この世の果ての中学校25章“ダーク・プロジェクト 完璧な計画などどこにもない”

 宇宙の果ての“天上”から匠が無事帰還した翌朝のことだ。

 一晩、熟睡してすっかり元気を取り戻した匠は、5人の仲間と担任のハル先生に、“天上”の会議場に潜り込んだいきさつを詳しく報告することにした。

 ハル先生が教室に到着するのを生徒達がお喋りしながら待っていると、いつものように廊下をバタバタと走る足音が聞こえてきた。

「完成したわよ!」愛用のナノコンを抱えたハル先生が教室に駆け込んできた。
「宇宙の方程式ですか?」全員が口を揃えた。

「違うの!惑星間電子会議システムよ、宇宙のお喋りチャット完成!・・・ほら、緑の惑星のボブたちと繋がってるわよ」

前編はここからお読みください。

この世の果ての中学校24章  “天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

ダーク・プロジェクト 完璧な計画などどこにもない

 ハル先生はナノコンを黒板の前のデスクにどんと置いた。つぎにナノコンの裏側から小さな銀色のアンテナを引っ張り出して、出力エネルギーを最強にした。

「急いで教室の窓を全部開けてください」

 生徒全員で窓を宇宙に向かって全開にする。

「ザザーッ!」

 アンテナが銀色に光り出して、宇宙に散らばる電子音をかき集めた。

「宇宙会議スタート!」ハル先生が宣言した。

 クリーンアップ機能が働いてノイズが消え、ボブの元気な声が飛び込んで来る。

「おはよう、地球のみんな!こちら緑の惑星テラ3のボブだよ。今、森のみんなとエドの記念碑ボックスの前に集合してる。ボブの声、聞こえる?」

「おはよう、ボブ。こちら地球の匠。よく聞こえるよ。生徒全員とハル先生、みんな教室に集まってるよ」

「ボブたち、匠のメール見てビックリしたよ!メールの話、本当なの? ほら、森の管理人のおじさんの正体、本物の緑の守り神だったってこと」

「ボブ、あの話本当だよ。歪みの前の宇宙でハンモック吊って気持ちよく寝てたら、緑色したでっかい怪物がやって来て、僕を蹴飛ばして天上へ入っていったんだ。でさ・・・僕も追いかけてなんとか天上に入り込んだって訳だ」

「うん? “天上”って、どこのこと?」

「天国のもひとつ上にあるから“天上”だよ。 と~んでもなくヤベーとこ。宇宙の歪みの中にある“神様たちの秘密の会議場”さ。いろんな生き物の守り神が集まって、自分たちが担当してる生き物の運命をどうするかって話し合ってるんだ。天上には神様しか入れないから、僕は地球のアスリートの守り神だって大嘘ついて出席したんだ。そしたら、僕を蹴飛ばしてった怪物を会議室でみつけたんだ。間違いないよ・・・緑の怪物と緑の守り神、二人は同じ人物だよ」

「ちょっと待って! わたしクレアよ。 風のおじさまの正体は“緑の守り神”ご本人で、ボブと私の頼みを聞きいれて天上の緊急会議を開いてくれたってことね」横から姉のクレアが言葉を挟んだ。

「きっとそうだよ、僕たち生き残りの人類をどうするか、神様達に緊急の会議を要請してくれたんだと思うよ。そりゃ緊急だよな。だってボブや僕たち絶滅寸前だもんな」匠が答える。

