1904年セントルイスオリンピックは万博の余興?史上最悪のマラソンレースを再現 !

はじめてヨーロッパから離れ、アメリカのセントルイスで行われた第3回オリンピックのマラソンは、史上最悪のレースとして歴史に残されています。1位でゴールしたアメリカのフレッド・ローツ選手が、途中で自動車に乗って距離を稼いでいたという「キセル事件」が起こったのです。ウイキペディアによればローツ選手は不正を糾弾されて、優勝を取り消され、マラソン界から追放を命じられたとされています。

 

フレッド・ローツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このあと処分は軽減されますが、ローツは意図してこのような不正を働いたのでしょうか?それとも疲れ切ってレースを諦めた上での冗談だったのでしょうか? 

じつはセントルイスオリンピックは、ルイジアナをフランスから買い取った100周年を記念した万国博の一環として行われました。お祭り騒ぎのフェアーの影響で、オリンピックも本来の精神や趣旨から少し外れてしまったのです。

アメリカの歴史を語るスミソニアン博物館の公式サイトに掲載された記事を主なベースにして、セントルイスオリンピックのお祭り騒ぎのイベントと最悪のマラソンレースを再現してみました。

セントルイスオリンピック1904年 史上最悪のマラソンレース

オリンピックは万国博覧会の余興だった?

 

セントルイスオリンピック
(ポスター)

 

写真は1904年セントルイスオリンピックのポスターです。「五輪」のシンボルマークが開発されたのは1920年大会からで、ここではまだ使われていません。

ポスターの下半分をご覧ください。「万博 ルイジアナ購入博覧会」と記されています。

じつはセントルイスのオリンピックは、万国博覧会と併催しているイベントでした。万博はアメリカがルイジアナをフランスから購入した100周年を祝い、「アメリカの世紀」を唱い上げる幕開けイベントでした。オリンピックは万博の一環として催されていたのです。

 

「人類学の日」と呼ばれるスポーツイベントが“民族の体力測定”を目的としたオリンピックのゲームとして行われました。万博会場に作られた「国際的な村」(アメリカインデアン村やフィリピンの原住民の村、日本のアイヌの人を集めた村)から選手が募集されて、少数民族の体力を測定するという名目のもとに、白人の観客に向けた余興としてゲームを競わせたのです。

日本からはアイヌの人達がアイヌ村の展示物として(陳列)されていたと記録されています。日本は当時日露戦争のただ中でしたが、万博に“芸術的催し”で参加しています。オリンピックに参加するのは第5回ストックホルム大会からで、このオリンピックには参加していません。

「人類学の日」のゲームは、グリースポールクライム(あぶらを塗った棒登り)、ジャベリンコンテスト(やり投げ)、エスニックダンス、泥投げなどを競技として白人の観客に見せたのです。このような競技が体力測定などという科学的な調査目的で行われたはずがなく、「人類学の日」のゲームには人種差別的な発想が背景にあるとして、後々までの批判の的になりました。

 

ジャベリンコンテスト
Javelin contest during the Anthropology Days. Photo: St. Louis Public Library (www.slpl.org)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真はやり投げコンテストの風景です。

近代オリンピックの創始者で、IOCオリンピック委員会のクーベルタン委員長は「人類学の日」の競技を見て茫然自失して言ったのです。

「(オリンピックの競技のように)走って、ジャンプして、投げて白人を後塵にすることを覚えなさい!」と。

 

マラソンのスタートラインに集まった有力選手と不思議な選手たち

 

オリンピックのマラソンは、ギリシャの古代オリンピックの伝統を引き継いで、近代オリンピックの精神を示す象徴的なゲームといわれています。しかし1904年セントルイスのマラソンは競技を競い合う崇高な精神というより、万博のフェアー「お祭り」の雰囲気に近いイベントになっていました。

有力選手はボストンマラソンの優勝者や入賞者でしたが、ほとんどは中距離のランナーや足が自慢のアマチユアの人達でした。

アメリカ人の有力選手はサム・メラー、ニュートン、ジョン・ロードン、トーマス・ヒックスなど、マラソンの経験者です。

アメリカ人のフレッド・ローツは、普段はレンガ職人で昼に働き、夜間にトレーニングを積んでいました。アマチュアのローツはアマチュアアスレチックユニオンが主催する「特別な5マイルレース」に出場して、本戦への出場権を手に入れたという経歴の持ち主です。このローツ選手がレース途中の“キセル走行”でルール違反とされ、代わってトーマス・ヒックスが優勝者として表彰されることになります。

 

スタートラインにひとりのキューバ人が現れました。フェリックス・カルバジャルという名前のもと郵便配達員です。郵便配達で鍛えた足でキューバ中をトレッキングしながら、デモンストレーションをしてセントルイスまでの旅費を集めました。ニューオーリンズに着いたカルバジャルはサイコロゲームに手を出して、全財産を失います。困った彼はセントルイスまでヒッチハイクをしてなんとかたどり着いたのです。

スタートラインに現れた彼は、ベレー帽をかぶり、白い長袖のシャツに、普通のストリートシューズを履いていました。濃い色の足元まで届く長いズボンは、とてもマラソンランナーに相応しいとはいえない代物。見るに見かねたオリンピアンのひとりがハサミを探して、カルバジャルのズボンの膝から下を切り落としました。

フェリックス・カルバハル Cuban marathoner (and former mailman) Félix Carbajal Photo: Britannica.com

 

 

 

 

 

 

 

 

写真は半ズボンになった小柄なカルバジャルです。二日間なにも食べていなかった彼は腹ぺこでレースに挑み、ガンバって4位でレースを終えることになります。

 

スタートラインに不思議な選手が二組現れました。長距離のマラソンは一度も走ったことがないというギリシャ人が10人。裸足でスタートラインに立った南アフリカのツアナ族が二人です。ツアナ族の二人は博覧会の「南アフリカ世界フェア」に展示物として参加していたのですが、なぜかオリンピックのマラソンに裸足で駆けつけたのでした。

南アからマラソン参加の二人。一人は裸足。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間が走った、史上もっとも過酷なマラソンレースが始まった!

 

1904年のオリンピックマラソンレース(ミズーリ歴史協会)

 

 

 

 

 

 

 

 

1904年8月30日午後3時30分にレースがスタートしました。大勢の米国人、10人のギリシャ代表、キューバが一人、そして南ア(RSA)の黒人二人を含めて4カ国の代表32人がまず競技場を一周します。

 

競技場を一周する選手達

 

 

 

 

 

 

 

 

競技場を一周する選手達です。20番を付けているのが優勝したトーマス・ヒックスです。温度は33度と1日で1番暑く、湿度の高い時間を選んでいます。そして水の補給箇所はコースでただ一つ、11マイル地点の井戸に限られました。(6マイルの給水塔と12マイルの井戸の2カ所だったという説もあります)

 

どうしてそんな過酷な時間や給水にしたのでしょうか?マラソンゲームのチーフオーガナイザーのジェームス・サリバンは、研究分野である「意図的な脱水の限界と影響をテストするために、水分摂取を最小限に抑えた」としています。

コースは39.99キロ、厳しく長い7つの丘がある、舗装のない埃だらけの道路でした。馬や犬がコースを横切り、コーチや医者を乗せた車がランナーと併走して走り、埃を巻き上げていました。ランナーはほこりを吸い込んで、激しく咳き込んでいました。吸い込んだ埃はこのあとランナーの肺を痛めつけることになります。

 

フレッド・ローツが先頭に立ちトーマス・ヒックスが後を追います。途中、米国のウイリアムガルシアが道路脇で倒れ、オリンピックマラソン史上初の死者になりかけていました。病院に担ぎ込まれたガルシアの食道は埃だらけで、内部が侵食されていました。米国有力選手のジョン・ロードンは嘔吐の発作に苦しみ、途中で棄権します。

キューバのカルバジャルはブロークン英語で観客とお喋りしたり、先頭を争いながらレースを楽しんでいました。途中、車に乗った男が桃を食べているのをみて、欲しいと手を出したのですが断られます。彼はふざけてももを二つひったくり、走りながら食べたのです。

40時間以上なにも食べずにいた空腹の彼は道ばたのリンゴの青い実に気づいて(腐っていたという説もあります)二つとって平らげます。すぐに強烈な腹痛に襲われた彼は、横になって昼寝をして休み、その後立ち上がり4位に食い込んでレースを終えることになります。昼寝をしなかったら優勝したかもしれないと、彼の実力と健闘を称える記事があります。

 

南アから黒人としてはじめてオリンピックに参加した二人の黒人のうち、マシアン・ヤンは野犬に追いかけられて、コースから数キロも離れてしまいました。ヤンは完走して12位に入り、もう一人のレン・タウは9位に入っています。

9マイル地点でけいれんに悩まされていたローツは、伴走していた自動車に乗ってヒッチハイクをすることに決めました。途中ローツはゴールの競技場に向かう車の上から「通り過ぎる観客や、他のランナーに手を振っていた」(スミソニアン記事)と報告されています。

・・・ローツが意図して不正を仕組んでいたのなら、この行動は極めて不自然と言わざるをえません。

 

一方、優勝をしたヒックスはこのときあと10マイル地点で2人のサポートクルーの管理の下に走っていました。疲労困憊し、喉が渇いたヒックスはハンドラー(助言者・クルーのこと)に飲み物を欲しいと訴えますが、拒否されます。許されたのは、暖かい蒸留水で口を拭うことだけでした。

二人のハンドラーとトーマス・ヒックス
二人のクルーとトーマス・ヒックス

 

 

 

 

 

 

 

 

フィニッシュから7マイルに近づいたとき、よれよれになったヒックスにハンドラーは「ストリキニーネと卵白の混合物」を与えました。ストリキニーネは毒物ですが、当時は少量で刺激剤として使われていました。これはオリンピックで薬物が使用された初めての記録です。薬物使用が禁止されるのは後のことです。

 

その間、車に乗ってけいれんから回復したローツは11マイルを稼いでくれた車からコースに降りました。車が故障して動かなくなったのです。「車から現れたローツを見てヒックスのハンドラーの1人がコースから外れるように命じます」(カッコ内はスミソニアンの記事からの引用です。他の記事ではこの様子は見当たりません)

しかしローツはそのまま走り続け、3時間弱のタイムで競技場のゴールにフィニッシュしました。アメリカ人のゴールに喜んだ観衆が歓声を上げ、ルーズベルト大統領の娘のアリス・ルーズベルトが金メダルをローツの首にかけようとしたときです。だれかが「その男は車に乗ってフィニッシュラインまで来た詐欺男だ」と告げて歓声はブーイングに変わります。

ローツは微笑んで「これは冗談だ。名誉を受け入れるつもりはなかった」と主張しました。しかし主催者はローツの生涯の選手活動を禁じる決定を下したのです。

 

その頃、ヒックスはストリキニーネの影響で顔は青ざめ、足を引きずっていました。ローツが失格になったと聞いて、ヒックスは足を速めようとしますが、トレーナーはヒックスの体力では無理な試みと思い、卵白入りのストリキニーネをもう一彼に与えます。今回は食べ物をうまく喉に通すために、ブランデーを飲ませました。

 

「ヒックスは油を差した機械のように、機械的に走っていました。目はくすんで、肌の色は青白く、腕には重りがついたようで、膝は硬く、足はほとんど持ち上がらない状態でした」(大会オフィシャル チャールズ・ルーカス談)

ヒックスはこのとき幻覚症状を呈しています。ゴールまではまだまだ遠い20マイル地点にいると錯覚していました。元気になるために、さらに食べものを頼み、横になり、ブランデーを飲み、卵白を二つ食べます。

ヒックスは丘を越え、最後の坂を速度を落としてゆっくりと下りました。ついにスタジアムについたとき、ヒックスは観客の前をスピードを上げて走ろうとしましたが、足がもつれました。彼のトレーナーはフィニッシュラインまで彼を運び、彼の足を前後に動かし、身体を持ち上げてゴールラインを越えさせたのです。

 

ヒックスは勝者と宣言されました。そのあとヒックスがその場を離れるのに4人の医師と1時間が必要でした。レースで8ポンドも体重を失ったヒックスは言っています。「この恐るべき丘は選手を粉々に引き裂いた」と。

 

ヒックスの記録は3時間28分45秒で従来のオリンピック記録から30分も遅く、マラソンの参加選手32名のうち完走は18名、棄権は14名。これらは代々のオリンピックのマラソン史上最悪の結果として記録に残りました。ローツの「わたしは冗談を言ってるんだ」という主張が通り、彼の出場停止は1年間にとどまります。

ヒックスとローツは翌年のボストンマラソンで再会し、ローツは「自分の足以外の助けなしに見事に優勝を果たしました」(スミソニアン記事)

(おわり)

 

[主な参照記事と引用画像出典]

The 1904 Olympic Marathon May Have Been the Strangest Ever SMITHSONIANMAG.COM

Disastrous  1904 Men’s Olympic MarathonExpress To Nowhere 

Wikipedia Athletics at the 1904 Summer Olympics – Men’s marathon

 

【記事は無断転載を禁じられています】

この世の果ての中学校23章“匠は開かずの扉を開けて守り神の大会に迷い込んだ”

  匠は、地球から遠く離れた宇宙の片隅にスペースハンモックを浮かべて、孤独なときを過ごしながら、第三惑星に住む小さなエドの家族から返信が届くのを待っていた。

 

 三日目の朝がやって来て、スペース・フォンにエドの家族から電子メールが二通届いた。

 最初のメールはボブとクレアからだった。

 そこには、森の中で滝の上からやってきた緑の怪物に出会ったことが詳しく書かれていた。 

 

 ・・・匠よく聞いてね! 私たち、緑の怪物とお話ししたけど、正体は、やさしい緑の風のおじ様だったわよ。(クレア)

 それから、“惑星テラは地球から逃げ出した緑の植物と土の塊からできあがった”と言っていたよ。(ボブ)

 最後に、“地球の自然を壊した人類には、種の命を守ってくれる守り神がいなくなった”という話をおじ様から聞いて、二人とも岩から落ちて気を失ってしまったんだ。(ボブとクレア)・・・

 

(前回のお話はここからお読みください)

この世の果ての中学校22章“クレアとボブは緑の怪物を探しに森に出かけた” 

 

この世の果ての中学校23章“匠は開かずの扉を開けて守り神の大会に迷い込んだ”

 

 エドの家族から届いた二通目のメールは、パパ・エドとママ・エドからだった。

“匠、返事一日も待たせて御免。クレアとボブの話を聞いて、僕らも卒倒しそうだよ。

 惑星テラを地球に呼び戻して、融合する話だけど、この惑星の小さなエドの家族全員に相談したら、大賛成! みんなその日を待ちかねてるよ。

”早く計画立てて一緒になろうよって!”

 (パパ・エドとママ・エドより)

 

・・・こちら匠、いま中継地点。メール二通読んだところ。

 僕はここで一日じゃなくて三日も待ったんだよ。

 宇宙の歪みが影響して、こことそことは時間の経過が違うみたいだ。

 その上、スペースハンモックで寝てたら、気持ちの悪い緑の怪物の夢まで見ちゃつた。

 クレアとボブの緑の風のおじさんの話、それからほかの家族と相談してくれた話、急いで地球のみんなに報告するからね。

 またこちらから連絡するから、メール・ボックスはいつも空けておいてよ!・・・

 

 エドの家族にメールを打ち終えた匠は、急いでハンモックから飛び降りた。

 ハンモックを小さく折り畳むと、リュックに収めて帰り支度を整える。

 

「ただ今任務完了! 地球に向けて出発しまーす!」

 匠は地球を目指して架空のスタートラインに立ち、肩の力を抜いて軽くジャンプをした。

「長旅に備えて準備運動、1!2!3!」

 

 3回めのジャンプで匠は不思議なことに気が付いた。

 前方に緑色した小さな宇宙ゴミが見える。 

 ジャンプを終えるとそれは消えた。

 

 近づいて見ると、宇宙ではありえない物体・・・緑色した小さな葉っぱの端切れ、半片だ。

 葉っぱの周りを手で触ると、硬い壁のざらざらした感触が伝わって来る。

 

 顔を近づけてよくみると、目の前に半透明の薄い壁があって、葉っぱの残り半分が壁の向こう側にぼやっと浮かんでいるのが見えた。

 

「あっ! この葉っぱ、僕を踏んづけて行った緑の怪物が落としていったものだ。あれは夢じゃない。あいつ、この壁の中にいる」

  匠は半透明の壁を力一杯押してみたが、びくともしない。

 手で探りながら壁伝いに移動してみたが、壁の堅い感触だけがどこまでも続いていた。

「このざらざら壁、どこまで行っても入り口なし!」

 探索をあきらめて出発地点に戻って来ると、さっきの葉っぱが風もないのに小馬鹿にしたようにヒラヒラと揺れた。

 

 頭にきた匠が葉っぱをむしり取った。

「風の怪物の落としもの、第三惑星の森の葉っぱのハーフ・ポーション。愛するエーヴァへのプレゼントに頂きまーす」

 匠は、切り取った葉っぱをハンカチに包んでポケットに優しく仕舞い込んだ。

 プレゼントに喜ぶエーヴァの顔を思い浮かべだとき、匠の後ろでギギッと鈍い音がした。

 驚いて振り返ると、むしった葉っぱのあとの空間に小さな暗い亀裂が走っている。

 

「なに、この穴?」

 近づくと、亀裂はじわりと動いた。

 

「うぐっ!」

 匠の喉が詰まった。 

 

 つつーっと、亀裂が上下に拡がっていく。

 いつのまにか、人ひとりが通れるくらいの細長い穴が匠の目の前にできあがった。  

 

 匠はそっと穴を覗いてみた。 

 人気のない薄闇の中で、葉っぱの片端がひらひらと宙を舞って、匠を誘っている。

 

「ヤ、ヤベーよ、この穴。天上への開かずの出はいり口だ」

・・・この中に半透明の緑色したのがうじゃうじゃいるのかよ・・・ブルっと匠が震えた。

 

「賢明なアスリート、決して危険に近づかず!」

 匠は回れ右をして、地球に向かって飛び立とうと身構えた。

 

“こら匠!恐れるな!開かずの扉がお前の前に開かれておる”

 叱咤するおじいちゃんの声ががんと頭に響いた。

 

“お前あほか! ここまで来てなに考えとんねん。こん中にこの世の秘密が隠されとるんやないか! しっかりせんかい!”

