過去から未来にやって来た科学者八人の愛する家族は、闇の手に連れ去られて暗黒宇宙に消えた。
会議場の空間に、焦げ付いた色の地球儀だけがぽつんと浮遊していた。
・・虚構の手品師が映し出した映像はなにを意味しているのか?
家族の安否を確かめたくて、科学者たちは会議場の中を手品師の姿を求めて、探しまわった。
しかし、手品師の姿は黒いコートとともにどこかにかき消えてしまった。
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この世の果ての中学校 15章 “過去からの訪問者の家族は暗黒宇宙に消えた”
「俺たちの家族と、虚構の手品師はどこに消えた? 無責任な手品師に代わって、このふざけた映像の意味を説明していただきたい!」
家族を闇に掠われ、激怒した副団長が腰を半分浮かして、目の前に座っている校長とカレル教授を上から睨みつけた。
返答に困ってしまった校長先生は、となりのカレル教授に助けを求めた。
カレル教授は校長先生に軽く頷いて立ち上がり、手品師の映像の意味するところを話した。
「私の推測ですが、手品師が映し出した映像は、私たちのこの世界の過去を映し出したものだと思われます。
映像の指し示す結論は、まことに申し上げにくいことですが、“この世界における皆様のご家族は悲劇的な結末を迎えられた”ということになります。
言うまでもありませんが、訪問団の皆様方も、この世界では、ご家族と同じ結末をすでに迎えられているということです」
副団長からうめき声が漏れたが、カレル教授は意に介せず話を続けた。
「いま私にできることは、あの映像が皆様方の世界の未来を映したものではないことを祈るだけです。
手品師は訪問した世界にしばらく残って、自分自身の痕跡をすべて消し去ってから戻って参ります。
私の説明で不十分なら、後ほど手品師本人に質問されて、映像の意味を確認されればいかがでしょうか?」
カレル教授は冷たく言い放って腰を下ろした。
副団長の顔から血の気が引いた。
副団長と科学者の全員がようやく手品師と教授の意図に気がついたようだった。
手品師は自分たちの世界の残酷な破滅をみせつけることで、訪問者に警告を発してくれているのだった。
この映像こそ“あなた方の未来かもしれない”・・と。
目が覚めたように、科学者はそれまでの態度を一変させた。
「この世界の地球環境がいつ頃からどのような変化を見せたのか?」
科学者は、真剣に詳細な記録データをほしがった。
特にほしがったものは、自分たち科学者グループの記録データだった。
自分たちはどんな研究をして、どんな成果を上げたのか?
質問と答えが交錯して、飛ぶように時間が過ぎていった。
難しい専門用語が飛び交って、科学者同士で激論がはじまった。
・・ペトロとマリエには話の内容が理解できなくなったが、どうして議論しているのか、議論の目的は分かった。
地球がこんな荒れ地だらけになったのは、いったい誰の責任だと、科学者の間で責任の押し付け合いが始まっていたのだ。
そんな中で、ただ一人ドクター・マーカーだけは腕組みをしたまま、不機嫌きわまりない表情で沈黙を守っていた。
ゲスト席の端っこでは、科学者たちからほったらかしにされたハルちゃんとカレル君が、発言のチャンスが巡ってくるのをじっと待ち続けていた。
・・マリエとペトロは、偉い科学者の専門的な質問なんかより、ハルちゃんとカレル君がどんな質問をするのか早く聞きたくて仕方がなかった。
“ なんてったって視察団の本当の団長はハルちゃんとカレル君だ”
・・二人は、21世紀のカレル家の庭でカレル先生と話していた秘密の話の続きを質問するはずだ。
その質問の答えを聞くことが、きっと今回の“過去からの訪問”の目的のはずだ。
・・画面の中のハルちゃんが質問したくてうずうずしている。
カレル君がいらいらし始めた。
「ハルちゃん、頑張れ!」
たまりかねたマリエが画面のハルちゃんに大声かけた。
マリエの声が聞こえたように、カレル教授のポケットの中で、スマホが “ジャン!”と鳴った。
取り出したスマホに耳を傾けた教授の顔色が変わって、出席者に電話の中身を知らせた。
「訪問団の皆様、手品師から緊急連絡が入りました。
暗黒宇宙と接触したために時空の嵐が起こり、皆様を守っている過去からの結界が吹き飛ばされる危険が出てまいりました。
手品師が応急処理を済ませましたが、皆様方の旅の安全が保証できなくなっています。
残り時間も少なくなりました。
質問がまだの方はどうか急いでください」
そう言い終わると、カレル教授はハルちゃんに早く質問するように目で合図を送った。
・・あの電話、きっと、ハルちゃんに質問させるためのカレル教授の一人芝居ですよ・・
