この世の果ての中学校28章 “ ペトロは迎えの天馬に乗り 天上の守り神と談判に出かけた!”

 

「マリエ、天上の神様に会うのはどうすればいい?」
「祭壇で祈りを捧げるの、お祈りが通じるまで一生懸命によ」

 翌日、ペトロは、マイワールドにある「ペトロの神殿」に閉じこもって、丸一日をかけて小さな祭壇を作りあげた。

 

(前の章まだの方はここからどうぞ)

この世の果ての中学校27章“詐欺師ホワイトスモーキーが天上の秘密を漏らした”

ペトロは迎えの天馬に乗り 天上の守り神と談判に出かけた!

    
「天上の神様どうか人間への怒りを解いてお力を貸して下さい。奇跡を起こす力をペトロに与えて下さい。必要とあれば代わりにどうぞ僕の命を取り上げて下さい」

・・・でも、どうしてものときだけだよ!・・・

 と、ペトロが小さな声で付け加える。

 

 ペトロは祭壇の前で跪き、祈りを捧げる。

 一滴の水も飲まず、一切れのパンも食べずに頑張ったが、3日が経つても神様からなんの返事も無い。

 

「天上の神様、あなたがそこにおられることは分かっています。せめてお会いしてお話だけでもしたいのです」

 そう繰り返しながら、ペトロは一生懸命に祈った。

 さらに1日が経ったが答えはなしのつぶてだった。

「最後のお願いです。返事をくれなければ、ペトロは怒りますよ。もう僕も僕の友達もあなたのことなんか信じませんよ!」
 

 腹ぺこのペトロは開き直った。
「なんだよ、偉そうに黙りこくって。ハル先生の計算の邪魔したことも知ってるんだよ!」

・・・これでも答えてくれなかったら匠と二人で、あの歪みのけつの穴こじ開けて天上に押しかけちゃうぞ!・・・

 

 次の日の朝早く、いつものようにペトロの兵隊が神殿の扉を広場に向かって開いた。

 朝の日差しが祭壇の前で眠り込んでいるペトロに差し込んでくる。

 空の一角に黒い雲がぽつんと現れた。

 雲は近づき、一頭の黒い天馬に姿を変えて広場に降り立ち、一声大きくいなないた。

「何者だ!」

 ペトロの兵隊が数人駆けつけ、天馬を取り囲む。 

 

 天馬は前足で地面を激しく引っ掻き、兵隊に告げた。

・・・怪しい者ではありません。守り神の最長老の命令で、ペトロを天上にお連れするためにやってきました・・・

 
 兵隊たちは慌てて神殿に戻り、ペトロの身体を揺さぶったが、疲れ果てたペトロはいっこうに目を覚まさない。

 

 仕方なく、兵隊は数人でペトロを肩の上に担ぎ上げて天馬のそばに戻り、「お迎えの天馬がやって来ましたよ」とペトロの耳元に囁く。

 

 天馬がもう一声いなないてペトロを起こした。

 目を覚ましたペトロを優しそうな目が覗き込んで来る。

 

「やー、お馬ちゃん。どうしたの?」

 ペトロはまだ夢の中。

「守り神の最長老のご命令で天上にお迎えに上がりました」

 天馬はもう一度いなないて、ペトロに背中を差し出した。

「最長老のご命令だって?」

 ペトロは一気に目が覚めた。

 

・・・匠が身体の皮むしられそうになったあの最長老のご招待? 

