この世の果ての中学校19章 “ホラーの広場”

  カレル教授が実験室から失踪して1週間がたったとき、血糊の付いた教授のハットが発見されて、教室は大騒ぎになった。

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 この世の果ての中学校18章 “カレル教授が実験室からさらわれた”

この世の果ての中学校19章”ホラーの広場”

 金曜日、元気のないハル先生が宇宙の方程式の講義をなんとか終了したあとの昼休みのことだ。

「ペトロ、ちょっと相談があるの」

マリエが慌てた様子で、ペトロの席にやってきた。

「これ見てくれる?」

マリエが上着の裾から取り出したのは、見覚えのあるハットだった。

「それって、カレル先生の帽子じゃないか!」

ペトロは震える手でハットを受け取った。

 カレル教授は今週の月曜日から姿がみえない。

 校長先生をはじめ生徒たちのパパやママが三班の捜索隊を編成して、ドームの隅々や、黄泉の国まで出かけて探し廻ったが、その姿はかき消えていた。

 カレル先生は幽体でもとても高齢だから特殊魔法瓶の中で休まないと、疲れが取れずにどんどん衰弱していく。

 恋人のハル先生はすっかり元気をなくしていた。

 今日の授業も、ハル先生は宇宙の方程式の講義を途中でほったらかして、ぼーっと校庭を眺めているばかりだった。 

 そんなときカレル先生がいつも被っている大事のハットが見つかったのだ。

「カレル先生の帽子がどうかしたって?」

 ひそひそ話を聞きつけた裕大が、二人のそばに飛んできた。

「これ、カレル先生の帽子みたいなんだ。マリエがどこかで見つけたんだ」

 ペトロが裕大にそう言ったらマリエが首を横に振った。

「私が見つけたんじゃないの。この帽子が廊下を歩いて私の所にやってきたの。なんてこと・・ちっちゃなゴルゴンが先生の帽子を被って歩いて来たのよ」

・・それに、これ見てくれる?・・マリエが声を潜め、ペトロの手の中にある帽子をひっくり返して、ひさしの裏側を指さした。

 そこにはグレーの生地の上に爪でひっかいたような文字が、赤くかすんで浮かび上がっていた。

《ホラーの広場》

裕大とペトロがゆっくり読み上げた。

 
「これ、カレル先生からのSOSだ。赤いのは・・多分先生の血!」

 ペトロの声がかすれ、裕大の顔から血の気が引いた。

 帽子のリボンが茶色い土でべっとりと汚れていた。

 ペトロが指で触れてみると土はたっぷり湿っていた。

 ・・このあたりの地上には、湿った土はない・・ 

 ペトロのシノプスがつながって、ブーンと回転を始めた。

 ペトロの推理がセリフになってはき出されてきた。

「間違いないよ! 先生は地下に潜んでるホラーにさらわれたんだ。湿った土は水脈のある地下のどこかのものだ。捕らえられて動けない先生がゴルゴンを見つけてこっそり頼んだ。自分の血でSOSを帽子に書いて、マリエに届けるようにだ」

