第三惑星テラに住む小さなエドの家族に、遠く離れた地球のエーヴァから至急の電子メールが届いた。
メールの中身はともかく、仲間の生徒達から頼まれて、宇宙遊泳の長旅をして外宇宙の第三惑星テラに電子メールを届けたのは中学2年生の匠だった。
(前回のお話はここからお読みください)
この世の果ての中学校22章“クレアとボブは緑の怪物を探しに森に出かけた”
匠は宇宙マラソン初代チャンプの祖父から、「決して諦めないアスリートの魂」を受け継いでいた。
さらに匠は三界はぐれのおじさんから教えて貰った宇宙遊泳の秘技を毎晩人知れず磨き上げた。
匠は一人地球を旅立ち、スペース・ウエア一つで宇宙を泳ぎ、銀河系宇宙の果てにある巨大な歪みの前に一週間をかけてたどり着いた。
匠は緑の第三惑星を目指したが、巨大歪曲を泳ぎ抜けることはできなかった。目に見えない壁が匠を押し戻し、突き進もうとする体ははじき飛ばされた。
あきらめた匠は、一息つくと、宇宙服のポケットからスペース・フォンを取り出して、エーヴァが生徒代表で書いた電子メールを、惑星の広場に建てられたエドの記念碑、円筒金属板の表面に送り届けた。
一族の命を残して空に散った英雄エドの記念碑を作ったとき、円筒ボックスの表面はスペース・メール用の受発信プレートに加工されていた。
メールを発信すると、匠は返事を待つことにして、背中のナップザックから休憩用のハンモックを取り出して宇宙に広げ、横になった。
その朝、第三惑星テラでは、小さなエドの一家がいつものように森の花を集めて、エドの記念碑にお供えにやってきた。
「大変! 地球のエーヴァお姉ちゃんからメッセージが届いてる」
目のいいクレアが最初にメールを見つけた。
エドの記念碑のプレートに鮮やかなメッセージが浮かび上がっていた。
「クレアは文字が読めるかな」
パパ・エドがクレアに聞いた。
「長文の英語ね、まかせて・・。行くわよ!」
アメリカの北の大陸から宇宙船でやってきた避難民の孫、クレアが長いメッセージを一気に読み上げた。
「お久しぶり、みんな元気? こちら地球のエーヴァ。
地球の6人の仲間から、小さなエドの家族に大事な相談があるの・・。
驚かないでね、じつは第一テラと第二テラそれに第三テラも、地球の分身かもしれない。
三つの惑星テラは地球から逃げ出した緑の森からできあがった惑星だという結論が出たの。
地球の環境がどんどん悪くなって、このまま地球にいたら緑の植物は全滅してしまう・・危ないと思った緑の植物が地球から逃げ出してできあがったのが惑星テラじゃないかって。
もしかしたらよ・・どこかに緑の守り神がいて山や森や畑を土ごと連れて行ったんじゃないかって噂まであるの。
第一テラの巨人たちはそのときアマゾンの奥地からくっついていったんじゃないかって。
匠が大事にしてた庭の柿の木も地面ごとくりぬかれたように無くなってたそうよ・・。
ここからよく聞いてね。
突拍子もない話なんだけど『離れたものなら元通りくっけられないかって』みんなで考えたの・・小さなエド達のテラ3と私たちの地球を融合させるって計画。
テラ3の緑が地球に戻ってきたら、研究室に隠してある凍結細胞から絶滅した動物たちを再生して育てるの。つまり元通りにして、みんなで一緒に暮らすってこと。
この考え・・どう思う?
地球からの分身説、事実かどうか大至急確かめたいの。
言い伝えとか、地球の痕跡が見つかったとか、それみたいな話ないかしら?
もし緑の守り神様がそちらの惑星に住んでらしたら直接お聞きしてもらってもいいわよ・・なーんちゃって!
ところで小さなボブも可愛いクレアもそこにいるの?
も一度会いたいな!
そうだ、返信はやり方分かるわね。
これ消して同じ場所に指で文字書いてどんと叩いて打ち込んだら終わり。
自動発信で中継基地の匠に届くわよ。返事待つわね・・エーヴァ」
読み終えたクレアがパパ・エドに頼んだ。
「パパの出番よ。英語文字打ち込めるのパパ・エドだけ、お願いすぐOKって返事して! わたし森の中で緑の怪物を見たことあるって伝えて・・」
パパエドが、プレートに向かって昔の記憶をたどりながら、英文で返信メールを指で書きはじめた。
「こちらパパ・エド。エーヴァのメール読んだよ。
みんな元気だよ。地球のみんなも元気?
