この世の果ての中学校24章 “天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

 匠は「アスリートの守り神 地球より来たる」と大嘘を名乗って天上の会議場に潜り込んだ。そこでは宇宙に生きるあらゆる種の「守り神」が集まって緊急会議を催していた。討議は終わり、長老会の結論が出るまでの間、場内の方々で匠に理解できない守り神の言葉が飛び交っていた。

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この世の果ての中学校23章“匠は開かずの扉を開けて守り神の大会に迷い込んだ”

“天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

会議場は、議事堂と裁判所を兼ねた構造で、正面には一段高くなった席が横に一列並んでいる。そこは長老の座る席でいまは誰もいない。

 長老席の前から左右に二列の長い会議用テーブルが後方に伸びて、最後尾は凹型になって繋がっている。前方には、白い法衣を身に纏った判事や弁護士や検事たちが礼儀正しく座っている。彼らの姿は人間に似ているが、正体は定かでなかった。種の守り神でない彼らは、中立の立場を示すために、常に形が少しずつ変化して、違う種の姿に移っていく。

 長いテーブルの後方には、絶滅寸前の動物達の守り神や、生き残っている植物や昆虫の守り神、遠い宇宙からやってきた生き物の代表が会議に緊急招集されていた。守り神と呼ばれる彼らは、むかしは会議場に溢れるほどの数で埋め尽くされていたが、今は空席が目立っている。

 会議は休憩中で、守り神たちはお喋りに忙しかった。匠は騒々しい後方の集団に何気なく近づき、空いている席を見つけて腰を下ろした。守り神達は、迷彩服を着た小さな匠になんの関心も示さなかった。
 
 どんどん!・・・木槌を叩く音が部屋中に響き渡った。

 会議場の奥から数人の長老が現れ、一段高い席に腰を下ろした。場内が静まるのを待って、ひときわ目立つ赤い髪の男が、一枚の書類で顔を隠して立ち上がった。

 ゆっくりと書類を顔から外した男の顔は太陽のように輝き、その光は会議場の隅々を照らし出した。大きなしわぶきをすると長老は書類を読み上げた。その声は朗々と会議場に響き渡った。
      
「本日の会議のテーマに鑑み、人類の言葉で長老会の結論を申し上げる」

 ひとーつ、緑の守り神が人類の守り神も兼ねるという緑の守り神の申し出は受け入れがたい。守り神は二つの種の守り神を兼ねることは出来ない。 

 ふたつ、しかしながら人類の子どもたちのひたむきな努力を尊重して、緑の第三惑星がここ歪みの中を通過して地球に向かうことを許可する。長老会では、神々の力で緑の惑星を丸ごと地球へ放り投げてやろうかと言う乱暴な意見も出た。

 みっつ、神々は余計な手を出さず、人類の子どもたちの知恵と努力次第として、その結果を見守ることとする。

 大長老は長老会の結論を伝え終えた。

「以上だ! 緑の守り神殿! 提案者としてのご意見があれば申し述べられよ!」

 緑色の手足に、緑色の髪の毛、緑の肌の顔を持った男が前方のテーブル席から立ち上がり、最長老に向かって恭しく一礼をした。

「大長老どの、長老会の結論、緑の守り神謹んでお受けいたします」

 匠は最後尾のテーブルから首を伸ばして声の主を確認した。

“あの男だ。間違いない、ハンモックで寝ていた僕を踏んづけていった緑の怪物だ。ボブとクレアが会った風の怪物が緑の守り神様だ。二人の頼みを聞いて緊急の天上会議を開いてくれたんだ”

 
 議長席で立ち上がっている大長老の光り輝く目が、出席者の全員を睨み付けていく。

「何度も会議で申し上げておることだが、ここで繰り返し申し上げる。天上の会議で一度決めたことは決して変えられない、永遠にだ。なぜならそれが宇宙の意志だからだ。宇宙の意志には揺らぎがない。それは常に真理だからだ」

どんどん!

閉会の木槌が打ち鳴らされ、全員が立ち上がって大長老に顔を向けた。匠も慌てて立ち上がったが、大長老の放つ光がまぶしくて手で顔を隠してしまった。

そのときだった。大長老の声が会議場に鳴り響いた。

「天上の会議に生き物が紛れ込んでおる! 一人だけ顔を隠しておる。ほれ!そこにおる」

 大長老の長い指は匠を指し示していた。匠を覗く種の守り神は全員が大長老の光る顔を正視することが出来たのだ。

“生き人は中身を抜き取られますよ!” 

