筒井俊隆のSFファンタジー
の~んびりした人類絶滅小説です。
22世紀の地球に生き残った六人の中学生が、カレル先生に連れられて、2016年の東京にタイムワープしました。
その日、お邪魔した先生の実家で、生徒たちはカレル少年・・実は中学時代のカレル先生です・・と仲間のハルちゃんに出会います。
中学生の二人は天才科学者として、自分たちの世界の行く末に暗い予感を抱いていました。
二人の住み地球も、カレル先生や六人の子供達の地球とそっくり同じ運命をたどっていたのです。
その夜カレル先生は二人からとんでもない相談を受けることになります。
・・ここまでの話は、どうぞ前の章の記事をお読みください。
この世の果ての中学校 プロローグ「ついにあいつがやって来た」
この世の果ての中学校 一章 ハッピーフライデー「ペトロの誕生日」
この夜の果ての中学校 2章 リアルの世界は一度逝ったら戻れない(前編)
2章 リアルの世界は一度逝ったら戻れない(中編)
深夜にペトロがベッドで目覚めた。
・・僕はどこにいるの?・・
ぼやけていた脳髄が徐々に記憶の輪郭を結んでいく。
ここは90年前の東京・カレル先生の実家の二階、庭に面したベッド・ルームだ。
裕大兄ちゃんと匠が隣のベッドで寝込んでいる筈だ。
寝返りを打って、横向きになると、ガラス戸のカーテン越しに東京の夜空がぼんやり見えた。
・・ドームの中の僕らの世界と違って、ここの空には星がいっぱい広がって、青色や黄色や白色にチカチカ輝いてるはずだ!・・
スマホの電子図書館で何度も見た21世紀はじめの輝くような夜空を思い返している中に、ペトロはテラスに出て本物を見たくなった。
裕大兄ちゃんと匠を起こさないように、こっそりベッドを抜け出して、ガラス戸を少し開けてテラスに一歩踏み出した。
「あれっ?」テラスに先客がいた。
パジャマを着たままテラスにしゃがみ込んでいる二つの後ろ姿は、裕大兄ちゃんと匠だ。
物音に気付いた裕大がペトロを振り向いて、唇に手を当てた。
ペトロは音を立てないようにへっぴり腰で近づいて、二人の間に割り込んだ。
匠がそっと庭を指さした。
見下ろすと、下の庭の小さなガーデン・テーブルにカレル先生とカレル少年が向かい合って座っている。
テーブルには先生の愛用のハットが置かれていた。
先生は足を組んで椅子に腰掛け、腕組みをして、厳しい表情で話をしている。
カレル少年は、両肘をテーブルに乗っけて顔を両手で支えながら、先生の話に聞き入っている。
先生が夜空を指さして、カレル君に何か言った。
カレル君が空を見上げたので、ペトロも思わず頭を持ち上げた。
頭上では満天の星が、遅い春の霞の中でもやいでいた。
星々は輪郭が少しずつぼやけて、離れたり、近寄ったり、ちかちかと囁き合ったりしていた。
宇宙はとんでもなく美しかった。
・・すげー!・・
思わず一言漏らしたペトロの口を、匠の右手が抑えた。
庭から、さわやかな夜風がテラスに吹き上げて、二人の会話を届けてくれた。
カレル先生が話していた。
・・私たちが暮らしている未来では、夜空なんてものは見られない。
みんなは半透明の大きなドームで覆われた世界に住んでるんだよ。
ドームの中の空気は、地下水から作り出した酸素を送り出してクリーン・アップしている。
未来の地球には緑がなくて、大気はきれいにならないんだ。
数ヶ月前にも、宇宙に出て地球を観測したら、相変わらず茶色の不毛の大地がどこまでも続いていたよ・・
「先生の地球で、地球環境の荒廃が決定的になったのは、いつ頃のことでしょうか?」
カレル君の質問に、先生は足を組み替えて、腕組みをした。
「笑わないでくれよ!」先生がぼそりと言った。
・・こんな話をしたら、カレルは、とんでもなくばかげた話だと思うだろうけど。