 ペトロがしばらく考えこんでから、マリエに尋ねた。

「マリエ、ゴルゴンはどこから地上に出てきたと思う?」

「ほら、いつも出入りしてる校舎の廊下の破れ目だと思う。きっとホラーのいるところと地下道で繋がってるのよ」

 三人は同時に立ち上がった。

「僕がハル先生に報告してくる。そのあとカレル先生を捜しに行く・・全員! 廊下の破れ目で集合!」
 声を張り上げると、裕大は猛烈な勢いで教室を飛び出していった。

 
 ペトロとマリエが裕大の後を追ってかけだした。

 廊下の破れ目で立ち止まって穴に近づくと、破れ目からかすかに湿気を含んだ風が吹き上げてきて、二人の頬をなでた。

「ゴルゴン、そこにいるの?」
 マリエが暗闇をのぞき込んで、小声で言った。

 返事がなくて、代わりに二つの小さな目が信号みたいにチカチカ光った。

「ゴルゴンが待ってくれてる。地下道をカレル先生の所まで案内するから、早くしろよって!」

マリエの声に合わせたように、廊下の向こうからバタバタ走る音が聞こえた。

裕大がナノコンを抱えたハル先生を引っ張って宙を飛ぶようにやってきた。

どんと二人の前に着地したハル先生が、息を弾ませてマリエに頼んだ。

「マリエ、そのハット見せて!」

 マリエがあわてて差し出したハットを先生は受け取って、土で汚れたリボンを外して調べた。

「間違いないわよ、このリボン、じつはカレルの自慢のネクタイで作ったの。これって、私がカレルと婚約したときプレゼントしたハットよ。世界で一つしかないの」

 ハル先生はプレゼント用のハットを買った時に、オリジナルのリボンを作ろうと思った。

 山ほどあるカレル先生のネクタイのコレクションから、気にいった一本を選んでリボンに仕立て直して、ハットに巻き付けた。

 できあがったのは、世界でたった一つしかないハットだった。

 ハル先生はカレル先生と婚約していた秘密を喋ったことに気が付かなかった。

 二人が婚約していたことは遠い、過ぎ去った日の二人だけの秘密だった。

 ハル先生はハットを裏返して、カレル教授の血で書かれた文字を見つめた。

 《ホラーの広場》

 ハル先生は昔、実験室で仲間を襲った悲惨な事故を思いだした。

・・私や仲間はあのときカレルに助けを求めた。今はカレルが助けを求めている・・

 ハル先生の手が震えて、手の中のハットが揺れた。

 ハル先生はいきなりしゃがみ込んで、ナノコンを抱えたまま廊下の破れ目からゴルゴンの穴の中に入ろうとした。

 ナノコンは破れより横の幅が大きすぎて、穴の端につっかえてどうしても入れない。

 ハル先生はナノコンを置いていくわけにはいかなかった。

 先生は、抱えているナノコンから放射されるホログラムで姿・形を作っている。

 ナノコンはハル先生そのものだった。

 ハル先生の秘密を知っているペトロが、慌てる先生を必死で止めた。

「ハル先生、落ち着いて! 僕たちがカレル先生を助けに行ってきますから、先生はここで待っていて下さい」

 匠が校庭でお喋りしていた咲良とエーヴァを呼びに行って、三人そろって駆けつけてきた。
 カレル先生がホラーにさらわれたことを聞いて、咲良が目をむいて怒った。

「ホラーが学校の地下にまで手を伸ばしてきたのね。ファンタジーアでは大目に見てあげたのに、カレル先生に何するつもりよ。許せません。とっ掴まえて、三界から追放してやる」
 

 咲良が腕まくりして叫んだ。
「さー、みんな、行くわよ!」

「待ちなさい! 咲良、その前に計画の安全性を確かめてみます」

 ハル先生が冷静さを取りもどしてナノコンで行動計画の計算を開始した。

 ナノコンがカタカタいって演算が開始された。

 答えはすぐに出た。

 十進法で6ー6=0

「全員でホラーと戦ってはだめです。誰も帰って来なかったら人類は全滅します。校長先生とヒーラーおばさまにお願いして、カレル先生を助けに行って貰います」

 ホラーを熟知している咲良が、口をとがらせて先生に反論した。

「それはだめです。校長先生もヒーラーおばさまもホラーの暗闇に入ってはなりません。黄泉の国との通い人には暗闇のホラーは見えません。ホラーは暗闇を怖がる生き人にしか姿がみえないのです。そのうえハル先生は体が軽すぎてとてもホラーと戦えません。私達が助けに行かないとだめなのです」

「それならペトロ、俺たち二人でカレル先生を助けにいこうぜ。これで決まりだ」
 生徒会長、裕大が決めた結論に、黙って聞いていた匠が怒った。

「俺を外すな!」

 ペトロが横から割り込んで匠に告げた。

「男三人はだめだよ。二人までだ。先輩、理由は分かるよな」

 そう言って、匠の耳元でその理由を囁いた。

 ♂3ー♂3=♂0

 匠が下を向いて諦めると、咲良が腕まくりをして叫んだ!
「ホラー退治に、私は絶対外せないわよ!」

「咲良、悪いわね。私でないと、ゴルゴンに案内させてカレル先生のところには行き着けないわよ」
 言い捨てるとマリエはさっさとゴルゴンの待つ穴に入っていった。

「こらマリエ、出てこい!」

 咲良が叫んだときはもう遅かった。

「そこまで」

 ハル先生が言って人選が終わった。

 それから先生は裕大を呼んだ。

「裕大、いまから渡す武器でしっかり戦いなさい・・みんなはもう私の正体を感づいていると思うから、驚かないでね」

 そういってハル先生は左手で、自分の右腕の手首から先を取り外すと、左手でトントンと手袋の形に変えて裕大に手渡した。

「これは私のナノコンと無線で繋がっている多機能ハンドです。懐中電灯兼通信機器兼武器。ボタンは三つ。手前から順に、黄色は懐中電灯、真ん中の青は連絡用スマホ、先端の赤を押すと強い放射光が発射されます」