これ、ヤベー!・・・

 

 ”う~ん”と一瞬ためらったが、ペトロは覚悟を決めて兵隊たちの肩の上から馬の背中に飛び移った。

 天馬の大きな背中はふさふさとした毛で覆われ、座り心地がよかった。

「腹が減っては戦は出来ぬ!」

 

 ペトロは兵隊に命じて、宇宙服と、飲料水の入った大きなボトルと数日分の非常食をリュックに詰めて運ばせた。 

 

「いざ出陣!」

 ペトロは宇宙服を身に着け、リュックを肩に担ぐと、天馬の首に掴まる。

 天馬がいななき、空に駆け上った。

 天馬は猛烈な早さで宙を飛ぶ。

 ペトロの騎馬兵が数騎、後を追いかけたがあっという間に引き離され、諦めて広場に舞い戻っていった。

 

 ペトロの神殿の暗闇からペトロの影が現れ、主人のいない台座に座る。

「しばらく影が留守を守ります」ペトロの影が心細げに呟いた。

 

「天上の会議場に着きましたよ! ペトロ、目を覚ましなさい」

 ふたときも経たないうちに、天馬が呼びかけてきた。

 

「もう着いたの? 匠はここまで来るのに7日もかかったんだよ」

 気持ちよく居眠りしていたペトロは頭を一振りして、天馬の背中から飛び降りた。

 

 任務を終えた天馬は黒い雲となって飛び散り、数人の黒い衛兵となって姿を現した。

 衛兵はペトロを天上の奥座敷に案内していく。

 奥座敷は天上の中でも特別なエリアで、目の前の庭園には賓客を迎えるための仕掛けが備わっている。

 

 朝早い森の清冽な空気を送り出す装置や、柔らかい太陽の陽だまりを作る装置。

 緑の木影と小川のせせらぎの中で小鳥たちがさえずり、水浴びをしている。

 

 昔の地球にはどこにでもあって、いまの地球にはどこにもない自然の姿が、ペトロを迎えるために設けられた。

 

 黒い衛兵たちは、二間続きの奥座敷にペトロを案内して引き下がっていった。

 

 手前の広い座敷に、三人の守り神が椅子に腰を下ろしてペトロの到着を待ちかねている。

 庭に向かう小さな座敷にはもう一人の守り神が座っていたが、その顔は見えない。

 最長老と呼ばれるその人物は、光り輝く顔をしているので、他の人と顔を合わさないように庭を向いたままだ。

 
 ペトロは、三人の守り神から等距離に置かれた頑丈な椅子に座るように勧められた。

 

 よく見るとその椅子の四本の足は少し宙に浮いている。

 椅子は大きすぎて、座るとペトロの足は床に届かなかった。

 

 上下の調節ができないこの椅子は始末に負えない。 

 ペトロは、あきらめて両脚をぶらぶらさせながら三人の神様に名前を名乗り、天馬のお礼を言って挨拶をすませた。

 

 守り神も順番に迎えの挨拶をしてくれたが、ペトロの座っている椅子はペトロに話しかけてくる神様の方に向きを変えて宙を廻る。

 ペトロはなんだか犯罪人が取り調べを受けているような気分になる。

 

「一口お飲みください」

 衛兵が冷たい飲み物を入れたグラスを手渡してくれた。

「うめ―」

 喉が渇いていたペトロは一気に飲んで一息ついた。

 

・・・ペトロ、おまえの願いは聞いた!・・・

 三人の神様が同時に口を開いたので、ペトロの椅子が三方向に揺れた。

 

・・・いまから質問をします。

 正直に答えなさい。

 嘘をつくとお前の皮を一枚づつ頂きますよ・・・

 三人の守り神が揃って言ったので、ペトロの椅子が激しく揺れた。

「嘘はつきません。正直に答えます。でも、質問は一人ずつ順番にお願いします。でないと目が回っちゃいます」
 

 三人の神様は笑いながら顔を見合わせて、質問の順番を決めた。

 

 最初に、がっしりとした体躯に、耳が小さな木の枝でできている、怖そうな男の神様がペトロに質問をした。

 

・・・私は大地を司る大地の神だ。

 始めに聞く。

 お前の一番好きなことはなにか?・・・

「食べることです!」とペトロが正直に答えた。

・・・ふむ、食べ物ではなにが好きか?・・・

「もぎたての果物が一番好きです。でも最近は食べたことがありません」

・・・ふーむ! 気に入った! お前は大地の神である俺様の育てた果物が一番の好物だというのか?

