この世の果ての中学校最終章“お腹が減ったママとパパと先生たち!”

 

みんなが避難したペトロの神殿と、小さなエドの集まっている森が、ゆるやかにぶつかり、歪み、押しつぶされていく。

 

「お願い、ペトロ! 助けて!」

 悲鳴をあげながら守り神に祈る人たちの身体は、四方に砕け散り、ガンバの奏でる重い響きと共に宇宙に消えた。

 

前回の話はここからお読みください。

この世の果ての中学校31章“もう俺たちは後戻りできない”

この世の果ての中学校最終章“お腹が減ったママとパパと先生たち”

 ペトロはあわただしく、厳しい修行を乗り越えて、人間の守り神として天上の神殿に佇む。 

 神殿の庭園から、薄い帳を通して、パノラマのように広がる宇宙のすべてが見えた。

 近くで、地球と惑星テラが衝突を繰り返していた。互いに食い込み、離れ、壊れていく様子が手に取るように見える。

 ペトロの神殿から、たたきつけるようなガンバの響きとともに仲間の悲鳴が聞こえた。

 

××

 スマホが鳴った。

「ペトロ! お願い・・・みんなを・・・助けて!」

 いつものマリエの声が聞こえて、

 だんだん小さくなり、

 どこかへ、消えていった。

 

 ペトロは太陽神から譲り受けた宇宙の始まりの力を、二つの掌に込め、双子の惑星に向かって放った。 

 それは、宇宙の創生と、命の誕生を約束する原始の光! 

 荒々しいガンバの響きに引き寄せられて双子の惑星を照らし出し、やさしく包み込んでいく。

 

 二つの星は、そっと触れあった。

 戯れ、愛し合いながら融合していく。

 

 風が舞い、海が沸き立ち、山が盛り上がった。

 

 いにしえに失われた自然が、あるべきところにその青い姿を現した。 

 そして、古い命が蘇り、新しい形が生まれ出ていく。

××

 

・・・マリエの頬を芝生がそっと撫でた。

 目を覚ましたマリエは、柔らかい光に包まれて、校庭の芝生の上にあおむけに放り出されている。

 

 ペトロの神殿はかき消え、空に消えていったはずの校舎が姿を現した。

 みると、学校から細い道が丘の上の教会に続いている。

 

 丘の先には緑の森が拡がり、遠い先には山の峰々が青く聳えていた。

 

 マリエは、立ち上がり、空を見上げ、風を吸い込む。

 

「ワオ―!」

 咲良と裕太が駆け寄ってきた。

 

 三人は、抱き合って、笑って、泣いた。

 それから、裸足になって、青い芝生の上を思い切り駆けた。

 

・・・

 校庭の隅で、ママたちが目を覚ました。

「お腹減らない?」

 ペトロのママがマリエのママに聞いた。

 

「なんだかペコペコ。こんなに空いたの、何年ぶりかしら?」

 そう言って、二人は顔を見合わせた。

 

 それから、掌でお互いの顔を勢いよく叩き合った。

「痛い!」

 二人のほっぺたが、赤くはれ上がった。

 

「これって、なんだっけ?」

 ペトロのママが呟く。

「 陽に焼けた素肌にお化粧するときのあの感じ?」

 マリエのママが答える。

 

“もしかして・・・私たち・・・蘇った?”

「キャッ!」

 二人が悲鳴を上げた。

 

 悲鳴を聞きつけて、二人の周りにママ達が集まった。

 顔を見合わせて、6人でほっぺたを叩き合っている。

 

「腹減ったー!」

 パパ達が叫んで、

 ママ達の上に倒れこみ、

 それから、みんなで、芝生の上を転げ回った。

 

・・・

 青く、突き抜けるような空から、銀色に輝く小さな宇宙艇が風に揺れながら、その姿を現した。

 宇宙艇は人影の多い校庭をあきらめて、誰もいない砂場に不時着した。

 

 扉を開けて、ハル先生がタラップを駆け降りて来る。

 校庭を見回して、校舎から走り出してきたカレル教授を見つけると、大声をあげて抱きついていった。

 

「お帰りハル! あれっ! ナノコンはどうした?」

 カレル教授が目を丸くして聞く。

 

「大事なハルのナノコン、宇宙に飛ばされたとき失くしちゃったみたいよ」

 ハル先生がさらりと言う。

 ハル先生とカレル教授はしばらくじっと見つめ合った。

 

「もう、計算やーめた」

 ハル先生がそういって、カレル教授に長いキスをした。

 教授のハットが宙に飛んだ。

 

 匠とエーヴァが宇宙艇から下りてきた。

 待ち構えていた咲良、マリエ、裕大の三人が二人を取り囲む。

 

 裕大と咲良が匠の頭をぽんと叩いた。

 小さなマリエがエーヴァのお尻を蹴飛ばした。

 

 五人は相手かまわず、叩き合った。

 それを見た、パパとママたちも駆け寄ってきて、

 殴り合いに参加した。

 

・・・

 丘の向こうの森の中から「わーっ!」という歓声が沸き上がった。

 

 エドの子どもたちが学校に向かって、丘の斜面を駆け下りてきた。

 先頭にはボブ、クレアが続く。

 

 エーヴァがボブを抱き上げ、クレアとマリエがキスをした。

 

「キャッ!かわいい!」

パパやママたちがエドの子どもたちと抱き合ったり、背中を叩いたり、緑の髪の毛をぐしゃぐしゃにした。

 

・・・

 ホラーの広場を鹿や熊が走り回っている。

 広場の壁に描かれた動物たちの壁画が姿を消していた。

 

 一人の娘が地下を流れる川の畔で身体を清めている。

 天井に描かれていた美しい娘の姿がない。

 クオックおばばが、若いころの姿を取り戻したみたいだ。

 

”お腹空いた。フレッシュな記憶が食べたい!”

 娘は一言、贅沢を言うと、川辺に水を飲みにやってきた大鹿の背中に飛び乗り、角を掴み、腹を足で蹴り上げた。

 驚いた大鹿は地下道を駆け上がり、校舎の廊下を駈け抜け、校庭に飛び出した。

 まぶしい夕陽に驚いた牡鹿は立ち止まり、その場で跳びはねる。

 娘の身体は牡鹿の背中から飛ばされ、校庭に落ちた。

 

 娘の悲鳴を聞きつけて一人の若者が駆け寄り、娘を助け起こした。

 若者は呻き声を上げている娘を抱きかかえ、牡鹿の背中にそっと戻す。

 

 娘は若者に一言礼を言うと耳元に口を寄せ、

「あなたの記憶が食べたい」と甘い声で囁いた。

 

「こんな詐欺師の記憶で良ければ・・・」

 思わず答えた若者は、大鹿の背中に片足を掛け、娘の後ろに飛び乗った。

 

 ホワイト・スモーキーは牡鹿の腹を一蹴りして、娘と森の中に消えていった。

 大鹿を追いかけて、熊や、猿や、羊たちが森に駆け込んで姿を消した。

 

「ホラーの広場をゴルゴン一族の住み家とする」

 パパ・ゴルゴンがホラーの広場に一族を集めて宣言した。

 暖かく、飲み水と食料があって、安全な地下の広場はゴルゴン一族の領地となった。

 

・・・

 校長先生がカレル教授とハル先生を呼んで、校長室で打ち合わせを始めた。

「小さなエドたち緑の惑星の333人を加えて、合計338人に増えた生徒たちの教育をこれからどのように進めるかだが・・・」

 頭をかかえた校長先生が、話を切り出したとき、部屋のドアがバタンと開いて背の高い男が入ってきた。

「カレル教授、大事なハットが落ちてましたよ」

 未来の旅から帰ってきた虚構の手品師は校庭で拾った帽子を教授に手渡し、椅子に座り込んで大きく息を吐いた。

 

 カレル教授は手品師にハットのお礼を言って、早速、気になることを訊ねた。

「あなたのことを生徒たちがとても心配していましたよ。ペトロのパパはどこへ行ったのかとね・・・それで、地球の未来はどうでした?」

 

「未来はずっと続いていました。ほぼ順調です」

 手品師は努めて明るく答えた。

 

「ほぼ・・とは?」

 耳聡い校長先生が聞き返す。

 

「念のため三つの未来をパラレルに覗いてきました。二つの未来は平和そのものでした」

「で、三つ目は・・・?」

 校長先生と教授が声を合わせた。

 

「三つ目の地球では・・・生命を持つた一族が五つの大陸に分かれて戦っていました」

 手品師が渋々と話を続ける。

 

・・・北の大陸では進化した昆虫が人類と戦い、

南の大陸では巨人の兵士が強国を作り上げて、

他の大陸に侵略を繰り返しているようでした・・・

 

 校長と教授の表情が強ばったことに気が付いて、手品師が慌てて修正した。

「先生方、御心配には及びません。人類の未来は三つとも確かに存在していたのですから」

 

「この地球に、戦争が起こる確率は?」校長先生が手品師を問い詰める。

「33.3%」手品師は仕方なく答えた。

 

「ハル先生、巨人の住んでいた惑星や人食い昆虫の惑星が緑の惑星にくっついて地球にやってきた可能性はどのくらいありますか?」

 カレル教授がハル先生に聞いた。

 

「おそらく33.3%くらいかと」

ナノコンを宇宙で失ったハル先生が計算が出来なくて困っていると・・・。

 

「暖かいハーブティーとクッキーはいかが?」

ヒーラーおばさまがやってきて、ハーブティーと秘蔵のクッキーを配った。

クッキーがあっという間になくなったのを見届けてから、ヒーラーおばさまが結論を出した。

 

・・・人間がいる限り、いつかはどこかで戦争が起こっても驚くには当たりません。子供たちを信頼して、もうその話は止めましょう・・・

「それより手品師の先生! お顔がペトロのパパに戻っておられますよ!」

 驚いた手品師が両手で自分の顔を探って見ると、くぼんだ目に手が触った。鼻が伸びて、大きな耳が二つも付いていた。

 

 「どうやら、わたしの虚構の旅は終わったようです。未来は子どもたちの手に戻りました」

 手品師はペトロそっくりの顔で安堵の溜息をついた。

 

 「あなた、お帰りなさい!」
 ペトロのママが校長室のドアを開けて駆け込んできて、手品師の胸の中に飛び込んだ。

 

・・・

「代役は終わった。ペトロのもとに戻ろう」

 校庭の隅からすべてを見届けたペトロの影は、一息つくと、校舎の暗闇に消えた。

 影は、本来影のあるべき場所、守り神ペトロのいる天上へ帰って行った。

エピソード 若き勇者の記念碑
 

 学校から森に続く一角に、小さなメモリアルパークが造られた。

 ペトロがマイ・ワールドにつくった「森の中の森」が再現され、水が噴き上げる六角形のフォリーと、咲き乱れる花畑のそばに二つの記念碑が並んでいる。

 一つはプレートで創られたエドの記念碑。

 その横にペトロの記念碑が新しく建てられた。

 

 祈念碑には、

「若きペトロここに眠る・・・2079年~2093年」

と刻んであった。

 

 その前に全員が集まっている。今日は除幕式だ。

 

「まだ見習い中ですが即興です。演目は【亡き二人の勇者のためのパバーヌ】」 
 

 そういって、ペトロのママから特訓を受けたマリエが双子のガンバを演奏した。

  演奏が始まると虚構の手品師がペトロの碑の前に跪き、一冊の古書を取り出して台座においた。

 真っ黒な厚手の表紙に銀箔で「虚構の手品師と不毛の楽園」と書かれている。裏表紙には「無名の手品師に贈る。弟子・ペトロ著」とあった。

 

 両手を合わせた手品師の目に涙が浮かび、その一粒はつつーと頬を伝わって、古書の上にぽとりと落ちた。

 しずくは古書の表紙ににじみ込んでタイトルを消した。そして裏表紙に回り、著者の文字を消した。

 しばらくして新しい文字が現れた。

 黒い表紙に「この世の果ての中学校」の銀文字が鮮やかに浮かび上がった。

 除幕式が終わり、ペトロの碑の台座に置かれた古書に興味を引かれたボブが、近づいて行って「この世の果ての中学校」を手に取った。

 本を途中まで読んで自分の名前を見つけた。 

 そこには・・
「ボブが途中のページを開いたとたん、一陣の風がさっと吹きつけ、古書を空高くさらっていった」と太い文字で書いてあった。

 ボブが慌てて本を閉じようとしたが、間に合わなかった。一陣の風がさっと吹き付け、古書を空高くさらっていった。

 

 ボブは大事な本を飛ばした責任を感じて、ふさぎ込んだ。

「ボブは紙の本は好きかな?」ペトロのパパがボブに近寄って聞いた。

「本はまだ呼んだことがありません。でも是非一度読んで見たいと思っています」
 

 ボブが答えると手品師はボブの肩に手を置いて、優しくささやく。

「いずれ私の古書店にご案内しよう。学校からわずか五分のところだ。隣の実験室には、みんなの将来の夢をかなえる秘密のプレゼントも隠してある」
 

 ボブの目が輝いた。

 ペトロに代わる弟子を探している手品師の技が小さなボブを捉えていく。
 

エピローグ

 

・・・お前達覚悟しておけ! 明日は古代ローマの闘技場に向かって出発する。ついでにもう少しさかのぼってギリシャの古代オリンピックも視察する。

ペトロのパパにお願いして、二泊三日の課外授業だ。

男子生徒は奴隷やアスリートの命をかけた戦いを体験してもらう。

女生徒はハル先生が引率する。ローマ帝国の女性たち、優雅な貴族と、過酷な平民や女奴隷の生き様の研究だ。

生徒の数が多すぎたから抽選で20名の代表に絞った・・・

 そういって、はぐれ先生が生徒に旅の衣装と装備を説明する。

 

 男子生徒には古代ローマの剣闘士・グラディエーターの重装衣装に槍と棍棒、兜と盾が、女生徒にはローマ貴族の白い上下の絹のローブに金色のベルトと小さな靴、そして勝者に与える髪飾りが用意された。

 男子生徒は早くも興奮気味。

 パパ・エドとアスリートの匠が校庭に出た。

 

「ペトロの弔い合戦だ!」匠は槍を選んだ。

「エドの敵討ちだ!」パパ・エドが棍棒を選んだ。

 

 二人は不敵な笑いを浮かべ、戦いを開始した。

 クレアとマリエがツンと顔を上に向け、気取った足取りで貴族夫人となって歩く。

 長いローブの裾に蹴つまずいてクレアとマリエが芝生に倒れた。
 
  ××
「この授業、先が思いやられるぜ!」

 守り神ペトロが天上から眺めて思い切り笑った。
 ××
 
 「ジャン!」

 マリエのポケットでスマホが鳴った。

 「遊びに行っていい?」

 

  マリエは丘の上の教会に向かって駆けだしていく。

  教会のステンドグラスがキラキラと輝いている。                           

 (おわり)

 

・・・

 ボブが飛ばした古書「この世の果ての中学校」は時空を越えて、お手元に届いたでしょうか?

 約5年をかけて書き、何度もリライトしている中にとんでもない長編になりました。

 最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

 ・・・感謝を込めて、虚構の手品師

 

 

 

 

 

 

この世の果ての中学校31章“もう俺たちは後戻りできない”

 
 その日の朝早く、裕大は、みんなが暮らしている巨大人工ドームの大気環流装置をいつものように静かに稼働させた。

 天蓋によって守られた穏やかな空を眺め、少しずつ出力を上げていく。

 環流装置に圧縮して溜め込まれていた清浄な空気が噴き出し、ドームの内部空間に強い上昇気流が起こった。 

 

 「お世話になった楽園とお別れだ!」

 そう言って、裕大は出力をマックスから一気にレッドレベルに上げる。装置が破裂する轟音とともに、爆風が一直線にドームの天蓋に向かって吹き上がった。

 天蓋の中央に亀裂が入り、亀裂は四方に走った。そして、巨大な天蓋が粉々に砕けて飛び散った。

 

・・・前回のお話はここからどうぞお読みください。

この世の果ての中学校30章“暴かれた宇宙の歪みの秘密!”

 

この世の果ての中学校31章“もう俺たちは後戻りできない”

 

 荒々しい太陽の光線が直接地上に降り注ぎ、熱せられた地面が熱い空気を作り強力な上昇気流を巻き起こした。

 

「上昇気流完成! これでもう俺たちは後戻りできない!」 

 そうつぶやくと、裕太は壊れた制御室を離れ、厳しい日差しの中を学校に向かった。

 
 校庭に「おもちゃのマーチ」が聞こえて来た。ペトロの神殿が空に浮かび、校庭に運び込まれてくる。神殿の屋根に偉そうに座って、歌っているのは匠。ペトロの兵隊たちが声を合わせ、神殿の四隅を担ぎあげている。

 アーチ状の神殿は逞しく生まれ変わっていた。光る影と兵隊が一晩かけて作り上げたものだった。神殿には《結界》が設けられ、内部は守り神ペトロによる「聖域」となった。神殿は校庭に運び込まれ、ペトロの兵たちが周りを固めた。

 

 教室から校庭を眺めていた裕大のパパが、運び込まれた神殿が上昇気流に吹き上げられて揺れているのを見て、となりにいる咲良のパパに話しかけた。

「裕大が、みんなでペトロの神殿に早く避難しろというのですが・・・あの揺れ具合だとこの教室の方が安全じゃないでしょうか?」

「幻想で作られたペトロの神殿はファンタジーアを離れたらいずれ消滅する運命です。私もここを離れませんよ」咲良のパパが吹き出す汗をぬぐいながら答える。

 

「教室はとても暑いし、危険です。頑固なパパたちは放っておいて、私たちママは早々にペトロの神殿に参りましょうね」エーヴァ・ママがパパたちに聞こえるように大声で話した。

 ママたち6人は荷造りを終えて神殿に避難を始めた。

 

 咲良が、カレル先生がその中に眠り込んでいる特殊魔法瓶を神殿に運んできた。

「ハル先生から、『留守の間、カレル君の面倒みておいてね!』って頼まれたんだけど・・・カレル先生のベッドはどこに置けば安全かしら?」と、咲良がマリエに聞く。

「ペトロの玉座の中はどうかしら・・・大事なノアの箱舟と一緒によ。きっとペトロが守ってくれると思うの」

 二人は玉座に隠されている秘密の引き出しを開けて、カレル先生と箱舟を並べて入れ、揺れてもいいように緩衝材を隙間に詰めた。

 兵たちの目を盗んで、小さな生き物が一列になって神殿に走り込んできた。先頭の一頭がマリエの横に座って「チチッ」と鳴いた。

「あら~! お帰りゴルゴン!」マリエが飛び上がって喜ぶ。

 ゴルゴン一家が戻ってきた。パパ・ゴルゴンは「この世で一番安全なところはペトロの神殿だ」と一族に宣言をした。ゴルゴン一家はマリエの横に並んで祭壇に小さな手を合わせた。

 

「私のガンバはどこ?」

 神殿でペトロのママが騒いでいる。

 光る影が、神殿の奥に据え付けた電子ボードの裏側からガンバを取り出し、ママに渡す。

 ママはガンバを指ではじいてみた。 

 ”ぎぎ、ガリ!”

 

 電子ボードがガンバに反応して、明滅をはじめる。

 音合わせが終わるとママは椅子に座り、両脚でガンバを挟み込んだ。

 

 一泊置いてママが神殿の奥に向かってOKのサインを送った。

 神殿の奥で待ち構えていたペトロの光る影が、指揮棒で電子ボードを軽く叩く。

 

「みんな、行くわよ!」

 大きく叫んだペトロのママは、右手をくねらせて弓を持ち上げ、双子の弦に勢いよく叩き込んだ。

 電子ボードが激しく明滅し、神殿の天蓋に光の束を放った。

 光の束は、8つの色に分かれて、神殿の朧な屋根を突き抜け、大気を引き裂き、宇宙の歪みに向って飛び出していった。

 光の束は、「双子の惑星のシンフォニー」序章「おもちゃのマーチ」を奏でていた。

 

 校庭の砂場で改修を終えた超光速艇ハル号が発進の時を待っていた。

 艇長はハル先生、操縦士はエーヴァ、乗員は匠と天上の案内役のスモーキーだ。

 

 艇は先端が両側に大きく開いている。海洋からオキアミを掬い取る鯨のように、宇宙に散らばるダークエネルギーを拾い集める集塵装置だ。

 

 神殿から響いてくるガンバの重奏低音がハル号を揺らした。

「始まったぞ!」操縦室でホワイト・スモーキーが匠の肩から跳び上がった。

「ダーク・プロジェクト発進!」匠が宣言した。

 

 エーヴァが操縦桿を手前に引き込み、宇宙艇を宙に浮かせる。

 神殿の上空で、上昇気流と光の束の流れを掴まえたハル号は、猛烈な勢いで宇宙に飛び出していった。

 

 緑の惑星の森がざわついて来た。

 森の前の広場で小さなエドたちが大きなエドの碑の前に集まって、遠くから聞こえてくるガンバの響きに合わせておもちゃのマーチを唱っている。

 

「ボブ、第一楽章は『風の目覚め』だよ!」匠が宇宙艇からボブに伝えた。

 

 風を運ぶ森のテンポでボブとクレアが踊った。333人の小さなエドたちが素早いステップで「風の目覚め」を舞った。 

 

「風のおじさん起きて! お目覚めの時間だよ!」

 ボブの声が緑の守り神の身体を揺らした。

 

「おっと! ボブとクレアとの約束の時間だ」

 目を覚ました守り神は、いつもの渓谷を一気に登り切り、森の上空に舞い上がってつむじ風を巻き起こした。

 
「ギシ!ギシ!」

 柱がきしむ嫌な音が聞こえてきて、教室に残っていたパパや校長先生が慌てて神殿に避難をはじめた。ママたちは神殿の中央に車座になってガンバの響きに耳を傾けている。

 パパたちもその輪に加わって座り込み、一息ついた。

 

「難儀な男たちだこと!」ヒーラーおばさまが神殿の暗闇から現れて、最後に車座に加わって、勢ぞろいとなった。

 

 校庭のテントからホラーの悲鳴が聞こえてきた。ホラーやアンデッドが、風に持っていかれそうになって必死でテントの柱にしがみついている。

 

 あわてて、咲良がホラーを神殿に避難させた。

 喜んだホラーやアンデッドが、神殿の暗闇を奇声を上げて飛び廻り始めた。

 

「なんだか騒がしくありません?」マリエのママが異変に気が付いた。

「キャッ! いま、耳元をかすめて何か飛んでいきましたわ」エーヴァ・ママが首を竦めた。

 

 クオックおばばが、ガンバの重い響きに引き寄せられて、ペトロのママに近寄り、耳元で囁いた。

「あんたの演奏、上手じゃのー。この神殿、居心地良くて気に入った! ここをおばばの新しい住み家にしたいのじゃがどうかな? ホラーの広場と交換で・・・」

 

「ギギギ! ガガ!」
 ペトロのママの手元が狂って、双子のガンバが宇宙に怪しげな音を響かせた。
 

・・・
 超光速艇ハル号は最初の目的地、歪みの壁の近くに到着した。そこは匠がハンモックで寝ていたところだ。

 匠は天上への入り口を探したが、なにも見えない。

 

「スモーキー! 目を覚ませ!」

 匠は、窓際で気持ちよく眠っている白い煙をたたき起こした。

「暗黒物質の在処(ありか)を教えろ! 少々頂戴して持ち帰る!」

 

 天上の案内人、スモーキーの記憶が目覚めた。

「了解。歪みの外壁そのものが暗黒物質で出来ているから、壁をかじり取ればいい。素早くかじって、素早く逃げる」

「分かった。それで壁はどこだ?」

「それは分からない。守り神でないと分からない」スモーキーが軽く受け流す。

「なぬ?」と匠が考え込んだ。

 

・・・待てよ、あのとき葉っぱの端切れが宙に浮いてて、そこで壁を見つけた。天井の入り口の鍵『葉っぱのハーフポーション』だ。あれ、たしか、帰りにも使ったぞ。それであの後どうしたっけ?・・・

 

 匠の記憶が蘇った。

「スモーキー! お前、あの葉っぱを隠してるな。確かその腹のあたりだ」

 

「ばれたか!」

 スモーキーは隠していた葉っぱを取り出して、匠に手渡した。彼は、天上に取り上げられた自分の身体をいつか取りもどしてやろうと、入り口の鍵を隠していたのだ。

 

 匠は光速艇の開口部から葉っぱをそっと外に出して、一陣の風を送った。

「飛んでけ、飛んでけ、歪みの壁まで飛んで行け~!」

 

 葉っぱは宙を舞い、宇宙艇から右斜め上100メーターの位置で静止した。

「歪みの壁発見! エーヴァ操縦士、葉っぱの手前10センチにベタピンだ。出来るか?」と、匠が聞く。

 

「任せなさい!」エーヴァが光速艇を葉っぱの手前に近づけていく。

 “ゴツン!” 