 はぐれ親父のしゃがれ声が聞こえた。

 

 「なんやと~? やったろやないか!」

 匠は気合いを入れなおして、亀裂の中の薄闇に頭から飛びこんでいった。
  

  ××

 どこまでも続く田舎道に、夕陽が山の長い影を落としている。

 遠くにかすんでみえる匠の家の屋根から、一筋の白い煙が立ち上っていた。

 

 道は人っ子一人歩いていない。 

 腹を空かしたヤンマが頭上をかすめて飛んだ。

 きっと夕暮に飛び交う蚊の群れを追っている。

 

 匠はおばあちゃんの待っている我が家に向かって、急ぎ足で歩く。

 いくら歩いても、立ち上る白い煙は遠くにかすんだままだ。 

 おかしい・・・匠の家は近づいてこない。

 

 道の両側には大きな柿の木が立ち並んで、地平線に続いていた。

 近くの柿の木は、実も葉っぱもまだ青い。

 少し歩くと実も葉っぱもだんだんと黄色くなる。

 

 遠くの方では、実が熟して、葉っぱは真っ赤に紅葉して見える。

 その先では枯れ葉が舞っている。 

 秋から冬。

 

 匠の故郷は、早、一年の終わりを迎えていた。

 でも田舎道には終わりがなく、わが家は遠くかすんで見える。

 

 匠は我に帰った。

「この景色は怪しい。何者かに騙されてるんじゃないのか? これが本物の風景か幻か、確かめてやる!」

 

 匠はいきなり身体を入れ替え、今来た道を全速力で逆走した。

 周りの風景が驚いたように巻き戻しを始め、匠の動きに追いつこうとしている。

 

 匠は急ブレーキをかけて止まった。

 周りの風景は、ゆっくりと時間をかけて停止をする。

 

 風景は匠の素早い動きに付いて来るのが精一杯だ。

「僕は記憶の迷路にはまり込んでいる。これは僕の心の中の風景に過ぎない」

 匠は笑いをかみ殺した。

 

「だれか知らんが、癪な技だ。ひっくり返してやれ!」

 匠はその場で思い切り高くジャンプをする。

 そして、逆転3回転に1/2横ひねりを加えて着地した。

 匠の目の前で田舎道は3回転宙を舞ったが、残りの1/2をひねりきれずに着地した。

 田舎道はぐにゃりと無残な形に崩れ落ちた。

 

 薄闇の中に白い一筋の煙が匠の前に現れた。

 

「恐れ入りました」

 術を破られた白い煙が、匠に一言失礼を詫びて頭を下げ、恥ずかしそうにどこかへ消えていった。
 

   ××

 薄闇が消えて明るい部屋の中に匠は立っていた。

「お見事です!」

 男の声が聞こえた。

 

 頑丈な木製の机に向かって座っていた男が、椅子から立ち上がった。

「受付処」と書かれた大きな表示板が机の上に置かれている。

 

 黒い僧服を着た男が仰々しく匠に頭を下げた。

「通門の技、しかと拝見させて頂きました。ここ開かずの天上に、ようこそお越し頂きました!」

・・・天上への入門試験にパスしたみたいだ・・・

 大物になった気持ちがして気分をよくした匠は、僧服の男に軽く頷き返す。

 

 僧服が言う。
「私は天上の門で受付役を務める者でございます。まずは、その堅苦しい僧服をお脱ぎになって、おくつろぎ下さい」

「ククッ!これスペースウエアだよ。僧服じゃないよ」

 匠がぼやくと受付役がすかさず答えた。

 

「ここ天上には清浄な空気が充ち満ちております。どなた様も安心して宇宙服をお脱ぎください」

 匠はつなぎのスペースウエアをゆっくり脱いで、空気を吸い込んでみた。

 天上の空気は地球の空気よりぐんとうまかった。

 

 匠はスペースウエアを脱いで丁寧に畳み、携帯リュックに収めた。

 迷彩服姿になり、受付役が勧める頑丈な木の椅子に腰を下ろした。 

 イスは大きすぎて、匠の脚は床に届かなかった。

 仕方が無いので、そのまま足をぶらぶらさせることにした。

 

 受付役は天上への訪問者がほんの少年であることに気が付いて目を丸くした。

・・・どこか見知らぬ惑星の神の王子かな?・・・

 

 ひとり呟くと、受付役は机の上の記帳簿に筆と硯を添えて、少年の前にそーっと差し出して言う。

「お役目とご芳名、それにお処のほどもご記帳下さい」

・・・こんな少年が筆と墨を使うことが出来るだろうか?・・・

 匠を見つめる受付役の顔に疑わしそうな表情が浮かんでいた。

 

・・・「ふん」入門の二次試験か。みておれ!・・・

 匠は記帳簿を手に取って、じっくり時間をかけて眺め、おもむろに口を開く。

 

「これは素晴らしい。この記帳簿は銀河宇宙の太陽系地球、日本国の昭和時代の越前和紙でできておりますね。いまは地球で入手できません。この手触りの暖かみは洋紙ではなかなか味わえませんよ」

 匠は厚みのある記帳簿を上にしたり逆さまにしたりしながら時間稼ぎをした。

 記帳簿の素材は、匠のおばあちゃんが俳句を書きあげるために、大事に使っていた古い和紙と同じだった。

 匠は大好きなおばあちゃんが呟いていたいつもの台詞を覚えていたのだ。

 

「これはこれは良くご存じで、この記帳簿は200年前から使い込んでおります。記帳された方々はそれこそ宇宙世界で由緒のある方々ばかりでございます」

・・・受付役はいつまで待っても匠が筆を取ろうとしないので、自分で硯を手にとって水差しから水を入れ、墨をすって墨汁を作り上げた。

 次に記帳簿を匠の手から取りもどすと、白紙のページを開いて「それではここにご記帳頂きます」と記帳を迫った。

 

「なるほど、道理で記帳簿がところどころ黄ばんできておるわけですね。“おっと”墨まですって頂いて恐縮です。ところで私の前にはどなたがお越しですかな?」

 役どころと名前をなんと記帳しようかと匠は知恵をひねっていた。 

 悠然と匠は前のページを繰り戻してみた。

 

【緑の守り神 惑星テラより】

 前のページには、美しく整った日本文字が書き込まれていた。

 署名の下には大きな掌の紋様が印されている。

 

・・・あいつだ。俺を乱暴に踏んづけていった緑色したあいつだ。なにが緑の守り神だ。あんな失礼なやつに負けてたまるか!・・・

 匠は筆を執ると、したたるほどたっぷりと墨を含ませた。

 そして達筆のおじいちゃんの激しい筆力を思い出して、思いつく様、はみ出しそうな勢いで和紙に書きなぐった。

 

【アスリートの守り神 銀河系惑星、地球より来る】

「ほほーっ、お見事!」

 匠の迫力に圧倒された受付役が上下逆さまに読もうとした。

 気が付くと、慌てて元に戻した。

 

 受付役はなんとか匠の署名を読み取った。
「初めてお聞きするご芳名です。失礼ながら守るべきアスリートの命の数はいかほどでございましょう」

・・・地球上の人類、合わせて6人です・・・言いかけて、匠は慌てて言い直した。

「地球上に生あるものすべてです」

「ほほーっ、それはお忙しい」

 受付役はちらっと匠の顔を疑わしそうに見たが、諦めたように匠の署名の横に“地球上に生あるものすべて”と小さく書き加えた。

 

「それでは利き手の紋様を頂きます」

 受付役が硯と懐紙を匠に差し出した。

 匠は右の掌に筆で墨を薄く塗りつけると、署名の下にぐいと押しつけた。

 匠が懐紙で掌の墨あとを拭き取るのを見届けると、受付役は立ち上がった。

「天上の緊急会議は相当前に始まっております。上階の会議場へお急ぎ下さい」

 

 匠がホッと一息ついて椅子から降りると、どこかから一筋の白い煙が匠の前に現れて揺らいだ。

「こちらへ!」

 白い煙は天上の会議場へと、匠を先導した。

 

 大理石で出来た広い階段を、煙はさっさと上って行く。

 匠が慌てて追いかけ、階段の途中で煙に並びかけると、煙は階段の下を振り帰って受付役の姿がみえないことを確かめてから匠に言った。

 

「先ほどはアスリートの守り神に向かって、無礼なことをいたしました」

 煙が声を潜めて謝った。

 一瞬言葉に詰まった匠が「あれはいい勝負でした。最後のひねりの差でしたよ」と慰める。

 煙は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした。

 

 数段登ると煙がまた話しかけてきた。

「あなたは生きものの種を守る神様というよりも、地上の生身の方(かた)のようですね」

 煙がズバリと言い当てた。

 

「えっ! 正体ばれちゃってたの!」

 匠は驚いて、階段で転びかけた。 

 

 煙がさっと手を伸ばして、匠の身体を支える。

「おっと、そんなに驚かないで下さい。じつは私も同じ生身の人間なんですよ。だから匂いで分かりました」

 そう言うと煙は階段の途中で立ち止まり、親しげに匠を見つめた。

 

「天上の人たちは五感以上の特別な能力をいくつもお持ちなのに、じつは臭覚が欠けているのです。私たち生き人と食べるものが違いますのでね」

 

・・・古くて腐っていないかどうかなど、食い物をかぎ分ける必要がないから臭覚は退化してしまったようです。

 でも私には先ほどの勝負の最中にあなたの正体が分かりました。

 生き人にもかかわらずあなたの技は特別です。

 ここへの入り口、天上への開かずの扉も神様しか通ることが出来ません。

 生き人は通れないはずです。

 だからあなたは受付役になにかの守り神と間違われたのです・・・。

「一体どうやったら開かずの扉を開けられるのか、後々のためにここは一つ、私にも教えていただけないものでしょうか」

 

 匠は煙男の頼みに、正直に答えていいものかどうか迷った。

・・・この男はまだ信用できない。天上のまわし者もしれない。一つこの男を試してやれ・・・

 
「葉っぱです。葉っぱの鍵で歪みの扉を開けました」

 匠は事実をぶつけて煙の反応を見た。

 

「そんなもので開くとはとても思えませんね。きっとなにか他人に明かせない秘伝の技をお持ちなのでしょうね」

 煙は肩を落とし、落胆した様子で匠を見つめた。

 

「あれは秘伝なんかじゃありません。たまたま舞っていた葉っぱを捕まえて、無念無想の技をかけ、葉っぱを鍵の形にして通門しただけです」

 煙が、半信半疑の様子で、渋々と頷いた。

 匠は、お返しに際どい質問をぶつけてみた。

「あなたも生身の人間だとおっしゃいましたが、僕にはあなたは一筋の白い煙にしかみえませんよ。なにかとんでもないご事情がおありのようですね」

 

 探りを入れる匠に、大きな溜息をついて煙が答えた。

「私は詐欺師です。三回生まれ変わって三回とも詐欺師でした」

 

・・・わたしは人を騙すことが楽しくて、楽しくて、どうしてもやめられなくて、とうとう神様に人間界に出ることを禁じられて、生きたままここへ連れてこられました。

 裁判にかけられた結果、罰としてここ天井の案内人を永遠に務めるように命じられたのです。

 その上勝手に逃げださないように身体の中身を抜き取られてしまって・・・「こんな有様に・・・」

 

 白い煙は恥ずかしそうに身体を縮めて話し続けた。

「そうですか・・・私は白い煙にみえますか。これは私の肉体と魂を繋ぐ命綱、生身の薄皮なのですが・・・。嘘ばかりついてきた男が正しい行き先へ客人をご案内するお役目とは、これは神様のきつーいジョークなのです」

 

 煙が白い身体をよじりながら匠に付け加える。

「気をつけて下さいよ! ここで生き人であることがばれたら、私のように中身を抜き取られますよ」

 身の上話を聞いた匠は、薄皮の案内人にさせられた男にすっかり同情してしまった。

 

・・・
 大理石の階段を上り詰めると、人気のない踊り場が現れた。

 踊り場の奥には五つの重そうな扉が並んでいる。

 扉の中から、かすかなざわめきが漏れてきた。

 

「ここは天上の会議場へのエントランス・ゾーンです。この扉の中が会議場です。さーて、議場のお席はどの辺りがお好みでしょうか?」

 白い煙が匠の顔を覗き込んだ。

「言葉の壁があるので、イヤホンで翻訳音声が流れるのはどの席でしょう?」

「ここ、天上は、会場そのもがニューラルインターフェースで構成されているので、何語で話そうが関係ないのですよ。種の異なる人たちの集まりなので、どんな言葉で話しても聞き取れるのです。ほら、あなた様とこうして自由に話せるのもそのおかげですよ」

「なるほど・・・了解しました」

さっぱり理解できない匠は、とりあえず頷いておいた。

 

「ところで、発言を求めるならどの扉になるのでしょう?」

 胸を張って匠が聞く。

「前の席ならあちらが入り口になります。長老たちのすぐ前です」

 煙は右端の扉 NO.1を指さした。

 

 気が付くと、匠は発言などできる立場じゃなかった。

「えーっと・・・目立たない席ならどの辺りでしょうか?」

 匠が聞き直した。

 

「後ろの席はこちらです」

 煙は目の前の扉 NO.3を指し示した。

「どちらにしましても最近は何故か守り神の空席が目立ちます。又どこかの惑星が生命を失ったようです。生命の種が絶滅すると、守り神も消滅するのです。それでは議場にお入りになって、後ろの席をお選び下さい」

 

 匠が頷くと、白い煙が揺れ、最後の注意をした。

「扉はご自分でお開け下さい。ドアノブに利き手を掛けると掌の紋様がチェックされて、先ほどの記帳簿の紋様と一致すればドアが開きます。退場の時は同じ扉を選んで下さい。入場の時と同じ扉、同じ紋様でないと扉は開きません。闖入者を排除または閉じ込めるためのセキュリテイー・システムです。それではご無事を!」

 

 匠は白い煙にお礼を言って、重い扉を音の出ないようにゆっくりと開けた。

 話し声と、喧噪が押し寄せて来る中を、匠は会議場に素早く入り込んでいった。
 

(続く)

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校24章 “天上の会議場と詐欺師ホワイトスモーキー”

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

この世の果ての中学校22章“クレアとボブは緑の怪物を探しに森に出かけた” 

 第三惑星テラに住む小さなエドの家族に、遠く離れた地球のエーヴァから至急の電子メールが届いた。

 メールの中身はともかく、仲間の生徒達から頼まれて、宇宙の長~い旅をして外宇宙の第三惑星テラに電子メールを届けたのは、宇宙遊泳の上手な匠だった。

 

(前回のお話はここからお読みください)

この夜の果ての中学校/エピソード“ゴルゴン一族宇宙の旅”

 

この世の果ての中学校22章“クレアとボブは緑の怪物を探しに森に出かけた”

 

 匠は宇宙マラソン初代チャンプの祖父から、「決して諦めないアスリートの魂」を受け継いでいる。

 さらに匠は、三界はぐれのおじさんから教えて貰った宇宙遊泳の秘技を、毎晩人知れず磨き上げていた。 

 

 匠は一人地球を旅立ち、スペース・ウエア一つで宇宙を泳ぎ、銀河系宇宙の果てにある巨大な歪みの前に一週間をかけてたどり着いた。

 

 匠は緑の第三惑星を目指したが、巨大歪曲を泳ぎ抜けることはできなかった。

 目に見えない壁が匠を押し戻し、突き進もうとする体ははじき飛ばされた。

 

 あきらめた匠は、宇宙服のポケットからスペース・フォンを取り出して、エーヴァが生徒代表で書いた電子メールを、惑星の広場に建てられたエドの記念碑、円筒金属板の表面に送り届けた。

 空に散った英雄エドの記念碑を作ったとき、円筒ボックスの表面はスペース・メール用の受発信プレートに加工されていたのだ。

 匠は、メールを発信し終えると、返事を待つことにして、背中のナップザックから休憩用のハンモックを取り出して宇宙に広げ、横になった。

 

・・・その朝、第三惑星テラでは、小さなエドの一家がいつものように森の花を集めて、エドの記念碑にお供えにやってきた。

 

「大変! 地球のエーヴァお姉ちゃんからメッセージが届いてる」

 目のいいクレアが最初にメールを見つけた。

 エドの記念碑のプレートに鮮やかなメッセージが浮かび上がっている。

 

「クレアは文字が読めるかな」と、パパ・エドがクレアに聞いた。

「長文の英語ね、読むのはまかせて・・。行くわよ!」

 昔、アメリカの北の大陸から宇宙船でやってきた避難民の孫、クレアが長いメッセージを一気に読み上げた。

 

・・・お久しぶり、みんな元気? こちら地球のエーヴァ。

 地球の6人の仲間から、小さなエドの家族に大事な相談があるの・・。

 驚かないでね、じつは第一テラと第二テラそれに第三テラも地球の分身かもしれないの。

 三つの惑星テラは地球から逃げ出した緑の森からできあがった惑星だという、生徒会の結論が出たのよ。

 

 地球の環境がどんどん悪くなって、このまま地球にいたら緑の植物は全滅してしまう・・・危ないと思った緑の植物が地球から逃げ出してできあがったのが惑星テラじゃないかって。

 もしかしたらよ・・・どこかに緑の守り神がいて山や森や畑を土ごと連れて行ったんじゃないかって噂まであるの。

 第一テラの巨人たちはそのときアマゾンの奥地からくっついていったんじゃないかって。

 匠が大事にしてた庭の柿の木も地面ごとくりぬかれたように無くなってたそうよ・・・。

 ここから、よく聞いてね。

 突拍子もない話なんだけど『離れたものなら、もと通りくっけられないかって』みんなで考えたの・・・小さなエド達のテラ3と私たちの地球を融合させるって計画よ。

 テラ3の緑が地球に戻ってきたら、研究室に隠してある凍結細胞から絶滅した動物たちを再生して育てるの。つまりすべて元通りにして、みんなで一緒に暮らすってこと。

 この考え・・・どう思う?

 でさ、地球からの分身説が事実かどうか大至急確かめたいの。

 言い伝えとか、地球の痕跡が見つかったとか、それみたいな話ないかしら?

 咲良ねーちゃんが言うんだけど、もしも、むかし地球にいた緑の守り神様が、そちらの惑星に住んでらしたら直接お聞きしてもらってもいいわよ・・・なーんちゃって! 

 ところで小さなボブも可愛いクレアもそこにいるの? 

 も一度会いたいな! 

 そうだ、返信はやり方分かるわね。

 これ消して同じ場所に指で文字書いてどんと叩いて打ち込んだら終わり。

 自動発信で中継基地の匠に届くわよ。返事待つわね・・・エーヴァ」

 

 読み終えたクレアがパパ・エドに頼んだ。

「パパの出番よ。英語文字書き込めるのパパ・エドだけ。お願い、OKって返事して!わたし森の中で緑の怪物を見たことあるってことも伝えて・・・」

パパエドが、プレートに向かって昔の記憶をたどりながら、英文で返信メールを指で書きはじめた。

・・・こちらパパ・エド。エーヴァのメール読んだよ。

 みんな元気だよ。地球のみんなも元気? 

