いま、北極圏の永久凍土が地球温暖化の影響で溶け始めています。
温暖化が進んで、永久凍土の中に閉じ込められていた動植物の遺骸(有機物)からCO2やメタンガスが大気中に放出され、さらに温暖化を加速させるという悪循環が起こっているのです。
“地球は大丈夫?”シリーズの今回は、永久凍土溶解の現状と永久凍土を復活させる「マンモス草原計画」について、ロイターやネイチャーの記事、公式機関の発表などを中心に追跡・ルポしてまいります。
目次
止まらない悪循環?永久凍土の溶解が地球温暖化を加速!
この図は、永久凍土が変化していく予測図です。濃い茶色が2050年までに消滅する地域。薄い茶色が2100年までに消滅する地域。黄色は2100年に永久凍土が残っている地域です。
スペインに本拠を置く多国籍電力公益企業・イベルドローラが米国立NSDC(National Snow and Iice Data Center)のデータから作成した予測図です。
この図を見ると、2100年までに永久凍土の半分近くが消滅するという予測になっています。いい代えれば、永久凍土の半分の領域から温暖効果ガスが放出されることになります。
ロシアの生態科学者セルゲイ・シモフ氏によれば、永久凍土の溶解によるCO2の排出量は、人間が排出するCO2の総量と同等程度だが、メタンの温室効果はCO2の80倍強力で、CO2による影響の4倍になる可能性があるそうです。
私たち人類が努力して2050年までに温暖効果ガスの排出量が、現在目指しているカーボンニュートラルの目標値に達したとしても、永久凍土の溶解が続けば温暖化を食い止めることはできないという恐ろしい結論になってしまいます。
シモフ氏や永久凍土の研究者は、永久凍土の融解が気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測に正しく反映されていないのではないかと言っています。シモフ氏は、コロナ渦による経済の沈静化のなかでも大気中のメタンが増えた原因は永久凍土の溶解が原因だ、としています。
既に、永久凍土の溶解はティツピングポイント(戻れない地点)を通過したのでないかという科学者のコメントも聞かれます。セルゲイ・シモフ氏も、この自然現象は人間の手におえないかもしれないと危惧する科学者の一人です。
シモフ氏は、人間の手に負えないのであれば、動物の手を借りることができれば、溶解を止めることができるかもしれないと考えつきます。シモフ氏は、シベリヤの永久凍土で実験を始めました。
実験を行うエリアは「更新生パーク」と名付けられました。氷河期の更新世(こうしんせい)の時代に永久凍土を作り続けた「マンモス草原(ステップ)」を、現代に復活させようという壮大な計画です。
実験は現在も続いています。果たしてマンモス草原は復活するのでしょうか?
そもそも、永久凍土とは何者なのでしょう?
永久凍土とはいったい何者なのか?
永久凍土とはいったい何者なのでしょうか?
永久凍土は主にカナダ、アラスカ、シベリアなどの北極圏の周囲に広がる土壌で、北半球の陸地の25%という広大な領域を占めています。
永久凍土は、数千年から数万年にわたって、枯れた植物や死んだ動物をその中に閉じ込めることで、有機物からCO2やメタンの放出を封じ込める地球の炭素保管庫としての役目を果たしてきました。
温暖化で永久凍土が溶けると、大量のCO2や高濃度のメタンが放出されて、地球温暖化を加速させることになります。温度が上昇するとさらに永久凍土の凍解が進み温暖化が加速するフィードバックサイクルが心配です。
筆者は、20年前にアラスカの北端、北極圏のバローへ行って永久凍土の上を歩いてきました。低い草が密集してふかふかの絨毯の上を歩いているみたいで、踏みごたえがない不思議な感覚が鮮明に記憶に残っています。