果物は種を方々の大地に蒔いてくれる者だけに、食べる権利を与えておる。

それではお前は大好きな果物を食べたあと、種をどこの土地に蒔いてくれたのかな。

正直に答えてみろ!・・・

 

「ゴミ箱です。すみません」

・・・なんだと? ふざけるな!・・・

 大地の神の怒りでペトロの椅子がぐらりと揺れ、危なく床に落ちそうになった。

 

・・・俺様を馬鹿にする気か! 

果物の種は大地の神である俺様から生まれた孫であることを知らないとでもいうのか。

大事な孫を土に返さずにゴミ箱に捨ておって。

何のために果物を食べたのか、我が子を食べた理由を言え!・・・

 

 大地の神が恐ろしい形相でペトロを睨みつけてきた。

 

「果物が大地と太陽から生まれたことぐらい僕も知っています。でもお腹は減るし・・・美味しいものは美味しいのです」

 ペトロが正直に答えると、大地の神は大きな口を開けて笑って、腕組みをした。

 

・・・なぬ? うーむ! 

まことに憎たらしい小僧だが、嘘を付いてるわけではなさそうだから今回だけ許してやろう・・・

「小僧と呼ぶのは止めて下さい。ペトロと名前を呼んで下さい」
 

 ペトロがぴしゃりと言うと、大地の神の顔がたちまち緩んで・・・これは失礼したペトロ君・・・と謝った。
  

 隣で大笑いした山の神が口を開いた。

・・・私は、そびえ立つ山とそこに住む命を見守る山の神・・・

 

 山の神の頭は先がとんがって白い雪に覆われている。

 むかしの写真で見た富士山そっくりだなー、とペトロが感心していると、いきなり質問が飛んできた。

 

・・・山の神として質問する。

山に住む生き物でお前の好きなものはいるか? 

カラス、蛇、猿、ヒル、ダニの中でどれだ?

さー、答えてみろ・・・

 

「えーっと、朝になると山から飛んできて、せっかくきれいに仕分けしたゴミをぐちゃぐちゃにするカラスに、

かまれると危ない毒のある蛇に、

人のお弁当に手を出す猿に、

木から落ちてきて首に吸い付くヒルに、

足から這い上がってくる山のダニと・・・」

 

 ペトロがしばらく考えこんだ。

「うーん。好きなのもいるし、嫌いなのもいる。でも、どちらかといえばみんな嫌いです」

・・・何だと! それでは俺の子供たちとは、誰も友達になれないというのか・・・

「うーん」ペトロは下を向いてしまった。

・・・小僧! いやペトロ、正直に答えろ・・・

「うーん」

 

・・・”うーん” とは答えとはとても思えん答えだが、正直であることは認める。今回だけ、許してやる・・・

 

 横で聞いて大笑いしていた優しそうなおばあさんが、椅子から降りて、ツツーッとペトロの前にやってくると・・・ペトロの顔をじっと覗き込んだ。

 

・・・私は命の先祖を敬う者、先祖の女神。

 ペトロは私を知っていますか?・・・

 

「どなたか存じ上げません。でもどこか見覚えのあるお顔です」

 

・・・なに? 私が誰かに似ているというのですか? 

 それは嬉しい。

 考えていないで思い出しなさい。

 それは誰かな、早く、早く思い出しなさい・・・

 

 先祖の女神は、一体誰と似ているのか早く聞きたくて、もう待ちきれない。

 そーっと、しわだらけの手をペトロの頭に乗せると、じわりと頭の中に探りを入れてきた。

 

・・・エーと! ほら、お前の記憶ボックスの上から三番目の引き出しですよ。

 

 間違いない、ここにあります。早くこの記憶を取り出しなさい・・・

「あっ! 思い出した。

 僕の子供の頃の記憶を盗み読みに来たおばばです。

 カレル先生の大事な研究記憶を盗み取ったおばば。

 人の記憶を食べて生きてるおばば。

 あなたは、あのクオックおばばにそっくりです!」

 

 ペトロの椅子が跳びはね、身体が宙に飛んだ。

先祖の女神の顔つきが一変して、二つの目玉が顔から飛び出している。

・・・なんですって! 私のことをあの魔女とそっくりだというのか。

この愚か者! 

