞ」
匠の甘える姿を想像して、ペトロは必死で笑いをかみ殺した。
「それでは皆さんお揃いのようですので、2106年度、最後の臨時国会を開催いたします!」
校長先生が立ち上がり、議事堂中に響き渡るような大声で開会を宣言した。
人手不足で議長になる人がどこにもいなくて、総理大臣が議事を進行していた。
校長先生は宣言を済ませると、いかにも面倒くさそうに議長席に座り込んで、黙ってしまった。
ファンタジーアの女王、咲良のママが手を上げて校長先生に発言を求めた。
総理がうなずくと、ママは勢いよく椅子から立ち上がって演説を始めた。
・・いよいよ三界を一つにする大三界の日が近づいて参りました。
私たちは「リアル」「虚構」「幻想」の三界の力と知恵を統合して、子供たちが生きていくのにふさわしい未来世界、つまり”大三界”を地球に完成させたいと願っております。
しかしながら私ども保護者や先生方が黄泉の国から毎夜頂いている生存のエネルギーにも限りがございます。
ことは急ぎます。
今日は子供たちにいつの日に、どの様に、この地球を引き継がせるのかを決める最終会議でございます・・
ファンタジーアの女王がぐんと背筋を伸ばして、総理を睨みつけた。
「ところで総理! 人類に残された時間、いいかえますと子供たちのための食料はあとどのくらい残っておりますのでしょうか? 総理、のんびり総理大臣の席に座ってなんかいないで、立ち上がって、正直にお答えください。どうなんですか! これ、校長先生!」
女王の迫力に押されて、校長先生が椅子から跳びはねた。
「そ、その件は、担当大臣に答えさせます・・担当大臣殿!」
議事堂の奥から黒い影が現れて、総理の隣の「担当大臣」と書かれた席に人の形を作った。
「アッ! あれ、ヒーラーおばさまだ」
マリエが思わず声を上げてしまった。
ペトロが慌てて、マリエの口をふさぐ。
「ここ、絶対みんなに中継しないと!」
マリエはポケットからスマホを取り出して、議事堂から放送中継を始めた。
”ジャン!”
四台のスマホが同時に鳴った。
家のベッドで中継を待ちかねていた裕大と咲良とエーヴァと匠がスマホに飛びついた。
スマホから、聞き慣れたヒーラーおばさまの声が聞こえた。
・・質問にお答えします。
もちろん、野菜とか肉類とかのフレッシュ・フードの備蓄はすでに使い切ってございません。
残っておりますのは冷凍と保存食品ばかりですが、子供たち六人分で三年持つかどうかというところです。
あとはコケ類、菌類の培養開発に期待するとしまして、どうしても足りないのは発育期に必
要な動物性のタンパク質です。
ご存じの通り、人類が食べられる動物は、地球上から姿を消しています。
あとは最近この辺りに住み着いている、宇宙からやってきたとみられるスペース・イタチを
食料として家畜化できないかと、検討を始めているところでございます・・
マリエのお腹の上でなにかが暴れ始めた。
マリエが耳の後ろをなでて、”大丈夫、大人しくするのよ”と優しくなだめる。
「その子は人の言葉が分かるの?」
ペトロが小声で聞いた。
「地球の言葉を勉強中なの、この子の名前はゴルゴンよ」
「おいしそうな名前だな。昔、ピザで食べたことあるよ」
「アタリ! この子のおならはゴルゴンゾーラと匂いがとても似てるの」
・・二人は会議の内容にうんざりして、勝手なお喋りを始めた。
♯「あ~と3年、あと3年。ペトロとあわせてあと6年。ゴルゴン食べてもあと7年」♭
マリエが小さな声で歌っている。
ゴルゴンがまた暴れだした。
ペトロにはマリエの気持ちがわかった。
「とっても深刻な話のときはさ、歌でも歌ってないとやりきれないよ」
ペトロが呟いた。
会議はまだ続いていた。
この世の宇宙の外まで飛び出して、食料の調査を済ませた宇宙艇ハル号の船長、エーヴァ・パパが代表質問をしていた。
