“バタン!”
生徒たちはカレル先生が閉めた大きなドアの音とともに、教室に残された。
「みんなで、やり直しましょうよ」年長の咲良が立ち上がった。
「 ちょっと、気合い不足かな」匠が続いた。
「詰めが甘かったか」裕大が反省。
「経験不足なのよ」エーヴァが反論。
「お祈り不足ね」マリエが結論を出した。
「ウーン!」落ち込んだペトロが腕組みをして考え込んでいる。
「不足だ、不足だ、不足だ、いつでもどこでも、なにかが足りない」
どこかに隠れていたスモーキーが現れて、結論を繰り返した。
(前編まだの方はここからどうぞ)
この世の果ての中学校26章“虚構の手品師と未来を見に行ったら地球は消えていたよ”
詐欺師ホワイトスモーキーが天上の秘密を漏らした
校長室で、校長先生を囲んでカレル教授、虚構の手品師、ハル先生の四人が話し合っていた。
「私のシミュレーションでは、生徒たちの計画はあと一息で成功と言うところまできていたのですが」
ハル先生が悔しそうにナノコンのキーボードを乱暴に叩いた。
カレル教授が天を仰いだ。
「あの子たちは並の子供じゃない。100億の旧人類から選ばれた奇蹟の六人。超人類だよ! 彼らの計画が間違っているとはとても思えない」
ハル先生がうなずいてナノコンを楽器のように斜めに叩く。
「ダーク・プロジェクトのシミュレーションがうまくいかないのも不思議だわ! たかがシミュレーションなのよ。なにか大きな力が子供たちの前に立ちふさがっているのじゃないかしら?」
「ハル先生、シミュレーションはどこのプロセスでうまくいかなくなるのですか?」と、手品師が尋ねる。
「エネルギーの使用量が計算できなくなるの。なんてことないはずなのに・・・」
「宇宙船の動力系でしょうか?」
「そうじゃなくて、惑星の引き寄せと反発に必要なエネルギー計算が狂っちゃうのよ。何度やり直してもそのたびに違う答えなの。軟着陸を成功させるのには微妙なバランスが必要なのに・・・もう嫌になる」
手品師の表情がさっと引き締まった。
「ハル先生、それ、外的要因ではないでしょうか? 計算の途中でめまいがするとか?」
「そういえばめまいじゃないけど、計算途中でなんだか眩しくなることがある。赤い光が一筋、射してきて、目の前の行動を邪魔されてるみたいな・・・」
「ハル先生、先ほどの時空の果てでペトロの顔を刺した赤い一筋の光、もしかして・・・あれと同じものでは・・・」
虚構の手品師の次の言葉が、凍り付いたまま出てこない。
「まさか、あの赤い光がすでに私のパソコンの中まで・・・」
キャッ!と叫んで、ハル先生がパソコンを放り投げた。
手品師が素早くパソコンを受け止めて、デスクの上にそっと置く。
しばらく考えてから、解体して中を調べ始めた。
検体ボックスに取り残された微細な石ころをみつけて取り出すと、舌で味わっている。
「見つけた、ダークマター製サイコキネシスです」
手を口にあてて「静かに!」とジェスチャーすると、いきなり口に放り込んで、がりがりとかみ砕き、呑み込んでしまった。
「これでもうハル先生の邪魔はできませんよ。多分、匠のアクションを予測して、天上の壁のひとかけらに双方向の遠隔操作を仕掛けておいたのでしょう。質の悪いいたずらですよ」
「筒抜けだったということですか?」ハル先生が身を震わせた。
「もう安全です。私のにおいをかぐのが関の山。くくっ!」と手品師が笑った。
「生徒たちはとてつもない危険な存在と既に戦いを始めているのかもしれない」校長先生が横から言葉を挟んだ。
「あなた! 失礼、校長先生! そんなところでうだうだ言ってないで、その未知の存在の正体を早く突き止めなさい!」