「大当たり!」スモーキーが叫んだ。

 

 匠はハル号の前方の取り込み口を開いて、前歯を回転させ、がりがりと透明な壁をかみ砕いた。粉砕した暗黒物質は艇の冷凍庫に収めた。

 

「逃げろ!黒い衛兵が来るぞ」スモーキーが首をすくめる。

「まだだ、もう少しだ」匠は冷凍庫がいっぱいになるまで囓り続けた。

 

「終わった。逃げろ!」匠が叫ぶ。

「了解!」エーヴァは艇を半回転させ、一目散に壁を離れた。
 
  ××
「すばしこい小僧だ! 今度は俺の尻をかじりやがった」

 監視カメラを見ながら太陽神が怒っていた。

 ×× 

 

「第一段階成功!」

 宇宙艇を安全なところまで運んで、エーヴァと匠がハイタッチした。

 

「大変! 匠、これ見て!」

 ハル先生が操縦席の前方にあるエネルギー制御盤を指さして騒ぎ出した。

 画面いっぱいに真っ赤な危険信号が明滅している。

 

「至急、第二段階開始。 暗黒物質を地球と緑の惑星に向けて緊急発射しましょう。・・・ ミスマッチでとんでもないことが起こりそう」

 

ハル先生が量子ナノコンで計算を始めた。

・・・地球からの航行中に拾い集めておいた大量の反重力エネルギーが、たった今採集した暗黒物質に反応する確率は・・・ワーオ! 99.9%!・・・

二つが宇宙艇の中で至近距離で反応しあうとなると・・・あら、これ、ビッグバンが起こって宇宙がどこかへ消し飛んでしまう!!!

「匠! 暗黒物質を大至急放出してください!」
 

 匠は冷凍庫から暗黒物質を取り出し、二つの超光速ミサイル弾に仕分けると、艇の先端と後部にある二つの発射砲に弾を込めた。

 ひとつは地球、もう一つは緑の惑星に向けて同時に発射した。 

 二つのミサイルは鮮やかな銀色の軌跡を宇宙に描いて、目的の惑星に向かって飛んで行った。

 沈黙の数十分が経過した。

「やったわよ! 着地成功!」

 ハル先生がミサイル追跡装置から目を上げ、振り向いてにっこり笑った。

   暗黒物質は地球と第三惑星に到着して、地底深くに潜り込んで行った。

 

“ドンドン!” 

 宇宙艇を外部から叩く音が響いてきた。宇宙艇の窓の外から、宇宙服姿の見知らぬ男が顔を覗かせて、匠に手を振る。

「ヤベー! 天上の黒い衛兵だ!」慌てる匠に、男が口を大きく開けて何か伝えてきた。

「なぬ! ”SMOKY” だって?」

 

 匠が出入口の二重ドアを開けると、若い男が息を弾ませて入ってきた。

「成功! 壁の隙間から天上に入り込んで、私の身体を取りもどしてきました。ついでに倉庫番をうまく騙して、クローゼットから宇宙服の最新モデルをひとつ」

 

 宇宙服を脱いで、幸せいっぱいに笑ったスモーキーは若くてとびきりのハンサム。とても詐欺師には見えなかった。

「あなたあのスモーキーなの?・・・あら、そのフェースで片っ端から他人を騙してきたのでしょう」と、エーヴァがからかった。

 

「これで、僕もやっと肩の荷が下りた。やれやれだよ」と、匠が続けた。
  
  ×× 
「冷凍倉庫から人間のボデイが一体盗まれました。それと守り神のためのニューデザインの宇宙服も一着」黒い衛兵が太陽神に報告した。

「今度は煙野郎の仕業か!」最長老の顔が紅潮してきた。

 太陽神の怒りが爆発する前に、危険を察した衛兵たちは慌ててその場から姿を消した。
  ××
 
 暗黒物質が二つの惑星の地下深くで、目を覚ました。

 明るく暖かい壁の中で気持ちよく休んでいたところを、突然がりがりとわが身を引きちぎられて、目が覚めたところは暑くて暗い。どこかの惑星の大地の底深く。

 暗黒物質はだんだん不愉快になってきた。

 

 粉砕され、遠く引き離された暗黒物質が、元の姿に復元しようとして動き出した。

 緑の惑星の暗黒物質は地球の暗黒物質を引きつけ、地球の暗黒物質は緑の惑星の暗黒物質を呼び戻した。

 地球と緑の惑星、二つの惑星がじわりと動いた。

 二つの惑星は暗黒の力で引っ張り合い、その形を楕円形に変えてお互いを引き寄せていく。

 

 緑の惑星の地軸が乱れ、海が川のように流れ、山が傾き、森が悲鳴をあげる。

 ボブとクレアはエドの碑の前で風に吹き飛ばされそうになっていた。

 二人は頭を抱えて地面にしゃがみ込んだ。

 

「ここは危ない、森の家に戻ろう」

 小さなエドが仲間を森の中に避難させようとしたが、間に合わなかった。ボブとクレアと森の仲間の数人が風に巻き込まれて吹き飛ばされていく。

 

「風のおじさん、助けて!」空を舞いながら、ボブとクレアは風のおじさんを必死に呼んだ。   

 緑の守り神のおおきな顔がにゅっと現れて、ボブたちを風の手で掴まえた。

 おじさんは肩に担いできた大きな空気の袋を拡げ、みんなを優しく包みこむ。

 全員が入り終えると、風のおじさんは袋を閉じた。

 中は暖かく、風が遮断されて安全だった。

 

「ボブもクレアも、この中でみんなと一緒に頑張れよ!」

 風のおじさんが大きな緑の手で袋を上から押さえてくれているのが見える。

 

 緑の惑星に引き寄せられたペトロの神殿が、進路のただ中にある宇宙の歪みに突入した。

 

 神殿がじわりとゆがみ、

 ホラーが奇声を上げて宙を舞い、

 暗い片隅ではおばばとアンデッドが抱き合った。

 

 学校の校舎は風に飛ばされて宙に舞い、ばらばらになって空に消えていった。
 

 ペトロの神殿から、天蓋を通して緑色をした惑星が頭上に迫ってくるのが見える。

 ママたちは悲鳴を上げ、パパや先生は頭を抱えて衝突に備えた。
 
 ・・・

 光速艇ハル号は、地球と緑の惑星が近づいてくるのを待ち構えていた。

 

「緩衝エネルギー発射用意!」 

 ハル船長が匠に向かって叫ぶ。

「カプセル投棄!」

 

 匠は宇宙空間で集めておいたダークエネルギーの粉塵をカプセルに分納して、宇宙船の船尾につないでおいた。

 匠はカプセルの引き綱を切って中身を宇宙に投棄した。

 反重力エネルギーが地球と緑の惑星の中間点にまき散らされた。

 

 カプセルに閉じ込められていた反重力エネルギーが宇宙空間に放出され、近づいてくる地球と第三惑星をはね返した。

 巨大な暗黒の手が両側に伸びて、二つの惑星を押しとどめる。

 

 惑星はスピードを徐々に落としながら、互いの距離を縮めていく。

「作戦終了! 反転離脱」ハル先生がナノコンを放り上げた。

「作戦終了。とんずら開始」エーヴァが叫んだ。

 

 四人を乗せた宇宙艇はまき散らした反重力エネルギーに弾き飛ばされ、回転をしながら時空のどこかへ消えていった。
 

 ボブが風の袋の中から空を見上げると、大きな地球が目の前に迫ってくる。

 神殿の屋根が見えて、ボブの大好きな曲がかすかに聞こえた。

 ボブも大声を出して風のおじさんの歌を唱った。

 

「ボブ!どうした」緑色の大きな顔がぬっと現れた。

「もうすぐ衝突するよ。でも、スピードがあまり落ちてないよ。お願い! そっと、そっとだよ!」

 ボブが悲鳴を上げた。

 

 風のおじさんは近づいてくる地球に向かって胸を膨らませ、ありったけの風を地球に向かって吹き付けた。 
 

・・・

 二つの惑星がゆっくりと衝突した。

 ペトロの神殿の天井に、緑の森が逆さまになって食い込んできた。

 

 ペトロのママがガンバの弦を力の限り叩く。

 スナップを効かして強烈なドライブをかけ、弓を弦にたたき込んだ。

 腹に食い込むような響きがガンバの双胴から放たれ、神々の集まっている天上に響き渡った。

 

 ペトロの神殿と、小さなエドのいる森は、ゆるやかに歪み、押しつぶされていく。

 

「お願い、ペトロ! 助けて!」

 悲鳴をあげながら守り神に祈る人たちの身体は、四方に砕け散り、ガンバの奏でる重い響きと共に宇宙に消えた。

(続く)

 

続きはこちらからご覧ください。

この世の果ての中学校最終章“お腹が減ったママとパパと先生たち!”

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世の果ての中学校30章“暴かれた宇宙の歪みの秘密!”

 

 ”ギリ!ガリ!”

 
  朝早く、磨き砂でガラスをこするような嫌な音が聞こえて来て、マリエは目が覚めた。

 サイド・テーブルに手を伸ばしてスマホをつかみ、ペトロにラインでいつものモーニングコールを入れる。

 

「オハヨー! ママが朝から教会のステンドグラス磨き始めた。うるさくて目が覚めたからペトロも起こすことにした」

 

  発信して、マリエはハッと気が付く。

・・・ペトロはもういない。お葬式もこの教会で3日前に済ませたばかり・・・

 

(前回はここからご覧ください)

この世の果ての中学校29章 “地上に降りてきた太陽神と白い棺”

 

暴かれた宇宙の歪みの秘密!

 マリエはベッドから飛び起きて、守り神になったペトロにそっと十字を切る。

 それから、ママと二人だけでトーストとサラダと紅茶で簡単な朝食をとった。

 

 ママはいつもお腹がいっぱいと言って自分の食事を用意しない。でもときどき食べる振りだけする。

 

 本当はママはゴーストだから食事をとる必要がないんだけど、ママはそのことをマリエに知られたくないようだし、マリエも「知ってることを知られたくない」ので、二人はいまでも“知らん振りゲーム”を続けている。

 

 マリエはそんなママの振る舞いになんだか感動を覚える。 

 いつもの朝のお祈りは学校に行ってからみんなと一緒にすることにして、二人で家を出た。

 

 昨晩ママと一緒に作った肩につける黒い喪章は、みんなに配るために小さな箱に詰めて背中のリュックに入れてある。

 マリエはペトロのことを話題にしないで、黙ってママの手を軽く握った。

 

 学校が近づいて来てマリエがママに聞いた。

「どうしてあんなに朝早くからステンドグラス磨いたりしてたの?」

「あらマリエ、知らなかったの? 昔からのママの習慣じゃない。朝陽が射すと教会に人間の守り神がやってくるの。朝の太陽の光を反射しているステンドグラスの七色に誘われて・・・ね」

 

 ママがそんなことを軽く言ってのけて、マリエの手を強く握りしめる。

「ふーん。マリエもステンドグラス磨くの手伝ってみようかな」

 マリエも軽くいい返して、ママの手をぎゅっと握った。

 

 学校に着いて教室に入って行くと、みんなのママやパパ、それに校長先生や医務室のおばさんまで、PTAのメンバーが勢揃いしていた。

 ハル先生と生徒達が校庭で始めたダーク・プロジェクトの準備を教室の窓から見守ることにしていたからだ。

 

 ペトロのママが虚構の手品師に付き添われて窓際に座っていた。

 ペトロの光る影がときどきやってきてママを慰めていたが、ママは天馬の消えた遠くの空を窓からぼんやり見つめるだけ。みんなは落ち込んでいるペトロのママを気遣って、声をかけずにそっとしている。

 

 マリエがリュックから黒い喪章を取り出して全員に配った。みんなが肩につけ終わるのをみて、マリエのママが立ち上がる。

「それでは皆様、私たちの新しい守り神、ペトロに朝のお祈りを捧げましょう。そしてどうかダーク・プロジェクトが成功しますように、みんなでお願いをいたしましょう!」

 マリエのママが校庭の空に向かって十字を切った。教室の全員が立ち上がってペトロに長い祈りを捧げる。

 
“ジャン!”

 マリエのポケットでスマホが鳴った。取り出して見ると、ラインに返信が・・・。マリエは慌てて教室から廊下に出た。
 

・・・これ、もしかして・・・ペトロからの返信?・・・ 

 心臓が跳び上がる。

 ラインを開くとメッセージが明滅していた。

 

「こちらペトロ。モーニングコールの返事、おそくなってごめん。ただいま守り神の修行中」

 

“ウソでしょ?” 

 マリエの心臓がバコバコして指が震えた。

「い・ま・ど・こ?」

 

「天上の奥座敷の庭からだよ」

「エッ?・・・守り神がラインなんかしてもいいの」

 

「いいんだ。でも人間と話をしてはだめだって」

「マリエとはいいの?」

 

「マリエとはOK!だよ」

「マリエとはどうしてOK!なの?」

 

「だって、マリエは神の子って呼ばれてるじゃない」

「昔からみんながそういうのよ。牧師の子だからよ」

 

「最長老が言ってたよ。マリエのパパは僕の“セ・ン・パ・イ”だって。マリエは人間の守り神の一人っ子・・・パパの正体知ってた?」

「うすうすね・・・でも家族も仲間も人類も、みーんな放り出して逃げちゃったパパの話なんて聞きたくない・・・グスン!」

 

「逃げたんじゃないよ。選ばれた子供たち、六人のいのちと引き替えに、自分の存在を消したんだって。選ばれた子供たちって僕たち六人のことだよ」

「・・・」

 

「マリエ、ごめん! 修行開始だ。またライン入れる。これ僕たち二人だけのシークレットライン。ぜったい誰にも内緒だよ」

 二人の交わしたメッセージが画面からすーっと消えていった。でもマリエの目にはペトロの残したパパについての太字のメッセージがいつまでも焼き付いていた。

 

・・・「マリエ、どうしたの、また泣いてるの。あら、それとも笑ってるの?」

 姿を消したマリエを探して、ママが教室から出てきた。

 

 マリエは、崩れた顔を、慌てて立て直した。

「大丈夫よ! 校庭でみんなとプロジェクトの準備してくる~っと!」

 マリエは喪章の残りを入れたリュックを担ぐと、跳びはねながら校庭に出て行った。
 

 マリエのママが戻って来るのを待って、カレル教授が教室の教壇に登った。教授は愛用のハットを左手でゆっくり回してみんなの注意を引きつけ、右手で黒板に数式を一つ書いた。

 

   5+333=338

 

・・・皆さん、よくご覧ください。

このシンプルな数式が今から始まる惑星融合計画の核心を表しています。融合した新しい地球で人類が絶滅することなく生存を続けるためには、少なくとも300人以上の若い人間が必要とされます。

地球の人口はペトロがいなくなってわずか5人、緑の惑星の人口は333人。二つの惑星が融合に成功すると緑の自然が復元して、人口が338人になります。ペトロの計画は人類が生き残るための必然の帰結なのです・・・

 

 教授はハットの回転速度を落とし、声のトーンを下げた。

・・・皆様には惑星の融合に備えて、明日の早朝からこの教室に避難して頂く予定です。しかし白状しますと、生徒達の生身の身体や、ゴーストである私たちの幽体が融合の時にどんなことになるのか、実は、私にもさっぱり予想がつかないのです・・・

 
 ハットがぴたりと止まった。

・・・ではここで、皆様よくご存じの方をお呼びして、あらためてご紹介させていただきます・・・

 教授がハットを斜めにかぶった。

・・・宇宙の果ての歪みの中を何回も遊泳しておられる三界はぐれの親父さんに、歪みの正体と惑星融合についてお聞きしたいと思います。親父さん!ご登壇願います・・・
 

 ママたちが騒ぎ出した。

「何ですって、あの三界はぐれがここにいるのですって?」

 教室を見渡したが、よれよれの絣の着物に下駄を履いた男などどこにもいない。

 そのとき靜かに教室のドアが開いた。

 

 そして一人の男が入ってきた。

 濃紺のスーツをクールに着こなして、真っ白いワイシャツの上に渋く光るシルバーのネクタイを締めたその男は教授の隣に立ち、にこやかに挨拶をした。

 

・・・お久しぶりです、通称三界はぐれです・・・

「ウソでしょ・・・この紳士があの三界はぐれですって?」

 

 あっけにとられているママたちに、カレル先生がすかさずコメントを入れる。

・・・昔、三界から追放されたこの方は、実は人類のために宇宙を奔走して食料を調達したり、地球以外に住めそうな惑星が存在しないか調べていたNASAの特務調査官です。

地球での滞在期間が短く、明治時代の学生姿や、自分勝手な行動が原因で、NASAから追放されてしまいました。

そんな中で、親身になって世話をしていた女性が匠のママです。そしてお二人の間に生まれた子どもが匠なのです・・・

 

 ママたちは眼を白黒しながら、ようやく理解をした。三界はぐれは匠のパパが変身した仮の姿だったのだ。

 

  ママたちの視線を浴びた匠のママが、顔を赤らめ、椅子から腰を浮かして挨拶をした。

「匠にも三界はぐれが匠の父親であることを昨晩、話したばかりですの。『そんなこと、とっくの昔に知ってたよ』と笑われましたが・・・以後お見知り置き下さいませ」

 

 紳士が匠ママと一緒に丁重に頭を下げた。

 

「それでは、調査官から惑星の融合に備えた心構えを紹介していただきましょう」

 カレル教授が紹介すると、紳士は顎をぐいと引いて話し始めた。

 

・・・二つの惑星が融合する瞬間にいったいなにが起こるのか、それは、予測することすら不可能です。

歪みという異常な時空を利用して行う惑星の融合は、まさに別次元のもの。

 

そもそも、天上と呼ばれる時空の“歪み”は、宇宙の始まりにおいて、ビッグバンを起こしたエネルギーの塊であったと考えられます。

いままでの経過を踏まえて、結論をいってしまえば・・・そこには、スピリチュアルで無限のエネルギーを持つ生命体が生息しているといわざるを得ません。

ここにおられる虚構の手品師とカレル教授、宇宙物理学者のハル先生も私と同じ結論に達しておられます。

ペトロを失ったのはまことに悲しいことですが、ペトロが自ら、そのコロニーに加わったことで、この融合計画に希望を持つことができたともいえるのです・・・

 

特務調査官はパパやママを見渡して、一拍おき、融合の時の心構えを話した。

 

・・・予測されることは、二つの惑星が衝突する段階で皆様の身体はひとまず、ばらばらに解体されるだろうということです。そして二つの惑星が融合をはじめる第二段階では、ばらばらになった各部分が復元に向かってお互いを探し求めます。

このとき皆様に試されるのが『再生の能力』です。『形状記憶力』が正しく働いてくれれば元の姿に戻れるのですが、間違って隣の人の形状記憶にくっついてしまったりすると、お友達と鼻の辺りが一部入れ替わったりとか・・・

  裕大のパパとエーヴァのママがお互いの顔をちらっと心配そうに覗き込んだ。

 

・・・『蠅』というタイトルのSF小説の古典的名作がございまして、テレポーテーションで人間の瞬間移動をする実験で、一度粒子になった身体が再び融合する際に、主人公の身体の一部がどこかから紛れ込んできた蠅と入れ替わってしまうというストーリーでした。

 

 顔は人間、身体は蠅、なんてお話が・・・いやご心配なく、この教室には蠅は見当らないようで・・・

 紳士は下を向いて、くくっと小さく笑った。

 静まりかえる中、顔を上げた紳士の貌は一変し、ザンバラ髪の武骨な顔が現れた。

 

 「キャッ! こ、この男・・・三界はぐれ!」

 

 ママたちが驚いて立ち上がると、男はネクタイをふりほどいて空中に放り投げた。

「ぶっちゃけた話が、ワシにもさっぱり分からんいうこっちゃ! こんな与太ばなし気にせんと、あとはペトロと子供たちに任せるこっちゃ。明日は、肩の力抜いて、歪みも融合も楽しもうやおまへんか・・・」

 

 話し終えて匠のママの隣の席に座りかけたはぐれが・・・一拍おいて付け加えた。

「そや、明日の朝は、奥様方は厚化粧は止めときなはれ。歪みに入ったら、どっちゃみちお顔はぐじゃぐじゃの妖怪変化ですわ!」

“ワッハッハ!” 