「緊急会議だ! 緊急会議だ! 天上はいつでも緊急会議だ」匠の肩の上で、いきなりスモーキーが叫んだ。

「今の変な声誰?」ボブが聞いた。

「僕を助けてくれた天上の案内人、ホワイトスモーキーおじさんだよ」と、匠が紹介する。

「スモーキーおじさん? ぼくボブ、よろしくね。それでと・・・匠兄ちゃん! ボブとクレアが緑の怪物にお願いしたことだけど、会議の結論どうなったんだろ?」

 ボブは肝心の答えを早く聞きたくてもう待ちきれない。

「僕は会議の最後にしか出席してないんだけど、長老会議の結論はもう出ちゃってたんだ」

「結論は出ちゃってた、出ちゃってた・・・」スモーキーがうなった。

 スモーキーが横から匠の言葉をしつこく繰り返すので、恥ずかしくなった匠がスモーキーの口のあたりを掌で押さえた。

 スモーキーが匠の言葉を繰り返すのには訳があった。勝手知った天上の会話に言葉を差し挟みたくて堪らなかったのだが、詐欺師の本性が出て嘘をついてしまうことが怖かった。助けてくれた匠や、仲間の子どもたちを騙して迷惑をかけたくないので、匠の言葉を繰り返すだけでなんとか我慢をしていたのだ。

「本当のところはね・・・」匠が正直に真実を話した。

「僕は会議場の後ろの席に、目立たないように隠れてただけなんだ。待ってよ、会議の結論を思い出してみる。真っ赤な顔の最長老が全員に言い渡した結論はと・・・確か三つあったよ」

 地球の仲間5人と惑星の森のエドの子供たち、星間チャットを囲んだ全員が静まりかえった。

みんなは匠の次の言葉を息を殺して待った。 
  

 匠が 報告を始めた。

××
 ひとーつ、緑の守り神の申し出はだめだった。 
 ふたーつ、ボブとクレアが頑張ったから、緑の惑星テラ3は宇宙の歪みの中を無事に通して やる。何なら、惑星丸ごと地球へ放り投げてやろうかなって。
 みっつ、あとは僕たちの頑張り次第だって。
 ××

「風のおじさんの申し出はだめだったの?」

 ボブが意気消沈して、つぶれたような声を出した。

「緑の守り神が何を申しでたのかは、詳しく言ってなかったけど、長老会の結論として“守り神は同時に二つの命を守ることは出来ない”とか言ってたぞ。いったい何のことだろう?」匠が首をかしげて言った。

「それ、緑のおじさんが言ってたことだよ。森の仕事ついでにお前さんたち人間の命も守ってあげようかなって。人間は守り神まで逃げてしまってとてもかわいそうだからって。人間の守り神も兼ねること、おじさん本気で会議で申し出てくれたんだ」ボブの声が弾んだ。

「でも、だめだったのね」クレアの声はどんと落ち込んでいた。

「でもさクレア、僕らの惑星が天上の歪みの中を通ることは許してくれたんだ! 歪みさえ通り抜けたら地球に帰る道が開かれたってわけだよ」ボブは諦めない。

「そうだよボブ。それから大長老が怖い顔してこんなことを最後に言ってたぞ。この会議で決めたことは宇宙の意志だから永遠に変えられないって」

 黙り込んで聞いていたペトロが思わず叫んだ。

「匠、いま何て言った!大長老が“宇宙の意志”って言ったの?」

“宇宙の意思”はカレル先生がよく使っていた言葉だ。ペトロはその言葉を聞くとなんだか心が押しつぶされそうになる。

「そうだよペトロ!大長老が言ってたぞ。『宇宙の意志は揺らぎがない。ここで決めたことは自然の真理だから決して変えられない』って。それから真っ赤に光る顔で出席者全員を次々に睨みつけていった。そのときだ、会議場の中で僕だけがまぶしくて顔を隠してしまったんだ。それで、大長老に見つけられちゃったんだ。『あそこに顔を隠したやつがおる。ここ天上の会議室に生身が紛れ込んでおるっ』て!」

「見つけられちゃった。見つけられちゃった」スモーキーが繰り返した。

「僕は椅子から飛び上がって逃げたんだ。掴まったら生皮はがれるとこだったよ。スモーキーが助けてくれたおかげで会議場から逃げ出せたんだ」

 匠の報告が終わって星間チャットが沈黙した。

「僕、もう待ちきれないよ」ボブが大きな声を上げた。

「テラ3と地球をくっつける計画っていったいどうやるの? ペトロ兄ちゃんの計画を聞きたくてみんなここに集まってるんだ。惑星テラ3の人口333人、全員ここに集まってるよ」

