この世の果ての中学校 10章 生き残った少年エドと黒い絨毯

筒井俊隆の長編SF

2106年、荒廃した地球に残された最後の人類・六人の中学生が、幽体と化した数人の大人達と共に、自分たちの未来を逞しく切り開いていく冒険物語です。

・・宇宙のはるか外の世界に食料を求めて、六人は時空の旅に出た。

調査隊を乗せたシンギュラリティー・ハル号は「時空の歪み」を抜け、第二惑星テラの大気圏に入った。

その惑星には、はぐれ親父が昔世話になった少年エドがただ一人生き残っていた。

前回のストーリーは、ここからどうぞお読みください。

この世の果ての中学校 9章 緑の小惑星テラ 誕生の謎

10章  生き残った少年エドと黒い絨毯

 エドは緑の丘陵の頂に佇んで、午後の日差しを浴びながら、碧く澄み切った空を見上げていた。

 今日は、虫たちは朝早く僕の様子を見に来て、何事もないと分かると深い森の大きな木の祠に帰っていった。

 僕の身体は大きいからまだまだ虫たちには負けない。

 それでも気をつけないと奴らはこっそりと身体の中に入り込む。

 仲良しのアナは、森を出て川に続く下り坂で転んだところをやられた。

 知らないうちに長い細い針で虫の子供を植え付けられていた。

 小さなボブは虫たちと勇敢に戦ったが、無数の虫たちに内部に入り込まれて、中から守りを破られた。

 クレアは弱っていたところを鋭い口を差し込まれて、血液を吸い取られてしまった。
 

 ついに仲間は誰一人いなくなった。

 それでも僕はみんなから引き継いだ肉体と魂のおかげで、十分に大きく、逞しくなって今日まで生き残ってきた。

 僕は虫たちにやられるわけにはいかない。

 僕の体の中にはアナもボブもクレアも、一族の魂がいっぱい生き続けているからだ。

  まだまだ「爆発」するのは我慢しなければならない。

 僕の中にいる小さなアナや、小さなボブや、小さなクレアを、少しでも成長させてからでないと、危なくてこの惑星に送り出せない。

 この森は食べ物は少ないけれども、平和だった。

 しかしいつの頃からか、虫たちが僕たち人間を狙うようになった。

 虫たちは古い朽ちた樹木や、甘い樹液や、葉っぱを食べ、花の季節には大好きな蜜を吸って暮らしていた。

 それがお互いを食べ合うようになってから少しずつ凶暴になった。

 いまでは虫たちが、僕たち人間を襲って来る。

 それも役割を分担して、一軍となってだ。

 またあの嫌な音が聞こえる。

 がさごそと虫たちが近づいてくる。

 監視役の先兵が、どこか近くに隠れて僕の動きを探っている。

・・お前たちに渡してたまるか!

