この世の果ての中学校 5章  三界はぐれと異界への旅

灼熱地獄となった地球!

人類は滅び・・・この世の果てに残されたわずか六人の中学生が、緑と食料を求めて宇宙の果てから飛び出し、異界への旅に出ます。

時空の穴、ワームホールを突破できるか、引率は怪しげな男「三界はぐれ」でした。

前回のお話は下記をご覧ください。

この世の果ての中学校 4章   ヒーラーおばさまと魔女よけの秘術

5章 三界はぐれと異界宇宙への旅

 金曜日の朝、カレル教授がホームレスみたいな薄汚い男を教室に連れてきた。 

「おはよー! 紹介しよう、この方が今日からみんなの先生だ」

 男は、しわだらけの絣の着物を身につけ、履き古した下駄を履いて、木綿の手ぬぐいを首に

巻いていた。

 浅黒い顔は無精ひげで黒々としている。

 男はカレル教授に一言断ると、下駄を鳴らして教壇に登り、じろりと生徒たちを見まわした。

「たった今から、俺様がお前たちをとんでもないところへ連れていってやる。この世でもない、あの世でもないところや。そこは異界と呼ばれとる。常識で理解でけへん領域はみな異界と呼ばれとる。異界にもいろいろあるというのにや」

 最前列に座っていたペトロが後ろを振り向いて、指で鼻をつまんだ。

「ククッ」マリエが下を向いて笑いをこらえる。

「どや! このファッション! おもろいやろ! 100年以上前の貧乏学生の正装や。俺はこれが一番気に入っとる。でもほんまのところはや、こんな身なりでは誰も相手にしよらんからな、えらい気楽で便利なんや」

 男は手ぬぐいを首からほどくと、額の汗を拭いて腰にぶら下げた。

「俺は今まで勝手気ままに生きてきた。強制されるのが大嫌いなんや! ここへ来たのも尊敬するカレル教授に頼まれたからや。俺はどこにも行き場のない身柄やから、先生とお互いわかり合えるんや。教授はこの世の姿でもあの世の姿でもない、行き場のない超自然の姿や。そんなカレル教授からお前たちの課外授業を頼まれた。光栄や、ほんまに嬉しいこっちゃ。今から俺がお前たちの先生や、まずは諦めて覚悟するこっちゃ」