「さー、ペトロ! エドの子供たちに惑星融合計画、情報発信しましょう!」ハル先生がペトロを指さした。

 ペトロが椅子から立ち上がって匠と交代した。

「こちらペトロ、緑の惑星のみんなに地球からの提案だよ。この計画は匠が持ち返ってきた二つの黒い物質で出来上がったんだ。ハル先生にお願いして二つの物質を調べてもらったら、面白い結果が出た。宇宙の誕生の時に生まれた原始の物質ダークマターとダークエネルギーだ。二つは正反対の性質を持っていた。この二つを採取して活用する。暗号名はダーク・プロジェクト!」

 ペトロが指を一本、憩いよく宙に突き立てた。

「ダークプロジェクト、アクション1! テラ3を歪み経由で地球に引き寄せる!」

「引き寄せよう! 引き寄せよう!」スモーキーがでっかい声をあげた。

 慌てて匠がスモーキーの口を押さえつけた。

 思わず笑ってしまったペトロ、スモーキーを睨んで話を続ける。

「どこまで話したっけ。そうだ、惑星を動かすのには膨大なエネルギーが必要だってこと。エネルギー源はダークマター歪みの壁で決まりだ。歪みの壁は匠が通り過ぎたあと自動修正してもとの形に戻った。無限の形状記憶能力を持った暗黒物質、こいつを宇宙艇で天上まで頂きに上がる。集めたダークマターを細かく砕いてミサイルに詰め、宇宙艇からテラ3と地球の両方にぶっ放して、地下深くまで潜らせる。二つの惑星に埋め込まれたダークマターは、形状を元に戻そうとしてお互いに激しく引っ張り合う。つまりだ・・・“二つの惑星は徐々に近づき始める”・・・筈だ。テラ3は地球の重量の1/1000以下だから、宇宙の歪みを通り抜けた後はスピードを上げて一気に地球に接近する」

 ペトロが腕一杯に広げた両手のこぶしを近づける。

「このままでは二つの惑星は激しく衝突する」

 バン!! ペトロの両手のこぶしがぶつかった。

「スピードを落とさないと、僕たちは終わりだ。ここで匠の宇宙服から検出した第二の物質ダークエネルギー”の出番だ。宇宙の微少な浮遊物質つまりどこにでもある宇宙のゴミだ。驚くなよ、宇宙のゴミ、ダークエネルギーは近づくものを押し戻す力、つまり反重力を持っている。こいつを大量に集めてぎゅうぎゅうに固めておく。テラ3が地球に近づいたとき、真ん中の宇宙空間にばら撒いてやればどうなるか?」

・・・ダークプロジェクト、アクション2だ。二つの惑星は押し戻されて、近づくスピードを急激にダウンさせる・・・

 ペトロが両手のこぶしをぶつかる寸前で止めた。

「ペトロ、その計算ちょっと待ってね。反発する者同士どうやって大量に一カ所に集めておけるの? 反発するから普段は宇宙全体に散らばってるんでしょ。宇宙船に集めたら突っ張り合いの喧嘩になるわよ」マリエが鋭いところを突いた。

 ぐっと詰まったペトロが咄嗟の言い逃れ。

「う~んと・・・喧嘩しないように頭冷やしてやろうか」

「冗談なし!」マリエがペトロの頭を叩いたとき、ハル先生がすごい答えを思いついた。

「ペトロ、それ正解だわ。宇宙のゴミは宇宙船の冷凍庫に押し込んで、急速冷凍で非活性化しましょう。ぎゅうぎゅう詰めでも反発しないようにね」

「ハル先生ありがとう。・・・ということで、あとは接近した二つの惑星をソフトランディングさせる方法だけど・・・」

 ペトロが考え込んでしまった。

「そっとやさしくランディングだよ。うーん、ここんところただいまアイデア募集中だ」

「ただいま募集中だ!募集中だ!」スモーキーが匠の肩から飛び上がった。

「ボブのアイディアだけど、どう~、風のおじさんに頼んで、テラ3から地球に向かって思いっきり風を吹かせてもらおうよ」

“答えは~風に吹かれて~”

