この世の果ての中学校 14章 過去からの訪問者

 中学校の地下で行われた秘密のPTAの会場は、国会議事堂だった。

 そしてPTAの会は、じつは日本の国会だった。

 国家議員のママと総理大臣の校長先生の間で交わされる”質疑応答”に、すっかり退屈したペトロとマリエは、議事堂を抜け出してとなりの電子図書館に潜り込んだ。

 ペトロが探していたのは”過去からの訪問者”の記録だった。

 西暦2016 年の過去の世界から、カレル少年とハル少女が世界の偉い科学者八人を引率して、今から二年前にこの世界を視察に来ているはずだった。

ペトロはその結果をどうしても知りたかった。

ちびっこスパイの二人は、図書館のパソコンの中から突然現れたハル先生に助けてもらって、”最高機密・過去からの訪問者”と書かれた記録ファイルを開けることに成功した。

「ただいまから、国会電子図書館より、カレル少年とハルちゃん出演のドキュメンタリー番組『過去からの訪問者』を中継でお送りいたします」

 ”驚くな! 解説は図書館長のハル先生だよ”

マリエのナレーションが四人のスマホに流れた。

家のベッドに寝っ転がって次の中継を待ちわびていた年長組の咲良と裕大、エーヴァと匠の四人が、ベッドから一斉に飛び起きた。

前回の章、まだの方はここからお読みくださいね。

この世の果ての中学校 13章 学校の地下室は”国会議事堂”だった!

この世の果ての中学校 14章 過去からの訪問者

「こんばんは、こちらハル先生です。ビックリした?  先生、夜は電子図書館の館長してるのよ。ハル先生の正体、スパコンの人工知能AIだってことくらい、みんなもうとっくに知ってるわよね。今夜のみんなのスパイ行為、パパやママにばらさないから、先生がAIだってことも内緒にしてね」