過去の記憶にばかり執着していると誰でもこんな顔になるのです。

よく聞きなさいペトロ!

クオックおばばは他人の記憶を盗み取る悪い魔女。

私はみんなの記憶をきちんと整理、整頓して、役に立つ記憶を保存して次の世代に伝えていく先祖の女神。

あらゆる生き物の記憶のデータ・バンク。

ゲノムの女王とはわらわのことです!

そこらの盗っ人と大違い。

ペトロ、よーく記憶しておきなさい!・・・

「これは大変失礼いたしました。

 あなたは先祖の女神、またの名をゲノムの女王!

 ペトロはしっかり記憶いたしました」

 ペトロが椅子の上で、深々と頭を下げた。

 

・・・よろしい、それではゲノムの女王としての質問です。

 単刀直入に聞きます。

 お前はカレル教授や研究仲間の行った所業。

 遺伝子操作の実験についてどう思いますか?・・・

 

ペトロは一瞬、まごついたが、日ごろの想いを即答した。

「それは仕方なくおやりになったことです。

みんなの食べる物がなくなったからです。

先生たちは荒れ果てた土地でも育つ作物を作ろうとしたのです。

それから少量の餌でも早く育つ家畜たちもです。

自分たちの命まで誰かに奪われるような悪いことは何もしていません!」
 

 しかし、その言葉は神々の怒りを買った。

 

・・・俺の子どもたちを好きなように切り刻みおって!

 何を抜かすか!・・・

 女王の横にいた、山の神の髪の毛が逆立って、白い粉雪が舞った。

 

 大地の神も怒っていた。

・・・ちっとは作り変えられて食われる方の身にもなってみろ。

 食べやすいように”種無し”まで作りおって。

 食い物をいじくる前に、自分を変えれば済む話じゃ。

 少しだけの食料でも生きていけるようにゲノムをいじって小さく変身すればいいのじゃ・・・

 

おとなしく聞いていたペトロが、神々に食ってかかった。

「カレル先生は、”生き物の尊厳を傷つけてはならない”とおっしゃってました。

人間も同じです。

小さくなったり、変身したりしたら人間じゃなくなります。

世代交代の度に小さくなっていくエドの子どもたちにも尊厳があります。

僕たち地球の生き残りにもプライドがあるのです」 

 

 こぶしを握り締めるペトロの両手が震えていた。

 

 先祖の女神がペトロに近寄って、静かに尋ねた。

・・・ペトロは遺伝子とはなにか知っていますか?・・・

 

 ペトロは少し考えてから答えた。

「遺伝子は、生き物が生きていくための知恵だと思います。でも本当のところは僕は何も知らないのだと思います」

 

 女神が頷いて、付け加えた。

・・・遺伝子は種の守り神からの贈り物なのですよ。

あなたはこんな風になりなさいよ、こんな風にもなれますよ、といって渡されたとても大事なテキストです。だから、勝手に切り刻まないで大事に扱って欲しいのです・・・

 ペトロはそんなことは初耳だった。

「遺伝子って、守り神が作ったものなのですか?」

 