 男は勝手な挨拶を済ませ、教授と交替した。

「この男は先生の古い友達だ。苗字も名前もない宇宙のボヘミアン。通称《三界はぐれ》と呼ばれている」

「出たー! 三界はぐれや。三界からのはぐれもんや!」

 匠が足を踏みならして叫んだ。

 匠は、はぐれ親父のことを思い出した。

 昔、地球が壊れる前・・・六甲山の山奥の田舎にいた頃、匠の家に来ては離れの道場でおじいちゃんから宇宙遊泳と武道を習っていた男だ。

・・・思い出した!そういえば、あいつ僕のママとやけに仲良かったぞ・・・

匠がつぶやくのを聞きつけて、男が近づくと匠の頭をゴンとどついた。

「こら匠、久しぶりや! いまはカレル先生のお話中や、静かにせんかい」

 花の三人組みがクスクス笑って、カレル先生が話を続ける。

「リアルの世界からも、虚構の世界からも、そして幻想の世界からもはぐれて、というより

は放り出されて、宇宙の孤児として一人で生き抜いてきたレジェンド、あの悪名高い”三

界はぐれ”とはこの人だ。

 異界と呼ばれる宇宙を案内できるのは、ここ三界には他に誰もいない。

 それでははぐれ親父に課外授業の課題を説明してもらおう・・・」

 レジェンドと紹介された男が再び壇上に上がった。

「あれ~っ!」生徒たちが息をのんだ。

 一瞬の間に、男は別人と入れ替わっていたのだ。

 ひげはすっきりと剃られて、浅黒く精悍な顔つき。

 引き締まった身体にゆったりとしたシルクのシャツ。

 濃紺のブレザーに細身のグレーのパンツ。

 足下、白いハイカットスニーカー。

 パイロットの制服をビシリと決め込んだはぐれ親父の早変わりの技だった。

 あっけにとられて黙り込んだ生徒達を尻目に、はぐれおやじが無言で校庭の空を指さす。

 生徒が見上げる中、ブーンと低いホバリングの音がして、小型の宇宙艇が太陽にきらきら輝きながら校庭に舞い降りてきた。

「わーを! あれ見てみろ! 新型の宇宙探査艇だ」 

 裕大が大声張り上げた。

「ハッピーフライデーのビッグプレゼントだ。たった今から宇宙探査の旅に出る!」

 カレル先生がハットを脱いで、校庭の空に向かって放り投げた。

 悲鳴と、どよめきが巻き起こり、教室は大騒ぎになった。

 はぐれ親父が言葉遣いをがらりと変える。

「いまから宇宙の探査旅行に出発する。

 目標はこの宇宙の果ての外側、異界にあると思われる緑の惑星群だ。

 これら惑星探査の全行程を地球時間の三日で済ませる。

 途中、宇宙の臨界点にあたる歪んだ空間をくぐり抜ける。

 お前たちの大好きなブラックホールだ。

 ここを無事くぐり抜ければ、外宇宙に到着だ。

 安心しろ! 

 歪みの途中で圧縮されても、細切れにはならない。

 また引き延ばしてやるから元に戻る。

 そのために、圧縮に耐えるニューモデルのスペース・シップを新造した。

 ハル先生とエーヴァパパの共同設計だ。

 名付けてシンギュラリティーHAL号!

 異界では二泊する。

 目的は惑星の自然探索と食料探しだ。

 お前たちの未来のためだ、自分の足で歩いて、目と耳と手で異界の自然を感じることだ。

 だがな、異界ではなにが起こるか俺にも予測がつかない。

 悪いが、その時には自分で判断して行動してもらうしかない。

 命に関わる危険が無いとはいえないが、それだけの値打ちはある。

 嫌なら参加しなくていい。来たい奴だけ来ればいい。

 以上だ」

 冷たく言い放ったはぐれが・・「あっ! 言い忘れてた」といって付け加えた。

「俺はこうしていつでも変身する。 

 その場の状況に合わせて何にでも変身する。

 子どもの頃から一人で生き抜くために身につけた技だ。

 言っておくが、俺は自分勝手な男だ。

 お前達になにかを教えるような柄でもない。

 だから俺のヤルことは真似しないで欲しい。

 でもな・・・今から行くところは面白いぞ!

 一日で世界観が変わるぞ! ついでに俺も楽しませてもらうことにする」

 三界はぐれが生徒たちをひと睨みして、教壇から降りた。 

 10分も経たないうちに、校長先生とヒーラーおばさまが、準備しておいた携帯食料を袋に詰めて教室に運んできた。

・・・口笛吹きながら、ハル先生がど派手な姿で教室に現れた。

”白のロングパンツにショッキングピンクのブラウス”

”グリーンの半袖ジャケットにグリーンベレー”

”細身のゴールド・ベルトに足下ピンクのスニーカー”

「ヤッホー、ハル先生どちらへお出かけ?」

 マリエが椅子から転がり落ちた。

「ヤッホー、花の三人組はわたくしが引率することに決めましたの。

 惑星トレッキングはこのスタイルでいかが?  

