この世の果ての中学校16章“深夜の生徒会議”

「侵入者が国会図書館にいるようです!」 

「なにものだ? 出てこい!」

 数人の叫び声が図書館の入り口から聞こえてきた。

 ペトロとマリエはあわてて椅子から立ち上がった。

 脱出に成功した二人は、黄泉国行きの黄色いバスが校庭に着陸しているのをみつけた。

 バスの中には二人のママが仲良く座っていた。

 (前回のストーリーはここからどうぞお読みください)

この世の果ての中学校15章 “過去からの訪問者の家族は暗黒宇宙に消えた”

 16章“深夜の生徒会議”

 秘密のPTAは終了していた。

 パパやママが国会議事堂から踊り場に出てきて、となりの国会図書館に照明が付いているのに気がついたみたいだ。

 図書館の出口は一カ所だけで、二人の隠れるところはどこにもない。

「やべーな! これじゃ葉隠れで姿消しても、だれかとぶつかっちゃうよ」

・・スパイ諦めて、二人でいさぎよく自首して出ようか?・・ペトロがマリエに聞いた。

・・だめよ、そんなことしたら、咲良ねーちゃんやエーヴァにぶん殴られるわよ・・マリエが首を横に振った。

「そこにだれかいるのか?」

 パパたちが、ばたばたと図書館のエントランスに入り込んで来た。

  二人はあわててデスクの下に隠れた。

“チチッ!”

 マリエが葉隠れの葉っぱを上着のポケットから取り出そうとしたとき、マリエの上着の中で鳴き声がした。

「ペトロ! いいこと思いついたわよ」

 そういって、マリエが上着の裾から黒くて細長い生き物を引っ張り出した。

「ゴルゴン! 緊急事態発生よ。エントランスまで走って行って、あなたの最終兵器を思い切りぶっ放してらっしゃい」

・・“ゴルゴンは臭くってとても食べられない”ってみんなに思わせるのよ・・。

「いいわね、いくわよ!」

 マリエがゴルゴンのお尻をパチンと叩いた。

“チチッ!”

 ゴルゴンは小さな目を二、三度瞬いてから、エントランスに向かって勢いよく走り出していった。

「はい、これパパからもらった匂い消し。しっかり吸い込んでおくの・・」

 マリエは首に架けたお守りから乳香スプレーを取り出すと、ペトロと自分の鼻に“シュッ!”と振りかけた。

“ぎやーっ!”

 踊り場から悲鳴が聞こえてきた。

 パパやママたちが初体験の悪臭から逃れようと、廊下を走り回っていた。

「大変! 図書館にスペース・イタチが入り込んでいます。イタチの最後っ屁です! 皆さん急いで校長室へ引き上げてください」

 ヒーラーおばさまの叫ぶ声が聞こえて、パパやママの悲鳴と足音が遠ざかっていった。

 ほどなくあたりは静かになった。

 ペトロとマリエは小さな声でハル先生にお礼を言ってパソコンを閉じ、踊り場に出た。

 二人は誰もいなくなった石畳の通廊を、遠くにかすんでみえる小さな明かりを目指して上がって行った。

 灯りは校長室から漏れていた。

 開いたままのタンスの隙間をすり抜けて校長室に戻ってみると、部屋は電気がつけっぱなしで、誰もいない。

 校長室の床の上にゴルゴンが仰向きに寝そべって二人を待っていた。

 ゴルゴンの得意そうな顔を見たマリエが“クスッ!”と笑って、ご褒美にお腹を撫でてあげた。

 校長室の電気を消して廊下に出ると、辺りは静かで人の気配がなかった。

 二人はとなりのカレル先生の居室をそっと覗いてみた。

 部屋の片隅で、魔法瓶のキャップがチカチカとまばたいていた。

 二人はベッドルームでぐっすりお休み中のカレル先生に黙って頭を下げ、部屋を出た。

 廊下の破れ目にやってくると、ゴルゴンが長い尻尾を振って、二人にお休みの合図をした。

「ありがとう。じゃ、またね」

 マリエとペトロはゴルゴンにお礼を言った。

 夜の長い散歩を終えたゴルゴンは、“チュッ!”と一声叫んで、嬉しそうに破れ穴の中に飛びこんでいった。 

 時刻は一二時を過ぎていた。

 廊下にも、教室にも、校長先生やパパやママの姿はなくて学校中が静まりかえっている。

「ペトロ! あれ見て!」

 マリエの声が静寂を破った。

 廊下の窓越しにマリエが校庭の砂場を指さした。

 砂場の横のスペースに、見覚えのある黄色いバスが、月明かりの中で浮かび上がるように止まっている。

 バスの窓越しに、マリエのママとペトロのママが仲よく並んで座っているのが見えた。

 校長先生とヒーラーおばさま、それにパパやママたち、秘密の三界会議を終えた11人の大人たちが全員バスに乗り込んでいた。

「発進しまーす!」 

 運転手の声が風に乗って二人の耳に届いた。

 「行ってらっしゃーい!」

 マリエがそういったので、ペトロも思わずバスに向かって手を振った。

 マリエとペトロは手を繋いで、黄泉の国行きのバスを廊下の窓から見送った。

 黄色いバスは校庭から空に舞い上がり、スピードを上げると、あっという間に夜空に消えていった。

・・ペトロとマリエは校庭を横切って、正面の門を開け、小高い丘につながるいつもの小道に出た・・。

 門の蔭から声がした。

「ずいぶん待ったよ」

 すぐ近くで匠の声がして、マリエとペトロは飛び上がった。

 黒い影が四つ立ち上がった。

 咲良とエーヴァ、裕大と匠が校門の蔭で二人が出てくるのを待っていた。

「お疲れ様でした」

 年長の咲良が二人にねぎらいの言葉を掛けた。

「ママやパパ、黄色いバスに乗ってくの見た?」

 マリエが誰にともなく尋ねた。

 みんなはもう一度黄色いバスが消えていった夜空を眺めた。 

 見上げる咲良の目が潤んできらきらと輝いていた。

「ここからはっきり見たわよ。

みんな月の光を浴びて、きれいに輝いて仲よくバスに乗り込んでったわ。

私、感動しちゃった」

「中継放送はみてくれた?」

しばらくしてマリエが話題を変えた。

「国会中継も、ハルちゃんのかっこいいシーンも、スマホでちゃんと見たわよ。

 こんやはパパもママも留守だし、もう興奮しちゃってとても眠れそうにないな・・みんなこれから・・どうする?」

 エーヴァが着込んできた厚手のセーターを派手に腕まくりした。

・・秋の夜の冷気が身体を突き抜けて、六人の生徒たちの気分は冴え渡っていった。

「俺たちも生徒会議やろうぜ!」

 匠が緊急の提案をした。

 生徒会長の裕大がすぐ結論を出した。

「明日は学校休みだからさ、俺たちきっと朝寝坊すると思って、パパとママは油断するぞ。間違いなく、明日はゆっくりの朝帰りだ。俺たちの時間はたっぷりある。今から一番近い家に行って、日が昇るまで打ち合わせしよう。・・近いのは俺の家だ・・」

