クリント・イーストウッドの「運び屋」観てたら、となりの席の爺ちゃん泣いてた!

公開の初日に近くの映画館に行って、クリント・イーストウッドの最新作「運び屋」を観てきました。

映画のラストで横見たら、となりの席の爺ちゃんがめがねを外してハンカチで涙を拭いていました。

わたしも、なんだか身につまされて「うるうる」が来ていたのです。

映画では、88才のクリント・イーストウッドが、実在したという90才のドラッグの運び屋を演じていました。

この演技、「二歳の老け役」だって対談で誰か冗談言ってたけれど、演技と言うより自然に近いのかもしれません。

イーストウッドの生き様そのものの映画みたいです。

男の哀愁は背中に出るっていいます。

イーストウッドも背中がずいぶん丸くなったけれども、前作の「グラン・トリノ」よりさらにかっこよく老けてましたよ。

前作の「グラン・トリノ」から10年、その前の「ミリオンダラー・ベイビー」から14年たちました。

もうクリント・イーストウッドの主演監督映画は観られないかもしれないと思っていたら、「運び屋」がやって来ました。

イーストウッド最後の作品、かもしれない「運び屋」。

ストーリーをすこしだけ紹介させてくださいね。

ドラッグの「運び屋」は家族に見捨てられた90才のアール爺さんだった

運び屋アールとパトロール警官

プロローグはアメリカの片田舎のシーン。

小さな農園で一人で花を栽培する主人公アールは、一日しか花開かない「デイ・リリー」を育てています。

この花はユリに似た花で、一日だけ咲いて夕方にはしぼんでしまいます。(注)

「だから、そのときを迎えるまで、大事に育ててやらないといかんのだよ」

アールは花の品評会で、そう言いながら来場者に「Day Lily」を一枝ずつ配っています。

アールの花は品評会で優勝してカップが渡されるのですが、肝心の売れ行きはもう一つです。

品評会でDay Lily を配るアール

このプロローグのシーンはアールと家族との未来を象徴しているようにみえます。

大事なユリを育てることに熱中したアールは、なんと、娘アイリスの結婚式に出席することもせず、家族との絆は切れてしまうのです。

一日しか花が咲かないユリを育てたために、娘アイリスの人生でもっとも大事な一日を欠席するのです。

この事件で、アールと妻のメアリーとの関係も決定的になります。

アールにとって仕事とつきあいは生きがいでした。

でも家族を愛していないわけではありません。

「家にいても何をしたらいいのかよくわからなかった」

いいわけめいたセリフが反省と共にあとのシーンで出てきます。

このセリフは俳優と監督の仕事でいそがしかったイーストウッドの反省の言葉かも知れません。

娘アイリスを演じているのはイーストウッドの実の娘アリソンです。

アリソン・イーストウッド

イーストウッドは実生活の懺悔の気持ちを込めてアリソンを起用したのでしょうか。

「仕事ばかりして、家族をほったらかしにしていないか?」

これは映画の後半で麻薬捜査官との会話の中で、アールが捜査官を諭すセリフです。

アールの懺悔の言葉であり、イーストウッド本人の言葉のようにスクリーンから聞こえてきましたよ。

アールは仕事と社会とのつきあいを優先する陽気な男ですが、携帯電話でメールを打つことができないオールド・ボーイでもありました。

ネット販売から取り残されたアールの花の商売はうまくいかず、農園は差し押さえられてしまいます。

アールの農園と差し押さえの看板

月日がたって、孫娘ジニーの結婚式が近づいたある日、ジニーのお祝いパーティーにアールが顔を出します。

アールは孫娘の結婚にお祝いの一つも贈ることができていません。

ジニーはアールが来てくれたことに大喜びしますが、妻のメアリーと娘のアイリスが現れて、たちまち雰囲気は怪しくなり、アールは寂しくその場所を立ち去ります。

アールが家財道具一式を載せたおんぼろトラックに乗り込もうとしたとき、何気なく近づいた男がいます。

「街から街へ車で運ぶだけのいい仕事があるよ」

アールの窮状を見抜いた男の誘いの言葉でした。

孫娘の結婚式のためにどうしても金が欲しいアールは、この男の話に乗ってしまいます。

アールは何も知らないうちに、後戻りができない運び屋の世界に一歩を踏み出してしまうのでした。

アールが街から街へ旅をする度に、封筒に入った報酬のドルの札束が増えていきます。

90才のアール爺さんをドラッグの運び屋だとは麻薬捜査官も気がつきません。

気のいいアールは困った人達にどんどん稼いだ金をばらまいていくのです。

陽気なオールド・ボーイが、十億を超えるドラッグのスーパー運び屋に変身していきます。

・・「運び屋」はちょっと不思議な映画です。

シリアスなテーマなのに、なぜか軽く明るいのです。

麻薬捜査官に追い詰められ、マフィアからも逃げられない状況で、深刻な筈の運び屋アールは旅を楽しんでいるのです。

旅の途中、モーテルで女性を二人も部屋に連れ込んだりします。

ランチの特製バーガーを手にして、たまたま隣に座った男を麻薬捜査官と知った上で、「仕事ばかりしてるんじゃないか? 家族を大事にしろよ!」と説教するのですよ。

・・・

実生活では、クリント・イーストウッドは三人の妻と二人の恋人のあいだに七人も子供がいます。

この数字は推測です、恋人はもっといたでしょう。

88才のスーパー・タフガイが90才のドラッグの運び屋を演じて、「仕事ばかりしていないか? 家族を大事にしろよ!」なんて言ってるのです。

老いを楽しんでいるようなイーストウッドの運び屋。

なぜか、そこんところが我々シニアの男性にやたら受けるのですね。

・・・

クリント・イーストウッドが主演監督した三本の映画にはヒット作品としての共通点があります。

「ミリオンダラー・ベイビー」「グラン・トリノ」そして「運び屋」の三本の映画はイーストウッドが70才を超えて監督・主演した映画です。

この三本の作品には「ダーティー・ハリー・シリーズ」のようなパンチ力と違った、大人の胸に響く共通の魅力があります。

そんな魅力の秘密を探って見ました。

クリント・イーストウッド主演・監督映画の魅力の方程式を見つけました。

三本のヒット作品には、ストーリーに一つの方程式が隠されていました。

その方程式は三つのキーワードで構成されています。

① 家族との問題    

② 孤独と老いと新しい友情

③ アウトロー(法令違反)による解決

古い作品から順番にご説明します。

2005年の「ミリオンダラー・ベイビー」のストーリーを思い出してみました。

フランキーとマギー

① 家族との問題

亡くなった父親以外に家族の愛を思い出せない主人公マギーは、女性プロボクサーとしての成功を夢見て、ロスにあるフランキーのおんぼろジムの扉を叩く。

フランキー(クリント・イーストウッド)は選手思いのトレーナーで、彼らの身体の安全第一で、危険なビッグ・ゲームを組まない。

不器用なフランキーから選手が逃げ出し、娘のケィティーとも音信不通となってしまう。

② 孤独と老いと新しい友情

孤独なマギーと年を取ったコーチ、フランキーの間に実の親子のような深い絆が芽生える。

フランキーの指導で成長を続けるマギーはウエルター級の英国チャンピオンを破り、フランキーはついに危険な相手「青い熊」とのビッグ・マッチを行うことに決める。

ミリオンダラー(100万ドル)をかけた試合はマギーの優勢で進んだが、ラウンド終了直後、ビリーの反則パンチがマギーを襲い、コーナの椅子に首を打ちつけたマギーは、半身不随となってしまった。

フランキーは後悔の念に日夜さいなまされる。

③ アウトローによる解決

回復の見込みがないマギーは絶望し、父親代わりのフランキーに最後の愛情を求めた。

それはフランキーの手による、安楽死だった。

この映画のラストは暗く、非情でした。

ただ、観客としてのわたしは、マギーがようやく絶望から解放されることへの安心感から、フランキーのアウトロー的な手段を肯定してしまったことを思い出しました。

2009年の「グラン・トリノ」のストーリーを思い出してみました。

コワルスキーとタオの家族

① 家族との問題

主人公のコワルスキーは、最愛の妻を失い、自慢の愛車「グラン・トリノ」と暮らす退役軍人。

「俺は嫌われ者だが、女房は世界で最高だった」が口癖だが、息子達も近づけない頑固じじいだ。

② 孤独と老いと新しい友情

ある日、となりの家の少年「タオ」がグラン・トリノを狙って忍び込んでくるが、退役軍人のコワルスキーは銃を手に追い払う。

タオはモン族の一員でモン族のギャングにそそのかされていた。

ギャングに絡まれていたタオと姉スーを助けたことから、三人の交流がはじまり、コワルスキーはタオの仕事の世話をして一人前の男に育て上げていく。

ある日、体調のよくないコワルスキーは一人病院に行き、いのちが長くないことを知る。

一方、ギャングのタオへの嫌がらせはエスカレートする一方で、激怒したコワルスキーがギャングに報復をする。

ギャングはその仕返しにタオの家に銃を乱射し、スーを全員で陵辱する。

③ アウトローによる解決

ギャングへの復讐に行こうとするタオを家に閉じ込めたコワルスキーは、一人ギャングの根城に向かう。

コワルスキーは彼らを前にしてたばこをくわえ、ゆっくりと上着のポケットに手を伸ばした。

銃で撃たれると思い込んだギャングはコワルスキーを射殺した。

コワルスキーのポケットから出てきたのは第一騎兵師団のジッポーだった。

警官に取り押さえられたギャングには長期刑が科された。

タオの命の代わりに、自らの命を差し出したコワルスキー。

彼の遺書には「愛車グラン・トリノをタオに贈る」と記されていた。

《二つの映画の説明文はwikipediaを参照しています》

「運び屋」の魅力の詳細はぜひ映画をご覧ください。

「運び屋」の魅力の方程式

① 家族との問題  

② 孤独と老いと、マフィアや麻薬捜査官とのおかしな絆。

③ アウトローな解決

最後にイーストウッド自身が「運び屋」のPR用の特別映像で話している意味深長なセリフをご紹介します。

「人生には、超えるべき障害がある。彼(アール)は限界を超えてしまった」

このセリフはイーストウッドのファンとして彼にそのままお返ししたい言葉です。

「人生には、超えるべき障害がある。彼(クリントイーストウッド)は限界を超えてしまった」

(終わり)

(注) デイリリー (正式にはへメロカリス)

Day Lily

アールの栽培するデイリリーの花は、その名の通り、花が開いても1日だけで、夕方には萎みます。

ただ、一つの花茎にいくつもの蕾をつけていて、それが次々咲くので花期は長く、1ヶ月くらい花を楽しむことができるのです。

「運び屋」の舞台・北アメリカでは古くから商売として栽培され、珍しい品種によっては数万円もする花があるそうです。

《記事は無断で転載することを禁じられています》

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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