ハル先生は多機能ハンドを手渡しながら、裕大に忠告をした。

「暗闇のホラーは強い光を嫌がります。私は研究所時代にゲノムのホラーに襲われたことがあります。人間に怨念を持っているホラーには特に気をつけて下さい。生身の人間に出会うと、興奮して視覚細胞が真っ赤に充血してくるからすぐ解ります。裕大、あなたがリーダーよ。常に私と連絡を取ること。決して無理はしないこと。危なくなったらすぐ引き返すこと。いいわね。それとペトロ・・できたら私のカレルを連れて帰って来て欲しいの」

「了解!」ペトロが答えた。

 裕大は、ハル先生の右手を受け取って、自分の右手の上に慎重に重ねて嵌めた。

「さー、行くわよ!」

 マリエが穴の中から促して、裕大とペトロが頭から飛びこんでいった。

 トンネルの薄闇の中、三人を先導してゴルゴンが走っていく。

 道が枝分かれしているところにやってくると、ゴルゴンは立ち止まって地面の匂いをかいだり、頭を持ち上げて、風の方向や湿気を感じたりしている。

 マリエがゴルゴンのお尻をときどき叩いて、早く決めなさいと急がせている。

 ペトロが真似をして前を行くマリエの可愛いお尻をときどき叩いた。

 マリエが振り向いてペトロのほっぺたをパチンと叩いた。

 最後尾を行く裕大が、吹き出しそうになるのをぐっとかみ殺しながら、懐中電灯でみんなの足下を照らしだしていく。

 三人と一頭の救助隊が囚われのカレル教授の救出に向け、着実に前進していく。

「裕大は咲良ちゃんと婚約してるの?」

 ペトロがいきなり裕大を振り向いて、マリエに聞こえないように小声で聞いた。

「当たり前だろ!」裕大が平然と答える。

「少し早すぎない?」

「ペトロも勉強不足だな。歴史をよく見ろ。動乱の時代は婚約や結婚は早めにしておくもんだぞ」

「どうして?」
「敵はいっぱいいるのに、結婚相手は少なくなるからだよ」

「ふうーん?」
 ・・敵って誰のことだ・・

 考え込んだペトロの前方に、灯りが見えてきた。

 地下水がごうごうと流れる音が聞こえる。

 ゴルゴンがぴくりと耳を立て、後ろ足で立ち上がった。

 行く手になにかが動く気配を感じて「チチッ」と口から警戒音を発した。

 三人は目的地が近づいたことを知った。

 暗いトンネルが終わり、薄明かりに包まれた広場が現れた。

 広場のそばには、轟音を上げて川が流れていた。

 それは、ペトロにはとても不思議な光景だった。

 地上にはこんなに水の豊かな川はなかった。

 大地の方々で地下に潜り込んだ水脈が、時間をかけて一本に集まっているようだった。

 急な川の流れから飛沫が空中に飛び散って霧になり、広場の地面や切り立った奥の壁や、洞窟の天上にまで舞い上がっていた。

 霧が水気をまいて、地面や壁や天上にこげ茶色の苔が厚く密集して育っていた。

 
・・これ、食料として改良できそうだ。サンプル採集しとこうっと・・

 ペトロは近くの苔を一むしりしてティッシュで包んで大事にポケットに収めた。

 苔の中には赤い光を発しているものがあって、壁や天上の数カ所に密集していた。

 そのため、広場にはぼんやりとした明かりのスポットがいくつも作り出されている。

 広場の中央で無数の黒い影がゆっくりとうごめいている。

「あれがホラーの広場か!」裕大が声の震えを必死に抑えた。

「ホラーにアンデッドまでいるわ。みんなとても怒ってる」

 マリエが囁いた。

「アンデッドって何者?」

 声を潜めてペトロが聞く。

「言葉通りよ。死んでも、死にきれない者たち。肉体を失っても、怨念を抱えて彷徨う魂」

 マリエが胸の前で十字を切った。

 己の身の不幸を嘆いてすすり泣く声が、風に乗って聞こえてきた。