北極海に面して、ところどころに小さな水たまりや湿原がある永久凍土が広がっていたのを思い出します。イヌイットの人たちの住居は高下駄式で、食料のアザラシの肉を北極クマに取られないように屋根の上に干していましたよ。
いま、バローの永久凍土が溶けだして、小さな池からメタンがブクブクと吹きだしているそうです。20年前にはみられなかった光景です。火種があると爆発する危険なゾーンになっています。
住居の下の永久凍土が溶けると、住居は傾き、倒壊する恐れがあります。住居をいつでも安全な地形に移動できるように、イヌイットの人達は、移動式住居に切り替えているとの報道もみられます。
北極周辺の永久凍土には、地球上のすべての植物に含まれる有機物の2倍以上の量の有機物が含まれていると報告されています。永久凍土が貯蔵する有機物の炭素は主にメタンと二酸化炭素です。その量は地球の大気圏にある炭素のおよそ2倍に達するそうです。
前掲のロシアの地球物理学者で生態科学者でもあるセルゲイ・ジモフ氏は、ユネスコの記者のインタビューに答えて・・・「永久凍土では有機物のほとんどが上層部の3mに集中していて、その3mが溶けるのにわずか3年から5年しかかからない」と言っています。
このことが、永久凍土の融解が地球気候に対する直接の脅威である理由だとしています。融解が温室効果ガスを発生し、その結果としての地球温暖化が永久凍土の融解を加速させる。「この循環するプロセスを止めるのは非常に困難です」とジモフ氏は答えています。
永久凍土から放出されるメタンはCO2よりはるかに危険です。「CO2だけなら、人間が排出する量と同程度だが、ガスの10%から20%はメタンだ。メタンの温室効果は短期間ではCO2の80倍強力で、その影響はCO2より最大4倍も大きくなる」とのことです。
・・・
温暖化への影響も深刻ですが、永久凍土の溶解で起こる脅威は、温暖化の悪循環だけでは無いと報告されています。
警告! 永久凍土の溶解で起こる脅威は温暖化だけではない?
永久凍土の溶解で起こる脅威は、温暖効果ガスの放出にとどまらないと言われています。溶解によるそのほかの脅威についての科学者からの警告は主に次の3つです。
警告1 ウイルスや細菌の放出
2016年12月、シベリアのツンドラでトナカイの死骸が発見されました。死骸から伝染したとみられる炭疽菌によって少年が死亡し、数十人が入院。調査の結果、病原体として古代の微生物が発見されたのです。
永久凍土の溶解で70年前に埋まっていたトナカイから炭素菌が生き返り、トナカイの群のあいだで広まったことになります。科学者は、永久凍土が溶解すると、腺ペストや天然痘など古代の病原体が放出される危険性があると警告を発しています。
警告2 生態系への影響
シベリアの永久凍土が溶けてツンドラの土地に泥だらけの風景が広がり、植物相が消滅しています。そのため、植物を餌にしている野生動物が餓死しているのです。湖などの下の永久凍土が溶けると、水が地面に浸透して消滅し、干ばつを引き起こします。
北極圏では、栄養失調のシロクマの映像が記憶に残っていますが、IPCC/海洋と雪氷圏に関する特別報告書の極地章の主執筆者であり、WWFの北極プログラム保全責任者であるマーティン・ゾンマーコーン博士によりますと、北極圏の動物の生息地と生活条件が劇的に変化しつつあるとのことです。
警告3 地滑りと地質事故
永久凍土の上に建設された都市では、地滑りが発生しています。国土の60%以上が永久凍土のロシアでは深刻な問題です。永久凍土の上に作られた最大の都市、ヤクーツクで土地の崩壊が起こっているそうです。
カナダの北極圏、永久凍土の上に作られたイヌイットの村では、地面が家の下に陥没してしまい、安全な内陸部への移動が始まっています。
永久凍土の溶解を防ぐいい手立てはないのでしょうか?
次章では、シベリヤで永久凍土の溶解を食い止めるべく、氷河時代に隆盛を誇ったマンモス草原の復活にかける科学者親子の奮闘をルポします。
永久凍土の融解を止めるマンモス草原の復活とは?