豪快に笑って椅子に座り込んだはぐれ親父のざんばら頭に、匠ママの鉄拳がゴンと打ち下ろされた。

「痛ぇー!」

頭を抱えて逃げ惑うはぐれ親父を見て、すっかり落ち込んでいたペトロのママとパパの手品師の顔がゆるんできて・・・こらえきれずに吹き出した。

 

・・・

「さっきは、思い切り叩いてごめん!」

匠のママがはぐれの耳元で囁いた。

二人の芝居は、一人息子を失ったペトロのママとパパを元気にする演技だった。

 

・・・

校庭の真ん中に大きなテントが張られて、プロジェクトの本部が設営された。

多目的電子ボードが奥にデンと置かれ、デスクに向かっているハル先生のナノコンや生徒のスマホと、そして宇宙のお喋りチャットで緑の惑星とも無線ランで繋がっている。
 

 電子ボードにスタッフメモがランダムに貼り付けられていた。

「勝負は宇宙の歪みの中だよ!」(ペトロからみんなへ。マリエ)

「宇宙の方程式がまだ未完成。あしたの融合に間に合わない、困った!」(ハル先生) 

「宇宙艇をダークマター採取用に改良中。順調よ」(みんなへエーヴァ)

「校庭の隅にゲスト用の大型避難テント、至急、設営してくれない?」(裕大へ咲良)

「設営終了したよ。でもゲストってだれのこと?」(裕大から咲良)

 

「ペトロが僕らの守り神になつた話、聞いたよ。ボブたち悲しくて一晩中広場に集まって泣いた。それでこのプロジェクトのテーマソング作って、ペトロに捧げることにしたんだ。タイトルだけ決めたよ。『双子の惑星のシンフォニー』でどう?」(ボブから匠へ)

「決まりだよ!今からペトロのママに作曲お願いしてくる」(匠からボブへ)

 

“ジャン!”

 マリエのスマホが鳴った。本部の片隅に隠れて、そっとラインを開けた。

「こちら守り神の修行終了。そっちの準備どう?」

「難題が山ほど」

「どんなのが一番難しそう?」

「ハル先生、宇宙の方程式完成できずに困ってる。あしたの計画に間に合わないつて。守り神から先生にアドバイスできる?」

「天上には宇宙の方程式みたいな法則はどこにもないよ。僕まだ修行中だけど、神様はそうしたいと念じたらすべてそうなるんだって。それから、物事は未完成のうちが幸せだって最長老に言われたよ」

「宇宙の方程式も未完成の方がいいってこと?」

「だって、完成したらハル先生、生きがい無くしちゃうかも」

「ウーン、分かった。そのことハル先生に言っとく」

「あっ、それからペトロの神殿だけど、惑星融合のショックに備えてみんなの避難所にして欲しいんだ。あそこなら僕のパワーが上手く伝わると思うよ。僕の影にそう言ってくれる?」

「分かった。そうする」

「じゃ、またね」

 二人のメッセージがラインから消えていった。
 

 マリエはパソコンに向かって、ぶつぶつ呟いているハル先生に、黒いリボンを一つ持って近づいた。

「材料は大きな地球と小さな惑星。熱いお鍋でごった煮する仕上げのテンポはと・・・私のレシピではスピリチュアルな原始エネルギーを少量混ぜてと・・・」

 

「ハル先生!」

 マリエが呼びかけても、計算に夢中の先生はまるで気が付かない。

 マリエは、思い切って「ハルちゃん!元気?」と呼びかけた。

 

 ハル先生、ぱっと目覚め、振り返って大きな溜息を一つついた。マリエは先生の肩に喪章をつけながら、慰めてあげた。

「先生、あまり根を詰めないでください。今朝がた、ペトロが夢に出てきて偉そうに言うんですよ。ハル先生に天上からアドバイスですって。宇宙の方程式は未完のままが美しい。完成してしまったらなーんも目標なくなって、つまんないよですって・・・。未完の部分はペトロが頑張って補いますから、このままプロジェクトを進めましょうって」

 

 ハル先生が目をぱちぱちさせて、しばらく考え込んだ。

「ハルちゃん、元気?」マリエがもう一度、耳元で囁いた。

 

「あっ!」と、叫んで、ハル先生はナノコンを宙に放り上げた。

 マリエがすかさず受け止めて、さっとデスクに戻す。

 

「ハル、お散歩してくる!」

 そう言ってハル先生、ナノコンをほったらかしてテントから校庭に出て行った。

 

 ハル先生がナノコン無しで歩くのは生まれて初めて。

 空を見上げて大きく深呼吸をすると、校庭の周りをゆっくりと歩いた。

「量子ナノコン持たずに歩けるハルの生存エリア、確かナノコンから半径300メーター以内」

 ぶつぶつ言って校庭の砂場に入り、砂の一握りを掌にのせて長い間見つめた。

 そのうち、砂粒が涙にぼやけて星に見えた。

 遠い昔、星空の元で夜遅くまで話し込んだ、仲良しの少年の姿が脳裏に蘇った。

 

 ハルちゃんは立ち上がって走り出した。

 校舎に入り、教室を覗いた。

 教壇のそばに座っているカレル少年の姿を見つけると、近づいて行っていきなりキスをした。

 驚いたカレル教授が椅子から滑り落ちた。

 ハルちゃんはあわてて校庭の本部に戻ってきた。

 その頬が赤らんで、目が潤んでいた。

「マリエ、ありがとう。ハル先生、気分絶好調! なんだか宇宙の呪縛から解放されたみたいよ」

 そういって、ハル先生はマリエをきつく抱きしめた。

 マリエもしっかりと先生を抱きしめてあげた。

 

 ハル先生が落ち着くのを待って、マリエが質問した。

「ハル先生、みんなが避難するあの教室は緑の惑星との融合に耐えられるのでしょうか」

 ハル先生が大急ぎで計算を始めた。

 10 秒で結論が出た。

「大変、これじゃとても無理。マリエ、急いでなんとかしなくちゃ!」

 

 マリエは教室に駈け戻ってペトロの影を探した。

 ペトロのママに付き添っている光る影を見つけたマリエは、ペトロの神殿を強化することと、出来上がった神殿をまるごと学校の校庭に運んでこれないか・・・大至急の相談を始めた。

 

・・・

 校舎のドアが開いて、咲良に引率されたホラーの広場の群れが校庭になだれ込んできた。

 先頭のホラーが奇声を上げて校庭を跳びはね、アンデッドがここはまぶしすぎると文句を言いながらぎくしゃくと続く。

 最後にクオックおばばが軽やかなステップで校庭に現れた。おばばは光が眼に入らないように目隠しをしているが、視力を越えた超能力で周りが見える。

 教室の窓から校庭を眺めている咲良のママをクオックおばばが見つけた。ホラーの守り神であるクオックおばばは、宿敵・ファンタジーアの女王に軽く手を振って挨拶を済ませ、避難用のテントの椅子に座り込む。

 おばばの到着をおとなしく待っていたホラーやアンデッドたちが、大声をあげて席を奪い合った。

「静かにしなさい!」咲良がホラーたちを叱りつけた。

 

・・・“幻想と恐怖”は心の光と闇。どちらが欠けてもァンタジーアは存続できなくなる。そう思った咲良は、惑星融合の衝撃からホラー一族を守り抜く決心をした。そして新しい世界ができあがればあらためてホラーを解放するつもりだった。

 

 匠が、教室の窓際でぼんやりと校庭を眺めているペトロのママに近寄って、テーマソングの作曲を頼み込んだ。

「お願い! ボブのアイデなんだけど、プロジェクトのテーマソングを作って、天上のペトロに捧げたいとみんなが言っています。曲のタイトルは『双子の惑星のシンフォニー』です」 

 それを聞いて、落ち込んでいたママの目がぱっと輝いた。

「わかった、匠! いますぐ双子のガンバをペトロの神殿から取って来て!」 

 10分も経たないうちにでガンバを担いだ匠が走って戻ってきた。

 校庭で待ち構えていたペトロのママがガンバを受けとって小さな椅子に腰をかけた。

 

 ガンバを両足に挟み、弓を振り上げて、一気にかき鳴らした。

“ギギー、ガガー”

 耳を手で隠したみんなに向かって、

「準備運動完了。みんな集まって!」と澄まし顔で言う。

 

 駆けつけたハル先生と生徒たちを前にママが立ち上がった。

 その目がぎらりと光る。

「みんな知ってるでしょ? それとも感じとれる? 宇宙は音楽そのものなの。そして音楽は数学なのよ」と、ママが鋭く言い放つた。

 

「その通りですわ!」宇宙物理学者のハル先生がしっかりと頷く。

「ハル先生!それでは完成した宇宙の方程式から双子の惑星のシンフォニーを作曲しましょう。そして完成したシンフォニーを宇宙に向かって解放しましょう」

 ママがハル先生に力強く迫った。

「あら、すみません。それがまだ未完成で・・・」ハル先生が恥ずかしそうに下を向いた。

「いま、なんとおっしゃいました? “未完成!”ですって? 荒々しく野性的、なんて美しい響き!未完の方程式、そのまま楽曲に頂きま~す」

 

 ペトロのママは電子ボードに近づき、デスクの上に置かれたナノコンを優しくたたく。

「トントントン!こちらペトロのママ、未完成の方程式、恥ずかしがらずに出てらっしゃい!」

 

「そこ私のお腹!」ハル先生、自分のお腹を手で押さえて「くっくっ!」と笑う。

「あら失礼、ハル先生。それじゃ、未完の方程式をオーディオに変換することは可能でしょうか?」と、ママがたたみかけた。

「やってみましょう。音源のソフトは山ほど持ってます。フルオーケストラでいかがかしら、こんな感じになりますが」

 

 電子ボードから未完のサウンドがゆったりと校庭に流れた。

「ハル先生、素敵!このサウンドで双子の惑星を動かしてみましょうよ。それじゃ、新しいシンフォニーのイントロとエンディングを、どなたかフレーズ付きで歌って聞かせてくれる? 守り神を泣かせるフレーズよ!」

 

「ペトロを泣かせるイントロはこれだよ」

 匠が大声で歌った。

“やっとこ、やっとこ繰り出した~”

 

「エンディングは風のおじさんのソフトランディングで決まりさ!」

 小さなボブが宇宙のお喋りチャットで歌った。

 ♯答えは風に吹かれて♭

 

 ママがガンバで演奏してハル先生が編曲する。

 双子のシンフォニーが校庭に流された。

 教室の窓からパパやママや先生が歌った。

 おばばが手拍子を打ち、ホラーやアンデッドたちが足を踏みならす。

 緑の惑星のプレートからテーマソングが流れてエドの子供達が大きな声で歌った。

 
 虚構の手品師は双子のシンフォニーに耳を傾けながら、本部の電子ボードに書き付けられたプロジェクトのチェック・メモを不安げに見つめていた。

 

 それから演奏を終えたペトロのママに一言囁く。

 しばらく考え込んでから、ママが渋々頷いた。

 手品師は本部を抜け出し、教室に戻ってカレル教授を探した。

 
「私はもう一度、子供たちの未来を確認してきます。明日の本番には立ち会えませんが、プロジェクトに何か不都合がみつかれば直ちに連絡を入れます」

 カレル教授にそう告げると、虚構の手品師は一人、未来に旅立って行った。

(続く)

 

続きはここからご覧ください。

この世の果ての中学校31章“もう俺たちは後戻りできない”

 

 

 

 

この世の果ての中学校29章 “地上に降りてきた太陽神と白い棺”

 

 マリエは夢を見ていた。 

 ペトロのマイワールドにある、森の中の森でペトロと戯れている夢だ。

 

 真っ赤な顔をした最長老が、森の奥から二人をじっと睨んでいる。

 そのうち、長老の真っ赤に焼けた手が”ツツーッ”と伸びてきて、

 ペトロの胸にぐさりと突き刺さった。

 

 それから、

 “ぶんぶん!” 

 と騒ぎながら、森の虫たちが集まってきて、

 ペトロの身体を担ぎ上げて森の奥に運んでいった。

 

(前回はここからお読みください)

この世の果ての中学校28章 “ ペトロは迎えの天馬に乗り 天上の守り神と談判に出かけた!”

地上に降りてきた太陽神と白い棺

 

 夢から覚めて、マリエはベッドから飛び起きた。

 心臓がドンと鳴った。

 先週の金曜日、学校が終わって、いつものように丘の上にあるマリエの教会までペトロが送ってくれてから、ペトロとは連絡が取れない。

 ペトロは月曜日になっても学校に来ない。

 スマホにラインしたのに既読にもならない。

 ペトロは二、三日家に帰って来ない時は、決まってマイワールドのペトロの神殿にこもってなにかしている。

 だから今回も、ペトロがいなくなってもペトロのママも先生達もなんにも心配していない。

 

 でも何か胸騒ぎがする。

 いつもは一日に一回は電話をくれるのに・・・。
 

 不安になったマリエはペトロのママに電話を入れてみた。

「今朝、変な夢を見ちゃって、なんだか心配になって・・・。ペトロはまだ帰ってこない?」

「神殿の大改造だとか言って、今回は一週間分も食料持って行ったわよ」

 

 ペトロのママはのんびり答えたが、マリエが見たおかしな夢の話をしたら、急に不安になったみたいだ。

 

「マリエ、私もなんだか心配になってきた。お願い! ペトロのマイワールド覗いてきてくれないかしら。ペトロが大人はだめだって神殿に入らせてくれないのよ」

 

「いいわよ、マリエもそのつもりだから。なにかわかったら連絡入れるわね」

 マリエはいつでもペトロの神殿に入ることができた。

 二人はお互いのマイ・ワールドの鍵をひとつづつ交換していたのだ。

 

 ファンタジーアの正門を通り抜けてペトロの神殿に着いたマリエは、表の扉を鍵で開けてそーっと神殿の中に入った。

 物音に気が付いたペトロの影が片隅の玉座から立ち上がった。

 

「ペトロはいる?」マリエがそっと聞くと、影が嬉しそうにすっ飛んできて答えた。

「やっと来てくれましたね! マリエ、ぺトロに大事件です!」

 

 顔をしかめながら影が一気に報告をしてくれた。

 

・・・ペトロが神殿の奥に祭壇をこしらえたこと。

 食べ物も水も一切口に入れず、一日中神に祈りを捧げていたこと。

 願いを聞いてもくれない神様をののしったこと。

 三日目の朝、黒い天馬が空から降りてきて、天上から迎えに来たこと。

 ペトロは黒い天馬に乗って空のどこかに向かっていったこと。

 それからもう三日が過ぎたこと・・・。

 

 マリエは慌ててスマホを取り出して、ペトロのママに伝えた。

「大変! 神殿にペトロがいないの。ペトロの影の話だけど、3日前に、迎えに来た黒い天馬に乗って、たった一人で天上に向かったみたいよ」

 

 ・・・驚いたペトロのママが、ファンタジーアの正門をこじ開けて、ペトロの神殿に駆けつけてきた。

 神殿の入り口でマリエが待っていると、息を切らしたママの後ろに仮面の男が付き添っている。

 

 マリエは、虚構の手品師がペトロのパパであることくらい、ずっと前から知っていた。

 仮面の下に隠された顔がマリエには何故か見えていたのだ。

 その顔はペトロにそっくりだった。

 

 ペトロも手品師の正体が自分のパパであることを知っていて、「パパが仮面を自分から外すまでは僕も黙ってるんだよ」とマリエに言う。

 いつもクールな手品師の仮面が、今日はとても不安そうに見える。

 

 ペトロの影が神殿の扉から顔だけ出して、早く中に入るように言った。

 

「大人は子供のマイワールドに入れないのじゃない?」

 ペトロのママが影に尋ねると・・・。

 

「ペトロがいなくて心配で、心配で、何かの時にママやパパが入っても大丈夫なように神殿を強化しておきました」

 影が自慢げに言って、みんなを神殿に引き入れた。

 

 ママとパパが見渡したが、ペトロの気配はどこにもない。

 

 顔を寄せ合って相談した結果、ペトロが帰ってくるまでみんなでこの神殿で待ち続けることに決めた。

 ペトロの影が、座り心地のいい椅子を三つと小さなテーブルを一つ運んできて、神殿の中央にセットしてくれた。

 いい匂いが漂ってきて、ペトロの影が紅茶のポットとカップをテーブルに並べる。

 

「ペトロがここの森で育てたミント入りのテイーです。気持ちが落ち着きますよ」

 影がそう言って紅茶をカップに注いでくれたので、三人は無言で熱い紅茶を口に運ぶ。 

 

 マリエが見るとペトロのママの顔は蒼白で、手は細かく震えていた。

 手に取ったカップがソーサーとぶつかってガチャガチャと音を立てた。

 

 不安を振り払うように、仮面を一振りした手品師が立ち上がり、ママを誘って神殿の中を歩き回る。

 ペトロの創った重厚な天蓋を見上げ、壁に刻まれた彫刻を手で触れて調べた。

 新しい祭壇を見つけると、跪いて十字を切り、二人でペトロの無事を祈った。

 

 手品師がペトロの玉座に斜めに立てかけられた双胴のケースを見つけた。

 厳重に鍵をかけてある蓋を指先で探ると、あっという間に蓋が開いた。

 

 中から双子の楽器を取り出し、黙ってママに手渡す。

 ペトロが造った双胴のガンバ。

 ガンバ奏者のママの表情がぱっと明るくなって、楽器を膝で抱え込み、ペトロの大好きなおもちゃのマーチを弾いた。

 

 神殿の前の広場に、弾けるリズムに乗ってペトロの兵隊が集まりだした。

 

 玉座に座っていた影が、びくりと身体を震わせて立ち上がった。

 

 「天馬だ!」

 影はかすかな馬のいななきを聞き取った。

 急いで、広場に向かう神殿の扉を開け、兵隊に向かって大声を上げる。

 

 「ペトロのお帰りだ! 全員、整列!」

 兵隊たちが、神殿に駆け寄って、横一列に整列をする。

 天空に黒い天馬が一頭現れた。

 

 ・・・白い法衣を身にまとった男が天馬に跨がっている。

 

 天馬のあとには白木の棺を担いだ黒い衛兵が二列になって続く。

 やがて天馬が広場に降り立ち、大きくいなないた。

 

 白い法衣の男は馬から下り、神殿に近づくと手を胸に当て頭を下げた。

 男は輝く顔を持ち、太陽神と呼ばれていた。

 

 太陽神の声が神殿にまで響き渡る。

「聖なるペトロを謹んでお返し申し上げる!」

 

 続いて、白い棺を担いだ衛兵たちが広場に降りてきた。

 

 ペトロの兵隊が衛兵を取り囲むと、衛兵は、兵隊に棺を受け取ってほしいと頼んだ。

 

 棺の主がペトロであることを察知したペトロの兵隊が、身体を震わせながら棺を引き継ぐ。

 

 ・・・太陽神がペトロの神殿にぬっと入ってきた。

 暗かった神殿が太陽神の全身から発せられる白い光で満たされ、隅々まで輝いた。

 

 ママとマリエはあまりの眩しさに、手で顔を隠した。

 

 虚構の手品師の仮面が太陽神の発する光を反射して銀色に輝き、眼の窟からは暗い目が太陽神を睨み付けている。 

 

 ただならぬ気配を感じた衛兵たちが、太陽神を取り囲んで警戒態勢を敷いた。

 

「待て!」

 一言いうと、太陽神は、衛兵の一人から黒いマントを借りて身につけ、急いで顔を隠した。

 次に、衛兵に何事かを指示した。

 

 衛兵たちは、祭壇の前に置かれた台座を、二つ横並びに配置して全体を大きな白いクロスで覆い、ペトロの兵隊に頷く。

 ペトロの兵隊たちは、新しくできあがった台座の上に、担いできた白木の棺をそっと静かに置いた。
 

 太陽神は棺に近づき、重い蓋を静かに両側に拡げていった。

 

 棺の中には、いっぱいの白い花々に囲まれて、

 ペトロが静かに眠っていた。
 

 太陽神は棺の前に跪き、深々と頭を下げ、両手を合わせた。

 

 そしてペトロのママと手品師に近づいて一礼をすると、二人を丁重に棺に誘(いざな)っていった。

 

 二人が棺に近づき、花に囲まれたペトロの顔を覗き込んだ。

 

 ペトロの顔に少し驚いたような表情が残されている。

 

 「ペトロ!」とママが名前を呼ぶと、

 ペトロの強ばった頬が安心したように緩んで、いつものいたずら好きな表情が戻ってきた。
 

 ママが、確かめるようにペトロの額にそっと手を当てた。

 

 指の先からひやりとした感触が伝わると、ママの心の中を、恐ろしい現実が突き抜けていった。

 

 ママの口から絞り出すような悲鳴が上がった。

 その声は神殿の静寂を切り裂いて、残されていたかすかな希望を粉々に打ち砕いていった。

 

 泣きじゃくるペトロのママを胸の中に抱きしめて、手品師が茫然と立ちすくんでいる。

 能面の顔は一切の表情を失っていた。

 

 マリエの表情が崩れ、大声で泣き出した。

 

 太陽神は光り輝く顔をマントから現し、ペトロのママとパパとマリエに向けて話しかけた。

・・・“お願い、どうか悲しまないで” 

 これはペトロからママとパパとマリエへの言葉です。 

 ペトロは天に召されて人間の守り神となったのです。

 ペトロは決然として、自ら守り神への道を選びました。

 

 いまはただ、聖なるペトロの肉体を愛する人の元にお返しするだけです。

 ペトロの魂は、いま天上の神々と共にあります。

 

 若いペトロは新しい命を得て、元気に守り神への道を修行中なのです。

 ですからどうかそんなに悲しまないでください。

 

 ペトロのために祈り、祝福してあげてほしいのです・・・

 

 太陽神の顔には、溢れた涙が流れ落ちているのだが、焼け付く熱さですぐに蒸発してしまって、誰も太陽神が涙を流していることに気がつかなかった。

 

 マリエが泣き崩れている。

 ペトロの額に触れたり、泣きながらほっぺたに口づけをしたり、いつものように話しかけたりしていた。

 

 三人の悲しむ様子を見ていた太陽神は、主(あるじ)を失って、今にも消え入りそうに暗闇の一隅に隠れているペトロの影をそっと呼んだ。

 

 太陽神がなにかを伝え、影が頷いた。 

 太陽神は影の胸に光り輝く掌を当てた。

 

 影は影ではなくなり、光を放ち始め、ペトロによく似た少年の姿を作り上げた。

 影は、これで、主のいない神殿の外に出て、太陽の光の中でもペトロの代役を務めることができた。

 

 次に、

 太陽神はマリエに近づき、四つ折りにした一枚の封書をマリエに手渡した。

「愛するマリエに・・・」

 封書の表の字は、あの下手なペトロの字。

 

 マリエはその場で開いて、涙をこらえて読み上げた。

「天上の歪みの中で勝負だ! 僕が代わりにマリエとみんなの守り神になってあげるよ ・・・ペトロ」

 

「マリエ、意味はわかるか?」と太陽神が尋ねた。

 

「全員に伝える、とペトロに言って下さい」

 マリエが頷き、声を絞り出した。 

 

 太陽神は、ママと手品師に向かい、身体を二つに折り、顔を伏せ、涙を隠して、深々と頭を下げた。

 

 そして、黒いマントを翻して、広場に出た。 

 太陽神は黒い天馬に飛び乗り、一鞭当て、衛兵を引き連れて天上に駆け上っていった。
 

 マリエが立ち上がった。

 棺に向かってもう一度十字を切ると、神殿から表に出た。

 

 大きな深呼吸をして息を整え、スマホを取り出して友達や先生やママやパパたちに片っ端から緊急連絡を入れた。

 

 魔法瓶の中のカレル先生にもメールを入れた。 

   カレル教授が眠っている特殊魔法瓶が宙に舞い上がった。

 

 床に落ちて蓋が飛び、中からカレル教授が転がり出した。

「あいつだ、あいつが天上から降りてきた」と、叫びながら、校庭に飛びだしていった。

 

 空には、夕陽に向かう黒い天馬とその上に跨がっている輝く男の姿が見えた。
 

 「しまった!」
 

 その一言ともに、教授の顔は夕日に照らされて燃え上がり、その目は遠ざかって行く黒い点をいつまでも睨み続けていた。 

(続く)

 

続きはどうぞここからお読みください。

この世の果ての中学校30章“暴かれた宇宙の歪みの秘密!”