それが始まったのは、地球の環境破壊が進んで、人間の姿も次第に少なくなった21世紀の後半のことだった。
ある日の朝、地球の各地で、緑の山や丘や畑が次々に地上から消えてしまった。
その後には、巨大な荒れ地やクレータだけが残されていたんだよ・・
「カレル! 緑色したすべての生き物が結論を出したんだよ。地球にこのままいたら絶滅してしまうとね。どこか人間の手の届かない安全なところへ逃げだしていったんだ。空飛ぶ緑の群れが世界中で目撃されているんだよ」
カレル少年がクスクス笑いながら教授を見つめた。
「先生、空を飛べる昆虫とか鳥類が逃げ出したのならともかく、身動きの取れない植物が空を飛んでどこかへ逃げ出しただなんて、科学者の先生の言葉とはとても思えませんね」
渋い顔のカレル教授を相手に、少年が追い打ちをかける。
「先生、急激な環境悪化が原因で、臨界温度を超えた植物が一気に枯れ果てて地上から姿を消したのでしょう。それは絶望した人間の作りだした幻想でしょうね・・きっと」
真っ当な少年の意見に、教授が渋々頷いた。
「カレルのいうことが正しくて、私たちが混乱していただけかもしれない。
失って始めて気が付いたことだが・・地球の自然は宇宙から授かったとても壊れやすくてかけがえのない宝物だったということだよ」
「先生方は、どうしてそんな馬鹿なことをやってしまったのです!」
少年はカレル教授に向かって思わず「馬鹿なこと」といってしまった。
少年はすぐに反省したが、自分たちの未来もそんなことになるかも知れないなんて考えると、目の前の先生にむかっ腹が立った。
「先生のような賢い科学者がいっぱいいて、どうしてそんな結末になってしまったのですか? 僕はその理由がどうしても知りたいんです」
先生は悲しそうにカレル少年を見つめていたが、テーブルの上から大事のハットを取り上げると、夢遊病者のようにゆっくりと廻し始めた。
「俺たち人間は皆、欲が深すぎたのだと思う。どこまでも快適さを追い続けて、知らないうちに限度を超えていた。
気が付いたときには、地球の温度は二一世紀のはじめに比べて、6度も上昇していたんだ。
6度の上昇は地球環境には致命的だったようだ。
自然界のダムが決壊して、緑がどこかへ流されて、消えてしまった」
先生の声はしわがれて、次の言葉が途切れた。
大事のハットが教授の手から滑って地面に落ちた。
カレル君がハットを拾い上げてテーブルに戻してあげた。
「ありがとうカレル!今から思うと、実はこれはまだ地獄のはじまりにすぎなかったんだ!」
・・植物は食物連鎖のベースメントだ。
俺たち人類が頂点にいた食物連鎖のピラミッドは、底が抜けてしまったんだよ。
いのちの源の海から魚の餌になる植物プランクトンが姿を消した。
わずかに手元に残された野菜も果物も、家畜の飼料もたちまち底を突いた。
・・ 俺たち研究者はゲノムを編集して、食料の増産に命がけで取り組んだ。
荒れ地で育つ新種の作物とか、少ない飼料で、成長の早い家畜とかだ。
すこしずつだが道筋が見え始めたとき、予想もしなかったことが起きた・・
「ゲノムの逆襲!」カレル少年が声高に叫んだ。
それはカレル先生からすでに聞かされていた恐ろしい台詞だ。
「そうだ、ゲノムの逆襲だ。
食物も動物も自らを守るために、人類に逆襲を仕掛けた。
最終捕食者と被捕食者との間でゲノム戦争が勃発したんだ」
「そして、人類は終焉を迎えた?」
カレル少年が呟く。
「両者ともにだ。絶滅ゲームは長くは続かなかった。
カレル、この戦いに勝者はなかったんだよ」
言い終えると先生は天を仰いで嘆息し、口を閉じた。
少年が言葉を引き継いだ。
「いま僕は大学の研究メンバーに入れて貰って、先生と同じ生命科学を勉強してます。
大学の環境研究会では、地球の環境は着実に温度の上昇が続いて、各地で異変が起こっている
と言ってます。先生の話を聞く度に、僕たちも先生の世界と同じ道を歩んでいるように思えて
なりません」
そう言って、カレル少年は寒そうに両手で身体を抱えた。
初夏の夜気が冷たく二人の頬を撫でた。
二階のテラスにも一筋の風が吹き付け、薄ら寒い夜の気配が通りすぎていった。
「おい、庭の会話すっごくヤベーぞ。俺たち六人、もしかしたら絶滅寸前かよ!」
裕大が震え声で言った。
「裕大兄ちゃん、安心していいよ。カレル先生の口ぶりでは、僕たちの世界の戦いは、すでに終わったことなんだよ」
ペトロが冷静に解説した。
「ということはだ、俺たちすでに絶滅したんだ」
匠が結論を出して、三人が同時にぶるっと震えた。
「ところでカレル、お友達のハルちゃんは元気にしてますか?」
先生がいきなり話題を切り替えて、カレル少年に思わせ振りに目配せをした。
カレル君は、もちろん先生が今日来ることはちゃんとハルちゃんに伝えてあった。
・・今夜は二人で打ち合わせておいた大事な”計画”を実行する予定だからだ。
ハルちゃんは、迎えに行ったママの車でもうすぐ到着するはず。
あれあの影は・・
カレル少年は、先生の背後からそっと近づいてくる小さな影に気が付いて、クスクス笑い出した。
「元気なハルでーす」
背中から可愛い返事が返ってきて、びっくりして振り向いた先生の首根っこに、ハルちゃんがかじりついた。
カレル先生の恋人のハルがいま、目の前にいた。
カレル教授の顔が、嬉しそうにくちゃくちゃに崩れていく。
”バン!”カレル教授が炎上した。
庭のテーブルで、三人の笑い声がはじけていった。
「ハルちゃんのお勉強は進んでますか? 大好きな宇宙の方程式は完成間近でしょうか?」
カレル先生がハルちゃんをからかう。
ハルちゃんは平日は近くの公立の中学校に通いながら、土日は神戸のポートアイランドまで出かけて行く。
ハルちゃんは国立理化学研究所でスーパー・コンピュータ「京(けい)」を借りて難解な計算をしていた。
天才ハルちゃんは研究所の特別研究員だった。
カレル先生にからかわれたハルちゃんは、”チャンス到来”と計画を開始した。
「先生、大好きな宇宙の法則は計算が膨大になって、スパコンの利用時間が制限されてしまったので、中止しました」
・・今は地球環境の未来をスパコンで予測しています。
ハルの計算では、長期予測の結果は全然良くないのです。
・・地球環境はカレル君の生命科学と近いフィールドですので、相談したり、励まし合ったり、たまに喧嘩したりしています。
カレル先生、最近の私なんだか、この前お聞きしたお仲間のハル先生の《悲劇の結末》に一日、一日近づいているような気がします。
・・夜中に寒気がして目が覚めるともう朝まで眠れません。
世界の偉い科学者に思い切ってわたしの予測結果の話をしても、誰もあたしの話なんか聞いてくれません。
・・地球環境はいい方向へは動いていません。
このままではこの世界はカレル先生の世界と同じ結末を迎えてしまいます。
「ハルは一体どうしたらいいのか・・?」
口ごもったハルちゃんの顔が、クチャッと崩れていって、大きな二つの目から涙が噴き出した。
先生が大慌てて、ハンカチを取り出して、ハルちゃんに手渡した。
ハルちゃんはもらったハンカチで「クチャン」と鼻をかみ、泣き出した。
カレル先生はそんなハルちゃんを懸命に励ました。
「ハルちゃん、カレルといまもその話をしていたところだよ。
先生の思いつく答えは一つしかない。
地球環境の悪化を食い止めるには、世界のリーダーを本気にさせることだ。
ターゲットは主要国の首脳を説得できる科学界のキーマンだよ!
