国際協力のシンボルとして、米国や欧州・日本も含めた西側諸国とロシアとが共同で運用してきた国際宇宙ステーションISS! ロシアのウクライナ侵攻によって、米・欧とロシアの対立が深まる中、狭い宇宙ステーションISSの内部で各国の宇宙飛行士の関係はどのようなことになっているのでしょう。とても気になって、何か情報がないかウエブで調べて見ることにしました。
「ISSで米ロ紛糾」といった記事はどこにも見当たらないので、「紛糾なし」と思って安心したのですが、英文で調べますとSpaceNews誌のサイトに掲載された記事のショッキングな見出しが目に刺さりました。
How Russia’s war with Ukraine jams NASA
タイトルは「ロシアとウクライナの戦争がNASAをいかに妨害しているか」ウイリアム・ビアンコ ーApril 14, 2022
サブタイトルは「国際協力と国際宇宙ステーションの未来」です。紹介によりますと・・・ウイリアム・ビアンコ氏はインディアナ大学の政治学教授で、NASAとの関係が深く、国際チームを率いてISSが各国の共同運営に至る過程を研究した人物です。記事は2022年4月14日に掲載されていました。
記事はビアンコ氏の論評となっています。それでは拙訳ですが、要約してご紹介をします。
目次
国際協力と国際宇宙ステーションの未来

国際宇宙ステーションISS構造(NASA公式)
1990年代の初頭、米国のNASAは、コストの上昇で中止の危機に瀕した宇宙ステーションISSを存続させるために、「ISS」をロシアで進行中の宇宙ステーション計画「ミール」と統合するという大胆な計画を立て、当時のクリントン政権に提案をしました。この提案は、ロシアとの(冷戦後の)緊密な関係の実証として、またミサイルや核兵器などの武器輸出のための技術開発とは異なる平和的な宇宙ハードウエア開発へロシアを向けさせるという点で、クリントン政権にとって魅力的な提案だったとしています。
一方、NASAで働くあるロシア人の話として「二つのプログラムをまとめる国際宇宙ステーション計画は政治的な決定によるもので、エンジニアの誰も望んでいません。技術者にとってはサイとブルドッグの合体でした」と、余り知られていない否定的な内容の発言を紹介しています。国際宇宙テーションISSは、共同運営による科学的メリットとしては余り役立たなかったが、資金を獲得し、国際協力という大義を手に入れたことではNASAにとってよい取引だったとビアンコ氏は解説しています。
NASAは、ISSを国際パートナーシップのモデルであり、米ロが対立を乗り越えた証であり、ライバル同士が平和的に協力することを学ぶためのガイドとして、長い間、その意義を強調してきました。NASAの写真には国籍の違う宇宙飛行士が仲良く一緒に生活し、仕事をしている様子が写されています。つまり、国際協力こそがISSの存在の意義であったとビアンコ氏は暗に言っているのです。
それでは、今回のロシアのウクライナ侵攻によって「サイとブルドッグの合体」したISSはどうなったのでしょうか?ビアンコ氏は、ロシアのウクライナとの戦争は、NASAにとってのISSの存在の危機を生み出したと言っています。
国際協力のシンボルとしてのISSの価値は、ロシアのウクライナ侵攻によるNATOとの対立で廃墟に!
「ロシアのウクライナ侵攻とNATOの対立が迫ったことで、国際協力の実証としての国際宇宙ステーションの価値は廃墟と化した」とビアンコ氏は言っています。西側の制裁が続けば、ロシアの宇宙産業がISSに宇宙飛行士を送り続けられるかは疑問であるとしています。
侵攻が始まった数週間後にロシアの国営宇宙公社ROSCOSMOSのトップ、ディミトリ・ロゴジン氏が「国際宇宙プロジェクトをキャンセルし、現在ISSを軌道に乗せているロシアの推進システムを切り離す」と脅したということです。「アメリカ企業へのロケットエンジンの提供を終了し、宇宙に行きたければ『代わりにほうきを使え』」と米国の顧客に忠告したことも記事に付け加えています。
さらに、ROSCOSMOSはロシアの宇宙飛行士が(ISS内のロシア側モジュールの)ハッチを閉じ、ISSのアメリカ側を切り離して、地上に落ちていくのを見ながらアメリカの同僚に別れを告げる様子を再現した合成ビデオも配布したとのことです。
実は、デイミトリ・ロゴジン氏は暴言で有名な政治家で、北方領土問題で「日本人は切腹せよ」と放言したこともあります。AP通信によれば、NASAのチーフであるビル・ネルソン氏は「大きな口を叩くが、彼は結局のところ私たちの仲間だ」と冷静なコメントを発しています。「ロシアの民間宇宙計画で働く他の人々は専門家だ。アメリカの宇宙飛行士、アメリカのミッションに問題はありません。宇宙では、ロシアの友人、ロシアの同僚と協力することができます」と。
2022年3月30日、NASAの宇宙飛行士マーク・ヴァンデ・ヘイは、2人のロシア宇宙飛行士と共に、カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地から、ロシアのソユーズ宇宙船のカプセルに乗ってISSに向かっています。
国際協力の一環として、ISS滞在クルーが交代するときには要員の国籍にかかわらずソユーズ宇宙船が運ぶことになっているのです。それでは、ISSに到着した後、各国のクルーはどのように分かれて生活をしているのでしょうか? 日本のJAXAのサイトを覗いてみました。
ISSの中での宇宙飛行士の生活や仕事の場所はどこ?
ISS内部には国境はありませんが、クルーは米国、欧州、ロシア、日本の実験モジュールに分かれて仕事をしています。日本の実験棟は「希望」です。米国は「デステニィー」、欧州は「コロンブス」、ロシアは「ナウカ」と「ズベズダ」です。
宇宙飛行士が生活する場所は、主に4つあります。ロシアが開発した「ズベズダ」サービスモジュールではロシアのクルーが寝泊まりや食事をしています。
その他の各国のクルーは米国の3つの結合モジュールで生活をしています。「ユニティ」は食事の場所、「ハーモニー」は睡眠などの個室、「トランクウィリティー」には運動器具やトイレが備えられています。
国別のクルー構成は。ロシアROSCOSMOS 3名。米NASA 4名。欧州ESA 1名、日本JAXA 0名。星出宇宙飛行士が2021年11月9日に帰還しており、次の日本人宇宙飛行士は2022年秋以降に若田宇宙飛行士が打ち上げ予定です。
各国の宇宙飛行士は、普段は別々の生活を送っていますが、特別なイベントや休日にはクルー全員が集まって仲良く食事をすることもあるとのことです。
おわりに
ロシアとアメリカの宇宙開発当局の責任者二人のやりとりは興味深いところですが、ビアンコ氏の結論は国際協力を失ったとき、ISSはその存在の意義を失うと警告しています。
宇宙開発という人類共通の夢を乗せた国際宇宙ステーションの存在が、新しい形の国際協力によって次のレベルに進化していくことを願うばかりです。
【参照記事】
論説|ロシアのウクライナとの戦争がNASAを妨害する方法
ウィリアム・ビアンコ — April 14, 2022
ISSの構成

下條 俊隆

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