 

【無断転載は禁じられています】

この世の果ての中学校28章 “ ペトロは迎えの天馬に乗り 天上の守り神と談判に出かけた!”

 

「マリエ、天上の神様に会うのはどうすればいい?」
「祭壇で祈りを捧げるの、お祈りが通じるまで一生懸命によ」

 翌日、ペトロは、マイワールドにある「ペトロの神殿」に閉じこもって、丸一日をかけて小さな祭壇を作りあげた。

 

(前の章まだの方はここからどうぞ)

この世の果ての中学校27章“詐欺師ホワイトスモーキーが天上の秘密を漏らした”

ペトロは迎えの天馬に乗り 天上の守り神と談判に出かけた!

    
「天上の神様どうか人間への怒りを解いてお力を貸して下さい。奇跡を起こす力をペトロに与えて下さい。必要とあれば代わりにどうぞ僕の命を取り上げて下さい」

・・・でも、どうしてものときだけだよ!・・・

 と、ペトロが小さな声で付け加える。

 

 ペトロは祭壇の前で跪き、祈りを捧げる。

 一滴の水も飲まず、一切れのパンも食べずに頑張ったが、3日が経つても神様からなんの返事も無い。

 

「天上の神様、あなたがそこにおられることは分かっています。せめてお会いしてお話だけでもしたいのです」

 そう繰り返しながら、ペトロは一生懸命に祈った。

 さらに1日が経ったが答えはなしのつぶてだった。

「最後のお願いです。返事をくれなければ、ペトロは怒りますよ。もう僕も僕の友達もあなたのことなんか信じませんよ!」
 

 腹ぺこのペトロは開き直った。
「なんだよ、偉そうに黙りこくって。ハル先生の計算の邪魔したことも知ってるんだよ!」

・・・これでも答えてくれなかったら匠と二人で、あの歪みのけつの穴こじ開けて天上に押しかけちゃうぞ!・・・

 

 次の日の朝早く、いつものようにペトロの兵隊が神殿の扉を広場に向かって開いた。

 朝の日差しが祭壇の前で眠り込んでいるペトロに差し込んでくる。

 空の一角に黒い雲がぽつんと現れた。

 雲は近づき、一頭の黒い天馬に姿を変えて広場に降り立ち、一声大きくいなないた。

「何者だ!」

 ペトロの兵隊が数人駆けつけ、天馬を取り囲む。 

 

 天馬は前足で地面を激しく引っ掻き、兵隊に告げた。

・・・怪しい者ではありません。守り神の最長老の命令で、ペトロを天上にお連れするためにやってきました・・・

 
 兵隊たちは慌てて神殿に戻り、ペトロの身体を揺さぶったが、疲れ果てたペトロはいっこうに目を覚まさない。

 

 仕方なく、兵隊は数人でペトロを肩の上に担ぎ上げて天馬のそばに戻り、「お迎えの天馬がやって来ましたよ」とペトロの耳元に囁く。

 

 天馬がもう一声いなないてペトロを起こした。

 目を覚ましたペトロを優しそうな目が覗き込んで来る。

 

「やー、お馬ちゃん。どうしたの?」

 ペトロはまだ夢の中。

「守り神の最長老のご命令で天上にお迎えに上がりました」

 天馬はもう一度いなないて、ペトロに背中を差し出した。

「最長老のご命令だって?」

 ペトロは一気に目が覚めた。

 

・・・匠が身体の皮むしられそうになったあの最長老のご招待? 

これ、ヤベー!・・・

 

 ”う~ん”と一瞬ためらったが、ペトロは覚悟を決めて兵隊たちの肩の上から馬の背中に飛び移った。

 天馬の大きな背中はふさふさとした毛で覆われ、座り心地がよかった。

「腹が減っては戦は出来ぬ!」

 

 ペトロは兵隊に命じて、宇宙服と、飲料水の入った大きなボトルと数日分の非常食をリュックに詰めて運ばせた。 

 

「いざ出陣!」

 ペトロは宇宙服を身に着け、リュックを肩に担ぐと、天馬の首に掴まる。

 天馬がいななき、空に駆け上った。

 天馬は猛烈な早さで宙を飛ぶ。

 ペトロの騎馬兵が数騎、後を追いかけたがあっという間に引き離され、諦めて広場に舞い戻っていった。

 

 ペトロの神殿の暗闇からペトロの影が現れ、主人のいない台座に座る。

「しばらく影が留守を守ります」ペトロの影が心細げに呟いた。

 

「天上の会議場に着きましたよ! ペトロ、目を覚ましなさい」

 ふたときも経たないうちに、天馬が呼びかけてきた。

 

「もう着いたの? 匠はここまで来るのに7日もかかったんだよ」

 気持ちよく居眠りしていたペトロは頭を一振りして、天馬の背中から飛び降りた。

 

 任務を終えた天馬は黒い雲となって飛び散り、数人の黒い衛兵となって姿を現した。

 衛兵はペトロを天上の奥座敷に案内していく。

 奥座敷は天上の中でも特別なエリアで、目の前の庭園には賓客を迎えるための仕掛けが備わっている。

 

 朝早い森の清冽な空気を送り出す装置や、柔らかい太陽の陽だまりを作る装置。

 緑の木影と小川のせせらぎの中で小鳥たちがさえずり、水浴びをしている。

 

 昔の地球にはどこにでもあって、いまの地球にはどこにもない自然の姿が、ペトロを迎えるために設けられた。

 

 黒い衛兵たちは、二間続きの奥座敷にペトロを案内して引き下がっていった。

 

 手前の広い座敷に、三人の守り神が椅子に腰を下ろしてペトロの到着を待ちかねている。

 庭に向かう小さな座敷にはもう一人の守り神が座っていたが、その顔は見えない。

 最長老と呼ばれるその人物は、光り輝く顔をしているので、他の人と顔を合わさないように庭を向いたままだ。

 
 ペトロは、三人の守り神から等距離に置かれた頑丈な椅子に座るように勧められた。

 

 よく見るとその椅子の四本の足は少し宙に浮いている。

 椅子は大きすぎて、座るとペトロの足は床に届かなかった。

 

 上下の調節ができないこの椅子は始末に負えない。 

 ペトロは、あきらめて両脚をぶらぶらさせながら三人の神様に名前を名乗り、天馬のお礼を言って挨拶をすませた。

 

 守り神も順番に迎えの挨拶をしてくれたが、ペトロの座っている椅子はペトロに話しかけてくる神様の方に向きを変えて宙を廻る。

 ペトロはなんだか犯罪人が取り調べを受けているような気分になる。

 

「一口お飲みください」

 衛兵が冷たい飲み物を入れたグラスを手渡してくれた。

「うめ―」

 喉が渇いていたペトロは一気に飲んで一息ついた。

 

・・・ペトロ、おまえの願いは聞いた!・・・

 三人の神様が同時に口を開いたので、ペトロの椅子が三方向に揺れた。

 

・・・いまから質問をします。

 正直に答えなさい。

 嘘をつくとお前の皮を一枚づつ頂きますよ・・・

 三人の守り神が揃って言ったので、ペトロの椅子が激しく揺れた。

「嘘はつきません。正直に答えます。でも、質問は一人ずつ順番にお願いします。でないと目が回っちゃいます」
 

 三人の神様は笑いながら顔を見合わせて、質問の順番を決めた。

 

 最初に、がっしりとした体躯に、耳が小さな木の枝でできている、怖そうな男の神様がペトロに質問をした。

 

・・・私は大地を司る大地の神だ。

 始めに聞く。

 お前の一番好きなことはなにか?・・・

「食べることです!」とペトロが正直に答えた。

・・・ふむ、食べ物ではなにが好きか?・・・

「もぎたての果物が一番好きです。でも最近は食べたことがありません」

・・・ふーむ! 気に入った! お前は大地の神である俺様の育てた果物が一番の好物だというのか?

果物は種を方々の大地に蒔いてくれる者だけに、食べる権利を与えておる。

それではお前は大好きな果物を食べたあと、種をどこの土地に蒔いてくれたのかな。

正直に答えてみろ!・・・

 

「ゴミ箱です。すみません」

・・・なんだと? ふざけるな!・・・

 大地の神の怒りでペトロの椅子がぐらりと揺れ、危なく床に落ちそうになった。

 

・・・俺様を馬鹿にする気か! 

果物の種は大地の神である俺様から生まれた孫であることを知らないとでもいうのか。

大事な孫を土に返さずにゴミ箱に捨ておって。

何のために果物を食べたのか、我が子を食べた理由を言え!・・・

 

 大地の神が恐ろしい形相でペトロを睨みつけてきた。

 

「果物が大地と太陽から生まれたことぐらい僕も知っています。でもお腹は減るし・・・美味しいものは美味しいのです」

 ペトロが正直に答えると、大地の神は大きな口を開けて笑って、腕組みをした。

 

・・・なぬ? うーむ! 

まことに憎たらしい小僧だが、嘘を付いてるわけではなさそうだから今回だけ許してやろう・・・

「小僧と呼ぶのは止めて下さい。ペトロと名前を呼んで下さい」
 

 ペトロがぴしゃりと言うと、大地の神の顔がたちまち緩んで・・・これは失礼したペトロ君・・・と謝った。
  

 隣で大笑いした山の神が口を開いた。

・・・私は、そびえ立つ山とそこに住む命を見守る山の神・・・

 

 山の神の頭は先がとんがって白い雪に覆われている。

 むかしの写真で見た富士山そっくりだなー、とペトロが感心していると、いきなり質問が飛んできた。

 

・・・山の神として質問する。

山に住む生き物でお前の好きなものはいるか? 

カラス、蛇、猿、ヒル、ダニの中でどれだ?

さー、答えてみろ・・・

 

「えーっと、朝になると山から飛んできて、せっかくきれいに仕分けしたゴミをぐちゃぐちゃにするカラスに、

かまれると危ない毒のある蛇に、

人のお弁当に手を出す猿に、

木から落ちてきて首に吸い付くヒルに、

足から這い上がってくる山のダニと・・・」

 

 ペトロがしばらく考えこんだ。

「うーん。好きなのもいるし、嫌いなのもいる。でも、どちらかといえばみんな嫌いです」

・・・何だと! それでは俺の子供たちとは、誰も友達になれないというのか・・・

「うーん」ペトロは下を向いてしまった。

・・・小僧! いやペトロ、正直に答えろ・・・

「うーん」

 

・・・”うーん” とは答えとはとても思えん答えだが、正直であることは認める。今回だけ、許してやる・・・

 

 横で聞いて大笑いしていた優しそうなおばあさんが、椅子から降りて、ツツーッとペトロの前にやってくると・・・ペトロの顔をじっと覗き込んだ。

 

・・・私は命の先祖を敬う者、先祖の女神。

 ペトロは私を知っていますか?・・・

 

「どなたか存じ上げません。でもどこか見覚えのあるお顔です」

 

・・・なに? 私が誰かに似ているというのですか? 

 それは嬉しい。

 考えていないで思い出しなさい。

 それは誰かな、早く、早く思い出しなさい・・・

 

 先祖の女神は、一体誰と似ているのか早く聞きたくて、もう待ちきれない。

 そーっと、しわだらけの手をペトロの頭に乗せると、じわりと頭の中に探りを入れてきた。

 

・・・エーと! ほら、お前の記憶ボックスの上から三番目の引き出しですよ。

 

 間違いない、ここにあります。早くこの記憶を取り出しなさい・・・

「あっ! 思い出した。

 僕の子供の頃の記憶を盗み読みに来たおばばです。

 カレル先生の大事な研究記憶を盗み取ったおばば。

 人の記憶を食べて生きてるおばば。

 あなたは、あのクオックおばばにそっくりです!」

 

 ペトロの椅子が跳びはね、身体が宙に飛んだ。

先祖の女神の顔つきが一変して、二つの目玉が顔から飛び出している。

・・・なんですって! 私のことをあの魔女とそっくりだというのか。

この愚か者! 

過去の記憶にばかり執着していると誰でもこんな顔になるのです。

よく聞きなさいペトロ!

クオックおばばは他人の記憶を盗み取る悪い魔女。

私はみんなの記憶をきちんと整理、整頓して、役に立つ記憶を保存して次の世代に伝えていく先祖の女神。

あらゆる生き物の記憶のデータ・バンク。

ゲノムの女王とはわらわのことです!

そこらの盗っ人と大違い。

ペトロ、よーく記憶しておきなさい!・・・

「これは大変失礼いたしました。

 あなたは先祖の女神、またの名をゲノムの女王!

 ペトロはしっかり記憶いたしました」

 ペトロが椅子の上で、深々と頭を下げた。

 

・・・よろしい、それではゲノムの女王としての質問です。

 単刀直入に聞きます。

 お前はカレル教授や研究仲間の行った所業。

 遺伝子操作の実験についてどう思いますか?・・・

 

ペトロは一瞬、まごついたが、日ごろの想いを即答した。

「それは仕方なくおやりになったことです。

みんなの食べる物がなくなったからです。

先生たちは荒れ果てた土地でも育つ作物を作ろうとしたのです。

それから少量の餌でも早く育つ家畜たちもです。

自分たちの命まで誰かに奪われるような悪いことは何もしていません!」
 

 しかし、その言葉は神々の怒りを買った。

 

・・・俺の子どもたちを好きなように切り刻みおって!

 何を抜かすか!・・・

 女王の横にいた、山の神の髪の毛が逆立って、白い粉雪が舞った。

 

 大地の神も怒っていた。

・・・ちっとは作り変えられて食われる方の身にもなってみろ。

 食べやすいように”種無し”まで作りおって。

 食い物をいじくる前に、自分を変えれば済む話じゃ。

 少しだけの食料でも生きていけるようにゲノムをいじって小さく変身すればいいのじゃ・・・

 

おとなしく聞いていたペトロが、神々に食ってかかった。

「カレル先生は、”生き物の尊厳を傷つけてはならない”とおっしゃってました。

人間も同じです。

小さくなったり、変身したりしたら人間じゃなくなります。

世代交代の度に小さくなっていくエドの子どもたちにも尊厳があります。

僕たち地球の生き残りにもプライドがあるのです」 

 

 こぶしを握り締めるペトロの両手が震えていた。

 

 先祖の女神がペトロに近寄って、静かに尋ねた。

・・・ペトロは遺伝子とはなにか知っていますか?・・・

 

 ペトロは少し考えてから答えた。

「遺伝子は、生き物が生きていくための知恵だと思います。でも本当のところは僕は何も知らないのだと思います」

 

 女神が頷いて、付け加えた。

・・・遺伝子は種の守り神からの贈り物なのですよ。

あなたはこんな風になりなさいよ、こんな風にもなれますよ、といって渡されたとても大事なテキストです。だから、勝手に切り刻まないで大事に扱って欲しいのです・・・

 ペトロはそんなことは初耳だった。

「遺伝子って、守り神が作ったものなのですか?」

 

・・・それは違います。それぞれの命の種が自分で作ったものです。

先祖代々長ーい時間をかけて大事に作り上げてきた宝物。

わたしたちはそれをまとめ上げて、一つの印に書き換えているだけです。

だからこのメッセージは他人が軽々しく変えないで欲しいのです。

自分の変化は自分が決める。必要なときには交換する。

そこには生き物たちが調和して生きていくためのルールも入っています。

大事なことはゆっくりゆっくりと、確かめながら、自ら変わっていくことです。

ペトロに覚えておいてほしいのはそのことです・・・

先祖の女神はペトロの頭に優しく手を置いた。

次にギロりと目をむいてペトロのゲノムを調べた。

 

・・・おや、とても立派な遺伝子だこと・・・

そう呟くと、とことこと歩いて椅子に戻った。

 

「それでは今度は僕から質問します。人類を代表しての質問ですよ」

 ペトロがぴしりと決めた。

「嘘をつくと許しません!」

 神々が嬉しそうに笑った。

 奥にいる最長老も笑った。

 

・・・俺たちは嘘をつきたくてもつけないのだ。

 おかげで冗談の一つも言えん。

 寂しい限りだよ・・・

 大地の神がぶすっと言った。

 

「最初の質問です!」

 ペトロが始めた。

「緑の守り神が、昔、地球から緑を奪って、去って行った。

これは本当でしょうか?

地球の僕たちはたった6人で絶滅寸前。

緑の惑星テラの子供たちもこのままではいずれ消滅します。

もう、これ以上僕たちの命を取らないで下さい。

緑を奪っていったことが事実なら、もとに戻して下さい。

緑の地球を僕たちに返して下さい」

 ペトロが、三人の神々を睨み付けていく。

 

・・・ペトロ! 緑の守り神の話は、事実だが、”奪っていった”わけではない。

人類のおかげで不毛の地になった地球から、仲間と相談して逃げだしただけだ・・・

 緑の守り神と親戚筋にあたる大地の神が答えた。

 

・・・どちらにしても、人類が、もとの地球を取り戻すことは不可能だ・・・

と、山の神が冷たく言い放った。

 

 不可能だと聞いて、ペトロは自分たちの考えたダーク・プロジェクトを説明して、助けてほしいと頼んだ。

「宇宙の歪みの中でなら、テラ3と地球を上手く融合できると思うのです。

どんな命も大事だと思われるのなら、僕たちにも力をお貸し下さい。

奇跡を起こす力を与えてください」

 

・・・その計画は知っておる。

だが、私たちは協力できない。

ペトロ、一度決めたことは変えられないのだ・・・

 3人の神が同時に答えた。

 

 ペトロが激しく揺れる椅子から飛び降りて3人の神々に近づいた。

「それは嘘です。やろうと思えばできるはずです」

 

 ペトロの小さなこぶしが震えていた。

 

 突然、奥の座敷に座っていた長老が立ち上がり、庭園に向かって叫んだ。

 

・・・ペトロ! 嘘ではない! 人類を救えるのは人類の守り神だけだ。

 すべての命の種にはそれぞれの守り神がおるが、人類の守り神はもう存在しない・・・

 

 その声は庭園中に轟き渡り、跳ね返ってペトロの耳に朗々と響いた。

・・・ペトロよく聞くんだ!