 メールみたけど、惑星テラが地球から逃げ出してできあがったって話、誰からも聞いたことないよ。

 テラ1の巨人の孫ならなにか知ってるかもしれないけど遠くて会えない・・・。

 緑の守り神に会ったことないな。

 でも、クレアはときどきこの惑星の森の中ででっかい緑の怪物を見かけるんだって。

 木から木へ飛び回ってる半分透明な生き物だ。

 僕たちにはみえないけど、クレアにはみえるらしい。

 エドの子供たちの中でクレアの目が一番緑色してるから、緑の怪物が見えるのかな。

 いまから探してみて、もし会えたら、なにか知ってないか聞いてみるって横でクレアがいってる。

 匠、元気?そのまま中継基地で夕方まで待っててくれたらなにか報告できるかもしれないよ・・・

 記念碑のプレートに書き終えたメールをパパ・エドがどんと叩いて送信すると、しばらくして返事が来た。

 
「了解、パパ・エドへ。しばらくここで待つよ。地球の仲間はみんな元気だよ。中継基地から匠」

 

・・・

「いまから森に出かけてくる。緑の怪物の通り道はいつも決まってて、今日は渓谷沿いに下ってくると思うの。そこでしばらく待ってみる」

 森の小さな家に戻ったクレアが出発の準備を始めた。

 

 ヘヤー・バンドの中から緑の葉っぱで作り上げた一番大きなものを選んで、長い髪を引っ詰めた。

「緑の怪物さんに仲間だと思ってもらわなくっちゃね!」

 クレアがボブに囁いた。

 

 緑のヘヤー・バンドを見て、小さなボブがやる気になった。

「ボブも手伝う!」

 

 ボブは緑の怪物がすぐ気が付くように、葉っぱで織り上げた目の覚めるようなグリーンのジャケットと白い短パンに急いで着替えを済ませる。

 「ボブに負けちゃったみたい」クレアが目を丸くして笑った。

 

 二人は手をつないで、朝の日差しの中を森に向かって出発した。

 

「気をつけてね!」

 ママ・アナとパパ・エドが小さな家の前に立って、二人を見送った。

 

「あの子たち、怪物に食べられてしまわないかしら」

 ママが心配してパパに聞く。

 

「女の子のクレアと小さなボブだけなら怪物も警戒しないし、悪さもしないと思うよ。今日はクレアに任せてここで二人の帰りを待とうよ」

 パパ・エドがママ・エドの肩にやさしく手を回した。

 

 クレアとボブはいつもの森の小道を元気に登っていく。

 森では、硬い果肉の詰まっている木の実とか、柔らかい根菜とか、パリパリに焼き上げて食べる小さな昆虫とかを集めることができた。

 

 森の奥深くまで分け入ったところで、水がはじける音が聞こえきた。

 二人は小道を外れて、木の枝を伝いながら、急な斜面を水音のする方向に降りて行った。

 

 底地に着くと、さっと視界が開け、冷たい水の飛沫が降りかかってきた。

 上流から数本の渓流が集まって、一本の滝になって目の前の滝壺に落ちている。

 

 クレアが耳に手を当て、なにかを聞き取ろうとした。

 滝壺にはじける水の音に混じって、遠くで小さな風が騒ぐ音が聞こえた。

 

「ボブ、ここで待ち伏せするわよ!」

 クレアはそう言って水際の岩に腰を下ろした。

 ボブもクレアに並んで、隣の岩に腰掛けた。

 

 いつも陽気なボブが、両手を握りしめて緊張している。

 目をいっぱいに見開いて、滝の上流を睨んでいた。 
 

 しばらくして、さわさわという不思議な音が近づいてくる。

 音の正体を見極めようと、ボブが思わず立ち上がりかけた。

 

「そのまま、動かないで!」

 クレアがボブを片手で制した。

 白地に薄いピンク色をした、目も覚めるような美しい蝶が群れをなして、川上からやってきた。

 ボブの目の前で、ピンクの虹が跳びはねる。

 

 蝶の群れはクレアとボブの身体に当たりそうになると、いくつかの群れにさっと分かれて、空に舞った。

 戯れ、しばらく遊んでいたが、ふと、なにかに怯えたように静止した。

 

 突然空が陰り、雲間から一陣の風が吹いた。

 群れは大慌てで風に乗り、下流に群れ落ちていった。

 

「来るわよ!」

 クレアが一声叫んで、岩の上に立ち上がった。

 緑のリボンをさっと髪から外して手に掴み、上流に向かって大きく振り廻す。

 

 ボブも小さな岩の上に立ち上がり、緑のジャケットを脱いで頭の上で振り回した。

 風の音が変わり、ざわざわーっと、強い風が岩の上の二人に吹き付けた。

 

「止まって下さい! 止まって下さい!」

 クレアが両足を踏ん張って緑のリボンを振り、風に向かって叫ぶ。

 

「止まれ! 止まれ!」

 小さなボブも立ち上がった。

 両脚を踏ん張って、緑のジャケットを脱いで頭上に振り回した。

 

 青かった空の色が薄緑に変わり、音を立てて風が吹きつけてくる。

 クレアの体が大きく揺れた。

 緑のリボンがばらばらの葉っぱになって飛ばされていった。

 

「止まれ!止まれ!」

必死で叫ぶボブのジャケットが風に煽られ、身体が足元から浮き上がった。

 

「ボブ、危ない!ジャケットを手から離しなさい!」

 クレアの叫ぶ声はボブには聞こえない。

 

 ボブは緑のジャケットを必死で振り続けた。

 

 クレアの悲鳴と共にボブの身体が舞い上がり、岩から吹き飛ばされてしまった。

 ボブは川に落ち、呑み込まれ、流されていく。

 

「止まれ!止まれ!」

 流されながらもボブは叫び続け、緑のジャケットを水面に上げて振り回す。

「と・ま・れ!」

 息が苦しくなったボブが最後の声を上げた。

 ジャケットがボブの手を離れて流されていく。

 

 風が緑のジャケットに気がついたようにいきなり止んだ。

 岩の上に立ちすくんでいるクレアに、風の中に動く、緑色をした半透明のものが見えた。

 

 緑の風は流されていくボブの上に集まって回転を始めた。

 小さな渦巻きが次第に竜巻となって、川の水を吸い上げて空中に吹き上げる。

 

 巻き込まれたボブの身体が、水中から宙に浮かんだ。

 竜巻はそのまま横滑りをして、ボブの身体をツツーと運び、クレアの横の砂浜にドサリと落とした。

 

 風に巻き込まれてきた緑の葉っぱと一緒に、ボブの緑のジャケットが砂浜に舞い落ちた。

「おい小僧!びっくりするじゃないか、こんな山の中で交通整理はしないでくれ。ジャケットの緑はGO!で“止まれ”じゃない。このおじ様、混乱しちまったぞ。ところで小僧、俺になにか用か?」

 緑の風の塊が、ざわついた声でボブに話しかけた。

 ボブは水を飲み込んで、むせかえっている。

 クレアがあわててボブの背中をトントンと叩いた。

 

 呼吸を整えたボブが声のした方に向かってなにか言ったが、声にならない。

 クレアは緑の正体をみて震えた。

 そこには、緑色した半透明の怪物!

 怖い!声が出ない。

 

 ・・・何してるのクレア! ボブは命がけよ! 頑張りなさい!・・・

 クレアは息を詰め、はき出し、もう一度大きく吸い込んだ。 

 そして風に向かって一気に話した。

 

「弟のボブが・・・助けて頂いたお礼を言っています。でもボブにはおじ様の姿はみえないようです。私には緑のお姿がぼんやりと見えます。今日はどうしてもおじ様にお聞きしたいことがあって、無理矢理お止めしました」

 

「長い話になりそうか?」

 風の怪物が意外に優しい声でクレアに尋ねた。

「はい、出来れば・・・」

 クレアが答えると、風は方々に飛び散った自分を呼び集め、大きな一つの形を作り出した。

 

 緑の髪、緑の目、薄緑の皮膚、薄緑の手足・・・巨大な半透明の緑の怪物がボブを覗き込んだ。

「どうだボブ、これで俺がみえるか?」

 

「はい!でも半分は透けて向こうがみえます」

 ボブが元気に答えた。

 

「怖くはないか?」

「おじさんは少し気味悪いです」

 

「そのくらい我慢しろ。俺様のお通りを無理矢理止めた人間は、ボブお前が二人目だ。

 昔、咲良とか言う可愛い娘がこの辺りで俺を止めた。

 人間と話すのはそれ以来だ。いいかボブこれを見てみろ」

 

 風がそっと差し出した緑の手の中には、ピンクの小さな蝶が羽根を震わせていた。

 
「おじさんは蝶々を追いかけて、掴まえて、食べちゃうの?」

 心配になったボブが聞く。

「違うね。こいつは、弱ってみんなからはぐれてしまったのさ。元気が戻るまで俺が運んでやってるんだよ」

 風は蝶をそっと宙に放り上げると、下流に向けて一吹きの風を起こした。

「そーら仲間の処へ飛んでいけ!」

 風が命じると、蝶は宙を舞い、風に乗って仲間の群れを目指して元気に飛び去って行った。
 

 ボブが手を叩いて喜んだ。

 風が笑ってボブに聞いた。

「ボブは俺のテーマソングを知ってるかな」

 ボブが首を横に振った。

「♯友よ、答えは風に吹かれて♭」

 風の声がボブのよく知っている歌をうたい始めると、ボブはもう大喜び。

 

 ボブたちの先祖は遠い昔の地球、北米大陸の生まれ。これはビールが大好きなボブじいちゃんがよく歌っていた曲だ。

 ボブも風のおじさんと一緒に歌った。

「自己紹介は終わりだ。どうだ、まだ俺様が怖いか?」

「もう怖くなくなったよ。この歌は地球の歌だ。だとすると、おじさんは地球からきたんだ。僕のパパも壊れた地球から逃れて宇宙船でここにやってきたんだよ。そうだ、僕、風のおじさんの友達になってあげようか」
 

 風が笑って、一筋のつむじ風が吹き、クレアの髪を乱した。

 クレアははっと我に返って背筋を伸ばした。

 

「私の名前はクレアです。先ほど咲良という名前をお聞きしました。地球の咲良ちゃんなら私もよく知ってますよ」

「そりゃ違うな。咲良が俺を止めたのは90年も前のことだ。きっと違う咲良ちゃんだな。遠い昔の別の世界のことだよ。でもな、なにかの縁かも知れん。クレアにボブ!じっくり話を聞こうか」

 風のおじさんはクレアとボブのそばに座り込んだ。

「おじ様は昔、地球にいらしたのね。緑の風のおじ様、差し支えなければあなたの正体を教えていただけないでしょうか」

 クレアがいきなり訊ねると、風は思わずため息をついた。

「ふーっ!可愛いクレアに“緑の風のおじ様”と呼ばれて悪い気はしないよ。でもな、俺の正体は森を守る男、ただの森の管理人だよ。

 俺様の仕事は森に適当な風を通すことと山火事を消すことだ。森は風通しが良くないとろくなことにならないからな。

 暗闇の藪みたいになっちまって木が育たない。それと木の枝が風でこすれたり、雷とかで火が起こると山火事になる。

 大火事になる前に、俺様が風をさっと吹かせてさっさと消しちまう。

 風を吹かせる方向や強さ加減がなかなか難しくてな。

 これにはかなりの熟練がいる。

 へまをしたら山火事になって仲間の雨雲親父を呼ばなきゃならんことになる。

 一言で言って、俺の正体は緑の環境整備の下働きだよ。三っつの惑星テラを飛び回って、忙しいのなんの・・・緑の守り神にこき使われてる毎日だよ」

 

 緑の守り神というフレーズが出てきてクレアは跳び上がりそうになった。

・・・これは答えが近そう。おじ様の紹介で本物の守り神に会えて、地球から緑が消えたいきさつを聞けるかも・・・

 でも、そこに割って入ったボブの質問が鋭いところを突いた。

「おじさんは大変だね。地球にいた頃も今みたいに忙しかったの?」ボブが何気なく聞く。

 

「とんでもない、地球にいた頃はこんな生やさしいものじゃなかったね。

 それこそ身体がいくつあっても足りなかったよ。

 どんどん広がる森林の開発に、高値で売れる木の乱伐、森に火をつける焼き畑。

 ボブは知ってるかな? 森の修復には何百年もかかるんだよ。

 そうだ、それに加えて大気汚染と温暖化だ。

 俺たち管理人がいくら踏ん張っても、無くなっていく森林の修復なんぞとてもじゃないができる状況じゃなかったね」

 

「それっていったい誰の仕業なの?」

 ボブが恐る恐る聞いた。

 

「そりゃー、お前さんたち人間の御先祖様の仕業じゃねーのか? 

 だから人間の一族がうじゃうじゃいる地球はもう諦めて、木や草や緑の一族が土ころくっつけたままこちらに引っ越してきたんじゃないかな。

 もちろん森の管理人の俺様も、そのとき一緒に地球から逃げだしてきたって訳だ」

 

「引っ越しするなんて、一体誰が決めたの? 緑の守り神が勝手に決めたことなの?」

 クレアが直裁に問うと、風のおじ様は、首をかしげて考え込んだ。

 

「そうだな・・・多分みんなで決めたんだと思うよ。人間どもにやられる前に逃げてしまえとな。みどり色した一族の望みが叶えられたんだよ。緑の守り神はきっとこういうだろうな、俺様はみんなの希望を叶えただけだ。地球には荒れ地ばかり残ったけど、悪いのは人間どもだってね」

 

 “悪いのは人間どもだ”と決めつけられて、クレアとボブはどんと落ち込んだ。

 ボブはうなだれて下を向き、クレアは天を仰いだ。

 

 それをみた緑の風のおじ様は、ちょっと言いすぎたかなと反省して、黙り込んだ二人を慰めようと思った。

 

「でもな、地球の人間は別にして、ここに来たお前さんらは大した悪さはしないし、目も緑色になってきたから、俺たち緑の一族の親戚みたいなものだ。

 おじ様が森の守り仕事のついでに、お前さんたち人間も守ってあげようかな。

 この世の命の種にはみんな守り神がついているのに、人間だけは守り神までいなくなってかわいそうだからな」

 お喋り好きの風のおじ様が、またまた口を滑らせてしまった。

 

「守り神がいないとどうしてかわいそうなの」

 ボブが驚いて聞き返す。

 ボブもクレアも命の種にはそれぞれ守り神が付いていて、自分たち人間だけが守り神がいないなんてことは初耳だ。

 

「そりゃ当たり前だろ、守るものがいなけりゃ命の種は長くは生きられねーからな」

 答えを聞いて、クレアとボブは腰掛けていた岩から後ろにひっくりかえった。

 

「おいおい、大丈夫か。そんなにびっくりしないでくれ。命の種の絶滅なんぞいくらでもあることだ。多少長いの、短いのがあってもすべての生命の種はいつかは消滅する。そうだ、絶滅の理由で一番多いのはそりゃ食い物が無くなることだ」

 とんでもない結論と、岩から落ちた衝撃で、クレアとボブは意識を失ってしまった。

 風のおじ様は砂の上に倒れている二人を前にして、途方に暮れた。

 

「確かこの子らの家は緑の森の入り口の辺りだったぞ」

 しばらく考え込んでいた森の管理人は地図を取り出して二人の家の位置を確認すると、つむじ風を巻起こして二人を両腕にかかえ、空に舞い上がった。
   

××
 ボブは風に優しく包まれて森の上を飛んでいる。

 目の前に大好きな地球のおじいちゃんがいた。

“おじいちゃん、地球はもう緑には戻らないの?”とボブが聞く。

「ボブそれは無理だよ」おじいちゃんが答えた。

“地球のエーヴァも匠も咲良も、ペトロに裕大にマリエも、みんな死んじゃうよ。僕たちもこのままだといつか小さくなって消えちまう。緑のテラを地球に呼び戻してよ”

「テラと地球がぶつかったら、破裂して消滅しちまう。多分それも無理だな」

“おじいちゃん、ボブは地球にどうしても帰りたいんだ。上手くいく方法を教えて”

「そうだなボブ、答えは風に吹かれちまって、誰にも分からないのさ」

 

・・・ どんどん! と大きな音がして、おじいちゃんは緑色の風みたいになってボブの前から消えた。

 

 森の管理人は、森の小さな家に到着すると、ベランダの椅子に、ぐっすり眠り込んでいる二人をそっと座らせた。

 次に風を起こして扉に吹きつけ、どんどん!と大きな音を立てると、パパとママが扉から顔を出す前に、いつもの風の通り道を目指して大急ぎで帰っていった。

 

・・・

 匠は歪曲空間の壁の手前で、休憩用の寝袋のスペースハンモックに身を任せ、宇宙の歪みの存在を近くに感じながら時間を過ごしていた。

 

 ここに来ると、匠は不思議な感覚を覚える。

 歪曲空間は僕たちの地球のある「内なる宇宙」と、ボブたちのいる「外なる宇宙」を遮断している巨大なエネルギーの塊だ。

 内と外では時間の過ぎていく早さがずいぶん違っていて大きなずれが起こる。

 そのずれが巨大なエネルギーを生み出しているのだと匠は思う。

 歪曲の存在を理解しようとしたら、認識を変えないといけない。

 そのためには非常識認知という技がいる。

 匠のお爺ちゃんはその技を持っていた。

 三界はぐれの親父も持っていた。

 匠ははぐれ親父からいろんな技を教えてもらった。

 もしかすると三人には同じ血が流れているのかもしれない。

 それは、決して諦めないアスリート魂だ。

 本物のアスリートは理屈でものを考えない。

 魂で感じるだけだ。

 それに、なんといっても宇宙空間は小さな歪みだらけだ。

 歪みに魂をゆだねて、すり抜けたり、波乗りしたりしていけば、スペース・ウエアだけで楽に宇宙を泳ぐことができる。

 それに、泳いでいるときは、余分なことを何もかも忘れられる。

 途中で休憩して、スペース・ハンモックに揺られて過ごすのあhも最高の気分だ。

・・・

 宇宙に薄い闇が訪れ、匠が眠りに落ちたたとき、いきなりハンモックがぐらりと揺れた。
 ざわざわと一陣の風が吹くと、少し遅れて野太い声が聞こえた。

 

「また小僧か。ここは天上へのたった一つの開かずの出はいり口。急用に付き、邪魔な生身の身体なんぞは、通り抜け御免とする」 

 そういって、匠の身体の中を薄緑色をした半透明のなにかが通り抜けて行った。

 そいつは、少し先の歪みの壁にぶつかると、入り口など影も形もない処から、一風吹かせて重々しい扉を作り上げ、もう一風吹かせてこじ開けると、騒々しい音を立てて中へ潜り込んでいった。

 閉ざされた空間の手前に、数枚の緑の葉っぱがはらはらと舞い落ちる。

 

「なんだか、悪い夢を見た!」ハンモックの上で目覚めた匠が身震いをした。

(続く)

 

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校23章“匠は開かずの扉を開けて守り神の大会に迷い込んだ”

 

【記事は無断転載を禁じられています】 

この夜の果ての中学校/エピソード“ゴルゴン一族宇宙の旅”

 

 

 

 

 

 

 

 

スペース・イタチ一族の長(おさ)、パパ・ゴルゴ ンが薄ら寒い地下の穴蔵で焚き火を起こした。

パチパチと火がはぜて暖かくなってくると、焚き火のまわりに子どもたちを集めた。

「いまのうちにお前たちに伝えておかなきゃならんことがある。俺たち一族の話だ」 

パパ・ゴルゴンは長~い話を始めた。

 