「ちょっと待ってよ。一番近い家はと、そりゃーもう、僕のマイ・ワールドで決まりだ」

 ペトロがポケットからマイワールドのキーを取り出した。

「なんてったって、ここが神殿の入り口だもんね」

 ペトロの神殿につながる風船ゲートがプーッと開いて、みんなを誘っていた。

 ペトロはマイワールドをリフォームしていた。

 改修されたペトロの神殿は議事堂と違ってとても明るく、暖かくて機能的、その上護衛官に兵隊まで付いていた。 

・・「子供たちの会議が始まったようです。ペトロの神殿に6人が集合しています」

 咲良のママが黄色いバスの中で深夜の生徒会議の中継を始めた。

 実は、ファンタジーアの女王にはファンタジーアの中にあるペトロのマイワールドは自分の心の中にある一つの情景として、手に取るように見えていた。 

「あら! もうパパやママには自分たちの未来を任しておられないと全員が言ってますわ」

 パパやママが、バスのシートから歓声を上げた。

「あの子たちはついに、立ち上がりました。今夜の子供たちへの仕掛けイベントは大成功のようでございます」

 咲良のママが報告を終えると、代わりに裕大のママが立ち上がった。

・・それでは、今夜の表彰式に移らせていただきますね・・

「本日の演技賞は、なんと言いましてもあのいかにも頼りなげで、投げやりな答弁で子供たちの自立心を駆り立てられた・・我らが校長先生に差し上げたいと思います」

 裕大のママは、黄泉の国に向かう途中でお腹の空いた人のために用意した手作りの特大ケーキを持ち出した。

「オッホッホー、裕大ママ、そのケーキは私が頂きますわ。

 総理の答弁、あれは演技ではございません。

 あれは地のままでございます。

 主人に代わりまして大臣早変わりの演技で、その賞は私が頂戴いたします」

 隣のシートでいびきをかいている校長先生を横目に、ケーキには目のないヒーラーおばさまがついにその正体を現した。

 ヒーラーおばさまの真の姿は、日本国最後の総理大臣の奥様、万能のファースト・レデイー・・かっては影の総理と言われた女性だった。

 夜も更け、ペトロの神殿で始まった子供会議の様子にひと安心したママとパパたちは、子供たちより一足先に、黄色いバスのシートでお休みのひとときとなった。

・・深夜を過ぎて、ペトロの神殿で続けられている生徒会議は、意見が方々に飛び散って、収拾が付かなくなっていた。

「お手上げだ! ペトロ! 適当に・・間違った!・・なんとかうまくまとめてくれないか」

 疲れきった裕大がペトロに頼みこんだ。

「それじゃ、まず一人ずつ簡単に結論を述べよう!」

 ペトロが立ち上がって全員に尋ねた。

 「眠たい」「腹減った!」「お腹空いた」「喉渇いた」

 マリエと匠とエーヴァと咲良が同時に答えた。

 ペトロは自分の影を呼びつけて何事か頼んだ。

 まもなく、リニューアルした厨房から、焼き上げた非常食用のクッキーと熱いコーヒーの香りが漂ってきて、みんなは目を覚ました。

「それじゃ、もう一度元気を出してみんなでまとめてみようよ」

 ペトロがサッと手を一振りすると、空中に電子黒板が現れた。

 ペトロは右手で熱いコーヒーを一口飲んで、左手に持った電子ペンでボードにテーマを書き込んだ。

【カレル教授とハル先生が僕たちに伝えたかったこと】

「テーマはこれに絞るよ。それじゃ、順番に思いついたポイントを一つずつ言うことにしよう。まず生徒会長の見解をどうぞ」 

 ペトロが裕大を指さす。

「やるべきことの第一、それは環境を守ること。やってはならないことは生き物の尊厳を奪うこと。カレル教授が別れ際にドクターにそう言ってたぞ・・うーんと、一言で言えばだ・・むやみと食べ過ぎない、それから食べ残しをしないことだと思うよ」

【食べ過ぎない、残さない】

ペトロがまとめてボードに書いた。

「生き物たちと仲良くすることだと言ってたわ、でないと逆襲されるって・・命を失ったホラーがダークサイドから出てくるのよ」

 咲良がファンタジーアの王女の見解を述べた。

【生き物と仲良くする。でないと暗闇から逆襲に遭う】

 ペトロがボードにまとめる。

「大事な緑が逃げだしたのは、ほんとにあっという間だったよ。ぼくの田舎の庭の柿の木もアッという間に枯れちまったもんな。あの頃食い物なくなって毎日腹減ったよ。地球の緑、奪ったの誰の仕業だ」

 匠が怒りのパンチを空に突き上げた。

【地球の緑は瞬時にいなくなった。誰の仕業だ!】

 電子ペンを持つペトロの左手が踊った。

「荒れ果てた地球と違って、惑星テラには緑がいっぱいあったわ。小さなボブもクレアも元気にしてるかしら」

 小さなエドの家族を思い出したエーヴァの目が、潤んだ。

【地球は荒れ地、テラには緑!】

 ペトロの目も潤んでいた。

「生き物を見守ってる大きな存在が怒ったのよ。きっとそうよ」

 マリエは両手を合わせて祈っていた。

 ペトロが最後の一行を加えた。

【大きな存在が我々に怒っている】

 みんなは眠い目をこすりながら、ボードを見上げた。

 何のことか分からなくなって、ペトロは頭をかしげた。

 かしげたついでに、電子ボードのコメントを上から順番に大きな声をだして読んでみた。

・・食べ過ぎない、残さない→生き物と仲良くする。でないと暗闇から逆襲に遭う→地球の緑は瞬時にいなくなった。誰の仕業だ→地球は荒れ地、テラには緑→大きな存在が我々に怒った・・

 タイムラインがつながって、問題の核心がほの見えてきた。

「でも、大きな存在っていったい何者なんだ!」

・・マリエ、大変だ! 犯人が見えてきた・・

 ペトロが頭の中で叫んだ。

「あーと三年、あと三年」

 寝ぼけ眼のマリエがまたあの歌を歌っている。

  裕大のいびきが聞こえてきた。

 ペトロの影が、眠り込んだ裕大の肩を優しく揺すった。

「裕大! もうすぐ夜が明けます」

 生徒会長が目を覚まして、寝ぼけ眼で閉会を宣言した。 

「今日はこれでブレイクしようぜ! つぎはアクション・プランだ!」

・・六人はペトロの神殿を出て、風船ゲートをくぐり抜け、学校の門の前に戻った。

 そして、明るくなってきた東の空を眺めて、パパやママが黄泉の国から戻る前に家に帰り着こうと元気に掛けだしていった。

 (続く)

続きはここからお読みください。

 ペトロはカレル先生に相談したいことがあって個室を覗いた。ドアをノックして部屋に入ると、黒いコートを着た背の高い男がデスクに座っている。「やー、ペトロ、こんなところでどうした?」 真っ黒で表情のない仮面がペトロを見つめていた。それは虚構の手品師だった。  

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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