人間の守り神はいなくなって久しい。

彼は地球で一人の牧師として務めを果たしながら、人間の所業を見守っておった。

しかしいくら彼が人間のために祈っても、人間は人間としての努めを果たさなくなった。

最強の種となった人間は、地球の生き物の最上位者としての責任を果たさなかったのだ。

調和と節度がなく、横暴を極めた。

そして、ついに自然は崩壊し、種の生き残り戦争が始まった。

自然からの報復”ゲノムの逆襲”が始まり、人類も絶滅の時を迎えた・・・

 

「やめてください、今更、そんな話は聞きたくもありません」

 ペトロが大声で叫ぶと、最長老が遮った。

 

・・・ペトロ、これは君たち6人にかかわる大事な話だから、落ち着いて聞いてほしい。

孤立し、追い詰められた人間の守り神は最後の手段に出た。

数十億の人類の中から未来を託す子供たち五人を選び出し、彼らに自らの肉体を分け与えることで、ゲノムの逆襲からその命を守った。

ウイルスに負けない免疫システムを持った新人類だよペトロ、それが君たちだ。

6番目の子供は彼の娘マリエだ。

肉体を失った牧師は消滅し、暗いカオスの中に戻っていった。

それ以来人間の守り神はいない。

ペトロ、悲しいことだが人類を守る者はもういないのだよ・・・ 

 

 守り神の最長老・太陽神が振り返り、その顔から発する光がペトロの胸を差し貫いた。

 ペトロの心は打ち砕かれていった。

 

”マリエは神の子。

僕たち五人も選ばれた最後の人類。

でももうそんなことはどうでもいい。

僕たちは普通に生きていたい。

ほんのひとときでいいからエドの子どもたちとも仲良く一緒に暮らしたい。

でもその夢は叶わないと太陽神が言っている” 

 

「僕たちはただ元の緑の地球に戻って、普通に暮らしたいだけなのです。どうか怒りを解いて救って下さい」

・・・人類を救えば、また緑や他の生命の種を破滅させる・・・

「僕たちはそんな真似はしません。どうしてそこまで疑うのです」 

 

・・・人の心は不完全だからだ。

これ以上、人類に新しい力の秘密を教えるわけにはいかない・・・

 

 ペトロはその答えにまごつき、怒りがこみ上げてきた。

 ペトロの怒りは太陽神に向かっていく。

 

「どうして僕たちは不完全なのでしょうか」

 

・・・それはお前たちは、不完全だから、生きていて楽しいのだ。

 お前たちは不完全に造られておる。

つまり努力すれば完全に近づくという夢と希望を持てるようにだ・・・

 

「最初から完全だったらどうしていけないのでしょうか」

 

・・・完全になってしまったら、何の楽しみもない。

 ペトロ、それが、私たちのような神になるということだよ・・・

 

 その言葉で、ペトロの頭のヒューズがパチンとはじけた。

「それでは僕たちは守り神より幸せな生き物なんだ」

 

 ペトロはクスリと笑うと、

 右手の親指をぐいと空に突き立てた。

 

「神様不幸でおれたちしあわせ! 

 匠や裕大やマリエや咲良やエーヴァや小さなエドにこの話したら、

みんなひっくり返って喜んで、

それから、きっとゲラゲラ笑い出すよ!」
 

 ペトロはもうやけっぱちだ。

 みんなの笑い顔を想像してペトロは笑い始めた。

 笑い出すと止まらない。
 

 奥座敷で太陽神が庭園を向いて顔を隠し、笑い出した。

 いつの間にか守り神が全員笑っていた。

 

 奥の座敷から太陽神が庭園に向かってペトロに告げた。

・・・とんでもないことを俺たちに頼んでおるが、正直に質問に答えた上に、ここまでみんなを笑わせてくれたから、その無礼な態度を許してやろう。

ただし今回限りだ・・・

 

「ありがとうございます。それでは願いを聞き届けて頂けるのでしょうか?」

 ペトロの心臓は、高鳴って脈打つた。

・・・うっはっはっ・・・

 神様たちがまた笑いだした。

 

・・・無礼な態度を許してやると言ったまでじゃ。

 願いを聞くとは言っとらん・・・

 

 大陽神がこちらを振り向いた。

 その顔はぎらぎらと輝いて、他の神たちの姿は暗くみえた。

 太陽神がペトロに言った。

 

・・・俺たちは一度決めたことは変えられない・・・
 

 その言葉はペトロの胸にずしりと響いた。

 

「変えられなければ、修正してください!」

 ペトロは三人の守り神に、助けを求めた。

 

「山の神様、動物たちを返して下さい。

 大地の神様、果物を返して下さい。

 先祖の女神様、昔のよき時代を返して下さい」

 

・・・お前たちの過去と同じで、昔に後戻りは出来ないのですよ。

 神々の一言は重く、軽々しく変えられるようなものではないのです・・・

 

 先祖の女神が優しく諭す。

 山の神様と大地の神様は、知らんふりして天井を見上げたままだ。

 

「このままでは僕は、みんなのところに戻れません。

 こうなったら言うことを聞いてもらうまで、ここから一歩も動きません。

 死んでも動きません!」

 

 ペトロは椅子から下りると、

 ぐっと顎を引き、

 神様たちを睨み付け、

 床にあぐらを掻いて座り込んだ。

 困り切った神様たちが会議室に移って相談を始めた。

 

・・・牧師を呼び戻すわけにはいかんのか?・・・最長老の太陽神が訊ねた。

・・・無理です。暗黒物質に戻って消えました・・・守り神が全員で答えた。

 

 一時間が経過したが、ペトロは微動だにしない。
 
 丸一日が過ぎていった。

 会議はまだ続いていた。

 ペトロは一歩も動かない。
 
 

 三日目の朝、三人の神様が疲れきった様子で奥座敷に戻ってきた。

・・・ここから動かないというのは本心か・・・

 大地の神がペトロに聞いた。

 

「本心です」

・・・それは覚悟の上でのことか?・・・

 山の神が聞いた。

 

「覚悟の上です」

 

・・・死んでも、帰る気はないか?・・・

 先祖の女神が聞いた。

 

「願いを聞き届けてもらうまでは死んでも帰りません。

 僕もこの言葉は撤回しません」

 ペトロが言い切った。

 ぬっとペトロの前に太陽神が現れ、座敷の中が光で満たされた。

・・・覚悟の上だと言うことは分かった。

 質問をする。

 お前は人間が好きか? 

 嫌いか?

 正直に答えろ!・・・

 

 ペトロは太陽神の放つ光がまぶしくて、思わず顔を両手で隠した。

・・・顔を隠すな。隠さず答えろ! お前は人間が好きか?・・・

 

「好きです。大好きです」

 ペトロは両手を下ろすと、まぶしいのを我慢して太陽神の顔をにらみ返した。

 

・・・どんな人間でもか、いい奴も、悪い奴も、だれもかもか?・・・

「だれもかもです」

 

・・・お前の願いを叶える方法が一つある。

ただし答えは一つだけだ。

どんな答えでも受け入れるか・・・

 

「受け入れます」

・・・念のためもう一度聞く。

 死ぬ覚悟は出来ておるか?・・・

 

「出来ております」

 

 ペトロは立ち上がると、決然と胸を張った。 

 ×××
 大好きな花の香りがする。

 ペトロは「マイ・ワールド」の花畑で遊んでいる。

 森の中の森、広場の噴水に妖精がちょんと腰掛けている。

 

「マリエ」とペトロが呼ぶと、

 妖精は笑ってそばにやってきて、

 いっぱいの花の上に寝っ転がった。

「痛くないようにしてあげるわ」

 妖精は耳元で囁くと、

 ペトロの胸をはだけて、

 フランキンセンスの花の香を、やさしく擦り込んであげた。

 

 樹液やフローラの小さい妖精たちが大騒ぎしながらペトロの胸に入り込んできた。
 

 ぶんぶん! 

 いい気持ちだ。
 

 ペトロの身体の中に熱い手が差し込まれてきた。 

 それはペトロの魂を探り当てる。

 ペトロは一瞬ちくりと痛みを感じた。

 

 森の中の森には太陽神がいて、その暖かい陽の下で仲間の生徒たちが楽しそうに遊んでいる声が聞こえた。

 ぶんぶん! 

 ぶんぶん!

 と聞こえた。 

 そして声は遠くに去った。

 

×××

 (続く)

 

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校29章“地上に降りてきた太陽神と白い棺”

【記事は無断での転載を禁じられています】

この世の果ての中学校27章“詐欺師ホワイトスモーキーが天上の秘密を漏らした”

 “バタン!” 

 生徒たちはカレル先生が閉めた大きなドアの音とともに、教室に残された。

 

「みんなで、やり直しましょうよ」年長の咲良が立ち上がった。

「 ちょっと、気合い不足かな」匠が続いた。

「詰めが甘かったか」裕大が反省。

「経験不足なのよ」エーヴァが反論。

「お祈り不足ね」マリエが結論を出した。

「ウーン!」落ち込んだペトロが腕組みをして考え込んでいる。

 

「不足だ、不足だ、不足だ、いつでもどこでも、なにかが足りない」

どこかに隠れていたスモーキーが現れて、結論を繰り返した。

 (前編まだの方はここからどうぞ)

この世の果ての中学校26章“虚構の手品師と未来を見に行ったら地球は消えていたよ”

 

 詐欺師ホワイトスモーキーが天上の秘密を漏らした

 校長室で、校長先生を囲んでカレル教授、虚構の手品師、ハル先生の四人が話し合っていた。

「私のシミュレーションでは、生徒たちの計画はあと一息で成功と言うところまできていたのですが」

 ハル先生が悔しそうにナノコンのキーボードを乱暴に叩いた。

 カレル教授が天を仰いだ。

「あの子たちは並の子供じゃない。100億の旧人類から選ばれた奇蹟の六人。超人類だよ! 彼らの計画が間違っているとはとても思えない」

 ハル先生がうなずいてナノコンを楽器のように斜めに叩く。

「ダーク・プロジェクトのシミュレーションがうまくいかないのも不思議だわ! たかがシミュレーションなのよ。なにか大きな力が子供たちの前に立ちふさがっているのじゃないかしら?」 

「ハル先生、シミュレーションはどこのプロセスでうまくいかなくなるのですか?」と、手品師が尋ねる。

「エネルギーの使用量が計算できなくなるの。なんてことないはずなのに・・・」

「宇宙船の動力系でしょうか?」

「そうじゃなくて、惑星の引き寄せと反発に必要なエネルギー計算が狂っちゃうのよ。何度やり直してもそのたびに違う答えなの。軟着陸を成功させるのには微妙なバランスが必要なのに・・・もう嫌になる」

手品師の表情がさっと引き締まった。

「ハル先生、それ、外的要因ではないでしょうか? 計算の途中でめまいがするとか?」

「そういえばめまいじゃないけど、計算途中でなんだか眩しくなることがある。赤い光が一筋、射してきて、目の前の行動を邪魔されてるみたいな・・・」

「ハル先生、先ほどの時空の果てでペトロの顔を刺した赤い一筋の光、もしかして・・・あれと同じものでは・・・」

 虚構の手品師の次の言葉が、凍り付いたまま出てこない。

 

「まさか、あの赤い光がすでに私のパソコンの中まで・・・」

キャッ!と叫んで、ハル先生がパソコンを放り投げた。

 

手品師が素早くパソコンを受け止めて、デスクの上にそっと置く。

しばらく考えてから、解体して中を調べ始めた。

 

検体ボックスに取り残された微細な石ころをみつけて取り出すと、舌で味わっている。

 

「見つけた、ダークマター製サイコキネシスです」

 

手を口にあてて「静かに!」とジェスチャーすると、いきなり口に放り込んで、がりがりとかみ砕き、呑み込んでしまった。

 

「これでもうハル先生の邪魔はできませんよ。多分、匠のアクションを予測して、天上の壁のひとかけらに双方向の遠隔操作を仕掛けておいたのでしょう。質の悪いいたずらですよ」

 

「筒抜けだったということですか?」ハル先生が身を震わせた。

「もう安全です。私のにおいをかぐのが関の山。くくっ!」と手品師が笑った。

 

「生徒たちはとてつもない危険な存在と既に戦いを始めているのかもしれない」校長先生が横から言葉を挟んだ。

「あなた! 失礼、校長先生! そんなところでうだうだ言ってないで、その未知の存在の正体を早く突き止めなさい!」

 廊下から良い香りがして、熱い飲み物をトレーに用意したヒーラーおばさまが、校長室のドアを開けて中に入ってきた。

「これ、できたての幽体ドリンク。私たち幽体PTAのメンバーもそろそろ寿命が期限切れ寸前ってとこですよ。生徒達のPTA会長として教授会に早期のアクションを要請します。“敵なら排除、味方なら協力求む”ですよ!」 

 

 ヒーラーおばさまの元気な一言で虚構の手品師があることを思いついてにやりと笑った。

「先生方、天上の守り神とかの正体をもう少し詳しく調べて参りましょう。奥様のスーパードリンク一つ、いただきますよ」

 そう言って手品師は飲み物のカップを一つ手に取って校長室を出た。
 
 教室では生徒会が続いていた。

「さっきのカレル君のドア・バタン! あれマジで怒ってるの?」と、咲良がマリエに聞く。

「カレル君のいつもの演技よ。怒った振りして、暖かく励ましていただいたの」

 マリエがほざいてみんなで笑った。

 

 ダーク・プロェクト失敗の責任を感じて、どんと落ち込んでいるペトロをみんなが励まそうとしていた。

「失敗の原因やけどエーヴァの言ってる経験不足が正解やと思うわ。なんせこんなこと絶滅寸前の俺たち初体験やもんな。一度絶滅してみんと分からんわい!」と匠が言う。

「でもさ、失敗を畏れずに新しいことに挑戦しなけりゃ、未来は創造できねーよ、ってペトロがいつもわかった口きいてるぜ。だよな・・・ペトロ!」

 ペトロに裕大の声は届いていない。

 

「そうだよ。そのコメント、いつも私がペトロに言ったことだ」

 手品師がゆらりと教室に入ってきて、ペトロの代わりに答えた。

 座り込んで元気のないペトロを見つけると、後ろから肩に両手を置いて、耳元にそっと囁いた。

「元気出せ、ペトロ! いまごろパパがどこかでおまえを見て笑ってるぞ」
 ペトロが驚いて振り向き、手品師の仮面を見つめた。

 仮面はにやりと笑った。

「喜べ!失敗の原因判明!ハル先生のシミュレーションを邪魔したやつがいたようだ!」

 手品師は、ハル先生の量子パソコンに仕掛けられたスパイ工作の一部始終を説明した。

 

「やり直しだ!」ペトロとみんが飛び上がって叫んだ。

「でも、邪魔するやつとはいったい誰だ!」

 

・・・

 ひと騒ぎが終わると手品師が動いた。

 手品師は、横にいる匠に尋ねる。

「匠、ちょっとスモーキーと話がしたいんだが、君の恩人はいまどこにいるのかな?」 

 匠が指さす先、生徒たちから少し離れて、教室の窓際に白い煙がぽつんと浮かんでいた。

 スモーキーは天上に残してきた大事な身体をいつ取り戻しにいこうかと、戦略を練っている最中だった。

 

「ペトロ、匠! 今から私のすることをよく見ておいてほしい」

 そういって、手品師はスモーキーにそっと近づいた。

 

「スモーキー! ちょっと君に尋ねたいことがあるんだが」
 

 考え込んでいたスモーキーは、突然の声に驚いて振り返った。

 目の前に黒い仮面が一つ浮かんでいた。

 スモーキーは虚構の手品師と顔を合わせるのは初めてだった。

 

 黒い仮面の男が一体何の用か? 

 詐欺師ホワイトスモーキーが警戒を強めた。

 

 無言のスモーキーに、手品師が手に持った良い香りのする飲み物の入ったカップをそっと手渡した。

 

 スモーキーは腹が空いていた。

 天上では守り神の純粋なエネルギーを分けてもらって命をつないでいたのだが、地球には、胃袋のないスモーキーに合う食べ物がなかった。

 飲み水でつないでいた命も枯渇寸前。

 この飲み物は嬉しかった。

 

 一口飲んで生き返ったスモーキーに、手品師は優しく話しかけた。

 

・・・いきなりで済まない。驚かないでくれ。

 私は虚構の手品師と呼ばれている者だ。

 匠から君の身の上話を聞いたんだが、天上の案内人として知っていることを少   し教えてもらえないだろうか? 

 ほら、天上の会議室に集まる守り神のことだよ。

 その正体が知りたい。

 天上の守り神とは・・・一体、何者なんだろう?・・・

 

 いきなりの質問に、スモーキーはどう答えてやろうかと迷って、手品師の黒い仮面を見つめた。

 その瞬間、スモーキーは震え上がった。

 

 彼は嘘の答えを返そうとしていた。

  天上の案内人として、天上の真実を下界で話すことは厳しく禁じられていた。

 

  その上、見知らぬ男にいきなり守り神の正体を聞かれて、詐欺師の本性がむらむらと蘇った。

 真実を話す気持ちなどさらさらなかった。

 

 しかし、手品師の仮面には自分の顔が写っていた。

 その顔はスモーキーの内なる心を映しだしている。

 

「詐欺師の私が話すことはすべて嘘ですよ」

 仮面に写ったスモーキーが喋った。

 

 「でもたまには真実を話します」

 そんなことを言う気はさらさら無かったスモーキーは身震いをした。

 

 黒い仮面の前で、ついに、スモーキーの口が勝手に心の中をしゃべり出した。

 

「天上の人たちは選ばれた魂なのです。あの人たちは命を持つ種の源なのですよ」

  生まれて初めて、詐欺師の口から嘘ではなくて真実が語られた。

 

「ヤッた! ついに本当のことが俺の口から出た」

 スモーキーは感激した。

 

 嘘ばかり言ってきた胸のつかえが一気に下りて、晴れ晴れとした気持ちで一杯になった。

 スモーキーの眼から涙が溢れてこぼれだした。

 スモーキーは思わず虚構の手品師に抱きついてしまった。
 

 仮面の表情が崩れて、手品師がスモーキーに聞く。

「できれば、もう少し詳しく話してくれないか。選ばれた魂とはどこから選ばれてくるのかな?」

 

 つと、スモーキーが天上の隠された真実を漏らし始めた。

 

・・・守り神は、それぞれの生き物の純粋な魂から選ばれるのです。

 緑の守り神は緑の生き物の魂から、動物は動物の魂からです。

 魂とは種を守る記号の集積であり、生き方の法則です。

 

 宇宙に存在するものにはそれぞれの種から選ばれた守り神がついています。

 大きなものでは、大地には大地の神がいるし、海には海の神がいます・・・

 

 スモーキーは明かしてはならない最後の機密まで明かし始めた。

 ・・・最高位の守り神とは記号の大集積であり、宇宙の法則を創造する存在なのです。

 それが最長老です・・・

 

 生徒たちが手品師とスモーキーの周りに集まって、聞き入っていた。

 あふれ出した涙とともにスモーキーのお喋りが止まらなくなった。

 

・・・天上の人たちは守るべきもののために力の限りを尽くすのです。

 ”奇蹟が起きた”という現象、あれですよ、あれ!

 そのために宇宙の暗黒物質から特別な力をもらっているのですから。

 天上の塀や壁や建物はみ~んな暗黒物質から出来ていますからね。

 守り神たちは、天上の会議にやってきては、会議の前後にちょいと手を伸ばしてエネルギーを補強してから、自分のテリトリーに帰って行くのです・・・

 

”奇蹟が起きた” 

 その言葉でペトロは一年前に通過した歪みの中での体験を思い出した。

 あれは歪みの中、あの天上の近くで起こったことだ。

 あのときはぐれおじさんの身体は一度空間にばらばらに散らばり、その後で再構成されて元の姿に戻って行った。

 僕たちの身体も粉々にくだけて七色の断片となって、空間を浮遊し、また元に戻っていった。

 あれは散逸と融合! 

 二つに分かれた惑星の融合!

 暗黒物質でいっぱいの歪みの空間の中でなら奇跡が起こせるかもしれない。

 

「一度決めたことは変えられない」

 光り輝く顔の男が会議で通告したという匠の言葉が、ペトロの頭をよぎった。

 その残酷な台詞がどうしてもペトロの耳からこびりついて離れない。

 僕たちの未来が見えないのは、決められたことなのか? 

 

 ハル先生の計算を邪魔した犯人もあの男だ! 

 間違いない!

 

「スモーキー、人間の守り神はどこへ行ったの?」

 ペトロがスモーキーに顔を近づけて聞いた。

 ペトロは人間の守り神が、いまどこにいるのかどうしても知りたかった。

 

「どこへ行った。どこへ行った。どこへ行った」

 スモーキーはペトロの質問を繰り返した。

「スモーキー、正直に答えてくれ!」

 手品師が能面をスモーキーに近づけて、答えを迫った。

 

「どこへ行った。どこへ行った」

 スモーキーは質問を繰り返した。

 

 これ以上のお喋りが天井にばれたら、捕らえられている自分の肉体が危ない。

 スモーキーは質問には一切答えないことに決めて逃げ出した。

 

 そして、スモーキーは安全な匠のシャツのなかに潜り込んで、

 「疲れた」と呟いて眠り込んでしまった。
 

 夕暮が迫ってきて生徒たちは家路についた。

 ペトロはいつもの様にマリエを丘の上の教会に送っていく。

 

 「マリエ、人間の守り神はどこかにいると思う?」

 教会の入り口の石組みの前で、別れ際にペトロが聞いた。
 

 マリエの表情がふっと曇った。

「匠に聞いたら、天上の会議場に人間の守り神はいなかったって言ってたわ。

 人間の守り神は私たち人間に絶望して逃げたの。

 昔の話よ、きっとそうよ」
 

 マリエが顔をくしゃくしゃにしている。

「昨日からゴルゴンが姿をみせないの。廊下の穴から呼んでも出てこない。私のゴルゴンまでここから逃げだしたみたい・・・」
 

 ペトロは守り神に変わってマリエを抱きしめてあげた。

 

・・・僕はどうしても天上の長老たちと話をしないと・・・

 

「マリエ、神様に会うにはどうすればいい?」

「祈りを捧げるの、お祈りが通じるまで一生懸命によ」

 

 ペトロは堅く心に決めた。

(続く)

 

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校28章 “ ペトロは迎えの天馬に乗り 天上の守り神と談判に出かけた!”

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

この世の果ての中学校26章“虚構の手品師と未来を見に行ったら地球は消えていたよ”

   
 いつもの教室、いつもの金曜日の朝のことだ。

 ”ドスン!” 

 担任のハル先生を囲んでお喋りをしていたら、黒板の前に白い閃光が走って、一人の男が空中から落ちてきた。

「あ、痛て―!」

 

 腰をなでながら立ち上がった男がこちらを向いた。

 ひょろりと背が高く、やせぎすで、顔に黒い仮面をかぶっている。

 男は、ハル先生に向かって「ハーイ!」と手を振ると、背中に担いできたでっかいタイム・トラベル時計を講義用のデスクにどんと置いた。

 

「ワオ! ご紹介しよう、時空を彷徨う僕らのレジェンド!虚構の手品師のご帰還だよ!」

 顔見知りのペトロが立ち上がって紹介すると・・・生徒たちも、椅子から立ち上がって大きな拍手で出迎える。

 

 手品師の仮面が歪んで、一瞬、笑ったように見えた。笑ったように見えたのは喋ろうとして口を小さく開いたからだ。

「ペトロ!“虚構の手品師”と紹介してくれてありがとう。そのネーミング、マジ気に入ったぜい!」と答える手品師。

 

「虚構の手品師さんとやら、おかえりなさい。いきなり教室に呼び戻してすみません」

 手品師に一言詫びると、ハル先生が教壇に立った。

 

・・・皆さん、虚構の手品師はよくご存じですよね。タイムトラベルでいつもお世話になっている先生です。

今日は、先生にお願いをして、私たちの未来を見に行きたいと思います。

みんなの未来計画、ダーク・プロジェクトについての事前視察です!