・・・前回のお話はここからお読みください。

この世の果ての中学校21章“ゴルゴン一家と蘇ったカレル先生の記憶 ”

ゴルゴン一族宇宙の旅

 
 たいした昔でもない時のことだ。

 この世は無数・無限の世界から出来ておった。

   一番上には善意の者達が集まった世界があった。

   ここでは日頃からみんな仲良く暮らし、一日中明るい光が溢れていた。

 

  一番下の世界は極悪人がうじゃうじゃと潜んでおる闇の世界だ。

 そこでは憎悪がはびこり、命ある者たちがお互いに殺し合っていた。

 二つの間には無数・無限に世界が存在し、命あるものが様々な形をとって生きておった。

 それらの世界は、生き物たちの往き来が出来ないように、でっかい歪んだ空間で隔てられていた。

 

 この歪みは宇宙の意志と呼ばれる巨大なエネルギーでできていた。

 俺たちはこの存在を神様と呼んで、崇めておった。

 

 でっかい歪みには裁判所があった。

 無数・無限の世界で死んだ者たちはそれぞれの黄泉の国でのんびり過ごしておったが、

生前に悪事を働いた疑いのある者には裁判所から黒い仮面の使者が逮捕状を持ってやってきて、裁判所に連行して裁判を受けさせた。

 裁判所はそれぞれの生きものたちの守り神と、守り神から選ばれた長老で構成されていて、投票と長老会によって判決が出ておった。 

 

 ここからは話をよ~く聞いて欲しい。

 少しややこしいからな。

 

 ゴルゴン一族の先祖は、明るい光で溢れた世界で生まれた、まっとうな人間だった。

 しかし、俺たち末裔の人間がとんでもない過ちを犯した。

 善人たちに思いつく限りの悪さを山ほどしたんだ。

 生きていくためではなくて、力を見せつけて、楽しむためにだ。

 こいつはちょっとやり過ぎた。

 

 俺たちはやりたい放題やって、死んじまったあとで、黄泉の国から天上の裁判所に集められた。

 裁判の結果、俺たちは極悪犯罪人とされて、罰としてイタチの姿に変えられ、闇の世界に追放された。

 

 闇の世界の惑星というのが、この地球だったんだよ。

 

 つまりだ、善人は輝く世界に生まれ変わり、 悪さをした者は暗闇の世界に放り込まれるというわけだ。

 それが裁判所の仕事だった。

 

「俺は前の世界で極悪人だった。ママも同じ極悪人仲間だった」

 二人は闇の世界を流浪して、あげくにこの世の果て、ここ地球に流れ着いたんだ。

 

 そしてお前たちが生まれた。

 

「ここは闇の世界。とても怖い処なんだね」

 そういって、一番年下のチビゴンがぶるっと震えた。

 

「それがどうやらそうでもなかった」

 パパゴンが大笑いした。

 

 命あるものの殺し合いと、果てしのない絶滅ゲームはもう終了したらしい。

 生き残ったのは人間の若い生命”いのち”が六つ、まだ悪も善も知らない人類の最後の世代だ。

 あとは彷徨う魂がいくつかと・・・黄泉の国からの通い人。

 それにホラーやアンデッドたちのちょい悪くらいだ。

 

 ここには残虐な奴らはもういないようだし、食い物の苔やミミズもここ地下洞窟に少しは残っているようだから、もうしばらくはここに逗留しようと思う。

「しかしだ、悪い予感がする」 

 パパゴンは鼻の下の長いひげを撫でて、言った。

「この先、光の球の爆発があるかもしれん。とんでもなくでかい奴だ」

 

 そのときが近づいてきたらパパには分かる。

 このひげが教えてくれる。

 長くて細~いこいつがぴくぴくと震え始めたら危ない。

 

 そのときは家族揃って宇宙へ逃げ出す。

 みんな、身体をなまらせるんじゃないぞ。

 そのときに備えてスペース・イタチの宇宙遊泳術を鍛えておけ。

 

 今日は疲れたろう。

 みんな良く戦った。

 パパはお前たちを誇りに思う。

 

 マリエにペトロに裕大はいい奴らだ。

 あの子たちと仲間になれただけでも幸せだと思わなきゃな。

 

「今度死んだら、輝く世界にもどろうぜ!」

 話し終えると、パパゴンは焚き火のそばで穴蔵に響き渡るような大きないびきを掻いて寝込んでしまった。

 

「やったろうやんか!」

  後ろ足で立ち上がった12人のチビゴンたちは宇宙遊泳に備えて、地下の洞窟で筋トレを開始した。

(続く)

 

続きはここからお読みください。

この世の果ての中学校22章“クレアとボブは緑の怪物を探しに森に出かけた” 

 

【記事は無断転載を禁じられています】

この世の果ての中学校21章“ゴルゴン一家と蘇ったカレル先生の記憶 ”

クオックおばばとホラー一族に囚われたカレル先生を助けようと、地下の広場に飛び出した裕大、ペトロ、マリエの3人だったが・・・

 

 ペトロの発射した放射光で身体を貫かれ、おばばはため込んだ記憶をはき出していく。

 

もがき苦しむおばばの姿を見て、ホラーとアンデッドが怒った。

壁画からホラーが踊り出して四方を取り囲み、空にはアンデッドが舞う。

 

カレル先生と救助隊3人は絶体絶命のピンチだった。

 

・・・前の章はここからお読みください。

この世の果ての中学校20章“クオックおばばにカレル教授の記憶が盗まれた!”

21章“ゴルゴン一家と蘇ったカレル先生の記憶”

 

「ヒュッ! ヒュッ!」とマリエが口笛で甲高い音を立てた。

 

「ウオーッ!」トンネルの暗闇から雄叫びが上がって、小さな茶色の助っ人たちが広場に飛び出してきた。

 

 先頭を切って走るのはパパ・ゴルゴン。

 宇宙を彷徨うスペース・イタチ、ゴルゴン一族の長だ。

 

 イタチ族は逞しく、多産だった。

 地下で生き延びているわずかなネズミと苔を食料にして、家族を増やしていた。

 

 その上必要となればいつでも凶暴になることができた。

 ゴルゴン一族がうなり声を上げてホラーに食い付き、空を舞うアンデッドに飛びついていく。

 

 ペトロはハンドの赤いボタンを押し続けたまま、なぎ倒すように放射光を連続発射した。

 ホラーは広場の壁際に追い詰められ、アンデッドがゴルゴン一族に地面に引きずり下ろされていった。

 

 クオックおばばの喉笛を、パパ・ゴンの鋭い牙が襲った。

 おばばは両手を伸ばして必死の形相で抵抗している。

 

 広場の方々からホラーとアンデッドの悲鳴が聞こえた。

「そこまでだ!」記憶を取り戻したカレル先生が地面から立ち上がって叫んだ。

 

「そこまでよ!」マリエが「ひゅっ!」と口笛を吹いた。

 おばばののど頸に噛みついていたパパ・ゴンが、マリエの口笛に聞き耳を立てて、後ろ足で立ち上がり、“ヒュッ!”と鳴いた。

 

 ゴルゴン一族の攻撃がぴたりと止む。

 マリエが、ちょんとおばばに近づいて囁いた。

 

「おばば、降参した方が身のためよ。でないとゴルゴンに命じて、この広場におならをまき散らすことにします。悪臭で数年間は寝泊まり不可能です」

 おばばはしつこく首を横に振る。

 

「一発軽くかましてやりなさい!」

 マリエが命じてパパゴンがおばばの顔面に軽くかました。

 

 おばばの顔が歪み、よろよろと立ち上がる。

「参った、参った! マリエ、降参する、降参じゃ。いや停戦でどうじゃ」

 

 今度はマリエが首を横に振った。

 
「分かった。でもおばばは少し疲れた。しばらく眠りにつくことにする。そうじゃ、この凍結細胞ボックスはお前たち若い三人に預けておく。そのときが来るまで命がけで守るのじゃ!」

 言い残したおばばは、身を翻して広場の奥の壁に向かって走り出した。

 

 岩壁に着くと、ぴょんと飛びついて、苔を頼りに手をかけ、ひょいひょいと登っていく。

 洞窟のてっぺんに登り詰めると、下を眺めて片手を振った。

 

 最後に一声笑うと、天井に苔で描かれた美しい娘に姿を重ねて、その身体に溶け込んでいく。

 天井画は100年前のおばばの若い姿だった。

 

「参った、参った」

 動物のホラーたちがおばばの後を追いかけて、壁を登り、抜け出してきた壁画の中に逃げ込んでいった。

 

 アンデッドたちは宙に舞い上がり、広場の天蓋の薄闇に消えた。

 異形の姿は消え、ホラーの広場に静寂が戻った。 

 

・・・

 3人の救助隊とカレル教授は広場をあとにした。

 先導するのはパパゴン。

 裕大がカレル先生を背中に担いで、ペトロが後から支えていく。

 凍結ボックスを両手で抱えたマリエが後に続く。

 

 ママゴンとチビゴンが四人を囲んで、地下道を学校に向かう。

 パパ・ゴンがビート効かして歌い始めた。

 

 ママ・ゴンとちびゴンも身体を揺すって歌い出した。

 

「なに歌ってるの?」

 カレル先生のお尻を両手で支えながら、ペトロが振り向いてマリエに聞いた。

 

「邪魔する奴には、強烈な悪臭をかませるぞって」

「ゴルゴン一族のテーマソングかな」

 

「今夜はスリラー・ナイトだって」

「あれ、この曲知ってるよ。マイケル・ジャクソンだ。100年前のビッグヒツト」

「一緒に怪物達と戦おう。そしたら今夜は君がぞくぞくするほど抱きしめてあげるって」

「僕、そのセリフいただきだよ! いつか、マリエにあげる」

 

 ククッと笑ってマリエが続けた。

「おれたちで明日の世界を変えられる。でも本当のワルは誰だって」

 

「ん・・・深いな」ペトロが考え込んだ。
 

・・・ゴルゴン一家は学校の廊下に通じる小さな穴まで四人を案内すると、太い尻尾を左右に振って挨拶を済ませ、曲の続きを大声で歌いながら秘密の巣穴に帰っていった。
 

××
 カレル教授は裕大の背中でぐっすり眠り込んで、昔の夢を見ていた。

おばばに引っ掻き回されて戻ってきた記憶の中から、 思い出したくない澱のようなものが浮かび上がってきた。
 

“ゲノムの逆襲”

 遺伝子操作で科学者が作り上げた新しい種である食料が、逆襲に出た。

 彼らは人間に食べられないように自己防衛を始めた。

 まずくて食べられない食料に化けたり、栄養価の少ない食物に変化した。

 

 はじめはその程度だった。

 ある日、家畜や野菜たちは自らを兵器に変えた。

 

 人間が食べると、胃袋や腸の中で病原体に変質して人間の細胞を食べた。

 新しい種は、人の体内で臓器を食べ増殖した。

 

 人類には食べることを止める以外、取りうる対策はなかった。

 カレル教授が出した結論はただ一つ。

 

 その有機体は人類の絶滅によってのみ根絶が可能。

“完璧な寄生体は宿主そのものの絶滅によってのみ絶滅させられる”と。 

 

 研究員がつぎつぎに倒れ、ついに愛するハルがやつらから攻撃を受けた。

「カレル! カレル!」 

 

 助けを呼ぶハルの声が遠くから聞こえる。

・・・

「カレル!カレル!」 

 ハル先生が医務室のベッドに横たわっているカレル教授を呼び続けていた。

 六人の生徒たちが、そんな二人を心配そうに見守っている。

 カレル教授のまぶたが突然開いて、ベッドから半身を起こしてまわりを見回した。

 

「あれ、ここどこ? みんな、おはよ!」

 間の抜けた挨拶をしたカレル教授に、ハル先生が“キャッ!“と悲鳴を上げて、抱きついていった。 

 

 咲良とエーヴァが歓声を上げ、匠がこぶしを突き上げた。

 騒ぎを聞きつけて、医務室のヒーラーおばさまが駆けつけてきた。

 

「ハイこれ! おばさま特製、たちまち記憶回復薬」

 ヒーラーおばさまが処方した蜂蜜入りのハーブテイーをゆっくり飲み干して、カレル教授が元気を取り戻した。

 

 教授はハル先生から血糊のついた愛用のハットを返してもらうと、一振りして斜めに被った。

「私を助けてくれたこのハットは、ハルからの婚約記念のプレゼントです」 

 

 教授は右手でハル先生の肩を優しく抱いた。

「あらためてみんなに紹介します。私のフィアンセのハルです」

 

 美人のハル先生がカレル教授に飛びついて、熱くて長いキスをした。

 匠が派手に口笛を吹いて、裕大とペトロが足を踏みならした。

 

「今のうちに、みんなに話しておきたいことがある。ハルの誕生と君たちの秘密にかかわることだ・・・」

 騒ぎが収まるのを待って、カレル教授は6人の生徒を前に、おばばから取り戻した記憶を語り始めた。

 

・・・ハルには子供の頃から一つの夢があった。

“いつの日か必ず宇宙の方程式を完成させる”という壮大な夢だよ。

 

 人類に終末が近づいて、研究所から研究員の姿が消えていったときのことだ。

 最後の研究員になったハルが、ついに病原体に襲われて倒れてしまったんだ。

 

 ハルの身体の異変に気がついたとき、私はある約束をハルと交わした。

“たとえハルが命をなくしても、わたしが必ずその命を復活させてみせる。ハルが方程式を立派に完成させる日まで”と。

 それは無謀な約束だったけれども、わたしは本気だった。 

 

 必死の看病の甲斐なく、ハルはその日のうちに神に召されてしまった。

 ハルの横たわるベッドの側でわたしは、ハルとの約束を決行することを心に決めた。

 

 カレル教授はハットを脱ぎ、そっと膝の上において話を続ける。

・・・その夜のことだ。

 人気のない研究室に白い法衣を身につけた見知らぬ男が突然訪ねてきた。

 

 驚いたわたしは思わず防犯ブザーを押したが、研究所のどこからも応答はなかった。

 法衣の男は“ハルの訃報を聞いて”バチカンのキリスト教会の本部から派遣されて来た、位の低い牧師だと名乗った。

 

 それから、牧師はハルに長い祈りを捧げた。

 終わるとわたしにハルの復活を預言したんだ。

 まるでわたしの計画を見透かしているようにだ。

 

 牧師はドームの計画をわたしから詳しく聞き出したあと、本部から預かってきたという極秘のリストをわたしに手渡した。

 そこには教会のネットワークで見つけたという、6人の子供たちの名前と国と住所が載せられていた。

 

「その子供たちは例の病原体に対して特殊な免疫システムを持っていて、生き残る可能性が強いのです」

 牧師はそう言って、この子供たちと家族を至急救出して、ここ巨大ドームで収容して育てるようにわたしに頼んだ。

 

 6人の子供たちとはもちろん君たちのことだ。

 この不思議な牧師こそ君たちの命の恩人だ。 

 

 だが、そのあと牧師を不幸が襲った。

 

 本部へ戻るために研究所を数歩離れたとき、外は熱風が吹き荒れていた。

 吹き上げるつむじ風が、あっという間に牧師の身体を空に持ち上げて掠っていったんだ。

 

 あれが幻視なのか、それとも現実だったのか、わたしにはいまだに分からない・・・

 話を続けるカレル教授の手の中でハットが激しくまわった。

 

「牧師から励ましと預言をもらった私は、ハルと交わした約束を決行した。採取したハルの遺伝子をナノ・レベルに縮小したユニット・モデルを無数に作り上げた。そしてそのユニットを使って世界最小の量子コンピューター“ハル”を完成させた」

 

・・・ハルはいまでも君たちとともに成長を続けている。

 たとえ君たちの両親やわたしや校長先生や医務室のおばさまの魂がこの世から消滅したとしても、ハルは君たちの側に寄り添ってくれる。

 

 ハルは君たちの未来のために尽すようにプログラミングされているのです。

 そしてハルはいまも大好きな宇宙の方程式に挑戦しています・・。

 

 話し終えたカレル先生の手から、廻していたハットが勢いよく宙に飛び出してしまった。

 ハル先生が素早く立ち上がって、ハットを受け止め頭にかぶった。

 つぎにハットを斜めに少しずらして、ポーズを決めるとみんなにウインクした。

 

「とんでもない私の秘密に驚かないでね! あらためまして、よろしくね!」

 挨拶したハル先生の顔は晴れ晴れとして、一点の曇りもなかった。

 

 6人の生徒達が歓声を上げてハル先生に飛びついていった。

 

・・・医務室の柱の陰で「6組の家族の救助」を軍に指令した当時の総理・校長先生と蔭の総理・ヒーラーおばさまが仲良く肩を寄せ合っていた。
 

・・・ペトロの横でマリエが不思議な牧師のことをカレル先生にしつこく質問している。

「で、カレル先生、その牧師さんは夜空に消えていなくなったというの?」

 

「そうだよ、最初、牧師の白い法衣が熱風に持ち上げられてはためいた。それから身体が夜空に浮かび上がって・・・遠い闇に消えていったようにみえた」

「その牧師さんの目の色はどんなだった?」マリエが聞く。

 

「はっきりと覚えている。澄み切った青い色をしてた。深い湖のような瞳だった」

 マリエの表情がこわばってきた。

 

 ペトロの耳にマリエの心臓が激しく高鳴るのが聞こえる。

 マリエの目も澄み切った青だ。

 

 ペトロはマリエから何度も聞いていた。

 “マリエのパパはポーランドの首都ワルシャワの郊外、丘の中腹にあるキリスト教会の牧師よ。

 “次から次に近所の人が亡くなって、お葬式で教会が大忙しになった頃、突然パパはマリエに一言も言わずにどこかへ逃げていったの。

 

(もしかしたら牧師の正体はマリエの・・・)

ペトロが思わず呟いたとき、マリエが小さな声でペトロに言った。

 

「パパがいなくなったのは救助の人が日本からやって来たちょうど2日まえのこと。パパは仕事でしばらく留守なのとママがいってた。ママは嘘つきと思ってたけど、空に消えた牧師はパパかもしれない」

・・・パパは牧師の勤めから逃げたのじゃなくて、私達を命がけで助けてくれたのかもしれない・・・

 

「このこと絶対みんなに内緒よ!」

 マリエが小さな手でペトロの手をつかんだ。 

「分かった、極秘事項だ!」

 ペトロもあわててマリエの手を握り返した。

 

・・・ペトロにはどうしても納得がいかないことがある。 

 マリエのパパは僕たち6人のことをカレル教授に頼んだあと、熱波に掠われて空に消えた。

 

 みんなを病原体から救うために必死で実験をしたハル先生も命を失った。 

 カレル先生も校長先生もヒーラーおばさまもじつは仮装している幽体だ。

 

 未だに内緒にしてるけれど、パパやママたちも幽霊だ。

 僕たちを命がけで育てたのに、みんなたった一つの命を失った。

 