「総理! 食料増産計画の件ですが、調査した外宇宙の惑星テラには緑の森がありました。あの緑を地球に移植・改良できれば、野菜が手に入ります。野菜が手に入れば、家畜を育てられます」
エーヴァ・パパがあきらめ顔で質問を続けていた。
「ただし地球に移植するには宇宙空間の歪みを通過しなければならない。超大型の新航法宇宙船と大量の人手が必要となりますが、”総理” 資材と人材は調達可能でしょうか?」
「担当大臣殿」
総理が担当大臣を呼んだ。
暗闇からヒーラーおばさまが再び現れて、答弁席に着いて答えた。
「先日の課外授業で資材は底をつきました。宇宙艇の燃料もあと往復一回限りです。人材はみな黄泉の国に参りました」
やるせない溜息が国会議事堂を支配していた。
ペトロのママが立ち上がって、校長先生に厳しく迫った。
「過去の世界から食料を手に入れたらどうでしょうか。こうなれば過去から輸入した”賞味期限切れ”でも、食べられるものなら何でもいいのじゃありませんか?」
「担当大臣殿」
総理がだれかを呼んだが、声は虚しく議事堂に反響して、誰も現れなかった。
「虚構の手品師殿答弁をどうぞ! アッ、そうでした。彼は今日はここにはおりません。手品師は子供たちの未来探しの旅に行くと行って、先ほど出かけていきました。本日は担当大臣は欠席しております」
ママたちが一斉に校長先生を睨み付けた。
厳しい視線にたまりかねて、校長先生は自ら立ち上がって答弁席に移った。
・・私は虚構の手品師にもうずいぶん前にその質問をしたことがあります。
彼に笑われましたよ、虚構はあくまで虚構ですと。
過去の世界にワープして美味しい料理を食べることが出来ても、所詮、それは幻影に過ぎない。
食料をこの世界に持って帰っても、たちまち消えて無くなる。
パラレルな世界とはそういうものだ。
過去や未来を体験したつもりでも、それは私たちの世界とは違うレールの上を走っている別の世界を覗いているだけに過ぎない。
私たちはリアルという一本のレールから外れることは決して出来ないのだと手品師が言ってました・・
苦しい答弁を終えると、校長先生は総理の席に戻ってドサリ!と座り込んだ。
・・「ここのやりとり、なんだか寒くない?」
マリエが、放送中継を中断して、ペトロの背中を指で突ついた。
「マリエ、ここ抜け出してとなりの電子図書館に遊びにいかない? ちょっと調べてみたいことがあるんだ」
ペトロは入り口の扉を指さした。
二人は気付かれないようにそっと傍聴席を離れた。
議事堂の扉は、匠のママが慌てて飛び込んできたときのまま、観音開きの真ん中が、少し開いた状態になっていた。
ペトロとマリエの二人は議事堂を抜け出した。
「念のため、葉隠れの葉っぱはかぶったままにしておこうよ」
ペトロがそう言って、二人で電子図書館の扉の前に立つと、ドアが勝手に開いた。
「国会図書館にようこそ!」
自動音声がウエルカムといって、やさしく二人を迎えてくれた。
その声はどこかで聞き覚えのある女性の声だった。
二人が入り込むと、部屋の天井と壁から柔らかい照明が降ってきて、図書館の内部が浮かび上がった。
二人はエントランス・ゾーンに立っていた。
奥には教室位の大きさの部屋があって、ちいさな事務机がいくつか並んでいた。
それぞれのデスクには図書検索用のパソコンが置かれている。
部屋の奥の壁は、一面に大きなガラスがはめ込まれていて、向こう側には体育館くらいの巨大な空間が広がっているのが見えた。
そこには、記録用と計算用のコンピューターが数列に分かれて並んでいた。
そこは世界中の重要な記録がデジタル化されて収められている、電子図書館だった。
二人は一つのデスクに椅子を二つ並べ、一台の端末に向かった。
「ペトロ君! 深夜の国会図書館で君は一体なにを知りたいというのかな?」