 ボブが風のおじさんのテーマソングを歌った。

 「すげーぞ! ボブ、やった! それだ、それだよ! 風を吹かせよう。二つの惑星には大気の層がある。衝撃緩和のゴムまり作戦だよ」

 ペトロがぱちんと指を鳴らす。

「地球に風の対流を起こすためにはと、裕大先輩。この学校の上空に強ーい上昇気流をおこせますか?」  ペトロが裕大に聞いた。

「ペトロ、俺に任せろ。ドームの大気環流装置を動かしてすっごい上昇気流を作ってやる」

  裕大が力強く答えた後で首をかしげた。

「・・でもペトロ、なんでここドームの上で衝突させるんだよ?」

 ペトロがその理由を明かした。

「ダークプロジェクトの最終ステージ、融合する二つの惑星の接点はそれぞれどこか・・・惑星テラ3は森の渓谷を含む一帯。そして地球はこのドームの一帯となる・・・その理由は・・・」 

 全員、沈黙してペトロの次の言葉を待った。

「ボブとクレアの報告から気がついたことだよ。風のおじさんは90 年前の地球でここにいる咲良センパイと遭遇している。ほら、タイム・トリップしてカレル教授に引率されていった東京の北の渓谷。アサギマダラの群生した谷沿いが、このドームができた地域なんだよ。テラ3でクレアの立っていた渓流の岩は咲良センパイの立っていた岩と同じ岩なんだ。虚構の手品師に確かめたら、”二つの岩の位置関係はパラレル宇宙同士の時空のずれ込み現象だ”そうだ。つまり、“ボブたちの緑の惑星は東京のこの辺りから離れていった分身”だってことだ。二つの惑星はここで元の姿に戻る運命なんだよ」

 ペトロが一息ついて話を続ける。

「あとは自然の復元力が働いて、二つの惑星が静かに融合して元通りの地球の姿に戻ってくれるように祈るだけだ」

 ペトロが両手を合わせて付け加えた。

「ボブたち惑星テラ3の333人、僕たち地球の6人と家族・先生の無事も含めて、あとはただ祈るだけだよ」

 マリエが立ち上がって教室の窓に近づき、朝の太陽を見上げて言う。

「二つの惑星の融合がうまくいきますように、天上の神様にお願いして祈りましょう」

 地球の生徒6人が窓際に並んで太陽に手を合わせた。

 緑の惑星のエドの子供たち333人は森の上の太陽に向かって手を合わせた。

“ダークプロジェクトがうまくいって昔の地球に戻りますように。そしてみんなが仲良く一つの家族になれますように。天上の神様のご加護を!” 

 牧師の娘マリエがお祈りをあげた。

“天上の神様のご加護を!” 

 二つの惑星の全員が復唱した。

 宇宙星間チャットは一休みした。教室の黒板の前でハル先生が愛用のナノコンをデスクにおいて、融合計画のシミュレーションを続けていた。

「ハル先生、ダーク・プロジェクトのシミュレーションは計算完了しました?」

 ペトロがハル先生のナノコンを心配そうに覗き込んだ。

「もう一息なのにどうしても計算が終わらないの。あいつのせいよ、真っ赤な顔したあの男がまた私の計算の邪魔してる」

 美人のハル先生が校庭の向こうの空をにらんだ。

「でもね、ペトロ。完璧な計画なんて宇宙のどこにも存在しないのかもしれない」

 ハル先生はそう言うと、カタカタと終わりのない計算を進めて行く。

「完璧な計画なんてどこにもない!どこにもない」

 スモーキーが繰り返して、お喋りチャットが再開した。

「危険は覚悟だ、やろうぜ! やろうぜ!」

 チャットから、緑の惑星の記念碑の前に集まったエドの子どもたちの大合唱が聞こえてきた。

「俺たちも、ここらでケジメつけるか!」

 匠が地球の仲間に尋ねた。

「おー!」裕大とペトロが吠えた。

「やるわよ!」咲良とエーヴァとマリエが拳を上に突き上げた。

「やれ! やっちまえ! やっちまえ!」

スモーキーが匠の肩から跳びあがって叫んだ。

(続く)

後編はここからお読みください。

この世の果ての中学校26章“虚構の手品師と未来を見に行ったら地球は消えていたよ”

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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