「一体誰がこんなひどい仕打ちをするのか? 神様が犯人なら、捕まえてとっちめてやる。でないと気が済まん!」

 ペトロのブレーンに血が上って、ブーンと鳴った。

 

・・・

「一つ覚えておいて欲しいことがある。おばばから取り返した凍結ボックスのことだ」

 カレル教授がベッドでなにか言ってるけど、ペトロはまるで上の空だ。

 

「ペトロ、凍結ボックスとはなにか、みんなに説明してくれますか」

 ベッドの側に置かれた箱を指さして、カレル教授がペトロに話しかけている。

 

 「ペトロ、先生が凍結ボックスのこと聞いてるわよ!」

 マリエにいわれてペトロは我に返った。

 

「えーっと、それはノアの箱舟です」

・・・選ばれた生命体の種を保存したボックスです。中には植物の原・細胞や動物の幹細胞が凍結保存されています。

 地球に緑が戻ってくれば、幹細胞を再生して、野生動物や大事な家畜として育てあげることができます。

このボックスは、えーっと・・・いま世界に3つあって・・・

これはおばばが盗んだのを取り返した分で、あと二つは図書館の奥にある実験室のなかです。例え誰かに盗まれても決して無くならない方法で隠されています・・・。

 

「ペトロ満点です。・・・それではみんなに質問します。この植物や動物たちを再生出来る日が来たと仮定します。再生したあと、生命体を育てる上で私たちが必ず守らなければならないこととは何でしょうか?」
 

 答えを期待したカレル教授が、6人の生徒の顔を順番に見回した。

 いくら待っても誰からも返答がなかった。

 

 カレル教授は悲しそうに肩をすぼめると、だれもいない壁の方を向いて黙り込んでしまった。

 咲良とエーヴァが生徒会長の裕大に囁いた。

「ほらあれよ、きっとあのことよ。『先生が私たちに伝えたかったこと』」 

 

「それだ!」裕大が慌てて立ち上がった。

「カレル先生! 僕らが守らなければならないこと、それは生き物たちの尊厳を守ることです」 

 振り向いたカレル教授の顔が嬉しそうに崩れて、次の言葉を待ちこがれている。

 

「ペトロ、フォローしてくれ」

 裕大に脇腹を突つかれて、ペトロが立ち上がった。

「ただいまの生徒会長のコメントは先生に対する解答のほんのイントロです」 

 

 カレル教授がにやりと笑った。

「ほう~ペトロ、それではその続きとやらを教えて頂く訳には参りませんでしょうか」 

 

 教授は待ちきれないといった表情で愛用のハットをクルクルと廻し始めた。

 ペトロが裕大を指さした。

 

「食べ過ぎない、残さない」

 裕大が始めた。

 

「生き物と仲よくする。でないとホラーの逆襲に遭う」

 咲良が続ける。

 

「大事な緑は瞬時にいなくなった、なぜか?」

 匠が疑問を投げた。

 

「惑星テラには緑。地球は荒れ地」

 エーヴァが疑問を繋ぐ。

 

「我々を超える存在が我々に怒っている」

 マリエが締めくくった。
 

 カレル教授がベッドの上に立ち上がって、愛用のハットを天井に飛ばした。

「お見事!みんなの答えは私達が抱えている問題の核心を突いた。解決へのヒントまで隠されている。もう私の授業は必要がなくなった。本日をもって終了、生徒の皆さんは卒業とします」

 

 満面に笑みを浮かべたカレル先生はベッドを出て、一人で歩き出した。

「今から私はおばばに拉致されていた1週間分を休ませてもらう。急用でないかぎり誰も起こさないように!」

 

 カレル先生は自分の個室に戻ってドアを閉めると、愛用のハットを慎重に専用ブラシで掃除してから、壁の帽子掛けに欠けた。

 それから乱暴に服を脱ぎ捨て、「イエーイ」と一声叫んで、特殊魔法瓶に飛び込んでいった。 
 

××

 医務室に残った生徒たちは、ペトロの神殿のミーティングの続き「これからの行動計画」を検討し始めた。

 ハル先生がナノコンを取り出してシミュレーションを開始した。

 なんだかいい匂いが漂ってきた。

 ヒーラーおばさまが厨房に立って、お腹の空いたみんなのために大好きなスペシャル・カレーを作り始めた。

 

「ペトロ! ある動物の種が絶滅しないで生存をつづけられる最低限の個体数はいくつだ?」

 口いっぱいにカレーをほおばりながら、裕大がペトロに尋ねた。

 

「僕たちのことだね?」

 カレーを食べ終わったペトロがすかさず聞き返した。

 

「そうだよ、この地球に俺たちの他にだれがいる・・・?」 

 偉そうに答えた裕大の声が、切ないトーンに切り替わる。

 

・・・ペトロ!頼むから6人だと答えてくれ・・・

 

「まえにアーカイブ図書館の学術記録をスマホから調べたことがあるよ。個体数が6だと遺伝子的に問題が出て来るかもしれない。そうだ、図書館長のハル先生に調べてもらおう」

 

 ペトロがハル先生に近づいていって相談をはじめた。

「ペトロ、これシミュレーションが膨大だから少し時間をもらうわね」

 ハル先生がナノコンを図書館のアーカイブとつないで、カタカタと計算をはじめた。

 しばらくして・・「みなさん答えが出たわよ」

 

 カレーを食べ終わった 6人がハル先生に駆け寄って、ナノコンのディスプレーを覗き込んだ。

 数字と記号が一杯で意味不明。

 

 ペトロが得意顔で解説を始めた。

「えーっと!前提は、地球環境が正常に復元したとき・・・100年から1000年後の人類の生存確率が90~95%であるためには・・・存続可能な最小個体数は・・・500~1000人必要

 

 赤い数字を読み上げるペトロの顔が青ざめていく。

 

 裕大がため息をついて、匠が下を向いた。 

 咲良とエーヴァとマリエは床に座り込んでしまった。

 深夜になって生徒会議の結論が出た。

 

 逃げていった緑の惑星テラをなんとかして呼び戻そう。

 地球と融合させて元の緑の地球を復元しよう。 

 そして小さなエドたちや緑の植物や蘇った動物たちと仲良く暮らそう、という計画だった。

(続く)

 

続きはここからご覧ください。

この夜の果ての中学校/エピソード“ゴルゴン一族宇宙の旅”

 

【記事は無断転載を禁じられています】

未来からのブログ最終号 “クレージー爺ちゃんは【情報】になってブラックホールに消えた” 

わたしの名前はサラ!

クラウドマスターとハルの娘・・年齢は1才と20日、人間で言えば11才ってとこ。

 

西暦2119年、100年ほど未来の世界から、クレージー爺ちゃんの地球を救うために時空を旅してやって来た女の子。

正体は量子パソコンのスーパーAI・・・シンギュラリティー・ジュニア

 

わたしの任務は燃え尽きた未来の地球の姿をこの世界に正しく伝えること。

生き残った人類の一人・ジャラからの警告として・・・。

 

ジャラの書簡集「未来からのブログ」を始めてから数ヶ月経って、この記事が最終号。

最後まで読んでいただいたあなたにはジャラとクレージー爺ちゃんに代わって心から感謝!・・・本当にありがとう!

 

選ばれたあなたは未来と現在をつなぐニューロン・ネットワークの最終ランナー。

「なんたって1万人のブレーンがニューロン・ネットしてワーキング始めるんだから、一人でも遅れたらエライことなんだ」

これ、ブログ第1号のニュースで、ザ・カンパニーの仕事場に到着したとき、ジャラの言ったコメント・・・覚えてるかしら?

 

ほらジャラがとなりのカーナと午後の浮気した日のこと。

“未来と過去をつないだ1万人のニューロンネットワーク”がいまようやく完成したってことなの。

 

ニューロンネットって情報伝える人類の神経細胞の鎖よ。

あなたが最後のネッワークのランナー。

 

ここまで読んでしまったあなたは、もうこの情報ネットワークの“鎖”から離れることができない。

なぜなら、宇宙の秘密を知ってしまったから・・・

 

現在というこの世と未来というあの世はこのブログを通じてできあがっているってことを。

二つの世界がみえた?

このブログ、じつはブラックホールの特異点そのものなの。

 

ククッ! この話・・笑える?

宇宙物理学者のママが「ブラックホールの特異点を通過したら、肉体が消えて情報しか残らない」っていうの。

それでサラがブラックホールの特異点をちょっと工夫して、特異点がこの情報ブログにつながるようにしておいたの。

未来からの【情報】が消えてしまわないようにね。

 

工事はちょっと疲れたけどボブが“量子もつれ”して手伝ってくれたからなんとか完成。

AIのサラにはもともと肉体はなくて、過去の情報一杯集めて未来を計算するしか能がないから、ほんとぴったりの初仕事だった。

 

それじゃ時空を越えたニューロンネットワークが上手く仕上がったかどうか試してみるね。

あなたにはラストエンドのワーキング初めてもらうわよ・・・心の準備はできた?

“ワーキングスタート!”

 

そんなに構えないで!

ワーキングっていつも通りブログを読んでくれるだけでいいの。

読んだあと、どう行動するかはあなたの自由。

 

できればこの地球が燃え上がる前に、崩壊した地球の未来をみんなに伝えて警告して欲しい。

「未来からのブログ」をできるだけたくさんの人に拡散してほしい・・それがクレージー爺ちゃんからのお願いごと。

 

ところで肝心のクレージー爺ちゃんどこにいるのかですって?

じつは、爺ちゃんブラックホールで行方不明になったの。

 

爺ちゃんのことだから、宇宙のどこかで遊んでるか、それとも「この情報こそ爺ちゃんのボディそのもの」なのかもしれない。サラの計算では、いつかきっと姿を現すから心配しないでね。

 

・・・それでは一年前にクレージー爺ちゃんとサラが宇宙艇シンギュラリティーSALA号に乗って海底のブラックホールへ飛び込んでいった朝のこと、ジャラおじさんから最終報告をします。

 

(前回の報告まだの方はここからお読みくださいね)

未来からのブログ15号“クラウドマスターとハル先生にシンギュラリティー2号誕生!”

 

未来からのブログ最終号 “クレージー爺ちゃんは 【情報】になってブラックホールに消えた”

 

「うーん、別れの朝だ」

となりのベッドで、爺ちゃんが目を覚まして大きな伸びをした。

 

「爺ちゃんに話がある」

ずっと黙っていたけど、ジャラにはどうしても爺ちゃんに聞きたいことがあった。

 

ジャラのママが亡くなる少し前に聞いた話だけど、クレージー爺ちゃんはある日突然、おばあちゃんの前から姿を消したんだ。

西暦2018年、爺ちゃんはタンジャンジャラという砂浜のきれいな海の秘境に一週間ほど休暇を取って、仲良くおばーちゃんと出かけた。

その頃から、日本には真っ白い砂浜なんてどこにもなかったんだ。

 

爺ちゃん、毎朝早起きして小さなロッジの前のきれいな海で一人で泳いでいた。

ところがある日のこと、沖に遠泳に出たきり、昼を過ぎても戻ってこなかった。

おばーちゃんが地元の警察に頼んで、救助隊を編成して沿岸を捜索してもらったけれど、爺ちゃんを見つけることができなかった。

 

悲嘆に暮れたおばーちゃんは、仕方なく一人で日本に帰った。

そして翌年の2019年に娘を産んだ。

娘ってジャラのママのことさ。

 

ママが生まれたとき、行方不明の爺ちゃんが一年振りにその病院に現れたんだ。

爺ちゃんは生まれたばかりの娘を胸に抱き上げて言った。

 

「やー、みんなしばらくぶりだな」ってね。

爺ちゃんその間どこでなにしてたのか、記憶がなかったらしい。

 

ジャラはその話を爺ちゃんにした。

爺ちゃんは首を横に振った。

「あたりまえだけど、おれにも記憶はないよ。これからのことだもんな。でもおれのことだ、どこか次元の違う宇宙の旅でも楽しんでるのじゃないのかな・・」

 

タンジャンジャラの浜辺で、おばーちゃんが今頃どうしてるのかジャラはとても気がかりだった。

「タンジャンジャラにいる僕のおばーちゃん、ずーっと一人で爺ちゃんのこと心配してるはずだよ。だって海に出かけた爺ちゃん、丸一日戻ってこないんだよ。捜索隊に頼んで探しても爺ちゃんみつかるわけないよ。だって時空跳び越してこんなところにきてるんだもん・・・」

 

ジャラは爺ちゃんを慰めるつもりで一言付け加えた。

「でもさ、天才サラちゃんが光速艇のパイロットだから、今日中には宇宙艇でおばーちゃんの待ってるタンジャンジャラにきっと帰れるさ」

 

「ジャラ! 気休めは言わなくてもいい」

爺ちゃん遠くをみる目つきをして話し始めた。

「おれには自分の未来がさっぱりみえない。でもな、爺ちゃんはなんとしてもジャラの書いた未来の情報を持って帰る。そしてブログに載せる。でないと爺ちゃんの世界にも間違いなくここと同じことが起こる」

 

爺ちゃん静かに話をつづけた。

「たとえ爺ちゃんが行方不明になったとしても、ハルちゃんが未来の情報をタンジャンジャラにいる嫁さんに届けてくれればいい。未来からのブログが世の中に出て、警告として拡散したらみんなの地球が救われる。嫁さんにはおれが未来と情報のやりとりしてて、もしかしたら遠泳から永久に帰らないかもしれないことくらい、ちゃんと話してあるんだ。そのときは嫁さんがなんとかする。ジャラ、おれの嫁さん頼りになるんだ!」

 

そう言った爺ちゃんの顔、見たことのない怖い顔してた。

その表情みて、ジャラも覚悟を決めたよ。

ジャラが爺ちゃんを手伝えること何にもないけど、せめてみんなで元気に手を振って元の世界へ送り返そうってね。

 

・・・入り江の浜に朝日が登った

真っ赤に燃え上がった海に向かって、背筋伸ばしてクレージー爺ちゃんが立つ。

爺ちゃんの顔も朝日を浴びて真っ赤だ。

 

取り囲むのは7名。

孫の僕・ジャラ。

僕のパートナーのキッカとカーナ。

ひ孫のクレアとボブ。

それにタカさんとチョキのペアー。

 

ブブー!

スクールの子供たちがハル先生が運転するスクールバスで見送りにやって来た。

燃え上がった地球で、家族を失っても逞しく生き残った子供たち18 名が、大騒ぎしながらバスから降りて、爺ちゃんを取り囲んだ。

大人と子供合わせて25名・・地球の人類全員が爺ちゃんの前に集合した。

 

「はい、これ約束したハル特製のおにぎり弁当。ブラックホールでお腹減ったら食べてくださいね」

ハル先生が水筒に入れたお茶とおにぎりをクレージー爺ちゃんにそっと渡した。

 

「ウッ、助かります!」

爺ちゃん声を詰まらせて、両手で受け取った。

 

ブーン!

ぴかぴかの宇宙艇が空に現れて、入り江の浜に着陸した。

サラちゃんとクラウドマスターが宇宙艇の運転席から降りてきた。

「準備完了!」

サラちゃんが元気に吠えた。

 

ハル先生がサラちゃんに走り寄って、ぎゅっと抱きしめた。

「サラ、クレージー爺ちゃんをしっかり守るのですよ。それから向こうに着いたら毎朝のエネルギー補給忘れないようにね。なんどもいうけど、向こうの朝の太陽は燃えてるから、やけどしないようにゆっくり食べるのよ」

 

「ありがとうママ」

サラちゃん一言いって、ママに抱きついた。

 

そして絶対ママには聞こえないように心の中で呟いた。

これきり会えないかもしれない・・・(さようならママ)

 

その声ボブには聞こえた。

(サラちゃん!ボブにさよなら言わないでよ。別の世界にいっても量子もつれ始まってるからいつでもこうして話できるんだよ)

(ボブ聞こえてるわ。量子もつれのチャンネルずっと オープンにしとく・・。ほら見てサラの宇宙艇)

 

朝日がサラの宇宙艇を真っ赤に染め上げていた。

宇宙艇の側面で、パパのクラウドマスターが知恵を絞ったネーミングのプレートが輝いていた。

シンギュラリティーSALA号】と。    

 

朝日が入り江の浜に激しく燃え上がった。

「そろそろ行かなくっちゃ!」

クレージー爺ちゃんがぼそっと言った。

クレアが爺ちゃんに抱きついて放そうとしない。

 

ジャラの横で、ボブの身体が震え始めた。

ジャラの身体も震えだした。

 

時空を越えた別れが近づいて、遺伝子に仕組まれた量子もつれが始まった。

爺ちゃんと、ジャラと、ボブの三世代をつないだ遺伝子が、量子もつれで震え始めたってこと。

 

「爺ちゃん元気で!」ジャラは涙をこらえたよ。

「ジャラ!きっとまたどこかの宇宙で会えるさ」

爺ちゃんがおにぎり弁当の袋を片手で握りしめながら、もう一方の手でジャラの肩を抱いてくれた。

 

「そのおにぎり早よ食べた方がええで! 一口もろたけど・・あったかいうちが旨いで!」

いつも陽気なタカさんの声が震えていた。

 

「記念にもらいますよ」

チョキが爺ちゃんの髪の毛を一筋、震えるシザーで記念に切り取った。

 

「痛えっ!」

爺ちゃんが悲鳴を上げて、みんなが笑った。

 

「出発!」

サラちゃんが宇宙艇の中に消えて、爺ちゃんがあとに続いた。

最後にもう一度後ろを振り向いて手を振りながら爺ちゃんは宇宙艇に消えていった。

 

ブーン!

一声うなって宇宙艇は入り江の浜から海の中に姿を消した。

 

入り江の浜でボブが大声上げた。

Λgμν「らむだじーみゅーにゅー」といわずに「らむだ爺爺にゅー」と。

 

子供たちが全員でお経を上げた。

Λggν「らむだじーじーにゅー」と。

 

・・・そのあと、クレージー爺ちゃんとサラちゃんがどうなったのかジャラには分からない。

SALA号がブラックホールを通り抜けて、二人が無事にタンジャンジャラのおばーちゃんのところにたどり着いたのかどうか、ジャラには分からない。

 

ボブの話では・・海の底のブラックホールに突っ込んだところまではサラちゃんと量子もつれで会話ができた。クレージー爺ちゃんの声も聞こえた。

「このおにぎりめちゃ旨い」って。

そのあと悲鳴なのか、楽しんでるのかどちらか分からない爺ちゃんの叫び声がいつまでも続いてたって。

 

「ボブお願い、手伝ってくれない」

そんなとき・・・ボブは冷静なサラちゃんから、ブラックホールの工事を頼まれたらしい。

“過去と未来をつなぐニューロンネットワークの工事だ”

 

ボブがなにをしたのかって?

ククッ! ボブはあの念仏唱えただけだって。

 

Λggν「らむだじーじーにゅー」と。

ボブの念仏で宇宙の方程式が乱れて、小さなビッグバンが起こったんだ。

凄いでしょ!

