この世の果ての中学校17章“虚構の手品師と秘密の技”

  
 深夜の生徒会議の翌日、ペトロはカレル先生に相談したいことがあって、先生の個室を覗いた。 

 部屋のドアをノックすると「どうぞ」という返事があった。

 ドアを開けて部屋に入ると、窓際のデスクに黒いコートを着た背の高い男の人が座っている。

 男はゆっくりと後ろを振り向いた。

「やー、ペトロ、こんなところでどうした?」

 真っ黒で表情のない顔がペトロを見つめていた。

 黒い仮面とくぐもった声、ペトロの憧れのスーパー・スター、虚構の手品師だった。

(前の章のストーリーはどうぞここからお読みくださ)

この世の果ての中学校16章“深夜の生徒会議”

この世の果ての中学校17章“虚構の手品師と秘密の技”

「あれっ! 手品師のおじさんじゃないですか。カレル先生にどうしてもお聞きしたいことがあってやって来たのですが、先生はお出かけのようですね」

「教授はご不在だよ、私もカレル教授を探してやって来たのだが姿が見えないんだ。そうだペトロ、教授が現れるまで、私でよければ相談に乗りましょうか」

  ペトロは 一度虚構の手品師に会ってどうしても秘密の技を聞き出したいと思っていた。

 もちろんタイムトラベルの秘術だ。

・・これって絶好のチャンスだ・・

 ペトロは椅子を探して、手品師のデスクのそばに運んでいった。

 それから、椅子の背を手品師の方に向けて座り込んだ。

 椅子に逆さまに座って、腕を背もたれに乗せると、ペトロの頭は素早く回転を始め、気持ちもどんと落ち着いて来る。

 ペトロのすぐ目の前に手品師の仮面があった。

「私の顔は、無気味かな?」手品師がペトロに聞いた。

「黒い仮面ぐらい、僕は平気ですよ」
 手品師の気持ちを気遣ったペトロは、何気なく話題を変えた。

「手品師のおじさんはどんな嫌なことがあっても、コートの下のマスター・スオッチをちょっと操作しただけで、過去でも未来でも好きなところに行って、楽しく過ごせるのでしょう? 手品師のおじさんは怖い物なしですね」

 手品師の黒い顔がにやりと笑った。

「とんでもないよペトロ。私にも怖い物はいっぱいあるんだよ。一番怖い物、それは自分の過去だ。自分が経験した本物の過去には二度と行くこともできないし、やり直すこともできない。でもペトロ、良きにつけ悪しきにつけ、過去は二度とこないからこそ、この世で一つしかない貴重な思い出になるんだ」

「おじさん、それって話が矛盾してますよ。それじゃこの前、課外授業で連れて行って頂いた昔の東京、あれは一体何だったのですか? カレル先生は何度かカレル少年とハルちゃんに会っているみたいだし、あの東京は虚構で旅はマジックだったなんてふざけたこといわないで下さいよ」

 手品師が首を横に振った。

「虚構でもなくて、ふざけてもいないよ。あれは現実に存在する別の世界だよ。私たちの過去の世界ではなくて、今同時に存在する別の世界だ。いいかなペトロ、現在という時空に存在する世界は無数にあって、少しずつ時間軸がずれ込んでいるんだよ」

「うーん!」

ペトロが唸って、考え込むのを見て手品師は付け加えた。

「あの東京はこの世界の過去ではなくて、時間軸のずれた別の世界の東京を覗いていたんだ」

・・想像してごらん。ペトロの右手には過去の世界が、左手には未来の世界がいくつも存在している。世界は幾層もに切り立ったバウムクーヘンみたいなもので、時間がずれ込んだ無数の平行世界が、同時に未来へ進行しているんだと・・