 

みんなのダーク・プロジェクトを量子パソコンでシミュレーションしてみたのですが、計算が不可能で、結末も予測できないので・・・ハル先生、どうしようかと悩んでいます。

もしかして、計画が宇宙の法則からはみ出してるんじゃないかと思うの。

それで、手品師の先生にお願いして、プロジェクトの結末を見てみようと思いついたのです。

でも、手品師の先生によれば、未来へのタイムトラベルは危険がつきものだそうです。

いまから、先生のお話をよく聞いて、参加するかどうかを自分で判断して下さいね。

それでは、手品師の先生、よろしくお願いします・・・

 

ハル先生がどうぞと促して、手品師が壇上に上がった。

 

・・・つい、先ほどのことだよ。

 久しぶりに200年前のバルセロナの旧市街で古書をあさっていたら、突然、ハル先生から緊急連絡が入った。

ダーク・プロジェクトの計画が、宇宙の法則からはみ出してるんじゃないかとハル先生が言ってる。

 平たく言えば、みんなの計画は自然の摂理に対して不遜で、未来はデインジャラスということになる。

 で、慌てて過去から戻ってきたって訳だ。

 過去への旅は歴史の記録である程度の予測ができるが、未来への旅は予測不可能で命がけだといっておく。

 ところで匠! ハル先生から信じられない報告を聞いた。天上の会議場の話だ。

 大長老とかの話だと、天上の会議場で決めたことが自然の摂理になるのだとか? 

 

 とても信じられない話だが・・・匠の経験が現実のもので、ハル先生の宇宙の法則によるシミュレーションが予測不可能なら、惑星融合計画は宇宙のルールである神の摂理からも逸脱していることになる・・・。

 

 手品師の暗い目の奥がぎらりと光った。

 ・・・つまりだ、神の怒りで、プロジェクトは失敗するということだ。

 いいかえれば、いまの計画では、二つの惑星は融合ではなくて、爆発する可能性が高い。

 

 みんなも知っていると思うが、ダークマターとダークエネルギーは、この宇宙の誕生にかかわる未知のもので、人類がうかつに手を出してはいけない科学の聖域といわれている。

 いいかえれば、このタイムトラベルは惑星同士の激突に遭遇して、無事に帰還できるかどうか、一切の責任を持てないということになる。

 で、どうだ? この話を聞いても、まだ、未来を確かめに行きたいというクレージーな・・・おっと、勇敢な生徒はいるのかな・・・

 

 手品師の仮面がすこし崩れて、あざ笑っているようにも、やさしく誘っているようにも見える。

 

「なにが起こるのかどうしても見てみたい!」

 咲良とエーヴァが顔を見合わせながらゆっくり手を上げた。

 

「ウーン、未来なんか見ない方がいい」

 マリエが下を向いて呟いた。しばらく考えて、手品師に向かって言った。

「怖いから見たくない。でもみんなで行くのなら怖くない」

 

「分かった、それじゃこうしよう。今から男子抜きで、ハル先生を入れて、選抜チーム・花の4人組で未来視察に出かけることにする」

 手品師が言い終わるのを待たずに、匠が勢いよく右手を突き上げた。

「手品師のおじさん! 待ってよ、天上の話は夢なんかじゃない、あれは現実だよ。緑の惑星の小さなボブとの約束なんだ。僕も未来を確かめに行く!」

 

「いいの? 発案者の ペトロ君に、生徒会長の裕大さん! 二人とも教室においていくわよ?」

 年長の咲良が二人を振り向いてほざいた。

 裕大とペトロが顔を見合わせた。

 それからあわてて手を上げた。

 

 にやりと笑った虚構の手品師が、6人の生徒達に椅子から立ち上がるように促した。

・・・君たち6人にはいまから教室の窓際の席に移ってもらう。

タイムスリップは安全のためにこの教室丸ごとで移動するから、窓際が特等席だ。

視察の目標の時間はプロジェクト予定日の2093年3月1日の水曜日だ。

ペトロ、予定はこの日で正しいのかな・・・

 

「あくまで、現在から最短でのスケジュールですが・・・」とペトロが答える。

・・・それでは、視察先の月日は3月1日からプロジェクトの結末が判明する日時までとする。

目的地は地球の東京、巨大ドームとその上空。つまりこの中学校とその上空だ。

惑星がうまく融合するかどうか、結末をこの教室の窓から視察することになる。

よく聞いてほしい! 教室から窓の外へは何があっても出ないと約束してくれ!

窓の外側に、”次元の結界”を設けておくが、窓から手や顔を出すことを厳禁する。

視察は未来を覗き見するだけだ。

間違って結界の外にはみ出した手や顔は未来の一部になる。

君たちの体には二度と戻ってこないと覚悟しろ!・・・

 

 生徒たちには、手品師の能面が期待と不安が交錯したような表情に見える。

 六人の生徒たちの期待と不安が手品師の仮面に写し出されているからだ。

 

「みんな、覚悟はできた?」

 ハル先生が立ち上がって、校庭の見える窓際の席に移った。

 生徒たちがハル先生を挟んで窓際の席で身を寄せ合う。

 

 手品師が話を続ける。

・・・みんな、いまから起こることは少々不気味だが、騒ぐんじゃないぞ。

じつは、長年積み重ねたタイム・トラベルが原因となって、この仮面の裏側が、直接、小さな時空のブラックホールにつながってしまったんだ。

つまり、未来は虚構の手品師の仮面の奥深くに存在するということだ。

準備はOKかな? 

それでは虚構の手品の始まりだ。

私の素顔をご覧に入れよう・・・

 

手品師の両手が静かに仮面に動き、耳のあたりをつかんで顔から外した。

 

「ぎゃー!」

手品師の横に座っていた匠が悲鳴を上げた。

 

“仮面の下にはあるべき物が何も無かった”

そこには、目や鼻や口は無く、あるべきところに、えぐり取られたように深い暗黒が広がっていた。

 

「騒ぐな、匠! 本番はこれからだ。裕大もペトロも、咲良もエーヴァもマリエも、覚悟を決めたはずだ。あわてないでゆっくり目をつぶって、動くんじゃないぞ!」

・・・そーら、暗闇がやって来た・・・

手品師の声が暗黒のなかから優しく話しかける。

 

仮面のあったところから深い闇がにじみ出してきた。

小さなブラックホールが、時空の地平線を広げ、じわりと教室を飲みこんだ。

教室と共に飲み込まれた7つの人影は無限に圧縮され、時空の特異点に向かってゆっくりと落ちていく。

教室のあった空間は無となり、生徒達の悲鳴だけが響いた。

 

・・・「ココどこ?」

マリエの声が闇に響き、未来の時空に反転した教室がゆるやかに元の姿を取り戻した。

窓の外も教室の中も闇、闇、闇が続き、教室のデスクに置かれたトラベル時計の文字盤だけが暗闇に輝いた。

 

「2093.2.10」→ 「2.20」→ 「2.25」→ 「2.27」

目を覚ました咲良とエーヴァがタイムトラベルウオッチの文字盤に現れる数字を読み上げていく。

ダーク・プロジェクトの予定日「3.01」が近づいてきた。

 

「ペトロ! 来るぞ! ボブの惑星が来るぞ!」

 匠の声が闇に響く。

 

「来い!来い! 頼むよ、そっと来てくれ!」

 ペトロが、教室の窓から暗闇に叫んだ。

 

「神様お願い!どうぞ成功させてください」

 マリエの祈る声が聞こえる。

 

2093.3.01

 窓の外に一瞬、巨大な閃光が走った。

 生徒達は思わず目を閉じて顔を伏せた。

 眼を開いたときには、光は消え失せ、闇が戻った。

 

文字盤の数字が飛ぶように過ぎ去っていく。

「3.02」 →「3.03」→「3.04 」→「3.10」→「4.01」→「7.23 」

 

 6人の生徒たちとハル先生が眺める窓の外には校庭の姿は無く、ただ薄い暗闇が広がるだけ。

 

「あーっ!」

 窓の外を眺めていたハル先生が悲鳴を上げた。

 そして、あわてて手で口を抑えた。

 

「ハル先生どうしたの?」マリエが先生の顔を覗き込む。

「マリエ、何でもない。でもなんだか未来の校庭は埃っぽいみたいで・・・やだね」

 

・・・ハル先生が何か隠してる。この態度おかしい・・・

 マリエは窓の外を穴の開くほど、眺めた。

 暗闇以外、校庭も、埃も、何も見えなかった。

 

「世界はどこへ行った?」

 ペトロの心臓が高鳴って、ぎゅっと縮んだ。

 

「速度 10分の1!」

 手品師の声が、普段の一オクターブは高い。

 そのうえ、震えていた。 

 

 8.01 → 8.02 → 8.03

 時間はゆったりと流れていく。

 

 窓の外には、校庭も、教会のある小高い丘も、緑の惑星の広場も、ボブやクレアの姿も・・・星のかけらもなかった。

 窓ガラスの向こうには 暗闇だけがどこまでも広がっていた。

 

 突然、デスクに置かれた手品師の仮面を赤い一筋の光が切り裂いた。

 仮面で反射した光はトラベル時計の表示板を舐めた。

 

 デスクの上に置かれた時計の表示がねじを巻かれたように一気に動いた。

 2100→2110→2150 

 遠い世界の数字が跳びはねている。

 最期に、数字が消え表示板が白く輝いた。

 薄い闇が教室にまで侵入してきて、みんなの顔が見えない。

 

 窓の外では漆黒の闇が永遠の時を過ごしていた。

 時の最果てに広がる闇の世界はとてつもなく美しかった。

 

 闇が遠くで小さく揺らぎ、ペトロを「ペトロ」と呼んだ。

 

 匠には「またきたのか・・・匠」と聞こえた。

 

 マリエには「よく来たマリエ」と聞こえた。

 

 ハルは「おまえはいったいなにものだ?」と聞かれた。

 

 咲良とエーヴァと裕大には「宇宙のカオスへようこそ!」と聞こえた。
 

 真っ赤な一筋の光が教室に差し込んで、ペトロの顔を斜めに走った。

 

 光は確かめるようにちらちらとペトロの神経細胞を調べた。

 

「ペトロか! よく聞け! 聖域を越えてはだめだ!」

 光がそう囁いて、ペトロのシノプスが反応して騒いだ。

 

「これなんの光? 君はどこから来たの?」

 

 ペトロの手が教室の窓を開け、光の正体をつかもうと結界の外に顔を出した。

 ペトロの顔が風になびくように闇に揺れ、輪郭を崩し始めた。

止めろペトロ! 危ない!

 後ろから、大きな手が伸びてペトロの肩をがっちりと掴み、教室の中に引きずり戻した。

 ペトロの頬に虚構の手品師の右手が激しく飛ぶ。

 

「痛エッ!」

 叫んだペトロの歪んだ顔が形を取り戻していった。

 

”全員窓から離れろ! ここは危険だ。直ちに帰還する!”

 手品師の叫ぶ声が教室に反響した。

 

 トラベル時計に再び数字が現れ、現在に向かって勢いよく巻き戻されていった。

 

 数字の流れが止まり、窓の外に校庭がいつもの姿を現した。

 

 虚構の手品師が、ゆっくりと教壇に上り、電子黒板に二つの文字を書いた。

破滅

 生徒たちはその場で凍り付き、ハル先生の膝の上から大事なナノコンが転がり落ちた。

 

 手品師は生徒たちを電子ボードの前に呼び集めた。

・・・未来に起こりうる結末は、起こりうる事実として正直に告げなければならないと思う。

トラベル時計のスピードが早すぎて、君たちには暗闇にしか見えなかったかもしれないが、私にはその瞬間がかすかに見えた。

ハル先生の目からは、その時の映像が捉えられてナノコンに記録されているはずだ。

ハル先生!そのときの様子を、通常の速さで電子ボードに映し出していただけますか?・・・

 

ハル先生は床からナノコンを拾い上げると、無言で壇上に近づいた。

そして、記録された映像データを、電子ボードの黒板いっぱいに映し出していった。
 

【データ解析映像】

 対象:2093.3.01  12:00  地球・ドーム中学校・上空 

 撮影: HARU 

 緑色をした惑星が猛烈なスピードでドームの上空に向かって接近して来る。

 いきなり、惑星の手前前方に無数の白く光る筋が走った。

 ハル先生がナノコンのキーボードを激しく叩き、テンポを落とし、映像をアップする。

 白い筋に見えたのは小型のミサイルのような大量の飛翔体で、宇宙空間で次々に爆発を起こして、粉々に飛び散った。

 飛び散った粉塵が緑の惑星に小さな手を無数に伸ばして、地球に近づくのを押しとどめているように見える。

 惑星と地球は大量の粉塵に押しとどめられて、接近する速度を落として近づき、ついに小さな接点を作りだした。

 接点は校庭の上空だった。

 惑星に吹き荒れる嵐と、地球の気流が激しくぶつかり、よじれ、二つの惑星の地表がくぼみ、山が吹き飛んだ。
 

 緑の惑星はバウンドをして一度、地球を離れた。

 離れた惑星が地球の引力に引き留められ、また地球に向かってきた。

 

 二つの惑星はバウンドを繰り返した。

 そして、たまりかねた様に地球の大地が裂け、マグマが噴出した。
 

【データ解析映像】

 対象:2093.3.01 12:10  地球・ドーム下 地殻  

 撮影: HARU 

 詳細:内部で核分裂→核爆発に誘導 小さな核爆発→巨大核爆発
 

 ・・・生徒たちの上げる悲鳴が教室に響いた・・・
 

 電子ボードに映る二つの惑星は、無数の小さな塊となってばらばらに飛び散って、宇宙に姿を消した。 

 

 生徒たちは息を潜めて、手品師の宣告を待った。

「爆発のあとには大量の宇宙塵が浮遊した。君たちには宇宙は薄い暗闇として見えたはずだ。結論をいおう」
 
・・・残念だが君たちの計画は失敗する。君たちが見た埃だらけの世界こそ“この世の果ての中学校”そのものだ・・・

 生徒たちはがっくりと肩を落とした。

 
「バタン!」 

 教室のドアが乱暴に開いて、カレル教授が飛びこんできた。 

「何事だ!」

 うつむいている生徒たちを見回してから、黒板の電子ボードに目をやり、文字を読み上げた。

 

破滅?

 手品師が肩をすくめて、両の掌を上に向ける。

 それから手短に報告をした。

 

「何だ、君たちはその程度の失敗で落ち込んでるのか!」

 カレル先生は大声を張り上げ、愛用のハットを振り回す。

 

・・・君たちは、手品師の先生のおかげで計画を修正する大事なチャンスをもらったんじゃないか。

何をしてるんだ! 手品師に感謝をして新しい計画を立てるんだ。さっさと始めなさい!・・・ 
 

 カレル教授はハットを斜めに被り直し、ハル先生と手品師を呼んで、何ごとか話し合いながら三人で教室から出て行った。

(続く)

 

つづきは、どうぞここからお読みください。

この世の果ての中学校27章“詐欺師ホワイトスモーキーが天上の秘密を漏らした”

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

この世の果ての中学校25章“ダーク・プロジェクト 完璧な計画などどこにもない”

 宇宙の果ての“天上”から匠が無事帰還した翌朝のことだ。

 一晩、熟睡してすっかり元気を取り戻した匠は、5人の仲間と担任のハル先生に、“天上”の会議場に潜り込んだいきさつを詳しく報告することにした。

 ハル先生が教室に到着するのを生徒達がお喋りしながら待っていると、いつものように廊下をバタバタと走る足音が聞こえてくる。

「完成したわよ!」愛用のナノコンを抱えたハル先生が教室に駆け込んできた。

「宇宙の方程式ですか?」全員が口を揃える。

「違うの!惑星間電子会議システムよ、宇宙のお喋りチャット完成!・・・ほら、緑の惑星のボブたちと繋がってるわよ」

 

前編はここからお読みください。

この世の果ての中学校24章  “天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

 

ダーク・プロジェクト 完璧な計画などどこにもない

 

 ハル先生はナノコンを黒板の前のデスクにどんと置いた。

 つぎにナノコンの裏側から小さなアンテナを引っ張り出して、出力エネルギーを最強にする。

 

「急いで教室の窓を全部開けてください」

 生徒全員で窓を宇宙に向かって全開にする。

 

「ザザーッ!」

 アンテナが銀色に光り出して、宇宙に散らばる電子音をかき集める。

「宇宙会議スタート!」ハル先生が宣言した。

 

 クリーンアップ機能が働いてノイズが消えると・・・ボブの元気な声が飛び込んで来るた。

 

「おはよう、地球のみんな!こちら緑の惑星テラ3のボブだよ。今、森のみんなとエドの記念碑ボックスの前に集合してる。ボブの声、聞こえる?」

「おはよう、ボブ。こちら地球の匠。よく聞こえるよ。生徒全員とハル先生、みんな教室に集まってるよ」

 

「ボブたち、匠のメール見てビックリしたよ!メールの話、本当なの? ・・・ほら、森の管理人のおじさんの正体、本物の緑の守り神だったってこと」

「ボブ、あの話本当だよ。歪みの前の宇宙でハンモック吊って気持ちよく寝てたら、緑色したでっかい怪物がやって来て、僕を蹴飛ばして天上へ入っていったんだ。でさ・・・僕もあと追いかけてなんとか天上に入り込んだって訳だ」

 

「うん? “天上”って、どこのこと?」

「天国のもひとつ上にあるから“天上”だよ。 と~んでもなくヤベーとこ。宇宙の歪みの中にある“神様たちの秘密の会議場”さ・・・

そこに、いろんな生き物の守り神が集まって、自分たちが担当してる生き物の運命をどうするかって話し合ってるんだ。

天上には神様しか入れないから、僕は地球のアスリートの守り神だって大嘘ついて出席したんだ。そしたら、僕を蹴飛ばしてった怪物を会議室でみつけたんだ。間違いないよ・・・緑の怪物と緑の守り神、二人は同じ人物だよ」

 

「ちょっと待ってね! わたしクレア。 風のおじさまの正体は“緑の守り神”ご本人で、ボブと私の頼みを聞きいれて天上の緊急会議を開いてくれたってことね」

 横から姉のクレアが言葉を挟んだ。

「きっとそうだよ、僕たち生き残りの人類をどうするか、神様達に緊急の会議を要請してくれたんだと思うよ・・・そりゃ~緊急だよな。だってボブや僕たち絶滅寸前だもんな」と匠が答える。

 

”緊急会議だ! 緊急会議だ! 天上はいつでも緊急会議だ!”

 匠の肩の上で、いきなりスモーキーがキンキン声で叫んだ。

 

「今の変な声・・・誰?」とボブが聞いた。

「僕を助けてくれた天上の案内人、ホワイトスモーキーおじさんだよ」と、匠が紹介する。

「スモーキーおじさん? ぼくボブ、よろしくね。それでと・・・匠兄ちゃん! ボブとクレアが緑の怪物にお願いしたことだけど、会議の結論どうなったんだろ?」

 ボブは肝心の答えを早く聞きたくてもう待ちきれない。

 

「僕は会議の最後にしか出席してないんだけど、長老会議の結論はもう出ちゃってたんだ」

「結論は出ちゃってた、出ちゃってた・・・」スモーキーが横で唸る。

 スモーキーが横から匠の言葉をしつこく繰り返すので、恥ずかしくなった匠がスモーキーの口のあたりを掌で押さえた。

 

 スモーキーが匠の言葉を繰り返すのには訳があった。

 勝手知った天上の話に言葉を差し挟みたくてたまらなかったのだが、つい、詐欺師の本性が出て嘘をついてしまうことが怖かった。

 助けてくれた匠や、仲間の子どもたちを騙して迷惑をかけたくないので、匠の言葉を繰り返すだけでなんとか我慢をしていたのだ。

 

「本当のところはね・・・」

 匠が正直に真実を話した。

「僕は会議場の後ろの席に、目立たないように隠れてただけなんだ。待ってよ、会議の結論を思い出してみる。真っ赤な顔の最長老が全員に言い渡した結論はと・・・確か三つあったよ」

 地球の仲間5人と惑星の森のエドの子供たち、星間チャットを囲んだ全員が静まりかえった。

みんなは匠の次の言葉を息を殺して待った。 
  

 匠が 報告を始めた。

××
 ひとーつ、”人類の守り神を、緑の守り神が兼ねてはどうか”という緑の神からの申し出は、ダメだった。 
  

 ふたーつ、ボブとクレアが頑張ったから、緑の惑星テラ3は宇宙の歪みの中を無事に通してやる。
 

 みっつ、あとは子供たちの頑張り次第だって。
 ××

 

「風のおじさんの申し出はだめだったの?」

 ボブが意気消沈して、つぶれたような声を出した。

 

「長老会の結論として“守り神は同時に二つの命を守ることは出来ない”とか言ってたぞ」匠が首をかしげて言った。

 

「それ、緑のおじさんが言ってたことだよ。森の仕事ついでにお前さんたち人間の命も守ってあげようかなって。人間は守り神まで逃げてしまってとてもかわいそうだからって。人間の守り神もしてあげようかって、おじさん本気で申し出てくれたんだ」

 ボブの声が弾んだ。

 

「でも、だめだったのね・・・」

クレアの声はどんと落ち込んでいた。

 

「でもさクレア、僕らの惑星が天上の歪みの中を通ることは許してくれたんだ! 歪みさえ通り抜けたら地球に帰る道が開かれたってことだよ」

 ちいさなボブは決して諦めない。

 

「そうだよボブ。それから大長老が怖い顔してこんなことを最後に言ってたぞ。この会議で決めたことは宇宙の意志だから永遠に変えられないって・・・」

 

 一心に聞いていたペトロが思わず叫んだ。

「匠、いま何て言った!大長老が“宇宙の意志”って言ったの?」

“宇宙の意思”はカレル先生がよく使っていた言葉だ。

 ペトロはその言葉を聞くとなんだか心が押しつぶされそうになる。

 