ネイチャー誌によれば、セルゲイ・ジモフ氏は1988年にシベリアの北東部コリマ川流域に哺乳類を再導入する実験を始め、息子のニキータ氏とともに1996年に更新生公園を作りました。氷河期である更新世後期にユーラシアで優勢だったマンモス草原(ステップ)に匹敵する生態系を復元することが目的でした。
マンモス草原とは、1万年~10万年前の氷河期にあった豊かな生態系を育んだ草原のことです。草原を維持するためには草食性のマンモスや大型草食動物の役割が欠かせなかったのではないかとジモフ氏は考えました。
大きな身体で木を倒して葉や果物を食べ、土を掘り返して根を食べ、排泄物で栄養を与え、草の生長を促したのだと。大事なことは、重い足で雪と氷の大地を踏みしめ、北極圏の冷たい空気を永久凍土の奥深くまで送り込んで凍らせていたのだろうと推測したことでした。
シベリアの永久凍土の溶解によるメタンとCO2の放出に警告を発してきたジモフ氏は、大型の草食動物を導入して豊かなマンモス草原を作ることが、永久凍土を硬く凍らせて炭素を地中にとどめることにつながると思いついたのです。
そのことを検証するために、ジモフ氏と息子のニキータ氏はチェルスキーに近いツンドラの土地にフェンスで囲った「更新世パーク」を開設。シカ、バイソン、トナカイ、フタコブラクダなど大型の草食動物を200頭放牧しました。
更新世パークでは、他の地域に比べて永久凍土の温度が下がっていると二人が言っています。2021年11月8日のロイターによれば、ネイチャーが発行する「サイエンティフィック・リポーツ」誌に掲載された二人の共著の論文は・・・
「更新世パークに導入された動物により、平均的な積雪の深さは半分になり、地中温度は年間平均で1.9度低下した。冬と春には下げ幅がさらに大きくなる」と発表しています。(*積雪には保温効果があり、雪の下では摂氏0度より温度がさがらない)
永久凍土の北極圏の温度が上昇している中で、更新世パークは年間平均で1.9度低下していると言うことは驚異と言うべきでしょう。
更新世パークで実現したマンモス草原計画という手法は、地球規模のモデルで実現可能なのでしょうか? 論文では、更新世パークの動物の生育密度「1平方キロメートルあたり114個体」は北極圏全体の規模でも実現可能であるとしています。
「地球規模のモデルでは大型草食動物をツンドラ地帯に導入することで北極圏の永久凍土の37%で融解を防止できることが示唆されている」と結んでいます。
息子のニキータ氏は、地球温暖化に対して単一の解決策は存在しないと語っています。「こうした生態系が温暖化対策に役立つことを証明しようと努力している。でももちろん、私たちの取り組みだけで十分というわけではない」と。
マンモスを復活させてマンモス草原へ放牧する計画が秘かに進行中!
2021年9月13日、米ハーバード大学の遺伝学者ジョージ・チャーチ氏は、起業家ベン・ラム氏とともに「コロッサル」というスタートアップ企業を立ち上げました。目的は、永久凍土から出土したケナガマンモスのDNAを使って、寒冷地に強いアジア象との間にハイブリッド象を作り出すことでした。
チャーチ氏は、セルゲイ・ジモフ氏とナショナルジオグラフィック教会本部で開かれた世界初の「脱絶滅に関する会議」で出会い、更新世パークについて話し合います。二人はもしハイブリッド象が誕生したら更新世パークで何頭かを放牧するという約束をしたのです。(日経ネイチャー日本版より)
倫理上の問題、動物相への影響、北方先住民族への影響、など検討すべき事は山ほどあるとされていますが、ロシアによるウクライナへの侵攻が長期化する中、米・露の民間人主導による地球温暖化対策への壮大なロマンとして注目されます。
~地球ぐるみでの壮大なマンモスパークへの取り組みが始まるといいですね~
(おわり)
主な参考・引用資料
「永久凍土の溶解」イベルドローラ(多国籍電力公益企業)
https://www.iberdrola.com/sustainability/what-is-permafrost
地球環境研究センターニュース
https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201811/335001.html
国連ニュース
https://news.un.org/en/story/2022/01/1110722
ユネスコの記者による特別インタビュー
セルゲイ・ジモフ氏
https://en.unesco.org/courier/2022-1/sergey-zimov-thawing-permafrost-direct-threat-climate
マンモス草原画像
マンモス草原の復活を目指す:更新世公園とは
https://pleistocenepark.ru/science/
日経 ネイチャー日本版より
マンモス復活計画が始動 気候変動対策の切り札?
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2167U0R20C21A9000000/
フォトログ:永久凍土融解を防げ、科学者父子の「氷河期」計画
ロイター編集
https://jp.reuters.com/article/climate-un-russia-permafrost-idJPKBN2HT0C3
下條 俊隆
最新記事 by 下條 俊隆 (全て見る)
- 地球温暖化はもう止まらないかもしれない!灼熱の気温上昇にいまから備えるべきこととは? - 2024年11月5日
- おでこや顔のヘルペスに厳重注意!顔面麻痺・後遺症・失明の恐れがあります(ルポ) - 2024年3月3日
- GPT4のBingがヤバイ! しつこく誘うので難問ぶつけたら答えが凄かった。 - 2023年11月1日