・・・それは違います。それぞれの命の種が自分で作ったものです。

先祖代々長ーい時間をかけて大事に作り上げてきた宝物。

わたしたちはそれをまとめ上げて、一つの印に書き換えているだけです。

だからこのメッセージは他人が軽々しく変えないで欲しいのです。

自分の変化は自分が決める。必要なときには交換する。

そこには生き物たちが調和して生きていくためのルールも入っています。

大事なことはゆっくりゆっくりと、確かめながら、自ら変わっていくことです。

ペトロに覚えておいてほしいのはそのことです・・・

先祖の女神はペトロの頭に優しく手を置いた。

次にギロりと目をむいてペトロのゲノムを調べた。

 

・・・おや、とても立派な遺伝子だこと・・・

そう呟くと、とことこと歩いて椅子に戻った。

 

「それでは今度は僕から質問します。人類を代表しての質問ですよ」

 ペトロがぴしりと決めた。

「嘘をつくと許しません!」

 神々が嬉しそうに笑った。

 奥にいる最長老も笑った。

 

・・・俺たちは嘘をつきたくてもつけないのだ。

 おかげで冗談の一つも言えん。

 寂しい限りだよ・・・

 大地の神がぶすっと言った。

 

「最初の質問です!」

 ペトロが始めた。

「緑の守り神が、昔、地球から緑を奪って、去って行った。

これは本当でしょうか?

地球の僕たちはたった6人で絶滅寸前。

緑の惑星テラの子供たちもこのままではいずれ消滅します。

もう、これ以上僕たちの命を取らないで下さい。

緑を奪っていったことが事実なら、もとに戻して下さい。

緑の地球を僕たちに返して下さい」

 ペトロが、三人の神々を睨み付けていく。

 

・・・ペトロ! 緑の守り神の話は、事実だが、”奪っていった”わけではない。

人類のおかげで不毛の地になった地球から、仲間と相談して逃げだしただけだ・・・

 緑の守り神と親戚筋にあたる大地の神が答えた。

 

・・・どちらにしても、人類が、もとの地球を取り戻すことは不可能だ・・・

と、山の神が冷たく言い放った。

 

 不可能だと聞いて、ペトロは自分たちの考えたダーク・プロジェクトを説明して、助けてほしいと頼んだ。

「宇宙の歪みの中でなら、テラ3と地球を上手く融合できると思うのです。

どんな命も大事だと思われるのなら、僕たちにも力をお貸し下さい。

奇跡を起こす力を与えてください」

 

・・・その計画は知っておる。

だが、私たちは協力できない。

ペトロ、一度決めたことは変えられないのだ・・・

 3人の神が同時に答えた。

 

 ペトロが激しく揺れる椅子から飛び降りて3人の神々に近づいた。

「それは嘘です。やろうと思えばできるはずです」

 

 ペトロの小さなこぶしが震えていた。

 

 突然、奥の座敷に座っていた長老が立ち上がり、庭園に向かって叫んだ。

 

・・・ペトロ! 嘘ではない! 人類を救えるのは人類の守り神だけだ。

 すべての命の種にはそれぞれの守り神がおるが、人類の守り神はもう存在しない・・・

 

 その声は庭園中に轟き渡り、跳ね返ってペトロの耳に朗々と響いた。

・・・ペトロよく聞くんだ!

人間の守り神はいなくなって久しい。

彼は地球で一人の牧師として務めを果たしながら、人間の所業を見守っておった。

しかしいくら彼が人間のために祈っても、人間は人間としての努めを果たさなくなった。

最強の種となった人間は、地球の生き物の最上位者としての責任を果たさなかったのだ。

調和と節度がなく、横暴を極めた。

そして、ついに自然は崩壊し、種の生き残り戦争が始まった。

自然からの報復”ゲノムの逆襲”が始まり、人類も絶滅の時を迎えた・・・

 

「やめてください、今更、そんな話は聞きたくもありません」

 ペトロが大声で叫ぶと、最長老が遮った。

 