 ハル先生の声がスマホから流れた。

「ところで、この映像記録はとっても長いから、大事なとこだけ放送します。カットしたところはいつか図書館に遊びにきてゆっくり見て下さいね」

・・それじゃ映像スタート!・・

【2104年11月3日(祭)AM10時00分  過去からの視察団は宇宙船で地球視察に出発】 

 撮影年月日の書かれた表示が画面の下に出て、いつもの見慣れた中学校の校庭が画面一杯に写し出された。

 校庭の中央には一艘の小型宇宙船が、朝の太陽の光をきらきらと反射しながら、乗客が乗り込むのを待っていた。

 学校の校舎から校長先生が姿を現して、そのあとに10人の人影が続いた。

 虚構の手品師に連れられて過去からやってきた10人の訪問者だった。 

 小さな姿が二つ、視察団の先頭に立って、宇宙船に乗り込んでいく。

「カレル君とハルちゃんも元気に宇宙からの地球視察に出発です」 

 ハル先生の解説が始まって、画面が切り替わった。

 大気圏外に飛び立った宇宙船のカメラから地球を望む映像が、画面いっぱいに写し出された。

 画面に映る地球はさびた鉄のような色をしていた。

 赤茶色の土で覆われた大地が、どこまでも大きくうねりながら続いている。

 静かな不毛の世界に、動くものの気配のない都市が廃墟となって横たわっていた。

 海は青くなかった。

 海岸線からしみ出した茶色い潮の流れが、渦巻状に海洋全体に広がっていた。

 宇宙船は小さな四つの島の上空を離れて、西回りに地球の上空を一周した。

 地球の五つの大陸が画面に次々と写し出されていった。

 豊かだった大陸の自然はどこかへ消え失せて、巨大なシャベルで削り取られた跡の様なクレーターがどこまでも続いていく・・。

「おい! これトリックじゃないのか。ここ地球じゃないよな。火星か金星か他の惑星だとだれか言ってくれよ」

 窓から地球を観察していた若い科学者が、 頭を抱えて宇宙船のフロアーに座り込んでしまった。

・・そのあとの映像は早回しされた。

 宇宙船は地球を一周して出発地点の上空に戻った。

 視察団の眼下に、再び巨大なドームが現れた。 

 ドームは薄い膜で覆われ、半円球状に地平に広がっていた。

 宇宙船のキャビンで校長先生が科学者達にドームの説明を始めた。

「この巨大ドームの内部に私たちの住んでいる世界があります。ドームの薄い膜は、太陽光線の直射を遮ったり、大気を環流させて温度を一定に保ったり、真水から作り上げた貴重な酸素を蓄える構造になっております。この中ではわずかですが緑の植物も育てております。地球の各地から集められた元気な六人の子供たちと、この緑が私たちの宝物なのです」

 視察団の科学者たちが、むさぼるようにドームの写真やメモを取る姿がクローズアップされた。

・・画面が素早く飛んで、学校の地下の議事堂に移った。

 議事堂は模様替えされて立派な会議室に変わっていた。

 真ん中の広い空間に、長いテーブルが二列に向かい合って並んでいる。

 ゲスト用に設けられた列には10人の訪問客が座っていた。

 真ん中の席にひげを生やした団長、その両側には落ち着かない様子の科学者が七人、小声で言葉を交わしながら腰を下ろした。

 列の端には、ハルちゃんとカレル君が並んで座った。

 ホストの列には校長先生を真ん中に挟んでカレル教授と裕大パパと咲良ママが座り、後方の椅子に黒いコートを着た虚構の手品師が一人目立たないように座っていた。 
 

 校長先生が元日本国の総理として歓迎の言葉を述べたあと、視察団の団長に挨拶を一言お願いした。

 ひげの団長が椅子席から立ち上った。

「あなた方の地球の惨状はたったいまこの目で確認させて頂いた。我々の視察の目的はこの原因を究明して未来に備えることにある。したがって、私どもの質問には嘘偽り無く、正直にお答え頂こう。まずはそちらの席に座っておられる方々からお名前と役割をご紹介頂きたい」

 まるで”お前たちの不始末を見届けるために遠くからきてやったんだぞ”と言わんばかりの傲慢な挨拶を済ますと、ひげの団長は座りこんでしまった。

・・この態度みた? この男こそ、かの悪名高きマーカー親父です!・・

 頭にきたマリエが間髪入れずナレーションを入れた。

 マーカー親父は目の前のテーブルに置かれた「ドクター・マーカー」の名札を取り上げて、面倒くさそうに胸につけ、総理を名乗った校長先生をうさんくさそうに眺めた。

 それから、カレル少年にそっくりのカレル教授を「お前は何者だ」といわんばかりに、顎ひげをなで回しながら睨めつけた。

 校長先生が会議のスタートを宣言して、はじめにカレル教授とリアルの王を紹介した。

 カレル教授は地球の環境と生徒たちへの教育カリキュラムを説明して、リアルの王はドーム世界の厳しい現状を説明した。

・・団長と副団長は一言も発しないで腕組みを続けていますが、科学者達はときどきメモを取っている様子です・・

 映像が流れ、ハル先生の解説が続いた。

・・ファンタジーアの紹介は、21世紀の科学者の理解を遙かに超えていますので、技術的な説明は省くことになりました。

 ただ、その歴史について”サラ一族の女王”が紹介をしました。

 でもここで、ちょっとした事件が起きたのです・・

 画面では、咲良のママが椅子から立ち上がり、優雅な手つきを交えて、ファンタジーアの紹介を始めた。

「私たちサラ一族は、地球の森林地帯の奥深くで静かに暮らしてきました。サラ一族は世界の子供たちが作り上げる心の中の幻想を大事に育ててきたのです。子供たちのいろいろな夢や、空想を緩やかに紡ぎ上げて、ファンタジーアと呼ばれる一つの幻想の世界を作り上げたのです。ファンタジーアの対極にあるのは恐怖の世界です。恐怖を作り上げているホラー一族は闇に生きています。二つの世界がお互いに戦うことで、子供たちに現実世界を生きていくエネルギーを供給してきたのですよ」

「ふん、夢と恐怖が生み出す、命のエネルギーだと? 馬鹿げたこというんじゃねーよ」 

 末席にいた若い科学者があくびをかみ殺しながら、隣の席の仲間にささやいた。

 その声は机の上の発言用のマイクに拾われて、出席者全員の耳に届いた。

 突然の思わぬ発言に、会議室は静まりかえった。

 かすかに頬を紅潮させたサラ一族の女王の掌が、静かに若い科学者の顔に向けられた。

 女王の右の掌から、夢と希望に満ちた真っ赤な光が放たれて、科学者の顔の左半分を襲った。

 至福の時を受け入れた顔の半分は恍惚として耄けはじめ、たちまち老人のものとなった。

 女王の左の掌からは暗黒の光が放たれ、受け止めた顔の右半分が恐怖にゆがんだ。

 二条の光は若い科学者の顔の真ん中で音を立てて交わり、男の口は縦に長く裂けた。

 男の口から甲高い悲鳴が宙に飛んだ。

 驚いた科学者たちが一斉に立ち上がり、若い男に駆け寄った。

 二つの顔を持った男は宙を見つめ、椅子の上で放心していた。 

「ご免なさい。どうしてもファンタジーアの存在を信じていただきたくて・・」

 咲良のママは若い男に謝って、掌の光を消した。

 男の顔が元に戻り、正気を取り戻すと、女王は話を続けた。

「前世紀の終わり近く、人類の絶滅とともにファンタジーアは地球から姿を消しました。でも、ここドームの中に小さなファンタジーアが、砂漠の中のオアシスのように生きながらえております。元気な六人の子供たちの創りだした、六つのマイ・ワールドのおかげです」

 咲良のママは訪問者たちを一渡り見渡してから、若い科学者のところで視線を止めた。

「あなたのお顔から、大事なものが抜け落ちております。夢と希望、それに畏れまでも。元の世界にお帰りになったら、まず子供たちの声に耳を傾けてください。子供たちはみんな秘密のマイ・ワールドを創っています。皆様の世界の希望がそこから見えてくるはずです。子供達の夢や空想を無視し続けたら、子供達の世界も冷え切ってしまいます。豊かであるはずの未来が、ぎすぎすとした世界に変貌して参ります。一言、皆様に申し上げたかったのはそのことです」

 画面が切り替わり、校長先生が虚構の手品師を紹介していた。

「この学校とパラレル・ワールドへの旅行契約を交わしている”虚構の手品師”をご紹介します。ご存じの通りですが、本日の皆様のタイムトラベルも彼の手配で実現したのです。手品師との契約の目的は、生徒たちが課外授業の一環として、こことは次元の異なる世界を体験することにあります・・」

 突然映像が乱れて、校長先生の話を遮るように訪問団の一人が立ち上がり、虚構の手品師を指でさした。

 それは21世紀の高名な科学者の一人で訪問団の副団長だった。

「最後の虚構はパラレル・ワールドですか。私も21世紀の科学者の端くれですが、幻想や虚構の話には飽き飽きしましたよ。そろそろ子供だましを中止して、手品の種を明かして貰おうじゃないですか!」 

 虚構の手品師は、薄暗い席に座ったまま表情を変えず、一言も言葉を発しなかった。

 会議室は再び静まりかえった。

   気まずい雰囲気に耐えかねて、校長先生が手品師に目配せをして、会議室の正面にかけられた時計の針を指さした。

 次に指先を一回転して、時計の針を動かす仕草をした。

・・ここでハル先生の解説が入った・・

「訪問団員はいまだに22世紀の未来に来ていることが信じられないのでしょう。というよりも・・この荒廃した世界を自分たちの未来として認めたくないのです。それで校長先生は科学者に信じてもらうために、虚構の手品師に《非常手段》を取ってくれるように頼んだのです」