 今爆発したら子ども達はみんな奴らの巣に連れて行かれる・・

 エドは多目的ナイフを取り出すと、鞘を捨てて立ち上がった。

 最後の戦いに備えて、使い込んだ武器のナイフを両手で構えた。

 空を見上げる少年の目には絶望が浮かんでいた。

 碧い空に銀色の光が一筋現れて、細い円周軌道を描いて走った。
 

 「もしかするとあれは希望かな」

・・違う、きっと僕の涙だ。今に消えてなくなる・・

 宇宙艇ハル号は、太陽の光線を反射して銀色に輝きながら、緑の峰々の上空をゆっくりと旋回していた。

 生徒たちは宇宙艇の両側の窓に分かれて、上空から惑星の地表を眺めた。

 第一惑星の切り立った山々とは違って、第二惑星は、丘陵がなだらかに続いていた。

 昔の平和な地球がこの惑星で生き続けているように見えた。  

 生徒たちは、はぐれ親父を助けたというエド一族の気配を探した。

 草原の小さな住居や、立ち上がる白い煙、森の中の小さな道や、林を焼いて作った畑など・・はぐれ親父の話に出てきた風景や人影はどこにもなかった。

 生徒達が探すのを諦め始めた頃、裕大の声が操縦室の沈黙を破った。

「左前方の山頂に人影が一つ見えます!」

 はぐれ親父が副操縦士の席から飛び出して、裕大の覗く窓に走った。

 裕大の指さす先、緑の山の頂上付近に、身構えて立つ少年の姿が見えた。

「裕大! あの少さな人影はエド一族だ」

 裕大の頭を叩いて喜んだ親父の表情が、急に引き締まった。

・・ちょっと待て、山の頂上にたった一人で立って、あいつ、一体なにしてるんだ?・・ 

 不自然な状況に気がついたはぐれ親父が、パイロットのエーヴァ・パパに向かって叫んだ。

「旋回を頼む! 左前方の山頂に接近して、上空で船を静止させてくれ。あの少年を驚かせないようにエンジンの噴射音をできるだけ消してくれないか」

 はぐれ親父は副操縦士席に座り、操作パネルを使って船外カメラを山頂に向けた。

 スクリーンの中から、ナイフを構えた少年が宇宙艇を睨みつけていた。

「親父、あの黒い条(すじ)みたいなものはなんだ」

パイロットのエーヴァ・パパがおかしな景色に気がついた。

 少年の周りに黒い絨毯のようなものが拡がり、それは頂上から何本かの細い条に別れ、川の流れのように山の麓にまで達していた。

「なんだあれは!」

はぐれはうなり声を上げて、スクリーンの映像をズーム・アップした。

「おい親父! あれ動いてるぞ」

 エーヴァ・パパが呻いた。

 親父が画面の動きを一旦停止した。

 次に巻き戻して、スローにして再生した。

 たしかに黒い絨毯は、細かく蠢(うごめ)いていた。

 はぐれ親父の目が画面に釘付けになった。

「あれは虫の群れじゃないか?」

 はぐれ親父の身体がシートから跳び上がった。

 小年は無数の虫に取り囲まれていた。

 少年が立つ山は、頂上から麓まで小さな虫に覆われていた。

「お前たち、直ちに戦闘準備だ!」

 はぐれ親父が男子生徒に怒鳴った。

 男子三人は電子銃を迷彩服のベルトに装着して、戦闘態勢に入った。

 エーヴァ・パパの操縦する宇宙艇は滑るように頂上に近づき、少年の頭上で静止した。

 はぐれ親父は、攻撃用の放射光線銃を立ち上げ、銃砲を艇先に突き出して、パイロットに頼んだ。

「エーヴァ・パパ! そのまま少年の上で、ゆ~っくり一回転してくれ!」

 親父は放射光の照準を少年を取り囲む黒い絨毯に合わせた。

 ・・少年は立ち尽くしていた。

 まわりの がさごその音がすぐ側までやって来た。

 もう待ちきれなくなって、僕に爆発を強制しに来たんだ。

 僕は虫たちに取り囲まれてしまった。

 そのうえ、頭の上にまで大きな影が現れ、ブーンと低い音で唸った。

 太陽の光と僕の涙で、かすんでよく見えないけれど、こいつはとんでもなくでかい奴だ。

 僕は覚悟を決め、ナイフを両手で握りしめた。

 銀色に輝くそいつは頭の上でぐるりと一回転した。

 そいつは口から白く輝く光を僕に放射した。

 僕はナイフを空に向かって突き上げた。

 気がついたら、まわりの草むらにきれいなこげ茶色の焼け跡ができた。

 そいつは銀色の羽根を一振りして僕に合図をした。

 まるで友達の挨拶のようにだ。

 それから、大きく向きを変え、丘陵を斜めに回転しながら降下して、白い光線で丘の斜面を焼き尽くしていった。

 なにかが焼け焦げる嫌な匂いが立ちこめて、虫たちの気配が消えていった。

・・丘の麓に降下した宇宙艇ハル号は、山を囲む平原をぐるりと一周すると、一気に上昇して頂上に戻り、焼け焦げた地面に着陸した。

 宇宙艇の外部ドアが音を立てて開き、大きな男が飛び出してきた。

 男は、呆然と立ち尽くしている少年に駆け寄った。

 「大丈夫か? 俺ははぐれだ」 

 少年は男の顔を、確かめるように見つめた。

 遠い記憶が蘇ってきて、少年の顔が歓びで弾けた。

・・この人は、昔、空を飛ぶ小さな一人乗りの乗り物でやってきた男だ。

 全身から血を流しながら乗り物から下りてきて、僕に「助けてくれ」と叫んだまま、意識を失って倒れた。

薬草で手当をすると、一日で意識が戻り、水を飲ませ、食料を食べさせると、たった三日で元気になった・・

「エドか?」男が少年に聞いた。

「エドです」と少年が弾ける声で答えた。

「元気か? その節は大変世話になった」

 男の大きな右手がエドの肩にやさしく置かれた。

 エドは虫たちの執拗な攻撃から助けられたことに気付いて、肩の力が抜けた。

 安堵したエドは、もう泣き出してしまった。

「安心しろ、もう大丈夫だ」

 はぐれの大きな身体が、エドを抱きしめた。

 エドは泣きながら、手の中に握りしめていた大ぶりのナイフを男に手渡した。

 そのナイフは、元気になった男がここから去って行くときに、介抱のお礼にくれた物だった。

「あれからずっと愛用してます」

 はぐれは、少年が使い込んだナイフを手にとって、しばらく懐かしそうに眺めた。

 はぐれは、地面に落ちている鞘に気がついて拾い上げ、ナイフを収めてエドに返した。

 それから目を上げてエドに聞いた。

 「他の仲間はどこにいる」

 エドは言葉が出てこなくて、無言で首を横に振った。

 はぐれはそれ以上なにも聞かずに振り向き、銀色の乗り物に向かって手を振った。

 宇宙艇から、三人の少年が手に武器を持って駆けだしてきた。

 三人はエドに頷いてから、はぐれの前に整列した。

 はぐれが丘の斜面を調べるように指示をすると、三人は二手に分かれて、焼け焦げた草むらを調べながら、麓に向かって下っていった。

 はぐれはエドを座らせ、横に並んで腰を下ろした。

 エドは息を弾ませて、仲間の話を始めようとしたが、喉が詰まって言葉が出てこない。

「エド、息を整えろ! 話は落ち着いてから、ゆっくり聞かせてもらう」 

 親父の声は低く、優しかった。
 

 エドはただ、嬉しかった。

 あの憎らしい虫の群れをやっつけてくれたはぐれが、とても頼もしく見えた。

 数十分が経ち、二人の少年が息を切らせて戻って来た。

「小さな昆虫の死骸が山ほど残っていました。大きな虫は逃げていったようです。まだ近くに隠れているのかも知れません」
 

 三人目の大柄な、年長らしい少年が少し遅れて帰ってきた。

「下の森にはもっとでかい奴が潜んで、僕の様子を窺っていました。どうも僕たちは彼らに監視されているようです」

 はぐれの顔色が変わった。

「ここは危険だ。お前たち、ハル号に戻るぞ!」

 はぐれがエドに付いてくるように言って、早足で宇宙艇に向かった。

「裕大だ」

「匠だ」

「ペトロだ」

 少年たちが駆けながら、エドに声をかけた。

「ありがとう。エドだ」

 元気な仲間に会うのは久しぶりで、エドの気持ちが弾んだ。

 宇宙艇のデッキで、エーヴァ・パパとカレル教授が一行を待ち構えていた。 

「エド、こちらだ」

 閉じられたハッチの金属音を背後に確認しながら、裕大がエドをキャビンに案内した。

 中央の柔らかいシートに落ち着くと、エドは懐かしそうに前方の操縦席の計器板を眺めた。

「小さいけれど、新型の宇宙船だ」

 エドは遠い昔、大きな宇宙船を操縦してこの惑星にやって来たことを思い出していた。 

・・・

「ハーブ・テイーですよ」

 ハル先生が熱いアップル・テイーに甘いステピアを少量とミントを加えたお茶を、大きなカップに入れて運んできた。

「エドね、私はハルよ。慌てずにゆっくりとお飲みなさいね」 

 エドはハル先生に一言お礼を言ってから、カップを受け取り、少しずつ喉に通していった。

 甘くて、鼻を射す刺激的な香りで、一気にエドの力が戻ってきた。 

 落ち着きを取り戻したエドから「爆発」の兆候がすこしずつ遠のいていった。 

 操縦室に乗組員が集合して来て、エドを取り囲んだ。

 鮮やかな制服をきた少女が三人やって来て、順番に挨拶してくれた。

「咲良よ」

「エーヴァよ」

「マリエだぞ」

 それからはぐれ親父がクルーを紹介した。

「ハル先生にベテラン・パイロットのエーヴァ・パパだ。 

 こちらすこしお年だが、元気なカレル教授だ。

 それに俺を入れた十人で乗組員全員だ。

 エドの故郷、地球からの調査隊だ」 

 エドが立ち上がって、虫の群れの攻撃から命を助けてもらったお礼を言った。

 少年の言葉は地球の北米の言葉だった。

「僕の名前はエドです。こんな格好で失礼します」

 植物の繊維で縫い上げたエドの上着とズボンは、方々が擦り切れて、血のこびりついた膝と右の腕が露出していた。

 はぐれがエドの肩に手を置いて、みんなに紹介をした。

「この少年が、昔、死にかけていた俺を介抱して、生き返らせてくれた恩人のエドだよ。エド、早速だが、いまの状況を俺たちに聞かせてくれないか?」

・・座ってゆっくり話してくれ・・はぐれが優しく促した。

「僕はこの惑星に残された最後の人間です。地球からやってきた移住民の末裔です」

 エドは椅子に座り、考えをまとめながら話し始めた。

「いま僕は大きな問題を抱えています。

 数時間後には僕は間違いなく爆発の時を迎えます。

 それは最後まで生き残った者の宿命なのです。

 爆発が起こると、僕の身体は飛び散り、預かっている仲間の魂が、無数の子供たちとなって生まれ落ちて、新しい未来に向かって飛び立って行きます。

 でも僕はこのあたりの山の中で爆発するわけにはいきません。

 あいつらが・・腹を空かせた虫たちが、山にまだまだ、うじゃうじゃいて、僕の小さな子供たちが生まれ出るのを待ち構えているからです」
 

 エドは上を向いて、悔し涙を必死に堪(こら)えた。

 キャビンを沈黙が流れた。

 間もなくエドから生まれ出る新しい命の運命を知って、全員が息をのんだ。 

 ハル先生がナノコンを取り出して、計算を始めた。

 間もなく答えがでた。

「宇宙艇で数時間の中に昆虫を壊滅出来る確率、3%以下。そのときのエドの子供たちの初期生存確率、1%以下。ただしこの惑星の緑も同時に破壊し尽くさねばならない」
 

 ナノコンが先生の膝の上から滑り落ちた。

 エドには逃げ場がなかった。

 パイロットのエーヴァ・パパがあることを思いついて、エドに尋ねた。

「ここから数時間で行ける安全なところがあるぞ。エド、直ちに第一惑星に向かうというのはどうだ? 食糧事情はさらに悪そうだが、外敵はいないぞ」

「はぐれおじさん、第一惑星には歪みを抜けないと到達できません。

 途中であの空間を通り抜けるのは、今の僕にはとても無理です。

 歪みの中で爆発が起ってしまいます。

 それより、この惑星の裏側の方が少しは、ましかもしれません。

 裏側はここと違って荒れ地ばかりですが、そのせいで虫はほとんど棲息していません。

 子供たちが生きていける環境ではありませんが、頑張ってくれれば、ここよりは生存の可能性があります。

 いまの僕に思いつけるのは、この宇宙艇で惑星の裏側に送り込んで頂くことぐらいです」

 ・・無念です!・・といって、エドは沈鬱な面持ちで黙り込んだ。

 咲良とエーヴァとマリエが、顔を寄せて相談を始めた。

「エド、この宇宙艇で爆発をして、そのあとは私たちがあなたの子供たちを地球に連れ帰って育てるというのはどうかしら」

 咲良が真剣な表情でエドに尋ねた。

「咲良、嬉しい話ですが、とても無理です。

 子供たちは植物の胞子と同じで、爆発のあと風で運ばれて、できるだけ遠くの緑の中に落ちていく様にプログラムされています。

 数百人の子供たちがこの宇宙艇で散らばったらそれこそ収拾不可能です」

 眼を閉じて考え込んでいたはぐれ親父が、目を見開いて、いきなりシートから飛び上がった。

「第三惑星テラだ!」

 続きを親父が話し出す前にエドが遮った。

「第3テラはこの惑星からも観測できますが、この星の裏側と同じで、赤茶けた荒れ地ばかりですよ」

「違うぞ、エド! お前に助けられた後、俺はここから地球に向かった。

 来た方向とは逆のルートを取ったら、もう一つの惑星を見つけた。

 荒れ果てた惑星だと思ったが、向こう側に回ると緑がいっぱいだった。

 この惑星と形状が逆さまなんだよ。

 おそらく元は一つの小惑星だったんだろう。

 あそこなら歪曲なしで、二時間もあれば到着できるぞ。

 この惑星が人間の生存が可能なのだから、双子星であるテラ3もその可能性が高い。

 お前の子供たちが生きていける環境であることを祈って、思い切って賭けてみる値打ちはあると思うが、どうだ?」

 エドの表情がパッと輝いて、椅子から跳び上がった。

「やってみます!」

「発進だ! 全員シート・ベルトだ!」

 はぐれ親父が大声で叫んだ。

 エーヴァ・パパが直ちに操縦席に滑り込んで、宇宙艇を急発進させた。

 宇宙艇ハル号は山を離れ、轟音と共に宇宙に向かった。

・・・エドは遠ざかる故郷の星を複雑な気持ちで眺めていた。

 エドの中のたくさんの魂がそれぞれの記憶を囁き合っている。

 昔、僕たちの親は、緑を失った地球を後にして、最後の難民宇宙船に乗った。

 人間の住める環境を探し求めて銀河系宇宙を彷徨ったけれども、地球みたいに水と緑に恵まれた惑星はどこにもなかった。

 僕たちは永い旅路の果てに、おかしなところにたどり着いた。

 そこへ近づくにつれて、宇宙船がおかしな形に歪み始めたんだ。

 そのうち僕たちの身体もまともじゃなくなった。

 仲間の顔は真っ赤なトマト、胸のあたりはマッシュ・ポテト、腕はよく焼けたローストビーフに見えたんだ。

 きっとみんな腹ぺこだったんだ。

 エドという名前のパイロットが、恐ろしい提案をした。

・・ここから向こうは空間が歪んでいて、生命体は存在することが許されないかも知れない。

 しかしだ、これはもしかしたら神様から頂いた最後のチャンスかもしれない。

 どうせ食料も、帰るところもない俺たちだ。

 歪曲空間に突入して、向こうに何があるのか試してみたいと思うのだがどうだろうか・・

 多分、もうすでにみんなの頭は歪み始めてたんだと思う。

 おなかが空っぽでゲラゲラ笑いこけていた小さなボブが「やっちゃえ!」と最初に賛成した。

 可愛い女の子のアナとクレアが澄まし顔で「突入して早く楽になりましょうよ」と言い放った。

 大人たちはもう反対する気力もなかった。

 エドが奇声を上げながら、宇宙船を一直線に歪曲空間に突入させていった。

 宇宙船も、キャビンも、シートも、みんなの身体も、頭の中も、グルグル廻って、ばらばらに飛び散った。

 気が付いたら、僕たちは宇宙の外に飛び出していたんだ。

 そして奇跡が起こった。

 最初に緑の第一惑星を見つけたが、そこには先住民の恐ろしくでかい巨人が住んでいた。

 冒険好きの数人の家族がそこでチャレンジすることに決めて、船を離れていった。

 第一惑星を諦めた僕たちは、もっと凄い歪曲空間を通り抜けて、緑の第二惑星を発見した。

 そこは豊かとはとても言えない厳しい環境だったけれども、僕たちは全員そこで新しい生活を切り開こうと決めた。

 そのあと、宇宙船は数人のクルーと共に地球に向かって飛び去って行った。

 無事、地球に帰還出来たのかどうかは分からない。

「僕たちはどの惑星で暮らしたら、一番幸せになれたのかな。地球かな、それともテラ1かなテラ2の荒れ地かな・・」

 ボブの声がした。

 「いやこれから行くテラ3に決まってる。きっと幸せになれるさ!」 

 少年エドが力強く言い切った。

 「でも、幸せってどんなものだったのかな。ずいぶん昔のことで、とても思い出せないよ」

 ボブやクレアやエドの内なる魂たちがささやき合った。

・・・第三惑星テラが操縦席の前面スクリーンに姿を現した。

 正面の茶色の荒れ地を避けて、一気に裏側に回ると、そこは緑の山と青い川と豊かな草原でできていた。

 ハル先生が監視カメラで惑星の大気を少量切り取って、分析をした。

「朗報です。大気の状態は良好。環境は第二惑星と酷似。人類の活動可能です」

「うわおー!」

 エドがはぐれ親父の髪の毛を両手でぐちゃぐちゃにかき回した。

  森に続いている草原を眼下にして、窓際に立っているエドを女生徒たちが取り囲んだ。

「爆発したらエドはどうなるの」咲良が聞いた。

「僕は消滅する」

「どこへ消えるの」エーヴァが尋ねた。

「空だと思う。僕は消えるけれど、小さな僕らがいっぱい生まれる」

「小さな僕らとはいつか会える?」マリエが聞いた。

「小さな僕らとはすぐに会える」エドが答えた。

「ほんと・・どこで?」

「この惑星の森の中で」

・・・

「着陸するぞ。エド、出発準備だ」

 はぐれ親父がエドの背中に向かって怒鳴った。

「もう行かなくっちゃ」

慌てたエドに、 咲良とエーヴァとマリエがほっぺたにお別れのキスをした。

「驚いた。食べられるかと思った」

 エドがおどけて緑の目を大きくまばたいた。

・・・宇宙艇のデッキから、エドが草原に飛び降りた。

 エドは冷たい空気を胸に吸い込み、確かめるように何度か大地を踏みしめた。

 準備が終わると、エドは頭を下げ、顎をぐいと引いた。

 そして前方に広がる深い森に向かって、全速力で走りだした。

 はぐれが併走して、裕大と匠とペトロが後に続いた。

 森が近づくとエドは一段とスピードを上げた。

 エドと、その後を追う四人との距離が一気に開いていった。

 (続く)

続きはここからどうぞお読みください。

緑の第二惑星に一人生き残った少年エドは、調査隊と共に第三惑星に到着した。 はぐれ親父の予言通り、第三惑星の裏側には緑の森が続いていた。 喜んだエドは宇宙艇ハル号から飛び降り、深い森に向かって全速力で走った。 しばらくして森の頂きから、バン!という小さな破裂音が聞こえた。

【記事は無断天才を禁じられています】

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下條 俊隆

下條 俊隆

ペンネーム:筒井俊隆  作品:「消去」(SFマガジン)「相撲喪失」(宝石)他  大阪府出身・兵庫県芦屋市在住  大阪大学工学部入学・法学部卒業  職歴:(株)電通 上席常務執行役員・コンテンツ事業本部長  大阪国際会議場参与 学校法人顧問  プロフィール:学生時代に、筒井俊隆姓でSF小説を書いて小遣いを稼いでいました。 そのあと広告代理店・電通に勤めました。芦屋で阪神大震災に遭い、復興イベント「第一回神戸ルミナリエ」をみんなで立ち上げました。一人のおばあちゃんの「生きててよかった」の一声で、みんなと一緒に抱き合いました。 仕事はワールドサッカーからオリンピック、万博などのコンテンツビジネス。「千と千尋」など映画投資からITベンチャー投資。さいごに人事。まるでカオスな40年間でした。   人生の〆で、終活ブログをスタートしました。雑学とクレージーSF。チェックインしてみてくださいね。

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