わずか8人くらいだ。
一人ずつ理解者を増やして行けば、数ヶ月でなんとかなる数字だ」
ハルちゃんはカレル少年と目を合わせて、心の中で叫ぶ。
・・やった! ”泣き落とし計画”スタート成功!・・
ハルちゃんとカレル君は椅子に座り直した。
そして打ち合わせておいた本命の作戦を開始した。
「カレル先生! 今おっしゃった世界の科学者、キーマン8人を未来の地球環境の視察に連れ出すことは出来ないでしょうか?」
カレル少年が正面攻撃を開始した。
ハル少女がすかさず援護射撃をする。
「私たちがいくら偉い科学者を説得しようとしても、先生方は本気で取り合ってくれません。どうせちょっと頭のいい中学生のたわごとにすぎないと思ってるんです」
・・こうなったら、あの人たちを強引に引きずり出してでも、『未来の現実』を見せつけてやります。
私たちの子供たちに訪れる『絶望』がどんなものかをです!・・
ハルちゃんが両手を握りしめ、空に向けて突き上げた。
カレル先生も思わず空を見上げて「ウーン」と唸った。
カレル少年が教授を逃がさないように追い詰める。
「先生にお願いする以外、あの頑固な人たちを説得する方法がないのです」
カレル教授は、困り切った表情で二人を見つめた。
カレル少年が椅子から立ち上がって、玄関の横で鎖につながれていたブー太郎の耳元で囁いた。
「お前の可愛い孫のためだぞ。ブー太郎、手伝え!」
ハルちゃんとカレル少年が先生の前に立って、揃って、ぺこんと頭を下げた。
横でブー太郎も大きな頭を地面にこすりつけた。
カレル教授がプッと噴き出した。
カレル先生が、ハットを被り直して、厳しい顔つきで話し始めた。
「二人とも良く聞きなさい。実は、君たちの希望を叶えることの出来る男が、世界にたった一人だけ存在するんだよ」
・・それは虚構の手品師という男だ。
無数無限の宇宙を旅している正体不明の男だ。
彼を探し出して、君たちの世界から『未来の地球視察』が可能かどうか、聞いてみましょう。
彼と往復の時間旅行契約を結べたら、この世界から『結界』を未来に張り出して、君たち視察団に未来の荒れ果てた地球を覗き込んでもらうことができる。
そのあとドームの中の会議場で、校長先生や私たちとミーテイングが出来れば最高だ・・
「そんな計画でどうかな?」
カレル君とハルちゃんが両側からカレル教授に抱きついていった。ブー太郎が先生の顔を大きな舌でなめ上げた。
「虚構の手品師って誰のことだ?」テラスで裕大が尋ねた。
「ときどき校長室に現れる、仮面を被った男の人のことだよ」匠が答えた。
「なんだか不気味だな」裕大が呟く。
「昨日、僕も学校の廊下で会ったよ」
ペトロが付け加えた。
「いきなり僕の目の前に天井からドスンと落ちてきてさ・・びっくりして、どこから来たのって聞いたら・・たったいま、となりの世界から帰ってきたところだ。今からカレル先生とみんなの旅行の打ち合わせだって・・クールに言ってたよ。でも、荒い息してたから、仮面の下は普通のおじさんだと思うよ」
カレル少年の興奮した声がテラスに届いた。
「先生! 例えば、ここをいまから数ヶ月後に出発するとしたら、先生の世界の到着年月日はいつ頃になるのでしょうか?」
教授が即座に答えた。
「2104年11月3日の祭日です」
「えっ!もう到着の日付まで決まっているのですか?」
「今朝、ここへ出発するとき、私たちの時代は2106年でした。それより2年前になります。中学校の授業もお休みの日ですよ」
カレル先生がハットを勢いよく廻してニヤリと笑った。
カレル少年は、首をかしげてその意味を考え込んだ。
「うーん?」
腕組みしているカレル少年を横目に、ハルちゃんは得意の計算を頭の中で素早く済ませた。
「カレル先生は、もうすでに2年前に私たちの訪問を経験しておられるということですね」
「流石ハルちゃん!ご明察です」
カレル教授がハットを空に放り投げた。
「虚構の手品師がタイム・トラベル・スオッチを十人分用意して、今日からちょうど六ヶ月後の朝9時にこの庭に迎えに参ります。ハルちゃんとカレル君もそんなスケジュールで計画に取りかかっているのではありませんか?」
二人は顔を見合わせた。
先生はすでに二人の計画の内容まで知っている。だから今日ここへ打ち合わせにやって来てくれたのだ。
・・ということは視察の結果や、科学者たちの反応もすでにわかっている・・筈!