白い煙の忠告を思い出した匠はあわててリュックを担ぎ上げ、扉に向かって走った。

「掴まえろ! 身の皮をはげ」

部屋の四隅から黒い衛兵がばらばらと現れ、口々に叫ぶ。扉の手前で黒い衛兵が二人、両側から匠に追いつき襲いかかった。匠はその場でジャンプして両足で左右斜めに同時蹴りを入れる。一人は顔を押さえ、もう一人は急所を押さえて床に倒れ込んだ。

「出口をふさげ! 扉を入れ替えろ!」

 倒れた衛兵が、呻きながら叫んだ。匠はNO.3 の扉に走り、ドアノブに飛びついた。手前に引っ張って、開けようとしたがびくともしない。扉は既に入れ替えられていた。

「早く! こちらです」

 隣の扉 NO.4が外から開いて、白い煙が顔を覗かせ、匠に手招きをした。匠が扉の外に転がり出ると、煙は電子操作のマスター・キーを使って、5つの扉すべてを一気にロックしてしまった。部屋の内側から衛兵が扉を叩く音が聞こえた。

「扉はこの五つだけ、これでしばらく時間を稼げます」

 白い煙はにやりと笑うと、匠を先導して飛ぶように階段を下っていく。匠も五段飛びであとに続く。歪みの出はいり口に通じる部屋までやってくると、受付役が椅子に座り込んで、気持ちよさそうに居眠りをしていた。

「会議は終了いたしました。お急ぎのご様子なので、アスリートの守り神を出はいり口までご案内して参ります」
 煙が早口で受付役に報告した。受付役は眠そうな顔を上げて匠を確認すると、記帳簿を開いてアスリートの守り神のサインの上に大きくチョンと“お帰り”の印をつけた。

「お疲れ様でした」

 一言、出席の御礼を言って、案内役はすぐに眠り込んでしまった。

「入るときはあんなにややこしいのに、帰るときは愛想なしだな」

 匠が白い煙に囁くと、煙はくすりと笑って匠に聞いてきた。

「それよりお連れする出口の位置を教えて下さいな」

 匠は立ち止まった。少し考えてから、二回頭を掻いた。

「まさか、まさか出入り口の場所を忘れたなんて言わないで下さい。二人とも取っ捕まってしまいます。あなたは中身を取られ、私はなけなしの皮を取られます。技を!アスリートの守り神の技で早く出入り口をみつけて下さい」

 階段の上から匠を探す衛兵の声が近づいてくる。匠は背中のリュックからスペース・ウエアを取り出すと、落ち着いた振りをして時間をかけて身につけた。それからやけくそになって口笛を吹き、ふてくされてポケットに両手を突っ込んだ。

 匠の左手が、なにかを包んだハンカチに触れた。そっとつかみ出してハンカチを開けて見ると、エーヴァにプレゼントする予定のハーフポーションの葉っぱが出てきた。

「なんだ! 鍵をお持ちじゃないですか!」

 煙が安心した様子で匠の次のアクションを待っている。

 匠は緑の守り神になったつもりで、掌を上に向けフーッと一拭きして葉っぱを宙に飛ばした。葉っぱは回転しながら宙を飛び、一点でピタリと静止した。匠が近づいて手で触れると、そこには透明な歪みの壁があった。

「そこですね、出口は!」

 白い煙が嬉しそうに揺れた。

「ここです」

 匠は大きく息を吸い込み、宙に浮かんだ葉っぱに向かって一気に息を吹きつけた。

「そーれ! お前の育った緑の森に帰ってけー!」

 匠が命じると、緑の葉っぱはゆっくりと回転を始めて、透明な壁に鋭い切り込みを入れていった。 小さな暗い亀裂がぽつんと開いて、上下にツツーと拡がった。

「やったぜ!」

 匠は細長い穴に頭から飛びこんで、壁の外に転がり出した。後ろを振り向くと、亀裂の薄闇の中に煙が残っていた。白い煙の一筋が寂しそうに揺れた。

「僕と一緒に来ないか?」

 歪みの外から匠が誘ってみた。

「エッ! 一緒に行ってもいいのですか?」

 白い煙が喜んでくしゃくしゃに身体を縮めた。

「でも、君の中身はどうするの?」匠が聞く。

「置いていきます。こんなチャンスは二度と来ません。いつか気が向いた時に中身を取り返しに戻ってきます」

 そう言って白い煙はひょいと壁の穴をくぐり抜けて天上の歪みから外に出てきた。煙の後ろで壁の穴が閉じていった。

 それまで宙を漂っていた緑の葉っぱが、故郷の惑星テラに向かって飛び立とうと身構えたとき、気がついた白い煙はそっと近づいて葉っぱを呑み込み、腹の中に仕舞い込んだ。

「つぎのために鍵はお預かりいたしました」煙が嬉しそうに揺れた。

「天上の証拠品、僕も一かけらいただきまーす!」

 匠は壁の亀裂の痕から、透明な石のかけらを一つむしり取ってポケットに収めた。

「帰るぞ!」

 気合いを入れ直した匠は、白い煙を自分の宇宙服の中に押し込んだ。それから地球に向かって一直線に遊泳を開始した。

 旅の途中で緑の惑星テラ3のボブとクレアに匠がショートメールを送った。
「発見!驚かないでよ、緑の風のおじさんは本物の緑の守り神だった。詳細はあとでね」
   
 