 みんなの分もサイズ合わせて作ってあるわよ」

 ハル先生がウエア一を3人に手渡すと、花の三人組は歓声を上げて着替えに出て行った。

「あの子達がどこに消えてもすぐ分かるように、少し・・目立つデザインにしてありますの。おついでにわたしのもね」

 美人のハル先生、ボディーターンして、カレル教授にコンセプトをプレゼンテーションする。

少し?・ですか」カレル教授の視線はとろけ落ちそうにハル先生に釘付け。

「男子には迷彩服と電子銃を用意してあります。戦う必要が出てくるかもしれませんので・・」

 迷彩服に着替えを済ませたはぐれ親父が教授に囁いた。

「戦う相手とはいったい誰ですか?」

 教授が質問したが、親父はにやりと笑って答えない。

 生徒たちが初めての宇宙旅行に出かける事を知らされて、ママやパパが子供たちの着替えをナップザックに詰め込んで駆けつけてきた。

 校庭の中央に小型のスペース・シップ「シンギュラリティーHAL」が駐機していた。

 エーヴァ・パパがパイロット席について、エンジンを軽く吹かしながらみんが乗り込むのを待っていた。

 迷彩服の男子と派手なトレッキング姿の女生徒が、パンパンにふくれあがったナップ・ザックを背中に背負って、はぐれ親父の前に整列した。

「出発! これより全員乗船」

 親父が号令して、全員がママやパパに手を振りながら、二列縦隊で宇宙艇に向かう。

「あら、あの迷彩服の男性、どなたかしら?」

 裕大ママが咲良のママの枠腹をつつく。

「気になる男ね!カレル先生にお願いして紹介していただこうかしら・・・」

 咲良のママがつつき返す。

 カレル先生が重い特殊魔法瓶を船内に持ち込もうとして、デッキの前で立ち往生していた。

 裕大が先生に代わって軽々と魔法瓶を持ち上げ、教授の小さな個室に運び込んだ。

 魔法瓶をどこへ置こうかと、部屋を見回した裕大が、おかしな事に気がついた。

 その部屋には何かが欠けていた。

「あれっ、この個室にはベッドがありませんよ」

 裕大の疑問に、先生は即座に答えた。

「裕大、その魔法瓶が僕のベッドだ。悪いが、揺れに備えてこの柱に縛り付けてくれるかな」

 先生は細いロープを取り出して、裕大に手渡した。

「また冗談を。先生、瓶の中身は特別なエネルギー飲料かなんかでしょう?」

 笑いながら裕大は魔法瓶を柱に固く縛り付けた。

「中身は僕だよ。驚かせて済まないが、昼寝の時間なので失礼するよ」

 一言断ると、カレル先生は服を脱ぎ捨て、魔法瓶のふたを開けてその中に飛び込んでいった。

「お休み」

 声の聞こえた瓶の先から、蓋が垂れ下がっている。

「せ、先生、瓶の蓋を閉めましょうか?」

 裕大の声が震えた。

「平気だ。自分で出来る」

 先生の手が出てきて、魔法瓶の蓋が中から閉められた。

「裕大、宇宙に出たら、ブラックホールの手前で起こしてくれるかな・・・」

 くぐもった声に頷いて、裕大は魔法瓶をもう一度ロープで柱にしっかりと縛り直した。

「お休み先生!」と魔法瓶に一礼して、裕大は個室のドアをそっと閉め、自分たちのベッド・ルームに急いだ。

 ハル先生が携帯用のナノコンを宇宙船に持ち込もうとして、ハッチの前で困っていた。

「これは体育館位の大きな量子コンピューターをノート型にまで小さく軽量化した『ナノコン』ですよ」・・とハル先生はいつもペトロに自慢している。

 しかし、大きなナップザックを背中に担いでいるハル先生には、ナノコンが重すぎて、身動きがとれない。

 見かねたペトロが先生に代わってナノコンを持ち上げ、キャビンに運び込んだ。

 エーヴァ・パパがキャビンの前方のパイロット・シートに座っている。

 ペトロはハル先生のナノコンを、副操縦席のコントロールパネルの横に置いた。

 ハル先生はペトロに一言お礼をいってから、パネルの前のシートに腰を下ろす。

「それじゃ、宇宙艇のコンピューターと私のナノコンを結合しますね」

 エーヴァ・パパにそう言うと、ハル先生は、ガチャガチャと騒々しい音を立てて、コントロールパネルとナノコンを接続してしまった。

「ニューロネットワークHAL号完成!」とハル先生が宣言する。

 それから二人はペトロにはとても難しい会話を始めた。

「ハル先生、演算処理のスピードを無限大に上げて、圧縮空間の飛行計算を自動的に処理できないでしょうかね。ワームホールの中での操縦は僕にはとても無理みたいですから、AIの自動操縦にして切り抜けたいのですが」

 エーヴァ・パパが尋ねて、ハル先生が答えた。

「ではプログラミングを新しくして、パワーアップしちゃいましょう」
 

 ハル先生はまたカチャカチャとコントロールパネルを触った。

「プログラミング完了。それではインテグレートしたコンピューターのAIはわたくしハルが務めま~す!」
 

 ハル先生が高らかに宣言した。

 会話を聞いていたペトロが大変なことに気が付いた。

 ・・・嘘だろ。

 なんてことだ、美人のハル先生はナノコンの人工知能らしいぞ。

 その上、ハル先生は宇宙船のコンピューターまで乗っ取ったみたいだ。

 人工知能AIは人間みたいに自分で考えるようにプログラミングされているということは僕も知っている。

 でもどうして人工知能が人間の女の人の姿で動いたり、お喋りしたりできるのだろう・・・。

 ペトロは美人のハル先生の顔を穴の開くほど見つめた。

「ペトロ、とうとうあなたは私の正体を見破ってしまったみたいね」

 ハル先生がズバリと言った。

「えっ! やっ、やっぱり・・」ペトロは絶句した。

「ペトロ、お願いだからこのことは他の生徒には黙っていて下さいね。人工知能AIに対しては、まだまだたくさんの偏見があって、生徒たちのご両親に私の正体が分かってしまうと、学校の授業がやりにくくなります。だって生徒を教えている先生が実はコンピューターの人工知能だったなんて、そんなことパパやママが知ったらどうなると思います?」

 そう言って、ハル先生はブレザーのポケットからテレビのリモコンのような物を取り出した。

「これはナノコンと無線で繋がっている携帯用端末です。

 ここから緩やかな光状の粒子を放射して、私の身体を空間に作り上げています。

 お喋りしたり、動いたり、見たり、聞いたり、触ったりもできるのよ。

 ナノコンを抱えれば自分で移動もできます。

 わたしの頭脳、ニューロネットワークはナノコンの中にあるのです。

 いいこと・・これは絶対二人だけの秘密よ。

 もちろん先生方やエーヴァ・パパ、それにはぐれ親父さんは別よ・・・」

 ハル先生がペトロに2回も約束のウインクをした。

 ペトロは3回にしてOKの返事をした。

 横でエーヴァのパパが唇に指を立てた。

 ペトロは、「このことは誰にも絶対漏らさないぞ」と、口を固く閉じ、割り当てられた男子生徒用のベッド・ルームに向かった。

 
 出発に備えて、カレル先生を除いた全員がキャビンに集まった。

 前方は操縦エリアでパイロット席が二つ並んでいる。

 後方はクルーのためのキャビンになっていて、両側の窓際に一つ、中央に二席の合計4席が横に並び、縦に五列で合計二十のシートが配置されていた。

 匠はパイロットのエーヴァ・パパに無理矢理頼み込んで、操縦士席の横の助手席に座らせて貰った。

 前方の三次元スクリーンに宇宙が拡がっていた。

 漆黒の宇宙空間に緑や青や黄色の無数の小さな星が瞬いていた。

 これから向かうドームの外側の宇宙の映像だった。

 隣の主席パイロット席ではエーヴァ・パパが、シートベルトを締めて、操作パネルに軽くタッチしながら、出発の準備を始めた。

「僕のおじいちゃんは広い宇宙をトップで泳ぎ抜いたんだよ!」

 宇宙の映像を見つめて興奮してきた匠が、隣のエーヴァ・パパに、おじいちゃんの話を始めた。

 匠が祖父の自慢話をするのは初めてだった。

 匠の祖父は第一回宇宙マラソンの金メダリストだった。

 その競技は宇宙服一つを身に着けただけで、寝袋や食料の入ったナップザックを担いで、地球から目的の星まで宇宙を遊泳してタイムを競うという、運動競技の歴史で最も過酷なレースだった。

「匠、それ本当か! 宇宙マラソンの初代チャンピオンは匠のおじいちゃんだったのか」

キャビンで宿敵ペトロが足を踏みならして騒いだ。

「匠! それって、すげーぞ」

 匠は、助手席のシートに座りなおし、背筋をピンと伸ばした。

 匠は・・・たちまち、時空のヒーローとなって、宇宙を軽やかに飛んでいた!

・・・「前方に敵機発見! 15度上昇して追跡開始!」

 匠は、前方に、宿敵ペトロが操縦する敵機を見つけた・・・つもりになった。

 目の前にある副操縦士用の操縦桿に匠が手を出した。

「ブイーン!」

 遊びのつもりで手元に引き込んだ操縦桿は本物だった。

 宇宙艇が船首を持ち上げ、15度上方に急発進した。

 窓枠にもたれながら、パパやママに手を振っていた咲良とマリエが、足を取られて尻餅をついた。

 ハル先生は副操縦席のシートから転げ落ちて床に頭をぶつけた。

 主席パイロットのエーヴァ・パパが慌てて操縦桿を握った。

 船首をゆっくり水平に直すと、船内アナウンスを開始した。

「ただいまシンギュラリティーHAL号は目的の惑星に向けて急発進いたしました。

 皆様どうか落ち着いて席に着いて、シートベルトをしっかりとお締め下さい」

 エーヴァ・パパの右手が伸びてきて、匠の頭をゴンと叩いた。

 発進した宇宙艇に向かって手を振っているパパやママや校長先生たちの姿が、みるみるうちに小さくなって消えていった。

 地球を離れ宇宙空間に達すると、はぐれ親父がキャビンの後方に生徒を集めて講義を始めた。

「窓から外を見ても何にもわからないが、実は宇宙の空間にはいろんな性格がある。

 人間と同じで、ストレートで素直な空間からカーブしてねじ曲がった空間までいろいろある。 

 いま向かっている歪曲空間というのは俺の心と同じだ。

 とんでもなくブラックな奴だ。

 俺たちはそこを通り抜けて別の宇宙に抜け出す。

 リンゴの虫食い穴みたいに狭ーいところだ」 

「俺たちリンゴよりはでけーよな。一体どうやって抜けるんだ?」

 裕大が呟いて、全員が心配そうに下を向いた。

「安心しろ! この宇宙艇は歪曲空間をすり抜けることができる。

昔、一人乗りのスペース・モバイルで歪んだ空間の一番狭いところをすり抜けたことがある。

あれは、苦痛と至福の時だった。お前さん達ももうすぐ味わえる。

俺がどうして歪みを抜けたか? 理由は俺にもよく分からん。

そこの処は宇宙物に理詳しいハル先生に説明して貰おう」 

 ハル先生はゆらりと立ち上がると、操縦室の後部に設置された電子ボードに向って

「歪曲、認知、非常識!」と言った。

 ボードが声を拾って、三つのキーワードを描いた。

「歪曲」「認知」「非常識」

「時空の歪みは普通の人間の目に見えないから困るのです。

ところが親父さんには見えているのです。

親父さんは思考の曲線が私たちと違っているから歪みが見えるのです。

非常識認知力です。

この宇宙艇は親父さんの頭脳をスキャンして、非常識認知の技術を取り入れました。

歪曲空間では時間はゆったりと流れたり、急に早くなったりします。

歪みを利用してうまく空間をすり抜けると、時間の流れを超えることができます。

時間が逆転して、時間稼ぎができるのです。

うまくいけば、わずか半日で私たちの宇宙の果てまで到着出来るという計算になりました。

まともなら光速でも130億年以上かかるところです。

今回の課外授業で生徒の皆さんの中からも、親父さんのように非常識認知の技を手に入れる生徒が出てくるかもしれませんね。

ハル先生、楽しみにしていますよ」

   そう言ってハル先生がじっと匠を見つめる。

 その技はきっとここにあるぞ・・・匠が自分の腹部を押さえた。

・・・おじいちゃんが宇宙マラソンで優勝した技もきっとこの「すり抜け技」だ。

 ハル先生、秘技はいつか僕ががんばって手に入れて上げる・・・

 ハル先生が匠に向かってウインクした。

「そうです。私が宇宙の第二方程式を完成させるのに時間がかかっているのも、この歪曲というやっかいな存在がその理由です。

 私の認知能力を非常識認知に切り替えるのにはとんでもない勇気が必要で、もう諦めかけてましたの。

 でもね、宇宙に出てきて、なんだか気分が乗ってきました。

 さー電子ボードを見てご覧なさい。

 先生、やりますわよ!」

 ハル先生はシートに座り込み、さっとナノコンを開いて、もの凄いスピードでキーボードを叩きだした。

 まるでピアノを演奏しているみたいに、先生の細い指がリズミカルに跳びはねる。

 電子ボードに前方に広がる宇宙の映像が飛びこんできた。

 漆黒の闇に点々と散らばる星々の間を埋め、膨大な数式と量子ビットの列が次から次に現れては飛び散って行く。

 スクリーンからはみ出した記号の束が天井や生徒たちの顔の上ではねて踊っていた。 

 ペトロにはハル先生がどこへ向かっているのか分かっていた。

 パワーアップした量子ナノコンの知能AIとなったハル先生は、ついに物理法則の限界を飛び越え、宇宙の第二方程式を創造する非常識の旅に出かけてしまったのに違いない。
 

 ・・・ハル先生はしばらくは帰ってこない。

 宇宙艇は超光速で銀河系宇宙の果て、歪曲空間を目指して飛んだ。

 宇宙艇のトレーニング・ルームに男子生徒を集めて、はぐれ親父が戦闘訓練を開始した。

「惑星で知的生命体を見つけた時には、まず彼らと接触してコミュニケーションを図ってみよう。

 しかしだ・・・前回、俺の旅では最初の惑星にとんでもなくでかい巨人が棲んでおった。

 そいつらに食われそうになって俺は命がけで逃げた。

 時と場合によっては、お前たちも自分自身で危険な相手から身を守ることが必要になる。

 女子生徒も守ってやらねばならない。

 今渡したのは防御用の電子銃だ。

 殺傷力は強くないが、一時的にターゲットの意識を奪う。

 いざというときのために、お前達同士で撃ち合って実践の技術を身につけておいて欲しい」

 練習開始だ! と言い残して、親父は部屋を出て行った。

 残された三人は電子銃を腰のホルスターに収め、三角形の頂点に立ち、睨みあった。

「時計回りで行こうぜ。一、二の三だ!」

 両脚を少し開いて、手をだらんと下げ、ペトロは匠を、匠は裕大を、裕大はペトロをター

ゲットにして狙いを定めた。

 「決めたら迷わず撃て!」

 三人は親父の最後のセリフを思い出した。

 部屋を離れたところで、はぐれ親父が立ち止まった。

「あっ言い忘れた。射撃の強さは一番弱いレベルから始めろだ!」

 親父が慌ててトレーニング・ルームへ走って戻った。

 隣の部屋で、カレル先生から、太陽エネルギーを集めて宇宙食を作り出す技術の指導を受けていた女生徒の耳に、壁を突き抜けて悲鳴が三つ飛びこんできた。

・・・宇宙艇「シンギュラリティーHAL号」の前方から一切の星の輝きが消え、薄闇がスクリーンを覆い始めた。

 重い振動音がはぐれ親父の身体の内側から湧き起こる。

「来るぞ!・・時空の狂気が」

 親父がしゃがれ声でパイロットに囁く。

 エーヴァ・パパの表情が一変した。

「全員、キャビンに集合!」

 甲高い非常呼集のサイレンが船内に響き渡った。

 裕大はカレル先生の個室に走り、魔法瓶を揺すって眠りこけている先生をたたき起こした。

「明るい照明は邪魔になる。エーヴァパパ、キャビンの照明をすこし落としてくれるかな!」

 親父の頼みで、キャビンは薄闇となった。

 薄闇の中に親父の顔が浮かび上がる。

「お待たせした。今から宇宙の歪みに入る。全員ベルトは緩く締めろ。シートが自動的に歪みに合わせて体をジャスト・フィットしてくれる。いいか、緊張するなよ。リラックスして楽しめ!」

 前方に流氷のような青白い光の群れが現れ、宇宙艇に襲いかかった。

 宇宙艇は反転し、上昇し、小刻みに震えながら、光の束をすり抜ける。

 スクリーンを突き破って、青白い光がキャビンに飛び込んできた。

 マリエの身体はボブスレーのように滑り、重力に押しつぶされた。

 咲良は飛び上がり、揺れてどこかに漂着した。

「始まるぞ・・いいか、決して抵抗するんじゃないぞ、力を抜いて任せてしまえ!」

 はぐれ親父の怒鳴り声が、低く歪んで裕大の鼓膜を打つ。

 時空の歪みがキャビンの中に忍び込んで、エーヴァの身体を浸食し始めた。

 魂の心地よい響きがペトロを弄び、意識が身体からさまよい出た。

「僕の時間が揺れている。もう昨日になったのかな。明日は過ぎ去ったのかな? どちらだ」

 ペトロが隣のシートの匠に聞いた。

「ムニャ!」匠は気持ちよさそうに眠り込んでいた。

・・・ハル先生は膝の上に置いたナノコンのキーボードを激しく叩いて、歪曲の構造を計算し続けていた。

 ハル先生の顔の上でちらちらと赤い光が遊んでいる。

「もうすぐあなたの正体を突き止めてみせるわよ!」

 ハル先生が呟く。

・・・ここは特異点。

 宇宙の第一方程式は通用しない。

 ここでは時間は空間の歪みから生まれている。

 それは小さな光の波形を描いて内向きに拡散していく。

 時計の針がグルグル逆に廻って、時間がエネルギーに戻る。

 ~あら、ここから無限のエネルギーが湧き出してる。

 近い! これが宇宙の正体?

 宇宙の第二方程式はあと一息で完成する!

 でもハルはなんだかとても熱い・・・。

 ハル先生の耳元で声が囁く。

《お前らの作り出す科学法則など、所詮は俺たちの創った自然の模倣に過ぎない》

・・・何ですって、わたしのこと、物まねですつて・・・

 馬鹿にして! あなたは誰? ここから立ち去れというの? 

 ハル先生の電子ボードに数人の黒い人影が話し合っている映像が映し出された。   


《また俺たちの領域に近づいて来ておる!》
 真っ赤な顔をした男が怒っていた。

《いかがいたしましょうか?》
 誰かが聞いた。

《放っておけ。そんなに簡単には解けん。
 万一、完成したらまた新しい宇宙を創ればすむことだ》

 

《聞こえたわよ。放っておけですって》

ハルは何が何でも方程式を手に入れてみせる!
あれっ、せっかくここまで進めた計算式がまっ赤に焼けて飛び散っていく。
無駄口叩いて邪魔するあなたはいったい誰? 
なにこれ、怒ったの?
熱い!
とても熱い!
《誰か、助けて!》

誰か、助けて!

 甲高い悲鳴が耳を破って、隣のシートでリラックスしていたカレル教授が跳ね起きた。

「なんてことだ!」
 隣のシートのハル先生の顔が真っ赤に焼けていた。

 操縦室の窓から差し込んだ一筋の光線が、ハル先生の顔を差し貫いて、膝の上のナノコンを直撃していた。

「危ない!」

 カレル教授はシートから飛び上がり、ハル先生の顔の上に自分の身体を覆い被せて光を遮った。

 背中のあたりが焼け焦げる匂いがした。

 突然、諦めたように赤い光が消え、痛みも同時に消えていった。 

 意識を取りもどしたハル先生が、カレル教授にしがみついた。

「カレル、あなたが助けてくれたのね。あれは悪夢なの? 宇宙の第二方程式はもう少しで完成するとこだったのに・・・悔しい!」

 カレル先生にはそれはとても夢の中での出来事とは思えなかった。

 教授の目には、”真っ赤に燃え上がった男の顔がハル先生を睨み付けている”のがはっきりと見えた。 

その時・・・

「宇宙からの脱出成功! 外宇宙に到着!」

 はぐれ親父が高らかに宣言した。

(続く)

続きは下記をご覧ください。

この世の果ての中学校 6章 七人の調査隊と消えた巨人

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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