二人の考えていることを見透かしたように、教授が先回りして答えた。
「視察の結果は事前に申し上げないでおきましょう。それだけは手品師から堅く禁じられています。行動する前に結果を知ったら、時空のパラドックスの箱が開いてしまう・・・そのときは時間旅行の契約はできなくなると言ってましたよ」
教授はブー太郎がくわえてきたハットを手に取ると、テーブルに伏せ、もう一度ニヤリと笑った。
「実はカレルとハルちゃんに未来からのビッグプレゼントがあります」
先生はテーブルの上のハットをじらすようにゆっくりと開いた。テーブルに厚手の封書の束が現れた。
「これは8人の科学者宛に、それぞれの母国語と英語で書かれた、未来からの招待状です。君たち宛のものも含めて、10通です」
そう言って教授は封書を五通ずつに分けて二人に手渡した。
「この招待状がないことには、科学者は未来視察の話など信じませんよ」
二人は、封書の束を震える手で大事に受け取ると、慎重にテーブルに置いた。
カレル君の受け取った一番上の封書の宛名は二人もよく知っている悪名高い科学者”ドクター・マーカー”だった。
カレル君とハルちゃんの顔が喜びで、真っ赤だ。
しばらく封書を眺めていたカレル少年が教授に震える声で尋ねた。
「先生、これってどう言ったらいいのか・・本物の招待状なんでしょうね?」
「昨日作り上げて、本日持参した公式の書面だよ。招待者の名義は校長先生と私の名前にしてある。未来の代表者二人のサイン入りだ。文句の付けようのない正式な招待状だ」
教授は廻していたハットをぴたりと止めて、付け加えた。
「大事な話を先にしておこう。招待状の有効期限はいまからきっかり六ヶ月だ」
「それって賞味期限みたいなものでしょうか?」
ハルちゃんのマジ顔に教授が”プッ!”と吹き出す。
「ハルちゃん、未来から持ち込んだものはここではいずれ消滅してしまうのですよ。次元を超えて持ち込んだものは、いずれ本来あるべき場所、つまり未来に帰って行くのです。 封書は、虚構の手品師に頼んでなんとか半年は保つように細工がしてあります。君たちはその間に8人の科学者と勝負して、決着をつけなければならないのです」
カレル少年とハルちゃんは、慌てて封筒の宛名書きを一枚ずつ確認していった。封書の表書きには世界をリードする8人の科学者の名前が記されていた。その名前は二人の考えていた科学者の候補リストとぴったり一致していた。二人はもう一度、国名とアドレスと名前を読み上げた。
そのうち、二人の表情が曇りだした。
・・こんな偉い科学者が、日本の中学生から届いた招待状を、本当に未来から送られてきたものだなんて信じてくれるだろうか?