・・・ペトロ、これは君たち6人にかかわる大事な話だから、落ち着いて聞いてほしい。

孤立し、追い詰められた人間の守り神は最後の手段に出た。

数十億の人類の中から未来を託す子供たち五人を選び出し、彼らに自らの肉体を分け与えることで、ゲノムの逆襲からその命を守った。

ウイルスに負けない免疫システムを持った新人類だよペトロ、それが君たちだ。

6番目の子供は彼の娘マリエだ。

肉体を失った牧師は消滅し、暗いカオスの中に戻っていった。

それ以来人間の守り神はいない。

ペトロ、悲しいことだが人類を守る者はもういないのだよ・・・ 

 

 守り神の最長老・太陽神が振り返り、その顔から発する光がペトロの胸を差し貫いた。

 ペトロの心は打ち砕かれていった。

 

”マリエは神の子。

僕たち五人も選ばれた最後の人類。

でももうそんなことはどうでもいい。

僕たちは普通に生きていたい。

ほんのひとときでいいからエドの子どもたちとも仲良く一緒に暮らしたい。

でもその夢は叶わないと太陽神が言っている” 

 

「僕たちはただ元の緑の地球に戻って、普通に暮らしたいだけなのです。どうか怒りを解いて救って下さい」

・・・人類を救えば、また緑や他の生命の種を破滅させる・・・

「僕たちはそんな真似はしません。どうしてそこまで疑うのです」 

 

・・・人の心は不完全だからだ。

これ以上、人類に新しい力の秘密を教えるわけにはいかない・・・

 

 ペトロはその答えにまごつき、怒りがこみ上げてきた。

 ペトロの怒りは太陽神に向かっていく。

 

「どうして僕たちは不完全なのでしょうか」

 

・・・それはお前たちは、不完全だから、生きていて楽しいのだ。

 お前たちは不完全に造られておる。

つまり努力すれば完全に近づくという夢と希望を持てるようにだ・・・

 

「最初から完全だったらどうしていけないのでしょうか」

 

・・・完全になってしまったら、何の楽しみもない。

 ペトロ、それが、私たちのような神になるということだよ・・・

 

 その言葉で、ペトロの頭のヒューズがパチンとはじけた。

「それでは僕たちは守り神より幸せな生き物なんだ」

 

 ペトロはクスリと笑うと、

 右手の親指をぐいと空に突き立てた。

 

「神様不幸でおれたちしあわせ! 

 匠や裕大やマリエや咲良やエーヴァや小さなエドにこの話したら、

みんなひっくり返って喜んで、

それから、きっとゲラゲラ笑い出すよ!」
 

 ペトロはもうやけっぱちだ。

 みんなの笑い顔を想像してペトロは笑い始めた。

 笑い出すと止まらない。
 

 奥座敷で太陽神が庭園を向いて顔を隠し、笑い出した。

 いつの間にか守り神が全員笑っていた。

 

 奥の座敷から太陽神が庭園に向かってペトロに告げた。

・・・とんでもないことを俺たちに頼んでおるが、正直に質問に答えた上に、ここまでみんなを笑わせてくれたから、その無礼な態度を許してやろう。

ただし今回限りだ・・・

 

「ありがとうございます。それでは願いを聞き届けて頂けるのでしょうか?」

 ペトロの心臓は、高鳴って脈打つた。

・・・うっはっはっ・・・

 神様たちがまた笑いだした。

 

・・・無礼な態度を許してやると言ったまでじゃ。

 願いを聞くとは言っとらん・・・

 

 大陽神がこちらを振り向いた。

 その顔はぎらぎらと輝いて、他の神たちの姿は暗くみえた。

 太陽神がペトロに言った。

 

・・・俺たちは一度決めたことは変えられない・・・
 

 その言葉はペトロの胸にずしりと響いた。

 

「変えられなければ、修正してください!」

 ペトロは三人の守り神に、助けを求めた。

 

「山の神様、動物たちを返して下さい。

 大地の神様、果物を返して下さい。

 先祖の女神様、昔のよき時代を返して下さい」

 