 慌てた三人は広場の側に小さな窪地を見つけて身を隠し、そこから広場の様子を窺うことにした。

 ゆーらり、ゆらりと、かすかな風に揺れながら、人間の形をした者達が数人、広場の中央に集まって立ち話をしている。

 恨みを晴らすまでは、死んでも死にきれない人間たち、アンデッドの集会だった。

 アンデッドの群れの周りでは、いろんな動物の姿をした異形の者たちが、苔むした地面に座り込んで、自らの形が崩れないように毛繕いをしたり、細いくちばしで姿を整えたりしている。

 大きな角を持った鹿に、大小二種類の熊、野生の猿に猪、人間に飼われていた牛に豚に鶏。

 異形の者たちはいつも形の手入れをしていないと、すぐに醜くゆがんでしまう。

 葉っぱや根っこに果実、エサになる川や池や海の魚、命を支える食料を失い絶滅した動物のホラーたちだった。

 広場の突き当たりは、苔むした岩が高い壁となってそびえ立っていた。

 岩壁の表面には様々な動物たちの姿が描かれている。

 壁に密生した苔を削り取って、浮かび上がるように描き出された動物たちは、いまにも壁から飛び出して、広場を走り回りそうだ。
 巨大な一枚の岩に、見事な壁画があった。

 数頭の大鹿の群れが軽やかに跳躍を繰り返している。

 後方からは上半身裸の逞しい人間たちが、槍を掲げて鹿を狙っている。

 捕食者と被捕食者の間に繰り広げられる、戦いの一瞬を切り取った見事な構図。

 「これが俺様の本当の姿だ。どうだ、美しいだろう。俺様の作品だ」

 槍を大きく構え、見事に盛り上がった胸を、近寄ったアンデッドの一人が誇らしげに撫で上げた。
  数頭の鹿のホラーが壁画の大鹿に近づくと、身体を形取っている壁のこけを上手にかじり取って、肉体の凹凸を際立たせていく。

 彫像が完成すると、ホラーたちはうなり声を上げて、それぞれの守り神に祈りを捧げる。
 ホラーに応えて、アンデッドたちが戦いに向かう咆吼を上げた。 

「なにかの儀式が始まるわよ!」

 マリエがペトロの耳元で声を震わせた。

               
 洞窟に鬨の声が響き渡り、岩壁の壁画がじわりと動いた。

 壁画の人間たちが身体を反らせ構えると、一斉に壁の大鹿に向かって槍を投げた。

 大鹿は狩人を振り返ると、逞しい四肢で地面を蹴り、空に舞う。

 槍の攻撃を軽々と躱した大鹿は、小馬鹿にしたように一声「ヒョーン」と鳴いて、槍の届かない洞窟の天井に逃げていった。

 アンデッドたちが悔しそうに天井の大鹿を見上げ、動物のホラー達は身体をくねらせて笑った。
 騒ぎは収まり、地下の広場でアンデッドの集会が始まった。

 広場の中央に横長の祭壇と朱塗りの椅子が数人の手で運ばれてきた。

 隅の闇から一人の老婆が現れた。

 老婆はまぶしそうに薄目を開いて祭壇に近寄っていく。

 その後を数人のアンデッドが大きな袋を肩に担いで従ってくる。

 老婆が朱塗りの椅子に座り込むと、アンデッド達は担いできた袋を老婆の前の地面に乱暴に放り出した。

 袋から、手足を縛られた男が転がり出てきた。

 男は土で汚れた白い実験着を身につけていた。

 「あっ! カレル先生だ!」

 窪地に隠れて広場の成り行きを見ていたペトロが、思わず大声を上げてしまった。

 叫び声に気が付いた老婆が窪地に顔を向けた。

 耳に手を当て、声の主を探っている。

 その顔から緑色をした二つの目玉が飛び出し、ペトロを凝視した。

「クオックおばば!」

ペトロの声がかすれた。

 (続く)

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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