廊下から良い香りがして、熱い飲み物をトレーに用意したヒーラーおばさまが、校長室のドアを開けて中に入ってきた。
「これ、できたての幽体ドリンク。私たち幽体PTAのメンバーもそろそろ寿命が期限切れ寸前ってとこですよ。生徒達のPTA会長として教授会に早期のアクションを要請します。“敵なら排除、味方なら協力求む”ですよ!」
ヒーラーおばさまの元気な一言で虚構の手品師があることを思いついてにやりと笑った。
「先生方、天上の守り神とかの正体をもう少し詳しく調べて参りましょう。奥様のスーパードリンク一つ、いただきますよ」
そう言って手品師は飲み物のカップを一つ手に取って校長室を出た。
教室では生徒会が続いていた。
「さっきのカレル君のドア・バタン! あれマジで怒ってるの?」と、咲良がマリエに聞く。
「カレル君のいつもの演技よ。怒った振りして、暖かく励ましていただいたの」
マリエがほざいてみんなで笑った。
ダーク・プロェクト失敗の責任を感じて、どんと落ち込んでいるペトロをみんなが励まそうとしていた。
「失敗の原因やけどエーヴァの言ってる経験不足が正解やと思うわ。なんせこんなこと絶滅寸前の俺たち初体験やもんな。一度絶滅してみんと分からんわい!」と匠が言う。
「でもさ、失敗を畏れずに新しいことに挑戦しなけりゃ、未来は創造できねーよ、ってペトロがいつもわかった口きいてるぜ。だよな・・・ペトロ!」
ペトロに裕大の声は届いていない。
「そうだよ。そのコメント、いつも私がペトロに言ったことだ」
手品師がゆらりと教室に入ってきて、ペトロの代わりに答えた。
座り込んで元気のないペトロを見つけると、後ろから肩に両手を置いて、耳元にそっと囁いた。
「元気出せ、ペトロ! いまごろパパがどこかでおまえを見て笑ってるぞ」
ペトロが驚いて振り向き、手品師の仮面を見つめた。
仮面はにやりと笑った。
「喜べ!失敗の原因判明!ハル先生のシミュレーションを邪魔したやつがいたようだ!」
手品師は、ハル先生の量子パソコンに仕掛けられたスパイ工作の一部始終を説明した。
「やり直しだ!」ペトロとみんが飛び上がって叫んだ。
「でも、邪魔するやつとはいったい誰だ!」
・・・
ひと騒ぎが終わると手品師が動いた。
手品師は、横にいる匠に尋ねる。
「匠、ちょっとスモーキーと話がしたいんだが、君の恩人はいまどこにいるのかな?」
匠が指さす先、生徒たちから少し離れて、教室の窓際に白い煙がぽつんと浮かんでいた。
スモーキーは天上に残してきた大事な身体をいつ取り戻しにいこうかと、戦略を練っている最中だった。
「ペトロ、匠! 今から私のすることをよく見ておいてほしい」
そういって、手品師はスモーキーにそっと近づいた。
「スモーキー! ちょっと君に尋ねたいことがあるんだが」
考え込んでいたスモーキーは、突然の声に驚いて振り返った。
目の前に黒い仮面が一つ浮かんでいた。
スモーキーは虚構の手品師と顔を合わせるのは初めてだった。
黒い仮面の男が一体何の用か?
詐欺師ホワイトスモーキーが警戒を強めた。
無言のスモーキーに、手品師が手に持った良い香りのする飲み物の入ったカップをそっと手渡した。
スモーキーは腹が空いていた。
天上では守り神の純粋なエネルギーを分けてもらって命をつないでいたのだが、地球には、胃袋のないスモーキーに合う食べ物がなかった。
飲み水でつないでいた命も枯渇寸前。
この飲み物は嬉しかった。
一口飲んで生き返ったスモーキーに、手品師は優しく話しかけた。
・・・いきなりで済まない。驚かないでくれ。
私は虚構の手品師と呼ばれている者だ。
匠から君の身の上話を聞いたんだが、天上の案内人として知っていることを少 し教えてもらえないだろうか?
ほら、天上の会議室に集まる守り神のことだよ。
その正体が知りたい。
天上の守り神とは・・・一体、何者なんだろう?・・・
いきなりの質問に、スモーキーはどう答えてやろうかと迷って、手品師の黒い仮面を見つめた。
その瞬間、スモーキーは震え上がった。
彼は嘘の答えを返そうとしていた。
天上の案内人として、天上の真実を下界で話すことは厳しく禁じられていた。
その上、見知らぬ男にいきなり守り神の正体を聞かれて、詐欺師の本性がむらむらと蘇った。
真実を話す気持ちなどさらさらなかった。
しかし、手品師の仮面には自分の顔が写っていた。
その顔はスモーキーの内なる心を映しだしている。
「詐欺師の私が話すことはすべて嘘ですよ」
仮面に写ったスモーキーが喋った。
「でもたまには真実を話します」
そんなことを言う気はさらさら無かったスモーキーは身震いをした。
黒い仮面の前で、ついに、スモーキーの口が勝手に心の中をしゃべり出した。
「天上の人たちは選ばれた魂なのです。あの人たちは命を持つ種の源なのですよ」
生まれて初めて、詐欺師の口から嘘ではなくて真実が語られた。
「ヤッた! ついに本当のことが俺の口から出た」
スモーキーは感激した。
嘘ばかり言ってきた胸のつかえが一気に下りて、晴れ晴れとした気持ちで一杯になった。
スモーキーの眼から涙が溢れてこぼれだした。
スモーキーは思わず虚構の手品師に抱きついてしまった。
仮面の表情が崩れて、手品師がスモーキーに聞く。
「できれば、もう少し詳しく話してくれないか。選ばれた魂とはどこから選ばれてくるのかな?」
つと、スモーキーが天上の隠された真実を漏らし始めた。
・・・守り神は、それぞれの生き物の純粋な魂から選ばれるのです。
緑の守り神は緑の生き物の魂から、動物は動物の魂からです。
魂とは種を守る記号の集積であり、生き方の法則です。
宇宙に存在するものにはそれぞれの種から選ばれた守り神がついています。
大きなものでは、大地には大地の神がいるし、海には海の神がいます・・・
スモーキーは明かしてはならない最後の機密まで明かし始めた。
・・・最高位の守り神とは記号の大集積であり、宇宙の法則を創造する存在なのです。
それが最長老です・・・
生徒たちが手品師とスモーキーの周りに集まって、聞き入っていた。
あふれ出した涙とともにスモーキーのお喋りが止まらなくなった。
・・・天上の人たちは守るべきもののために力の限りを尽くすのです。
”奇蹟が起きた”という現象、あれですよ、あれ!
そのために宇宙の暗黒物質から特別な力をもらっているのですから。
天上の塀や壁や建物はみ~んな暗黒物質から出来ていますからね。
守り神たちは、天上の会議にやってきては、会議の前後にちょいと手を伸ばしてエネルギーを補強してから、自分のテリトリーに帰って行くのです・・・
”奇蹟が起きた”
その言葉でペトロは一年前に通過した歪みの中での体験を思い出した。
あれは歪みの中、あの天上の近くで起こったことだ。
あのときはぐれおじさんの身体は一度空間にばらばらに散らばり、その後で再構成されて元の姿に戻って行った。
僕たちの身体も粉々にくだけて七色の断片となって、空間を浮遊し、また元に戻っていった。
あれは散逸と融合!
二つに分かれた惑星の融合!
暗黒物質でいっぱいの歪みの空間の中でなら奇跡が起こせるかもしれない。
「一度決めたことは変えられない」
光り輝く顔の男が会議で通告したという匠の言葉が、ペトロの頭をよぎった。
その残酷な台詞がどうしてもペトロの耳からこびりついて離れない。
僕たちの未来が見えないのは、決められたことなのか?
ハル先生の計算を邪魔した犯人もあの男だ!
間違いない!
「スモーキー、人間の守り神はどこへ行ったの?」
ペトロがスモーキーに顔を近づけて聞いた。
ペトロは人間の守り神が、いまどこにいるのかどうしても知りたかった。
「どこへ行った。どこへ行った。どこへ行った」
スモーキーはペトロの質問を繰り返した。
「スモーキー、正直に答えてくれ!」
手品師が能面をスモーキーに近づけて、答えを迫った。
「どこへ行った。どこへ行った」
スモーキーは質問を繰り返した。
これ以上のお喋りが天井にばれたら、捕らえられている自分の肉体が危ない。
スモーキーは質問には一切答えないことに決めて逃げ出した。
そして、スモーキーは安全な匠のシャツのなかに潜り込んで、
「疲れた」と呟いて眠り込んでしまった。
夕暮が迫ってきて生徒たちは家路についた。
ペトロはいつもの様にマリエを丘の上の教会に送っていく。
「マリエ、人間の守り神はどこかにいると思う?」
教会の入り口の石組みの前で、別れ際にペトロが聞いた。
マリエの表情がふっと曇った。
「匠に聞いたら、天上の会議場に人間の守り神はいなかったって言ってたわ。
人間の守り神は私たち人間に絶望して逃げたの。
昔の話よ、きっとそうよ」
マリエが顔をくしゃくしゃにしている。
「昨日からゴルゴンが姿をみせないの。廊下の穴から呼んでも出てこない。私のゴルゴンまでここから逃げだしたみたい・・・」
ペトロは守り神に変わってマリエを抱きしめてあげた。
・・・僕はどうしても天上の長老たちと話をしないと・・・
「マリエ、神様に会うにはどうすればいい?」
「祈りを捧げるの、お祈りが通じるまで一生懸命によ」
ペトロは堅く心に決めた。
(続く)
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この世の果ての中学校28章 “ ペトロは迎えの天馬に乗り 天上の守り神と談判に出かけた!”
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