「パパ大変! 宇宙は膨張を早めてるんだって! 僕らの宇宙をどんどん膨れさせてる犯人は一体何者なの? 」
日曜日の朝のことです。
小学生の匠が、リビングに飛び込んできて、新聞を読んでいるパパに突然の質問をしました。
匠は最近宇宙の出来事に夢中です。
ブラックホールの映像がはじめて発表されてから、毎週日曜日になると匠からパパに、宇宙の質問が飛んできて、パパも答えるのが大変です。
今日のテーマは“宇宙の膨張”です。
仕事にいそがしいパパですが、匠に負けているわけにはいきません。
パパはにやりと笑って、バッグから一冊の本を取り出してきました。
「匠、僕らの宇宙は膨張してるぞ。それも加速しながらだよ」
「加速させてる犯人はこいつだ」
パパは買っておいた本のタイトルを読み上げました。
「“宇宙のダークエネルギー”だよ」
パパはこの本を通勤中の電車の中で毎日読んで勉強していたのです。
(宇宙のダークエネルギー 土居守 松原隆彦 共著)
二人は仲良くソファーに座って、本を読み始めました。
宇宙は膨張を加速させていた
“ビッグバン理論”によれば、宇宙はいまから138億年前、宇宙の種が大爆発(ビッグバン)を起こして誕生し、その後も進化を続けていると考えられています。
そして宇宙は爆発のあとも膨張を続けて現在のような姿になったのです。
宇宙には爆発で作られた多くの物質が存在しています。
その物質とは、無数の星を構成する要素であったり、宇宙を漂うガスやゴミのようなものであったり、地球の植物や動物や、私たちの身体であったりします。
それ以外に存在が考えられているけれども未知の物質である「ダークマター」(後述)も含めて・・・この宇宙に存在するすべての物質は、お互いを引きつける力「引力」を持っています。
20世紀には、宇宙は膨張を続けながら、物質の引力によってお互いに引きつけあって、膨張する速度を次第に落としていると考えられていたのです。
でも実態はどうやら違いました。
宇宙は膨張の速度を加速させていることが明らかになったのです。
大型望遠鏡や観測衛星によって、宇宙の遠くまで観測できるようになった結果、20世紀の末に“宇宙は加速しながら膨張している”ことが明らかにされました。
21世紀の科学では、この宇宙の中には、引力と相反して宇宙を膨張させている「不思議な力」が存在するのではないかと考えられています。
「匠、僕らの宇宙を加速膨張させている犯人の正体はまだみつけられていないんだよ。でも名前だけは付けられているんだ。シカゴ大学のマイケル・ターナーと言う学者が命名した呼び名は暗黒の存在“ダークエネルギー”だ」
パパが結論をいうと・・匠が答えました。
「パパ、その犯人、どうやって宇宙を膨らませるんだろうね。でもねパパ、宇宙が膨らむって意味がよくわかんないよ? 宇宙がどんどん膨らんだら僕の身体はどうなるの? 一緒にブーって膨らむのかな?」
匠がマジで心配そうな顔して聞くので、パパは思わず吹き出してしまいました。
「宇宙が膨張するというのは、無数の星が集まってできている銀河と別の銀河の間の距離が遠く離れていくということだよ。銀河の中の星も同時に膨張して大きくなったり、地球で暮らしている僕たち人間まで膨張するわけではないんだ」
パパは、パソコンの前に座ってウイキペディアから“宇宙が膨張する画像”を取り出して、匠に説明をしました。
「匠、この絵はビッグバンで生まれた宇宙が膨張していく様子を表したものだ。下から順番に上の方に、時間の経過と共に膨張していく宇宙が三枚のパネルの絵で表現されてるよ」
宇宙誕生の始まりは・・一番下の黒い点“シンギュラリティー”からだ。
大爆発が起こる寸前の凝縮された特異な時空“宇宙の種”だよ。
「バン!
僕らの宇宙の誕生だ」
一番下の宇宙のパネルは爆発直後の初期宇宙だ。
お絵かきのキャンバスみたいにぐちゃぐちゃの状態だ。
時間が経過し、膨張が始まって宇宙が拡がり始める。
下から二枚目の宇宙では星が集まって渦巻状やいろんな形の銀河を作って、宇宙の方々に散らばってるだろ。
一番上の三枚目の宇宙では空間が広がって、銀河と銀河の距離が離れていくのが分かるよね。
ほら、よく見てご覧! 宇宙が膨張して銀河と銀河の距離は離れていってるけれど、銀河そのものの大きさは変わらないだろ。
「空間が膨張しても、銀河や星や人間の身体の様な物質は引力が働いて引きつけ合うから、膨張しないんだよ」
パパの話を聞いて匠の表情がほころびました。
「それ聞いて安心したよ。それじゃ、もう一つの質問だよ。ダークエネルギーのおじさんはどうやって宇宙を膨張させてるんだろう? 引力と逆に反発するでっかい磁石でも持ってるのかな」
匠の質問にパパはどう答えていいのか困ってしまいました。
ダークエネルギーは宇宙最大の謎
上の絵は「宇宙は何からできている?」のかを説明した、ある講演会での資料です。
円グラフは宇宙の組成を説明したものです。
宇宙の組成は質量とエネルギーで構成されているんだよ。
まず通常の物質とは、私たちの身の回りにあるすべての物質を作っている元素のことだ。
星もガスも海も山も私たちの身体もすべてこれに含まれるってことだ。
構成比は全体のわずか4%。
さらに存在が予測されるが未知の物質ダークマターが22%を占めているよ。
最後に、宇宙を構成する物資とエネルギーの総和の中、ダークエネルギーは何と、70%以上も占めているんだ。
しかし現在も、ダークエネルギーの正体は全く不明だそうだ。
宇宙空間が加速しながら膨張していることが事実であるなら、膨張させる「力」が宇宙のどこかにあるはずだと考えられた。
その力は引力に対して斥力(斥力)とか反引力と呼ばれている。
つまり引力の反対で、お互いを遠ざけようとする力だよ。
この不思議な存在を仮にダークエネルギーと呼ぶことにしたそうだ。
パパがここまで解説を進めると、匠がストップをかけました。
「パパ、ちょっと待ってよ。さっき、ダークマターっていったけど、ダークエネルギーとどう違うの?」
「匠、ダークマターというのはダークエネルギーとよく似た名前だけど、全く別のものだよ。この物質は重力を持っていて、他の物質と引き合っているんだけど、変わっているのは光を発したり、吸収したりしないらしいんだ」
「それじゃそのダークマターおじさんもずいぶん変わってるよ。透明人間みたいなものかな。重さはあるけれど、光を反射しないし、通過させてしまうってワケか・・なんだかブラックホールの親分みたいだね」
「匠、お前大したものだ。このダークマターも正体不明で、もしかしたら、原始的なブラックホールじゃないかって説まであるぞ。匠の説と同じだ!」
パパは匠の成長ぶりにすっかり驚いてしまいましたが、匠はすぐに言い返しました。
「でもさ、ダークマターはだ、目にみえないのにどうしてあると分かるんだよー?」
匠が偉そうにいったので、パパは吹き出しました。
「ダークマターは見えないけれども、重力があるからまわりの天体の運動や光の進む方向を曲げたりするんだ。だから、観測の結果から、宇宙の空間にあることが分かっているんだって・・」
「パパ、分かったよ。・・じゃ元に戻って、ダークエネルギーの正体だ!」
「匠、何度も言うけどダークエネルギーは発見されてないんだよ。でも、宇宙が加速しながら膨張しているという事実を説明するためにはこのような存在がどうしても必要なんだ」
・・引力と逆さまの力を持った反重力がこの宇宙に広く薄く広がっていて、そのうえ空間が膨張すると同じように増えていく怪物、それがダークエネルギーの正体なんだって・・
「この正体を明らかにすることが、宇宙科学の今世紀最大のテーマらしいよ。パパの説明もこれ以上は無理だよ」
「パパ、ありがとう・・・なんとなく分かったよ。この宇宙のどこかにまだ誰にも知られていない不思議なエネルギーが隠されているはずなんだね!」
・・・それじゃ最後の質問だよ。この宇宙がスピードを上げて膨張を続けていったら最後はどうなるのかな? パパ、宇宙の最後をもう少し調べてみない?・・・
匠の最大の心配事は“宇宙の最後がどんなもので、それはいつやって来るのか”だったのです。
パパは、加速膨張する宇宙の最後について、ネットの記事を調べていきました。
膨張した宇宙の最後はどうなる
パパはまずウイキペデイアを参照してみて、驚きました。
宇宙の最後がどうなるのか・・予測している理論がいっぱい出てきたのです。
パパと匠は一つずつ、順番にみていくことにしました。
まずはじめに出てきたのは“ビッグ・クランチ”でした。
「ビッグクランチのcrunchは“ばりばりかみつぶす”って意味だ。
ビッグバンの膨張が限界に来て、反転が起こる。
次に宇宙は重力に引き戻されて大収縮が始まる。
やがて宇宙は時空の一点に凝縮される」
パパが読み上げると、匠がすかさず言い返しました。
「パパ、それって、ビッグバンの始まりとまるで逆さまだよ。・・でも、新しい記事だと、ダークエネルギーおじさんの力が強くて、宇宙は膨張を加速してるはずだからさ・・ばりばりかみつぶされるって話はないことにしようよ・・」
パパは思わず笑って、次に進むことにしました。
「分かった、じゃ次の説だ。膨張加速する宇宙崩壊モデルのトップは“ビッグリップ”だ!」
ripは“びりっと引き裂く”という意味です。
ビッグリップ論は、宇宙の膨張・加速が続いたとき、宇宙の中にある物質が耐えきれずに引き裂かれてしまうという理論でした。
加速膨張が続くと、それまで“重力で束縛されていた銀河系や惑星系は崩壊を始めます。
さらに斤力が原子や原子核を形作る力も上回り、最後は、ばらばらになった素粒子が飛び交うだけの宇宙となるとされていました。
「パパ、これなんだかありそうな怖~い話だよ。宇宙が膨張してさ。今度は僕らの身体はばらばらだ」
「匠、怖そうで、ありそうな話がまた出てきたぞ。“開いた宇宙の熱的死”だって」
・・この宇宙崩壊モデルでは宇宙の拡大が続いて、宇宙の熱量が尽きるんだそうだ。
熱エネルギーは広がった宇宙空間に平均的に拡散していくから、膨張する宇宙では熱エネルギーがついに尽きてしまう。
新しい星は誕生することがなくなり、光を放つ天体が次第に減っていき、やがて冷却途中の天体の余熱が赤外線や電波で見えるだけになる・・。
「なんともクールな宇宙の終末だよな」
そういって、パパはそのほかにもいろいろな宇宙の終末論を調べ上げました。
1. ブラックホールがブラックホールを次々と飲み込み、最後に銀河の中心にある巨大ブラック ホールが銀河全体の質量“物質”を飲み込むことになる。
2. 多元宇宙論では、宇宙が消滅したとしても他の次元にある宇宙は生き残っている。
3. “時の終わり”論では、宇宙のおわりより前に時間のおわりが来るが、我々はそれに気がつかない。
他にもいろいろな説がありましたが、匠が上手にまとめてくれました。
「パパ、宇宙の最後はいろいろあるけどさ、僕ら人類が生き延びるのは凄く難しいということだよ。僕らも宇宙のメンバーだってことだ。
・・とすればだ、宇宙の崩壊までどのくらいの時間があるかってことだ・・。
人類にどのくらいの時間が残されてるのか僕はそれが知りたいんだ」
二人は、パソコンの前で座り直すと、宇宙についての新しいニュースがないか、探しました。
そしてついに、二人は、どうしても知りたかったニュース記事を探し出しました。
宇宙の終わり「ビッグリップ」は早くて1400億年先
東京大学や国立天文台などの国際共同研究グループが2018年9月26日に、次のような研究結果を発表していました。
米ハワイ島にある「すばる望遠鏡」による広域観測データをもとに、宇宙の大規模構造の進化の度合いを世界最高レベルの精度で測定した。
その結果、遠い将来、宇宙がバラバラに引き裂かれ終わりを迎える「ビッグリップ」は少なくとも1400億年は起きない。
(日経サイエンス電子版より抜粋)
宇宙には銀河団や超銀河団などで形作られる大規模構造があり、時間と共にその構造が進化しています。
研究グループは巨大カメラで遠方の銀河約1000万個を撮影して、それらの“歪み”を調べることで大規模構造の進化の度合いを調べました。
その結果、「宇宙は少なくとも1400億年は安泰だ」と発表したのです。
「匠、安心しろ! 人類に残された時間は1400億年もあるぞ!」
「ヤッター、それだけあればきっとなんとかなるよ!」
匠が喜んで跳び上がった時です。
パパが太陽と地球についての記事を見つけました。
「匠、喜ぶのはまだ早いぞ。別の記事では、地球がその前に太陽に飲み込まれるといつてるぞ」
・・太陽の寿命はだいたい100億年で、そのまえの50億年の頃には、太陽が大きく膨らんで地球や他の星をのみこんでしまうといわれてるぞ。
そのうえ、いまから“5年”くらいたつと地球は太陽の熱のために海水が蒸発してしまい、生き物が住めなくなってしまうというのが科学の常識だそうだ・・
「匠、エライ事だ。宇宙より太陽に注意しろだ!」
匠がパパの話を聞いて椅子から飛び上がりました。
「パパ! いまなんて言ったの? たった5年で、地球の生き物全滅だって?!?」
「え・・? ごめん言い間違えた。5年じゃなくて5億年だった」
パパが至急の訂正をしました。
“ゴン!”
匠がパパの頭を叩きました。
“痛っ!”
パパが呻きました。
「ビックリさせないでよ!」
匠が吠えて、二人は顔を見合わせて大笑いしました。
パパは、人類に残された時間が1400億年からいきなり5億年になったら、匠がショックを受けると思って、まず5年でどんと驚かせるという逆療法に出たのでした。
「今のうちに地球を散歩しようか?」
パパが誘って二人は、仲良く日曜日の朝の散歩に出かけました。
ところで・・
5億年後、人類は熱くなった地球を脱出して、宇宙の新天地に向かっているのでしょうか?
あるいは・・
1400億年後のビッグリップに備えて、超人類が誕生しているのでしょうか?
それとも・・・
私たちには想像もできない、別のシナリオが待っているのでしょうか?
“宇宙と人類の未来はまだまだ誰にも分からないようですね。”
(おわり)
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下條 俊隆
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