ハル先生がクスクス笑いながらナレーションを入れた。
「カレル教授に質問です!」
ハルちゃんとカレル君がさっと右手を上げて、同時に椅子から立ち上がった。
顔見合わせて、ハルちゃんが代表で質問をした。
「カレル教授、先生の見解を正直にお聞かせ下さい。過去から来た私たちの未来もこの世界のようになってしまうのでしょうか? これは私たちが、どんな努力をしても避けられない運命なのでしょうか?」
「やった!」
マリエとペトロが歓声を上げた。
ついにハルちゃんが決定的な質問をした。
それはどの科学者からも出てこなかったもっとも重要な質問だった。
ハルちゃんとカレル少年はすでにその答えを知っていたのだ。
しかし、過去からの科学者たちに未来の人から直接その答えを聞かせる必要があった。
・・そのためにはるばるここまで来たのだから・・
カレル教授は訪問団に向かってゆっくりと答えた。
「ハルちゃん、そしてカレル君、君たちの世界はこんなことにはならないと信じています。
そのために本日の視察を企画して、先生方を招待申し上げたのですから。
私たちと皆さんの世界は平行した異なる世界なのです。
それぞれが時間軸の違うレールの上を走っています。
虚構の手品師にも、皆さんの未来をお見せすることは出来ません。
なぜなら未来はみなさんご自身の選択によってその姿が変わるかららです。
未来がどこへ行き着くかは、皆さんドライバーの運転次第でしょう。
未来は皆様の手の中にあるのです」
教授の答えを聞いた科学者たちが、家族の顔を思い起こしながら胸をなで下ろした。
・・その時だった。
カレル教授が急にカメラに視線を向けて話し出した。
その声は、ペトロやマリエやベッドの中の六人の生徒に話しかけているように聞こえた。
「私たちはわたしたちで未来を切り開いて参ります。私たちの大事な生徒たちも必ず自分たちの手で未来を切り開いてくれるものと信じております」
ペトロとマリエは気がついた・・先生は本気で僕たち六人に話しかけている。
二年も前からこうなるように仕掛けていたのだ・・と。
・・記録映像は続いた。
それまで無言で腕組みをしたまま一言も口を挟まずに黙り込んでいたドクター・マーカーが、団長席からいきなり立ち上がって、発言した。
「ところでカレル教授、そこまで分かっていながら、この世界の人達を誰も彼も暗黒宇宙とかに送りこんでしまって、あなたはまるで他人事のように話しておられる。一体あんた方、科学者や政治家はこの責任をどうやって取るつもりだね。そこんところは同業の責任者として是非ともその口から直接この場で聞いておきたいもんだ」
団長の野太い声が会議場に響きわたり、ゲストもホストも全員が凍り付いた。
沈黙の中、カレル教授と団長の二人はテーブルの中央で睨みあった。
最初に口を開いたのはカレル教授だった。
「校長先生! 会議室の灯りをすべて消してください」
校長先生は急いで議長席のサイドに付いた操作パネルを開いて、会議場の全照明の電源スイッチに手を伸ばした。
「私達の姿を見ていただこう!」
教授の声と共に、広い会議場は真っ暗闇になった。
「あっ!」
ゲスト席のあたりから科学者の小さな悲鳴が漏れた。
彼らの目の前、先生達が座っていたホスト席の暗闇に青い火の玉が五つ浮かび上がって揺れていた。
真ん中あたりの火ノ玉が喋った。
カレル教授のものらしい声が、暗闇に弦をならすように震えた。
「いまさら・・なにを申し上げても言い訳にしかならないが、私たちは人間も自然の一員であることをすっかり忘れてしまったようだ。
自然は脆く、壊れやすい、天からの頂き物だった。
地球の温暖化が進み、山や、森や、畑から緑がどこかへ消えていった。
まるで人類に愛想を尽かして、地球から逃げだしていったみたいだった。
気が付いたら食料が枯渇していた。
私たちは遺伝子操作による食料の増産に務めて、かなりの成功を収めたように見えた。
しかしある日、自然からの復讐が始まった。
“ゲノムの逆襲”だ。
ある日、被捕食者が捕食者を襲った。
食料として食ったものが、内側から人を襲った。
それは我々には防ぎようがなかった。
仲間がやられ、私もやられた。
そして人類は終末を迎えた。
神に選ばれた六人の子どもたちを残して、地球には誰もいなくなった」
・・私達は、これからも黄泉の国と往復しながら、残された子供たちが自らの未来を切り開いてくれるように、生存のエネルギーが尽き果てるまで贖罪の旅を続けていくつもりです・・。
声が闇に散り、会議場の照明が戻された。
校長先生も、カレル教授も、咲良のママも、裕大のパパも、何事もなかったような顔をして席についていた。
後には帰ってきた虚構の手品師の姿が見えた。
ドクター・マーカーの心臓が脈打った。
“黄泉の国と往復しながら”贖罪の旅だと?