ペトロは頭の中でバウムクーヘンの世界を想像してみた。

だけど無数の平行世界のイメージなんかは出てこなくて、焼きたてのバウムクーヘンのうまそうな香だけが頭に漂ってきた。

「僕の右手と左手の先にはそのうまそうなバウムクーヘンはいくつ位あるのですか?」 

 ペトロの質問に、手品師の仮面が笑った。

「世界は無数で無限に存在するよ」

 手品師の仮面が答えて、ペトロの頭は無数のバウムクーヘンで溢れかえってきた。

「バウムクーヘンが無数にあるというのは分かります。でも無限のバウムクーヘンって、どういうことですか」

 ペトロの質問に答えて、手品師は両手でバウムクーヘンの形を宙に描いた。

 ペトロ、君は今、独立した幾層もの平行世界の真ん中にいると想像してみよう。

 次に平行世界を、ガラスでできた透明な串で横から串刺しにしてみよう。

 ではペトロ、やって来たガラスの串の中に入ってみよう。

 ペトロは串のちょうど真ん中にいる。

 そこから左の方に行けば少し未来の世界が、右に行けば少し過去の世界がガラス越しに見えてくるはずだ。

 もしも左の未来を覗いて帰ってきたペトロが、その未来を参考にして、新しい行動を起こしたとする。

 その行為は新たな世界を創りだすことになる。

 世界が一つ増えるのだよ。

 それがペトロ、君の新しい未来だ。

 誰もが日々、未来を選択して、それぞれに自らの世界を自由に創造していく・・未来は無数・無限に存在するのだよ」

 ペトロは手品師の言葉に感動して椅子から立ち上がった。

 横に広がる無数の世界、前途に広がる無限の未来だ。

 ペトロは嬉しくなって両手をいっぱいに拡げ、足を一歩左に踏み出した。

 そして自分の前方に新しい未来が見えてこないか、目をこらしてみた。

 でもそこにはカレル教授の空っぽの魔法瓶以外なにも見えなかった。

 がっかりしたペトロは、この機会に思い切りおべんちゃらを言って、手品師から時空を駆ける秘密の技を聞き出してやろうと思った。

「手品師のおじさん! あなたは偉大な天才です。僕にはバウムクーヘンも、未来の世界もちっとも見えてきません。新しい世界が見えるようになるには、きっと大変な修行が必要なんでしょうね」

「ペトロ、私は偉大でも、天才でもない、ただの古書店の店主だった。店には客もさっぱり来なくて、一日中、時間を持て余していたんだ」

手品師は懐かしい昔を思い出したのか、黒い仮面がうれしそうに揺れた。

・・今思えば、そんな私にも一つだけ才能があったようだ。

 どんなに退屈でつまらない本でも、読み始めたら我慢して最後まで読み切るという根性だ。

 私は世界中から収集したすべての蔵書を最後まで読み切った。

 いつの間にか、作者の意図した様々な魂胆や、意図しない作者の心の奥底までが仄見えるようになった。

 ある日、世界最古の書といわれる、失われた種族の書を読み終えた時、描かれた2600年前の世界がまるで現実のように、目の前に現れたんだ。

 そのとき私は確信をした。

 すべての虚構を見破って、作者の心の世界を覗き込む技を、私が身につけたことをだよ・・

 そのときの興奮を思い出したのか、手品師の仮面の奥で二つの瞳がぎらりと光った。

・・ペトロ、私はそのあと決して忘れられない体験をしたんだ。

 自宅に帰るために、夜遅く店から表の通りに一歩踏み出したとき、私は自分を取り巻く現実の世界というものの虚構性に気が付いた。

 私は、世界はたった一つしか存在しないということの嘘を見破った。

 目の前の道路から続く町並みに重なるように、ほんの少しずつ時間がずれた世界が、浮かび上がってきた。

 まるで本をめくる一ページごとに世界が変わるように・・世界はパラレルに、無数、無限にみえてきた。

 横に広がる無数は魅力的で、未来に待ち構える無限は美しく感動的に思えた。

 あのとき世界の真実がみえたのだ。

 ペトロ、すべては古い蔵書を読むことから始まったんだよ。

 手品師は自分の能面を指さしながら、話を続けた。

・・そこまでは良かったのだが、それこそ夢中になって、無数の表情を持った世界を片っ端から覗き廻っている中に、私は自分自身の表情を失ってしまった。

 ほらペトロ、私の顔にはなんの表情もないだろう? 

 誰かが私を見ると、その人の世界観が表れる顔・能面になり果てた。

 でも不思議なことに、他のパラレル世界に行くとこの顔は自分の物になって、私自身の気持ちがそのまま表情にあらわれるんだ。 

 人生、なにかを手に入れればかならず失う物があるようだ。

 おかげで恥ずかしくて家族にも会えない・・

 手品師の仮面が暗く揺れて、口から大きな溜息が漏れた。

・・手品師の家族ってだれだろう?・・

 ペトロはなにか言葉をかけて手品師を慰めようと思ったが、いい言葉が見つからなかった。

 仕方が無いので手品師のおじさんの真似をして、大きなため息をついて、にっこり微笑んであげた。 

 手品師の仮面も微笑んだように見えた。

「そうだ、ペトロにいい物をお見せしよう」 

 手品師はそう言って、教授のデスクを、指でトントンと二回叩いた。

 次に掌を上に向けて、ゆっくりと開いた。

 そこには一冊の分厚い本が乗せられていた。

 「ペトロは古書に興味はあるかな?」

 ペトロが読むのは電子書籍ばかりで、紙の本は読んだことがなかった。

 返事に困ったペトロは・・「古書って、どんなジャンルのものでしょうか?」と、とぼけてみた。

「紙で出来ている過去の書物すべて。たいがいは、かたくなってごわごわしていたり、黄色く変色していたり、読んでいった人たちの食べていたものの痕跡とか、いろいろなメモや印が残されているあの紙の束だよ」