「そうだよペトロ!大長老が言ってたぞ。『宇宙の意志は揺らぎがない。ここで決めたことは自然の真理だから決して変えられない』って・・・

それから真っ赤に光る顔で出席者全員を次々に睨みつけたんだ。そのときだよ、会議場の中で僕だけがまぶしくて思わず顔を隠してしまったんだ。

それで、大長老に見つけられちゃったんだ。『あそこに顔を隠したやつがおる。ここ天上の会議室に生身が紛れ込んでおるっ』て!」

 

「見つけられちゃった!見つけられちゃった!」スモーキーが繰り返した。

「僕は椅子から飛び上がって逃げたんだ。掴まったら生皮はがれるとこだったよ。スモーキーが助けてくれたおかげで会議場から逃げ出せたんだ」

 

 匠の報告が終わって、星間チャットが沈黙した。

 

「僕、もう待ちきれないよ」

 小さなボブが大きな声を上げた。

「テラ3と地球をくっつける計画っていったいどうやるの? ペトロ兄ちゃんの計画を聞きたくてみんなここに集まってるんだ。惑星テラ3の333人、全員ここに集まってるよ」

 

「さー、ペトロ! エドの子供たちに惑星融合計画を説明して、みんなの意見を聞きましょう」ハル先生がペトロを指さした。

 

 ペトロが立ち上がって、匠と交代した。

・・・こちらペトロ、よろしくね。

 緑の惑星の仲間に地球からの提案だよ。この計画は匠が持ち返ってきた二つの黒い物質で作りあげるんだ。

 ハル先生にお願いして二つの物質を調べてもらったら、とんでもない結果が出たよ。

 二つの正体は、宇宙の誕生の時に生まれた原始の物質、ダークマターとダークエネルギーだ。二つはまるで正反対の性質と膨大なエネルギーを持っているんだ。

 この二つを宇宙から採取して惑星を自由に動かす基本エネルギーとする。コード名はダーク・プロジェクトだ!・・・

 

 ペトロが指を一本、憩いよく宙に突き立てた。

「ダーク・プロジェクト、アクションプランの1・・・テラ3を”天上”の歪み経由で地球に引き寄せる! これで数十億光年の距離を短縮できる・・・はず」

 

「引き寄せよう! 引き寄せよう!」スモーキーがでっかい声をあげた。

 慌てて匠がスモーキーの口を押さえつける。

 

 おもわず笑いコケながら、ペトロが続けた。

・・・あれ、どこまで話したっけ。そうだ、惑星の動きを操作するのには膨大なエネルギーが必要だってこと。惑星同士を引き寄せるエネルギー源は、天上の壁で決まりだ。歪みの壁は匠が通り過ぎたあと自動修正してもとの形に戻った。

壁の原料は、無限の形状記憶能力を持った暗黒物質だ。こいつを宇宙艇で天上まで頂きに上がる。集めたダークマターを細かく砕いてミサイルに詰め、宇宙艇からテラ3と地球の両方にぶっ放して、地下深くまで潜らせる。

二つの惑星に埋め込まれたダークマターは、形状を元に戻そうとしてお互いに激しく引っ張り合う。つまりだ・・・“二つの惑星は徐々に近づき始める”・・・筈だ。

テラ3は地球の重量の1/1000以下だから、宇宙の歪みを通り抜けた後はスピードを上げて一気に地球に接近する・・・

 

 ペトロが腕一杯に広げた両手のこぶしを近づける。

・・・このままでは二つの惑星は激しく衝突する・・・

”バン!” ペトロの両手のこぶしがぶつかった。

 

・・・スピードを落とさないと、僕たちは終わりだ。ここで匠の宇宙服から検出した第二の物質”ダークエネルギー”の出番だ。宇宙の微少な浮遊物質、つまりどこにでもある宇宙のゴミだ。

驚くなよ、宇宙のゴミ、ダークエネルギーは近づくものを押し戻す力、つまり反重力を持っている。僕らの宇宙を内部から膨張させている真犯人だ。

こいつを大量に集めてぎゅうぎゅうに固めておく。テラ3が地球に近づいたとき、真ん中の宇宙空間にばら撒いてやればどうなるか?

 

アクションプラン2の出番だ。

二つの惑星は押し戻されて、近づくスピードを急激にダウンさせる・・・

ペトロが両手のこぶしをぶつかる寸前で止めた。

 

「ペトロ、その計算ちょっと待ってね。反発する者同士どうやって大量に一カ所に集めておけるの? 反発するから普段は宇宙全体に散らばってるんでしょ。宇宙船に集めたら突っ張り合いの喧嘩になるわよ」

マリエが鋭いところを突いた。

 

ぐっと詰まったペトロが咄嗟の言い逃れ。

「う~んと・・・喧嘩しないように頭冷やしてやろうか」

 

「冗談なしよ!」マリエがペトロの頭を叩いたとき、ハル先生がすごい答えを思いついた。

「ペトロ、それ正解! 宇宙のゴミを宇宙船の冷凍庫に押し込んで、急速冷凍で非活性化しましょう。ぎゅうぎゅう詰めでも反発しないようにね」

 

「ハル先生ありがとう。・・・ということで、あとは接近した二つの惑星をソフトランディングさせる方法だけど・・・」

 

 ペトロが考え込んでしまった。

「そっとやさしくランディングだよ。うーん、ここんところただいまアイデア募集中」

 

「募集中!募集中だよ!」

 スモーキーが匠の肩から飛び上がった。

 

「ぼくのアイディアだけど、風のおじさんに頼んで、テラ3から地球に向かって思いっきり風を吹かせてもらおうか」

 小さなボブの元気な声がした。

 

 ”答えは~風に吹かれて~”

 ボブが風のおじさんのテーマソングを歌った。

 

 「すげーぞ! ボブ! 決まりだ! 風を吹かせよう。二つの惑星には表面に大気の層がある。衝撃緩和のゴムまり作戦だよ」

 ペトロがぱちんと指を鳴らした。

 

「地球にも風の対流を起こすためにはと・・・裕大先輩。この学校の上空に強ーい上昇気流をおこせますか?」 

 ペトロが裕大に聞く。

 

「ペトロ、俺に任せろ。ドームの大気環流装置を動かしてすっごい上昇気流を作ってやる」

  裕大が力強く答えた後で首をかしげた。

 

「・・・でもさ、ペトロ、なんでここドームの上で衝突させるんだよ?」

 

 ペトロがその理由を明かした。

「ダークプロジェクトのラストステージ。融合する二つの惑星の着地点はそれぞれどこか・・・惑星テラ3は森の渓谷を含む一帯。そして地球はこのドームの上空となる。その理由は?」 

 

 全員、沈黙してペトロの次の言葉を待った。

・・・ボブとクレアの報告から気がついたことだよ。風のおじさんは90 年前の地球でここにいる咲良センパイと遭遇している。

ほら、タイム・トリップしてカレル教授に引率されていった東京の北の渓谷。

アサギマダラの群生した谷沿いが、このドームができた地域なんだよ。

テラ3でクレアの立っていた渓流の岩は、咲良センパイの立っていた岩と同じ岩である確率が高い。

虚構の手品師に確かめたら、”二つの岩の位置関係は時空のずれ込み現象かもしれない”そうだ。つまり、“ボブたちの緑の惑星は東京の奥の山間部から離れていった分身”だってことになる。

二つの惑星はここで元の姿に戻る運命なんだよ・・・

 

 ペトロが一息ついて話を続ける。

「あとは自然の復元力が働いて、二つの惑星が静かに融合して元通りの地球の姿に戻ってくれるように祈るだけだよ」

 

 ペトロが両手を合わせて付け加えた。

「ボブたち惑星テラ3の333人、僕たち地球の6人と家族・先生の無事も含めて、あとはただ祈るだけだよ」

 

 マリエが立ち上がって教室の窓に近づき、朝の太陽を見上げて言う。

「二つの惑星の融合がうまくいきますように、天上の神様にお願いして祈りましょう」

 

 地球の生徒6人が窓際に並んで太陽に手を合わせた。

 緑の惑星のエドの子供たち333人は森の上の太陽に向かって手を合わせた。

 

“ダーク・プロジェクトがうまくいって昔の地球に戻りますように。そしてみんなが仲良く一つの家族になれますように。天上の神様のご加護を!” 

 牧師の娘マリエがお祈りをあげた。

 

“天上の神様のご加護を!” 

 二つの惑星の全員が復唱する。

 

 宇宙星間チャットは一休みした。

 教室の黒板の前でハル先生が愛用のナノコンをデスクにおいて、融合計画のシミュレーションを続けている。

「ハル先生、ダーク・プロジェクトのシミュレーションは計算完了しました?」

 ペトロがハル先生のナノコンを心配そうに覗き込んだ。

 

「もう一息なのにどうしても計算が終わらないの。あいつのせいよ、真っ赤な顔したあの男がまた私の計算の邪魔してる」

 美人のハル先生が校庭の向こうの空をにらんだ。

 

「でもね、ペトロ。完璧な計画なんて宇宙のどこにも存在しないのかもしれない」

 ハル先生はそう言うと、カタカタと終わりのない計算を進めて行く。

 

「完璧な計画なんてどこにもない!どこにもない」

 スモーキーが繰り返して、お喋りチャットが再開した。

 

「危険は覚悟だ、やろうぜ! やろうぜ!」

 チャットから、緑の惑星の記念碑の前に集まったエドの子どもたちの大合唱が聞こえてきた。

 

「俺たちも、ここらでケジメつけるか!」

 匠が地球の仲間に尋ねた。

 

「おー!」裕大とペトロが吠えた。

「やるわよ!」咲良とエーヴァとマリエが拳を上に突き上げた。

 

「やれ! やっちまえ! やっちまえ!」

スモーキーが匠の肩から跳びあがって叫んだ。

(続く)

 

後編はここからお読みください。

この世の果ての中学校26章“虚構の手品師と未来を見に行ったら地球は消えていたよ”

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

この世の果ての中学校24章 “天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

 匠は「アスリートの守り神 地球より来たる」と大嘘を名乗って天上の会議場に潜り込んだ。そこでは宇宙に生きるあらゆる種の「守り神」が集まって緊急会議を催していた。討議は終わり、長老会の結論が出るまでの間、場内の方々で命の守り神が話し合う言葉が飛び交っていた。

前回のストトーリーはここからどうぞ。

この世の果ての中学校23章“匠は開かずの扉を開けて守り神の大会に迷い込んだ”

“天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

会議場は、議事堂と裁判所を兼ねた構造で、正面には一段高くなった席が横に一列並んでいる。そこは長老たちの座る席でいまは誰もいない。

 長老席の前から左右に二列の長い会議用テーブルが後方に伸びて、最後尾は凹型になって繋がっている。

 前方には白い法衣を身に纏った判事や弁護士や検事たちが礼儀正しく座っている。

 彼らの姿は人間に似ているが、正体は定かでなかった。

 種の守り神でない彼らは、中立の立場を示すために、常に形が少しずつ変化して、違う種の姿に移っていく。

 長いテーブルの後方には、絶滅寸前の動物達の守り神や、生き残っている植物や昆虫の守り神、遠い宇宙からやってきた生き物の代表が会議に緊急招集されていた。

 守り神と呼ばれる彼らは、むかしは会議場に溢れるほどの数で埋め尽くされていたが、今は空席が目立っている。

 

 会議は休憩中で、守り神たちはお喋りに忙しかった。匠は騒々しい後方の集団に何気なく近づき、空いている席を見つけて腰を下ろした。

 守り神達は、迷彩服を着た小さな匠になんの関心も示さなかった。
 
 どんどん!・・・木槌を叩く音が部屋中に響き渡る。

 会議場の奥から数人の長老が現れ、一段高い席に腰を下ろした。

 場内が静まるのを待って、ひときわ目立つ赤い髪の男が、一枚の書類で顔を隠して立ち上がった。

 ゆっくりと書類を顔から外した男の顔は太陽のように輝き、その光は会議場の隅々を照らし出した。

 しわぶきを一つすると長老は書類を読み上げる。

 その声は朗々と会議場に響き渡った。
      
「本日の会議のテーマに鑑み、人類の言葉で長老会の結論を申し上げる」

 ひとーつ、緑の守り神が人類の守り神も兼ねるという緑の守り神の申し出は受け入れがたい。守り神は二つの種の守り神を兼ねることは出来ない。 

 ふたつ、しかしながら人類の子どもたちのひたむきな努力を尊重して、緑の第三惑星がここ歪みの中を通過して地球に向かうことを許可する。

 

 みっつ、神々は余計な手を出さず、人類の子どもたちの知恵と努力次第として、その結果を見守ることとする。

 

 大長老は長老会の結論を伝え終えた。

「以上だ! 緑の守り神殿! 提案者としてのご意見があれば申し述べられよ!」

 

 緑色の手足に、緑色の髪の毛、緑の肌の顔を持った男が前方のテーブル席から立ち上がり、最長老に向かって恭しく一礼をした。

「大長老どの、長老会の結論、緑の守り神謹んでお受けいたします」

 

 匠は最後尾のテーブルから首を伸ばして声の主を確認した。

・・・あの男だ。間違いない。ハンモックで寝ていた僕を踏んづけていった緑の怪物だ。

 ボブとクレアが会った風の怪物が緑の守り神だ。

 二人の頼みを聞いて緊急の天上会議を開いてくれたんだ・・・

 
 議長席で立ち上がっている大長老の光り輝く目が、出席者の全員を睨み付けていく。

「何度も会議で申し上げておることだが、ここで繰り返し申し上げる。天上の会議で一度決めたことは決して変えられない、永遠にだ。なぜならそれが宇宙の意志だからだ。宇宙の意志には揺らぎがない。それは常に真理だからだ」

「どんどん!」

閉会の木槌が打ち鳴らされ、全員が立ち上がって大長老に顔を向けた。匠も慌てて立ち上がったが、大長老の放つ光がまぶしくて手で顔を隠してしまった。

 

そのときだった。大長老の声が会議場に鳴り響いた。

「天上の会議に生き物が紛れ込んでおる! 一人だけ顔を隠しておる。ほれ!そこにおる」

 大長老の長い指が匠を指し示していた。

 匠を除く種の守り神は、全員が大長老の光る顔を正視することが出来たのだ。

 “生き人は中身を抜き取られますよ!” 

 白い煙の忠告を思い出した匠はあわててリュックを担ぎ上げ、扉に向かって走った。

 

「掴まえろ! 身の皮をはげ」

 部屋の四隅から黒い衛兵がばらばらと現れ、口々に叫ぶ。

 扉の手前で黒い衛兵が二人、両側から匠に追いつき襲いかかった。

 匠はその場でジャンプして両足で左右斜めに同時蹴りを入れる。

 一人は顔を押さえ、もう一人は急所を押さえて床に倒れ込んだ。

「出口をふさげ! 扉を入れ替えろ!」

 倒れた衛兵が、呻きながら叫んだ。

 匠はNO.3 の扉に走り、ドアノブに飛びついた。

 手前に引っ張って、開けようとしたがびくともしない。

 扉は既に入れ替えられていた。

 

「早く! こちらです」

 隣の扉 NO.4が外から開いて、白い煙が顔を覗かせ、匠に手招きをした。

 匠が扉の外に転がり出ると、煙は電子操作のマスター・キーを使って、5つの扉すべてを一気にロックしてしまった。

 部屋の内側から衛兵が扉を叩く音が聞こえた。

 

「扉はこの五つだけ、これでしばらく時間を稼げます」

 白い煙はにやりと笑うと、匠を先導して飛ぶように階段を下っていく。

 匠も五段飛びであとに続く。

 歪みの出はいり口に通じる部屋までやってくると、受付役が椅子に座り込んで、気持ちよさそうに居眠りをしていた。

 

「会議は終了いたしました。お急ぎのご様子なので、アスリートの守り神を出はいり口までご案内して参ります」

 煙が早口で受付役に報告した。

 受付役は眠そうな顔を上げて匠を確認すると、記帳簿を開いてアスリートの守り神のサインの上に大きくチョンと“お帰り”の印をつけた。

「お疲れ様でした!」

 一言、匠に出席の御礼を言うと、案内役はすぐに眠り込んでしまった。

 

「入るときはあんなにややこしいのに、帰るときは愛想なしだな」

 匠が白い煙に囁くと、煙はくすりと笑って匠に聞いてきた。

「それよりお連れする出口の位置を教えて下さいな」

 匠は立ち止まった。

 少し考えてから、二回頭を掻いた。

 

・・・まさか、まさか出入り口の場所を忘れたなんて言わないで下さい。

 二人とも取っ捕まってしまいます。あなたは中身を取られ、私はなけなしの皮を取られます。

 技を!アスリートの守り神の技で早く出入り口をみつけて下さい・・・

 

 階段の上から匠を探す衛兵の声が近づいてきた。

 匠は背中のリュックからスペース・ウエアを取り出すと、落ち着いた振りをして時間をかけて身につけた。

 それからやけくそになって口笛を吹き、ふてくされてポケットに両手を突っ込んだ。

 匠の左手が、なにかを包んだハンカチに触れた。そっとつかみ出してハンカチを開けて見ると、エーヴァにプレゼントする予定のハーフポーションの葉っぱが出てきた。

「なんだ! 鍵をお持ちじゃないですか!」

 煙が安心した様子で匠の次のアクションを待っている。

 匠は緑の守り神になったつもりで、掌を上に向けフーッと一拭きして葉っぱを宙に飛ばした。

 葉っぱは回転しながら宙を飛び、一点でピタリと静止した。匠が近づいて手で触れると、そこには透明な歪みの壁があった。

 

「そこですね、出口は!」

 白い煙が嬉しそうに揺れた。

 

「ここです」

 匠は大きく息を吸い込み、宙に浮かんだ葉っぱに向かって一気に息を吹きつけた。

 

「そーれ! お前の育った緑の森に帰ってけー!」

 匠が命じると、緑の葉っぱはゆっくりと回転を始めて、透明な壁に鋭い切り込みを入れていった。

 小さな暗い亀裂がぽつんと開いて、上下にツツーと拡がった。

 

「やったぜい!」

 匠は細長い穴に頭から飛びこんで、壁の外に転がり出した。

 後ろを振り向くと、亀裂の薄闇の中に煙が残っている。

 白い煙の一筋が寂しそうに揺れた。

 

「僕と一緒に来ないか?」

 歪みの外から匠が誘ってみた。

「エッ!一緒に行ってもいいのですか?」

 白い煙が喜んでくしゃくしゃに身体を縮めた。

 

「でも、君の中身はどうするの?」と匠が聞く。

「置いていきます。こんなチャンスは二度と来ません。いつか気が向いた時に中身を取り返しに戻ってきます」

 

 そう言って白い煙はひょいと壁の穴をくぐり抜けて天上の歪みから外に出てきた。煙の後ろで壁の穴が閉じていった。

 

 それまで宙を漂っていた緑の葉っぱが、故郷の惑星テラに向かって飛び立とうと身構えたとき、気がついた白い煙はそっと近づいて葉っぱを呑み込み、腹の中に仕舞い込んだ。

「つぎのために鍵はお預かりいたしました」煙が嬉しそうに揺れた。

 

「天上の証拠品、僕もひとかけらいただきまーす!」

 匠は壁の亀裂の痕から、透明な石のかけらを一つむしり取ってポケットに収めた。

 

「帰るぞ!」

 気合いを入れ直した匠は、白い煙を自分の宇宙服の中に押し込んだ。

 それから地球に向かって一直線に宇宙遊泳を開始した。

 

 旅の途中で緑の惑星テラ3のボブとクレアに匠がショートメールを送った。

「発見!驚かないで!緑の風のおじさんは本物の緑の守り神だったよ。詳細はあとで」
    

「元気な小僧だ!」

 天上の会議室で監視カメラを見ながら、大長老が大笑いをした。 

 

「詐欺師も逃がしてしまいました」

 衛兵の隊長が報告した。

「奴は長い間務めた。刑期は今日で終わりにしてやろう」

 

「そろそろ惑星テラに戻ります。子供たちのために、歪みの通行許可証を頂いて参ります」

 緑の守り神が大長老に挨拶をして席を立った。

 

・・・一度決めたことは永遠に変えられない。さ~て、人類の子どもたちのひたむきな努力が幸運に恵まれるように、俺たちも祈ろう・・・

 大長老は顔を真っ赤に輝かせると、緑の守り神とともに宇宙の果てに向かって祈った。

 

 匠は四つの昼と三つの夜を休みなしで泳ぎ抜いた。

 三っ目の夜、匠は宇宙のゴミの山に迷い込んでいた。微少な黒い物体が至る処に浮遊していてスペース・ウエアにぶつかり、匠の遊泳のスピードを落とした。

 ポケットに入れておいた歪みの壁の石が、黒い物体に反応して激しく動いた。匠の身体はゆっくりと回転しながら飛ばされていった。

「もうちょっとや、匠、頑張らんかい!」

 身体の中ではぐれ親父の声が匠を励ます。

 

 ドームの中、学校の校庭の中央に男が一人空を向いて立っている。

 しわだらけの絣の着物を身につけ、大きな下駄を履いて、木綿の手ぬぐいを首に巻いた無精ひげの男だ。

 匠の姿が夕陽の中に黒い点となって現れた。

 疲れきった匠はスピードを制御することができない。

 匠の身体はドームの天蓋を斜めに突っ切り、隕石のようにまっすぐ校庭に向かって落ちた。

 男は匠の着地点を目指して走り、足を踏ん張り、大きく両手を拡げる。

 落ちてきた匠の身体は逞しい男の腕でがっちりと受け止められた。

 

「ようやった。ようやった!

 はぐれ親父は匠を抱きかかえ、校舎に向かって歩き出す。

 教室で待ち構えていた5人の生徒たちが校庭にかけだしてきた。

 

「あとは頼むわ!」

 親父は裕大とペトロに匠を預けると、下駄の音を校庭に響かせて姿を消した。

 校門の前で匠のママが心配そうに待っていた。

「匠は大丈夫ですか?」小さな声でママが聞く。

「俺とお前の息子だ。一晩寝たら、元通りだ」とはぐれ親父が答えた。

 

 裕大とペトロが、両側から匠を抱きかかえるようにして、医務室に運びこんだ。

 埃だらけのスペース・ウエアを脱がして、匠の体をそっとベッドに横たえる。

 咲良とエーヴァとマリエが、眠り込んでいる匠に毛布を掛け、枕を首の下にそっと押し込んだ。

 それから五人は心配そうに匠を取り囲んだ。

 

 ベッドのそばで一筋の白い浮遊物体が心細げに揺らいでいた。

「あなたはなにもの?」エーヴァが煙を見つけて、そっと近づく。

 旅の間、匠に必死でしがみついていた白い煙は疲れきっていた。

 “煙”は目の前に柔らかそうなエーヴァの肩を見つけて、ここで一休みと決め込むと、断り無しにふわりと腰掛けた。

「きゃっ!」エーヴァの上げた悲鳴に、驚いた煙は宙に浮かんだ。

  横にいたマリエが素早く白い煙を掌に乗せた。

「白い煙さん、あなたはどこから飛んで来たの?」

 

 煙はしばらくは口を開かないことに決めていた。

 久しぶりの地球で一度口を開くと詐欺師の本性が現れてまたまた嘘八百、何を言い出すかさっぱり自信が持てなかったからだ。

 騒ぎで目を覚ました匠がベッドに起き上がると、煙は安全な匠の肩の上に飛び移った。

 

「えーっと、みんなに紹介するね」

 寝ぼけ眼で話し始めた匠は言葉に詰まった。

 “元詐欺師”とは言えないし、“中身を抜かれた薄皮おじさん”では失礼だ。

「天上の案内人、スモーキーおじさんだ。天上で皮をむかれそうになっていた僕を、助け出してくれたんだ」

 匠、得意の口から出まかせだった。

 

「天上の案内人”ホワイト・スモーキー”と呼んで下さい」

 白い煙が匠の肩の上で自己紹介をした。

 

「そうだ、ペトロにプレゼントだ」

寝ぼけ眼の匠がベッドの側に置いた宇宙服のポケットを探り、中から透明な石を取り出してペトロに手渡した。

・・・ペトロ、これ目にみえない不思議な石だ。ここにあるのにほら“薄闇”にしか見えないだろ。

 宇宙の果ての歪みの壁の“おこぼれ”だ。

 それと僕のスペースウエアに付いてる宇宙の浮遊物質を拭き取って分析してほしい。

 不思議だよ、透明な石と宇宙の埃の二つは相性が悪くていつも反発してる。こいつら何者か正体が知りたい。

 それから、見つけたんだ。緑の怪物と天上の会議場の長老たち!でもその話は長くなるから明日にするよ・・・
 

 任務を終えた匠はもう一度ベッドに横になり、肩の上にホワイトスモーキーを乗せたまま大きないびきを掻いて、深い眠りに落ちていった。

(続く)
 

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校25章“ダーク・プロジェクト 完璧な計画などどこにもない”

【記事は無断転載を禁じられています】

この世の果ての中学校23章“匠は開かずの扉を開けて守り神の大会に迷い込んだ”

  匠は、地球から遠く離れた宇宙の片隅にスペースハンモックを浮かべて、孤独なときを過ごしながら、第三惑星に住む小さなエドの家族から返信が届くのを待っていた。

 

 三日目の朝がやって来て、スペース・フォンにエドの家族から電子メールが二通届いた。

 最初のメールはボブとクレアからだった。

 そこには、森の中で滝の上からやってきた緑の怪物に出会ったことが詳しく書かれていた。 

 

 ・・・匠よく聞いてね! 私たち、緑の怪物とお話ししたけど、正体は、やさしい緑の風のおじ様だったわよ。(クレア)

 それから、“惑星テラは地球から逃げ出した緑の植物と土の塊からできあがった”と言っていたよ。(ボブ)

 最後に、“地球の自然を壊した人類には、種の命を守ってくれる守り神がいなくなった”という話をおじ様から聞いて、二人とも岩から落ちて気を失ってしまったんだ。(ボブとクレア)・・・

 

(前回のお話はここからお読みください)

この世の果ての中学校22章“クレアとボブは緑の怪物を探しに森に出かけた” 

 

この世の果ての中学校23章“匠は開かずの扉を開けて守り神の大会に迷い込んだ”

 

 エドの家族から届いた二通目のメールは、パパ・エドとママ・エドからだった。

“匠、返事一日も待たせて御免。クレアとボブの話を聞いて、僕らも卒倒しそうだよ。

 惑星テラを地球に呼び戻して、融合する話だけど、この惑星の小さなエドの家族全員に相談したら、大賛成! みんなその日を待ちかねてるよ。

”早く計画立てて一緒になろうよって!”

 (パパ・エドとママ・エドより)

 

・・・こちら匠、いま中継地点。メール二通読んだところ。

 僕はここで一日じゃなくて三日も待ったんだよ。

 宇宙の歪みが影響して、こことそことは時間の経過が違うみたいだ。

 その上、スペースハンモックで寝てたら、気持ちの悪い緑の怪物の夢まで見ちゃつた。

 クレアとボブの緑の風のおじさんの話、それからほかの家族と相談してくれた話、急いで地球のみんなに報告するからね。

 またこちらから連絡するから、メール・ボックスはいつも空けておいてよ!・・・

 

 エドの家族にメールを打ち終えた匠は、急いでハンモックから飛び降りた。

 ハンモックを小さく折り畳むと、リュックに収めて帰り支度を整える。

 

「ただ今任務完了! 地球に向けて出発しまーす!」

 匠は地球を目指して架空のスタートラインに立ち、肩の力を抜いて軽くジャンプをした。

「長旅に備えて準備運動、1!2!3!」

 

 3回めのジャンプで匠は不思議なことに気が付いた。

 前方に緑色した小さな宇宙ゴミが見える。 

 ジャンプを終えるとそれは消えた。

 

 近づいて見ると、宇宙ではありえない物体・・・緑色した小さな葉っぱの端切れ、半片だ。

 葉っぱの周りを手で触ると、硬い壁のざらざらした感触が伝わって来る。

 

 顔を近づけてよくみると、目の前に半透明の薄い壁があって、葉っぱの残り半分が壁の向こう側にぼやっと浮かんでいるのが見えた。

 

「あっ! この葉っぱ、僕を踏んづけて行った緑の怪物が落としていったものだ。あれは夢じゃない。あいつ、この壁の中にいる」

  匠は半透明の壁を力一杯押してみたが、びくともしない。

 手で探りながら壁伝いに移動してみたが、壁の堅い感触だけがどこまでも続いていた。

「このざらざら壁、どこまで行っても入り口なし!」

 探索をあきらめて出発地点に戻って来ると、さっきの葉っぱが風もないのに小馬鹿にしたようにヒラヒラと揺れた。

 

 頭にきた匠が葉っぱをむしり取った。

「風の怪物の落としもの、第三惑星の森の葉っぱのハーフ・ポーション。愛するエーヴァへのプレゼントに頂きまーす」

 匠は、切り取った葉っぱをハンカチに包んでポケットに優しく仕舞い込んだ。

 プレゼントに喜ぶエーヴァの顔を思い浮かべだとき、匠の後ろでギギッと鈍い音がした。

 驚いて振り返ると、むしった葉っぱのあとの空間に小さな暗い亀裂が走っている。

 

「なに、この穴?」

 近づくと、亀裂はじわりと動いた。

 

「うぐっ!」

 匠の喉が詰まった。 

 

 つつーっと、亀裂が上下に拡がっていく。

 いつのまにか、人ひとりが通れるくらいの細長い穴が匠の目の前にできあがった。  

 

 匠はそっと穴を覗いてみた。 

 人気のない薄闇の中で、葉っぱの片端がひらひらと宙を舞って、匠を誘っている。

 

「ヤ、ヤベーよ、この穴。天上への開かずの出はいり口だ」

・・・この中に半透明の緑色したのがうじゃうじゃいるのかよ・・・ブルっと匠が震えた。

 

「賢明なアスリート、決して危険に近づかず!」

 匠は回れ右をして、地球に向かって飛び立とうと身構えた。

 

“こら匠!恐れるな!開かずの扉がお前の前に開かれておる”

 叱咤するおじいちゃんの声ががんと頭に響いた。

 

“お前あほか! ここまで来てなに考えとんねん。こん中にこの世の秘密が隠されとるんやないか! しっかりせんかい!”

 はぐれ親父のしゃがれ声が聞こえた。

 

 「なんやと~? やったろやないか!」

 匠は気合いを入れなおして、亀裂の中の薄闇に頭から飛びこんでいった。
  

  ××

 どこまでも続く田舎道に、夕陽が山の長い影を落としている。

 遠くにかすんでみえる匠の家の屋根から、一筋の白い煙が立ち上っていた。

 

 道は人っ子一人歩いていない。 

 腹を空かしたヤンマが頭上をかすめて飛んだ。

 きっと夕暮に飛び交う蚊の群れを追っている。

 

 匠はおばあちゃんの待っている我が家に向かって、急ぎ足で歩く。

 いくら歩いても、立ち上る白い煙は遠くにかすんだままだ。 

 おかしい・・・匠の家は近づいてこない。

 

 道の両側には大きな柿の木が立ち並んで、地平線に続いていた。

 近くの柿の木は、実も葉っぱもまだ青い。

 少し歩くと実も葉っぱもだんだんと黄色くなる。

 

 遠くの方では、実が熟して、葉っぱは真っ赤に紅葉して見える。

 その先では枯れ葉が舞っている。 

 秋から冬。

 

 匠の故郷は、早、一年の終わりを迎えていた。

 でも田舎道には終わりがなく、わが家は遠くかすんで見える。

 

 匠は我に帰った。

「この景色は怪しい。何者かに騙されてるんじゃないのか? これが本物の風景か幻か、確かめてやる!」

 

 匠はいきなり身体を入れ替え、今来た道を全速力で逆走した。

 周りの風景が驚いたように巻き戻しを始め、匠の動きに追いつこうとしている。

 

 匠は急ブレーキをかけて止まった。

 周りの風景は、ゆっくりと時間をかけて停止をする。

 

 風景は匠の素早い動きに付いて来るのが精一杯だ。

「僕は記憶の迷路にはまり込んでいる。これは僕の心の中の風景に過ぎない」

 匠は笑いをかみ殺した。

 

「だれか知らんが、癪な技だ。ひっくり返してやれ!」

 匠はその場で思い切り高くジャンプをする。

 そして、逆転3回転に1/2横ひねりを加えて着地した。

 匠の目の前で田舎道は3回転宙を舞ったが、残りの1/2をひねりきれずに着地した。

 田舎道はぐにゃりと無残な形に崩れ落ちた。

 

 薄闇の中に白い一筋の煙が匠の前に現れた。

 

「恐れ入りました」

 術を破られた白い煙が、匠に一言失礼を詫びて頭を下げ、恥ずかしそうにどこかへ消えていった。
 

   ××

 薄闇が消えて明るい部屋の中に匠は立っていた。

「お見事です!」

 男の声が聞こえた。

 

 頑丈な木製の机に向かって座っていた男が、椅子から立ち上がった。

「受付処」と書かれた大きな表示板が机の上に置かれている。

 

 黒い僧服を着た男が仰々しく匠に頭を下げた。

「通門の技、しかと拝見させて頂きました。ここ開かずの天上に、ようこそお越し頂きました!」

・・・天上への入門試験にパスしたみたいだ・・・

 大物になった気持ちがして気分をよくした匠は、僧服の男に軽く頷き返す。

 

 僧服が言う。
「私は天上の門で受付役を務める者でございます。まずは、その堅苦しい僧服をお脱ぎになって、おくつろぎ下さい」

「ククッ!これスペースウエアだよ。僧服じゃないよ」

 匠がぼやくと受付役がすかさず答えた。

 

「ここ天上には清浄な空気が充ち満ちております。どなた様も安心して宇宙服をお脱ぎください」

 匠はつなぎのスペースウエアをゆっくり脱いで、空気を吸い込んでみた。

 天上の空気は地球の空気よりぐんとうまかった。

 

 匠はスペースウエアを脱いで丁寧に畳み、携帯リュックに収めた。

 迷彩服姿になり、受付役が勧める頑丈な木の椅子に腰を下ろした。 

 イスは大きすぎて、匠の脚は床に届かなかった。

 仕方が無いので、そのまま足をぶらぶらさせることにした。

 

 受付役は天上への訪問者がほんの少年であることに気が付いて目を丸くした。

・・・どこか見知らぬ惑星の神の王子かな?・・・

 

 ひとり呟くと、受付役は机の上の記帳簿に筆と硯を添えて、少年の前にそーっと差し出して言う。

「お役目とご芳名、それにお処のほどもご記帳下さい」

・・・こんな少年が筆と墨を使うことが出来るだろうか?・・・

 匠を見つめる受付役の顔に疑わしそうな表情が浮かんでいた。

 

・・・「ふん」入門の二次試験か。みておれ!・・・

 匠は記帳簿を手に取って、じっくり時間をかけて眺め、おもむろに口を開く。

 

「これは素晴らしい。この記帳簿は銀河宇宙の太陽系地球、日本国の昭和時代の越前和紙でできておりますね。いまは地球で入手できません。この手触りの暖かみは洋紙ではなかなか味わえませんよ」

 匠は厚みのある記帳簿を上にしたり逆さまにしたりしながら時間稼ぎをした。

 記帳簿の素材は、匠のおばあちゃんが俳句を書きあげるために、大事に使っていた古い和紙と同じだった。

 匠は大好きなおばあちゃんが呟いていたいつもの台詞を覚えていたのだ。

 

「これはこれは良くご存じで、この記帳簿は200年前から使い込んでおります。記帳された方々はそれこそ宇宙世界で由緒のある方々ばかりでございます」

・・・受付役はいつまで待っても匠が筆を取ろうとしないので、自分で硯を手にとって水差しから水を入れ、墨をすって墨汁を作り上げた。

 次に記帳簿を匠の手から取りもどすと、白紙のページを開いて「それではここにご記帳頂きます」と記帳を迫った。

 

「なるほど、道理で記帳簿がところどころ黄ばんできておるわけですね。“おっと”墨まですって頂いて恐縮です。ところで私の前にはどなたがお越しですかな?」

 役どころと名前をなんと記帳しようかと匠は知恵をひねっていた。 

 悠然と匠は前のページを繰り戻してみた。

 

【緑の守り神 惑星テラより】

 前のページには、美しく整った日本文字が書き込まれていた。

 署名の下には大きな掌の紋様が印されている。

 

・・・あいつだ。俺を乱暴に踏んづけていった緑色したあいつだ。なにが緑の守り神だ。あんな失礼なやつに負けてたまるか!・・・

 匠は筆を執ると、したたるほどたっぷりと墨を含ませた。

 そして達筆のおじいちゃんの激しい筆力を思い出して、思いつく様、はみ出しそうな勢いで和紙に書きなぐった。

 

【アスリートの守り神 銀河系惑星、地球より来る】

「ほほーっ、お見事!」

 匠の迫力に圧倒された受付役が上下逆さまに読もうとした。

 気が付くと、慌てて元に戻した。

 

 受付役はなんとか匠の署名を読み取った。
「初めてお聞きするご芳名です。失礼ながら守るべきアスリートの命の数はいかほどでございましょう」

・・・地球上の人類、合わせて6人です・・・言いかけて、匠は慌てて言い直した。

「地球上に生あるものすべてです」

「ほほーっ、それはお忙しい」

 受付役はちらっと匠の顔を疑わしそうに見たが、諦めたように匠の署名の横に“地球上に生あるものすべて”と小さく書き加えた。

 

「それでは利き手の紋様を頂きます」

 受付役が硯と懐紙を匠に差し出した。

 匠は右の掌に筆で墨を薄く塗りつけると、署名の下にぐいと押しつけた。

 匠が懐紙で掌の墨あとを拭き取るのを見届けると、受付役は立ち上がった。

「天上の緊急会議は相当前に始まっております。上階の会議場へお急ぎ下さい」

 

 匠がホッと一息ついて椅子から降りると、どこかから一筋の白い煙が匠の前に現れて揺らいだ。

「こちらへ!」

 白い煙は天上の会議場へと、匠を先導した。

 

 大理石で出来た広い階段を、煙はさっさと上って行く。

 匠が慌てて追いかけ、階段の途中で煙に並びかけると、煙は階段の下を振り帰って受付役の姿がみえないことを確かめてから匠に言った。

 

「先ほどはアスリートの守り神に向かって、無礼なことをいたしました」

 煙が声を潜めて謝った。

 一瞬言葉に詰まった匠が「あれはいい勝負でした。最後のひねりの差でしたよ」と慰める。

 煙は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした。

 

 数段登ると煙がまた話しかけてきた。

「あなたは生きものの種を守る神様というよりも、地上の生身の方(かた)のようですね」

 煙がズバリと言い当てた。

 

「えっ! 正体ばれちゃってたの!」

 匠は驚いて、階段で転びかけた。 

 

 煙がさっと手を伸ばして、匠の身体を支える。

「おっと、そんなに驚かないで下さい。じつは私も同じ生身の人間なんですよ。だから匂いで分かりました」

 そう言うと煙は階段の途中で立ち止まり、親しげに匠を見つめた。

 

「天上の人たちは五感以上の特別な能力をいくつもお持ちなのに、じつは臭覚が欠けているのです。私たち生き人と食べるものが違いますのでね」

 

・・・古くて腐っていないかどうかなど、食い物をかぎ分ける必要がないから臭覚は退化してしまったようです。

 でも私には先ほどの勝負の最中にあなたの正体が分かりました。

 生き人にもかかわらずあなたの技は特別です。

 ここへの入り口、天上への開かずの扉も神様しか通ることが出来ません。

 生き人は通れないはずです。

 だからあなたは受付役になにかの守り神と間違われたのです・・・。

「一体どうやったら開かずの扉を開けられるのか、後々のためにここは一つ、私にも教えていただけないものでしょうか」

 

 匠は煙男の頼みに、正直に答えていいものかどうか迷った。

・・・この男はまだ信用できない。天上のまわし者もしれない。一つこの男を試してやれ・・・

 
「葉っぱです。葉っぱの鍵で歪みの扉を開けました」

 匠は事実をぶつけて煙の反応を見た。

 

「そんなもので開くとはとても思えませんね。きっとなにか他人に明かせない秘伝の技をお持ちなのでしょうね」

 煙は肩を落とし、落胆した様子で匠を見つめた。

 

「あれは秘伝なんかじゃありません。たまたま舞っていた葉っぱを捕まえて、無念無想の技をかけ、葉っぱを鍵の形にして通門しただけです」

 煙が、半信半疑の様子で、渋々と頷いた。

 匠は、お返しに際どい質問をぶつけてみた。

「あなたも生身の人間だとおっしゃいましたが、僕にはあなたは一筋の白い煙にしかみえませんよ。なにかとんでもないご事情がおありのようですね」

 

 探りを入れる匠に、大きな溜息をついて煙が答えた。

「私は詐欺師です。三回生まれ変わって三回とも詐欺師でした」

 

・・・わたしは人を騙すことが楽しくて、楽しくて、どうしてもやめられなくて、とうとう神様に人間界に出ることを禁じられて、生きたままここへ連れてこられました。

 裁判にかけられた結果、罰としてここ天井の案内人を永遠に務めるように命じられたのです。

 その上勝手に逃げださないように身体の中身を抜き取られてしまって・・・「こんな有様に・・・」

 

 白い煙は恥ずかしそうに身体を縮めて話し続けた。

「そうですか・・・私は白い煙にみえますか。これは私の肉体と魂を繋ぐ命綱、生身の薄皮なのですが・・・。嘘ばかりついてきた男が正しい行き先へ客人をご案内するお役目とは、これは神様のきつーいジョークなのです」

 

 煙が白い身体をよじりながら匠に付け加える。

「気をつけて下さいよ! ここで生き人であることがばれたら、私のように中身を抜き取られますよ」

 身の上話を聞いた匠は、薄皮の案内人にさせられた男にすっかり同情してしまった。

 

・・・
 大理石の階段を上り詰めると、人気のない踊り場が現れた。

 踊り場の奥には五つの重そうな扉が並んでいる。

 扉の中から、かすかなざわめきが漏れてきた。

 

「ここは天上の会議場へのエントランス・ゾーンです。この扉の中が会議場です。さーて、議場のお席はどの辺りがお好みでしょうか?」

 白い煙が匠の顔を覗き込んだ。

「言葉の壁があるので、イヤホンで翻訳音声が流れるのはどの席でしょう?」

「ここ、天上は、会場そのもがニューラルインターフェースで構成されているので、何語で話そうが関係ないのですよ。種の異なる人たちの集まりなので、どんな言葉で話しても聞き取れるのです。ほら、あなた様とこうして自由に話せるのもそのおかげですよ」

「なるほど・・・了解しました」

さっぱり理解できない匠は、とりあえず頷いておいた。

 

「ところで、発言を求めるならどの扉になるのでしょう?」

 胸を張って匠が聞く。

「前の席ならあちらが入り口になります。長老たちのすぐ前です」

 煙は右端の扉 NO.1を指さした。

 

 気が付くと、匠は発言などできる立場じゃなかった。

「えーっと・・・目立たない席ならどの辺りでしょうか?」

 匠が聞き直した。

 

「後ろの席はこちらです」

 煙は目の前の扉 NO.3を指し示した。

「どちらにしましても最近は何故か守り神の空席が目立ちます。又どこかの惑星が生命を失ったようです。生命の種が絶滅すると、守り神も消滅するのです。それでは議場にお入りになって、後ろの席をお選び下さい」

 

 匠が頷くと、白い煙が揺れ、最後の注意をした。

「扉はご自分でお開け下さい。ドアノブに利き手を掛けると掌の紋様がチェックされて、先ほどの記帳簿の紋様と一致すればドアが開きます。退場の時は同じ扉を選んで下さい。入場の時と同じ扉、同じ紋様でないと扉は開きません。闖入者を排除または閉じ込めるためのセキュリテイー・システムです。それではご無事を!」

 

 匠は白い煙にお礼を言って、重い扉を音の出ないようにゆっくりと開けた。

 話し声と、喧噪が押し寄せて来る中を、匠は会議場に素早く入り込んでいった。
 

(続く)

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校24章 “天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

 

【記事は無断転載を禁じられています】