青い火の玉の残した最後の言葉がドクター・マーカーの胸を差し貫いた。
・・なんということだ・・
この人たちは命を失っている。
魂だけの存在となって、なお贖罪の旅を続けているのか・・
ドクター・マーカーはその場で立ち尽くし、震えた。
・・許してくれ、カレル教授!
私は・・自分の失敗を君の姿の中に見てしまって、君を責めた。
あげくの果てにとんでもない質問をしてしまった。
なんともお恥ずかしい限りだ・・。
深々と頭を下げたマーカー博士は、そのまま前のテーブルを押し分けてカレル教授に駆け寄った。
二人はがっちりと抱き合った。
しばらくして顔を見合わせ、ほっぺたを叩き合った。
「成長したな、カレル坊や!」
「ちっとも変わらんな、くそ親父!」
二人はまるで旧知の喧嘩仲間のようだった。
・・ハル先生がすかさずナレーションを入れた。
「二つの世界のどちらでも、マーカー博士とカレル教授はお互い科学者として論戦しながら、一方では尊敬し合ってきたライバル同士だったのです」
・・教授と団長が抱き合っている姿を、近くで眺めているハル少女とカレル少年の幸せそうな表情が、映像にアップされた。
「あれッ! ハル先生、ハルちゃんのこのコスチューム、めちゃ可愛いけど、どっかで見たことあるぞ」
これマリエの声。
こんな大事なときにいったいなにごと?
ペトロが画面のハルちゃんをよく見ると、確かにどこかで見た記憶が・・。
真っ白いスラックス。
ピンクのTシャツにグリーンのジャケット。
足もとピンクのスニーカー。
「マリエ聞いて! 過去からやってきたハルちゃんのこのファッション見て、カレル先生なんて言ったと思う。また初恋しちゃったですって。私、動揺したわ」
これハル先生の声。
「そっか、ハル先生、昔の自分に焼き餅焼いたんだ」
「悔しいから、私たち花の四人組の宇宙服にデザイン盗んだってわけ」
「一日でぼろぼろになっちゃったけどね」
マリエとハル先生、揃ってクスクス笑った。
「そろそろお別れの時間です」
虚構の手品師がコートの中のマスター・ウオッチに手を伸ばした。
「カレル教授、科学者としてやってはならないことのキーポイントを教えていただけないだろうか?」
マーカー博士がカレル教授に別れ際の質問をした。
「それは生き物の尊厳を奪うことだと思う」
カレル教授は不思議な体験を思い出したのか、虚空を睨んで声を落とした。
「人類は命あるものすべてと共生していく道を探さない限り、いつかは自然からの逆襲に遭う。彼らからではなくて、彼らを見守っているもっと大きな存在からだよ。それは我々の理解を超えた宇宙の意志みたいなものだと思うのだが・・・・」
ペトロは教授の最後の言葉を聴き取ろうとしたが、その声は次第に小さくなっていった。
過去からの訪問の時間が、契約の期限を迎えようとしていた。
カレル教授が慌ててカレル少年とハルちゃんに駆け寄って、二人を両手で胸に抱きしめていた。
映像画面が白っぽくなって、最後にぷつんと消えていった。
・・
「侵入者が国会図書館にいるようです!」
数人の叫び声が図書館の入り口から聞こえてきた。
ペトロとマリエはあわてて椅子から立ち上がった。
(続く)
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下條 俊隆
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