・・・お前たちの過去と同じで、昔に後戻りは出来ないのですよ。

 神々の一言は重く、軽々しく変えられるようなものではないのです・・・

 

 先祖の女神が優しく諭す。

 山の神様と大地の神様は、知らんふりして天井を見上げたままだ。

 

「このままでは僕は、みんなのところに戻れません。

 こうなったら言うことを聞いてもらうまで、ここから一歩も動きません。

 死んでも動きません!」

 

 ペトロは椅子から下りると、

 ぐっと顎を引き、

 神様たちを睨み付け、

 床にあぐらを掻いて座り込んだ。

 困り切った神様たちが会議室に移って相談を始めた。

 

・・・牧師を呼び戻すわけにはいかんのか?・・・最長老の太陽神が訊ねた。

・・・無理です。暗黒物質に戻って消えました・・・守り神が全員で答えた。

 

 一時間が経過したが、ペトロは微動だにしない。
 
 丸一日が過ぎていった。

 会議はまだ続いていた。

 ペトロは一歩も動かない。
 
 

 三日目の朝、三人の神様が疲れきった様子で奥座敷に戻ってきた。

・・・ここから動かないというのは本心か・・・

 大地の神がペトロに聞いた。

 

「本心です」

・・・それは覚悟の上でのことか?・・・

 山の神が聞いた。

 

「覚悟の上です」

 

・・・死んでも、帰る気はないか?・・・

 先祖の女神が聞いた。

 

「願いを聞き届けてもらうまでは死んでも帰りません。

 僕もこの言葉は撤回しません」

 ペトロが言い切った。

 ぬっとペトロの前に太陽神が現れ、座敷の中が光で満たされた。

・・・覚悟の上だと言うことは分かった。

 質問をする。

 お前は人間が好きか? 

 嫌いか?

 正直に答えろ!・・・

 

 ペトロは太陽神の放つ光がまぶしくて、思わず顔を両手で隠した。

・・・顔を隠すな。隠さず答えろ! お前は人間が好きか?・・・

 

「好きです。大好きです」

 ペトロは両手を下ろすと、まぶしいのを我慢して太陽神の顔をにらみ返した。

 

・・・どんな人間でもか、いい奴も、悪い奴も、だれもかもか?・・・

「だれもかもです」

 

・・・お前の願いを叶える方法が一つある。

ただし答えは一つだけだ。

どんな答えでも受け入れるか・・・

 

「受け入れます」

・・・念のためもう一度聞く。

 死ぬ覚悟は出来ておるか?・・・

 

「出来ております」

 

 ペトロは立ち上がると、決然と胸を張った。 

 ×××
 大好きな花の香りがする。

 ペトロは「マイ・ワールド」の花畑で遊んでいる。

 森の中の森、広場の噴水に妖精がちょんと腰掛けている。

 

「マリエ」とペトロが呼ぶと、

 妖精は笑ってそばにやってきて、

 いっぱいの花の上に寝っ転がった。

「痛くないようにしてあげるわ」

 妖精は耳元で囁くと、

 ペトロの胸をはだけて、

 フランキンセンスの花の香を、やさしく擦り込んであげた。

 

 樹液やフローラの小さい妖精たちが大騒ぎしながらペトロの胸に入り込んできた。
 

 ぶんぶん! 

 いい気持ちだ。
 

 ペトロの身体の中に熱い手が差し込まれてきた。 

 それはペトロの魂を探り当てる。

 ペトロは一瞬ちくりと痛みを感じた。

 

 森の中の森には太陽神がいて、その暖かい陽の下で仲間の生徒たちが楽しそうに遊んでいる声が聞こえた。

 ぶんぶん! 

 ぶんぶん!

 と聞こえた。 

 そして声は遠くに去った。

 

×××

 (続く)

 

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校29章“地上に降りてきた太陽神と白い棺”

【記事は無断での転載を禁じられています】

The following two tabs change content below.
下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。
下條 俊隆

投稿者: 下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください