この世の果ての中学校26章“虚構の手品師と未来を見に行ったら地球は消えていたよ”

   
 いつもの教室、いつもの金曜日の朝のことだ。

 担任のハル先生を囲んでお喋りをしていたら、黒い仮面をかぶった背の高い男が無言で教室に入ってきた。

 男は生徒をじろりと一睨みしてからハル先生に近づき、「ハーイ!」と一言。

 そのまま教壇に登って講義用のデスクの上に担いできたでっかいタイム・トラベル時計をどんと置いた。

「ワオ!ご紹介しよう、時空を彷徨う僕らのレジェンド!“虚構の手品師”のご帰還だ!」ペトロがはやしたてた。

「オエー!不気味~!」巧と裕大が下を向いて囁く。

 手品師の仮面が歪んで、一瞬、笑ったように見えた。笑ったように見えたのは喋ろうとして口を小さく開いたからだ。

「ペトロ!“虚構の手品師”と呼んでくれてありがとう。いいネーミングで気に入ったよ」

・・・ 挨拶はここまでだ。話を聞いてくれ!・・・

手品師がタイムトラベル時計の表示板を現在に戻して、話を始めた。

「先ほどのことだ。久しぶりに200年前のバルセロナの旧市街で古書をあさっていたら、ハル先生からスマホに緊急連絡が入った。話の中身は君たちのダークプロジェクトのことだ。ハル先生がシミュレーションした結果だが、君たちのプロジェクトは計算不可能で、結末が予測できないそうだ。計画の構造が宇宙の法則からはみ出してるんじゃないかとハル先生は言ってる。つまり計画は自然の摂理に対して極めて不遜で、君たちの未来はデインジャラスということ。いますぐ未来にタイムトラベルしてダークプロジェクトの結末がどうなっているのか確かめて欲しいって、ハル先生から頼まれた。で、あわてて過去の世界から戻ってきたって訳だ」

・・・ハル先生、ココまでの話これでOK?・・・

 手品師の確認にハル先生が頷くと、手品師はトラベル時計を軽く叩きながら、話を進めた。

「過去への旅と比べて未来への旅は予測不可能で命がけだが、いまからハル先生と君たちの未来を調べに行こうと思う。ところで巧! ハル先生から信じられない報告を聞いた。君が宇宙の歪みのそばでハンモックに揺られてたら、夢の中に現れたという天上の会議場の話だ。あれが正夢だとしたら、君たちの惑星融合計画は天上の守り神の摂理を無視してることになる」

 手品師の暗い目の奥がぎらりと光った。

「“天上の会議場で決めたことは宇宙の摂理”だと? 笑える話だが、虚構の手品師といえども神様とは争えない。無事にこの世に帰還できるかどうか責任を持てないんだが」

・・・で、どうだ、この手品師と一緒に未来を確かめに行くクレージーなやつはこの教室のどこかにいるかな?・・・

手品師の仮面がすこし崩れて、薄笑いしているように見える。

「見に・・・行きたい!」

 咲良とエーヴァが顔を見合わせながらゆっくり手を上げた。

「ウーン、未来なんか見たくない」

 マリエが下を向いて呟いた。しばらく考えて、手品師に向かって言った。

「怖いから見たくない。でもみんなで行くのなら怖くない」

「分かった、それじゃ決まりだ。今から男子抜きで、花の4人組みと未来に視察に出かけることにする」

 手品師が言い終わるのを待たずに、巧が勢いよく右手を突き上げた。

「手品師のおじさん! 待ってよ、天上の話は夢なんかじゃない、あれは現実だよ。緑の惑星の小さなボブとの約束なんだ、僕も未来を確かめに行く!」

「いいの? ペトロ、裕大、教室においていくわよ?」

 年長の咲良が二人を振り向いてほざいた。

 裕大とペトロが顔を見合わせた。

 それからあわてて手を上げた。

 虚構の手品師は6人の生徒達に椅子から立ち上がるように命じた。

「君たち6人にはいまから教室の窓際の席に移ってもらう。タイムスリップは安全のためにこの教室丸ごとで移動する。目的の時間はプロジェクト予定日の2107年3月1日だ。ペトロ、予定はこの日で正しいか」

「あくまで、現在から最短の予定日ですが・・」ペトロがあわてて答えた。

「それでは、目的の時は、3月1日から結末が判明する時までとする。目的地は地球の東京、巨大ドーム地点とその上空。つまりこの中学校の上空だ。惑星がうまく融合するかどうか、結末をこの教室の窓から観察することになる。よく聞いてくれ・・・教室から外へは何があっても出ないと約束してくれ! 窓の外側に、次元の“結界”を設けておくが、窓から手や顔を出すことを厳禁する。視察は未来を覗き見するだけだ。間違って結界の外にはみ出した手や顔は未来の一部になる。君たちの体には二度と戻ってこないと覚悟しろ!」

手品師の能面は困ったような表情を浮かべている。

六人の生徒たちの不安と期待が手品師の鏡のような仮面に写し出されているからだ。

「みんな、覚悟はいい?」

ハル先生が立ち上がって、校庭の見える窓際の席に移った。

生徒たちがハル先生を囲んで窓際の席で身を寄せ合う。

「みんな、いまから起こることは少々不気味だが、騒ぐんじゃないぞ。じつは、この仮面の裏側は時空のホールにつながっている。言い替えれば、未来は虚構の手品師の仮面の奥深くに存在するということだ。巧!君が見た夢が現実なら、仮面の奥は未来の天上の世界ともつながっているかもしれない」

・・・お待たせした。それでは虚構の手品の始まりだ。虚構の手品師の素顔を見せてあげよう・・・

手品師の両手が静かに仮面に動き、耳のあたりをつかんで顔から外した。

“仮面の下にはあるべき物が何も無かった”

「ぎゃー!」

手品師の近くに座っていた巧が悲鳴を上げた。

仮面の下には目や鼻や口は無く、あるべきところにはえぐり取られたように深い暗黒が広がっていた。

「 巧! 本番はこれからだ。裕大もペトロも、咲良もエーヴァもマリエも、覚悟を決めたはずだ。あわてないで目をつぶって、動くんじゃない!」

・・・そーら、暗闇がやって来た。おねむの時間だよ・・・

手品師の声が暗黒のなかから優しくみんなに話しかけた。

「ざーけんじゃネーよ! こんなところで、眠ってられるかよ!」巧が大声で叫んだ。

仮面の中から教室に深い闇がにじみ出してきた。闇に見えた暗い領域は小さなブラックホールを形成した。

ブラックホールは時空の地平線を広げ、じわりと教室を飲みこんだ。

教室と共に飲み込まれた7つの人影は無限に小さく圧縮され、暗黒の中心に向かってゆっくりと落ちていった。

教室のあった空間は無となり、生徒達の悲鳴だけが残された。

・・・

「ココどこ?」

マリエの声が闇に響き、時空に反転した教室がゆるやかに元の姿を取り戻した。

窓の外も教室の中も闇、闇、闇が続き、教室のデスクに置かれたトラベル時計の文字盤だけが暗闇に輝いた。

2107.2.10 2.20   2.25   2.27 ・・・

目を覚ました咲良とエーヴァがトラベルウオッチの文字盤に現れる数字を読み上げていった。

ダーク・プロジェクトの予定日3月1日が近づいてきた。

「ペトロ! 来るぞ。ボブの惑星が来るぞ!」

 巧の声が闇に響いた。

「来い!来い!来い!」

 ペトロが、教室の窓から暗闇に叫んだ。

「神様!どうぞ成功させてください」マリエの祈る声が聞こえた。

2107.3.1

 窓の外に一瞬、巨大な閃光が走った。

 生徒達は思わず目を閉じて顔を伏せた。

 眼を開いたときには、光は消え失せ、闇が戻った。

文字盤の数字が飛ぶように過ぎ去っていく。

3.2  3.3   3.4 ・・・3.10  4.1   5.20   7.3 ・・・

 6人の生徒たちとハル先生が眺める窓の外には校庭の姿が無く、ただ薄い暗闇が広がるだけ。

「あーっ!」窓の外を眺めていたハル先生が悲鳴を上げた。

 そして、あわてて手で口を抑えた。

「ハル先生どうしたの?」マリエが先生の顔を覗き込む。

「マリエ、何でもない。でもなんだか未来の校庭は埃っぽいみたい。やだね」

・・ハル先生、何か隠してる。この態度おかしい・・・

 マリエは窓の外を穴の開くほど、眺めた。

 暗闇以外、校庭も、埃も、何も見えなかった。

「地球はどこへ消えた?」

 ペトロの心臓が高鳴って、ぎゅっと縮んだ。

「速度 10分の1!」

 教室に響く手品師の声が、普段の一オクターブは高い。

 そのうえ、震えていた。 

 8.1  8.2  8.3・・・時間はゆったりと流れていく。

 窓の外には、校庭も、教会のある小高い丘も、緑の惑星の広場も、ボブやクレアの姿も、融合して輝く星のかけらもなかった。

 窓ガラスの向こうには 暗闇だけがどこまでも広がっていた。

 突然、デスクに置かれた手品師の仮面を赤い一筋の光が切り裂いた。

 仮面で反射した光はトラベル時計の表示板を舐めた。

 デスクの上に置かれた時計の表示がねじを巻かれたように一気に動いて、

 “2109、2110、2150”・・時を示す数字が跳びはねていた。

 最期に、数字が消え表示板が白く輝いた。

 闇が教室にまで侵入してきて、みんなの顔が見えない。

 窓の外では漆黒の闇が永遠の時を過ごしていた。

 眺める生徒達にとって時の最果てに広がる世界はとてつもなく美しかった。

 そこには時の終わりがなく、ことの始まりもなかった。

 闇が遠くで小さく揺らぎ、ペトロを「ペトロ」と呼んだ。

 巧には揺らぎは「またきたのか・・・巧」と聞こえた。

 マリエには「よく来たマリエ」と聞こえた。

 ハルは「おまえはいったいなにものだ?」と聞かれた。

 咲良とエーヴァと裕大には「ようこそカオスへ!」と聞こえた。
 

 真っ赤な一筋の光が教室に差し込んで、ペトロの顔を斜めに走った。

 光は確かめるようにちらちらとペトロの神経細胞を調べた。

「ペトロ! カオスを越えてはだめだぞ!」

 光がそう囁いて、ペトロのシノプスが反応して騒いだ。

「これなんの光? お前はどこから来た?」

 ペトロの手が教室の窓を開け、光の正体をつかもうと結界の外に顔を出した。

 ペトロの顔が風になびくように闇に揺れ、輪郭を崩し始めた。

「止めろペトロ! 危ない!」

 後ろから、大きな手が伸びてペトロの肩をがっちりと掴み、教室の中に引きずり戻した。

 倒れたペトロの頬に虚構の手品師の右手が激しく飛んだ。

 「痛エッ!」

 ペトロの意識が戻り、歪んだ顔が形を取り戻していった。

「全員窓から離れろ! ここは危険だ。直ちに帰還する!」

 手品師の叫ぶ声が教室に反響した。

 トラベル時計のデイスプレーに数字が現れ、現在に向かって勢いよく巻き戻されていった。

 数字の流れが現在に落ち着き、窓の外に校庭がいつもの姿を現した。

 虚構の手品師は教室の電子黒板に二つの文字を書き、椅子に座り込んだ。

「破滅」

 生徒たちはその場で凍り付き、ハル先生の膝の上からは命より大事なナノコンが転がり落ちた。

 手品師は生徒たちを電子ボードの前に呼び集めた。
「未来に起こりうる結末は、起こりうる事実として、正直に告げなければならないと思う。トラベル時計のスピードが早すぎて、君たちには暗闇にしか見えなかったかもしれないが、私にはその瞬間がかすかに見えた。ハル先生の目からは、その瞬間の映像が捉えられてナノコンに記録されているはずだ。ハル先生にいまからそのときの様子を電子ボードに映し出していただく」

 ハル先生は床からナノコンを拾い上げると、無言で壇上に近づいた。そして、ナノコンに記録された映像データを正面の電子ボードの大画面に映し出していった。
 

【データ解析映像】

 対象: 2107.3.1 12:00   地球・ドーム中学校上空 

 撮影:  AI HARU 

 宇宙空間から緑色をした惑星が猛烈なスピードでドームの上空に向かって接近して来る。 大きく膨らんで姿を現した巨大惑星の手前前方に無数の白く光る筋が走った。ハル先生の手がナノコンのキーボードを激しく叩き、テンポがスローに落ち、映像がアップされた。

 白い筋に見えたのは小型のミサイルのような大量の飛翔体で、宇宙空間で次々に爆発を起こして、粉々に飛び散った。粉塵が緑の惑星に小さな手を無数に伸ばして、地球に近づくのを押しとどめているように見える。

 惑星と地球は大量の粉塵に押しとどめられて、接近する速度を落として近づき、ついに小さな接点を作りだした。接点は校庭の上空だった。惑星に吹き荒れる嵐と、地球の気流が激しくぶつかり、よじれ、二つの惑星の地表がくぼみ、山が吹き飛んだ。
 

 緑の惑星はバウンドをして一度、地球を離れた。離れた惑星が地球の引力に引き留められ、また地球に向かってきた。二つの惑星はバウンドを繰り返した。

 その中、地球の地表からマグマが噴出した。
 

【データ解析映像】

 対象: 2107.3.1 12:10  地球・ドーム下 地殻  

 撮影:  AI HARU 

 地球の内部: 核分裂→核爆発に誘導 小さな核爆発→巨大核爆発を誘発
 

 ・・生徒たちの上げる悲鳴が教室に響いた・・
 電子ボードの中の二つの惑星は、無数の小さな塊となってばらばらに飛び散って、宇宙に姿を消した。 

 生徒たちは息を潜めて、手品師の宣告を待った。
「爆発のあとには大量の宇宙塵が浮遊した。君たちには宇宙は薄い暗闇として見えたはずだ。結論をいおう」
 
・・・残念だが君たちの計画は失敗する。君たちが見た埃だらけの世界こそ“この世の果ての中学校”の姿だ・・・

 生徒たちはがっくりと肩を落とした。
 
「バタン!」
 教室のドアが乱暴に開いて、目を覚ましたカレル教授が飛びこんできた。
 教室を見回してから、教授はボードに目をやり、二文字を読み上げた。

「破滅?」
 手品師が肩をすくめて、両の掌を上に向けた。
 それから手短に報告をした。

「何だ、君たちはその程度の失敗で落ち込んでるのか!」
 先生は大声を張り上げ、愛用のハットを振り回した。

「君たちは手品師のおかげで、計画を修正するチャンスをもらったんじゃないか。何をしてるんだ、手品師に感謝をして、新しい計画を立てるんだ。さっさと始めなさい!」 
 カレル教授はハットを斜めに被り直し、ハル先生と手品師を呼んで、何ごとか話し合いながら三人で教室から出て行った。

(続く)

後編はここからお読みください。

この世の果ての中学校27章“詐欺師ホワイトスモーキーが天上の秘密を漏らした”

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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