冗談だと決めつけて、大笑いしながらゴミ箱に放り込んでお終い・・。
科学者の反応を想像するハルちゃんの眉が、不安そうにぎゅっと真ん中に寄せられていく。
カレル先生がそんな二人の懸念に気が付いた。
「君たちが心配している通り、科学者は未来からの招待状なんて、まず信じないだろうな。科学者は疑うのが仕事だから・・。私自身、同業だからよく分かるよ」
・・科学者は頑固で困る・・と続けて、カレル先生はいたずらっぽく口をゆがめた。
「君たち宛の封筒を開けて中の書類を読んでご覧。それが本物の未来からの招待状であることを証明するある仕掛けがしてあるよ」
二人は大慌てで自分宛の封筒を開いて、声を合わせて読み上げていった。
「えっ!」ある箇所にやってきて、二人が絶句した。
そこには、今から数か月後に発表される2016年ノーベル文学賞の受賞者名が予測してあった。その名前は二人ともよく知っている名前だった。しかし受賞者は作家ではなくて、音楽家だった。
「驚いた?『友よ、答えは風に吹かれて』の作者ボブ・ディランだよ。今頃はまだノーベル賞の選考委員会で検討中の筈だよ。歌詞が文学賞の対象に選ばれるわけだ。封書を開いたら最後、このコメントは記憶に焼きつくぞ。馬鹿げた冗談だとね。これが未来からのメッセージだ。外れる確率は1000分の一。正式に受賞者が発表されたら、先生方もひっくり返って驚くだろうね。その招待状が未来からの手紙であることを信じざるをえなくなる。それでもまだ疑う科学者には『あなたは未来から選ばれた、地球の運命を決める八人のキーマンの一人なのです』とかいって、虚栄心をくすぐることだ。このセリフはきっと効果的だよ」
「ヤッター!」
カレル少年が封書を空に突き上げて、歓声を上げた。
「カレル、つぎのテーマだ。この封筒をどうやって科学者本人に届けるかがポイントだよ」
教授の質問に、カレル少年の答えはすでに決まっていた。
「この封書の差出人は大学教授の肩書き付きでパパの名前のチャペックにします。パパは世界で高名な作家の一人ですから、僕たち二人とは信頼度が違います。ハルと僕の名前は同行研究員として出発の日まで年齢を伏せておきます」
カレル教授は頷いて、もう一つ付け加えた。
「科学者の中で特に気をつけて欲しいのがドクター・マーカーだ。地球環境の科学者で、世界の研究者仲間ではリーダ格だが、気むずかしいので有名だ。だが、世界の首脳に強い影響力を持っているので、この男だけは外せない。視察団の団長に祭り上げてでも、必ず引っ張り出してください」
二階のテラスで裕大が匠に囁いた。
「匠! 2年も前にカレル少年とハルちゃんが視察団を引き連れて俺たちの学校を訪問しているらしいぞ」
「俺、視察団なんて見たこともないし、カレル先生からなーんも聞かされてねーよ」
そう言って、匠が大あくびをした。
「ぼくもだ、クシャン!」
冷えてきた夜風で、ペトロが大きなくしゃみをしてしまった。
テーブルの側で眠り込んでいたブー太郎が目を覚まし、テラスの三人に気が付いて嬉しそうに吠え立てた。
慌ててテラスから立ち上がったパジャマ姿の三人を見つけて、ハルちゃんとカレル君がクスクス笑った。
ハルちゃんがテラスの三人に「初めまして、ハルでーす」と大きく手を振った。
テラスの三人も照れくさそうに手を振った。
「そんな格好で外にいると風邪をひくぞ。明日は早いからもう休みなさい」
カレル先生は、テラスの三人に大声で注意すると、ブー太郎の頭をもう一撫でした。
それから二人とワンコを庭に残して、リビングに戻っていった。
リビングでおじさんとおばさんがソファーに座って、カレル先生を待っていた。
カレル少年とハルちゃんは、リビングで話を始めた三つの影が幸せそうに揺れ動いているのを確かめた。
それから、月がどこかに消えて、星の輝きに取って代わっていく五月の夜の空を眺めた。
裕大と匠とペトロの三人は部屋に戻り、ベッドの上に仰向けに寝っ転がった。
緊張から解放されると、たちまち眠気が襲ってきた。
「あのヤベー絶滅話、俺たちなんだかムニュ」と裕大。
「なにか匂うぞ!未来に戻ったら必ずムニャ」と匠。
「けりつけようぜい、ムニャムニャ」とペトロが締めた。
男の約束をした三人は、たちまち眠りこんだ。
一階の寝室では、咲良とエーヴァとマリエが、カーテンの影からそっと離れて、ベッドに戻った。
「二階の悪ガキ隊、ブー太郎に見つかっちゃったみたいね」
マリエが言って、三人でくっくっと笑った。
それから長ーい、長ーいお喋りが始まった。
(続く)
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この世の果ての中学校 2章 リアルの世界は一度逝ったら戻れない(後編)
【すべての作品は無断転載を禁じております】
下條 俊隆
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