「元気な小僧だ」

 天上の会議室で監視カメラを見ながら、大長老が大笑いをした。 

「詐欺師も逃がしてしまいました」

 衛兵の隊長が報告した。

「奴は長い間務めた。刑期は今日で終わりにしてやろう」

「そろそろ惑星テラに戻ります。歪みの通行許可は頂いて参ります」

 緑の守り神が大長老に挨拶をして席を立った。

「一度決めたことは永遠に変えられない。だが人類の子どもたちのひたむきな努力が幸運に恵まれるように、俺たちも祈ろう」

 大長老は顔を真っ赤に輝かせると、緑の守り神とともに宇宙の太陽に向かって祈った。

 匠は四つの昼と三つの夜を休みなしで泳ぎ抜いた。

 三っ目の夜、匠は宇宙のゴミの山に迷い込んでいた。微少な黒い物体が至る処に浮遊していてスペース・ウエアにぶつかり、匠の遊泳のスピードを落とした。ポケットに入れておいた歪みの壁の石が、黒い物体に反応して激しく動いた。匠の身体はゆっくりと回転しながら飛ばされていった。

「もうちょっとや、匠、頑張らんかい!」身体の中ではぐれ親父の声が匠を励ます。

 ドームの中、学校の校庭の中央に男が一人空を向いて立っている。しわだらけの絣の着物を身につけ、大きな下駄を履いて、木綿の手ぬぐいを首に巻いた無精ひげの男だ。

 匠の姿が夕陽の中に黒い点となって現れた。疲れきった匠はスピードを制御することができない。匠の身体はドームの天蓋を斜めに突っ切り、隕石のようにまっすぐ校庭に向かって落ちた。

 男は匠の着地点を目指して走り、足を踏ん張り、大きく両手を拡げた。落ちてきた匠の身体は逞しい男の腕でがっちりと受け止められた。

「ようやった。ようやった!」
 はぐれ親父は匠を抱きかかえ、校舎に向かって歩き出す。教室で待ち構えていた5人の生徒たちが校庭にかけだしてきた。

「あとは頼むわ」

 親父は裕大とペトロに匠を預けると、下駄の音を校庭に響かせて姿を消した。 校門の前で匠のママが心配そうに待っていた。

「匠は大丈夫ですか?」小さな声でママが聞いた。

「俺とお前の息子だ。一晩寝たら、元通りだ」はぐれ親父が答えた。

 裕大とペトロは匠を二人で抱き抱え、医務室に担ぎ込んだ。埃だらけのスペース・ウエアを脱がして、匠の体をそっとベッドに横たえた。咲良とエーヴァとマリエが、眠り込んでいる匠に毛布を掛け、枕を首の下にそっと押し込んだ。

 五人は心配そうに匠を取り囲んだ。

 ベッドのそばで一筋の白い浮遊物体が心細げに揺らいでいた。

「あなたはなにもの?」エーヴァが煙を見つけて、そっと近づいた。

 旅の間、匠に必死でしがみついていた白い煙は疲れきっていた。“煙”は目の前に柔らかそうなエーヴァの肩を見つけて、ここで一休みと決め込むと、断り無しにふわりと腰掛けた。

「きゃっ!」エーヴァの上げた悲鳴に、驚いた煙は宙に浮かんだ。

  横にいたマリエが素早く白い煙を掌に乗せた。

「白い煙さん、あなたはどこから飛んで来たの?」

 煙はしばらくは口を開かないことに決めていた。久しぶりの地球で一度口を開くと詐欺師の本性が現れてまたまた嘘八百、何を言い出すかさっぱり自信が持てなかったからだ。騒ぎで目を覚ました匠がベッドに起き上がると、煙は安全な匠の肩の上に飛び移った。

「えーっと、みんなに紹介するね」

 寝ぼけ眼で話し始めた匠は言葉に詰まった。“元詐欺師”とは言えないし、“中身を抜かれた薄皮おじさん”では失礼だ。

「天上の案内人、スモーキーおじさんだ。天上で皮をむかれそうになっていた僕を、助け出してくれたんだ」匠得意の口から出まかせだった。

「天上の案内人『ホワイト・スモーキー』と呼んで下さい」

 白い煙が匠の肩の上で自己紹介をした。

「そうだ、ペトロにプレゼントだ」

寝ぼけ眼の匠がベッドの側に置いた宇宙服のポケットを探り、中から透明な石を取り出してペトロに手渡した。

「ペトロ、これ目にみえない不思議な石だ。ここにあるのにほら“薄闇”にしか見えない。宇宙の果ての歪みの壁の“こぼれ”だ。それと僕のスペースウエアに付いてる宇宙の浮遊物質を拭き取って分析してほしい。不思議だよ、透明な石と宇宙の埃の二つは相性が悪くていつも反発してる。こいつら何者か正体が知りたい。それから、見つけたんだ。緑の怪物と天上の会議場の長老たち!でもその話は長くなるから明日にするよ」
 

 任務を終えた匠はもう一度ベッドに横になり、肩の上にホワイトスモーキーを乗せたまま大きないびきを掻いて眠りに落ちていった。

(続く)
 

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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