マリエがおどけてペトロに尋ねた。
「ほら、タイムスリップしてカレル先生の昔の家にお邪魔したとき、庭の話、盗み聞きしたじゃない。あのときのカレル君とハルちゃんの話の続きがどうしても知りたいんだ」
ペトロが知りたいのは、 カレル先生の子ども時代の家で、ペトロたちが二階のテラスから盗み聞きした話の続きだった。
二十一世紀の過去から、カレル少年とハル少女が世界の偉い科学者八人を引率して、今から二年前にこの世界を視察に来ているはずだった。
2104年11月3日の祭日が、ペトロの記憶にある視察予定の日だった。
ペトロとマリエはこの日付で、視察の記録がないかどうか、検索を開始した。
数十分がたってマリエが小さな欠伸をしたとき、”やったよ!”とペトロの声が小さく弾んだ。
【過去からの訪問者2104年11月3日】というファイルが目の前にあった。
ファイルの頭には『最高機密』の赤い四文字が付いていた。
なんとかしてファイルを開けようと、ペトロは”キー・ワード”の枠に思いつく限りのセンテンスを片っ端から放り込んでみた。
すべての試みは無残に拒否されてしまった。
「このファイルは最高機密です。資格を持たずに侵入しようとするものは、法律で厳しく罰せられます」
警告の赤い文字が派手に点灯していた。
「最高機密っていったい誰に対して秘密なんだよ?」
ペトロがキーボードをがんと叩いた。
「きっと私たちのことよ! だれかに閲覧拒否されてるのよ」
マリエもドンと机を叩いた。
そのときだった。
「ハーイ、ペトロ! 乱暴しないでよ。マリエと二人でこんな時間にどうしたの?」
その声は間違いなく聞き慣れたハル先生の声!
・・電子図書館の中にハル先生がいる。マリエと二人でいるところを先生に見つかった・・
ペトロは椅子から転げ落ちそうになった。
マリエがあわててペトロの身体を支えた。
「ペトロもマリエもそんなに驚かないでよ。ばらしちゃうとね、このスーパーコンピューターも私の身体の一部なのよ。ハル先生、電子図書館の館長さんってとこかな」
ハル先生の声がなんだか眠たそう。
「あら、ハル先生、夜は電子図書館でお休みなのね。起こしちゃってごめんなさい」
マリエが涼しい声でハル先生に答えた。
神の子マリエは滅多なことでは驚かない。
「ハル館長にお願いします。閲覧拒否を解除して下さい。ハルちゃんとカレル君の計画、成功したのかどうか、ペトロもマリエもどうしても知りたいの」
「ハル先生了解。でも館長自らは解除できないの。二人で考えてください。カレル教授が作った拒否解除の暗号。二人なら分かるはず。ヒント、”カレル家のディナーと関連あり”」
「豚のソテー」
立ち直ったペトロが好物の名前を打ち込む。
反応なし。
「タケノコ料理」
「近い。カタカナと漢字で四文字」
ハル先生の声。
「ブー太郎」
マリエが四文字を叩くと、チャイムがピンポンと鳴って、ファイルが開いた。
【議事録または映像記録、どちらかを選択してください】の表示が出た。
ペトロは「映像記録」にタッチした。
マリエが慌ててスマホを取り出した。
マリエはパソコンの横の小さな端子にスマホの細いケーブルの先をカチャカチャやって二つを繋いだ。
「ただいまから、国立国会図書館より、カレル少年とハルちゃん出演のドキュメンタリー番組『過去からの訪問者』を中継でお送りいたします」
”驚くな! 解説は図書館長のハル先生だよ”
マリエのナレーションがスマホに流れて、ベッドで寝っ転がって次の中継を待ちわびていた四人の生徒が、ベッドから一斉に飛び起きた。
(続く)
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下條 俊隆

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