メールみたけど、惑星テラが地球から逃げ出してできあがったって話、誰からも聞いたことないよ。
テラ1の巨人の孫ならなにか知ってるかもしれないけど遠くて会えない・・。
緑の守り神には会ったこともない。
でもクレアはときどきこの惑星の森の中ででっかい緑の怪物を見かけるんだって。
木から木へ飛び回ってる半分透明な生き物だ。
僕たちにはみえないけど、クレアにはみえるらしい。
エドの子供たちの中でクレアの目が一番緑色してるから、怪物が見えるのかな。
いまから探してみて、もし会えたら、なにか知ってないか聞いてみるって横でクレアがいってる。
匠、元気?! そのまま中継基地で夕方まで待っててくれたらなにか報告できるかもしれないよ」
記念碑のプレートに書き終えたメールをパパ・エドがどんと叩いて送信すると、しばらくして返事が来た。
「了解、パパ・エドへ。しばらくここで待つよ。地球の仲間はみんな元気だよ。中継基地から匠」
・・・
「いまから森に出かけてくるわ。緑の怪物の通り道はいつも決まってて、今日は渓谷沿いに下ってくると思うの。そこでしばらく待ってみる」
森の小さな家に戻ったクレアが出発の準備を始めた。
ヘヤー・バンドの中から緑の葉っぱで作り上げた一番大きなものを選んで、長い髪を引っ詰めた。
「緑の怪物さんに仲間だと思ってもらわなくっちゃね!」
クレアがボブに囁いた。
緑のヘヤー・バンドを見て、小さなボブがやる気になった。
「ボブも手伝う!」
ボブは緑の怪物がすぐ気が付くように、葉っぱで織り上げた目の覚めるようなグリーンのジャケットと白い短パンに急いで着替えを済ませた。
「ボブに負けちゃったみたい」クレアが目を丸くして笑った。
二人は手をつないで、朝の日差しの中を森に向かって出発した。
「気をつけてね!」
ママ・アナとパパ・エドが小さな家の前に立って、二人を見送った。
「あの子たち、怪物に食べられてしまわないかしら」
ママが心配してパパに聞く。
「女の子のクレアと小さなボブだけなら怪物も警戒しないし、悪いこともしないと思うよ。今日はクレアに任せてここで二人の帰りを待とうよ」
パパ・エドがママ・エドの肩にやさしく手を回した。
クレアとボブはいつもの森の小道を登っていった。
森では、硬い果肉の詰まっている木の実とか、柔らかい根菜とか、パリパリに焼き上げて食べる小さな昆虫とかを集めることができた。
森の奥深くまで分け入ったところで、水がはじける音が聞こえきた。
二人は小道を外れて、木の枝を伝いながら、斜面を水音のする方向に降りて行った。
底地に着くと、さっと視界が開け、冷たい水の飛沫が降りかかってきた。
上流から数本の渓流が集まって、一本の滝になって目の前の滝壺に落ちている。
クレアが耳に手を当て、なにかを聞き取ろうとした。
滝壺にはじける水の音に混じって、遠くで小さな風が騒ぐ音が聞こえた。
「ボブ、ここで待ち伏せするわよ!」
クレアはそう言って水際の岩に腰を下ろした。
ボブもあわててクレアに並んで、隣の岩に腰掛けた。
いつも陽気なボブが、両手を握りしめて緊張している。
目をいっぱいに見開いて、滝の上流を睨んでいた。
しばらくして、さわさわという不思議な音が近づいてくる。
音の正体を見極めようと、ボブが思わず立ち上がりかけた。
「そのまま、動かないで!」
クレアがボブを片手で制した。
白地に薄いピンク色をした、目も覚めるような美しい蝶が群れをなして、川上からやってきた。
ボブの目の前で、ピンクの虹が跳びはねる。
蝶の群れはクレアとボブの身体に当たりそうになると、いくつかの群れにさっと分かれて、空に舞った。
戯れ、しばらく遊んでいたが、ふと、なにかに怯えたように静止した。
突然空が陰り、雲間から一陣の風が吹いた。
群れは大慌てで風に乗り、下流に群れ落ちていった。
「来るわよ!」
クレアが一声叫んで、岩の上に立ち上がった。
緑のリボンをさっと髪から外して手に掴み、上流に向かって大きく振り廻す。
ボブも小さな岩の上に立ち上がり、緑のジャケットを脱いで頭の上で振り回した。
風の音が変わり、ざわざわーっと、強い風が岩の上の二人に吹き付けた。
「止まって下さい! 止まって下さい」