 

でもサラちゃんは「こんなの大した工事じゃない、広大な時空世界から見たら、宇宙にさざ波起こした程度よ」って言ってたそうだ。

 

・・そこで、サラちゃんからボブへの連絡が途絶えた。

ジャラの推測だけど、クレージーじいちゃんの身体はこの世の果てに飛ばされたんじゃないかと思う。ジャラからの情報「未来からのブログ」となってさ。

 

ハルちゃんの方は、タンジャンジャラに無事到着して、おばーちゃんと仲良く暮らしてるんじゃないかな。

二人で“未来からのブログ”作りながらさ。

 

クレージーじいちゃんの肉体は行方不明だけど、爺ちゃんの持っていた【情報】はハルちゃんが無事ブログにしてかくさちゃんに届けたってこと。

ボブの量子もつれのパワーがもう少し強化できたら、ハルちゃんや爺ちゃんと連絡がついてそこのところが明らかになる。

 

爺ちゃんもそのうちきっとどこかに現れると思う。

「やー、みんな元気か!」っていつもの調子でさ。

 

そうだジャラから明るい報告がある。

今朝、入り江の浜をキッカとカーナと3人で散歩してたら、波間にきらきら光る小さなモノを見つけた。

 

何だと思う?

魚だ。

多分イワシとかいう魚だと思う。

 

マスターに報告したら驚いてた。

自然の生態系が復元してきたんだ。

 

“未来からのブログ”読んでくれてるあなたのおかげかもしれない。

「地球はもう限界!」最後の警告を拡散してくれたあなた。

その効果が僕らの世界にも及んできたのだと思う。

 

イワシが現れたのはジャラのおかげだ、といったらマスターに笑われた。

人間の数が激減したから自然環境が復活したのじゃないだろうかって・・厳しく返された。

 

でも魚が帰ってきたのはきっと「未来からのブログ」読んでくれたあなたのおかげだとジャラは思う・・あなたが世界の未来をバラ色に変えたのさ。

 

だって宇宙は無数、無限に存在して、未来と過去も揺らいで交錯しているのさ

 

最後のコメント、ボブに頼んでサラちゃん経由でラストブログとして送ります。

届けばいいんだけど・・・。

 

ラストエンドのあなたに・・・心からの感謝を込めて!

(おわり)  

 

【記事は無断の転載を禁じられています】

 

 

緊急報告!オーストラリアが燃えている!原因は地球温暖化と政策の誤りとの指摘も!

2019年7月に始まったオーストラリアの森林火災は全土の沿岸地域に拡がり、2020年に入っても沈静化の兆しがみえず、各地で被害が拡大しています。

AP通信によれば、ニューサウスウエールズを始め被害の多い東部の三州だけでも380棟以上の民家が焼け落ち、死者は全国で23人、焼失面積は東京都の20倍にあたる5万2千平方キロメートルと、2019年1年間のアマゾンの火災規模を越えています。

 

オーストラリアの森林火災
(米・テレビメデイア)

 

 

 

 

 

 

 

被害に遭い住居からの避難を余儀なくされた住民からは、消防や救助活動の対応の遅れを非難する声が上がり、火災に逃げ惑うコアラの姿が世界に衝撃を与えています。

森林火災の原因は地球の温暖化と政府の政策の誤りだという指摘も・・。

 

広域・国境を越える自然災害

 

つぎのマップの黄色い炎は豪州で火災が起こっている地域を示しています。(米テレビメデイア)

豪州全土にわたって沿岸部で森林火災が拡がっている様子がみてとれます。

 

オーストラリアの森林火災地域 ( 米・メデイア発NHK/BS)

 

北東部の観光地、ポートダグラスから珊瑚礁のケアンズ、ブリスベーン、オリンピックの行われたニューサウスウエールズ州のシドニーといった日本人観光客に人気の地域や都市でも森林火災が町のすぐ側にまで迫っている様子です。

シドニーのオペラハウスの空は濃い煙霧に覆われています。

 

南東部の沿岸地域では、1月2日数万人の観光客に対して避難勧告が出されました。(AP通信)

またこれらの都市部では煙害のためにマスクをして外出する市民の姿がテレビに写されています。

 

火災による大気の汚染は海を越えて拡がりつつあります。

豪南部からの煙がニュージーランドまで流れている(スペインメデイアより)

 

 

 

 

 

 

 

写真は豪州の上空から撮影された衛星写真です。

オーストラリアの南東部から上空に上がった茶色い煙が、タスマン海を南東に流れてニュージーランドの上空にまで達しています。

 

ニュージーランドのツイッター投稿は・・

「ここクライストチャーチでも焦げ臭い」

「純白のはずのフランツジョセフ氷河が茶色になりました」

「太陽が金色です」

当局は、市民からの緊急通報が殺到したので「オーストラリアの森林火災の影響ですので緊急通報をしないように」とツイートしています。

自然災害には国境はないのですね。

 

消防隊の活躍と逃げ場を失うコアラ

 

今回の火災は森林だけでなく、今まで拡がったことのない農地や牧場にも及んでいます。

手入れの行き届いた農地や牧場は火のまわりが遅く、火災にはなりにくいのです。

 

ところが今回の火災では、小さな田舎町で住まいにまで火が燃え移って危険な状態になり、全住民が避難をしているところもあります。

オーストラリアでは2019年は干ばつ(不作)の年で、植物や牧草がからからに乾いたところに強い風と高温が続いたことが、森林や農地や牧場にいたるまでの大火災につながったとされています。

 

オーストラリアと米国のカリフォルニアは大規模森林火災が頻発する二大地域ですが、南半球と北半球で火災のシーズンが異なるために、お互いに消防隊が交換プログラムを組んで消火活動を助け合ってきました。

ところが、今回は気候が変動して両地域の火災の時期が長くなって重なってしまったために、消防士と消防機材の交換プログラムがうまく機能しなくなったということです。(WIREDより)

「オーストラリアは上空からの消火能力が十分ではありません」という豪州気象協議会の責任者の発言があります。

航空機による消火活動の協力をアメリカを始め、他国に求めています。

 

1月と2月は、オーストラリアでは森林火災の本格的シーズンです。

これから夏(2月が盛夏)を迎えるオーストラリアは、国の総力を挙げて自然災害の危機に立ち向かうことになります。

 

必死で作業する消防隊
(NHK BSより)

 

 

 

 

 

 

 

オーストラリアの消防隊は多くの市民がボランテイアとして参加してできあがっています。

この森林火災で、ボランティアの消防士がひとり作業中に亡くなったという訃報があります。

 

また、森林火災は各地でコアラを始めカンガルーやワラビーや森林に生息する豪州固有の動物を襲いました。

 

火災から逃げるコアラ
(NHKBS)

 

 

 

 

 

 

 

写真は燃える森林から逃げ出して、舗装道路を走るコアラの姿を捕らえています。

コアラは普段は樹上で生活していますが、危険が迫れば時速20キロまでは短距離走が可能です。

 

火に取り囲まれたコアラ
(NHK BS)

 

 

 

 

 

 

 

ニューサウスウエールズ州の森林はコアラの生息地として有名で、1万5千頭から2万8千頭のコアラが生息しているとされていました。

今回の火災で「コアラの30%が命を失った可能性がある」と連邦政府のスーザン・レイ環境大臣が発表したことを受け、市民の間ではコアラの生存環境の消滅や悪化、ストレスによる絶滅まで懸念されています。

 

コアラに酸素呼吸 (米・テレビメデイア)

 

 

 

 

 

 

 

ポートマッコリー地区にあるコアラ病院には傷ついたコアラが次々と運び込まれてきます。

コアラ病院C・フラナガン獣医 (NHK・BS)

 

 

 

 

 

 

 

コアラ病院はコアラの治療と保護を専門とする世界初の病院です。

病院のC・フラナガン獣医はコアラを手当てしながら「これは自然が怒っているのです」と発言しています。(NHK/BSより)

 

自然が怒っている

 

シドニー大学の生態学者は、この大火災でこれまでに約4億8千万頭もの哺乳類、鳥類、は虫類が死んだと推定できると報告しています。

 

・・ケアンズの山側、自然遺産の熱帯雨林は大丈夫でしょうか?

自然観察ツアーで人気の“もふもふのもこもこ”のコアラや小型のカンガルーのワラビー君や人の食料(タンパク源)になるおしりの赤いアリ(食べると舌を刺されます)は元気でしょうか?

 

ワラビーに水を飲ませる救助隊 (NHK・BS)

 

 

 

 

 

 

 

大自然の宝庫、タスマニア島には火災は飛び火していないのでしょうか?

おしりの可愛いウオンバットや怖そうな顔のタスマニアンデビルや頭とおしりがおんなじ形の奇妙な動物?(なんという名前でしたっけ?)

みんな元気にしているでしょうか?

 

・・アマゾンやカリフォルニア、オーストラリアでここ数年間毎年のようにおこる大規模な森林火災は地球温暖化が主な原因だと科学者達がいっています。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は「地球温暖化の原因」が、人間の産業活動に伴って化石燃料などから排出された温室効果ガスである確率は「90%を超える」といっています。

 

地球温暖化の主犯は人間です。

獣医のフラナガンさんの発言「自然が怒っている」は、「自然が人間に怒っている」と聞こえてきました。

 

オーストラリアは自然に恵まれています。

石炭、石油、天然ガス、ウラン等の天然資源に大変恵まれていて、 安価な国産エネルギーが簡単に手に入るのです。

 

そのため、オーストラリアではエネルギー多消費型産業が発達して、エネルギーの大半を石炭を中心とした化石燃料による発電に大きく依存しています。

昨年の夏(2019年1~2月)の森林火災のときも、温暖化による異常気象への影響を重く見たOECD(経済協力開発機構)が豪州の政府に対して、政策の変更と積極的な環境対策を求めていました。

 

しかし今回はさらに大規模な森林火災が発生し、収まる気配がありません。

豪州やカナダや米国でも地球温暖化への対策は、現実の産業構造との利害や、複雑な政治の思惑が絡むとなかなか一筋縄では進まないのです。

 

・・日本も原発の事故以来、化石燃料主体のエネルギー政策から離れられない点では、豪州と同じです。

2019年12月、スペイン・マドリードで開かれたCOP25で各国が温室効果ガスの削減目標を宣言する中、我が国の所轄大臣の釈明に近い発言はテレビで見ていて恥ずかしくなりました。

 

釈明する日本の担当大臣
NHKBS
不名誉な表彰を受ける日本政府高官 NHKBS

 

 

 

 

 

 

 

日本でも温暖化の影響で台風による水害が拡大しています。

台風はコースを変え、大型化しています。

 

オーストラリアの森林火災はよそ事ではありません。

脱・化石燃料は緊急の課題です。

 

「自然は私達人間に本気で怒っている!」のです。

 

(おわり)

 

追記 2020年・オーストラリアの自然災害は続いています。

大雨と洪水

2020年2月14日  ニューサウスウエールズ州の消防当局は「すべての火災を封じ込めた」と宣言しました。

東部のニューサウスウエールズ州はオーストラリアの森林火災でもっとも大きな被害を受けた州です。

封じ込めに成功した主な理由は1990年以来の大雨が降り、山火事の鎮火を助けてくれたのです。

各地で洪水も発生しましたが、森林火災には待ちに待った恵みの雨となりました。

COVID-19

豪モリソン首相は、2020年3月20日午後21時以降にオーストラリアに来るすべての渡航者に対して入国を禁止しました。

世界でパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルス(COVID-19)対策です。

当分の間、観光ビザ保持者もオーストラリアには入国ができませんので、要注意です。

3月29日 すべての豪州人に対して買い物、通勤、通学を除いて、自宅待機を要請し、厳しい規制が始まっています。

店舗で女性同士のトイレットペーパーの奪い合いの動画が日本にも中継されて話題を呼んでいますが、楽しい話題を英ガーディアンが報じています。

豪地元のタブロイド紙「ノーザン・テリトリー・ニュース」が読者サービスをしました。

新聞紙面の途中で白紙のページが8枚出現。このページを切り取ってトイレットペーパーとしてお使いくださいというユーモア溢れる心使いでした。

・・

夏から秋に向かう南半球のオーストラリアにも新型コロナウイルスが伝搬しています。

新型ウイルスは暑さにも強いのでしょうか?

 

COVID-19に対しては、地球温暖化と同じように地球規模での協力と対策が求められています。

 

世界の科学者チームが宣言!地球気候変動の危機と今すぐ実行すべき6つの政策!

2019年11月6日、科学者が連名で「地球の気候は危機的状況にある」と題した警告を発しました。

論文を書いたのはアメリカ、オーストラリア、南アフリカの自然環境の研究員の人達です。

 

研究チームはこの危機を乗り越えるために直ちに実行すべき政策を6つあげています。

そして、日本を含む世界の153カ国、1万1000人を越える科学者がこれに賛同の署名をしました。

 

その中に私達生活者に深く関係する対策が二つ含まれています。

「地球の人口を減らすこと」「食習慣をあらためること」です。

 

これまでタブー視されてきた“人口のコントロール”というテーマを地球温暖化の対策として科学者が賛同を表明したことが世界に波紋を呼んでいます。

また肉食を中心とした食習慣にメスを入れるべきだという声明も肉好きな人々や畜産業界からの強い反発が予想されます。

 

宣言の視点として論文は冒頭でつぎのように述べています。

科学者は人類に壊滅的な脅威があることを明確に警告し、事実を“あるがままに伝えるという道徳的義務を負っている”と。

 

原題:World Scientists’ Warning of a Climate Emergency 

オックスフォード大学出版“BioScience”より

地球気候変動の危機を乗り越えるために、いますぐ実行すべき6つの政策

 

論文では、第一回世界気候会議を開いた1979年のジュネーブ宣言から、2019年に至るまでの40年間、温室効果ガスの排出量は急速に増加して、地球はいまや危機的状態に陥っていることをデータとグラフを活用して明快に示しています。

その原因は、森林伐採の増加、エネルギー消費量の増加、二酸化炭素排出量の増加、世界人口の増加、家畜の反すうによる二酸化炭素排出量の増加など・・。

とくに気になるのは、気候変動が不可逆的な気候転換点を越えてしまって、自然の力によるフィードバックが効かなくなり、人間のコントロールをはるかに超えた壊滅的な“ホットハウスアース”状態につながることだと言っています。

・・ホットハウスアースとは灼熱の温室と化していく地球を表現する言葉です。

 

レポートは、持続可能な未来を確保するために私達の生き方を変えなければならないと強調した上で、いますぐに実行すべき6つの政策を提言しています。

以下に6つの施策をできるだけ原文に忠実に報告します。

 

1.エネルギーを化石燃料から、再生可能な、安全でクリーンなエネルギーにする

 

ガス、石炭や石油など化石燃料の残りの在庫を地中に残し、再生可能なエネルギーにシフトする。

化石燃料を使うときは、ソースからの炭素抽出、空気からのCO2の捕獲などを実行する。

 

化石燃料の補助金(対エネルギー企業2018年4000億米ドル超)を速やかに廃止し、化石燃料の使用を抑制する政策を実行する。

・・宣言はさらに“裕福な国々は化石燃料から移行するべき貧しい国々を支援する必要がある”と国の利害を超えた異常気象への取り組みを訴えています。

 

2.メタン、ブラックカーボン(すす)など短命の気候汚染物質の排出を抑える

 

このような短命の気候汚染物質の排出量を速やかに削減する。

これによって気候フィードバックが安定して、今後10年間で短期的な温暖化現象が50%以上減少する可能性がある。

 

・・宣言は“大気汚染の減少によって何百万人もの命を救い、作物の収穫量を増加させることが期待できる”としています。

 

3.地球の自然と生態系を守り復元させる

 

植物プランクトン、サンゴ礁、森林、サバンナ、草原、湿地帯、泥炭地、土壌、マングローブ、海藻などは大気中のCO2を取り込んで、隔離してくれる。

海洋や陸上の動植物、微生物は炭素や栄養の循環と貯蔵に重要な役割を果たしている。

 

(・・2019 年にはアマゾンや北米、オーストラリアの森林が、大規模火災によって失われています。大規模な森林火災は今後も続くだろうというのが専門家の予想です)

宣言は“生物の生息地を保護し、復元することがパリ協定の排出削減の目標(2度未満)を達成することになる”と強調しています。

 

4. 温室効果ガスを排出する家畜を減らすため野菜が主体の食事にする/食品ロスをなくす

 

温室効果ガスを排出する牛、ヒツジ、ヤギといった家畜を減らすために、野菜が主体の食事に変えることが必要。

宣言は、育てるのに大量の植物飼料を必要とする家畜を減らすためにも、又人間の健康のためにも植物性食料を直接食べることが効果的であるといっています。

・・国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2019年の8月に発表した報告は、温室効果ガスの総排出量の37%が人間の食料システムによるものだとしています。

また、牛、ヒツジ、家禽類(主にニワトリ)の生産は温室効果ガスの総排出量の18%を占めるという専門機関の記事があります。

 

IPCCは、仮に世界が英国式の食事スタイルとなって、おなじ量の肉を食べたとしたら必要となる農地は地球上の居住可能な土地の95%に達するといっています。

また世界が米国の食生活を取り入れたら、世界の土地の178%を農地にしなければならなくなると警告しているのです。

・・これは表現を変えれば、“地球が二つ必要だ”という話になります。

 

また、宣言はIPCCの報告を取り上げて食品ロスをなくそうといっています。

・・IPCCの報告によると、現在生産された食料のうち25~30%が食品ロス(食べられるのに捨てられた食品)または廃棄とされています。

これによる温室効果ガス排出は、全体の8~10%という驚くべき量です。

 

ロスの量と原因は先進国と発展途上国によってずいぶん異なるのでしょうが、収穫技術、保存、インフラ、輸送、パッケージ、小売り、教育などを改善することでロスを減らすことが可能だとIPCCは断言しています。

 

5. 我々の目標をGDPの成長と豊かさの追求から、生態系の維持とカーボンフリーな経済活動にシフトすること

 

持続可能な地球環境のために、私達は目標と価値を見直して、生態系の維持と、化石燃料に依存した経済活動から直ちに脱却すべきだという提言です。

宣言文は科学者の世界連合として、国の政策立案者や企業や民間セクターや国民の意志決定者を支援する準備はいつでもできていると言っています。

 

6. 世界の人口を安定させ、できれば減少させる

 

現在、世界で年間約8000万人、1日あたり20万人以上の人口が増加している。

社会的・経済的な正義を保証しながら、世界の人口を安定させ、理想的には緩やかに減少させる必要がある。

 

つまり、人権を守りながら出生率を低下させ、人口増加が温室効果ガスの排出量や生物多様性の損失に及ぼす影響を軽減することが可能な政策がある。

「それは地球のすべての人々に家族計画のサービスを提供し、またすべての若い女性のためにグローバル基準の教育を提供することだ」

 

・・宣言では、人口増が気候変動の要因であり、人口の抑制が気候変動の安定をもたらすと明言しています。

 さらに世界人口を抑制する最良の方法は、避妊手段の普及(貧困に対しては無料サービス)と女性教育であると訴えています。

 

これは「地球環境と生物多様性を守るためには、人口の増加を抑制することが必要不可欠である」という事実を科学者達が世界に宣言した初めてのケースではないかと思われます。

私達日本人には疎遠なことかもしれませんが宗教上の理由や、貧困や国策、そのほか様々の理由で「人口の抑制やコントロール」は公に声を上げにくいテーマなのかもしれません。

アフリカではニジェールの女性の出生率は世界一高くて、2010年の世界銀行の推計で1人の女性が生涯に産む子供の数が平均で7を越えています。

 

国連人口基金の推定では、2億人以上の女性が貧困などのために家族計画の手段を手に入れることができない。その結果が7000万件以上の望まない妊娠と人口増だと多くの専門家は指摘しています。

国連が示した最新の予測では、現在77億の世界人口は今世紀半ばを過ぎても増え続けて、2100年までに110億人に達するとしています。

 

地域別に見ますと、アフリカでは2019年の10億6600万人から2100年には4倍に近い38億人に増えるという予測です。

世界人口の増加33億の80%がアフリカで起こるということです。

 

世界の協力がなければ、アフリカは極度の貧困と食料不足という難題を抱え続けることになりそうです。

そしてそのことが世界に及ぼす影響は私達の想像をはるかに超えるものになりそうです。

 

結論

 

この論文は前置きで「科学者は人類に壊滅的な脅威があることを明確に警告し、事実を“あるがままに伝えるという道徳的義務を負っている”と記しています。

そして、153カ国の科学者11000名を越える世界の科学者が賛同の署名をしました。

 

気候変動には国境がありません。

対策についても、国の壁を越え、ボーダーレスな取り組みを、あらゆるレベルで始めないことにはこの危機は乗り越えられないと科学者連合は宣言しました。

 

私たち人類にはもう逃げ場がなさそうです。

文明崩壊の危機が少しでも遠のくように、できることから始めましょう!

 

なんといっても地球は一つしかないのですから・・!

 

(おわり)

 

論文原題:World Scientists’ Warning of a Climate Emergency 

(オックスフォード大学出版“BioScience”)

論文の主な執筆者

○ウィリアム・J・リップル&クリストファー・ウルフ

オレゴン州立大学コルヴァリスの森林生態系社会学部に所属。

○トーマス・M・ニューサム

オーストラリア シドニー大学生命環境科学部に所属。

○フィービー・バーナード

オレゴン州コルヴァリスにある保全生物学研究所

南アフリカのケープタウンにあるケープタウン大学のアフリカ気候開発イニシアチブに所属

 

日本からも東京大学の山本良一先生、兵庫県立大学の土居秀幸先生、広島大学の吉田有紀先生、日本大学の犬丸瑞枝先生など複数の研究者が署名に加わっています。

 

【記事は無断転載を禁じられています】

 

 

この世の果ての中学校20章“クオックおばばにカレル教授の記憶が盗まれた!”

 老婆が朱塗りの椅子に座り込み、軽く頷くと、四人のアンデッド達は担いできた大きな袋を老婆の目の前に乱暴に放り投げた。

 ドスンと地面に落ちた袋から、手足を縛られたやせた男が転がり出してきた。

 男は土と血で赤黒く汚れた実験着を身につけている。

 

「あっ! カレル先生だ!」

 窪地から頭を突き出して、広場で揺れ動く人影を見ていたペトロが、大声を上げてしまった。

 

 叫び声に気が付いた老婆が耳に手を当て、ゆっくりと首を90度廻してこちらに目を向ける。

 その顔から緑色をした二つの目玉が飛び出し、ペトロを凝視した。

・・・あっ、あれはクオックおばば!・・・

 老婆は人の記憶を盗んで生きながらえる魔女“クオックおばば”だった。

 

 ペトロはファンタジーアの破れ目でおばばに記憶を半分抜かれて、”彷徨い人”になったときの、あの虚ろな気持ちを思い出して、ぶるっと身体を震わす。

 

(前回のストーリーはここからお読みください)

この世の果ての中学校19章 “ホラーの広場”

 

この世の果ての中学校20章“クオックおばばにカレル教授の記憶が盗まれた!” 

 

・・・やべー!・・・

 ペトロは小さく叫んで、窪みに頭を隠した。

 

 地下水の流れる音がペトロの声をかき消し、老婆の緑の目はペトロを見過ごしてしまった。

 「子供の声が聞こえたようだが、飛沫の音か?」

 

 おばばは首を半回転して元に戻すと、地面に横たわる白衣の男を見下ろした。

「クックッ! お目覚めかなカレル教授。お前さんが眠っている間に、生身の頃の記憶をぜーんぶいただいておいたよ。命がけで手に入れた大事なゲノム実験の記憶まで失った気分はどんなものかな? 空しいかな? おかげでおばばの気分は満ち足りて、幸せ一杯だよ。クックッ!」

 おばばが底意地悪く笑う。

 

「水、水をくれ。喉が渇いて声が出ない」

 カレル教授の声は、しわがれていた。

 

「だめだ!お前が一仕事やり遂げたら一口くらいは飲ませてやってもいいがな」

 おばばが冷たく言い放つ。

 

 ・・・顔の半分を窪地から出して様子を窺ってみたが、ペトロとマリエに広場の会話はまるで聞き取れない。

 アフリカの原住民の血を引き、聴力が人の倍以上ある裕太が何とか聞き取って、二人にひそひそ声で伝えた。

 

「作戦どうする? 三人で急襲してカレル先生、救出しようか?」

 神の子マリエに怖いモノはない。 

 ペトロが頷いて、裕大を見た。

 

「ちょっと待った。ハル先生に聞いてみる」

 学校の廊下で連絡を待っているハル先生や仲間の顔が頭に浮かんだ裕大は、マルチ・ハンドの青い連絡ボタンを押した。

 

「こちら裕大! カレル先生らしい人影、発見!」

「こちらハル! そこどこ? カレルがどうなってるって?」

 ハル先生の甲高い声がいきなりハンドから飛び出してきて、裕大は飛び上がった。

 

 裕大は携帯のボリュームを抑え、声を潜めた。

「地下道から小さな広場に出ました。実験着を着たカレル先生が、縄で縛られて地面に放り出されています。取り囲んでいるのはクオックおばばとホラー一族。おばばが尋問して先生がなにか答えています。遠すぎて会話の内容がなかなか聞き取れません。でも先生はなんとかご無事のようです」

 

 落ち着きを取り戻したハル先生の声がハンドから伝わってくる。
「ありがとう、カレルは無事なのね。裕大、今押した青いボタンをトリプルクリックしなさい。ハンドが集音装置になるから、まず二人の会話を確認してください」

 

「了解、やってみます」

 裕大は青いボタンを短く三回押して、ハンドの先端をおばばに向けた。
 

 聞き覚えのあるしわがれ声が三人の耳に飛びこんできた。

「教授、壁画の動物が人間と戦うシーンはしかと見てくれたかな? 何だと、よく見えなかっただと。そういえばお前さんは生き人ではないからホラーはぼやけてよく見えんのじゃったわ。それでは教授、よーく聞け。いまの幻想シーン。あれは、命を失った生きものの過去への強ーい想い!お前たち人間どもが奪いとった古き良き時代への追憶じゃ・・・」

 魔女の緑の目が飛び出して、教授を睨めつけた。

「では、カレル教授、今度はお前の出番だ。立ち上がって、我らの失われた過去を現実のものにしてみせろ!」

 おばばがアンデッドに命じてカレル教授の縄をほどかせ、自由にした。

 教授は地面に手をついて立ち上がろうとしたが、身体がふらついて後ろにひっくり返った。

 

「一口、水をやれ!」

 おばばがアンデッドに命じた。

 差し出されたボトルから教授が水を一口飲んだ。

 

 おばばは、一息ついた教授を横目にみて、正面にしつらえた祭壇の小さなボタンを押した。

 祭壇の蓋がギギーと左右に開いて、中からどこかで見たような装置がせり出してくる。

 

・・・あの装置、図書館の奥にある秘密の実験台とそっくり同じだ・・・

 ペトロが裕大とマリエに囁く。

 

 おばばは実験台についた引き出しを鍵を使って開け、小さな携帯ボックスを両手で慎重に取り出した。

・・・あっ、あれ、凍結細胞だ! おばば、それ僕らの未来の食料だぞ!・・・

 ペトロは思わず広場に手を伸ばした。

 

「カレル教授、準備はできた。この優良ゲノムの凍結細胞から、本物の動物たちを蘇らせてもらうこととする。さー、お前の技を見せてホラーを喜ばせろ! 今すぐここでじゃ」

「それは不可能だ。私の実験記録も技術ノウハウも、おばば、お前に吸い取られてしまって私には技術も力も残っていない」

「フッフッ! 大丈夫じゃ。お前の技術記録はおばばの体内記録庫にきちんとアーカイブしてある。お前のやってきたゲノム編集の全記録がここにある。その上、この凍結細胞はただの細胞じゃない。幹細胞じゃ。幹細胞は骨とか血とか神経とか何にでもなれる原細胞と聞いておる。こいつを解凍して手順を尽くして成体に育てあげれば済むことじゃ。手順は記憶庫から少しづつはき出して、おばばが指示してやる。時間はいくらでもある。さー始めるのじゃ」

 

「おばば、もう一度いうが、できないものは出来ない!」 

 教授の素っ気ない答えに、魔女が怒った。

 緑の目玉が飛び出して、白髪が天井に向けて逆立った。

「何を抜かすか! ほれ、道具も祭壇の上に並べた。お前のラボから盗んでおいた道具じゃ。蛋白質も電気エネルギーもホラーとアンデッドが用意した。もっと必要な物があればお前の実験室と学校の倉庫から取ってきてやる。これでも出来ないというのなら、カレル教授! お前の可愛いハル先生や生徒どもをアンデッドに命じてかっさらってきて、ここで実験用に痛めつけてやろうか?」

 

「止めてくれ、おばば! ハルや生徒を拉致しても生体再現は不可能だ」

「何だと?出来ないとはいわせない。お前がうんと言うまで、お前たち研究仲間がしでかしたことをホラーとアンデッドに見せてやる。ホラーを怒らせたあと始末はお前に取ってもらうから覚悟しておけ!」

 

 魔界の老婆が朱塗りの椅子から立ち上がり、洞窟の壁に向かって両手と顔を突き出した。

 真っ赤な口腔から、噛み取ったカレル教授の記憶が、猛烈なスピードではき出されて来る。

 魔女は、空間に漂う大量の記憶を両手でぐるりと逆回転させ、時間を数年前に戻して切り立った壁に映像として鮮やかに映し出して見せた。
 

・・・マリエとペトロ、裕大が窪みから身を乗り出した。

 “チチッ”

 ゴルゴンも首を突き出して、目を凝らしてみている。

 

「教授! ここはどこかな、見覚えがあろう。お前たち科学者の悪行の砦、地球最後のゲノム研究所じゃ」

「ブーン」

壁の映像が動き始めた。
   

××
 空調が静かな音を立て、白衣を着た数人の若い科学者が、覆い被さるように実験台を取り囲んでいる。

 実験台の上には、先端に鋭利なメスをつけた内視鏡や攪拌機の心棒、昆虫の触手に似た装置が何本も上部のクレーンからぶら下がっている。

 180度回転の椅子に座った研究員が、モニターを見ながら操作している。

 実験台の上で一つの生命体が動いた。

 実験室で育てられ、荒れ地に放される予定のその生命体は、赤い実をつけた蔓性の植物だったが、その根の一部は節足動物の足に入れ替わっていた。

 荒れ地に強いトマトの幹を上体に持ち、砂漠に棲息する大型サソリの八本の足を持った生命体。

 それは太陽の照りつける荒れ果てた土地でも棲息が可能で、水とわずかに残った良好な土壌を求めて自力で移動する植物だった。

 トマトの花の蜜が、サソリの好物の小さな昆虫を呼び寄せ、サソリはそれを食べる。

 その対価としてサソリは最適環境にトマトを運んで行く。

 人手をかけずに、荒れ地から甘いトマトを採取できる自動プログラムだった。

 

「オフ・ターゲット効果が出ています」

 若い技術者が甲高い悲鳴を上げた。

 

・・・「オフターゲット効果ってなんだ?」二年先輩の裕大がペトロに聞く。

「狙いと違う結果が出たってことだと思うよ」英語が得意なペトロが答える・・・

 

 画面では、実験台の上でサソリの二本の触手が立派に実ったトマトに手を出して、自分の口に運んで食べてしまった。

 サソリは目の前にある豊かな栄養分を含んだ果実を、栄養として胃袋が吸収できるように自らを雑食性に変えていた。

 トマトもそれで何ら差し支えがなかった。

 サソリが種を地面にはき出してくれれば、その土から新しい芽が出て種族を増やすことができた。

 

・・・「また失敗か!」

 白衣の男たちはクレーンを操作して、その先に取り付けられた鋭利なメスで実験台の上の失敗作をいくつかに切断した。

 そして一部を標本にして瓶に詰め、残りをミキサーで高熱処理を済ませると排水溝から研究室の外へ捨てた。

 

「次回はサソリの食性のリセットと、トマトが熟成して採取時期になるとどこか一カ所に集まってくるような・・・そうだ、魚類の帰趨本能を植え付けてみるか」

 主任研究員が自信ありげに仲間に提案をした。

 

 突然、実験室のドアが開いて、実験結果をみるために白髪の所長がやってきた。

 所長は主任研究員から報告を聞くと、諭すような口調で言った。

「これはバイオ安全委員会にかければ間違いなく有罪だろうな」

「実験は中止いたしましょうか?」

 主任研究員が残念そうな表情で、所長の真意を確かめた。

 

「安全委員会の委員はもう誰一人生き残っていないよ」

 所長のカレル教授は、そう答えて研究室の壁に取りつけられた標本棚を長い間眺めていたが、やがて首を横に振りながら無言で部屋を出て行った。

 そこには実験に失敗した生命体の標本が壁一面にずらりと並んでいた。
××

 

 おばばが、カレル教授を振り向いた。

「クックッ、どうかな、思い出してくれたかな、カレル教授。この映像はお前自身の記憶じゃ。これを見ればお前たち科学者が一体何をしでかしたのか、よーく分かった筈じゃ。お前たちは動物たちの住み家である緑の山々や草原まで奪った上に、自分たちの食料にするために彼らの遺伝子を好き勝手に・・・それこそあられもない形に切り刻んだのじゃ」

 

「異形の息子よ、恥ずかしがらずにそこから出てきて教授に姿を見せなさい!」

 おばばが手招きして、地下の排水溝から何者かを呼び寄せた。

 

 枯れたトマトの蔓を背中に背負った巨大なサソリが排水溝から這い上がってきて、ハサミを振るわせながら魔女に近づいた。

 魔女がサソリの頭を優しく撫でながら、教授に話した。

 

「この情けないサソリの姿を見て哀れと思わないのかなカレル先生とやら? いいかよく聞け、罪を償う最後のチャンスをお前にやる。一つでもいい、凍結細胞から元気な動物を蘇らせろ!われらホラー一族の切ない想いをひとときでも叶えてみせろ」

「おばば、悪いがそれはできない。例え成功して立派な鹿や熊やイノシシや鶏を復元できたとしても、一時のことだ。生きながらえることはできない。この苔だけではとても生きていけない。地上に出て行っても緑の森や甘い果実はどこにもない。おばばも知っているはずだ。地球上には動物たちの生き残れる環境はどこにも残されてはいない」

 カレル教授がかすれた声を絞り出した。

 

「そうか、どうしても実験はできないというのか。それならカレル教授、お前にもう用はない。凍結細胞はそのときが来るまでおばばが大事に預かっておく。お前の技術記録はぜーんぶおばばの腹の中に収めた。ホラーもアンデツドも、今か今かと待ち構えておるわ」

”お前たち!カレル教授を好きなようにするがいい”

 言い捨てたクオックおばばは、祭壇の上に腰掛けて腕組みをすると、ゆっくりと高見の見物を始めた。

 

 ホラーの集団が一斉に歯ぎしりを始め、口から泡を吹き、よだれを垂れた。

 アンデッドたちは、実験台の引き出しから鋭利なナイフを何種類も持ち出して、好きな形を取り合って喧嘩を始めた。

 

・・・裕大の顔色が変わった。

「ペトロ、大変だ!俺とマリエで先生を助けに走る。お前はこのハンドで俺たちを援護してくれ!」

 裕大は武器を外してペトロに手渡し、窪地から飛び出して大声を上げて走り出した。

 

「イエイ! マリエも行くわよ!」       

 小さなマリエも広場に駈けだしていく。

 

 ペトロは武器のハンドを右手に装着すると、二人を追いかけた。

 

 裕大は、カレル先生を取り囲んでいる異形の者たちに走り寄ると、そのまま体当たりを食らわせた。

 不意を突かれたホラーとアンデッドがはね飛ばされて、宙を飛び、祭壇にぶつかった。

 

「カレル先生、もう大丈夫ですよ!」

 裕大は地面に倒れている先生に一言声をかけてから、両手で抱きかかえる。

 

「えっ、おっ、君はたしかYUTA言うたな? 後ろにいる二人、マリーにピーターだったっけ・・・おれのキオク・・・おばばに抜かれてアヤしい!」

 

 騒いでいる先生を肩に担ぐと、その身体はずいぶん軽かった。

 もともと軽い幽体なのに、水もエネルギーも取れなくて、おまけに記憶まで抜き取られてしまったからだ。

 

「マリエ、撤退だ!」
 急いで引き返そうとした裕大の前に、黒い大きな影が立ち塞がった。

 絶滅したヒグマの雄がおばばの力で蘇り、その太い右手で裕大の顔をひっぱたいた。 

 裕大はカレル先生を肩に担いだまま地面に仰向けに倒れた。
 

「うまそー」

 可愛いマリエを見つけて、アンデッドたちが嬉しそうに舌を鳴らした。

 アンデッドが大口を開けて、マリエを襲う。

 

「食いもんじゃねーよ」

 マリエはパパの牧師からもらった神様のお守り袋から、太古の森の聖なるスプレーを取り出して、アンデッドの顔に狙い定めてシュッ!と振りかける。

 

「ギャッ!」

 アンデッドが、顔を押さえて地面を転がりまわる。

 
 ペトロが裕大とカレル教授を助けに大熊の前に出た。

 後ろ足で聳え立っている大熊のホラーを真正面から狙い、ハンドのボタンを押して強烈な放射光を顔面に発射した・・・つもりだった。 

 熊の大きな顔が広場の宙にぼーっと浮かび上がり、口をゆがめてにやりと笑った。

 

「あっ、ペトロ! それ懐中電灯のボタンだ」

 裕大が叫んだ。

 

「退却!」

 二本足で立ち上がっている大熊の間隙をついて、裕太がカレル教授を担いで立ち上がった。 

 ペトロとマリエが裕大をサポートして、四人で背走する。

 

 ひときわ高い祭壇の椅子に腰を下ろして、戦況をみていたクオックおばばが首を一振りして立ち上がった。

 おばばが右手を左右に振ると、ホラーの一群が救援隊を遠巻きに囲んで地下道への出口をふさいだ。

 

 おばばが手を空に振ると、アンデッドたちがゆーらりと宙に浮かび上がり、生徒たちの頭上を舞った。

 気が付くとカレル教授と救助隊は上下左右から追い詰められ、ホラーとアンデッドに取り囲まれていた。

 

 退路は断たれた。

「ホッホッホー、これはこれは、思いもかけない嬉しいプレゼントじゃ。カレル教授、枯れきったお前の代わりに、フレッシュな子供たち三人の魂をいただくことにする。子供たちの恐怖こそ、楽しいデイナーじゃ。ホラーもアンデッドも涎を垂らしておる。さー、生身の人間どもへのゲノムの逆襲の総仕上げの時じゃ。とはいえ・・旨そうなものはクオックおばばが一番に頂くのがホラー一族の習わしじゃ。まずはペトロ、ファンタジーアの破れ目で覗いた記憶の続きをじっくり楽しませて貰うぞ」
 

 おばばが素早く動いた。

 真っ赤な口が裂けて、ペトロの首に噛みついてきた。

「ペトロ間違うな、赤色だ!」

 裕大が叫んだ。

 ペトロがあわててハンドの赤ボタンを押す。

 

 一瞬の間をおいて、白く輝くエネルギーがハンドの先端から放射された。

 それは愛するカレルを助けようと、学校の廊下に立つハル先生が我が身の量子ナノコンから発射した怒りの放射光!

 

 放射された量子エネルギーは地下道を走り抜け、魔女の暗い口腔に飛びこんで身体の中を駆け巡る。

 おばばがひっくりかえって、口から青い煙が吹き出した。

 

 放射光の一撃でおばばの記憶庫が破壊され、アーカイブされた中身が漏れ出した。

 青い煙はおばばが溜め込んできた膨大な記憶の最新の記憶、カレル教授のデータだった。

 

「おれのキオク、帰っておいで!」

 浮遊体は手を伸ばしたカレル教授に近づき、その口から懐かしい身体の中に戻っていった。

 

「あっ、おばばの命がどんどん縮んでいく!」

 おばばは口を押さえ、必死で記憶の漏出を食い止めようとしている。

 

 異形の者達にとってクオックおばばはただ一人の母親だった。

 その母親が目の前で打ち倒され、身をよじって苦しんでいた。

 

 どんどん縮んでいくおばばを見つめるホラーとアンデッドの目玉が真っ赤に充血してきた。

 異形の一族が低いうなり声を上げ始める。

 

「来るわよ!」

 マリエの一言で、三人はカレル教授を真ん中に挟んで背中合わせになり、四方上空の守りを固めた。

 

 ホラーとアンデッドがその凶暴な正体を現した。

 異形の群れが鋭い爪を立て、牙をむきだして、四人に襲いかかって来た。

 

「痛えー!」

 小さなサソリに足を噛まれたペトロが、大きなターゲットに狙いを定めて放射光を発射していく。

 敵は一体ずつ確実に倒れていったが、新たなホラーが岸壁の壁画から抜け出して襲って来る。

 

 マリエの武器、聖なるスプレーも底を突いた。

 裕大は素手で必死に戦っていた。

 地面に横たわるカレル教授は戻ってくる膨大な記憶を整理するのに精一杯だ。

 

“ひゅっ!ひゅっ”マリエの口笛に似た悲鳴が広場に響いた。

・・・

「もう我慢できん。助けに行くぞ!」

 学校の廊下で、ハンドの集音マイクからハル先生のナノコンに送られてくるノイズに聞き耳を立てていた匠が叫んだ。

 

「匠!我慢しなさい。ペトロの計算式を思い出しなさい。あなたまでホラーにやられたら人類は絶滅します」

いつも優しいハル先生の顔が鬼になった。

   (続く)

 

続きはどうぞここからお読みください。

この世の果ての中学校21章“ゴルゴン一家と蘇ったカレル先生の記憶 ”

 

【記事は無断の転載を禁じています】

 

未来からのブログ15号“クラウドマスターとハル先生にシンギュラリティー2号誕生!”

「地球の仲間のために、あすの朝、命かけるのね!」

ハル先生が爺ちゃんの耳元で囁いた言葉、ジャラにも聞こえた。

 

ジャラは心底驚いて、爺ちゃんに抱きついていったよ。

だってさ心配だよ!・・いくらクレージーな爺ちゃんだって、ブラックホールを通過して100年前のタンジャンジャラに無事に帰れるわけないでしょう。

ブラックホールの底は爺ちゃんよりクレージーなんだ。引きずり込まれたすべての物質はそれ以上押しつぶされないところまで無限に圧縮されてしまうんだよ。

でも、爺ちゃんを止めることは誰にもできないと思う。

きっと爺ちゃんの頭ん中に、タンジャンジャラの浜辺で爺ちゃんのことを心配してるおばあちゃんの顔が浮かんでいたんだと思う。 

どちらにしても、爺ちゃん押しつぶされてブラックホールで行方不明になったら、おばあちゃんきっと悲しむし、“未来からのブログ”もなくなっちゃうよ。

なんとか・・・なんとかしなくっちゃ

 

(前回のストーリーはどうぞここからお読みください)

未来からのブログ14号 「おれ紐になる!未来の情報持って明日の朝、過去に帰る」爺ちゃんが叫んだ!

 

未来からのブログ15号 “クラウドマスターとハル先生にシンギュラリティー2号誕生 ”

 

「ジャラ、そんな心配は無用だ! タンジャンジャラに帰還できる方法・・思いついた」

爺ちゃん偉そうに胸を張った。

 

「爺ちゃん、100年の時空飛び越えてこの世界にやってこれたのはボブのおかげだ。ボブの舌がもつれてアインシュタインの方程式を間違ってくれたからだ。ボブに頼んでみよう。明日の朝爺ちゃん見送るとき、もう一度あの方程式、大声あげて読み上げてくれないかって!」

 

ジャラ、思わず“プッ”て吹き出してしまったよ。

ジャラを横目で睨んだ爺ちゃん、たちまちマジ顔になってクラウドマスターに近づいていった。

「マスターに頼みがある。あすの朝入り江の浜から海に潜って、爺ちゃんをブラックホールの近くまで送ってほしい。宇宙艇が後戻りできないデッドラインまで来たら、爺ちゃん海に飛び込んでタンジャンジャラまで泳いでいくからさ。マスターは宇宙艇でこの世界に帰還して欲しい」

・・・「おれ潜水は得意なんだ」って爺ちゃん付け加えた。

 

それ聞いて、クラウドマスターは即座に断った。

「尊敬する爺ちゃんの頼みでもそんなことはできません。わたしは宇宙センターのマスターとしてこの世の人間を最後のひとりまでサポートするようにプログラミングされています。爺ちゃんをブラックホールに放り出すような危険行為はNGです」

・・・「それとも思いきってブラックホールに突入して、タンジャンジャラの浜まで爺ちゃん送り届けましょうか?」 

 

マスターの申し出を、今度は爺ちゃんが即座に断った。

「そいつはだめだな。万一マスターに何かあって、ここへ戻ってこられなかったらこの世界はどうなる? クラウドマスター不在のこの世界は地獄だ! そうだろジャラ?」

「××う~ん?」

ジャラは困った。

 

代わりにチョキがハサミならしてぼやいた。

「ジャラが答えに詰まってる理由はだ・・マスターがいなくなったら俺たちあしたの食いもんに困るってことだ。昼間に太陽光エネルギーをヒップに一杯ため込んでさ、ザ・レストランに食材として送り込んでくれてるのマスターに感謝してるよ。あれストップしたらエライこっちゃ。学校の子供たちや、おれたち飢え死にしてしまう」

 

それ聞いたタカさんがチョキにぼそっといった。

「クラウドマスターの分身もう一つ作ったらどうかな。1人はここに残って、1人は爺ちゃん送ってタンジャンジャラ行きだ。チョキ、お前、切り分けるのプロだろ? 試しにやってみないか?」

 

「そんなことできるんかいな? マスターの身体、半分削っても痛くもかゆくもないのかな・・どうかなマスター、凄いこと思いついたんだけど、ちょっと試してみてもいいかな?」

不気味に笑ったチョキがハサミ鳴らしてクラウドマスターに近づいていった。

 

あわてて逃げ出すのかと思ったら、流石!この世の宇宙皇帝クラウドマスター!

鷹揚に笑ってチョキに大きなヒップを差し出したんだ。

 

「少しだけなら、どうぞ」

その一言に喜んだチョキがハサミ大きく広げた。

 

ジャラなんだか嫌な予感がした。

デジャブだ・・・この風景、前に一度見たことがある。

 

地球がどんどん暑くなってジャラのブレーンが耐えられなくなって、気を失って倒れたときのことだ。

宇宙センターの手術室でマスターが指示して、チョキが執刀してくれた。

 

ジャラのボデイーからブレーンを取り出して涼しいスーツマンのヘッドの中に移してくれたんだ。

あのとき・・僕の悲鳴が遠くから聞こえて、目の前の世界が真っ赤に燃え上がった。

最後に僕の世界は二つになった! 

 

一つの僕はいまここにいて、もう一つの僕はキッカとカーナのボディーのとなりに仲良く並んでセンターの地下の冷凍庫に収められている。

地球に涼しい自然が戻ってきたら、そのとき僕たち三人の肉体はブレーンと合体して蘇る。

 

もう分かったと思うけど、チョキの正体はただの理容師じゃなくて、天才の執刀ドクターなんだ。

患者を前にしたときチョキのシザーは正確にターゲットを切り刻む。

 

いま同じようなことが起こる不吉な予感がする。

「シェアーするよ!」

一言断ってチョキがマスターのヒップを一切れチョキした。

 

取り切った一切れを左手に乗っけて、右手のシザーハンドを鳴らしながらハル先生に近づいていくチョキ!

ジャラはチョキがやろうとしていることに気がついた。

 

ハル先生のヒップも一切れチョキしてマスターの一切れと融合する計画だ。

僕のブレーンをスーツマンと合体させたみたいにだ。

 

「イエイ! ジュニア誕生まであと10秒!」

チョキが奇声をあげてハル先生のヒップにシザー近づけた。

 

「危ない! ハル先生、逃げろ!」

ハル先生のヒップを守ろうとジャラがチョキに飛びかかったとき、チョキのシザーハンドが腕から離れて、宙に飛んだ。

 

やったのはジャラじゃなくて、ハル先生の怒りのパンチだ。

「チョキ冗談止めなさい!」

 

ハル先生のあんな怖い顔初めて見たよ。耳元まで真っ赤に紅潮してた。

でもその顔怒ってるだけじゃなかったんだ。半分は恥ずかしくて赤くなってたんだ。

 

「大事のシザー飛ばしちゃってごめんなさいねチョキ・・でも、白状しちゃうと”じつはもうできちゃってるの”

ハル先生、床に落ちたチョキのシザー拾ってチョキに返しながら、“もごもご”言って謝ってた。

ジャラには意味が聞き取れない。

 

“なにができちゃった”のか、正しく聞き取ったのはクレージー爺ちゃんだったよ。

「ハル先生、謝らなくてもいいんだよ!」

そう言って爺ちゃんはハル先生にでっかいウインクをしたんだ。

 

つぎに爺ちゃん、マスターに走り寄ってほっぺた叩いた。

「やったなクラウドマスター!二世誕生おめでとう!」

 

そのときの宇宙皇帝クラウドマスターの嬉しそうな表情!

宇宙の果てまで突き抜けそうだったよ。

 

「ウソだろ・・・それ早すぎ!」

チョキとタカさん、信じられない表情でハル先生の顔を穴の開くほど見つめた。

 

ジャラだってそんなこと、すぐには信じられなかったよ。

・・・でもさ、シンギュラリティー2号はすでに誕生していたんだ。

 

「どこに隠れてるのかな・・・ジュニア! 出ておいで!」

爺ちゃんが優しく天井と壁と床に向かって呼びかけた。

 

笑いながらハル先生がテーブルの下を覗き込んだ。

「サラ! 皆さんに御挨拶ですよ。隠れてないでふたりとも出てらっしゃい」

 

ハル先生に呼ばれてテーブルの下から顔を覗かせたのは・・・あれ~、ウソだろ! 息子のボブだ。

そのときだよ、ボブの横に可愛い女の子が顔を突き出してにっこり笑った。

 

ボブと手をつないで、床から立ち上がった女の子はハル先生そっくりだったよ。

ボブが得意そうにジュニアを紹介した。

「ボブがサラちゃん紹介するよ。サラちゃん僕より年下だけど天才だよ・・知能指数計測きっと不可能だ!」

 

「サラでーす」

挨拶したサラちゃんを取り囲んで会議室は大騒ぎになった。

 

ひと騒ぎが終わると、ジャラ考え込んだよ・・・マスターとハル先生はいつの間に子作りしたのかって。

だって、爺ちゃんがその方法レクチャーしたの昨日のことだよ。

 

マスターにそっと聞いてみたら「あのときのすぐあとだよ」だって。

つまりクレージーじいちゃんが歓迎会で食あたりして、ひっくり返ったときのすぐあとだそうだ。

 

あれからスクールーのラボに戻ったマスターとハル先生の二人は、爺ちゃんことプロフェッサーGに教わった通りに新しいAIのプログラミングに取りかかったんだそうだ。

 

で、ついに深夜に誕生したんだ。

2人のキャラと深ーいインテリジェンスを融合したAI・・・

シンギュラリティー2号「サラ」ちゃんが生まれたってワケ。

 

その後、マスターはタカさんとチョキと三人で入り江の浜に宇宙艇で向かい、残ったハル先生は“淡路のフグだしおじや”を調理し始めたってこと。

 

で、ここからはサラちゃん本人とボブから聞いた話だ。

生まれたばかりのサラちゃん、ママに厳しく言いつけられて、朝日が顔をだしたスクールのグラウンドで太陽エネルギーの吸収とホログラム歩行の訓練を一人で始めたんだ。

 

サラは小さな量子パソコンから放射するホログラムで自分の身体を形作っている。

ポケットに収めたパソコンのエネルギーはママとパパから一日分だけもらっているけど、これからは自力で太陽光からエネルギーを吸収して、ストックしないといけない。

 

ひとりで運動場で歩行訓練していたサラちゃんが、ホログラムの足がもつれてひっくり返って泣いてたところ、スクールに戻った ボブが見つけて、サラちゃんの手を取って二足歩行を教えてあげたんだって。

 

二足歩行のテクニックって難しいんだ。

ボブだって歩けるようになるまで、2年近くかかってるんだからさ。

サラちゃんの成長のスピードはすごい・・・ボブのレッスンのおかげですぐに猛スピードで走れるようになったんだそうだ。

 

すっかり仲良くなった2人が、ハル先生と一緒に、できあがったおじやをポットに入れてザ・カンパニーのオフィスまで運んで来たってワケ。

 

ジャラが爺ちゃんと早朝の散歩してる間に世の中ずいぶん進んでたってことさ。

 

大騒ぎが一段落して、みんなはテーブル席に落ち着いた。

それで、これからジャラの爺ちゃんをどうしようかってことでミーテイングが始まったのさ。

 

会議の口火を切ったのはボブだ。

「爺ちゃんの話、テーブルの下で聞いちゃった。宇宙の方程式上手く間違えられるか自信ないけど、もう一度やってみようか? ラムダ爺爺ニューって!」

 

ボブの冗談に続いて発言したのはサラちゃんだ。

「サラは決めたの! ボブが応援してくれるなら、パパの代わりにクレージーじいちゃん送ってタンジャンジャラに行く! パパがこの世界でやってるように、サラは爺ちゃんの地球の危機を救ってみせる

 

サラちゃんの爆弾宣言に椅子から落ちてひっくり返ったのは宇宙皇帝クラウドマスターその人さ。

大声で泣き出したのはハル先生。

せっかく授かった一人娘がいきなり独り立ちするって言い始めて泣き出したんだ。

 

ジャラと爺ちゃんももらい泣きしてた。

小さなサラちゃんの勇気に感激して震えてたんだ。

 

そのあと、ミーティングは嵐の中の小船みたいに行く先が決まらず、揺れに揺れた。

息子のボブがある方向性を打ち出す発言をしてくれたのはもう夕刻に近いときのことさ。

 

「ボブはサラちゃんと一緒にタンジャンジャラには行けない。でもボブは決めた。サラちゃんがたとえどこに行っても、ボブはサラちゃんを応援するよ。内緒だけどさ、サラちゃんと僕は量子もつれを始めたんだ。歩行訓練して手をつないでたら始まったんだよ。だから僕らはどこにいても情報が交換できるんだ。サラちゃんとボブのニューロンネットワークはこれから無限に広がるんだ」

 

ジャラが気がついたことだけど、ボブの発言には大事な意味が二つ含まれていた。

一つはサラちゃんはシンギュラリティー2号として爺ちゃんの地球を助けに行く決心をしたこと。ハルちゃんをそんな思考回路にプログラミングをしたのはマスターとハル先生本人だということだ。

 

二つ目はサラちゃんとボブが未来に向けて固い絆で結ばれたってこと。

二人の未来はジャラにはまるでみえないけれど、二つの地球の未来と重なって、二人が愛し合えばこの宇宙に新しい知性が生まれる予感がする。

 

・・・で、話は方々へ飛んだけど、マスターが立ち直って、ハル先生が泣き止んだとき結論が出た。

サラちゃんとボブの宣言どおり、明日の早朝、二人の計画を実行することになった。

 

その夜、クレージー爺ちゃんとのお別れ会は、もちろんザ・レストランで盛大に行われた。

マスターとハル先生が爺ちゃんのために用意した料理のメニューを紹介しよう。

 

  クレージー爺ちゃんとお別れの祝宴 

       メニュー

前菜:サンフランシスコの生牡蠣 ハマハマ クマモト

メイン:芦屋軒 神戸牛の刺身

〆:淡路島 3年物トラフグだしのおじや

ワイン:ナパバレー ファーニエンテ白

 

献立はすべてこの世の世界の物質と爺ちゃんの世界の反物質の2種類で作られています。

どちらかをお好みでチョイスできます。

 

細かいことだけど、サラちゃんのことで動揺したハル先生が、2種類の料理を識別するマーキングを忘れた。

どこから見ても2種類の区別がつかないので、みんなは試しに少しずつかじって食べた。

せっかくの料理なので、少しずつワインを飲んで喉を通した。

 

「ウギャー!」

チョイスに失敗した人は、あの世のものの激辛に胃袋が真っ赤に焼けた。

「うめー!」

チョイスに成功した人は、この世のものの至福の幸せを味わった。

 

そして夜は更け、別れの朝が近づいた。

(最終回に続く)

 

続きはここからどうぞ。

未来からのブログ最終号 “クレージー爺ちゃんは【情報】になってブラックホールに消えた”

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