「ときどき白い小さな虫が現れるあれですか?」

「アッ、それは紙魚(シミ)だ。本の虫、可愛い奴です!」

 ペトロは、手品師が紙の本にとても愛着を持っていることを知って「僕は電子書籍以外は読みません」とはとても言えなくなってしまった。

「これは未来のパラレル・ワールドから手に入れた古書だよ」

 手品師は、立派な装丁を施した本をペトロにそっと手渡した。 

 ペトロは古書を両手で慎重に受け取った。

 その本はびっくりするほど軽かった。

 真っ黒い厚手の表紙から、銀箔のタイトルの文字が鮮やかに浮かび上がってきた。

 《虚構の手品師と不毛の楽園》

 なんだか凄そうなタイトルなのに、作者の名前がどこにもない。

「本はその世界では結構有名な伝記物だったよ。裏表紙を見てごらん」

 手品師に言われて、ペトロは本を裏返してみた。

《無名の手品師に贈る。弟子ペトロ著 2125年秋 地球・テラ》

  漆黒の裏表紙に銀文字で、そう書かれていた。

 自分の名前に驚いたペトロは、危なく本を落としそうになった。

「その本は軽いから気をつけて!」

 手品師が叫んだ。

 ペトロは古書を持ち直して、もう一度裏表紙に目を通し、大きな声で読み上げた。

「弟子ペトロ著。2125年秋 地球・テラ・・なんてこった。これから手品師のおじさんの伝記を僕が書くということですか?」

 喜んだペトロのほっぺたが緩んで、崩れそうになってきた。

「ペトロ! それは古書だよ。ここから相当離れた時間軸、2300年のパラレル・ワールドで偶然手に入れたんだ。その世界のペトロ君が2125年に書いた古書だ。掘り出し物だよ」

・・僕が書いた掘り出し物の伝記!だって?・・

 一体なにが書かれているのか、好奇心がむらむらとわき上がってきたペトロの手が、古書の真ん中辺りをいきなり開いてしまった。

 そのページに書かれた文字が飛び込んできた。

 「“あっ!、ペトロ、そこを開いてはだめです”と手品師があわてて叫び声を上げた」と書いてあった。

 ペトロが慌てて本を閉じようとしたとき・・                 

「あっ!、ペトロ、そこを開いてはだめです」と手品師があわてて叫び声を上げた。

 手品師の叫び声は間に合わなかった。

 さっと小さな風が一陣吹いて、ペトロの手の中から古書をどこかへ攫(さら)っていった。

「あっ! ご、ご免なさい!」

 咄嗟にペトロが謝ったが、手品師は両手を広げ、がっくりと肩を落とした。

「まだ書き始めてもいない別の世界の作者が、いきなり物語の真ん中を読み始めたもんだから、慌てた古書は本物の作者のいた元の世界に逃げ帰ってしまった。本を取り囲んでいた元の世界の結界が破れたからだろう。私たちの未来を研究する資料を失ってしまったよ」

 ペトロは何度も、何度も手品師に謝った。

「ペトロ、気にしなくていいよ。未来の本は電子書籍並みに軽い。ちょっとした時空の風でもすぐに飛んでいってしまうから始末に終えない。あの古書は本来あるべきところに戻ったのだから、私も潔く諦めますよ」

 虚構の手品師はそう言って、ペトロを慰めてくれた。

 お返しに、ペトロも手品師のおじさんを慰めようと思った。

「あの古書はきっと、虚構の手品師にまつわるエピソードをいくつも集めたものだったのでしょうね。僕もいつか手品師のおじさんの伝記に挑戦してみようかな。それにしても本はやはりずっしりとしていて、重みのある紙を一枚ずつ丁寧に指先でめくって読まないと、本当の知識が身につきませんね。電子本はやたらと軽すぎて・・・」

 お詫びの気持ちで、ペトロがついつい調子のいいお追従を並べてしまった。

「ペトロ、決まりだ! 私の古書店を継げるのは君しかいない」

 手品師が相好を崩して椅子から立ち上がり、両手を差し出した。

 気が付くとペトロも椅子から立ち上がって、手品師の差し出した手をしっかりと両手で握り返していた。

 ペトロは虚構の手品師の仕掛けた罠につかまってしまった。

「一度私の書庫をご覧に入れよう。書庫は地下の電子図書館の奥だ。カレル教授の秘密の実験室の隣、ここからわずか10分だ。約束しよう。いつか、虚構を見破る技をペトロに伝授しますよ」

 虚構の手品師は探していた弟子をようやく手に入れた。

 ペトロはしばらくは虚構の手品師から離してもらえそうになかった。

 「ところでペトロ、カレル教授になにか大事な質問があるって言ってなかったかな? 良ければ教授の代わりに私が答えてみようか?」

 ペトロはどうしても教授に聞きたかった質問を、虚構の手品師にぶつけることにした。

「手品師のおじさんにいきなりの質問ですよ。カレル先生とドクター・マーカとの会話に出て来た言葉です。『我々を超えた宇宙の意志』というのは何を意味しているのでしょう」

 ペトロの質問を聞いた、虚構の手品師の仮面がさっと青ざめてみえた。

「二十一世紀からの訪問者の映像記録を見たんだね」

 手品師の質問に、ペトロが頷いた。

「ペトロ、その世界には近づかない方がいい」

 手品師の声が震えていた。

(続く)

 続きはここからお読みください。

「ペトロ、その世界には近づかない方がいい」手品師の声が震えていた。一言で言えば神様のことだ。君たち六人を残して地球に人類がいなくなったのは神様の仕業だと教授は信じているようだ。神様は自然の調和を乱した人間を見限ったのかもしれないとね。

【記事は無断転載を禁じられています】

The following two tabs change content below.
下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする