筒井俊隆のSFファンタジー。
地球に残された六人の中学生が食料を求めて、ハル先生達と宇宙の旅に出た。
惑星テラでハル先生を襲った森の家族のファーとマーは、裕大と匠の電子銃で撃たれて倒れた。
ファーとマーはなぜハル先生の姿を擬態して襲ったのか?
この章で森の家族の恐ろしい秘密が明らかにされます。
連載の長編小説です。
ゆっくり読んでくださいね。
前回の話はここからどうぞ。
この世の果ての中学校 7章 ハル先生が森の家族に食べられた!
8章 マーが森の家族の秘密を話した!
「お話しなければならないことがあります」
そう言って、 マーが自分たちの境遇を静かに話し始めた。
「この惑星には緑の山ときれいな川があります。私たちは飲み水には不自由しませんが、食べるものがないのです。
木の根っこや、年に一度の花の蜜や、堅い果実や、柔らかい葉っぱと、小さな昆虫の他には食料がありません。
生まれた子供は、年を経るごとにだんだんと弱っていきます。
そして消滅する運命を予感すると、その子は光り出すのです。
魂を残すために、まるで終わりを迎えた蛍のように、みんなにそのことを知らせているのです。
それを知った元気な子がその子とそっくりに擬態を始め、光る子の魂と肉体を受け継いでいきます。
わたしたちはお互いを分かち合う以外、生きていく方法が無いのです」
マーの目から涙が溢れ出て、地面にこぼれ落ちた。
「《ノモラ》として魂と肉体を分かち合うことは、私たちにとって命を繋いでいくための崇高な儀式です。私たちはあなた方と出会って、姿をまねて親しい友達であることを先に伝えました」
マーはハル先生を指さした。
「あなたはファーに《ノモラ》と言いました。
そしてあなたが身体から光を放って、光の子であることを私たちに伝えたから、ファーはあなたの魂を救おうと決めたのです。
ファーはあなたにそのことをなんども伝えて、確認をしました。
それなのにあなた方は私たちを武器で撃ちました。
あなた方はとても怖ろしい人たちです」
マーの言葉を伝えるエーヴァの声は震えていた。
六人の生徒とハル先生は身じろぎもせずにマーの話に耳を傾けた。
聞き終わったとき、裕大も咲良も、匠もエーヴァも、ペトロもマリエも、その場で凍り付いた。
生徒達は森の家族の姿に、自分たちの未来を重ね合わせて見ていたのだった。
・・・
「みんなもう森に帰ろう」
そう言ってふらりと立ち上がったファーのからだが揺れて、地面に倒れ込んだ。
ファーは力を使い果たしていた。
ファーは地面に大の字になって、空を見上げ・・一声「うおーっ!」と吠えた。
ファーは悔しかった。
銃で撃ち倒され、森の家族の父親としての威厳はどこかに吹き飛んでしまった。
マーも立ち上ろうとしたが、足がもつれ、ファーの隣に倒れ込んだ。
キッカとカーナとクプシが心配そうに駆け寄って、二人の横の地面に寝っ転がった。
森の家族は、車輪のスポークのように頭を中心に向け、輪になって手をつないだ。
五人は蒼い空を見上げたまま、口をきかず、動こうとしなかった。
「クプシ、教えて、みんなで何してるの?」
エーヴァがそっとクプシに尋ねた。
「これ、森の儀式だよ」
クプシがぼそっと答えてくれた。
「みんなでつながって、ファーとマーを元気にしてるんだ。ファーとマーは頭に来て、ふてくされてるから、しばらく話しかけない方がいいよ」
クプシはファーとマーに聞こえないように小声で言った。
エーヴァはハル先生にクプシの言葉を伝えた。
「先生、これは森の儀式だそうです。ファーとマーは頭にきて、ふてくされてるから、しばらく放っておいてくれって・・クプシが言ってます」
「ファーとマーが子供みたいにふてくされてるっていうの?」
・・それでわかったわよ!・・
ハル先生は、ファーとマーが父親と母親の役割を務めているだけで、キッカやカーナと同じ年齢の子供であることにはじめて気が付いた。
「エーヴァ、この人たちみんな同じ年齢の子供なのよ」
ハル先生は寝っ転がったまま動かない森の子供たちを横目で眺めた。
次に、ジャケットから大事なナノコンを取り出して、この事態を打開するための答えを求めて検索を開始した。
膨大なデータのどこを探しても参考になりそうな事例はなかった。
「ギブアップ!」
五人の森の子供たちと、今からどのようにコミュニケーションをとればいいのかさっぱり分からなくて、困ってしまったハル先生はナノコンを地面に置いて腕を組み、一言発して、深く考え込んでしまった。
そんな時、救いの女神が現れた。
「こら、神の子マリエ。ここあなたの出番だよ! ぼけっと突っ立ってないで早くなんとかしなさい」
咲良がマリエのおしりを押して、森の家族のサークルの中に無理矢理、押し込んだ。
ファーの足を踏んづけそうになって、慌てたマリエが転んでしまって、そのままファーとマーの間に横になった。
「お邪魔かしら?」
マリエが一言、ご挨拶した。
サークルの家族が一人増えて、森の子供たちが思わず笑った。
「マリエ、今よ、あれ、あれを使うのよ!」
咲良が自分の首の辺りを指さしていた。
マリエが咲良の意図を理解した。
「みんな、これからいいことするから森に帰るのちょっと待ってね!」
マリエは緑のジャケットの中から、首にかけておいたお守り袋を取り出した。
「これは神様への聖なる捧げ物よ。とっても元気になるのよ」
マリエがお守り袋から怪しげな小瓶を取り出したのを見て、ファーとマーが這って逃げようとした。
逃げる二人を追いかけて、マリエはファーとマーの顔に素早く香料を振りかけた。
スパイシーな香りが二人の鼻をツンと突いた。
太古の森の清々しい樹液の香りが、ファーとマーに遠い故郷の森を思い出させた。
「いい香り!」
二人がゆっくりと立ち上がって、両手と背筋をぐーんと空に伸ばした。
キッカとカーナとクプシがマリエに近づいてきて、小瓶を指さしたので、マリエは三人の顔に残りの樹香を一振り、二振りした。
サークルがほどけて、立ち上がった森の群れはいつもの陽気な家族に戻っていった。
ファーとマーがハル先生にそっと近づいていった。
ファーがハル先生の鼻をつまんで、マーは先生の耳をぎゅっとひねった。
「ハル先生の顔はどうしてそんなに光るの」
ファーが尋ねた。
「わたし、お化粧してるのよ。だからときどき光るの。でも《光る子》と違って、弱ってるからじゃないの。先生お化粧下手なのよ。マー! お願い、上手な偽装の仕方教えてよ」
エーヴァの通訳で、ファーとマーが笑い出した。
二人は自分たちの勘違いに気がついて、ハル先生に噛みついたことを謝った。
「俺たちもファーとマーに謝ろうぜ」
裕大と匠が、ファーとマーに頭を下げ、電子銃で撃ったことを詫びた。
誤解が解けた二つの群れの子供たちは、午後の日差しの中、緑の森を抜け、草原を駈けて遊んだ。
「可愛い髪飾りね」咲良がキッカの髪飾りに触れた。
キッカが森の葉っぱで作った緑の髪飾りを外して、咲良の黒髪にくっつけた。
咲良がお返しに虹の七色をしたガラスのイヤリングを片方外して、キッカの耳にくっつけた。
掌を太陽に向けて咲良が「いくわよー」と叫んだ。
咲良は太陽の光線を掌で反射させ、キッカの耳の七色ガラスを通過させてキッカの横顔に当てた。
キッカの顔に虹ができた。
七色の横顔を見て森の家族がキャッキャッと笑った。
「お返しに、擬態を見せてあげる」
キッカがアマゾンのキツツキの素早いリズムを口ずさんだ。
ファーが身体を揺すって森の歌を歌い、マーが合唱した。
キッカが緑の葉っぱの帽子をどこかから取り出して、頭に被った。
キッカの身体が光り出して、輪郭が崩れ、新しい形が現れた。
それはキツツキになって、せわしなく木の幹を突っついた。
クプシは呑気なアルマジロに変身して、四つん這いになって踊った。
カーナが愉快な手長猿になって、小さな木の枝に片手でぶら下がった。
森の子供たちが、大笑いしている生徒たちを踊りに誘った。
早いテンポと森のリズムで、みんなが踊った。
「巨人はどこに行ったの」
ペトロがくるくる回りながら、カーナに聞いた。
「いまは魂になって、みんなの体の中で生きているの」
一回転してカーナが自分の胸を指さした。
「大きな巨人の魂が小さなカーナの胸の中にあるの?」
ペトロが首をかしげた。
「そんなことも知らないの? 魂に大きさはないの。
だから何人でも一つの身体で一緒に暮らせるの」
「沢山の巨人の魂が、一人の巨人の中に集まっていったんだ」
「そういうこと。そして最後の一人になると、その巨人は山の頂上に登って爆発したの」
カーナは小猿に変身して、巨木に跳び上がった。
一番高い枝に登り詰めると、両手を空に伸ばして、「バン!」と叫んだ。
「そして小さな私たちがいっぱい生まれた」
キッカとクプシが口を揃えて叫んだ。
・・・
川の浅瀬から、緑の服を着た一人の男が現れた。
男は体を小さく丸めて、何気なく仲間に加わり、踊り始めた。
男はハル先生にそっと近づくと、「私ですよ」と耳元で囁いた。
驚いて振り返ったハル先生に「静かに!」と唇に手を当てた。
男は、はぐれ親父だった。
「驚かないで。実は浅瀬に隠れて様子を見ていました」
親父はひそひそ声で喋った。
「ファーが《ノモラ》と言ったときには、跳び上がりましたよ。
前にこの惑星の巨人たちが『ノモラ』と言って仲間を襲っていたのを思い出したのです。
森の一族が巨人の末裔だったとは驚きました。
先生に逃げ出すように大声で叫んだのですが、間に合わなかった。
それでも噛みつかれたのがハル先生で助かりましたよ。
生徒だったらただ事ではすまなかった」
話し声を聞きつけたファーが、はぐれ親父に気が付いた。
「何者だ!」ファーの声が森に響いた。
「怪しい者ではない。《ノモラ》だ。名は『はぐれ』・・少しだが非常食を持ってきた」
はぐれ親父はファーに近寄り、乾燥食と塩を入れた小袋をファーに手渡した。
それは異なる種族の間の親睦の印だった。
ファーは中身を確認すると、マーにそれを見せた。
マーが喜んで跳びはねた。
巨人に襲われたはぐれ親父の昔話が始まって、あっという間に時間が過ぎていった。
「そろそろ森の家に帰る時間だ!」
夕日が傾いたのに気がついて、ファーがあわてて家族を呼び集めた。
帰りを急ぐ事情をマーがハル先生に説明した。
「エネルギーを節約するために、いつもは午後の暑い時間を涼しい森で寝て過ごしているのです。
いまは昼寝の時間がとっくに過ぎて、まもなく日が暮れます。
夕食は先ほどの食料を早速みんなで頂くことにします。
とても楽しみです。
その後は、遊びすぎた子供たちを早く休ませないといけません。
明日は早朝から家族全員で、森に仕事に出かけます」
・・
地球の子供たちと惑星の森の家族は、抱き合ったり、ほっぺたにキスしたり、頭をたたき合ったりして別れを惜しんだ。
広い宇宙の旅の別れには、「再会」と言う言葉はなかった。
始めて出会った二つの惑星の子どもたちも今そのことを知った。
生徒たちが見送る中を、五人の家族は森の家に帰って行った。
大きな木立の中に姿を消す前に、森の家族が全員で振り返った。
そして、最後の別れの手を振った。
生徒たちとハル先生も思い切り手を振って応えた。
(続く)
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下條 俊隆
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