クレアが両足を踏ん張って緑のリボンを振り、風に向かって叫ぶ。
「止まれ! 止まれ!」
小さなボブが立ち上がった。
両脚を踏ん張って、緑のジャケットを脱いで頭上に振り回した。
青かった空の色が薄緑に変わり、音を立てて風が吹きつけてくる。
クレアの体が大きく揺れた。
緑のリボンがばらばらの葉っぱになって飛ばされていった。
「止まれ!止まれ!」
必死で叫ぶボブのジャケットが風に煽られ、身体が足元から浮き上がった。
「ボブ、危ない!ジャケットを手から離しなさい!」
クレアの叫ぶ声はボブには聞こえない。
ボブは緑のジャケットを必死で振り続けた。
クレアの悲鳴と共にボブの身体が舞い上がり、岩から吹き飛ばされてしまった。
ボブは川に落ち、呑み込まれ、流されていく。
「止まれ!止まれ!」
流されながらボブは叫び続け、緑のジャケットを水面に上げて振り回す。
「と・ま・れ!」
息が苦しくなったボブが最後の声を上げた。
ジャケットがボブの手を離れて流されていく。
風が緑のジャケットに気がついたようにいきなり止んだ。
岩の上に立ちすくんでいるクレアに、風の中に動く、緑色をした半透明のものが見えた。
それは流されていくボブの上に集まって回転を始めた。
小さな渦巻きが次第に竜巻となって、川の水を吸い上げて空中に吹き上げる。
巻き込まれたボブの身体が、水中から宙に浮かんだ。
竜巻はそのまま横滑りをして、ボブの身体をツツーと運び、クレアの横の砂浜にドサリと落とした。
風に巻き込まれてきた緑の葉っぱと一緒に、ボブの緑のジャケットが砂浜に舞い落ちた。
「おい小僧!びっくりするじゃないか、こんな山の中で無茶な交通整理はしないでくれ。ジャケットの緑はGO!で“止まれ”じゃない。このおじ様、混乱しちまったぞ。ところで小僧、俺になにか用か?」
緑の風の塊が、ざわついた声でボブに話しかけた。
ボブは水を飲み込んで、むせかえっている。
クレアがあわててボブの背中をトントンと叩いた。
呼吸を整えたボブが声のした方に向かってなにか言ったが、声にならない。
クレアは緑の正体をみて震えた。
怖い!声が出ない。
・・何してるのクレア! ボブは命がけよ!・・
クレアは息を詰め、はき出し、もう一度大きく吸い込んだ。
そして風に向かって一気に話した。
「ボブが・・助けて頂いたお礼を言っています。でもボブにはおじ様の姿はみえないようです。私には緑のお姿がぼんやりと見えます。今日はどうしてもおじ様にお聞きしたいことがあって、無理矢理お止めしました」
「長い話になりそうか?」
風の怪物が意外に優しい声でクレアに尋ねた。
「はい、出来れば・・」
クレアが答えると、風は方々に飛び散った自分を呼び集め、大きな一つの形を作り出した。
緑の髪、緑の目、薄緑の皮膚、薄緑の手足・・巨大な半透明の緑の怪物がボブを覗き込んだ。
「どうだボブ、これで俺がみえるか?」
「はい!でも半分は透けて向こうがみえます」
ボブが元気に答えた。
「怖くはないか?」
「おじさんは少し気味悪いです」
「そのくらい我慢しろ。俺様のお通りを無理矢理止めた人間は、ボブお前が二人目だ。
昔、咲良とか言う可愛い娘がこの辺りで俺を止めた。
人間と話すのはそれ以来だ。いいかボブこれを見てみろ」
風がそっと差し出した緑の手の中には、ピンクの小さな蝶が羽根を震わせていた。
「おじさんは蝶々を追いかけて、掴まえて、食べちゃうの?」
心配になったボブが聞く。
「違うね。こいつは、弱ってみんなからはぐれてしまった奴さ。元気が戻るまで俺が運んでやってるんだよ」
風は蝶をそっと宙に放り上げると、下流に向けて一吹きの風を起こした。
「そーら仲間の処へ飛んでいけ!」
風が命じると、蝶は宙を舞い、風に乗って仲間の群れを目指して元気に飛び去って行った。
ボブが手を叩いて喜んだ。
風が笑ってボブに聞いた。
「ボブは俺のテーマソングを知ってるかな」
ボブが首を横に振った。
「♯友よ、答えは風に吹かれて♭」
風の声がボブのよく知っている歌いだすと、ボブはもう大喜び。
ボブの先祖は遠い昔の地球、北米生まれ。これはビールが大好きなボブじいちゃんがよく歌っていた曲だ。
ボブも風のおじさんと一緒に歌った。
「自己紹介は終わりだ。どうだ、まだ俺が怖いか?」
「もう怖くなくなったよ。この歌は地球の歌だ。おじさんは地球からきたんだ。僕のパパも壊れた地球から逃れて宇宙船でここにやってきたんだ。僕、風のおじさんの友達になってあげようか」
風が笑って、一筋のつむじ風が吹き、クレアの髪を乱した。
クレアははっと我に返って背筋を伸ばした。
「私の名前はクレアです。先ほど咲良という名前をお聞きしました。地球の咲良ちゃんなら私もよく知ってますよ」
「そりゃ違うな。咲良が俺を止めたのは90年も前のことだ。きっと違う咲良ちゃんだな。遠い昔の別の世界のことだよ。でもな、なにかの縁かも知れん。クレア、じっくり話を聞こうか」
風のおじさんはクレアとボブの間の地面に座り込んだ。
「おじ様は昔、地球にいらしたのね。緑の風のおじ様、差し支えなければあなたの正体を教えていただけないでしょうか」
クレアがいきなり訊ねた。
「ふーっ!可愛いクレアに“緑の風のおじ様”と呼ばれて悪い気はしないよ。でもな、俺の正体は森を守る男、ただの森の管理人だよ。
俺様の仕事は森に適当な風を通すことと山火事を消すことだ。森は風通しが良くないとろくなことにならない。
暗闇の藪みたいになっちまって木が育たない。それと木の枝が風でこすれたり、雷とかで火が起こると山火事になる。
大事になる前に、俺様が風をさっと吹かせてさっさと消しちまう。
風を吹かせる方向や強さ加減がなかなか難しくてな。これにはかなりの熟練がいる。へまをしたら山火事になって仲間の雨雲親父を呼ばなきゃならんことになる。
一言で言って、俺の正体は緑の環境整備の下働きだよ。三っつの惑星テラを飛び回って、忙しいのなんの・・緑の守り神にこき使われてる毎日だよ」
緑の守り神の名前が出てきてクレアは跳び上がりそうになった。
・・これは答えが近い。おじ様の紹介で本物の守り神に会えて、地球から緑が消えたいきさつを聞けるかも・・
でも、そこに割って入ったボブの質問が鋭いところを突いていた。
「おじさんは大変だね。地球にいた頃も今みたいに忙しかったの?」ボブが何気なく聞く。
「とんでもない、地球にいた頃はこんな生やさしいものじゃなかったね。
それこそ身体がいくつあっても足りなかったよ。
どんどん広がる森林の開発に、高価(たかね)で売れる木の乱伐、森に火をつける焼き畑。
ボブは知ってるかな? 森の修復には何百年もかかるんだよ。
そうだ、それに加えて大気汚染と温暖化だ。
俺たち管理人がいくら踏ん張っても、無くなっていく森林の修復なんぞとてもじゃないができる状況じゃなかったね」
「それっていったい誰の仕業なの?」
ボブが恐る恐る聞いた。
「そりゃー、お前さんたち人間の御先祖様の仕業じゃねーのか?
だから人間の一族がうじゃうじゃいる地球はもう諦めて、木や草や緑の一族が土ころくっつけたままこちらに引っ越してきたんじゃないのか。
もちろん森の管理人の俺様も、そのとき一緒に地球から逃げだしてきたって訳だ」
「引っ越しするなんて、一体誰が決めたの? 緑の守り神が勝手に決めたことなの?」
クレアが直裁に問うと、風のおじ様は、首をかしげて考え込んだ。
「そうだな・・多分みんなで決めたんだと思うよ。人間どもにやられる前に逃げてしまえとな。みどり色した一族の望みが叶えられたんだよ。緑の守り神はきっとこういうだろうな、俺様はみんなの希望を叶えただけだ。地球には荒れ地ばかり残ったけど、悪いのは人間どもだってね」
“悪いのは人間だ”と決めつけられて、クレアとボブはどんと落ち込んだ。
ボブはうなだれて下を向き、クレアは天を仰いだ。
それをみた緑の風のおじ様は、ちょっと言いすぎたかなと反省して、黙り込んだ二人を慰めようと思った。
「でもな、地球の人間は別にして、ここに来たお前さんらは大した悪さはしないし、目も緑色になってきたから、俺たち緑の一族の親戚みたいなものだ。
おじ様が森の守り仕事のついでに、お前さんたち人間も守ってあげようかな。
この世の命の種にはみんな守り神がついているのに、人間だけは守り神までいなくなってかわいそうだからな」
お喋り好きの風のおじ様はまたまた口を滑らせてしまった。
「守り神がいないとどうしてかわいそうなの」
ボブが驚いて聞き返した。
ボブもクレアも命の種にはそれぞれ守り神が付いていて、自分たち人間だけが守り神がいないなんてことは初耳だ。
「そりゃ当たり前だろ、守るものがいなけりゃ命の種は長くは生きられねーからな」
答えを聞いて、クレアとボブは腰掛けていた岩から後ろにひっくりかえった。
「おいおい、大丈夫か。そんな風にびっくりしないでくれ。命の種の絶滅なんぞいくらでもあることだ。多少長いの、短いのがあってもすべての生命の種はいつかは消滅する。そうだ、絶滅の理由で一番多いのはそりゃ食い物が無くなることだ」
とんでもない話の結末と、岩から落ちた衝撃で、クレアとボブは意識を失ってしまった。
風のおじ様は砂の上に倒れている二人を前にして、途方に暮れた。
「確かこの子らの家は緑の森の入り口の辺りだったぞ」
しばらく考え込んでいた森の管理人は地図を取り出して二人の家の位置を確認すると、つむじ風を巻起こして二人を両腕にかかえ、空に舞い上がった。
××
ボブは風に優しく包まれて森の上を飛んでいる。
目の前に大好きな地球のおじいちゃんがいた。
“おじいちゃん、地球はもう緑には戻らないの?”ボブが聞く。
「ボブそれは無理だよ」おじいちゃんが答えた。
“地球のエーヴァも匠も咲良も、ペトロに裕大にマリエも、みんな死んじゃうよ。僕たちもこのままだといつか小さくなって消えちまう。緑のテラを地球に呼び戻してよ”
「テラと地球がぶつかったら、破裂して消滅しちまう。多分それも無理だな」
“おじいちゃん、ボブは地球にどうしても帰りたいんだ。上手くいく方法を教えて”
「そうだなボブ、答えは風に吹かれちまって、誰にも分からないのさ」
どんどん! と大きな音がして、おじいちゃんは緑色の風みたいになってボブの前から消えた。
××
森の管理人はパパ・エドとママ・アナの待っている森の小さな家に到着すると、ベランダの椅子に、眠り込んでいる二人をそっと座らせた。
次に風を起こして扉に吹きつけ、どんどん! と大きな音を立てると、パパとママが扉から顔を出す前に、いつもの風の通り道を目指して大急ぎで帰っていった。
・・
匠は歪曲空間の壁の手前で、休憩用の寝袋のスペースハンモックに身を任せ、神秘的な“歪曲”の存在を近くに感じながら時間を過ごしていた。
・・歪曲空間は僕たちの地球のある「内なる宇宙」と、ボブたちのいる「外宇宙」を遮断している巨大なエネルギーの塊だ。
内と外では時間の過ぎていく早さがずいぶん違っていて大きなずれが起こる。
そのずれが巨大なエネルギーを生み出している。
歪曲の意味を理解しようとしたら、認識を変えないといけない。
そのためには非常識認知という技がいる。
匠のお爺ちゃんはその技を持っていた。
三界はぐれの親父さんも持っていた。
匠ははぐれ親父から技を教えてもらった。
もしかすると三人には同じ血が流れているのかもしれない。
決して諦めないアスリート魂だ。
スーパー・アスリートは理屈でものを考えない。魂で感じるだけだ。
宇宙空間は小さな歪みだらけだ。
歪みに魂を委ねて、すり抜けたり、波乗りしたりしていけば、スペース・ウエアだけで楽に宇宙が泳げる。
泳いでいるときは何もかも忘れられる。スペース・ハンモックに揺られているような最高の気分だ。
宇宙に薄い闇が訪れ、匠が眠りに落ちたたとき、いきなりハンモックがぐらりと揺れた。
ざわざわと一陣の風が吹くと、少し遅れて声が聞こえた。
「また小僧か。ここは天上へのたった一つの開かずの出入(ではい)り口、急用に付き生き身の身体なんぞは通り抜け御免とする」
匠の身体の中を薄緑色をした半透明のなにかが通り抜けて行った。
そいつは見えない歪みの壁にぶつかると、入り口など影も形もない処から、一風吹かせて重々しい扉を作り上げ、もう一風吹かせてこじ開けると、ざわざわと騒々しい音を立てて中へ潜り込んでいった。
残された空間には数枚の緑の葉っぱがはらはらと舞い落ちた。
「悪い夢を見た」ハンモックの上で匠が身震いをした。
(続く)
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