 手品師は校長先生に頷いて立ち上がった。

 その顔は仮面をかぶったように暗くて、意図していることが誰にも読み取れなかった。

 手品師は黒いコートを脱いで机の上に置いた。

 「それでは、手品の種をお見せしましょう! 訪問団の皆さんは今朝お渡ししたスオッチをご用意ください」

 手品師は、視察団の全員に向かって、それぞれの手首に巻き付けたタイム・トラベル・スオッチをマイナス・1億7000万年に正確にセットするように指示した。

 次に、会議室の照明を少し落とす様に校長先生に頼むと、身体に巻き付けたマスター・ウオッチを操作して、目標時間を合わせた。

「COME!」

 手品師が合図をした。

 会議室は轟音とともに、真っ白い光に包まれた。

 科学者たちが慌てて、手首のスオッチの発進ボタンを押して、作動させた。 

「ジュラシック・ワールド!」

 手品師の声が議場に響き渡り、ジュラ紀の森林が会議場のセンター・・訪問団の背後の空間に出現した。

 森から数頭の恐竜が現れて、科学者たちをみつけて興味深そうに近づいてきた。

 先頭の一頭が副団長の前に後ろ足で立ち、巨大な口を開けて咆吼した。

 唾液が飛び散って科学者の頭上に降り注いだ。

 驚いた科学者が椅子から転げ落ち、テーブルの下に逃げ込んだ。

 一頭の小型の肉食恐竜がテーブルの下に隠れた副団長をみつけて近づき、ズボンの裾に噛みついて、巨大な恐竜のいる明るみに引きずり出した。

 副団長の悲鳴が会議室に響いた。

 あわてた虚構の手品師がマスターウオッチを現在に戻した。

 会議室に白い光線が走り、訪問団の前から、森林と恐竜は消えていった。

 ・・映像が切り替わった。

「次のマジックはこの世に無数に存在する未来の一つ、暗黒宇宙! どなたも決して闇に手を出さないように! 闇に消えた手は二度と戻ってこない!」

 警告を発して、手品師は科学者たちのスオッチに七文字のアルファベットと十三桁の数字を打ち込むよう指示した。

「GO!」

 一瞬にして会議室は光が存在しない無限の闇と、音が存在しない永遠の静寂の中に放り込まれた。

 科学者たちは両手を身体に巻き付け、呼吸を止めたまま、彫像のように固まっていた。

  映像記録が数分飛んで、手品師の声が響いた。

「三つ目は皆様の日常世界にご招待」

 手品師は手元の電子手帳を開いて、副団長の家族が暮らす家の住所を読み上げた。

 手品師は、住所が間違っていないことを本人に確認すると、その住所をマスタースオッチの座標軸に正確に打ち込み、発信ボタンを押した。

 副団長の目の前に、小さなリビングが現れた。

 そこには彼が過去においてきた小さな子供が、一人で元気に遊んでいた。

 科学者の目が潤んで、思わず我が子に手を伸ばした。

 その子は、なにかに気が付いたように科学者に向かって小さな手を伸ばした。

 そして幼い口を開いて「パパ」と言った。

「手を伸ばしてはだめです」

 手品師の警告とともに子供の姿は闇に消えていった。

「ラスト・マジックです」

 そう言って虚構の手品師は、会議室の空間に巨大な地球儀を出現させた。

 そして、八か国を代表する八人の科学者の家族を順番に写し出して、モザイクの映像のように小さく切り分け、地球儀の8カ所に貼り付けた。

 次に手品師は、地球儀の上空に先ほどの暗黒宇宙を呼び出した。

 暗黒宇宙は地球儀に8本の黒い触手を伸ばした。

 八つの家族は悲鳴と共に漆黒の闇の手に連れられて暗黒宇宙に消えた。

 会議室の空間には赤茶色に焦げた地球儀がぽつんと残されていた。 

・・家族の安否を確かめたくて、科学者は席を離れ、会議室の中を手品師の姿を求めて必死に探した。

 しかし、手品師の姿は黒いコートとともにどこかにかき消えてしまった。

  (続く)

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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